非日常の欠片
疎遠になった幼馴染との再会。けれど、幼馴染は俺のことを覚えていなくて。
唐揚げで争った友達と一緒に先生から怒られた。そんなゲーム好きな友達は幼馴染と俺の三人で街に出かける。
そこで俺たちは、何かを知った。詳しくは、分からない。
謎の男が現れて、友達は裏切り、幼馴染は倒れて。俺の頭には、すっかり抜け落ちた記憶があった。
失った。友達も幼馴染も。そしてきっと、記憶も。
分からないことだらけで、知らないままでは終われない。だから、俺は知ろうと思う。
「教えてください、仏谷さん」
病院のベッドで上半身を起こし、尋ねる。壁際のソファーに座る仏谷さんへ視線を向けて。
「いいだろう。何から聞きたい?」
何から。聞きたいことを聞く。全部。
「AKCってなんなんですか? どうして俺を守ってくれたんですか? ナナシの組織っていったい……」
漏れ出る、ため込んでいた疑問の数々が。
「そう、だな。AKCの情報はあまり広がらないよう情報操作されている。まず、君は異能力の始まりを知っているか?」
情報操作。だから、知らなかったのか。
「授業で習いました。数十年前、突如として目覚めたと」
「そうだ。異能力は最初から人類に備わっていたモノではない。だからこそ、暴走が始まった。それはきっと、ナナシの組織も同じだ」
仏谷さんは胸の前に手を広げ、握り潰す。
「暴走……ナナシの組織が?」
どういう、ことだよ。
「おもちゃを手に入れた子どものように、異能力者は無邪気にその力を振りかざす。結果、人は傷付いた。人々は恐れた。異能力を持つ者を。
君だってそうだろう? 彼女らに殺意を剥かれ、自身を守った」
差し伸べるように、手のひらを俺に向ける。
「それは……」
そうだ……わけもわからず、無我夢中で。自分を守るので精一杯だった。
「その恐怖は迫害に繋がり、異能力を持つ者は理不尽に耐えかねて、また人を傷付ける。そんな繰り返しを阻止するため出来上がったのがAKCだ。
異能力保全取締機関、Ability Keep Control。頭文字を取り、AKCと名付けられたんだよ」
「その……迫害で、死んだ人は居るんですか?」
それは、とても悲しくて。辛い出来事だろう。俺には想像もできない、昔の話。
「居ないよ。ただ、心に深い傷を負った。私の祖母もね。
それから数年も経てば、異能力者は多くなった。いつの間にか、隣人が異能力者になっていたなんてこともあったね。
君の、幼馴染のように」
「風夏……」
そうだ、風夏は異能力者じゃなかった。俺が知る風夏にはまだ、異能力が宿っていなくて……。
「空山風夏のことは少し調べたよ。小学四年生の夏頃、緊急搬送されたそうだね」
「そうです。……急に倒れて、それからずっと。俺はお見舞いに行くことしかできなくて」
あの日、俺と風夏は家でゲームをしていた。一緒に楽しんで、笑い合って。何の前兆もなく、風夏は倒れてしまった。
「知っている。病院の記録にも残っていたよ。
……話を戻そう。AKCは異能力者に異能力の使い方を教えた。異能力を研究し、異能力が発現する年齢の傾向も把握した。
そうして、異能力は人類に馴染んだんだ」
「馴染んだ……だったら、AKCは」
要らなくなる、はずだろ?
「そう、要らなくなる。でも、必要なんだ」
「なんで、だよ」
迫害は終わった。異能力者の暴走する危険もなくなった。分からない、分かんねぇよ。
「異能力犯罪者、異能力を使って犯罪をする奴が現れたからだ。私たちAKCは当初、異能力者の暴走や迫害を止めるため発足された。けれど、時代は変わった。
AKCは、異能力者用の警察になったわけだ」
「じゃあどうして、警察の存在を公開しないんですか!? 存在が分かれば、犯罪なんてしようとしないでしょう!」
そうだ、AKCがあるって分かれば……アイツらも。ナナシの組織も、無かったんじゃないのか?
