ノイズと空白の記憶
「いやあ、昨日は楽しかったなぁ」
「どこがだよ。俺お前に格ゲーでボコボコにされたんだが?」
結局、あの後はそのまま帰る気分にもなれず。リオがいつも行ってるゲーセンに行ったんだ。
「ナハハ! 蓮也が雑魚すぎるんや! ウチなんも悪くないで?」
ホンマこいつ……! ドヤ顔うぜぇ。
主に俺とリオが対戦して、空山さんは観戦してるだけだったんだけど。多分、ゲーセンもあんまり来たことがなかったんだろうな。
「うわぁ……その内ボコボコに仕返してやるからな」
「楽しみにしとくでぃ」
そんなこんなで今日も朝から学校だ。先生が来るまでの間、雑談に花を咲かせる。
「空山さんは、えっと……昨日大丈夫だった?」
「え?」
何か考えていたのか、俯いていた顔を上げて怪訝な声を上げる。そんな姿を見て、俺はどこか言い訳をするように早口で言った。
「あぁ、いや。人が多いところは苦手って言ってたじゃん? ゲーセンは人も多いし、ピカピカして目とか痛くなったりするしさ。慣れてない人はうるさ過ぎて気持ち悪くなったりするし」
「ふふふ……大丈夫でしたよ。ご心配、ありがとうございます」
俺の慌てたところを見て笑う空山さん。俺も安心して笑顔を浮かべる。
「そっか、なら良いんだ」
それでも、気まずい。やっぱり、駄目かも知れない。どうにも昔の風夏がよぎって、うまくしゃべれないみたいだ。
「少し、いいですか? 二人に話しておきたい事がありまして……」
考えが纏まったのか、真剣な顔で俺たちに話し掛ける。いの一番に反応したのはリオだった。
「おっ! なんやなんや、聞かせてくれぃ」
「私の能力は、空間操作なんです」
唐突な能力の開示。それはあまりにも、端的で。
「空間操作っていうと……どんな事ができるんだ?」
当然の疑問を空山さんに投げた。こくりと頷き、口を開く。
「そうですね……主に空間の転移や固定化、位置座標の操作など。簡単に言えば、瞬間移動が出来ます」
「おぉ! そらすごいな!」
「そしてもう一つ、その空間に残る記憶や感情を読み取る事ができるんです。それこそ、サイコメトリーのような」
空間の記憶? 感情って……。
「なんやと?」
リオのその声はいつもより鋭く、冷たいように聞こえた。
「ただ、それを読み取るのは私にはまだ難しいようで……少し暴走してしまうんです。それが視覚的な“歪み”や“影”として見える、昨日のように」
「それって……」
あの時の、影?
「蓮也さんは気づいていましたよね? アレと会う前、私は息ができなくなってたんです。能力の暴走で、身体に負担が掛かったんだと思います。その直後に一瞬だけ、影が一人増えた」
「気の所為じゃ、なかった?」
俺だけが見たものじゃない。なんなら、空山さんの能力によるもので……。過去の、記憶? 俺の隣に、誰か居たのか。
「私、もう一度あの場所に行ってみようと思います。あんな中途半端じゃなくて、もっと完全に読み取らないと」
「やめときや」
自分の世界に入りかけていたのか、それとも何か焦っているのか。早口になっていた空山さんの言葉を、遮るようにピシャリと冷たい一言を浴びせた。
「リオさん……」
「転校生ちゃん、読み取ってどうするんや?」
「え?」
単純な疑問をリオは告げた。
「アンタに読み取りの能力があるんは分かった。けどな? その記憶、感情を知ってどうするんや。転校生ちゃんにとっては赤の他人の記憶やし、多分どうすることも出来んやろ。それなのにやろうって言うんか?」
「それは……」
理路整然とやる理由を問いただす。そんな事を言えば、空山さんが止まると思って。きっと、そうなのだろう。
正論だ。だけど、でも。
「……俺は、空山さんにやってもらいたい」
「蓮也! アンタ本気か!?」
そうだ。やってもらわなきゃ、ダメなんだ。
「あの場所、前も行った気がするんだ。俺とリオと……もう一人。思い出せないんだ。何かを忘れている気がする。だから、あの場所に何かあるのなら……俺は知りたい」
河川敷で笑っていて。誰かが俺の名前を呼ぶんだ。でも、その声だけが歪んで聞こえなかった。
