裏切りと空白の男
「……で、どうするんや。ボス」
声が、聞こえる。
「殺せ。今ならヤれるだろ?」
リオの声と、誰か。どこか懐かしい声だ。
「ッカ〜! ボスの命令とあらば、仕方ないやんな。許せよ、蓮也」
嫌な予感がした。
「『烈火』! リオ、お前……今なにしようとした?」
身体中に炎を纏い、警戒態勢に移る。そこに居たのは白いローブの男。深くフードを被っており、顔は見えない。ただ、暗闇から覗くその目にはどこか見覚えがあって……。
「なんや、起きたんか」
「チッ。早く始末しろ、俺はあの実験体を起こしてくる」
目の前には二人、謎の男とリオだけ。
「相変わらず、人遣いが荒いんやから」
「お、おい! 誰だよ、お前!」
立ち去ろうとする男を呼び止め、名前を聞く。けれど、帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「オレに名は無い、強いて言うならばナナシだな」
「ナナシ……?」
どういうことだよ……名前が、無い?
「リオ」
「あいよっ!」
直後、俺の耳に風切り音が響いた。
「なっ!」
何かを投げられた? なにを、俺に。どうして。
「ほう? 今のを避けるんか、流石蓮也やな?」
「リオ……一体どういうつもりだ!」
気が付けば、あの男は居なくなっていた。俺は何もかも分からなくなって、ただただ疑問が湧いてくる。それを叫んでリオにぶつける。
「どういうつもりって……なんのことや?」
「あの男はなんなんだ! どうしてお前は俺を殺そうとする!?」
なんで、あの男の声に。あの目に。懐かしさを感じてしまうんだ。リオは一体、なんで俺を……。
「中途半端なヤツ……やな」
ため息を吐き、そう呟く。意味が分からず、俺は声を漏らした。
「は?」
「そんなん気にする暇、ないやろッ!」
瞬間、リオが迫る。拳が俺の腹に。
「グッ! 『烈火』! ふざけるな!」
炎を再燃させ、強く燃え上がらせる。身体の力を引き出し、腹の痛みを怒りに変えて。
「ナハハッ! そうこなくちゃ!」
俺の拳は空を切り、リオは跳んで後ろに下がった。その後を追うように、俺は駆け出す。
「フッ! ハァッ!」
殴る、蹴る。無我夢中に。友人に殺意を剥かれ、必死になって身を守る。
分かってる、気付いてるよ。そうだ、戦わなきゃ、殺される。でも、コイツは。リオは、友達なんだ……。
「ニヒッ! ウチはこっちやでぇ?」
まるで蝶のように舞い、嗤って避ける。俺はただ、追うだけ。当てるつもりなんかない、攻撃を繰り出す。
「クソッ!」
でも、当てなきゃ。倒さなきゃ。俺が、殺される。
「『旋空三日月』……なんや、こんなもんか」
「カハッ!」
見えない攻撃が俺の腹に直撃する。痛みと怒りがごちゃごちゃで、もう何も……分からない。
「期待外れやわ。ほな、さいなら」
リオが目の前にやってきて、失望した顔を俺に見せる。なんで、そんな顔するんだ。俺に、何を……。
迫る、迫る。リオの足が、俺の顔に。思わず、目を瞑って。
「危なかったな、少年。大丈夫か?」
痛みは来なかった。その代わりに、誰かの声がする。
「あなたは……?」
恐る恐る、瞼を開く。そこに居たのは長髪の女性、束ねた後ろの髪は風で揺られていた。
「私はAKCの仏谷、蓮也くん。キミを、助けに来た」
俺の疑問に答えるように、静かに。それでいて淡々と、まるでヒーローのように現れた。
「なんやねん! はぁ……めんどくせぇ奴らが来やがった。ボス、どうするんや?」
「AKC……なんで」
「もう、大丈夫だ。あとは任せてくれ」
俺の傷を検分した後、そう言ってリオに顔を向けた。
「……ウチだけ? 了解や、へいへい」
耳に手を当て、誰かと話す。手を下ろし、遮られていた耳の中にはコードレスイヤフォンのような物があった。
「田島凛桜、だな?」
「せやで。国家の犬が、なんでこんなとこおるん?」
名前を確認する仏谷さんに、リオは気に食わないと声を上げる。怒り、悲しみ、妬み。感情が、分からない。
リオの瞳の奥には、一体どんな感情が潜んでいるのか。
「犬、か。可愛いものに、例えてくれるな。異能力保全取締機関、能力犯罪組織であるナナシの組織に接触。戦闘に移行する。『結界』、発動」
袖を捲くり、腕輪が現れる。その腕輪に触り、呟いた瞬間。何かが広がった。
「あぁ……コレ、壊すのダルいんやけど」
「壊す、だと?」
「まあええわ。『旋空三日月』」
直後、パリンと音がした。まるで、ガラスが割れたような。そんな音だった。
なんだ、何が……起きてるんだ。
「なっ! 結界が……!」
「進歩が無いやんな? AKCは」
ため息を吐き、呆れた声で話す。そんなリオを見て、仏谷さんは何かに気付いて、驚愕の顔と共に声を上げた。
「お前はまさか……鮮血の舞姫!?」
「プッ……ナハハッ! 舞姫ってなんやねん! ウチの柄じゃないやん!」
腹が痛いとお腹に手を当てて笑うリオ。鮮血の舞姫? なんなんだ、それは。
分からない。
「学生として潜んでいたなんて……」
「まあ、ウチはそろそろ離脱するで」
離脱。どこかに行く、ってことか!?
