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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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85/94

第85話  霧人 〜前編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。少将しょうしょう麒麟きりんとの戦いで手傷を負うが、美桜みおの看病を受け、元気に回復中。


美桜みお━━━━

 京都御所を訪れた鎌足かまたりが出会った、桜色の髪飾りと着物の可愛い少女。鎌足かまたりとは歳も近く友達だと思っている。怪我をした鎌足かまたりを看病介抱する。命の恩人、新しい中納言に就任する鷹乃宮霧人たかのみやきりひとに密かな想いを寄せる。


 ━━━━「これはこれは、美桜みお姫様、中将ちゅうじょう様。今日はお日柄も良く、大変に御機嫌麗しゅう⋯⋯」


「⋯⋯ああ」

「⋯⋯わぁ、ありがとう。今日は昨日の夜の激しい雨とは打って変わって、晴れ渡った穏やかな春日和。悲しい出来事には見舞われましたが、新しい中納言ちゅうなごん様と少納言しょうなごん様をお迎えし、当京御所もまた新しい第一歩を踏み出す。そんな門出の日に相応しい良き天気となりましたね。⋯⋯きっと素晴らしい就任の式典となりましょう」


 まるで陰と陽だった。

 

 廊下で声をかけてくる公家たちに対して、優しく朗らかに笑顔で応対する美桜みおとは間逆に、綾麿あやまろの返事は驚く程に素っ気無かった。


(⋯⋯暗い。⋯⋯暗すぎるぞ、綾麿あやまろ


 綾麿の落ち着き払った堅物かたぶつ挨拶を、鎌足かまたりはまるで苦虫を噛みつぶしたような顔で、ぼんやりと眺めていた。


(⋯⋯美桜みおからちょっとは愛想を学べよな)


 心の中で散々に綾麿あやまろに突っ込みを入れた鎌足かまたりが、ふと空を見上げる。



 ⋯⋯陽は真上から徐々に西に傾いていた。



 綾麿あやまろ美桜みおの話によれば、新しい中納言ちゅうなごん少納言しょうなごんの人事の式典が、間もなく紫宸殿ししんでんで執り行われるらしい。

 御所全体で喪に服している最中とは言え、位の高い公家たちは軒並み参列する、昨日同様に其れ相応の規模の場になることは間違い無かった。


 今、その刻限であるひつじの刻(※14時)が迫っていた。



(⋯⋯確か、鷹乃宮たかのみや、⋯⋯陰陽頭おんみょうのかみ霧人きりひと⋯⋯って美桜みおが言ってたっけ。どんな人だろう?)



 さくの付き添いとして式典に急遽参列することが決まった美桜みおは、鎌足かまたりが手当を受けていた客間から、紫宸殿ししんでんそばに用意された控えの間へと向かう途中だった。


 廊下を歩く美桜みおのすぐ左隣には綾麿あやまろの姿。

 そして前を行くこの二人と少し離れた背後には、寝巻から忍装束に着替え直して歩く鎌足かまたりの姿があった。

 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまると鎖鎌をいつも通り腰と脚に身に着け、包帯を巻いた胸元を手で押さえながら、まだ相当に痛みの残る身体でよたよたと歩いている。


 そんな鎌足かまたりの目に、前を歩く二人の姿はまるで別世界の住人のように映っていた。


 武官の中将ちゅうじょうとして御所の警備を任されているだけではなく、整った顔立ちで、優雅で芳醇ほうじゅんこうの匂いを魅惑的に振り撒く、時の『六歌戦ろっかせん』の一人でもある綾麿あやまろ

