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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第93話  蒼の策略

【登場人物紹介】

蒼極鬼そうごくき━━━━

 閻魔宮えんまきゅうで亡者の罪を記録する役目を担う、閻魔王の片腕。蒼鬼あおおに総大将であり、蒼鬼あおおに軍の居城、蒼鬼城そうきじょうの城主。知的で冷静沈着。紅鬼あかおに軍の壊滅と日本ひのもと制覇を目論む。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う絶世の美女鬼。蒼極鬼そうごくきを好いている。京へ侵略を図るも、綾麿あやまろ鎌足かまたりに敗れ、撤退。


蒼将鬼(そうしょうき)━━━━

 蒼鬼あおおに軍の修羅しゅらで副将格。蒼の鎧や兜に身を包んでいる。顔には面頬めんぼうを装着し、その顔色はうかがい知れない。閻魔王えんまおうから授かった『泰山たいざん閻魔刀えんまとう』を帯刀する。


 ━━━━綾麿あやまろたち『六歌戦ろっかせん』の久々の集結、鎌足かまたりたち伊賀組による出羽国でわのくにへの遠征。

 そして旅路の先に人知れず息吹いぶく、まだ見ぬ妖刀、鬼斬丸おにぎりまる


 ⋯⋯鬼との戦い、見えざる者との戦い。


 迎え撃つ者たちが、日本ひのもとの東西の地で想いを其々に、新たな局面を迎えていく頃。



 この物語のもう一つの舞台、侵略する者たちの世界。

 ━━━━地獄。



 ━━━━九大地獄の最下層にそびえ立つ蒼鬼あおおに軍の本拠、蒼鬼城そうきじょう



 ⋯⋯此処ここ、天守閣最上階の望楼ぼうろうの大広間に於いても、日本ひのもと侵略の新たな策略の幕が上がろうとしていた。



 侵攻の第二幕。

 その始まりの鍵を握るのは、あおの地獄絵図から吹き込む風に長髪をなびかせる、美しい一鬼いちきの男。

 それは城の内外に控える屈強な蒼鬼あおおにたちを束ねる、蒼鬼あおおに軍総大将の蒼極鬼そうごくきだった。


 類稀たぐいまれなる知力を誇る、地獄一の切れ者。

 そして常に冷静沈着さを崩さず、天守てんしゅ程の遥かな高みから万事を見通す、一部の隙も許さない完璧主義者。


 それが蒼鬼おにたちの蒼極鬼そうごくきに対する共通の認識だった。

 しかしそんな蒼極鬼そうごくきの顔に今、珍しく何故なぜ苛立いらだちが垣間見える。

 むくろの骨で造られた豪華狂乱な椅子に腰を掛けながら、先程から何かをずっと考え込んでいた。


《⋯⋯あの『六歌戦ろっかせん』が一人、綾麿あやまろと言う男。一度前に会った事があるのか? ⋯⋯いや、やはり思い出せぬ》


 その苦悩の出処でどころは、日本ひのもと侵略の第一幕。

 望まない結末を迎えるに至った、蒼鬼あおおに紅鬼あかおにと人間によるあの三つ巴の大乱戦。

 その撤退時にほんの少しの間だけ会話を交わした、『六歌戦ろっかせん不知火しらぬい中将ちゅうじょう綾麿あやまろ

 その時の疑念を思い返していた事にあった。


 向かうあう綾麿あやまろが口にした言葉。



(「相変わらずだな⋯⋯」)



 あの一言がどうしても頭から離れない。


何処どこかで見たような気もするのだが、相手は人間だ。この私と出会うはずもない。⋯⋯やはり気の所為せいだな》


 蒼極鬼そうごくきは首を左右に軽く振る。


《そして後もう一つ。あの夜、最後に放たれた光⋯⋯》

 

 蒼極鬼そうごくきが呟きかけた、丁度その時。

 天守の重厚な鬼門扉きもんとびらが、亡者の泣き声やうめき声のような奇怪な音を立てながら開いていく。

 そして唐突にこの大広間へと入ってきた者があった。


《とんとん、失礼致します、蒼極鬼そうごくき様。見て見て、見てくださいな。この新しい着物。亡骸むくろから剥がした皮膚を糸のように細くして縫わせましたの。如何いかがかしら?》


 わざわざ擬音ぎおん語を呟きながらも、扉は叩かない。

 自由奔放さとかぐわしい妖艶さを纏いながら、気安く扉を開けたのは美しい女鬼。

 あおと銀を基調とした、真新しいきらびやかな着物をまとった、あの蒼妖鬼そうようきだった。

 京都御所からの撤退の際に見せていた、苦渋に満ちた顔は今は微塵みじんも無い。

 元々気楽な性格。

 加えて今は新調したお気に入りの一着を、憧れの蒼極鬼そうごくきにいざ初披露している。

 そんな高揚感からか、すこぶる嬉しそうだった。



《ああ⋯⋯、お似合いだ。蒼妖鬼そうようき、先の戦いの傷も完全に癒えたようで、私も安心だ。これでまた数え切れない程の無数の亡者が蒼妖鬼そなたに魅了され、地獄の刀葉林とうようりん彷徨さまよい、その身体を刃で切り刻む事になろう》


