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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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83/94

第83話  鎌足と美桜 〜前編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。やたら因縁をつけてくる少将しょうしょう麒麟きりんと戦うことになったのだが⋯⋯。


美桜みお━━━━

 京都御所を訪れた鎌足かまたりが出会った、桜色の髪飾りと着物の可愛い少女。鎌足かまたりとは歳も近く、友達だと思っている。鎌足かまたり麒麟きりんの戦いを聞き、駆け付けたのだが⋯⋯。


 ━━━━「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 激しく息を切らしながら、鎌足かまたりは逃げていた。

 背後から迫る追跡者の影に怯えていた。

 逃げても逃げても、追跡者の足音は追いかけてくる。

 鎌足かまたりの顔からは血の気が引き、絶望と恐怖が支配していた。


「⋯⋯はぁはぁはぁはぁ、⋯⋯嫌だッ! ⋯⋯止めろ! 来るな⋯⋯!! た、助け⋯⋯、あっ」


 鎌足かまたりは石か何かに足をとられ、つまずき転んでしまった。


「⋯⋯い、いやだ、やめろ、来ないでくれ⋯⋯」


 追跡者は鎌足かまたりのすぐ間近にまで迫っていた。


 逃げようとするが足が震えて立つことができない。


 鎌足かまたりは座り込んだまま後退あとずさりするものの、遂に壁際にまで追い詰められてしまった━━━━。




 此処ここは真っすぐに伸びた袋小路ふくろこうじ

 辿り着いた先は壁、行き止まりだった。

 もはや何処どこにも逃げ場は無い。


 そして今、眼前の暗がりに追跡者は、”居た“。

 闇の中からひたひたと足音が近づいてくる。


 鎌足かまたりは壁を思い切り何度も叩く。

 無機質な壁は、どんなに叩いてもどんなに叫んでも、鎌足かまたりの念が通じることは無い。

 あの京都御所の正門よりも固く鎌足かまたりの行く手を拒み、逃げ道を塞いでいた。


「⋯⋯そうだ、鬼切丸おにきりまるっ、⋯⋯く、鎖⋯⋯、鎖鎌くさりがまっ!」


 鎌足かまたりは腰や太腿を手探りする。

 いつもはすぐに指先に触れるはずの黒鉄くろがねの相棒たち。

 しかし今、何故なぜかその指先には頼りになる相棒の感触は何一つ感じられない。

 その代わりに触れるのは、肌の温もりとはまるで違う、ぬるりとした生温い感触。

 そして押し寄せてくる鋭い痛み。


「⋯⋯痛ッ!?」


 鎌足かまたりは忍装束から慌てて指を引き抜いた。

 その指先には、べっとりと血が付いていた。


「⋯⋯あ、⋯⋯わ、私、凄い怪我をしてる⋯⋯?」


 鎌足かまたりは急いで全身をまさぐった。

 肌を、皮膚を、恐る恐るなぞる。

 震えながら彷徨さまよう指先は、泥濘ぬかるみにはまる車輪のように、何度も何度も小さな窪みに引っかかかった。

 その度に伝わる“ぬめり”とした確かな感触が、鎌足かまたりの痛覚を刺激する。


「⋯⋯な、何で? ⋯⋯”穴ぼこ“、だらけだ!?」