 そしてあどけなく可愛く、誰に対しても笑顔を振り撒いてくれる美桜みおもまた、時の帝の実の娘。

 そんな由緒も地位もあり、見た目も文句無く整った二人が並んで廊下を歩いているのだから、目立たないわけがない。


 公家や女官たちとすれ違う度に、誰もが二人に中央みちを譲って立ち止まり、先程のような挨拶と共に低頭する。

 一昨日の鬼の襲撃の撃退、昨日の麒麟きりんとの勝負と、この二日間における時の人であるはずの鎌足かまたりでさえ、完全にこの二人のはなの陰に隠れてしまっていた。


 中でも綾麿あやまろに対する女官たちの反応は、改めて鎌足かまたりを驚かせた。

 通り過ぎる綾麿あやまろの横顔や背中を潤んだ瞳で見つめながら、女官の誰もが黄色い歓声を上げてはしゃいでいる。


(⋯⋯綾麿こいつ、女官からはやっぱり相当人気があるみたいだな。⋯⋯ったく、何処どこが良いんだ、こんな根暗で性格の悪い奴。剣の強さと香りが良いだけじゃないか。⋯⋯ふん、まあ、いいや。この私だけは騙されないからな)


 鎌足かまたりは目を細めながら、前を歩く綾麿あやまろの背中をじっと見つめ続けていた。

 そして心の中で何度も同じ愚痴を呟く。


(⋯⋯結局、綾麿こいつのせいで、帝の事も何一つ聞けなかったしなあ)



 つい先程、客間での会話を鎌足かまたりは再び思い出していた━━━━⋯⋯。







 ⋯⋯━━━━四半刻しはんとき(※30分)近く前のこと。


 帝の秘密を伝えようとしてくれた美桜みお

 その言葉の発する瞬間をまるで図ったように、客間の障子が唐突に音も無く開き、音も無く閉まる。

 悠然とその場に姿を現したのは、儀礼の束帯そくたい姿の綾麿あやまろだった。


 いつから話を聞いていたのか。

 それともただの偶然なのか。


「⋯⋯美桜姫みおひめ様、帝に関する委細いさいはこの京都御所の最重要事項。よって他言無用たごんむよう。特に客人、部外の江戸者には。どうか秘密それをお忘れなきように⋯⋯」


 綾麿あやまろ美桜みおに向かって、冷静に淡々と呟いていた。

 怒るでもなく、困るでもなく。

 その表情からは正確な感情は読み解けなかった。


 対して鎌足かまたりは、突然目の前に現れた宿敵の姿に動揺と憤りを隠せなかった。

 あの夢でうなされた綾麿あやまろ村雨むらさめの一閃。

 その鋭い太刀筋と冷酷な瞳のきらめきが、つい今しがた受けた本当の情景のように脳裏をよぎったからだ。

 顔を激しくゆがませて歯軋はぎしりし、気付いた時には怒鳴るようにして綾麿あやまろの名を叫んでいた。


「⋯⋯あ、綾麿あやまろぉッッ⋯⋯!!」



 その声に綾麿あやまろの視線も反応する。



 ⋯⋯今日、初めて二人の目が合った、その瞬間とき



 本能が、感情が、無意識に弾けていた。


「やいっ、綾麿あやまろっ! よくも私を何の情け容赦もなく、燃やしたり凍らせたり、殺してくれたなぁ! ⋯⋯地獄の鬼裂きの刑はなぁ、無茶苦茶痛かったんだぞぉ!!(⋯⋯がるるるる)」



「⋯⋯鬼裂き? 一体何の話だ?」


(⋯⋯あわわわわ、鎌足さんっ)


 混乱興奮の鎌足かまたりを慌てて制止し、眉をしかめる綾麿あやまろを誤魔化し、その場を取り繕ってくれたのは美桜みおだった。


鎌足かまたりさん、あ、あの⋯⋯、それはもしかして、夢の話なのでは? 中将ちゅうじょう様は何も悪いことはしていません」


「⋯⋯え? ⋯⋯⋯⋯、⋯⋯あ」⋯⋯━━━━。







 ⋯⋯━━━━(⋯⋯うああぁぁぁぁ、思い返すだけで恥ずかしいや。夢と現実をごちゃ混ぜにするなんて)