 満面の笑みの蒼妖鬼そうようきに向けて、蒼極鬼そうごくきも笑顔を返す。

 しかしその笑顔には、何処どこかいつものような余裕が感じられない。

 笑顔に隠れた憂いの気配に、蒼妖鬼そうようきは首をかしげた。


 この二鬼の蜜月みつげつは数百年以上にも及ぶ。

 更に蒼妖鬼そうようきにとって蒼極鬼そうごくきは恋焦がれる相手。

 男の些細な表情の変化とは言え、熱く恋する蒼妖鬼おなごが見逃すはずがない。

 蒼極鬼そうごくきの凛々しく美しい横顔を覗き込むようにして、蒼妖鬼そうようきはすぐに心配そうに問いかけた。


《またあの綾麿ものについてお考えを?》


《⋯⋯まあな。⋯⋯しかし、それだけではない》


《気にする事はありませんわ、蒼極鬼そうごくき様。根暗な男、『六歌戦ろっかせん中将ちゅうじょう綾麿あやまろが口にした、奇怪おかしな戯言ざれごとなど。それに蒼極鬼そうごくき様の籠絡ろうらくの計によって、『六歌戦ろっかせん』の内の一人、しのびの”の者”は蒼鬼わらわたちの仲間なんでしょう? 過去の戦いとは違って、『六歌戦やつら』の動きは手に取るように分かるんですから⋯⋯ね? 何も案じる必要は⋯⋯》


 蒼極鬼そうごくきに気を遣い、どんな亡者でも“堕ちる”ような、さん々ときらめく、ありったけの癒やしの笑顔を見せる。


《⋯⋯あ、でも、一つあった。⋯⋯あれあれよ、あれ


 だが突然、その笑顔が曇り、眉間にしわが寄る。

 記憶の隅に追いやっていた、くだらない“第一幕”。

 その終幕の瞬間を、自身から切り出した話の流れで、ふと思い出してしまったらしい。

 蒼妖鬼そうようきは両手を腰に当てて口を尖らせると、今度は一転して愚痴ぐちを漏らし始めた。


《それにしても本当に腹が立ちますわ、帝まであともうちょっとだったのに。あの攻撃、あの光さえ無ければ》


《⋯⋯それだ。私も今丁度その光の正体を改めて考えていた。まだ私の頭を悩ませている。最初はその時参戦していた紅鬼あかおにの誰かの仕業なのではないかと思ったが、紅鬼あかおに二十三鬼は全滅している。その者たちを日本ひのもとから導いた修羅しゅら紅鬼おにが居たとしても、我々より先手を取って帝を攻撃こそすれ、守るような事は絶対に有り得ない》


《んー、ならば一体何者の仕業なのでしょう? 蒼極鬼そうごくき様もわらわ妖凛刀ようりんとうを通して見ていたからお分かりかとは思いますが、あの時、間違い無く何か流体のような“もの”がうごめいたの。人間にあんな芸当が可能なのかしら?》


《⋯⋯『六歌戦ろっかせん』の何者かか、まさか帝自身の攻撃か。しかしどう考えても、蒼妖鬼そなたを吹き飛ばす程の攻撃は、人間には無理だ。⋯⋯まことにもって奇怪。この私ですら、まだ読み解けぬ。今の所の可能性としては紅鬼あかおにの強力な援軍部隊の何者か、としておく他は無い⋯⋯、か》


《⋯⋯蒼極鬼そうごくき様、蒼妖鬼そうようき。その光の正体はさて置き》


 頭を捻る蒼極鬼そうごくきたちの間に口を挟む、第三の声。

 大広間に居並ぶ三十鬼を超える屈強な蒼鬼あおおに羅刹らせつたちを統率する位置、最前列中央にその声の主は居た。

 全身を鬼面と蒼炎そうえんの禍々しい鎧兜に覆われた武者姿。



 蒼鬼あおおに軍副将格、蒼将鬼そうしょうきだった。



《⋯⋯蒼妖鬼そうようきも参ったよしにて。一刻も早く伝えたき重要な”報告しらせ“がありまする》


《⋯⋯あ、そう! それよ! わらわを呼んだのは蒼将鬼あなたね? 何か大事な話がある、とか何とかって聞いたけど?》


蒼将鬼そうしょうきよ。どのような報告しらせだ? もしや京の随所に派遣していた斥候せっこう蒼鬼おにたちが何かを掴んできたのか?》


《⋯⋯いえ、その蒼鬼おにたちからでは無く、意外な所から。あの夜、我々蒼鬼あおおに軍を脅かした”三匹“の人間。その内の一人に関する情報が⋯⋯、いや、由々しき事態が。つい先刻せんこく、手に入りましてに御座います⋯⋯》━━━━


 


 ━━━━蒼将鬼そうしょうきが口にした人間の”三匹“。


 それが誰を指しているかは明白だった。


 現『六歌戦ろっかせん』の一人にして、得体の知れない妖刀『村雨むらさめ』を操る、恐るべき剣客、不知火しらぬい中将ちゅうじょう綾麿あやまろ

 屈指の強さを誇る蒼鬼あおおに修羅しゅら閻魔鋼えんまこう蒼鋼鬼そうこうきを一方的に追い詰めた、くち少将しょうしょう麒麟きりんと言う名の謎の少年。

 そしてその蒼鋼鬼そうこうきに最期のとどめを刺し、かつて紅鬼あかおにを退けた伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を持つ、江戸からの援軍、伊賀の女忍、鎌足かまたり


 蒼鬼あおおに二十二鬼を尽く粉砕し、謎の光と共に蒼妖鬼そうようきを追い詰めたこの三人は、あの侵略の夜を経て今、蒼鬼あおおに軍にとって危険で厄介すぎる、危険因子そんざいと見なされていた。