 鎌足かまたりの全身は至る所がえぐられ、血だらけだった。


 手足、背中、腹部、胸部。

 四肢に感じ始める、気泡きほうのような凹凸の異様な感覚。

 激痛が走り、焦燥感で目がくらむ。


 周りには誰も居ない。

 誰も助けてはくれない。

 そんな孤独も、恐怖に拍車を掛けていた。

 鎌足かまたりの心を再び今、絶望の二文字が襲う。


「⋯⋯あ」


 近付く足音は、既に呼吸音に変わっていた。


 鎌足かまたりの喉がきゅっと絞まり、無意識に声を上げる。


「⋯⋯だ、誰だ!? ⋯⋯く、来るな⋯⋯、来るなぁ!!」


 拒絶する鎌足かまたりの視線の奥。

 暗がりにぼんやりと浮かんでいた不気味な笑みは、ゆっくりと鎌足かまたりの前にその姿を現した。


 自身よりも小さいのではないかと思える背丈、そしてその黄色の狩衣かりぎぬ鎌足かまたりは見覚えがある。



 追跡者は、あの天舞てんまの少年。


 ⋯⋯くち少将しょうしょう麒麟きりんだった。


「⋯⋯よぉ、⋯⋯もう逃げられねえぜ」



「⋯⋯ひっ、き⋯⋯麒麟きりん!?」


 かざされ向けられた刃のきらめきに、鎌足かまたりが目を細める。

 近づいてくる麒麟きりんが手に握っているのは、白鞘しろさやの模造刀ではなく真剣。

 命じられているはずの刃の禁忌きんき

 その紙垂しでの封印は今、完全に解かれていた。


鎌足かまたりいぃぃィィ! 御前は死罪だあぁぁァァッッ!!」


 狂わしく甲高い声で叫んだ麒麟きりんが、即座に右手の真剣をしならせる。


「⋯⋯天舞(てんま)麒麟剣きりんけん! ⋯⋯柘榴ざくろぉぉおおぉぉォォ!!」


「⋯⋯う、うぁ、⋯⋯うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 麒麟きりんの手から放たれた(まばゆ)い光が、螺旋らせんを描き終わった瞬間だった。

 鎌足かまたりの顔に無数の赤い筋が走った。

 おののいていた鎌足かまたりの顔は、麒麟きりんの言葉通りにまるで柘榴ざくろのように網目状に刻まれていた。

 鎌足かまたりの若さ瑞々しさ、天真爛漫な無邪気さ。

 その全てを形取り彩っていた”肉“が、袋小路の虚空こくうに弾け飛ぶ。


「⋯⋯ッ!? うがっ、あ、あ、がが、ぁあ⋯⋯あぁ!!」


 鎌足かまたりは自身の欠片(かけら)こぼれ落ちないよう、必死だった。

 顔を押さえながら腰が砕ける。

 そのまま前のめりに崩れ落ちた。

 そして地を転がりながら半狂乱で悶絶した。


「⋯⋯だ、誰か⋯⋯助け⋯⋯て⋯⋯、誰かぁぁ⋯⋯!!」


 焼けるような痛みが顔から全身に突き抜ける。

 先程までの痛みとは比べ物にならない。

 必死に顔に押しつけた指の力すら逆効果だった。

 皮肉にも、その名の通りに皮と肉が浮く。

 鎌足かまたりの頬の肉はこの時、指と指の隙間からぼろぼろとあふれ落ちていた。


 そして同時に、


 ⋯⋯左の視界だけが、地に落ちた。



「⋯⋯だ、だれか、⋯⋯だれか、いないのかぁ⋯⋯!!」



 ⋯⋯誰でもいい。

 ⋯⋯助けてくれるなら。

 ⋯⋯この痛みを取り去ってくれるなら。



 袋小路ふくろこうじ迷小路まよいこうじ

 当てのない救いを求め、苦しみで地を這う鎌足かまたりが闇に迷いの手を差し伸べる。



 その手が誰かの足と袴に触れた。



「⋯⋯ッあ!!」

 

