第95話 封鬼牢
長くなったので、急遽2話に分けました。今回は前半を投稿します。後半は明日か明後日に投稿します。
【登場人物紹介】
紅皇鬼━━━━
閻魔宮で亡者に罪を伝える役目を担う閻魔王の片腕。紅鬼総大将であり、短気で感情的な性格。蒼鬼軍の壊滅と日本の制覇を目論む。紅呪鬼の反対を押し切り、封鬼牢に永年封印されてきた酒吞の解放を決意する。
紅呪鬼━━━━
紅鬼の修羅。官吏のような衣を纏い、常に知的で冷静沈着、余裕の笑みを浮かべている。紅鬼の中では誰よりも妖力に長けた副将格。紅皇鬼の片腕的存在。紅皇鬼の命令を受け、酒吞の封印を解くために封鬼牢へ向かう。
紅蓮鬼━━━━
紅鬼の修羅。『分茶梨迦』と呼ばれる地獄の池で、火焔の蓮の花で罪人たちを焼き尽くしている。穏やかな優男的な見た目によらず、性格は紅皇鬼に似て残虐。酒吞に興味津々、紅呪鬼と共に封鬼牢へと向かう。
紅酒鬼(酒吞童子)━━━━
紅鬼の修羅。かつて紅鬼軍の総大将だった絶大な力を誇る紅鬼。大胆不敵にも閻魔王に逆らって地獄転覆を画策するが失敗。二千年の禁固刑を受けて封鬼牢に封印された後、現在に至るまで七百年以上もの歳月が流れた。紅鬼にとっては敵にも味方にもなりえる諸刃の紅鬼。
━━━紅の『封鬼牢』。
その物々しい名を聞けば、どんなに肝の座った屈強な紅鬼も震え上がると言う。
それは罪を犯した紅鬼たちが収監される、地獄世界における牢獄━━━━。
紅鬼にとっても訪れる事は稀なその荒廃の魔所は、紅鬼の支配する管轄地の外れ。
⋯⋯地獄谷の中にあった。
蒼鬼か紅鬼かを問わず、鬼の世界にも人間の世界同様に、棲む世界の理に反し、罪を犯す者は現れる。
そんな紅の咎鬼たちが最後に行き着く場所こそが、この『封鬼牢』だった。
仲間同士の諍いなど地獄内で起こった一部の罪による鬼も居るが、現在投獄されている鬼のほとんどは、過去の日本侵攻の際に軍の統制に逆らった鬼たち。
地獄の上下関係は絶対。
妖力の差に逆らうことなど、それは即座に己の死滅を意味するため、通常であれば有り得ない。
しかし時に日本への欲望は、そんな鬼たちの常識、理性をも狂わせる。
羅生門を抜け、地の底で蠢いていた密かな欲望が、日本の陽の光と結びついた時。
葬魂の術を身につけた羅刹や最下層の鬼の一部からは、誰からの指示も受けずに自由を謳歌しようと考える、独り善がりな鬼たちが少なからず現れた。
それは時の鬼の総大将や修羅たちからの絶対の命令に逆らい、軍の統率から脱走し、日本の市井の中へと密かに身を潜めようとする企て。
⋯⋯即ち、逃亡罪だった。
鬼の世界、地獄では重罪である。
当然すぐに仲間内から追っ手は差し向けられる。
上手く逃げ切り、市井に消えた鬼も居るには居た。
しかしその大部分は仲間の鬼の手によって捕縛され、地獄谷に送られる事になる。
そして下された刑期の長さに相当する呪詛の札と共に、この『封鬼牢』の独房に封印される。
その後は暗く狭い、牢の中。
刻が経ち、刑の終わり、呪詛の札が完全に消滅する、その日まで。
咎鬼たちはただじっと、その赦免の日を一日千秋の想いで待ち続けるしかないのである。
そんな受刑の咎鬼の怨嗟の声や苦悶の息吹が渦巻く、重々しい封鬼牢の前に今━━━━。
珍しく来訪者の姿が在った。
地獄谷に吹き荒ぶ風に髪を靡かせながら立つ、紅呪鬼と紅蓮鬼である。
そしてこの二鬼の隣には、紅白の渦巻模様の外套を羽織い、紅と緑の風水の衣と防具を纏った、もう一鬼の見慣れない若い鬼。
封印の妖力を更に高め、受刑鬼たちの抵抗や怨嗟を反対側から抑えつけている、牢の“外から”の風。
その封鬼の風流を支配する紅鬼、修羅。
