第88話 百地の文
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。現在は謹慎中の鎌足に代わり東番も務める。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。綾麿配下の麒麟との戦いで手傷を負い、回復の真っ只中。十日間の謹慎中。
━━━━「⋯⋯あーあ、今日もまた暇だなぁ。⋯⋯あ、天井のあんな所に蜘蛛の巣が張ってら」
部屋の片隅に陣取る、八本足の黒い小さな蜘蛛。
その招かれざる客を見上げ、鎌足はぼそりと呟いた。
今日も穏やかに刻が流れている。
鎌足に謹慎の沙汰が下りてから、早くも十日が経とうとしていた。
東番の任を解かれた鎌足は、その間ずっと宿にひとり籠りきりだった。
謹慎、その名の通りに外出は当然に禁止。
食事は宿の女将が気を利かせ、毎日三食差し入れをしてくれる。
ひとりぼっち、やることもない、外へも動けない。
自ずとできる事も限られていた。
今みたいに無造作に寝転がりながら、ただぼんやりと天井を眺めたり、外の景色を眺めたり、鬼切丸や鎖鎌を磨きに磨いたり、毎日そればかりだった。
謹慎当初は幻斎の好きな将棋を覚えようと、一人二役で盤面の左右に座ったりもしていたが、左右に行ったり来たりしながら二人の鎌足を演じることに虚しさを覚え、すぐに将棋盤は押し入れに放り込んでしまった。
とにかく暇、手持ち無沙汰だった。
「⋯⋯さてと、顔でも洗うか」
鎌足は上半身を起こすと、胸の傷に視線を下ろした。
早期の治療や投薬のお陰で、胸の傷は痛みや疼きが少しずつ減って、見た目も善くなってきている。
帝専属の高名な侍医を手配してくれた美桜には、改めて本当に感謝するしかない。
一方で忍装束で隠しきれない顔の腫れの方は、幾分は引いてきたもののまだ薄っすらと青みは残っていた。
「麒麟、思いっ切り散々に殴りやがって⋯⋯」
土間の水場へと降りた鎌足は、桶の水に映る自分の顔を見ながら呟くと、両手でくしゃくしゃと顔を洗った。
「足や肩の傷は癒えてきたかな。胸は⋯⋯、紅斬鬼に鞭でやられた傷も塞がっていないし、麒麟の傷の方はまだ酷い蚯蚓脹れと瘡蓋みたいな感じだな」
いくら忍と言えども、やはり年頃の若き女性。
綾麿や美桜たちの前では全く気にしない素振りや発言を繰り返しながらも、鎌足はその実、少しばかりは容姿を気にしていた。
「はぁ⋯⋯」
退屈を感じている身体が、深い溜め息をつく。
「あれから九日か⋯⋯、何もしてないと刻の立つのが遅く感じるなぁ」
⋯⋯九日前。
暮れ六つの少し前だった。
新しい人事を決定する紫宸殿の式典の終了後。
御所の外にある別邸宅へと帰る美桜と櫻を見送る際、最後に綾麿から言われた言葉、声、そしてあの横顔を鎌足は思い出していた⋯⋯。
⋯⋯(「そなたの鬼切丸を含めた人間たちの思わぬ反撃。あの陣容で全滅を被るとは蒼鬼紅鬼どもは露とも想定していなかったはず。御所の外では散発的な蒼鬼紅鬼の出現はあるかもしれんが、この御所に対しての攻撃は、奴等も警戒して暫くの間は大人しくなるだろう」
(「⋯⋯え? 大人しく? 何言ってるんだよ、そんなことあり得るかなあ。逆に攻撃の手を強めるんじゃ?」)
(「⋯⋯否、それは無い。清涼殿で発した最後の閃光。あの謎が間違い無く鬼たちを止める要因になる」)
(「⋯⋯最後の? 何それ? 爆発が起こったのは知ってるけど、でもあれが何なのさ? 通りすがりの噂で聞いた話によると、蒼妖鬼の何かの術が失敗したんでしょ? それだけの事じゃないか。⋯⋯あと前から気にはなっていたんだけど、どうして鬼たちの思考を当たり前にように語ったり、葬魂の術の魂の行く先が地獄の底とか、鬼しか知らないような事を普通に知っているんだよ?」)