 蒼将鬼そうしょうきはこの内の一人に関する何かの情報を掴んだ。

 確かに今、そう口にした。



 ⋯⋯ただ問題はそれが“誰の事か”、だった━━━━。




 ━━━━《⋯⋯この三匹は我らの野望の成就じょうじゅのためにも、絶対に早急に排除せねばならん。⋯⋯して、その入手した情報とやら。それは誰に関する情報ものだ?》


《はっ、伊賀の女忍、鎌足かまたりに関する情報です》



 ⋯⋯蒼将鬼そうしょうきが告げたのは、鎌足かまたりの名だった。



 その名前は蒼妖鬼そうようきにとって完全に肩透かしだった。

 身を乗り出して意気揚々と構えていたものの、次の瞬間にはがっかりと項垂うなだれていた。

 赤羅様あからさまに失望した表情を浮かべている。


《⋯⋯何だ。誰の情報かと思ったら、鎌⋯⋯何とかちゃんかぁ。蒼将鬼そうしょうきさぁ? 鎌ちゃん情報はいらないわよ。あの小娘はね、気をつけなくて大丈夫。だって警戒する程には強くないんだもの》


 派手に両手を広げ、やれやれといった表情を浮かべる蒼妖鬼そうようきを、蒼極鬼そうごくきが穏やかになだめ諭す。


《そう言うな、蒼妖鬼そうようき鎌足やつが七十年前の戦いを終結させた刀、鬼切丸おにきりまるを持っている事を忘れてはならぬ》


まこと蒼極鬼そうごくき様のおっしゃる通り。⋯⋯実はな、御主の妖凛刀ようりんとうあやかしと同様、拙者も羅刹らせつたちの空の邪道じゃどうを通し、乱戦を俯瞰ふかんしていたのだ。⋯⋯閻魔刀えんまとうの刃、その刃紋はもんに京御所を映して、な。⋯⋯あの夜の鎌足あやつの動き、そして垣間見えたその秘めし力は、只者ただものではない》


《⋯⋯あら。何よ、空から覗き見してたの? ふーん、お堅い”見てくれ“によらず、良い趣味してるじゃない。高みの見物けんぶつかぁ。⋯⋯で? いつまで見てたの?》


《最期の羅刹らせつ麒麟きりんとやらにたおされ、邪道が全滅するまで、だ。当然に蒼妖鬼そなた鎌足あやつの戦いも見せてもらった。蒼妖鬼そうようきよ。あの時の鎌足あやつが、鎌足あやつの全てだと思うな。蒼紅あおあか双方の修羅しゅらたちとの戦いの一部始終を見ていた拙者が言うのだ。⋯⋯あの女忍、決して侮る事はできぬ》


《⋯⋯ふーん。あの小娘がねぇ⋯⋯》


 それでもまだ蒼妖鬼そうようきは半信半疑な表情だった。

 ただ隣の蒼極鬼そうごくきの方はまるで違っていた。

 その瞳には鎌足かまたりへの確かな殺気をあらわにしている。


蒼将鬼そうしょうきの話ならば、現に蒼鋼鬼そうこうきへのとどめを刺したのは鎌足やつとの事だ。しかも先の紅影鬼こうえいきに続き、更に鬼紅葉おにこうよう紅斬鬼こうざんきをもたおしたと聞く。鬼切丸おにきりまるの使い方次第では、やはりあなどれぬ危険な存在。今のうちに殺し、不吉な鬼切丸かたなも破壊してしまうのが安全かつ最善だ》


《⋯⋯あーぁ、紅斬鬼こうざんき耄碌もうろくしたわねぇ、あんな鎌足に長い鬼生きせいの最期を看取られるなんて。⋯⋯紅斬鬼あのこ、今頃はきっと無間むげんの苦しみと共に、どこかの草葉の陰で歯軋はぎしりしながら大泣きしてるわ。⋯⋯うふふふふ、⋯⋯あ、そう、それよりも蒼将鬼そうしょうきさぁ、その鎌⋯⋯何とかちゃんの話の中身よ。由々しき事態って言ってたけど具体的に何なの? そして情報の仕入れ先は何処どこよ?》


《⋯⋯此度こたび報告しらせの情報元。それは我々と手を組む、日本ひのもと六歌戦ろっかせん』にも名を連ねししのび⋯⋯━━━━》



《⋯⋯ふーん、あの蜘蛛くもの何とか、っていう男ねぇ? ⋯⋯なに? もしかして蜘蛛くもちゃんとかまちゃんて、同じしのび同士だし、何か訳ありなのかしら? ⋯⋯うふふ》


 蒼将鬼そうしょうきの言葉の途中でも、蒼妖鬼そうようきは愉しそうに笑う。

 人間同士の争い事は、見るのも聞くのも大好物。

 甘い甘いみつの味。

 蒼妖鬼おんなおににとってこの上ない至福の御馳走と言えた。


 しかしそんな蒼妖鬼そうようき恍惚こうこつの黒い笑顔を、蒼将鬼そうしょうきは見向きもしない。

 兜と面貌めんぼうの間から覗く、濃銀のうぎんの瞳だけが揺らめく。

 そして神妙な面持ちで、言いかけた言葉を続けた。



《━━━━⋯⋯そして、由々しき事態とは⋯⋯》



 それはいよいよ情報の核心部分。



《⋯⋯蒼極鬼そうごくき様が今まさに“破壊した方がよい”とおっしゃられた、鬼切丸おにきりまるにまつわる件》━━━━⋯⋯




 ━━━この時、蒼将鬼そうしょうきが延々と口にしたのは、伊賀の機密きみつ情報だった。


 それは鎌足かまたりが盗み読まれた、あの幻斎げんさいからのふみ


 蒼鬼あおおに日本ひのもと侵略を脅かす、半刃はんじん鬼切丸おにきりまる。    

 その残りの半刃はんじん鬼斬丸おにぎりまる』が、人間界の霊場の一つ、万年雪に覆われた出羽国でわのくにの山中に存在する。

 そして鎌足かまたりがその刃を求め、今まさにその出羽国でわのくにへと旅立とうとしている。


 ⋯⋯ふみに書かれていた全ての情報は、謎の忍狩りの集団から蒼鬼あおおにの軍へ。

 何千里も刻と場所を超え、地上から地獄の底へ。

 