 鎌足かまたりは無意識にその足にすがり付いていた。

 必死に袴の裾を握りしめる。

 そして残された右の目で、足の主を仰ぎ見た。


「⋯⋯ど、何処どこの誰かは、⋯⋯存じませんが、⋯⋯ど、どうか、⋯⋯お願い、た、助けて、⋯⋯た、たす」


 顔を上げる鎌足かまたり

 ゆっくりと視界に入ってきたその足の主。

 麒麟きりんに引き続き、その顔にも鎌足かまたりは見覚えがあった。


「⋯⋯あ、⋯⋯あお、と、しろ⋯⋯?」


 真っ先に目に飛び込んできたのは、その人物の両手に握る刀とさや

 ほとばし蒼白そうはくほむら


 其処そこには、決して忘れもしない、あの妖艶で冷静で、そして強気な微笑みが在った。


 わらをもすがる想いで鎌足かまたりが掴んだ足。



 それは妖刀ようとう村雨むらさめを両脇にだらりと構えた公家。


 ⋯⋯不知火中将しらぬいちゅうじょう綾麿あやまろだった。



「⋯⋯あや⋯⋯まろ⋯⋯? な、何で?」


 右目を丸くして呆けている鎌足かまたり嘲笑あざわらうように、綾麿あやまろすがる腕までもひたすらに冷たく見下ろしている。


「⋯⋯ふふふ、江戸者め、負け犬め、邪魔だ。京都、内裏だいりにとって無用な伊賀の忍は、今すぐ此処ここで、死ね」


「⋯⋯い、嫌だ、やめろ⋯⋯やめてくれぇぇ⋯⋯」


「⋯⋯ふふふふ、⋯⋯ふははははははははははは」



 綾麿あやまろの高笑いが鎌足かまたりの声を打ち消す。

 綾麿あやまろの両掌が返る。

 この瞬間、村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばが、鎌足かまたりに向けて殺意の牙をいていた。