(「⋯⋯ふん、部外者かつ謹慎中の御主には、これ以上何も語る事は無い。そなたは一切気にせずに宿で十日間養生をしていろ」)
(「⋯⋯な、何だよ、ちぇっ、厄介者扱いしやがってぇ!? それに! こんな傷、全然へっちゃらだよ!」)
(「嘘をつくな。先程も無理をして脚をひきずりながら付いて来おって。相当に痛むのだろう? 強がっても女子は女子。女子の痛々しい姿は見とうはない。⋯⋯よいか、皇子や姫の事はそなたの分までこの麿が守る。何も案じず、まずはゆるりとその傷を癒やせ⋯⋯」)
(「⋯⋯えっ?」)
(「⋯⋯ではな、麿は“愚かな誰か”の代わりに警備の番にいく。⋯⋯そうそう、傷を完全に癒した後は、何ならもう二度と御所には来なくても良いからな」)⋯⋯
⋯⋯鎌足は畳の上にまたごろんと横になった。
「⋯⋯頭に来るなぁ、門番さんと同じような台詞なのに、綾麿の時だけこんなに苛々するのは何故だろう」
再び天井の蜘蛛を眺めながら、つんと口を尖らせる。
「⋯⋯ったく、私が”優しい“って勘違いするような言葉で止めとけよな。最後の一言は余計だっつーの。それに正門前で美桜や櫻ちゃんを待ってたのに。結局、綾麿、最後の最後までしっかり付き添いやがって。二人とゆっくり話できなかったじゃないか。⋯⋯本当に嫌な奴」
忘れよう、忘れよう。
そういくら思っても、この九日間、綾麿の幻影は鎌足に付きまとっていた。
鎌足は頭を掻きむしる。
「⋯⋯ああ、もぅっ! 綾麿を信じている、って言ってた美桜には悪いけれど、綾麿は絶対に斃さなきゃ。殺したくないけど、殺さなきゃ。⋯⋯殺したくない? ⋯⋯あれ? 何言ってるんだ、私。⋯⋯殺さなきゃならないんだ、江戸のために! 伊賀のためにも! 殺したくないけど、殺すんだ! ⋯⋯美桜、いいよね? もっと頼りになる鷹乃宮様が来たんだし! あんな陰険で意地悪な綾麿の代わりに、私が美桜を守るから!」
そして顔を紅潮させながら、激しく寝返りをうった。
(⋯⋯あぁあ、もう何を言ってるのか、自分でもよく分からないや)
窓から見える京都御所の方角。
空に凛と伸びていた、目印の大鳥居は今はもう無い。
しかしあの空の下の御所では今日も、美桜や櫻や綾麿たちが、鎌足の知らない表情を浮かべながら、今を生きているに違いなかった。
(⋯⋯御所か、⋯⋯美桜や櫻ちゃん、元気かな)
そんな憂鬱な鎌足の心とは裏腹に今日は好天、朝から空一面に蒼い空と白い雲が広がっている。
(⋯⋯ん、でも、綾麿の言った通り、あれからは御所は静かだ。鬼の騒ぎは起こっていない。⋯⋯本当は東番をしながらの方が任務に没頭できて、色々な雑念を考えなくて済むから、助かるんだけどな)
甚左、平次、そして大吾。
ついこの間まで四人で数日を過ごしていた宿。
離れの一軒家を借り切っているとは言え、元々決して広い宿ではない。
この一番広い座敷ですら狭く感じていたはずなのに、不思議と今は広く感じる。
”話し相手“が居ない現実が、広さと寂しさに拍車をかけていた。
「⋯⋯やっぱり一人、⋯⋯なんだな、私」
思わず独り言を呟いた鎌足は、窓の下、壁際の小さな台へと目を向けた。
台の上には小さな丸薬が一粒置かれている。
座敷の片隅に寂しく転がっているのを見つけた、幻斎から授かった特効の万能薬、その最後の一粒だった。
「⋯⋯蒼鬼。⋯⋯そして何故かまた現れた紅鬼。⋯⋯大切な仲間にもそっくりそのまま化ける、葬魂の術、か」
鎌足が再びぼんやりと呟いた、その時。
玄関の戸を激しく叩く者があった。
「⋯⋯鎌足はん? 起きてはる? 何やら江戸から鎌足はんに文が届いてはるで!」
宿の女将の声だった。
鎌足は飛び起きた。
(⋯⋯っ! 江戸からの文! 百地翁様からの返事だ!)