 鎌足かまたりの動向は今、完全に蒼鬼あおおにたちに掌握される所となっていた━━━━。




 ⋯⋯━━━━《の者が入手した、鎌足かまたりと江戸との間で交わされたふみによれば、⋯⋯二刀が揃いし時、まことの力を得る、⋯⋯とだけ記されているの事》 


《⋯⋯⋯⋯》


《ねえ? まことの力って、何よ? 鬼切丸おにぎりまる鬼斬丸おにぎりまる? ⋯⋯くっだらない。そんな眉唾まゆつばな話、本当に信じるわけ?》

 

 沈黙を続ける蒼極鬼そうごくきとは対照的に、蒼妖鬼そうようきは半信半疑を通り越して、もはや呆れ果てていた。

 鬼斬丸これもまた日本ひのもと各地に残っている、真偽不明の伝承や昔話、誰かが創った夢物語の一つに決まっている。

 話を聞くのも無駄とばかりに、蒼妖鬼そうようきは人骨で造られた豪華な長椅子にどっしりと腰を掛ける。

 その呆けた口からは、蒼将鬼そうしょうきの進言をあざける溜め息さえ漏れていた。


 蒼将鬼そうしょうきが反論する。

 

《これは鎌足かまたりに宛てられた文からの情報。間違い無く本当の話だ。そしてその片割れの刀、鬼斬丸おにぎりまる出羽でわ三山さんざんまもるは、七十年前当時の『六歌戦ろっかせん』の生き残り。幻術をもって剣をなす恐るべき男、第十八代、役小角えんのおずぬ⋯⋯》


《⋯⋯? 『六歌戦ろっかせん』の生き残り? えんの⋯⋯なんたら? それは何者なの? 幻術使い? でもいくら強いと言っても、わらわの幻術にはかなわないと思うけどなぁ》


 余裕を見せる蒼妖鬼そうようきの隣。

 蒼極鬼そうごくきがようやく口を開く。


《⋯⋯蒼妖鬼そうようきよ、その小角ものは間違い無く類稀たぐいまれなる術者だ。七十年前に紅鬼あかおにたちが人間に敗れたのも、日本ひのもとを守るその小角ものの力が、あまりにも強かったからだと聞く》


《⋯⋯で、でも! 蒼極鬼そうごくき様。七十年は人間にしては相当の年月。今はもう生きてはいないのではありませんか? しかも人間界で修羅しゅら道に生きた者ならば、天上界に行けるとは思えませぬ。寿命が尽き、この地獄にもう既に堕ちているのでは?》


《いや、かなりの高齢だが、まだ生き永らえているはずだ。この七十有余年、私が閻魔宮えんまきゅうで亡者たちの罪状を記録している間に、役小角えんのおずぬの名前は聞いた事が無い⋯⋯》



 蒼極鬼そうごくきは思考を巡らせた。

 鎌足かまたりの持つ鬼切丸おにきりまるは、当時の『六歌戦ろっかせん』、もう一人の生き残りである百地幻斎ももちげんさいから授けられた。

 ならば七十年前の紅鬼あかおにとの戦いの後、鬼切丸おにきりまる半刃はんじんずつを、小角おずぬと分かちあっていたとしても、何らおかしい話では無い。


 紅鬼あかおにを退けた程の恐るべき刀、鬼切丸おにきりまる鬼斬丸おにぎりまる

 七十年有余年前、絶大な妖力を持っていた、役小角えんのおずぬ

 この二つが再び交わる事だけは、絶対に阻止しなければならない。



 蒼極鬼そうごくきの銀の瞳が妖しくきらめく。

 その”眼“は、蒼鬼あおおにならば誰もがよく知る、“”。

 蒼極鬼そうごくきが本気の下命の際に見せる、”“だった。



《⋯⋯必ずや鎌足かまたりより先に出羽国でわのくにに向かえ。⋯⋯そしてこの二刀が集まる事は絶対に防がねばならぬ》━━━━



 ━━━━《⋯⋯蒼極鬼そうごくき様、無策で狼狽えながら危機を告げる副将ふくしょうなど、愚の骨頂。閻魔王えんまおうかたわら知恵袋に蒼極鬼そうごくき様が控えるように、蒼極鬼そうごくき様のかたわら、片腕にはこの蒼将鬼そうしょうきが控えております。⋯⋯御安心を。既に手は打っておりまする。ただ殺すだけでは物足りない。愉しく、狂わしく、恐ろしく、そして確実に命を奪う、鬼斬丸かたなと仲間にすが鎌足ものに相応しい、死の舞台を》



