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暗影の欠片


「所定の位置についたな? では……開始する!」


 どこからか、鳴り響く鬼童さんの声。


「『阻害影《チェイン》』!」


 やっくんが叫び、影が伸びる。俺を捕まえようと実体化し、こちらへと迫る。


「丸見えなんだよ!」


 西野さんとの訓練で鍛えられた瞬発力と動体視力のおかげで、俺は余裕を持って攻撃を避けられる。


「チッ……」


 舌打ち。やっぱりおかしい。どこか焦るように、やっくんの顔は歪んでいて。


「お前、どうしたんだよ! 裏切り者ってなんだ!」


 試合開始前に言われたあの言葉、それがどうにも引っ掛かって気持ちが悪い。


「うるさい! 黙ってろ!」


 やっくんは俺を拒絶する。どうして、なんで話を聞いてくれないんだ。


「ッ! この野郎……『烈火《れっか》』!」


 その言葉で、俺は炎を点火させる。手に纏う炎はやっくんの操る影を照らした。影が無くなれば、なにも操れないだろう?


「影が! ……クソッ! 『沈殿影《ブラックトーン》』!」


 走り出す。木々のすき間を縫うように、森へと逃げ込んだ。木の裏に入った瞬間、やっくんの呪文と共に見失ってしまう。周りを見渡しても居ない。


「どこに行った……」


 木々の隙間か、それとも木の上か。焦りのせいか、段々と息がせり上がる。徐々に視界が狭まる。


「『影踏《ストッピング》』」


 その声と同時に、身体が動かなくなる。


「なんッ! 身体が!?」


 瞬間、動けなくなる。俺の炎は手に宿ったまま。


「聞いたよ、お前がアイツを庇ったって」


 俺の目の前にやっくんは現れた。カサカサと足元の草が揺れる。地面に視線をやれば、俺の影とやっくんの影は繋がっていた。


「なんの……話だ」


「分かるだろ? なぁ……おい!」


 腹を殴られる。鈍痛が、俺の腹部に走る。


「ぐぅっ!」


 うめき声が木々の間を通り抜けていく。


「空山風夏、お前の幼馴染だよ! アイツが、アイツのせいで俺の学校は……」


 怒りを吐き出すように、悲しみを誤魔化すように。俺の、幼馴染の名前を出す。


「風夏が……なんだってんだ」


「ッ! その口を閉じろ! 蓮也!」


 痛みに耐えながら、口を開く。けれど、その様子が癪に障ったのか、やっくんは声を荒げた。


「教えてくれ……お前に、何があったんだ」


「白々しい! お前もそうなんだろ? なぁ!」


 また、殴られる。


「うぐっ……!」


「ハハッ……空山風夏のせいで、学校はボロボロだ! 崩壊で瓦礫に巻き込まれた生徒だっている。俺を庇ってくれた先生も死んだ!」


 引きつった笑いで俺を殴る。何度も、何度も。段々と、纏った炎は消えていった。


「カフッ……」


 顔を殴られ、息が漏れ出した。


「ナナシの組織ってのは、酷い連中だ。……あぁ、お前もだよ。蓮也!!!」


 それを聞いて、繋がった。繋がってしまった。


 コイツは、違う。


「……ふざけるなよ」


 まるで的外れだ。きっとコイツは俺がナナシの組織だって思ってる。馬鹿げてる。アホらしい。


 ふざけるなよ。


「は?」


 コレは八つ当たりだ。コレは勘違いだ、誤解だって。それを分かっていても、止められない。

 俺の心の奥にある、熱い炎が揺らいで燃えた。まるで爆発するかのように。


「ふざけるなって! 言ってんだよ、バカ野郎! 『烈火』! 『滅火《めっか》葬蒸《そうじょう》』」


 あんな奴らと同じだと思われるのが、ムカつく。心底苛つく。


 手に纏った炎が完全に消えたその直後、俺は感情のままに再燃させた。身体に炎を纏わせ、その炎を周囲へと押し出す。


「なぁっ!」


 あぁ、ダメだ。


「『烈火』! ハァッ!」


 殺したいくらいに、腹が立つ。


 一段階、熱を上げた炎で影を覆って身体の操作権を奪い返す。同時にやっくんを遠ざけ、周りの草地が燃えていく。

 そして、その怒りを俺は地面にぶつけた。


「げほっ……ごほっ……クソ! どこ行った!?」


 土煙の中、咳き込みながらも周囲を警戒するやっくん。でも……見えた。


 隙だらけだ。


「『烈火』! 『烈火』、『烈火』! ハァッ!」


 炎を纏う、量を増やす、熱を上げていく。散った炎も周囲を燃やす炎も、全ての炎を両手に集中させた。その炎はとてつもなく高温で、蒼く変色して。


「ガハァッ! なんだよ……それ」


 殴る。


 焦げ付いた地面に、やっくんが転がった。その上に俺はまたがって、手足を抑える。


「ふざけるなよ! 俺がナナシの組織だって、言いたいのか!?」


 怒鳴る。


「あぁ、そうだよ。だってそうだろ? お前の幼馴染も、お前の高校の友だちも。ナナシの組織だって聞いたぜ? お前の学校はどうなんだ、壊されていないじゃないか。なぁ?」