九日前、紫宸殿で式典が開かれている間。
客間へと戻った鎌足は、紫宸殿の屋根裏に潜入したい気持ちを必死に抑えながら、とある文を書くために机に向かっていた。
そして御所からの帰り道、伊賀忍の流れを組む早飛脚の大店に立ち寄り、書いたばかりの文を預けていた。
その送り先は江戸、伊賀屋敷。
百地幻斎、そして御頭の半蔵だった。
今の京都に何が起こっているのか。
京都に着いて僅か数日だったとは言え、その僅かばかりの間に自分の目の前で起きた事、見た事、感じた事の全てを余すこと無く文にしたためていた。
京都御所の公家たちの、人を食ったような態度。
東番初日の蒼鬼と紅鬼の同時の出現。
江戸徳川を憎む、現『六歌戦』綾麿の存在。
麒麟との痛み分けと、十日の謹慎。
そして共に旅立った三人の悲しい死の報告。
鎌足はそんな現実と共に自身の不安も迷いもありのままに伝え、御頭や幻斎に助言を請おうとしていたのだ。
「ごくろうさま、飛脚さん」
「⋯⋯伊賀小頭、鎌足様、確かにお渡し致しました」
玄関先で鎌足にそう一言だけを告げて文を渡すと、伊賀早飛脚の男は颯爽と足早に疾走り去っていく。
鎌足は掌の上に乗せた文を大事そうに見つめた。
文の表に書かれた宛名の懐かしい筆跡を見るだけで、心が温まっていくのを感じずにはいられなかった。
(⋯⋯あぁ、この字は間違い無く百地翁様だ。心無しか江戸の香りもする。⋯⋯思ったよりも早かったな、流石は伊賀忍の飛脚。そう言えば江戸を出てもう二十日近くにもなるか、江戸はあれからどうなってるんだろう)
鎌足は玩具が入っている包みを渡された、子供のようだった。
待ちきれない、早く早く、と心も急かす。
駆けるように土間から部屋にぴょんと跳び上がると、そのままの勢いでちょこんと正座する。
鎌足はきらきらと目を輝かせながら、一気に文をぱらぱらと左右に広げた。
『━━━━鎌足よ
此度の御所の護衛、鬼との血戦
誠に御苦労
甚左、平次、大吾
彼等も忍、任務に命を捧げし身
死もまた宿命
己を貫き、死した三人を
拙爺は誇りに思う也
蒼白の妖刀、村雨
徳川の治世に刃を向けし
不知火綾麿と申す六歌戦
拙爺の記憶には無く
ましてや会うた事も非ず
半刃なれど鬼切丸、類稀なる妖刀
其の刃力通じぬ恐るべき強さとの事
只々驚くしか無し
麒麟と申す名の若き使い手含め
鬼切丸や得意の伊賀鎖鎌術も通じぬが二人
例え京都を守護し六歌戦と言えど
江戸徳川に並々ならぬ敵意抱き
御主に刃を向けるは、伊賀の敵も同じ
ましてや蒼鬼紅鬼が共に相手とは
拙爺の読み違い
甚だ申し訳無く
今、唯ひたすらに案じるは
鎌足、御主の御身也
葬魂の魔性の術、此度新たに現れし蒼鬼
加えて七十有余年前、退けたはずの紅鬼
得体の知れぬ六歌戦、綾麿が率いる一派
京の防衛、探索の任
更に過酷となるは間違い無し
その邪どもを淘汰し斃すべく
鬼切丸が残りの半刃
今こそ
其の在り処を御主に伝えるもの也━━━━』
「⋯⋯え! 鬼切丸の残りの半刃? どういう事!?」
思わず大声で叫んでいた。
想像だにしていなかった言葉が其処にあった。
文の続きに鎌足は慌てて目を通す。
『━━━━江戸や京都より遥か北
出羽国
人は決して誰も足を踏み入れぬ
三山の奥深く
万年雪に閉ざされた
行者の国、在り
其処にかつて拙爺と共に鬼と戦った
六歌戦が一人
祖から数えて十八代目
役小角の名の継ぐ男、在り
拙爺と齢同じ爺なれど
其の国では今も絶対的な主
鬼切丸の半刃
鬼斬丸
護りし者也
鬼切丸と鬼斬丸
二刃で一刃の無敵の刃
二つの刃を手にする者
神をも斬る
秘められた真の力を得るもの也━━━━』