 蒼極鬼そうごくきの本気に蒼将鬼そうしょうきも応えた。

 蒼将鬼そうしょうきおもむろに懐から一枚の小さな紙を取り出す。

 そして何の意図か、それを宙に無造作に投げ捨てた。


 紙がゆらゆらと大広間の天井を漂う。

 左へ、右へ、また左へ。

 扇状に弧を描いてに気ままに揺らめく紙。

 性格の似ている者を好むのか、はたまた亡者と同じく絶対的な美しさに見惚れたのか、呑気に長椅子に座している蒼妖鬼そうようきの上へと舞い落ちていく。


《⋯⋯ん? 何よ、これ》


 蒼妖鬼そうようきは手を掲げ、迷子の紙を掴む。

 目を通した紙には、見慣れない九つの文字が記されていた━━━━。




 藤林ふじばやし 涼之介りょうのすけ

 家城いえき 半兵衛はんべえ

 新堂しんどう 颯一郎そういちろう

 富岡とみおか 太助たすけ

 凛花りんか

 うらら

 たまき

 伊織いおり

 乙葉おとは




━━━━《⋯⋯これは? 人間たちの名?》



 九つの名の記された紙を眺め、疑問符を浮かべる蒼妖鬼そうようき

 その蒼妖鬼そうようきをまた眺めながら、蒼将鬼そうしょうきは不敵な笑みを浮かべている。


鎌足かまたりは人間界のときで十五日後、出羽三山でわさんざんに入る。その前に伊賀の仲間たち九匹と合流する手筈てはずらしい。ここに記されし九の名こそが、その同伴の九匹。⋯⋯ふふふ、これぞ拙者が仕掛けし秘策だ》


《⋯⋯は? だから何? これの何処どこが秘策なのよ?》


《まだ分からぬか。⋯⋯よかろう。⋯⋯冷鬼れいきの姉妹よ、参れ。姿を見せよ》



 蒼将鬼そうしょうきの謎めいた呟きの直後だった。


 空間がゆがんだ。


 肌を刺す、異様な冷気が舞い降りる。

 突然に巻き起こる、氷の竜巻と吹雪ふぶき

 大広間の温度が急激に下がり、天井からは鍾乳洞のような太く長い氷柱つららが幾つも垂れ下がり始め、四方の壁はまるで氷の鏡や彫刻のように硬く凍り付いていく。

 そして窓から抜けた冷気は、天守の屋根や瓦までをも全て呑み込んでいった。

 

 見渡す限りの銀世界。

 蒼鬼城そうきじょう天守の望楼ぼうろうはこの時、一瞬にして極寒ごくかん絶対零度ぜったいれいどの氷と雪の世界へと変貌を遂げていた。



《⋯⋯氷と雪か。⋯⋯なるほどな》

《⋯⋯わわわ、さむいさむい。ちょっとぉ! 今日のわらわはいつもより薄着なのよ! 半端なくさむいじゃない!》


 蒼妖鬼そうようきの制止の声に応えるように、この荒れ狂う雪と氷の嵐は徐々に落ち着きを見せていく。

 そして視界を遮っていた吹雪が消えた時。

 蒼極鬼そうごくき蒼妖鬼そうようき其々の目の前には、白と青の二色の氷の衣と袴をまとう、二鬼の女の蒼鬼あおおに修羅しゅらの姿が在った。


《⋯⋯あらっ? その後ろ姿は蒼氷鬼そうひょうき、こっちは妹の蒼雪鬼そうせつきじゃない? ⋯⋯ははぁん、そっか。今回の舞台は雪山。ならば亡者たちをいつも極寒の冷気で凍らせている、貴女あなたたち姉妹の右に出る蒼鬼ものは居ないわよね》


《⋯⋯お久しぶりです。蒼妖鬼そうようき姉様。あおの地獄、氷の山、”嗢鉢羅うばちら“と”獄鉢特摩はとま“より参りました》


 言葉を紡ぐ息吹が白い冷気に変わる。

 蒼妖鬼そうようきひざまずく”蒼雪鬼そうせつき“が、ゆっくりと顔を上げた。

 

 左右に結んだ、長く美しい髪。

 冷気のもやまとった、透き通るような色白の肌。

 その白肌に映える、冷酷なあおい眼の輝き。

 そして髪の隙間から見える額からは、凍り付いた宝石の結晶のような、二本の角をきらめかせている。


 まるで繊細で美麗な氷細工のよう。

 身体の全てが目を引く。


 ⋯⋯まさに、”雪女ゆきおんな“。


 人間の世界に於いては、こういう女性こそを、そう言った通り名で呼ぶのだろう。



 蒼妖鬼そうようきの視界には、もう一鬼の修羅しゅら

 蒼極鬼そうごくきの前に控えている姉の“蒼氷鬼そうひょうき”も、背中越しに言葉を発した。


《姉様に失礼を働いたと聞く伊賀者。この蒼氷鬼わたしが必ずや仕留めて参ります。⋯⋯でもその前に、蒼妖鬼そうようき姉様? 久しぶりに会う私の顔、覚えてらっしゃいますか?》


