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封蝋師令嬢は白紙の誓約から幸せを結ぶ  作者: 銀細工ナギ


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第18話 公開審問、白紙の罪

公開審問の間は、朝から人いきれで満ちていた。


王宮の大広間には貴族だけでなく、橋守組合の者、孤児院の院長、冬麦倉の職人たちまで詰めかけている。普段なら門の外で待たされる人々が、今日は証言者として銀の柵の内側に立っていた。


その光景を見て、壇上のオルセウス宰相補は薄く笑った。


「北辺伯。審問は祭ではありません。身分も定かでない者の思い出話で、王家の誓約を騒がせるつもりですか」


カイは一礼しただけで、隣のエルシアへ目を向けた。


エルシアの喉はまだ音を返さない。けれど彼女は、黒衣の袖口から石板を取り出さなかった。今日は書くためではなく、示すために来たのだ。


王太子の代理を務める老大臣が杖で床を鳴らした。


「リュネット令嬢は発声できぬと聞く。証言は北辺伯が代読するのか」


「必要な箇所は私が読み上げます。ただし、真偽は彼女一人の声ではなく、ここに残る印章が答えます」


カイの合図で、従者たちが長机に箱を並べた。橋の修繕許可状、孤児院の受領書、冬麦倉の支給札、北辺へ送られた毛布の納品書。どれも古び、どれも白くこすられた痕を持っている。


オルセウスは鼻で笑った。


「古紙の山だ。白紙の罪を作り上げるには都合がよい」


その言葉に、エルシアは初めて壇上を見上げた。


白紙。


彼は何度もそう呼んできた。消えたものは存在しない。残らぬものは裁けない。人の暮らしも、母が守った誓約も、彼にとっては白く塗れば終わる紙でしかない。


カイが最初の許可状を掲げた。


「五年前、橋守組合への修繕扶助は突然打ち切られた。王都役所は、扶助の根拠となる王家誓約は存在しないと告げた。だが同じ年、王宮内務局には『旧北辺扶助金を臨時費へ移す』との処理が残っている」


老大臣の眉が動く。カイは写しを差し出した。


「署名はオルセウス宰相補補佐官時代のものです」


ざわめきが走った。


オルセウスは即座に首を振る。


「予算処理に過ぎません。扶助の存在を認めたものではない」


「では、こちらは」


次に進み出たのは、孤児院の院長だった。小柄な老女は震える手で受領書を胸に抱き、深く礼をした。


「王家の御名で届いた外套を、私は二十七年受け取ってまいりました。先代院長は、その前からです。子どもに王家を敬えと教えるためではありません。約束を守る大人がいると教えるためでした」


「感傷だ」


オルセウスの一言は鋭かった。だが、院長の後ろで子どもたちが持っていた木札が淡く灯った。王宮の魔灯よりずっと小さな、けれど温かい光だった。


エルシアは長机へ歩み寄る。指先が封蝋に触れた瞬間、熱は戻らないまま、光だけが彼女の爪を照らした。


彼女は息を吸い、声の代わりに印章針を取った。白い紙片を一枚、審問台の中央に置く。そこには何の文字もない。ただ王宮の倉から押収した、白蝋で塗られた封が添えられている。


「その紙は?」


老大臣の問いに、カイが答えた。


「昨夜、ローデン家の侍女から預かった小瓶と同じ白蝋で封じられていました。宰相補の私室から運び出されかけたものです」


オルセウスの顔から笑みが消えた。


「私室の管理品を勝手に持ち出したのか」


「王宮監査権に基づく押収です。封はリュネット令嬢が開いていません。今ここで、皆の前で検めます」


エルシアは封を火に近づけない。代わりに、町から預かった証言書の印を、ひとつずつ白い紙の周囲へ並べた。橋守の赤銅、院長の薄金、職人の濃い琥珀。人々の印章が白紙を囲むたび、紙面に細い影が浮かんだ。


最初は染みのようだった。


やがてそれは文字の輪郭になった。


旧誓約扶助、廃棄済みとして処理。


北辺権利、王家負債と共に抹消。


承認、オルセウス。


大広間が静まり返る。


白紙は無罪の証ではなかった。白く塗られた罪は、消された誓約に触れた者たちの印によって、再び表へ押し戻されたのだ。


「まやかしだ!」


オルセウスが立ち上がる。だが、その袖口から落ちた印章指輪が床を打った。転がった金の輪の内側には、北風の刻みを削り取った痕がある。


その時、傍聴席の隅から一人の男が進み出た。


ダリオンだった。


彼は以前のような華やかな礼服ではなく、簡素な上着を着ていた。顔色は悪い。それでも、柵の前で膝をつき、王宮の方へではなくエルシアへ頭を下げた。


「私はかつて、エルシア嬢に改竄の罪を着せる書面へ署名しました。宰相補の使者から、署名しなければヴェルク家の負債を公にすると告げられたからです。私の弱さは、彼女を傷つけた。ですが、あの封蝋に白蝋の匂いがあったことを、今ここで証言します」


エルシアは胸の奥が痛むのを感じた。許したわけではない。失われた夜は戻らない。けれど、彼がようやく自分の罪を誰かのせいにせず差し出したことだけは分かった。


カイが低く告げる。


「白蝋は誓約を消しません。消えたと信じさせ、その間に利益を奪う。宰相補が消そうとしたのは紙ではなく、王家が民と北辺へ負った責任です」


老大臣は長く沈黙した。やがて杖を床に置き、深く息を吐く。


「オルセウス宰相補の印章を預かれ。関係書庫を封鎖する。王家は旧誓約の存否を再審理する」


兵が壇上へ上がる。オルセウスはなお何かを叫んだが、広間のざわめきに呑まれていった。


その瞬間、白紙の中央に最後の一文が浮かんだ。


誓約は、守る者の手に残る。


エルシアの喉が熱くなる。声はまだ出ない。けれど涙をこらえて顔を上げると、町の人々が一斉に自分の印章を掲げていた。


カイが彼女の隣に立つ。


「君が結び直したんだ」


エルシアは首を横に振った。それから、白紙の端に自分の小さな印を押す。


私ではなく、皆で。


淡い金の光が、審問の間の天井まで立ちのぼった。


真実は示された。だが、消された誓約をどのような形で未来へ渡すのかは、まだ決まっていない。


エルシアは灯りの中で、カイの横顔を見た。


次に結ぶ約束は、誰かを沈黙させるためのものではあってはならない。

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