放課後と空白の影
ふと、リオの唐揚げに目がいった。
「ところでリオ、お前なんで唐揚げにケチャップなんか付けてんだ?」
「ん? なんか変か? 唐揚げはケチャップやろ!」
は?
「いやいやいや! おかしいって! お前ケチャラーか!?」
「なんや文句かぁ!? ナゲットやってケチャップ付けるやろ!」
ナゲットにケチャップ……まあ付けるな? 確かに。
でもよぉ……。
「ナゲットと唐揚げは違うだろ! どうかしてるよ!」
「はぁあ? なんや、やるんかぁ!?」
「おい」
「大体お前そのケチャップどこから持ってきたんだよ! 付属のやつじゃないだろ!」
唐揚げ弁当にケチャップなんか付いてないはずだよな!? え、もしかして俺が異常? 今時の唐揚げ弁当ってケチャップ付いてんの?
「マイケチャップやけど!?」
だよなぁ!? いや、だとしてもマイケチャップってなんだよ!?
「お前ら」
「なんやぁ!」
「うるさい」
「あ、高田先生……」
どうやら話にヒートアップしすぎて先生の声が聞こえてなかったみたいで……ニッコリと笑いながらゆっくりとリオの頭に手を差し伸べて。
「いだだだだ!!!」
鷲掴みした。
「静かにしろと言ったはずなんだがなあ?」
「高田センセー! アタマアタマ! 割れるぅ!!!」
自分の頭を掴む高田先生の手をタップし限界を伝えてるみたいだが……あ、離した。許してくれたのか?
「リオ、それと蓮也。お前ら二人放課後に職員室来い」
「なんで俺まで!?」
理不尽だぁぁぁ! リオはまだ「ケチャップは正義や!」とか叫んでるし、俺は俺で納得いってない。
マジかよぉ……。
「そろそろ授業始まるからなぁ、気を付けろよ。じゃあな」
そう言って教壇から書類を取り出し教室を出ていく。多分、職員室だろうな。
「ふふっ……」
「お! 笑えばかわええやん!」
手を口に当て隠すように笑う。その仕草に俺は目を奪われた。やっぱり昔の風夏とは違うのだと再確認してしまう。
「あ……すみません。つい」
「蓮也もはよ飯食いや? 高田センセーも言うてたけどもうそろ授業やで?」
その声で時計を見れば、確かに時間が差し迫っていた。
「うげ! ガチじゃねえか!」
リオに買ってもらった弁当をどか食いし、ギリギリ授業には間に合った。あぶねぇあぶねぇ。
「はぁ〜やっと終わったで」
ん〜、と手を上げて全身を伸ばすリオ。俺たちは職員室から出て下駄箱に向かう。
「お前のせいでめちゃくちゃ怒られたじゃねえか」
高田先生に説教をされた。大体コイツのせいなんだが。俺悪くなくね?
「知らん知らん! ほなさっさと行くで? 転校生ちゃんまたしとるんやけぇ!」
「分かってるっつぅの!」
また怒られるのが嫌だから走らず、極力早く行こうと早足で向かう。上履きから靴に履き替え、空山さんの姿を探す。
「おっ! あそこおるで!」
そうして駆け出すリオの先、そこに空山さんがいた。まだまだ青い空を背景に、扉のガラス越しに立っている。
こちらに気づいていないのか、あくびを漏らし目尻から涙が垂れるのが見えた。
「あ、リオさん。もう大丈夫なんですか?」
「平気や平気! ほら、蓮也もはよ来ぃや!」
「お、おう!」
昇降口を出れば、昼の熱がアスファルトに残っていた。さて、どこに行こうか。そう悩んでいる内にリオが口を開けた。
「うし! 今日は商店街コースやで! まずはたい焼きからやな!」
「昼に唐揚げ弁当食ってただろ……」
まだ食うのかよ。
「もうお腹空いたんや! それにな? 甘いもんは別腹やろ!」
無い胸を張るリオ。
「商店街……ですか」
「ん? なんや嫌やったか?」
「いえ! ただ、あまり人が多いところには行ったことがないもので……」
俯く空山さんにリオが笑顔を浮かべて手を繋ぐ。それで顔を上げる空山さん。
「そやったんか! ほんなら尚更案内せんとなぁ!」
「よろしくお願いします」