 前を行く二人の背中を見つめがら、鎌足かまたりは改めて苦笑いする。


 綾麿あやまろは結局、最後まで美桜みおの傍を離れなかった。

 姫である美桜みおに近付く部外者、鎌足かまたりへの警戒心も当然に有ったかもしれない。

 しかし帝のことを聞かれたくない、知られたくない。

 そんな意図が有るのも間違いなかった。



 ⋯⋯(「⋯⋯鎌足かまたり殿。そなたは謹慎中の身。今日から十日間、内裏だいりには立入禁止だ。手当が済んだのならば、即刻出ていってもらおうか。そしてその身体の傷が癒えるまで、麿まろの前には決して姿を見せるな。⋯⋯さあ、美桜みお姫様、櫻皇子さくらのみこ様がお待ちです。式典の紫宸殿ししんでんへ参りましょう」)⋯⋯。



 鎌足かまたり美桜みおの会話を邪魔する言葉を思い出す度に、綾麿あやまろを見つめる鎌足かまたりの表情は、険しく鋭くなっていく。


(折角の楽しい雰囲気、帝の秘密を知る絶好の機会だったのに。綾麿こいつが来なければなあ。⋯⋯って言うか、何で美桜みおと一緒に紫宸殿ししんでんに向かうんだ? 女官たちにきゃっきゃ言われながら、一人で行けばいいじゃん。美桜みおとまだ話したいのにさ。話しかけにくいなあ。とことん邪魔だなあ。綾麿こいつ、⋯⋯早く何処どこか行ってくれないかなあ)


 そんな鎌足かまたりの刺すような視線を感じたのか。

 じゃらじゃらと響く鎖の摩擦音、そしてどこまでもひたひたと付いてくる鎌足あしおとに向けて、綾麿あやまろは後ろを振り返りもせず、背中で話かけた。


「⋯⋯何故なぜそなたまで付いて来る? 即刻退去と言ったはずだ。しかも謹慎中の身でありながら忍装束にまで着替えるとは何事ぞ。しかも鬼切丸おにきりや鎖鎌まで⋯⋯、内裏だいりで大胆にひけらかすとはどういう了見だ?」


「いちいちうるさいな。余計なお世話だ。いつもの格好の方がしっくりくるんだよ。御前だって人のこと言えないぞ。これ見よがしに村雨むらさめを差しているじゃないか」


「⋯⋯⋯⋯」


「それに今は謹慎中の東番じゃなくて、美桜みお御伴おともなんだ。誰かさんが狼の正体を現して、可愛い美桜みおに刀とさやで襲いかかるかもしれないだろぅ? 美桜みおを絶対に守るって約束したからな。美桜みおを無事に紫宸殿ししんでんに送り届けたら、すぐに出ていってやるさ」

 

「⋯⋯姫を守る、だと? ⋯⋯ふん。笑わせるな。そのような深手を負い、顔を腫らしたままで、か。その痩せ我慢や強がりだけは褒めてやる。大人しく傷を癒しておれば良いものを」


「これは痛みにえながら歩く練習をしているんだ。それにお生憎あいにく様。私の顔なんて綺麗な美桜みおには遠く及ばないからね。まあせいぜいあの蒼妖鬼そうようきより、ちょっとだけまともなだけの元々不細工な顔だから。腫れぼったさと恥ずかしさなんて、全然気にしてないよ。⋯⋯へんっ」


 強気に言葉を返す鎌足かまたりだったが、本音は少し違っていた。

 美桜みおと二人きりになれば、今度こそ間違いなく二重の御簾みすの秘密、帝がその先から姿を現さない理由わけを聞き出すことができる。

 そう思っていたからだった。


(⋯⋯美桜みおにはちょっと悪いけど。でもしばら内裏だいりを追い出されるんだったら、今日しか、今しか、美桜みおと話す機会は無いんだ)


