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13話 軌跡の欠片


 手を、握られている。温かい、けれど――


 震えていた。


「ここ、は……?」


 身体を起こし、周囲を見渡す。治療室だ。


「……目が覚めたかい? 全く、無茶をするもんだよ」


 傍らにいたのは西野さん。呆れた声が耳に届く。


「西野、さん。俺は一体……どうしてここに?」


 なんだっけ。何があったんだっけ。


「蓮也、キミは合格だ」


 合格? ……合格だって!?


「え!? あ……そうか。アイツに……重斗に、勝てたのか」


 そうだ、試験だ。AKCの試験で、俺は。


「それは違うよ。キミは引き分けだった。ギリギリでね」


 ギリギリで、引き分け? どういうことなんだ?


「じゃあなんで、合格なんですか。試験官のあの人は――」


 俺の言葉に続くように、西野さんは告げた。


「優勝したら合格、なんて言ってないよ」


「それは……」


 そうなのか? 思い出せ、確かにあの時。


「優秀な者はそのまま採用となる。それだけだよ」


 いや、でも。


「優勝を目指し、頑張ってくれたまえ。そう、言って……」


 あぁ、そうか。そういうことか。


「合点がいったようだね。鬼童さんは優勝した者を採用するとは言っていない」


 そうだな、そうだった。


「健闘を祈る、だなんて。はぁ……」


「だから言ったろ? 鬼童さんは意地悪なのさ」


 あぁ、確かにそう言ってたなあ……。

 そんなふうに衝撃を受けていると、治療室の扉が開かれる。


「あぁ、起きたのか。おはよう」


 入ってきたのは仏谷さん。起きていた俺に挨拶をしてくる。


「えっと、おはようございます」


「どうした、何かあったのか?」


 挨拶を返せば俺の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、仏谷さんは首を傾げる。


「鬼童さんが意地悪だって話だよ」


 そんなふうに西野さんが言う。はあ、とため息をついて。


「なんだ、そんなことか。だったらもう伝えてるんだな」


「うん、そうだね」


 仏谷さんは確認を取り、丸椅子を持って近くに座った。


「合格おめでとう、蓮也くん」


 足を組んで拍手をする。その祝いの言葉に俺は会釈をした。


「ありがとうございます、仏谷さん」


「それで、あの件は? それももう伝えたのか?」


 西野さんに顔を向けて疑問をぶつける。顔を横に振り口を開いた。


「いんや、まだだよ。起き抜けにそんなこと話すのは忍びなくてね」


「優しいんだか、自分勝手なんだか。どっちか分からんな」


「ふふっ、そうだね」


 二人の話はどうも曖昧で。何の話をしているのか分からない。

 だから、詳細を問いた。


「その、あの件って?」


 聞けば、仏谷さんの真剣な眼が返ってきた。あぁ、あの時と一緒だ。

 あの日、風夏に殺されかけた日。仏谷さんと話をした日と。


「……君の、幼馴染についてだ」


 頭が追いつかなかった。戦闘ばかりで、思考が偏ってたんだろう。思いもよらない単語に、頭の処理が遅くて。

 幼馴染ってなんだ。……幼馴染!?