「⋯⋯な!? 鬼斬丸? 真の力!? 残りの半刃なんて実在していたのか! ⋯⋯そして出羽国、役小角⋯⋯。聞いたことがあるぞ。行者や修験者たちの祖で、呪術や法力は勿論のこと、巷の武芸者を上回る剣技にも優れ、後継者が代々その名を受け継いでいる家系のはず。⋯⋯そうか、七十年前に生き残った『六歌戦』、もう一人は役小角様だったのか。百地翁様同様にまだ御健在とは」
鎌足は手元の鬼切丸を眺めながら呟いた。
二つに裂けている刃や鍔や柄。
その残り半分のまだ見ぬ残像が、鬼切丸の横に重なって見える。
(⋯⋯この鬼切丸と同じ刀が、北の地にもう一本。⋯⋯二刃で一刃の無敵の刃。つまり二刀が揃えば、鬼だけじゃなくて神様すらも斬れるような、そんな凄い力を手に入れることができる、ってこと⋯⋯?)
文には更に鎌足を驚かせる言葉が連なっていた。
『━━━━御所警備、代理を手配
上忍中忍数名、選抜中 也
御主がこの文を目にする頃
第二陣、既に関ヶ原辺りには到らむ
鎌足よ
御主に新たな命令を下す
出羽三山、行者の国へ向かえ
小角より鬼斬丸を拝領し
鬼切丸の真の力を得よ
さすれば京都での戦い
必ずや御主の大いなる力となるはず
ただし
行者の国は難攻不落の要塞
乱雪吹き荒ぶ地
壮大強固な自然の罠
屈強武装の修験者
数々の盾に護られし
一国の城が如く也
近付く者、問答無用
全て死をもって排除されるが常
彼の国には拙爺の力とて及ばず
文すらも届かず
全ては小角の心一つ
其の心を打てるか否か、御主次第
ややもすれば京都以上の死地
命を賭した旅となるやもしれぬ故
覚悟して臨む事、願う也━━━━』
「⋯⋯第二陣⋯⋯御所の任務は交替しちゃうってこと!? ⋯⋯っ、美桜、櫻ちゃん⋯⋯っ、⋯⋯それに私一人でそんな手強い城に乗り込んで、しかも畏まった話をするのが苦手で尚且つ初対面の私に、高名な行者の筆頭、高名な小角様を説得しろと!? ⋯⋯っ、でも、でも! 鬼切丸の真の力は手に入れたい。あの綾麿や村雨の強さをも凌駕する事ができるかもしれないなら⋯⋯」
書かれた言葉一つ一つに心を激しく揺さぶられながら、鎌足は次の言葉に恐る恐る目を凝らした。
しかしそこから先の表現は、此処に至るまでの威厳に満ちた文体とは何処か違っていた。
まるで普段の幻斎の話し言葉をそのまま書き写したような、物腰が柔らかな文体へと変わっていたのだ。
鎌足が抱くだろう不安や葛藤。
その全て見透かして、優しく包み込む。
そんな幻斎なりの配慮に満ちていた。
『━━━━鎌足よ、案ずるな
京都の任を解くのははあくまで一時
第二陣との入れ替わり
第三陣は再び御主に命じる
心おきなく旅立つがよい
とは言え
流石の御主でも一人では心細かろうて
よって交渉役及び警護役として
上忍三名、中忍六名
藤林 涼之介
家城 半兵衛
新堂 颯一郎
富岡 太助
凛花
麗
環
伊織
乙葉
以上、九名
御主への同伴を命じた
合流は此れより十五日後
満月の夜
亥の刻
出羽国関所近く
古の城趾
彼等が鍛え抜いた忍の技
きっと御主の旅の役に立とう
きっと小角の元に辿り着き
そして伝えよ
また共に酒を飲み交わし
将棋を打とう、と━━━━』
(⋯⋯やっぱり、百地翁様、私のことをわかってるや。私が中途半端に任務を投げ出すのが嫌いな事を汲み取ってくれているし、ちゃんと不得手も配慮してくれてる。伊賀の顔となる権威ある上忍が同伴な上に、女忍も多めの編成になってる)
文に書き記された九人の名。
鎌足は左に読み終えた視線をまた再び右へと戻し、連なる名に改めてじっと目を通した。