 当の美桜みおはそんな鎌足かまたりの複雑な心中や任務の裏表など知るよしもない。

 目線を合わせずに続く二人の会話の間中、ずっとくすくすと笑みを浮かべていた。

 そんな美桜みおが口を挟む。


中将様ちゅうじょう様。大人しく付いて来るだけなんですから、別にそんな目くじらを立てなくても良いではないですか」

「そうだ、そうだ」


「⋯⋯⋯⋯」


鎌足かまたりさんは私のお友達ですから。それに鎌足かまたりさんが一緒に居てくれて、私はとても嬉しいんですよ?」

「ほらな、聞いたか、綾麿あやまろっ」


「⋯⋯⋯⋯」


「だから、ね、鎌足かまたりさんをそんなに悪く言わないで」

 

「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯かしこまりました」


「⋯⋯ふーん、綾麿あやまろ、御前でも美桜みおには頭が上がらないんだ? やっぱり凄いなあ、美桜みおは」


「⋯⋯黙れ。御主がおいそれと気安く呼び捨てにしてよい御方ではない。⋯⋯しかし、姫。一つお尋ねしたい。何時いつ何処どこで、この鎌足ものと深い仲に?」


鎌足かまたりさんが初めて御所にいらした時からですよ。ふふ、私と鎌足かまたりさんは運命の赤い糸で結ばれてるんです」


 ⋯⋯赤い糸。


 まるで恋に落ちる運命の二人を表したような、思いがけない美桜みおの言葉だった。

 鎌足かまたりが頭を掻きながら赤面する。


(⋯⋯運命の赤い糸。⋯⋯へへへ、照れるなぁ。良かったぁ、美桜みおの後ろで。真っ赤な顔を見られなくて)


 照れてうつむいた鎌足かまたりの瞳には、前を歩く綾麿あやまろの腰に差す村雨むらさめが映っていた。

 納刀したままにも関わらず、そのさやからはあの妖しい蒼白そうはくきらめきが放たれているような気さえする。


 剣技ちからを知る者は、刀を知る。

 少なくとも鎌足かまたりにはそう見えた。


 村雨むらさめ綾麿あやまろを見つめる鎌足かまたりの視線は、更に鋭いものとなっていた。


(⋯⋯時の帝から拝領された刀、か。⋯⋯それにしても、まさか綾麿こいつが武のほまれ高い『六歌戦ろっかせん』の一人だったとは⋯⋯。帝を守ったということは、あの強かった紅閃鬼こうせんきたおした、って事だよな。⋯⋯綾麿こいつみたいな強さを持つ者があと五人、居るのか。他の『六歌戦ろっかせん』は、綾麿こいつとは違って話が分かる人たちばかりなら良いんだけど⋯⋯)


「⋯⋯姫、お気を付けください。先程より背後からただならぬ殺気が放たれております。それとその鎌足かまたりと申す者ですが、どうか油断なさらぬよう。相当に感情的で妄想のへきもあったり、また少々思い込みも激しい性分故しょうぶんゆえ


「やいっ、綾麿あやまろ。聞こえたぞ。遠くにいる人みたいに言うな、後ろに居るんだ。それと怒りっぽいのは認めるけど、妄想とか思い込みが激しいってのはどういう意味だ?」


「⋯⋯ふん、何だ、まだ居たのか? ⋯⋯麿まろを毒殺の首謀者と決めつけて毒虫扱いしたり、勝手に殺したりしたではないか」


(⋯⋯一昨日おとついの毒の追及の事と、大鳥居と共に死んだと勘違いしちゃった事を言ってるんだな。⋯⋯ちぇっ、何だ、まだ根に持ってたのか、な奴。⋯⋯あ、でもそう言えば⋯⋯、綾麿あやまろへは大吾だいごの礼がまだだったなぁ。あと死罪を取り消してくれた礼も、か⋯⋯)