 蒼氷鬼そうひょうきの姿は、蒼妖鬼そうようきの座っている長椅子からは、長く伸びた髪と背中しか見えない。

 蒼氷鬼そうひょうき蒼妖鬼そうようきの方へ、ゆっくりと振り向いていく。


 蒼妖鬼そうようき蒼氷鬼そうひょうきの事もよく見知っていた。

 妹と違って髪は結ばず、氷の山で凍える亡者たちの前で、その美しく透き通った長髪をいつもなびかせている。


 そしてその顔も姉妹故に蒼雪鬼そうせつきと当然似ていた⋯⋯。



 ⋯⋯はずだっだ。



《何言ってるの、勿論もちろんじゃ⋯⋯、⋯⋯え、⋯⋯誰?》



 振り向いた顔に向けて微笑みかけた、蒼妖鬼そうようきの頬の緩みが一瞬にして止まった。


 着ている衣は蒼雪鬼ひょうせつきと同じ。

 何百年と目にしてきた、氷細工の戦闘和装。


 だがしかし、違う。


 この女鬼おんなは、蒼氷鬼そうひょうきではない。


 振り返った蒼氷鬼そうひょうきの顔は、蒼妖鬼そうようきかねてから見知っていた顔ではなかったのだ。


 目のあおみも、瞳の銀の輝きも、消え失せている。

 ましてやその額には、鬼のあかしの二本の角すらも無い。



《⋯⋯は? ⋯⋯え? ⋯⋯まさか、人間?》



 蒼妖鬼そうようき唖然あぜんとした表情で呟く。


 わなわなと狼狽うろたえる蒼妖鬼そうようきを横目で見ながら、蒼将鬼そうしょうきは得意気に腰の閻魔刀えんまとうに手をかける。

 そして鎧兜や手甲の擦り合う重厚な音を響かせながら、面貌めんぼうの下でほくそ笑んだ。



《⋯⋯ふふふ、これこそが我が秘策。奴等やつら人間を追い込むためには、多数の力は要らず。最も効率的な手は、先の御所の作戦でも判明した通り。外からの鋭い刃ではなく、内からの疑心暗鬼。⋯⋯よって此度こたびもまた、“内”から揺さぶり揺さぶり揺さぶり抜いて、混乱を生じさせ、極寒の山牢おりに足止めする。そして気が狂う程に弱り果てた所を“外”から。氷の刃で一網打尽とする作戦⋯⋯》



 ⋯⋯蒼将鬼そうしょうきの口にした”秘策”の意味。


 蒼極鬼そうごくきはその意図の全てを悟る。

 そして妖しく微笑みながら、言葉を返した。



《そうか。仕掛けたのか⋯⋯。葬魂そうこんの術、疑心暗鬼ぎしんあんきを》



 蒼将鬼そうしょうきの顔色や口元は、相変わらずうかがい知れない。

 しかしこの副将おとこ饒舌じょうぜつさが、その胸に秘めている揺るぎ無い自信を如実にょじつに表していた。


《江戸には既に甲賀の忍の中に潜ませし、羅刹らせつたちが居ります。彼の者に二つ返事で羅刹らせつを貸し与えたのも、こういう万が一の事態を想定してのもの。⋯⋯その羅刹ものたちの手により、江戸側とは既に邪道じゃどうは開通済。⋯⋯そこで。この蒼氷鬼そうひょうきは先手を打ち、江戸へと抜け、つい今しがた地獄へと戻ったばかり。この顔は、その江戸えど土産みやげ


《⋯⋯土産みやげ? ⋯⋯あ、ははーん、そうか。やっとわらわも分かってきたわよ。さっきの九つの名の意味、が。⋯⋯なるほど、そういうことね》


《やっと理解したようだな、蒼妖鬼そうようきよ。⋯⋯そう。鎌足やつが合流する予定の伊賀者九人。この見知らぬ顔はその内の一匹だ。江戸から旅立つ前に、隙を見て既に━━━━


 ━━━━”殺害“。


 ⋯⋯この蒼氷鬼そうひょうき葬魂そうこんの術により、身体と魂を奪っている。この者の本当の名は⋯⋯、⋯⋯⋯⋯、⋯⋯はて、誰だったか。⋯⋯まあ、名前などどうでもよい。人選せんばつは適当よ。たまたま蒼氷鬼そうひょうき見初みそめられ狙われた、運の悪い一匹の伊賀忍しのびがいて、先に死んだ。ただそれだけだ》


 顔を違えている蒼氷鬼そうひょうきも、蒼将鬼そうしょうきの勝ち誇る声や笑みに続く。

 何処どこかの伊賀忍だれかの顔が不気味に笑う。

 しかしその”名無しの権兵衛ごんべえ“の蒼氷鬼そうひょうきの顔にも、まごうことの無い蒼鬼おにの狂気の自信が浮かんでいた。


《先の戦いの葬魂そうこんの術は所詮は羅刹らせつの一度きりの葬魂そうこん。なれば綾麿てきの罠にはまり、失敗するのも必定ひつじょう。ですが此度こたび修羅しゅらの私の仕掛ける葬魂そうこん。見知った者同士、内に生じる油断や隙。その弱点を突き、伊賀者たちを一人また一人と、順番にじわじわと血祭りにあげていきましょう。⋯⋯ふふふ、誰も信じられず、疑心暗鬼ぎしんあんきに囚われていく。鎌足達伊賀忍やつら苦悶くもんの顔が目に浮かびますこと》


《⋯⋯わぁあ、面白そう! 愉しそう! 寒いのが苦手じゃなかったら身近で私も見たいくらい! 鎌⋯⋯何とかちゃんは鈍感だし、絶対に気付かないだろうけど、もし他の奴等に思いの外早くばれそうになったら?》


《⋯⋯その時はその時。万が一にも気取られそうになった場合は、その気付いた伊賀者ものでも殺し、また別な顔になるまで。一度しか葬魂そうこんを使えぬ、羅刹らせつとは違い、疑心ぎしん暗鬼あんきの渦は消える事は無い⋯⋯。うふふふふ⋯⋯、だから此度こたびは絶対に失敗はあり得ませぬ。どうか御安心を、蒼極鬼そうごくき様。そして先の戦いで煮え湯を飲まされた蒼妖鬼そうようき姉様も。この私たちが代わりに復讐を遂げてみせましょう。私たち姉妹の連携きずなを前にしては、人など儚くもろい》