なんで、どうして? 一体、どこに。
「どこに……どこに行くんだよ! リオ!」
ふざけるな!
俺を殺そうとしておいて!
理由も分からないし、なんでお前は俺を!?
「また会えること、楽しみにしてるで? さいならや、蓮也」
「待てよ! おい! リオ!!!」
手を伸ばす。けれど、届かない。
俺は、何もできない。何も、知らないまま。
「逃さない……! 封具複合異能力『遅延結界』、発動!」
直後、まるで水の中に居るかのように。身体の動きが、遅い?
思い描く身体の動きと、実際に動く身体の速さが違う。
「なんやコレ? 動きづらいなぁ!」
それはリオも一緒なようで。
「グッ……これは、長く保たないな」
小さく、苦しそうな声を噛み殺すのが耳に入った。
「まあ……もう一回、壊せばええだけやな。『旋空三日月』……なんや。壊れへん、やと?」
少し驚くリオ、そんな隙を仏谷さんは見逃さなかった。
「『加速』! ハァッ!」
瞬間移動、そう思った。気が付けば仏谷さんはリオに近づき、横蹴りを入れた。けれど、その足はリオの腕で受け止められた。
「ニヒッ! ナハハッ!」
リオの反撃。仏谷さんの足を掴み、振り回す。空に放り投げ、電光石火の如く跳ぶ。
「チッ! 『遅延』! 『加速』!」
宙を落ちる仏谷さんは不意にゆっくりとなり、迫るリオの攻撃を寸での所で避けた。地に足をつけたのと同時に、まだ空を舞うリオに目を向けた。
「『月下蝶々』!」
真っ直ぐ落ちるわけでもなく、明らかに有り得ない挙動で地上に降り立つリオ。そんな姿を眺めて、いつでも攻撃に対応できるように警戒を怠らない仏谷さん。
「田島凛桜! お前が所属するナナシの組織の目的はなんだ!」
「目的やと? ……なんやろなあ? ウチも分からんわ」
「白々しい……!」
腕を広げてくるりくるりと回るリオ。まるでおちょくるかのように仏谷さんを挑発した。
「ま、ウチの目的は……コレやけどな!」
直後、疾風の如く仏谷さんに近づき蹴り上げる。
「なっ!」
顎を狙われていた。間一髪、後ろに下がりなんとか避けた仏谷さん。目の前にあるリオの足を掴み地面に叩き付ける。
「ニヒヒッ! あ〜楽しい! やっぱスリルがある方がええわあ! ゲームなんかよりも面白い!」
嗤い声が響く。心底楽しそうに、同じ人間だとは思えないほどに。ただ、おもちゃで遊ぶ無邪気な子どもに見えた。
「この外道がぁ!」
「ウチ、退屈が一番嫌いなんよ。せやから、相手したってや!」
土煙の中、二人の叫ぶ声が聞こえる。
「ふざけるのも、いい加減にしろ!」
瞬間、骨の砕ける音が俺の耳に届いた。
「ウッ! ナハハ! こりゃ一本取られたで!」
「リオ!」
晴れた土煙の中でリオはそこに立っていた。片腕を押さえ、異常なほどに笑顔を浮かべる。
「ん〜。そろそろ……ええかな?」
「何かだッ!」
瞬間、空間が揺れた。
同時に、またガラスが割れたような音が聞こえた。
「『エリアカット』、対象を発見。任務を遂行します」
その声は俺の幼馴染の声と同じモノで。
でも、その声には感情が込められていなかった。