 鎌足かまたりは顎に手を当て、少しだけ考え込むような仕草を見せる。

 そして何かを閃き、決意したように小さく頷くと、綾麿あやまろの背中に向けて”ある言葉“を伝え始めた。


「⋯⋯綾麿あやまろ。あ、あのさ⋯⋯、昨日は、あの、その⋯⋯あ、⋯⋯あ、あり、あり⋯⋯が、ありが、⋯⋯と」


 指をもじもじとさせながら、辿々しく。

 会話上、何の脈絡も無い。

 唐突に出た、しどろもどろな感謝の言葉だった。


「⋯⋯⋯⋯」


 綾麿あやまろの反応は無い。

 後ろを振り返ることも無い。

 綾麿あやまろは無言で、怪訝けげんそうに眉間にしわを寄せていた。

 そして当の鎌足かまたりではなく、隣の美桜みおに向けてひっそりとつぶやいた。


「⋯⋯姫、聞いての通りに御座ございます。このように頭も弱いゆえ。どうか近づく際には、噛まれないよう、くれぐれも御用心を」


「⋯⋯おい、綾麿あやまろ。また聞こえてるぞ」



 鎌足かまたりの不機嫌な顔と、綾麿あやまろの仏頂面な顔。

 二人のやり取りをすぐ傍で聞きながら、美桜みおだけが満面の笑みを浮かべていた。


「⋯⋯うふふ。やっぱり御二人はお似合いですね」


「⋯⋯? ⋯⋯姫、それはどういう意味ですか」

「⋯⋯美桜みおぉ、それだけはやめてくれ、鳥肌が立った」


「そうですか? 運命の赤い糸、かもしれませんよ?」


 にこにこと笑顔を振りまく美桜みおを見て鎌足かまたりは思った。


美桜みお、やっぱり今日は特別に嬉しそうだな。笑顔が輝いてる。鷹乃宮たかのみやって人に会えるのが余程嬉しいんだな)


 今日の美桜みお綾麿あやまろから見ても機嫌が良いらしい。

 綾麿あやまろ鎌足かまたりの考えを見透かしたように代弁する。


「⋯⋯姫。⋯⋯今日はまた一段と嬉しそうですね」


「⋯⋯あ、うふふ。そう見えます? だって滅多には見ることの出来ない儀礼の場。しかもそれが新しい中納言ちゅうなごん様の就任の式なんて、楽しみで仕方がないんです。⋯⋯久しぶりにあの御方にお会いできるんですもの」


 ときめく胸の内、嬉しさ、楽しみの表れなのだろう。

 屈託の無い笑顔で答えた美桜みおは、心無しかその歩みを速めていた。

 鎌足かまたり綾麿あやまろをまるで急かすように、目指すべき紫宸殿ししんでんに向かい、足取り軽く歩みを進めていく美桜みお

 

 そんな美桜みおの背中を見ながら、鎌足かまたりも嬉しそうに、”⋯⋯にひひ“と微笑む。


 その鎌足かまたりの隣。

 綾麿あやまろだけが一人、神妙な面持ちだった。


 消えた美桜となり

 今は誰にも聞こえない。

 意味有りげな冷たい声で、“その名”を呟く。


 

「⋯⋯五色ごしきの山門、陰陽寮おんみょうりょう、そして陰陽衆おんみょうしゅうを束ねる『六歌戦ろっかせん』、鷹乃宮たかのみや霧人きりひと⋯⋯、か」━━━━⋯⋯。









 ⋯⋯━━━━その頃。


 会合が行われる紫宸殿ししんでん近くの庭園を望む縁側に、一人の男の子の姿が在った。

 その男の子は立派な儀礼の衣装に身を包み、つまらなさそうに一人でまりで遊んでいる。


 それは大人ばかりの集まりの退屈さにえきれず、場を抜け出した皇子みこ



 ⋯⋯さくだった。

 