 姉の蒼氷鬼そうひょうきは、目線を妹の蒼雪鬼そうせつきへと移す。

 蒼雪鬼そうせつきの表情は、見知らぬ顔と名の姉以上に、まさに蒼鬼あおおに修羅しゅららしい勝ち気さと自信に満ち溢れていた。


蒼極鬼そうごくき様。姉の葬魂そうこんの罠を完成させるため、ぜひこの蒼雪鬼わたしめに、蒼氷鬼ねえさま出羽国でわのくにに辿り着いた際、私が導く羅生門らしょうもん邪道じゃどうを通る羅刹らせつを、二十鬼程お与えください。⋯⋯蒼氷鬼ねえさまが敵の内部に潜り込む中、私は彼奴きゃつら伊賀者残り九人を、外から休む事なく常に襲撃する⋯⋯、その最凶の連携攻撃の布陣として!》


 その提案に蒼妖鬼そうようきが再び嬉々として目を輝かせる。


《⋯⋯わぁあ、追撃も愉しそう! それならば、戦いの最中、背中を刺された伊賀の奴等の死体が何人も転がっても、まさか仲間内に暗殺鬼あんさつしゃが潜んでいるなんて、簡単に気付くはずがないわ! 気付いたとしても、時すでに遅し。生き残りなんてごく僅か。更にその後は葬魂そうこんによる疑心暗鬼ぎしんあんきの苦悶が続けざまに襲いかかる、というわけね! ⋯⋯わぁ、それに! もしかしたらかま⋯⋯何とかちゃんも最後は仲間から疑われて、仲間の手で殺されちゃうかも!? ⋯⋯わわわ、凄い、完璧な計画じゃない!》


《うふふ⋯⋯、蒼妖鬼そうようき姉様。お褒めの御言葉、ありがとう存じます。⋯⋯総大将であらせられる蒼極鬼そうごくき様と、親愛なる蒼妖鬼そうようき姉様。その手をわずらわせし伊賀の愚者かまたりとその仲間。絶対に許しません。⋯⋯内からも外からも彼奴きゃつらは常に刃を向けられ、雪と氷の極限の地獄の中、一人また一人とその魂の炎は消えていく事でしょう。⋯⋯蒼極鬼そうごくき様は暖かいこの城内で、蒼妖鬼そうようきお姉様と一緒に、ごゆるりとこの殺戮みせものを御観覧くださいませ》⋯⋯



 ⋯⋯作戦の全容は見えた。


 素晴らしい。

 そして愉しい。


 ただ身体を斬り裂き、殺すだけではない。

 蒼鬼じぶんたちに逆らった報いと後悔を嫌という程たっぷりと与え、狂い死ぬ程の絶望と苦悶の心闇やみへと追い込む。

 そして仲間の顔、仲間の手によって、果てる。


 改めて何度でも言う。

 何と素晴らしく、何と愉しい策略なのか。


 蒼妖鬼そうようきはそんな湧き上がる興奮が抑えきれない。

 居ても立ってもいられずに長椅子を跳び上がると、蒼極鬼そうごくきに嬉しそうに詰め寄っていた。


蒼極鬼そうごくき様っ! 相手は要注意三人の中で、実力が一番劣るであろう、鎌⋯⋯何とかちゃん。しかも此方こちらはこの様に一切の油断や隙は無い用意万端。前回で二十もの羅刹らせつを失い、あの謎の光に慎重になるのは分かりますが、もう一度、もう一度だけ、今は黙って羅刹らせつ二十鬼、この姉妹たちに是非にお与えくださいな。⋯⋯さすれば今回こそは勝利の美酒、美しいわらわしゃくにゆっくりと酔いしれることが出来ますわ!》


 蒼極鬼そうごくきは詰め寄る蒼妖鬼そうようきを落ち着かせるように、そっと肩に手をやった。

 そして蒼将鬼そうしょうきに改めて問いかけた。


鬼切丸おにきりまる半刃はんじんはどうする? 役小角えんのおずぬは?》


《⋯⋯老いたとは言え役小角えんのおずぬは恐るべき相手なれば、念のため今は深追いは禁物、かと。それに小角おずぬも恐らくは相当の高齢、放っておいてもいずれは死にまする。⋯⋯万が一、鎌足かまたりたち一向が役小角えんのおずぬの砦に逃げ込んだ際でも、その時は葬魂そうこんの術もまた砦の中。小角おずぬの手の及ばぬ所で鎌足かまたりの殺害は可能。鎌足かまたりを殺した後、手にする鬼切丸おにきりまるさえ破壊すれば、十分に足りる事。⋯⋯半刃はんじん二つが一つに集まらなければ、それでよし。鬼斬丸おにぎりまるも万年雪に眠ったまま。今後において何の脅威もありませぬ》


《⋯⋯ふむ、そうだな。⋯⋯よし、まずはその三人の内、狙いは伊賀の鎌足かまたりからだ。折れて使い物にならなくなった鬼切丸おにきりまると共に、真っ先にこの地獄に来てもらうとしよう。⋯⋯先程の申し出を許す。蒼雪鬼そうせつきよ、羅刹らせつを二十鬼選抜し、出羽でわでの伊賀の忍狩りに同行させるが良い。⋯⋯そして蒼氷鬼そうひょうきよ、その顔で江戸へ急ぎ戻れ。出羽国でわのくにに向かい、疑心暗鬼ぎしんあんきの死の罠を仕掛けるのだ》


