選択の欠片
仏谷さんが訪れてから一週間が経った。俺は病院内でリハビリをしていた。
「『烈火』! ハァ!」
俺はまだ、未熟だ。こうして呪文を唱えなければ炎を出すこともままならない。
「ふむ、身体の動きは良くなったね」
炎の熱波で水色の髪が揺れる。傍らにはショートカットヘアーの女性。顎に手を当てて、彼女はそう言った。
「ありがとうございます、先生!」
「先生はやめてくれないかぃ? 少し恥ずかしいんだが……」
サイドの髪を指先で弄っている彼女の名前は西野聖華。AKC隊員であり、俺の身体を診てくれる医師だ。
「じゃあ、師匠?」
ココは病院の地下、緊急時避難用シェルターの一室だ。周囲は灰色の壁に囲まれ、硬く無機質。訓練には最適な部屋だった。
俺と西野さんはそこで訓練をしている。
「それはまた、なにか違うなぁ」
あの日、仏谷さんに紹介されたのはAKC医療部隊隊長の西野さんだった。あだ名で呼び合うほどに二人は仲が良く、親友と言っても差し支えないくらいに。
「そうですか……」
西野さんの呼び方で問答をしながらストレッチをする。西野さんが真剣な顔になったのを見て、俺も真剣な顔をした。
「四日前、僕がキミに言ったことを覚えてるかい?」
今の君では、AKC隊員にはなれない。だから訓練をしろ、と。仏谷さんにそう言われ、西野さんのもとで訓練を始めた。けれど、訓練を始めてすぐにこう言われた。
「真っ直ぐすぎる、ですよね」
俺の動きは一直線で読みやすく、戦闘では致命的だと。それに、異能力の技の使い方も、一辺倒だと言われた。
「そうだ。まあ、訓練をしていない異能力者の中でもキミは動けてる方だよ。ただ、これからナナシの組織を相手にするって言うんならそれじゃあ足りない」
動きに関してはこれからも学び続ける。でも、技はそうはいかない。
西野さんの声に続くように俺は口を開く。
「だから、新しい技を考えろ」
そう告げられて。それぞれ攻撃、防御、移動が出来る汎用的で実用的なモノを創るように言われた。
「しっかりと覚えてるね、よろしい。この四日間でキミには三つの技を取得してもらった。無理難題も同然だけど、荒削りでもいい。キミの力を見せてくれ」
そうだ。俺はやらなきゃいけない。出来なきゃダメなんだ。
「はい! 『烈火』……『滅火葬蒸』! クッ……!」
『烈火』で全身に炎を纏い、少しずつ炎の量を増やしていく。『滅火葬蒸』は纏った炎を周囲に押し出し、敵を近づけさせない防御の技。
俺の周りは燃え盛り、少しずつ熱を上げる。けれど、それは長く続かなかった。
全身燃え盛っていた炎は消え、焦げた黒色の床だけが残る。
「防御の技、か。なるほど、確かにコレでは近づけないね。でも、持続時間が短い」
中学の頃から練り上げた妄想は、ただ考えるだけで終わっていた。その妄想を実現させるには、どれ程の努力が必要なのかも分からず。
「ハァッハァッ……次、行きます! 『烈火』! ……『紅蓮風日』!」
息を整え、『烈火』で再び炎を出す。『紅蓮風日』は炎で第三の手、第四の手を作り出すモノ。
自由に動かすにはまだぎこちないけれど、その炎は鞭のように相手を攻撃する。今回はその第三の手を足のようにして、宙に立っていた。第四の手を周囲に振るう。
けれど……。
「やっぱり、炎の操作はまだまだだね」
西野さんのそのひと言、まるで予感したかのようで。その直後、炎は暴走した。
荒れ狂うように揺らめいたあと、静かに消えていく。
「うわっ! あでっ………」
支えにしていた炎が消えて、宙に居た俺は地に落ちる。尻餅をつき、痛みに耐えながら立ち上がった。
「攻撃の技……近距離、中距離どちらとも応用可能。良い技だね」
西野さんの技に対するコメントで少し嬉しくなる。そして、最後の技。
「『烈火』。スゥゥ……フゥゥ……『装炎双翼』」
全身に出した炎を深呼吸と共に背中と足へ寄せる。少しずつ、少しずつ形を作っていく。
『烈火』で炎を出すたび、体温が上がっているのが分かる。長く使えばきっと、俺自身が焼けるのだと直感した。
『双炎双翼』は空を飛ぶための技。鳥のように空を飛ぶ動物の羽を参考にして、背中に揺らめく翼を創り上げた。そして、足から噴き出す炎は推進力と同時に瞬発的な移動を可能とする。
「これは……! 中々、だね。まさか空を飛ぶなんて」
熱気が空気を歪ませる。炎の温度操作はまだ難しく、俺はごり押しで浮いていた。足から勢いよく炎を噴き出し、揺れる身体を翼で調整する。
「どう……ですか?」
自由自在に空を飛ぶほどじゃあないが、宙に浮くぐらいならば大丈夫。これが、訓練の成果だ!