「風夏のことですか!?」


 ベッドの端から降ろしていた足で、立ち上がる。勢い良く。


「落ち着いて、そう慌てないの」


「いや、でも……!」


 西野さんの制止も聞けず、感情がぐるぐると回り出す。


「結論から言う。君の幼馴染である風夏は未だ昏睡状態だ」


「そんな……!」


 昏睡。まだ、起きていない。俺を襲った日からずっとだ。

 目を覚まさず、ずっとこのままなのか? 分からない。

 あぁ、どうして。


「だが、君の幼馴染が通っていた病院について分かったことがある。その情報を君に教えよう」


「情報? そんなこと言われたって」


 それで風夏は起きるのか? そんな情報あっても、どうしろって言うんだよ。


「知りたいか? 知りたくないのか? 君にはこの情報を聞く権利がある」


 権利……? あぁ、そうか。そうだったな。

 知らなきゃダメなんだ。どうして風夏は俺を襲ったのか。

 なんで記憶が無かったのか。知らなきゃいけない。


 違う。知りたいんだ、俺が。だから――。


「教えてください。いったい何が、風夏に何があったのか」


 受け止める。例え、どんなことがあろうとも。


「あぁ。……事の始まりは空山風夏の発作、身体障害の一つで病院に運ばれた」


 知っている。小学生四年生の夏だったか。家でしてたゲームの最中に倒れたんだ。

 救急車を呼んで、緊急搬送されて。


「その病院の看護師だった人に聞いたよ。酷い倦怠感と頭痛、そして足の麻痺だってね。脳腫瘍によって機能障害が現れたんだ」


 学校には行けなくなった。ずっと病院に居ることになって。

 俺は毎日お見舞いに行った。


「頭痛とそれによる吐き気や過呼吸。病院に泊まるようになってからは運動も禁止になったそうだ」


「お転婆だった風夏にはそれが辛くて……俺はただ、隣りにいることしか出来なかった」


 涙を流す風夏に、幼い俺が出来ることなんてなかった。


「薬で頭痛は治まるようになって、少しずつ快調に向かっていたらしいよ。でも――」


 西野さんの言葉に繋ぐように、俺は口を開けた。


「お金が無くて手術が出来なかったんだ。だから風夏たちは家を売って、別の場所に引っ越した」


 それからは気軽に会えなくなった。中学生になる前、病院も変わって。面会できなくなって。

 俺に出来ることは手紙を送ることだけ。母親にねだって、頼み込んだなぁ。


「空山風夏の父親は更にお金を稼ぐため、いろんな地方へと出張に行ったそうだ。その結果、中学二年生になる頃にはお金は溜まり手術は成功したんだ」


 毎日のように手紙を書いて、それを週に一度、一気に送った。流石の母親も、毎日一通の手紙を送ることは金銭的に厳しかったらしい。

 それで、月に一度返事が来る。それが楽しみで仕方がなかった。

 幼い俺にとっては、風夏と言葉を交わせるのが嬉しくて。それが対面じゃなくても、手紙だとしても。返事が遅くても。


「そう、なんですか?」


 仏谷さんの言ったことに俺は憶えが無かった。手術をしたこと、それが成功したことも。だって。


「蓮也くん、君が空山風夏と連絡が取れなくなったのはこの頃だろう?」


「ええ、そうです。返事が返ってこなくなって」


 手紙が来なくなったから。俺は毎日不安でいっぱいだった。

 何かあったのか、どうして返事をしてくれないのか。

 色んな嫌なことが頭の中をぐるぐるして。


「それは病院が変わったからだ。どうやら連絡が行き届いてなかったらしくな、君の手紙はしばらく空山風夏の居ない病院に届いていた」


 その事実に俺はホッとした。


「そっか……そっか……!」


 何かあったわけじゃない。むしろ良い方向に進んでたんだ。

 どこか、幼い俺が救われたように思う。


「大きな病院から小さな病院に移り、リハビリをしていたらしい。そして、二年前……事件は起こった」


 事件……?


「風夏ちゃんが居た病院で集団昏睡が起きたんだよ。大きな病院の方がね」


 病院で集団昏睡……え?


「なんだって!?」


 じゃあ風夏は!


「リハビリは小さな病院でしていたんだけど、年一の定期検診は大きな病院でやっていたんだ。丁度、その日に」


「そんな……!」


「多分、そこでナナシの組織と接触したんじゃないかな。僕はそう推測するよ」


 推測、西野さんの。

 でも、それはきっと正しい。一番可能性があるモノだ。


「そしてもう一つ、蓮也くんに伝えなければいけないことがある」


 もう一つ……? これ以上のことがあるのか。


「まだ! まだ……何かあるんですか」


 続く言葉に俺は声を失う。


「君の空白の記憶だ。きっと、その記憶を思い出すのに役立つだろう。

 彼の名前は――」


 一拍。


 ほんの僅かな沈黙が、やけに長く感じた。


 その名前を聞いて、俺は。


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