12話 空白の欠片
「お前が、谷口蓮也か」
対面して分かった。コイツの眼は、俺に似ている。
「あぁ、そうだ」
腑に落ちる。きっと、そうなんだ。道が違えば――俺も。
「……」
「所定の位置を確認。それでは、試合を開始する。はじめッ!」
沈黙の中、鬼童さんの声が響く。そして、重斗が最初に動いた。
「『加重』」
「ぐぅ……!」
これが、『重力操作』……全身が重い。動けない……。
「フッ!」
拳が迫る。駄目だ、このままじゃ。さっき見た試合と変わらない。
「『烈火』! 『紅蓮風日』! はぁっ!!!」
火を灯し、揺蕩う炎で重斗の腕を打ち払う。
「チッ……『重拳』」
炎の鞭で追撃をしようとするけれど、サッと後ろに跳んで距離を取られた。判断が速い。
「なっ! ゴホッ……」
拳を地面に叩きつけられ、土煙が舞う。視界が潰れるその隙を相手が見逃すはずもなく。
「ゥラアッ!」
「しまっ……ダッ!」
気づいた時には足を蹴られ体勢を崩していた。身体は倒れ顔は空を向く。
「『加重』……無様だな」
更に身体が重くなり、視界に現れたのは俺を見下ろす重斗の姿。
「なん……だとぉ!?」
どうにか手足を動かそうとするけれど、身動きが取れない。俺は虚勢を張って踏ん張った。
「コイツを姉さんが……『重拳』!」
気を取られてしまったのか、先ほど灯した炎は消えていて。俺はもう一度、手足に炎を纏った。
「『烈火』『烈火』! ぶねぇ……!」
炎で強化した身体ならばこの重い空間の中でも動けられる。
まだまだ俺は未熟者だ。意識しなければ、異能力が消えてしまうのだから。
「ちょこまかと! 鬱陶しい!」
追ってくる重斗。その顔はどこか必死で、何かに縋るような。
「ハッ! 負け惜しみか!?」
強気な態度で逃げ回る。分かってる。今の俺じゃ、コイツに叶わない。でも、だからどうした?
また、リオみたいに。風夏の時みたいに、何も出来ないのは嫌なんだ!
「減らず口を! 『重拳』!」
「同じ手は喰らわねぇよ! 『紅蓮風日』!」
視界を覆う土煙を、炎の手足で風を起こす。晴れた視界にはヤツがいた。
「チッ……! 『反重』、『加重』!」
まるで風船のように浮き上がり、途端に勢い良く遠のいた。
「なっ!? 待て! 『烈火』!」
周囲の木々を縫うように逃げる重斗。突然の事に脳の処理が追いつかなくて。
一足遅く身体に炎を纏い、俺は走り出した。
「『加重』『加重』『加重』!」
後ろ姿が視界に映り、更に距離を縮めようと足に力を入れる。走る、奔る。
目前の木を避けもうすぐ手が届く。その時だった。
「ぐぁ!? なんだ今の!」
一瞬身体が重くなり、すぐにその感覚はなくなった。少し距離の空いた先にいる重斗が振り返って、俺の顔を見る。
もう宙に浮くことはなく、地に足をつけていた。そして――。
「『重拳』! ォラア!」
「しまッ! 『滅火葬蒸』!」
懐に入ってきた拳を後ろに跳んで回避する。続け様に俺は技を繰り出した。
周りが朱に染まる。やったか!?
「しぶとい奴め!」
炎の範囲外、重斗はそこに居た。あぁ、駄目だ。
コイツは強い。
今の俺に、何ができる?
「出し惜しみしてる場合じゃないな……! 『烈火』!」
地面を燃やす炎ごともう一度俺の身に纏う。当然、ヤツが近づいてくる。
「『重拳』!」
根性と筋肉で攻撃を避け、押し出された空気が耳に通る。
「『烈火』『烈火』『烈火』! お前が俺に何を思ってるかは知らねぇけどよ! 俺はお前に勝たなきゃいけないんだ! 『烈火』! 『滅火葬蒸』!」
熱を上げる。温度を上げる。
炎の色は変わり、酸素も薄くなる。でも。
この身が焼かれようとも、コレが今の俺に出来る精いっぱいだ。
「ッ! ふざけるな! お前が! オレに勝てるわけねぇだろ! 『反重』! 『加重』! 『重拳』!」
周囲に俺の炎が伝播する中、重斗は一直線に拳を飛ばしてくる。意識が朦朧とする中、迎撃しようと拳を突きだした。
「うぉおおおおおッ!!!」
「ォオオオオオッ!!!」
ぶつかる。
炎と重さ。
熱さとプライド。
意地と意地。
「ぐっ……!」
拳と拳が交差した瞬間、衝撃が森全体を揺らした。
視界が歪む。耳鳴りが酷い。
立っているのかすら分からない。
それでも――。
「なぜ……そこまで、無茶をする……」
重斗の声が、すぐ近くから聞こえた。
「お前こそ……なんで、全部背負おうとしてんだよ……」
息を切らしながら、言葉を返す。
「……当たり前だろ。オレがやらなきゃ……誰がやる」
「違うだろ……!」
膝が崩れそうになるのを、必死に耐える。
「一人で全部、抱えるなって! 言ってんだよ……」
「ッ……!」
重斗の目が、揺れた。
「強いからって……全部やる必要なんて、ねぇだろ!」
「るせぇ……!」
拳が、もう一度振り上げられる。
「頼れよ……なぁ!」
その言葉は、ほとんど叫びだった。
苦しさの中で、一つの想いを告げる。
「……!」
嗚呼、そうだ。お前は俺と一緒だ。
お前はきっと、俺の未来だ。
「一人で潰れるくらいなら! 誰かに、頼れよ!」
空気が止まったような気がした。
俺の声で、重斗の拳が止まる。
「……っ」
眼前にまで迫っていた拳は、降ろされた。
そのまま、力が抜けるように。ドサッ、とした音と共に。
「は……はは……」
重斗の身体が崩れ落ちた。
「ふざけ、やが……って」
俺も、もう限界だ。膝が地面に着く。
視界が暗くなって。
「……これで、いいんだろ……」
誰に向けた言葉かも分からないまま、その場に倒れた。
静寂の中、燃え残る木々の音と――
二人の息遣いだけが残る。
「……両者、戦闘不能を確認。よって、この試合は引き分けとなる」
ピピピピ――
俺が倒れた直後、甲高い音が鳴る。
そんな中、鬼童さんの声が響く。
「もしもし……あぁ、はい。……なんだって!? 分かった。仏谷隊員に伝えておくよ」
声が治療室に反響する。
「どうした、せっちゃん」
声を聞いて入ってきた仏谷さんは、怪訝な顔で西野さんの様子を見る。
「るぅちゃん、推測通りだ。学校の件で話が来た」
「アレか! それで、内容は?」
「名簿一覧から不自然な生徒消去の痕跡があった。そして、それは蓮也くんと同じクラスの子だった」
「そうか……」
腕を組み考え込む仏谷さんに、西野さんは言葉を続けた。
「それと、昏睡状態であるあの子についてなんだけど……」
「なんだ?」
そして、俺の幼馴染について。空山風夏の軌跡を、告げる。
「数年前まで通っていた病院について、情報が届いたらしい」
その事実を、俺はまだ知り得ない。