 美桜みおが来るまでの暇潰しだった。

 さくまりを無造作に地面に弾ませていた。


「つまんないな⋯⋯、早く美桜みお姉ちゃん来ないかな」


 ⋯⋯その時。


 まりさくの手を弾く。

 そして明後日あさっての方向に転がっていく。


「あ、いけない、またやっちゃった⋯⋯」


 まりを拾いにいこうと、さくは腰を浮かして縁側から身を乗り出した。

 その転がっていくまりの先。

 さくの視界の片隅に、見慣れない人影がちらつく。


「⋯⋯!? だ、誰!?」


 さくは驚いて呟いた。


 転がるまりが止まった場所には、一人の可愛らしい小さな少女が立っていた。

 禿かむろのような肩まで伸びた黒髪には、青、赤、黄、白、黒の五色ごしきで彩られた飾り紐。

 狩衣かりぎぬと着物を混ぜ合わせたような、今までさくが目にしたこともない儀式的な純白の衣装とかんむりまとっている。

 


「⋯⋯こんにちわ」


 少女が親しげに口を開いた。


 歳はさくとさほど変わらない。

 十歳になるかならないかぐらいだろう。

 少女は足元に転がってきたまりを拾うと、さくに無邪気に笑いかけた。


「⋯⋯まり、わたしも、だいすき、⋯⋯あそぼ」

 

 まりを追いかけようとしていたさくの足が止まる。

 少女の何処どこ浮世うきよ離れした神秘的な出で立ちや、落ち着いた表情や声の響きに戸惑いを覚えたからだった。


「ね、いっしょに、あそぼ? わたしもたいくつ⋯⋯」


 まりを手にした少女は、あどけない笑顔でさくを遊びに誘った。


「⋯⋯え、えっと、僕の名前はさく。君は⋯⋯、誰?」


「わたしは、あまね。きのう、はじめて、やまの、おやしきから、みやこに、でてきたの」


「⋯⋯あまね、ちゃん? 山の? 御屋敷から来たの?」


 いつものさくならば、鎌足かまたりと出会った時と同様に、この”あまね“という名の少女ともすぐに打ち解けあって、一緒に無邪気に遊んでいただろう。

 しかしさくはこの時、その少女“あまね”に得体の知れない何か異様なものを感じ始めていた。

 ”あまね“⋯⋯いや、この謎の少女に安易に近付くことで、魔性ましょうの異世界への入り口にいざなわれてしまう。

 不思議とそんな気がしてならなかった。


 嗅ぎ慣れた内裏だいりの空気。

 ひのきの香りが伝わる縁側えんがわから、さくはどうしても足が動かすことができない。

 さくにとっては今、この縁側えんがわはまさに異世界と内裏だいりとを分かつ境界線となっていた。


 近寄ろうとしないさくを見て、少女が残念そうに溜め息をつく。

 それが警戒心や猜疑心さいぎしんによるものであることは、この少女の方も感じ取っているようだった。

 しかし少女は”遊び“や”誘い“を止めたわけではない。

 新しい代わりの遊びで、さくを誘い始めた。


「まりは、いや? ⋯⋯なら、うらない、は?」


「え⋯⋯、占い?」


「うん、おやかたさま、から、ひとには、あまり、みせちゃ、だめ、っていわれてるの。⋯⋯でも、とくべつ」


「⋯⋯特別。⋯⋯そうなんだ? ⋯⋯何を占うの?」


「⋯⋯えっとね。みらいに、なにが、おこるかとか、いつ、どこで、だれが、どういう、ふうに、死んじゃうか、とか⋯⋯」


「え⋯⋯?」



 ⋯⋯唐突に出た“死”という言葉。

 


 鬼の襲来からまだ日も浅い。

 大勢の犠牲者が出たこと、そしてその亡骸なきがらの悲惨さはさくも聞いている上に、その言葉や字の持つ”圧“や、連想される“世界”は小さな子供には重すぎた。

 さくの顔が更に強張こわばっていく。


 そんな固まるさくを見ながら、少女は何かをひらめいたようだった。

 さくの返事を待たずに、嬉々とした声で呟いた。


「⋯⋯そうだ、さくの、みらい、みちゃおう、っと」


「⋯⋯えっ!?」


 唐突に呼ばれた自分の名前。

 もはや警戒心や猜疑心さいぎしんどころではない。

 さくの顔は完全に怯えきっていた。


 しかし少女はそんなさくの反応もまるで気にしない。

 両手のてのひらをゆっくりと重ね合わせ、その上にまりを乗せると、その球体の中心をじっと見つめ始めた。

 