西野さんを見れば、顎に手を当て頷いていた。そして、少しの沈黙のあと口を開く。
「……良いんじゃないかな? まだまだ改善点は多いけれど、技としては出来上がっている。汎用性もあり、実用的だと思うよ」
纏う炎を消し、地上へと降り立つ。西野さんの続く言葉を、反応をうかがう。
「それじゃあ……!」
一瞬の沈黙の後、西野さんが告げた。
「合格だよ。及第点ってところかな」
「っしゃあ!」
ガッツポーズとともに俺は叫びを上げた。
「ふふっ、男の子だねぇ。……期限はあと三日、それまでに基礎と技を磨くよ」
そうだ。仏谷さんに言われたんだった。四日後、AKC入隊の試験があるって。
「はい!」
必ず、合格しなければ。じゃないと俺は、前に進めない。
今日は期限の最終日。もうすぐ迎えが来る。
「最後に、キミに質問だ」
昨日までの訓練を終えて、俺は基礎と技の習得をやり遂げた。
「なんですか?」
そんな俺に、西野さんは言った。
「キミは試験を受けるんだろ?」
「はい」
受けなきゃいけない。そうしないと俺は、アイツに会えないから。
「覚悟はあるのかい? AKCに入るってことは、普通の人生を捨てるってことだ」
「分かってます。それでも……選んだんです。それに、俺には普通の人生なんてもうありません。俺の人生には、アイツが……リオが居ないと」
不意に思い出す、リオのこと。対戦ゲームをした時、俺が炎のキャラを使ってリオを倒したんだ。その時にリオが言った言葉。
「炎のキャラってカッコええなぁ? 蓮也とは大違いやん」
リオは笑っていた。憎たらしいほどに、楽しそうに。
「うっせ。言ってろ」
あの時の俺は、まだ笑えていたように思う。
夜、俺が知らない所で仏谷さんと西野さんは会っていた。
「まったく、過保護だねぇ」
そう言いながら腰に手を当てる西野さん。
「うるさい、早く見せろ」
「はいはい」
仏谷さんの頬は少し紅くなる。西野さんに何かを促すと、ポケットから取り出した物を傍らのパソコンに差し込む。
「……なるほど」
俺の訓練の記録だ。腕を組みながら頷く仏谷さん。
「どう思う?」
机に手を置いて、仏谷さんの顔を覗きながら尋ねた。
「才能はない。だが、覚悟はある」
「そう、だね」
西野さんも同意する。
「同時に、危うい」
「どういう意味だい?」
仏谷さんは縛っていた髪をほどき、頭を振るう。
「コイツは、復讐に燃えている。そんな風に見えるんだ。その道に……進む先にあるのは破滅だけだ」
その瞳には、誰かがいた。
「確かにね。まあ、でも」
その言葉に続くように、仏谷さんは笑う。
「彼ならきっと、合格するさ」
「うん。僕も自信を持って言えるよ。蓮也くんは努力家だってね」
パソコンの画面に映る俺は、訓練に必死だった。