(⋯⋯ほっ、良かったぁ、仲の良い伊織と乙葉の名前があるだけでも安心するなぁ。⋯⋯でも伊織と乙葉以外の七人は中々な面子だよ。何人かはよく知っている顔も居るけど、ほとんどは私の小頭就任を快く思っていない。しかも普段話かけることすら憚られるような、位に拘ったり、新参者の私を見下したりする男女たちばかりだ)
特に鎌足が気になったのは藤林涼之介の名だった。
伊賀の忍には、何人も御頭を輩出する上忍中の上忍、『伊賀御三家』と呼ばれる名家が三つあった。
役小角の家系と同様に、初代の半蔵の名を一子相伝代々受け継ぐ、名門中の名門、服部家。
何人も御頭や高名な忍を輩出し、鎌足の慕う幻斎の姓でもある百地家。
そしてこの両家に並ぶ程に伊賀衆に大きな影響力を持つもう一つの名門、それがこの藤林家だった。
藤林涼之介はその名門、藤林家の若き当主であり、鎌足は今まで一度も直接に話をしたことはなかった。
(⋯⋯涼之介様は特に上下にうるさいからなぁ。半兵衛様も負けず劣らず身分には厳しい御方だ。でも全員剣技の実力は確かだし、私と違って交渉術や情報収集力にも長けている。やり難いけど、百地翁様の言葉通り、確かに大きな力にはなりそうだ。かなり気を使わなきゃだけど、それくらいは我慢しなきゃ。⋯⋯でも腕の立つ上忍、しかも三人も私の方に付けて、江戸の警備は大丈夫なんだろうか⋯⋯、⋯⋯ん? ⋯⋯まだ続きがあるぞ)
何故か文はまだ終わりではなかった。
少しの行間を置いてまだ続きがあった。
(あ⋯⋯これ、百地翁様の癖だ、悪いことは一番最後に書くんだから。しかも間が少し空いてる。迷い書きだ。これも書きたくないけど、書かないといけない、そんな気持ちの時の癖なんだよなぁ。⋯⋯うーん、何かこの先、もっと良くない事が書かれてる気がする)
鎌足は軽く身構えながら、その後に並ぶ文字たちに目をやった。
其処から先はまた畏まった文体へと戻っていた。
『━━━━最後に、悪報が一つ
御主への京都の密命
志半ばにて小角の鬼斬丸託せしは
其の悪報が理由也
江戸に風雲急告ぐ
御主の鬼切丸
小角の鬼斬丸
揃いし後
帝が守護だけに非ず
伊賀と御頭の力に成るべし━━━━』
「⋯⋯悪報に風雲急? ⋯⋯京都だけじゃない、鬼切丸の秘めた力を江戸でも求めているのか? ⋯⋯江戸でも鬼切丸の真の力が役に立つのなら、京都の鬼を第二陣に任せてまで出羽国まで赴く意味は十分にあるけれど⋯⋯、それにしても江戸に一体何が? 鬼の京都以上に大事が起きたとか!? まさか! また江戸に蒼鬼が!?」
『━━━━御主の懸念せし仇なす者
不知火綾麿の怨恨か
はたまた葬魂の蒼鬼が潜みし
甲賀衆の謀略か
忍を狩る謎の暗殺軍団
江戸に迫れり
七日前
大和の飛鳥一族
六日前
三河の秋葉一族
五日前
信濃の戸隠一族
四日前
甲斐の武田一族
東日本各地の忍の里
まるで野を焼く火の如き侵略
女子供に至るまで
残虐非道に尽く虐殺
根絶やしにさせらせり━━━━』
座敷に鎌足の息を呑む音だけが響く。
幻斎すら困惑しながら書いたはずの後半部分。
其処には身構えていた鎌足が想像だにしなかった、陰惨な言葉ばかりが並んでいた。
「⋯⋯っ! 各地の名の知られた忍里ばかりが襲われた!? しかも全滅、根絶やし!? 皆ひっそりと暮らしているだけなのに⋯⋯、酷い、酷すぎる。そして大和、三河、信濃に甲斐? ⋯⋯東に向かってる。⋯⋯っ、そんな恐ろしい敵は段々と江戸に近づいてきている!? ⋯⋯そうか、それで上忍たちや人手を出羽国に割いてまで、鬼切丸の真の力とやらによる援護が必要なのか!」