封鬼牢の番人、”紅風鬼“である。
この三鬼の立つ場所からは、荒々しい谷の地形の岩壁をくり貫いて造られた、無数の穴蔵の独房が見える。
その穴蔵牢一つ一つに、永い地獄の歴史、そして過去の紅鬼の日本侵攻において、先述の重罪を犯した多くの紅鬼たちが収監されているのだ。
三鬼は辺りを見回す。
そして“とある風”が吹いてくる方向へ、ゆっくりと歩き出した。
それは風の中でも分かる、風。
邪悪で異質な氣を充満させた、見えない道だった。
三鬼は紅呪鬼を先頭に、会話も無く歩を進めていく。
そして辿り着いた先。
一際大きな穴蔵の前で、紅呪鬼は足を止めた。
それは穴蔵と言うよりも、三鬼が身体を屈ませずに十分に歩く事ができる程の、まるで巨大な洞窟だった。
明らかに他の牢獄穴とは、異なる造りをしている。
奥はかなり薄暗く、入口からは全容は解らない。
しかし左右の壁面間の幅や高さから推測しても、洞窟の奥は相当に広く、まだまだ先があるように見える。
此処だけは決して入るな。
洞窟自体がそう言っているのか。
入口からは不気味に血の雫が滴っていた。
その最後の声なき声、血の警告を避けるようにして、紅呪鬼は更に洞窟の中へと足を踏み入れていく。
紅蓮鬼は蓮の花弁を持つ手を撓らせ、掌に火蓮の炎を起こして灯火を作る。
そして炎の灯りを前方に翳しながら、紅風鬼と共に黙って紅呪鬼の後に続いた。
洞窟の中は二町(※200m)程はあっただろうか。
暫く歩くと、洞窟の内部は更に拓け、相当に広い場所へと辿り着いた。
風の吹き溜まりにもなっているその場所の先は無い。
完全に行き止まりだった。
其処にあったものは、巨大で頑丈な造りの扉。
ただ一つだけ。
扉の前にはこれ見よがしに巨大な呪符が何枚も貼られ、更に呪筆での封印の梵字が重ね書きされている。
古からの結界。
閻魔王の好む封印呪法の一つだった。
⋯⋯得体の知れない何かが、この中に、居る。
そう想像させるには十分すぎる程の、まさに異様な扉だった。
紅呪鬼と紅蓮鬼の脳裏に、つい先程 紅鬼洞で見た、今にも脈打ちそうな生々しい無数の心臓が過る。
扉の内側からの息吹なのだろうか。
心無しかその扉はまるで、呼吸独特の収縮の旋律を繰り返しているように見えたからだった。
そんな禍々しい、行き止まりの扉。
しかしこれこそが紅呪鬼の目的。
地獄で最も重い罪、閻魔王や総大将への反逆を犯した紅鬼が入れられる場所。
そして総大将紅皇鬼からの願わざる命令が導いた、因縁の地。
目的地に到達しながらも沈黙が続いていた三鬼だったが、その中で真っ先に口を開いたのは、紅蓮鬼だった。
《⋯⋯っ、⋯⋯この氣。⋯⋯僕でも分かりますよ。間違い無い、此処だ。どうやら着いたみたいですね》
紅蓮鬼が燃え盛る掌の火蓮に息を吹きかける。
すると掌の炎から小さな火種が幾つも宙を舞い、左右の壁際へと飛んでいく。
そして壁に付着すると、まるで無数の燭台のように、洞窟内と扉を真昼の如く煌々と照らし出した。
感慨深げに紅呪鬼が呟く。
《⋯⋯此処に来るのはおよそ七百年ぶりか⋯⋯。あの日の酒吞の最後の抵抗と殺戮が、まるで昨日起きた出来事のように思えるな》
洞窟の入口からは常に生暖かな風が吹き込んでくる。
緑がかった灰色の髪を風にふわりと軽く靡かせながら、神妙な顔の紅風鬼が紅呪鬼に問いかけた。
《⋯⋯でも、本当に良いのですか? 紅呪鬼様? ⋯⋯私は役目柄、もしもの場合を想定して閻魔王様から封印の解き方は学んではいます。⋯⋯この扉は開く事はできます⋯⋯が、本心としてはそれは望んではおりません。そして一度この封印を解いたが最後、もう後戻りはできません。酒吞が命令に乗らなければ、一巻の終わり⋯⋯》