「どうだかな。それに、公開してないわけじゃない」
仏谷さんは足を組む。視線を上げれば、鋭い眼光で俺を覗いていた。
「え?」
公開してないわけじゃ、ない? でも、情報操作されてるって。それに、あんまり広がらないようにって。
「情報操作はされている。だが、君は知らなかっただけだ。いや、知ろうとしなかったの方が正しいかな」
「どういう……」
「君の通う学校にはAKC所属の隊員が何人もいる。それは、将来有望な少年少女たちをスカウトするためだ。AKCは組織としては出来立てに近い、人員が足りていないんだよ」
卒業生たちに、声を掛けていた? 確かに、先輩の中には公務員になるよう誘われたって人もいた。警察は公務員だ。だったら、AKCも……。
「……それって、俺もAKCに入れますか?」
顔は少しずつ、沈んでいく。
「なに?」
俯く俺の耳に、怪訝な声が聞こえた。
「いや……なんでもないです」
出してしまった言葉を掻き消すように。撤回するように、誤魔化す。それでも、仏谷さんは見逃さない。
「今の発言はどういう意味だ。顔を上げて答えなさい、谷口蓮也くん」
そう言われて顔を上げる。
「俺はただ、もう一度アイツに。ナナシの組織に居るリオに会いたいだけです」
「田島凛桜、か。厄介だな……」
「アイツは、何かを知っています。風夏の異能力を知ってから、少し様子がおかしかった。それに、俺の中にある記憶についても……きっと」
聞かなきゃいけない。会って、聞かなきゃ。裏切った理由を。……それで、納得できなかったとしても。
「田島凛桜が、君を騙していた訳ではないとしたらどうする? 何かを守るために裏切っていたとしたら?」
それは……そんなの、決まってる。
「例えそうだったとしても、俺はアイツを許せない。リオは友達だった。どんな理由があろうとも、友達を殺そうとするなんて! ……正気じゃない」
相談して欲しかった、話して欲しかった。そんな思いを心に秘めて。俺は……。
「そうか。……そういえば、まだ全ての質問に答えていなかったな。他にも確か……そうだ、君を守った理由とナナシの組織の正体だったかな」
ナナシの組織……リオの所属する組織。それに……どこか懐かしさを覚える、あの謎の男。誰なんだ、お前は。
「はい、まあ……」
「人を守るのに理由なんか要らないだろう? それに、私はAKCの所属隊員だからな」
隊員。そういえば、砂馬って人も部隊長だって言ってたな。
「仏谷さんも、隊員なんですね」
「そうだ。……も?」
眉をひそめ怪訝そうな顔をする仏谷さん。
「砂馬さんが言っていました。ジブンは03部隊隊長だって」
03ってことは、02も01もあるんだろうな。仏谷さんはどこに所属しているんだろう。
「アイツは、守秘義務ってのを分かってないのか……まったく」
「それで、結局ナナシの組織ってなんなんですか? どうして、リオはその組織に属して……あのナナシって男も」
アイツを見てると、頭が掻き乱される。
フードを被って、顔は見えないはずなのに。あの目に、雰囲気に、仕草に。懐かしさを覚えてしまう。始めて会ったはずなのに、おかしいよな。
「ナナシの組織という呼称は正式名称ではない。我々が便宜上、そう呼んでいるだけだ」
「そんな……」
それじゃあ、手掛かりはないのか?
「だが一つ分かっていることがある。彼らは“ある条件を満たす人間”を探している」
「条件……?」
仏谷さんはソファーから立ち、病室内を歩き出す。
「あぁ」
「それはいったい、どういう」
俺に近づき、目を真っ直ぐ合わせて言った。
「まだ、君には話せない」
「なんで……!」
その瞳に、嘘はなかった。けれど、その後に続く言葉は、酷く俺の心に刺さってしまう。
「一般人だから。今の君の状況は、AKCとナナシの組織との戦闘に巻き込まれた、ただの一般人なんだよ」
「……」
言えない。反論の余地もない。ただの現実が、そこにはあった。
「そんな君に一つ提案だ」
「提案?」
カーテンが開く。病室に差し込んだ光で、少し目が痛い。
「谷口蓮也、君にAKCへの入隊を提案する。ただし、試験を受けてもらうがな」
その提案は俺が進む道を照らす、唯一の光だった。そうだ。これしかない。だったら、突き進むだけだ。
「受けます」




