11話 重さの欠片
「ここはッ!」
身体を起こし周囲を見渡す。どうやら気を失っていたみたいで。
「目が覚めたかい?」
「西野……さん」
治療室だ。
壁際の棚には色んな道具が置かれていて、部屋に香る匂いで俺は落ち着いた。
「まったく、無茶をするね。一回戦の時もそうだった」
そうだった。一回戦の後も俺は治療室で怪我を治してもらっていて……。俺のちょっとした火傷を見た仏谷さんがここを案内してくれたんだ。
今回もきっと、試合が始まる前に呼びに来てくれるだろう。
「すみません、また迷惑をおかけしてしまって……」
ベッドに座る俺の身体には未だ青い花が咲いていた。この花は西野さんの能力だ。
「……もう少し、自分を大事にして欲しいものだがね」
怪我を直す青い花、『蒼月花』と呼んでいるそれを生み出す異能力だ。治癒能力に特化し、外傷内傷に関わらず治してくれる。四肢欠損してしまった場合、その部分を繋ぐことも出来るらしい。
「あはは……ちょっと熱が入ってしまって」
完全に火傷が治った片方の手で頬を掻く。そんな俺にため息を吐く西野さん。
「まったくだよ。……そういや、次の対戦相手はあの子か」
「あの子?」
「あぁ……いや、キミには話しておくべきかな」
そう言って、大画面のテレビモニターの電源を付ける。
「これは……」
「丁度、今から試合みたいだ」
映るのは森の中、立っているのは二人の男。開幕早々攻撃を仕掛けに行く。そんな男を指して、俺は西野さんに尋ねた。
「彼は、誰なんです?」
「仏谷重斗、先ほどキミが戦った佐倉くんの幼馴染だよ。そして、るぅちゃんの弟でもある」
棒立ちの男を殴る、蹴る。まるで一方的だ。
「なんで、相手の人は動かないんですか」
「違うさ。動かないんじゃない、“動けない”んだよ」
疑問を口に出せば西野さんが答える。けれど、“動けない”という意味がよく分からなかった。
「どういう……ことですか?」
そう言えば、瞑っていた目を開けて西野さんは告げる。
「重斗くんの能力は『重力操作』、要するに、相手は自分が重くて動けないんだよ」
「そんなことが……」
「まあ、万能ではないけどね」
モニターの電源を消す。画面は漆黒に戻った。
「それで、彼がどうしたっていうんですか。まさか、知り合いだから手加減しろだなんて言いませんよね?」
「そんな無粋な事は言わないさ、どちらかというと逆だよ」
「逆?」
その後に続く西野さんの言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「あぁ。もし出来るのであれば、重斗くんを負かしてほしいんだ」
「どうして、そんなことを」
思わず問い返した。るぅちゃんの弟だって言った。身内なんだろ?
それを負かしてほしいなんて——。
「……あの子はね」
西野さんは少しだけ言葉を選ぶように、間を置いた。
「強すぎるんだよ」
「……強い、のがダメなんですか?」
別に、ダメな理由なんてないように思うけれど。
「強さ自体は悪くないさ。でもね、重斗くんは“重さ”に引きずられてる」
「それって……?」
聞き返すと、西野さんは小さく頷いた。
「能力の話じゃない。あの子自身の話だよ」
窓の外を見るように、視線を逸らす。その先にあるのは、暗闇の底。漆黒の画面。
「あの子はね、全部背負おうとする。自分が強いから、全部自分がやらなきゃいけないって」
「……そ」
それはまるで。
「誰かに頼ることも、弱さを見せることも出来ない。だから、どんどん重くなっていく」
まるで、俺みたいだ。
「でも!」
「このままだと、いつか潰れるよ。確実に。誰にも気づかれないまま、ね」
淡々としているのに、その言葉は妙に重かった。俺の言葉を遮り、俺の目を見てそう告げる。
これは忠告だ。
「そんなこと……」
あるわけ、ないだろ。ない、はずだ。
「るぅちゃんも分かってる。でも、あの子は止まらない」
あぁ。きっと、俺にも言ってるんだ。分かってる、ホントは分かってるんだ。
「だから……俺に勝てって?」
「うん」
迷いのない返答だった。
「出来れば、“ただ勝つ”んじゃなくて……気づかせてあげて欲しい」
西野さんは目を伏せる。俺は無意識に拳を握っていて。
「……何を、ですか」
「自分が全部背負わなくてもいいってことを」
胸の奥が、少しだけざわついた。触れられたくない場所に触れられたような。
「それは」
「難しいのは分かってるよ。戦いの中でそんなこと」
苦笑する。
「……」
「でもね、キミなら出来る気がするんだ」
そう言いながら、俺の腕に咲く花を軽くつついた。
「……俺が?」
「うん。キミも、無茶はするけどさ。ちゃんと、人を見てる」
ドクン、と心臓が鳴る。
「なんで」
「最初の対戦相手、夜影くんの時もそうだったんじゃないかな?」
あの時のことを思い出す。
殴られて、それでも叫んで。
手離したくなかったんだ。友達のことを。
「どうして……西野さんは」
「キミはさ、“戦う理由”をちゃんと人に向けられている」
それは、鋭太に言われた言葉と重なった。
——自己満だろ?
違う。そうじゃない。
違うって、証明したい。
「……分かりました、勝ちます。勝ってみせますよ」
ゆっくりと、息を吐く。
「そうこなくっちゃ」
それだけじゃない。勝つだけじゃ、足りない。
「ちゃんと、ぶつかってきます」
俺の言葉に、西野さんは少しだけ目を細める。
「うん、それでいい」
その時――ノックの音がした。
「蓮也くん、そろそろ出番だぞ」
扉を開けて入ってきたのは、仏谷さんで。
「来たね。じゃあ、頑張るんだよ。蓮也くん!」
立ち上がる。いつの間にか腕の花は消えていて。身体はもう、問題ない。
「行ってきます」
背を向けて歩き出す。廊下を歩きながら、ふと思う。
重さ、か……。俺も、同じなんだな。
——だからこそ、分かることもある。