《⋯⋯ああ、分かっている。全て覚悟の上だ。何百年もただ一鬼でこの封鬼牢の番と監視を続ける、妖力に長けた紅風鬼とは言え、流石に気が引けるか》
《当たり前です。⋯⋯あれは何時の頃でしたか。⋯⋯伝説の忘却の鬼、酒吞がまだ生きている⋯⋯何処からかそんな噂を聞きつけ、面白半分で“からかい”に現れた紅挽鬼の最期の姿を、私はまだ覚えていますから》
《⋯⋯ふむ、そういう事もあったな。⋯⋯亡者を鋸で引くのが好きだったな、紅挽鬼は⋯⋯。封鬼牢なら滅しても呪詛の力で、骨や皮の欠片は幾分かは残るはず。事のついでだ。あの扉の中に引きずり込まれた亡骸も回収していくか⋯⋯。まだ喰われずにいれば、の話だが》
《あんな無残な最期、忘れようと思っても忘れられません。封印を力技で解くのは無理だと私が言っているにも関わらず⋯⋯、中を覗こうと鋸で扉をこじ開けかけた所を⋯⋯。本当に恐ろしい⋯⋯、酒吞はあんな蟻しか通れぬ程の、ごく僅かな一瞬の隙間すら見逃さなかった》
陰惨な言葉が飛び交う紅呪鬼と紅風鬼の話しぶりは、何故か過去形で綴られていた。
顔を顰めながら紅蓮鬼が口を挟む。
《⋯⋯ちょ、ちょっと待ってください。紅挽鬼って、何百年か前、ある日突然に地獄から行方知れずになった、あの等活地獄の官吏の修羅、紅挽鬼ですか!? ⋯⋯鋸で開けかけた隙間から何をしたんです? 酒吞は?》
しかし答えは無かった。
紅呪鬼も紅風鬼も渋い表情を浮かべたまま、紅蓮鬼の問いには何も答えようとはしない。
⋯⋯話の先は聞かない方がいい。
紅呪鬼の顔は明らかにそう言っていた。
《⋯⋯それでも。⋯⋯やはり、解きますか?》
紅風鬼の再びの問いかけ。
紅呪鬼が重々しく口を開く。
《何なら酒吞を解き放つと共に、御主たち二人はすぐに退いてもよい。⋯⋯私の方は大丈夫だ。先にも言ったが、既に覚悟はできている。⋯⋯構わぬ、やってくれ》
改めて固い決意が滲む返事、力強い声だった。
《⋯⋯分かりました。⋯⋯さすれば、⋯⋯いざ。⋯⋯紅呪鬼様も紅蓮鬼も下がって⋯⋯!》
紅呪鬼だけを死地に晒すわけにはいかない。
そんな覚悟を決めたのか、紅風鬼は一歩前へと出る。
紅蓮鬼は火蓮の陽炎に顔を朧気に揺らしながら、珍しく真剣な表情で事の成り行きを見守っていた。
《⋯⋯地獄谷の風よ。彼の鬼、咎鬼、酒吞の封を解け》━━━━
紅風鬼が韻を結び、呪文を唱える。
結んだ掌から念が波となり、迸った。
発した念の波は氣の大波の流れとなる。
洞窟の壁一面を伝い、二町先の入口にまでも、何かを呼び寄せるように拡がっていく。
その氣が洞窟内に誘い、呼び込んだもの。
それは鋭い風の刃だった。
目の前の禁忌の扉。
貼られた封札が一枚、また一枚と風に舞う。
そして一陣の風が吹いた。
見えない刃が閃く。
次の瞬間。
全ての封札は真っ二つになっていた。
およそ七百年━━━━。
気が遠くなる程の永い年月をこの場所を守り続けていた封札が今、志半ばでその役目を解かれて、ひらひらと地に舞い落ちていく。
宙を舞っていた最後の一枚。
その封札が地に着く⋯⋯。
⋯⋯寸前だった。
紅呪鬼が吠えた。
《⋯⋯酒吞よ! 七百年ぶりに、目覚めるがよい⋯⋯! 御主に現、紅鬼総大将様からの御下令を持参した!》
紅呪鬼の鋭く凛とした声と共に、封札はその全てが焼滅し、扉に閉ざされていた七百年の刻も動いた。
奇怪で古めかしい摩擦音を立てながら、扉はゆっくりと手前に開いていく。
開いていく扉の奥に徐々に見え始めるのは、ただひたすらにどこまでも真っ暗な闇。
七百年の刻までも閉じ込められていたような、光の無い世界が広がっていた。
