第十二話 海戦
『海神の領域』と呼ばれた古代水没迷宮の中層。地下深くに広がっているとは思えないほど巨大なアンダーシー(地下海)の前に立った二人は、その圧倒的な「水気」と静寂に包まれていた。
「思った以上に水気が多いな」
ナタルは静かに呟き、足元の湿った岩肌を見下ろした。湿気どころの話ではない。ダンジョンの空気そのものがずっしりと重く、肌に纏いつくような水分を含んでいる。
「ふふ、だから『水没迷宮』だって言ったじゃない」
隣でスターシャが、気配を完全に殺した状態で笑みを浮かべた。Lv.250の威圧感を完璧に押し殺しているため、周囲に漂う魔物たちはまだ二人の存在に気づいていない。
「浅層でこれなら、主がいるアンダーシーの最深部は文字通り『水中戦』になるわよ。いくら陸上で無敵の身体能力を誇っていても、息ができなきゃ沈むだけだけど……どうするの?」
「問題ない」
ナタルは一切の迷いなく、水面へと歩を進めた。
「『水の支配権』を司るリヴァイアサンに辿り着く前に……まずはこのダンジョンの水気を生み出している水棲魔物どもから『水中で生きる概念』を奪い取れば済む話だ」
漆黒の外套を揺らしながら、ナタルは浅瀬の深みへと足を踏み入れた。
『海神の領域』の浅層・地下海エリア。暗雲のような湿気と重度の水気が立ち込める中、無数の水棲魔物たちが蠢いていた。
足首まで水に浸かったナタルが静かに進むと、水面が激しく波打ち、複数の気配が急速に接近してくる。
現れたのは、半人半魚の凶暴な水中戦士『アビスギルマン』の群れと、全身が鋭利な氷の鱗で覆われた巨体の大蛇『フロストサーペント』だった。
「陸の弱者が……! 水の中では身動きすら取れまい!」
アビスギルマンが鋭い威圧感と能力を何一つ削がれることなく全開のまま、三叉槍を構えて濁流のような速度で突撃してくる。
「……鬱陶しい」
ナタルは避けることすら試みず、突き出された三叉槍の刃を素手で掴み取った。
【概念吸収が発動しました】
【アビスギルマンの『水中機動能力』『水棲呼吸』『水流操作(小)』を複製・加算しました】
相手の強力な水中戦力を100%保持させたまま、その『生きる理』だけが瞬時にナタルの『器』へとコピー&ペースト(学習)される。
「なっ……槍を素手で……!?」
攻撃を軽々と受け止められたアビスギルマンが困惑する隙に、ナタルは複製・加算された力で三叉槍ごと相手を叩き伏せた。
同時に、ナタルの肉体に劇的な変化が生じる。纏いついていた重苦しい湿気と水の抵抗が、一瞬にして自らの「手足」のように馴染み始める。水没迷宮特有の重度の水気が、ナタルの活力へと変換されていく。
(……なるほど。『水棲呼吸』と『水中機動』か。水の中にいるという制約そのものが消えたな)
「シャアアアアッ!」
巨体の大蛇フロストサーペントが水面から躍り出て、一切衰えぬ威力を誇る超低温の『絶対氷結ブレス』を放射した。視界一面が白銀に染まり、ナタルの身体が氷漬けになる。
だが、氷漬けになったナタルは微動だにせず、内部から氷を粉々に砕き割った。
逃げ出そうとするサーペントの頭部に跳び移り、その鱗に直接触れる。
【概念吸収——最適化を開始します】
【フロストサーペントの『氷絶対耐性』『凍結無効』『氷塊生成』を複製・加算しました】
サーペントの持つ氷の概念を完全保持させたまま己の血肉へとコピーし、莫大な『水と氷の適性』を体内に注ぎ込む。概念を一切失っていないサーペントは咆哮を上げて暴れ回るが、能力を完璧に学習し終えたナタルの相手ではなかった。
ナタルは複製した脚力と腕力で叩き伏せ、一撃で息の根を止めた。
「ふう……」
息を吐くと、その呼気が一瞬で凍りついて水面に落ちた。
後方で気配を隠蔽していたスターシャが、呆れたように歩み寄ってくる。
「……本来なら準備が必要なエリアなのに、触れただけで相手の能力をそのままコピーして適応しちゃうなんてね。相手の力を弱体化させて奪うわけじゃないのに、あっという間に追いついちゃうんだから」
「前哨戦としては上々だ」
ナタルは手袋をはめ直し、深く没していく地下海の深淵を見つめた。