「チッ! ホンマに、覚えとらんのか?」
「え?」
リオが小さく呟いた言葉を俺は聞き逃してしまった。それは俺にとって、核心に迫るものだと知らずに。
「その話は、また放課後聞かせてくれんか、そろそろ授業やし」
「分かりました」
「あぁ……分かった」
夕焼けが差し込む教室、外から聞こえてくるのはグラウンドに居る運動部たちの声。放課後、俺たちは三人で残っていた。
空山さんが深呼吸をして、机に手を置く。口を開き、ゆっくりと。
「『エリアメトリー』」
直後、空気が揺れた。オレンジ色の光は拡散し、次第に色は消える。外の声も、風の音も聞こえなくなって。
気が付けば周囲に人がいた。でも、俺には気づかない。
教室の扉の近く、そこに俺が居た。話し掛けに行くリオの姿もあった。そして、俺の肩に手を置く誰かが居た。
黒く塗りつぶされている。顔も身体も、ノイズのように。
でも、そこに居る。俺の知らない誰かが。知っていたはずの、誰かが。
「誰、なんだよ」
景色が遠のく、霧散する。そして……。
「ッハァッハァ……」
空山さんの苦しそうな声が聞こえた。
「今のが……アンタの能力なんやな?」
「ええ……そうです」
「分かった。アンタらだけやと心配やしな、ついてってやるわ」
アイツは、確かに居た。俺の隣にも。リオの隣にも。気の所為なんかじゃ、ない。
「行きましょう」
リオがため息を吐いた。諦めを含んだ、空気の塊を。
「せやな」
「行こう」
靴を履いて校門を出る。商店街の喧騒は耳の中を通り過ぎ、俺たちは夕暮れの道を歩く。沈黙。
なぜだろうか。肌に当たる風が、冷たく感じる。それは、季節のせいだけじゃない気がした。
少しずつ見えてくる、あの河川敷。川面が夕陽を反射して、赤く揺れて。揺らめく光を俺は、手で遮ってしまった。
ここは、昨日と同じ場所。いや、違う。もっと、前にも来たはずの場所。
胸の奥がざわつく。不自然なほど、心臓の鼓動は速くなっていく。
空山さんが立ち止まった。
「無茶は、しません」
「あぁ……そうだな」
ゆっくりと、深呼吸をする。覚悟を決めて。
空山さんは膝を付けて地面に触れた。目を、閉じる。そして……口を開いた。
「『エリアメトリー』」
ズシン、身体に圧が掛かった。波紋のように広がる、拡がる。足元を見れば気が付いた。そこに歪みがあると。
川の音が遠ざかる。地面の匂い、靴に触れる草の感触。それが、薄皮一枚向こう側にずれた。
次の瞬間。
居る、そこに。俺たちの目の前。ノイズに覆われた誰かが。
黒く、砂嵐のように輪郭が崩れていた。でも、分かるんだ。その立ち振る舞いやポケットに手を突っ込んだ後の少し肩をすくめる癖。
見覚えが、ある。違う、見たことある、はずなんだ。
「……ダメだ」
リオの声が聞こえた。低く、唸るように。
視界が暗転する。気が付けば河川敷。でもこれは、昼だ。
四人で座っている。誰だ、もう一人は。知らない、分からない。
ジュースを回し飲みして、くだらない話で笑っている。
俺の右にはリオが。左には――誰か……ノイズが酷い。その隣には真っ黒な影。
でも、その奥に。見えたんだ。知ってるはずの、誰か。
一瞬だけ、制服の袖が見えた。その腕には俺たちと同じ学校の、ブレザーが。
「なあ、蓮也」
声が、聞こえた。はっきりと。
初めて聞く、知らないはずの懐かしい声。胸が締め付けられる。
「止まれ!」
リオが腕を掴む。いつの間にか、俺は一歩前に。どうやら、進もうとしていたみたいだ。
同時に、空山さんが崩れ落ちた。
「ッ……は、ぁ……っ!」
荒い呼吸が聞こえてくる。頭に浮かぶ単語は、過呼吸。
空間の歪みが暴れ出す。過去と現在が重なる。影は、五つあった。
「消えた……のか」
夕焼け。川の音。靴に触れる草の感触、そして冷たい風。
すべてが元に戻る。
「おい、しっかりせえ!」
リオの声が遠く感じる。
アイツは、誰なんだ。
確かにそこに居たはずなのに。俺の隣で、笑っていたはずなのに。どうして、分からないんだ。
思い出そうとするたび、頭の奥でノイズが走る。