《⋯⋯はは。さて、どんな化物鬼が出てくるやら》
警戒を強める紅呪鬼と紅風鬼とは違い、紅蓮鬼はまだ酒吞の存在自体すらも半信半疑といった感じだった。
しかしその考えは甘かった。
すぐに過ちだったと気付かされる事になる。
⋯⋯闇の中の遠くから、大きな影がゆっくりと蠢く。
その影の主は扉に向かって動いた。
一際大きくなった影の形。
それによって分かる。
想像以上の巨躯。
そして“何者”かが、此方に近づいてくるのが分かる。
開いた扉の内側。
ぬうっと伸びる、荒々しい手。
扉の端を掴んだ掌は、一気に扉を押し退けた。
⋯⋯ついに件の怪物は目覚めた。
酒吞は扉の内側の世界⋯⋯七百年前の平安時代から刻を超え、現在の紅鬼の世界を窺うように身を乗り出し、その禍々しい姿を現した。
左側が黄金色、右側が紅色の長髪。
濃すぎるほどに濃い、銀の瞳。
紅に染まった、白目。
そして額から突き出た、鋭い二本の真紅の角。
七百年にも渡って伸び続けた髪は乱れたまま。
見るからに粗暴で凶悪な面持ちが、一際目に付く。
その大きさも蒼鬼の蒼鋼鬼程では無いものの、大人の男性二人分以上の背丈はゆうにあった。
《⋯⋯くっ》
一瞬怯んだ紅蓮鬼を見て、紅呪鬼が呟く。
《⋯⋯恐ろしくそして禍々しく見えるだろう、紅蓮鬼よ。⋯⋯しかしあの身体は本来は酒吞のものではない。あの身体は元々は日本を守るためにあった。⋯⋯酒吞は葬魂の術によって『六歌戦』の力を得た⋯⋯、封鬼牢に来る途中に私は言ったな。⋯⋯あの姿、あの身体こそ、七百年前、当時の『六歌戦』最強と呼ばれていた男⋯⋯、”坂田金時“の身体》
《⋯⋯っ、なるほど! 酒吞の元々の強さに加えて、最強の『六歌戦』とやらの身体と力、ってわけですか!》
⋯⋯坂田金時。
それは平安の昔から伝わる御伽話の神童、幼名は足柄山の金太郎。
まさに伝説上の豪傑その人であり、更に平和と正義の象徴でもある、当時の『六歌戦』の武将の一人。
そして類稀な怪力を誇る斧の達人だった。
しかしかつては正義に燃えていたはずのその顔は、魂を奪われ、乗り移られた酒吞の素が滲み出ているのか。
それとも七百年を超える刻が、人格も正しき志も全て、何もかもを変えてしまったのか。
もはやその凛々しい善の面影は、微塵も無い。
薄汚れた紅と黒の着物を纏っているものの、ほとんど裸の上半身は筋骨隆々。
今は斧どころか武器は無く、手ぶらの丸腰。
だがその鍛え上げた身体から大きな拳を振るう姿を想像しただけでも、羅刹程度ならば殴り殺すか捻り潰すかは、簡単に出来そうな程に見える。
まさに、”歴戦の猛者“。
そんな呼び名が相応しい出で立ちだった。
《ぐおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ⋯⋯!!!!!!》
酒吞の目覚めの咆哮が、紅呪鬼、紅蓮鬼、紅風鬼⋯⋯三鬼の身体を包み込む。
それは紛れもなく、邪な悪の雄叫び。
野に放たれた、野獣そのものだった。
《⋯⋯おおおおおぉぉぉぉ⋯⋯、⋯⋯久しぶりの外の風だ。⋯⋯懐かしいぜ、亡者の血、死肉の香り⋯⋯。⋯⋯そして、⋯⋯生きた修羅の匂い⋯⋯、⋯⋯其処に居るのは誰だ?⋯⋯貴様たちは何者だ?⋯⋯》━━━━⋯⋯。
第95話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第96話「酒吞」は、9月7日か8日に投稿予定です。
引き続きよろしくお願い致します。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)