 手を、上に。振り上げて……。


「ッ! 俺は! 俺は……」


 怒りが止まらない。なんだってんだよ。


 お前は、なんで。


「な、なんだよ……」


 ゆっくりと、手を下ろした。纏う炎を消して、肩を掴む。


「俺はお前を友だちだと思ってる。今までも、これからも。辛いなら頼れよ! 相談しろよ……何のための、友だちだ!」


 俺を信頼しろよ。俺に頼れよ。お前にとって、俺は友だちじゃないのか?


「……はぁ?」


「ホントにそう思ってるのか? 俺がナナシの組織だって、そう思うのか!?」


 嘘だ。そう思い込んでるだけだ。自分でも、わかってるんだろ。


「なっ……」


「相変わらずだって、お前は言ってくれた。変わってないんだよ! お前から見て、俺はそんなに怪しいのかよ! 違うだろ!?」


 叫ぶ、心に届くように。


「うるさい……! もう、喋るな!」


 やっくんの心、その奥深くに眠る暗い影を引きずり出す。その影を照らすように、話し掛ける。


「寂しくて、苦しくて。俺にはその気持ちは分からないかもしれない。でも! でも、俺は……友だちが離れていく辛さなら知ってる!」


「……ッ! それだけだろ! 俺は……目の前で友達が死んだ! 先生が守ってくれなきゃ、俺も死んでた! お前に分かるか!?」


 心からの叫びを。また、リオみたいにならないために。リオのように、離れないために。


「わかんねぇよ! でも……でも! 俺たちは寄り添えるんだよ! なあ……頼むよ、頼むから。俺から、離れないでくれ。俺を、友だちだって言ってくれよ」


「お前は! 俺だって……あぁもう! ……悪かったよ」


 分かって、くれたのか?


「やっくん……」


「俺はお前を疑ってた。でも、そんな姿見せられたら……嘘じゃないんだな。蓮也。お前は、ナナシの組織じゃ……ないんだよな」


「違う、俺はナナシの組織じゃない。俺は……ナナシの組織を、アイツらを倒す!」


 きっと、伝わった。伝わったんだ。


「もう……分かったよ。でもな……俺もここで負けるわけにゃ行かねぇんだ!『人影《フィッション》』! 『沈殿影』」


 それでも、戦闘は終わらない。俺の周りには黒い人型の影が何体も現れた。


「影が!」


 囲まれた!?


「死んでいったアイツらの仇を取るために、俺はナナシの組織に一矢報いる。そのために、隊員になる! だから! 勝たなきゃならないんだ!」


 現れた影に気を取られてしまい、俺は身体を押されて尻餅をつく。

 抑えていたやっくんは走り去り、木の裏で姿が消えた。森に響くようにやっくんの声が耳に届く。


「それは、俺だって一緒だ! 『烈火』! 『滅火葬蒸』!」


 周囲を燃やし、照らす。そうすれば、影は行く宛がない。


「またそれかよ! 『人影』! 『人影』!」


 草の焦げた臭いを鼻で感じる。やっくんは鬱陶しそうに声を上げながら影を増やした。実体のある人型の影を。


「キリがねぇな! 『烈火』!」


 影は光で作られる。光は炎で作れる。そして、影は強い光に弱い。それでもやっくんは諦めなくて。


「こうなったら……『人影』!」


「はあ!?」


 同じくらいの背丈だった影は、無数の影と合体して徐々に大きくなっていく。俺より数倍も大きい影が、俺を見下ろす。


「行けぇ!!!」


 巨大な影の腕が振り下ろされる。迫る、迫る。


「そんなのありかよ!? ……だったら、こっちだって! 『烈火』!」


 攻撃を避けて、『烈火』で手に炎を纏う。殴る度少しずつ、影が霧散していく。


「そこだ!」


 目の前の影は段々と小さくなっていく。影を消そうと夢中になっている俺。その背後から不意に声がした。


 やっぱり来た!


「分かってるんだよ! 二回目だぞ!?」


 後ろを振り返れば、炎の影から出てきたのはやっくん。無防備なその腹を殴る。


「ウグァッ!」


 意識を落とすように、みぞおちを狙って。唸り声と同時に、大きな影は消えていった。


 ピピピ――


 同時に、やっくんの腕輪から無機質な音が響く。


「意識消失を確認! 勝者、谷口蓮也!」


「っし!」


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