《⋯⋯御下命ごかめい、必ずや》

《⋯⋯お任せください、蒼極鬼そうごくき様》



 蒼氷鬼そうひょうき蒼雪鬼そうせつきは互いに顔を見合わせ、狂気をはらんだ冷たい笑みを同時に浮かべた。


 それが侵攻の第二幕、開幕の合図だった。

 大広間にまた突如として竜巻と吹雪が巻き起こる。

 その嵐の中に、二鬼の姿は一瞬にして包まれていく。


 そして吹雪が収まった後。

 この二鬼の女鬼⋯⋯美しく冷たい暗殺者姉妹の姿は、大広間を銀色に凍らせていた氷や雪と共に、蒼極鬼そうごくきたちの前から、跡形も無く消え去っていた━━━━⋯⋯。








 ⋯⋯━━━━氷雪ひょうせつの余波を受け、まだ寒々しさが僅かばかり残る大広間内。


 蒼極鬼そうごくき蒼将鬼そうしょうきに再び問いかける。


《情報を流した『六歌戦ろっかせん』、しのびの者、今はどうしている?》


《⋯⋯かねてから画策していた江戸侵攻、その一族の悲願とやらの私怨しえん一心に囚われておりまする。羅刹らせつや甲賀軍と関東で合流すべく、甲府こうふにまでは入りましたが⋯⋯。繋ぎ役を任せている蒼賽鬼そうさいきの話では、御所より急な招集の連絡がある事を懸念して、やむを得ず一時また京都へと引き返さざるを得なかった模様》


《⋯⋯引き返した? 招集? どういう事だ?》


《『六歌戦ろっかせん』全員を集めての重要な集まりが、想定外に近々開かれる事になるだとか、なりそうだとか。あやつめ、この間の我々の御所侵攻、その“やりすぎ”が此度こたびの招集の原因だと、相当に立腹していたらしいですな》


《⋯⋯『六歌戦ろっかせん』の招集か。⋯⋯あの綾麿あやまろという男も参加するのだな?》


《はい。綾麿あやまろの者と、他四人。恐らくは今後の対策、作戦の協議かと。勿論もちろん御心配には及びませぬ。その席上で話し合われる内容、決定される機密事項、名を連ねる他の五人の動きに関しても、情報は随時入る手筈てはず


《⋯⋯⋯⋯》


《また聞く所によると、どうやら協議は常に“六人全員の賛成”が必要との事。すなわちどんな良策でも誰か一人でも異議を唱えれば、否決。動こうにも動けない。集結も無意味になるというわけです。それを逆手に取り、我々蒼鬼あおおに軍に不利となるような決定は断固阻止、“良しなに”取り計らうよう、の者には堅く伝えてありまする》


《⋯⋯⋯⋯》


《⋯⋯なあに、の者もよこしまとは言え、腐ってもあの『六歌戦ろっかせん』、その強さは折り紙付き。綾麿あやまろはじめ誰かと意見が違っても、きっと力付くで抑え込めましょう》


《⋯⋯そうか。”鬼“の力を手に入れた、の者は確かに強い。恐らく蒼鬼われら修羅しゅらたちの中でも、奴に勝てる者はごく僅か。その招集における根回しからも、確かに蒼鬼わが軍には一切の抜かりは無いように見える。⋯⋯だが。⋯⋯それくらいで、の者の力だけで、⋯⋯綾麿あやまろという男は、果たして抑えきれるのか?》



《は⋯⋯? ⋯⋯と、申しますと?》

《⋯⋯っ、蒼極鬼そうごくき様。あの綾麿あやまろって男は、美しいわらわの分身たちを何の躊躇ためらいも無く斬ったのよ。⋯⋯そうだ、きっと男色家だんしょくかなんだわ。蒼極鬼そうごくき様は特にお気をつけて!》


 蒼将鬼そうしょうきの疑問にも、蒼妖鬼そうようきの的外れな忠告よこやりにも、蒼極鬼そうごくきは何の反応も示さない。

 地獄を一望できる、廻縁まわりえん(※天守閣を取り囲む足場)の高欄こうらんへ。

 ゆっくりと歩を進めていく。


《⋯⋯⋯⋯》

《⋯⋯? ⋯⋯あ、あれ? ⋯⋯蒼極鬼そうごくき様?》


 背中で蒼妖鬼そうようきの呆気にとられた声を聞きながら、高欄こうらんの前に蒼極鬼そうごくきは立つ。



 地獄の風が吹き荒ぶ、その眼下。

 水平線の先に広がる地獄世界を一望しながら、今、蒼極鬼そうごくき綾麿あやまろの顔を再び思い浮かべていた。



《⋯⋯『六歌戦ろっかせん不知火綾麿しらぬいあやまろ⋯⋯か。会った事は無い。会った事はないはずだ。⋯⋯でも何故なぜだ。この胸騒ぎは? ⋯⋯綾麿あやつ、何か蒼鬼あおおにについて知っている。そしていずれはこの地獄に大きな厄災やくさいを招く存在になる⋯⋯。そんな気がしてならないのは何故なぜだ?》━━━━⋯⋯










 ⋯⋯━━━━蒼鬼城そうきじょうにて侵攻の第二幕が上がり、蒼極鬼そうごくき綾麿あやまろに不吉の影を感じていた、まさにこの時。



 先の御所襲撃に送り出した、二十の羅刹らせつと三の修羅しゅら

 全てをたおされた紅鬼あかおに軍。



 その本拠、紅鬼洞こうきどうでは、出羽国でわのくにに向かった鎌足かまたりを脅かす、もう一つの策略まのてが牙を向こうとしていた━━━━。




第93話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第94話「紅の策略」は、8月31日〜9月1日頃の投稿予定です。(多少前後する可能性があります)

いよいよ今回からの数話で、綾麿の思惑や第二鐘の展開が見えてきます。引き続きよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

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