「ナハハ! 堅苦しいなぁ! 全然タメでもええんやでぇ?」
「ありがとうございます」
楽しく二人が話している。そこに俺は入れなかった。
「わあ……すごいですね」
感嘆の声を上げる空山さん。
「せやろ! この街は中々繁盛しとるからなぁ! あ、おっちゃん! たい焼きくれ!」
「あいよぉ! そっちの嬢ちゃんは?」
「あ、じゃあお願いします」
「毎度ありぃ!」
少しだけ昔のことを思い出す。風夏がまだ元気だった頃、地域の夏祭りで一緒に綿あめを食ったっけなあ。
中学になる頃には、もう病院通いで……滅多に遊びに行けなかったっけ。
よく俺が色々話したのを覚えてるよ。でも、風夏はそれを覚えてないんだもんな。
「何立ち止まっとんや蓮也! 次行くでい!」
「分かった!」
「……なんでそんな端行くん?」
「え?」
言われて初めて気づいた。俺の左側に、不自然な空間が空いていることに。まるで、もう一人居るみたいに。
「……いや、なんか。なんでだろ」
自分でも理由が分からない。リオは俺を一瞬だけ見る。
その目が、ほんのわずかに冷えたような気がした。でもすぐに。
「気の所為やろ。ほら行くで!」
いつもの調子に戻る。
気の所為。そうだよな。
気の所為、のはずだ。
「いやぁ美味かった!」
商店街を出て少し歩いたところ。一体どこに入るのか、めちゃくちゃ食べたリオ。胃袋ブラックホールかなんかかな?
「食いすぎだろ、リオ。太るぞ?」
「ゲーセンでカロリー消費してるから平気ですぅ」
けぷぅ……と品が無くゲップするリオ。そんな姿を見て俺は呆れるしか無かった。
「楽しかった、です。リオさん。それに、蓮也さんも。色々とありがとうございました」
「楽しめたなら、良かった」
日は暮れて、周りがオレンジ色に染まりかけている。いつの間にか河川敷を歩いていた俺たち。
「ええで! また明日も案内するからな! 楽しみにしときいや?」
「……はい!」
控えめに、それでいて力強く返事をする空山さん。ふと、河川に目線を滑らせた。
水面がきらきらと揺れて。オレンジ色の光が、水に溶けていく。
少し強い風が俺たちを襲う。一瞬だけ、目を瞑ってしまった。
直後、空山さんの足が、ぴたりと止まる。
「空山さん?」
振り向くと、彼女は川の向こうを見ている。焦点は合っていなかった。
「なんか、変です」
「変ってなんや?」
リオが軽く聞き返す。けれど、その声はわずかに固いように感じた。
空山さんが急に胸元を押さえる。
「息が……でき、ない」
風が吹く。長い黒髪が揺れる。
独特の川の匂いに、夕焼け。
いつもと同じ、何も変わらない景色。
なのに。俺の胸も、ぎゅっと締め付けられた。
理由は分からない。
でもここは――何かがあった場所だと、身体が知っている。
足元を見れば俺の影。隣を見ればリオの影。後ろを見れば空山さんの影。
三つだ。……三つ?
一瞬だけ。俺の隣に、もう一つの影が重なった気がした。
瞬きをする。消えている。
「……気の所為、だよな」
誰に言うでもなく、呟く。
顔を上げて、周囲を見渡す。なにか、居る。向こう岸の堤防の上。
黒い影が立っていた。逆光で顔は見えないけれど、視線だけははっきりと分かった。
――俺を見ている。
心臓が、強く鳴る。懐かしい。でも、痛い。
なんでか、泣きそうになる。
「……っ」
空山さんが膝をつく。
「風夏!」
思わず名前を呼ぶ。
リオが一瞬で俺の前に出た。その目は、完全に警戒の色。さっきまでの軽さはなく。
黒い影は、動かない。ただ、こちらを見ている。
いや……俺だけを。
喉が、乾く。
知らないはずなのに。誰だ。知らないはずなのに。誰なんだ。
――会いたかった。
そんな感情が、胸の奥から溢れそうになる。
瞬間。影がゆっくりと背を向けた。もう、いない。
風だけが残り、静寂が耳に届く。
「転校生ちゃん、大丈夫か? 蓮也……帰るで」
リオの声は低かった。俺は、しばらく動けなかった。