 子供の無邪気な遊びではない。

 世間にありふれた情景でもない。

 その少女の目は、その歳からは考えもつかないくらいに真剣そのものだった。

 瞳は吸い込まれてしまいそうになる程に妖しく深く、そして強烈に禍々しい異彩を放っている。


(⋯⋯っ!? ちょ、ちょっと、やめ⋯⋯)


 その異彩は今、戦慄や恐怖に色を変えていた。

 さくの心が震える。

 “止めて”の三文字

 それがどうしても最後まで口にできない。


 少女はまりを占術の水晶に見立てているようだった。

 そして子供には決して似つかわしくない、大人びた不思議な言葉を続けざまにつぶやいた。

 つい今しがたまで耳にしていた、あどけなさと可愛さだけの少女の声ではない。

 その口から奏でられるのは、まだ幼さを残しながらも、一言一言一文字一文字が短く低く重々しく、そして妖しい音階。

 


 それは陰陽おんみょう呪言じゅごん真言しんごんたぐいだった。



「⋯⋯おん、    うん けん   ⋯⋯」



 真言しんごんが唱えれる間、さくはまるで蛇ににらまれた蛙のように無言のまま、身動き一つできなかった。

 もしも動いたり逃げたりすると、何か良くない事が起こってしまう。

 そんな不気味な感覚に包まれていたからだった。


 そんなさくの目の前では、その表面を波打ち取り囲むようにして、まりが不思議な五色ごしきの輝きを放ち始めていた。


 青、赤、黄、白、そして黒。


 その五色ごしきおぼろな光が繋がり、一つに重なった時。


 ⋯⋯真言しんごんは終わっていた。


 そしてまるで素敵な宝物を見つけた時のように、まりを見つめるこの謎の少女の目はきらきらと輝いていた。


「⋯⋯みえた」


「⋯⋯え、⋯⋯な、何が?」


「⋯⋯あつい、あお、さむい、しろ、かたな、おとこのひと⋯⋯。それと、くさり、はんぶんこ、かたな、おんなのひと⋯⋯。このふたりに、さく、まもられている」


「⋯⋯そ、そうなんだ? だ、誰だろう、は、はは」


 作り笑顔で辿々しく言葉をかけるさく

 その顔には明らかに、この少女の全てに対する畏怖いふの念が滲んでいる。


 その畏怖いふに向けても、少女は再びにっこりと微笑む。


 そして占いの本当の意味での“結末”を告げた。



 その言葉は、冷たく、暗く⋯⋯。

 


 ⋯⋯どこまでも深い闇を感じさせる声だった。



「でもざんねん、⋯⋯死んじゃうよ、⋯⋯ふたりとも」



「⋯⋯っ! し、死ぬ、って!? え⋯⋯、え⋯⋯?」


 さくの足ががたがたと震える。

 その顔色は見る見るうちに陰を帯びていく。

 あまりの恐ろしさに瞳には涙すら滲んでいた。


「⋯⋯わ、⋯⋯わ、⋯⋯もういいっ、やめ」


「あまね、うらない、はずしたこと、ない」


「⋯⋯ひいっ」



「⋯⋯ひとりは、おちてこなごな、ぐちゃぐちゃ、ひとりは、かたな、きられて、ばらばら、まっかっか⋯⋯」━━━━。




第85話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第86話「霧人〜後編〜」は、8月5日〜6日頃の投稿予定です。次回もどうぞよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓フォロワー様に創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

どちらもお気に入りです!ありがとうございます!

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