しかも文に書かれているどの一族も、伊賀一族とは同盟と言っても良い程の親しい関係を結び、定期的に交流のある一派、部族ばかりだった。
その親伊賀派の里ばかりが狙われた。
これは忍の世界に於いては、自軍が襲撃されたに等しい程の大きな衝撃を意味する。
鎌足は生唾をごくりと飲み込むと、掌の跡が付いてしまうのではないかと思える程の強さで、改めて鬼切丸を固く握りしめた。
その頬や背中を冷たい汗が伝う。
「⋯⋯でも、何で真っ先に綾麿の名が容疑者として書かれているんだろう!? いくら江戸や伊賀を憎んでいるって私が伝えたと言っても、長年の宿敵の甲賀よりも先に名前を挙げるなんて⋯⋯、何故? 百地翁様⋯⋯」
『━━━━しかし
江戸の間近、甲斐まで迫るも
見えざる敵
何故か突然に踵を返す
三日前
信濃の芥川一族
二日前
三河の一全一族
昨日
伊勢の滝野一族
そして本日
大和の楠一族
やはり一族郎党
皆殺しとの報、来たれり━━━』
「⋯⋯え、⋯⋯っ、何故だ、動きが意味不明だよ。大和から甲斐、江戸のすぐ近くまで達しながら、そのまま江戸には向かわずに何故また大和へと戻るんだ!?」
鎌足は指折り、日を数える。
幻斎がこの文を書いたのは数日前。
江戸から京都間の文が届くまで、早飛脚でおよそ三日から四日がかかる。
更に幻斎が情報を入手するまでの日数、その点も考慮する必要がある。
実際の虐殺が起きた日を推測するためには、文に書かれている日数に三日から四日のおよそ倍の数、七日前後ほどを足す必要があった。
「⋯⋯ということは、京都に向かった私と入れ替わるように江戸へ向かって動き出し、少なくとも鬼が襲撃してきたあの日の前後あたりには、その謎の軍団はまた来た道を戻り始めていたって事か。この動きに一体どんな意味が⋯⋯!?」
まさに見えない敵、新たな敵の出現だった。
鎌足が文から知り得る情報は其処までだったが、少なくとも敵は三、四日前には大和国で虐殺を行っている。
もしかしたら敵の一群は鎌足のすぐ近く、京都の隣の大和国(※現在の奈良県)に本拠を構えているのかもしれない。
そして次に動くのは西か、また東か。
舌舐めずりしながら、無防備な忍の里を物色しているのかもしれない。
鎌足の背筋にも緊張が走る。
しかし文の次に続く言葉はもっと衝撃的で、更に鎌足に大きな動揺を与えるものだった。
『━━━━大和に戻りし彼奴等
四日前
甲斐武田一族の忍里にて
ついに手掛りを残す
伊賀の偵察隊
その報告によらば
武田の忍
最後の一名
死する間際
血の、かな文字
二つ、残したとの事
其の二つの血文字が言葉
下記に記す
鎌足よ
決して驚く事無かれ━━━━』
(⋯⋯え、う、うそ。⋯⋯な、⋯⋯何、これ⋯⋯)
鎌足の目にした二つの文字。
その内の一つは、鎌足の刻を止めるのに十分すぎる程の、衝撃的な言葉だった。
『━━━━くも
ろっかせん━━━━』⋯⋯━━━━。
第88話も最後までお読み頂きありがとうございました。
今回もまた長くなってしまったため、前後半に分けました。次回は今回の続き、後編扱いとなります。
ちなみに今回の話と主に連動するのは、第69話「隠れ里炎上」です。ぜひ再チェックしてみてください。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第89話も続けて読んで頂きたいので、なるべく早めには投稿したいと思っています。8月13日〜15日の間に投稿予定です。次回もどうぞよろしくお願い致します。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)