「⋯⋯うわああああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!?」


 まばゆ蒼白そうはくの閃光。

 幻想的に尾を引く、刃の波動。

 それが鎌足かまたりがこの世で最後に見た景色となった。

 それは村雨むらさめに斬られた者だけが見ることができる、戦慄の情景。

 斬撃(それ)は狂わしいほどに美しかった。


 左半身は灼熱の炎。

 右半身は極寒の氷。

 左右をあおと白の二色に包まれた鎌足かまたりの身体が、熱気と冷気に燃やされ凍らせていく。


「⋯⋯ッが、あがああ⋯⋯あああ、ががあああッ!!」


 その痛みは麒麟きりん天舞てんまを上回っていた。

 熱さと寒さ、二重の苦悶。

 鎌足かまたりが見つめた自身の左腕はあおく焼け焦げ、既にすみの棒切れに変わり果てようとしていた。

 村雨むらさめの猛る炎の熱によって、鎌足かまたりの左半身の全ての皮膚や臓腑ぞうふは溶解している。

 頭蓋骨や胸骨きょうこつが剥き出しになっていく。


 凍らされた右半身もまた同様だった。

 氷細工の人形のように一度凍りつき固まった後、右側頭部から徐々にひび割れを生じる。

 そして忍装束も右腕も残りの臓腑(ぞうふ)も、何もかもが粉々に砕け散っていった。



「⋯⋯あああぁぁ、⋯⋯からだが⋯⋯きえていく⋯⋯、これが、⋯⋯しぬ、⋯⋯ということ⋯⋯?」⋯⋯⋯⋯



 ⋯⋯萎縮した脳が最後に疑問符を呟いた瞬間。



 鎌足かまたりの意識は、ふっ⋯⋯と途切れた⋯⋯━━━━。






















 ━━━━⋯⋯「⋯⋯あ、あれ? 此処(ここ)はどこ?」


 意識を取り戻した鎌足かまたりは、先程の袋小路ふくろこうじとは違う場所に横たわっていた。

 まだ意識は混濁こんだくしている。

 鎌足かまたりは頭を軽く左右に振りながら、左右をぼんやりと見渡した。


 明らかにおかしい。

 確かに麒麟きりん天舞てんま村雨むらさめの刃を浴びた。

 それなのにまだ息がある。

 息を吹き返した、と言った方が正しいのか。

 身体の痛みも消えている。


 鎌足かまたりは左の眼や頬に触れてみた。

 落ちた左の視界だけでなく、最期に狭まって消えた右の視界までが、その視力ちからを取り戻している。

 両目だけではない。

 あれだけ穴だらけ血だらけ傷だらけ、“だらけ”尽くしだった身体も、今は五体満足。

 何の違和感も無く動かせることができるようだった。


「⋯⋯あれれ? 確かに私は、“死んだ”はず⋯⋯?」


 鎌足かまたりは左の腕を少し持ち上げ、掌の指を広げて動かしてみる。

 問題なく動かせる。

 念のため足の指に”動け“と命じてみる。

 手の指ほどにはっきりとは分からないが、足の指先がもごもごと動く感覚は伝わってきた。


「⋯⋯何だ、あぁ、良かった。⋯⋯さっきのは夢だったんだ。⋯⋯本当に、本当に良かったぁ」


 鎌足かまたりはほっと胸を撫で下ろした。


「⋯⋯でも。⋯⋯此処ここ何処どこなんだ? 京の御所や、宿ではないみたいだけど」


 せいを実感できたとは言え、疑念は尽きない。

 今居る場所も分からない。

 視界の先には、ただ闇が広がっていた。



 ⋯⋯深い。



 感覚で闇の深さを知る。


 それでもとりあえずは”命が有ること“に、鎌足かまたりは安堵していた。

 上げていた腕や手を、そっと下ろす。


 その時。


 鎌足かまたりの手の甲に、痛みではない“ある感覚”が走った。


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯つ、つめたい」


 それは決して陽の当たらない洞窟の壁に触れたような、寒々しいひんやりとした感覚。

 横になったまま鎌足かまたりは首を傾げ、今度は視線を身体に向けた。


「⋯⋯え!? な、何これ」


 鎌足かまたりは冷えきった石造いしづくりの台の上に居た。


 横になっているために俯瞰ふかんしたわけではない。

 しかしそれでも分かる程に、この石造いしづくりの台は相当の古さだった。

 見るからによどみ汚れている。

 鎌足かまたり以外でも誰か横になっていた者が多数居たのか。

 目に見える範囲内でも、所々に血のような影のような赤黒い濃い染みが幾つも見えた。


 鎌足かまたり自身も実は相当の長いときを、石台ここで過ごしていたのかもしれない。

 後頭部や背中、臀部でんぶももかかとなど、石台と接している身体の後ろ半分だけがほんのりと暖まっていた。


「⋯⋯え? な、何だ、此処ここは⋯⋯?」


 鎌足かまたりはもう一つ、ある異変ことに気が付いた。

 先程まで動かすことができていた左腕。

 それが今は全く動かない。

 左腕だけではない。

 金縛りにあったように、四肢ししがいつの間にか何一つ動かせなくなっていたのだ。


「⋯⋯あ、あれ? 身体が、⋯⋯動かないッ!?」


 その時。

 鎌足かまたりは自身の周りに人の気配を感じた。

 一人、二人ではない。

 三人、四人、いや、もっと多くの気配だった。


 ⋯⋯五。


 ⋯⋯六。


 ⋯⋯七人。



「⋯⋯はッ!?」


 右の耳に吐息を感じる。


 鎌足かまたり咄嗟とっさに右横を振り向いた。



《⋯⋯ようこそ。⋯⋯いらっしゃい》



「⋯⋯ッ!?」


 鎌足かまたりの顔の傍。

 石台の真横には一人のひざまずく美女が居た。


 鎌足かまたりはその時、悟った。

 感じた人の気配。

 それは人ではない。

 


(⋯⋯鬼だ)



 事実それをこの美女が教えてくれた。

 この女の額には、美女と呼ぶにはまるで似つかわしくない、二本のあおい角があったからだ。


 目の前に佇む美しい、女⋯⋯蒼鬼おに

 その口元が妖しく微笑んだ。



《⋯⋯こんばんは。⋯⋯かま⋯⋯何とかちゃん?》



「⋯⋯お、御前は⋯⋯、蒼妖鬼そうようきッ!?」



 鎌足かまたりが驚きで目を見開く。

 蒼妖鬼そうようきだけではなかった。

 感じた七つの人の気配は、七つの鬼の姿形となって確かに其処そこに在った。


 蒼鬼あおおに蒼妖鬼そうようき蒼鋼鬼そうこうき蒼刃鬼そうじんき

 紅鬼あかおに紅斬鬼こうざんき紅閃鬼こうせんき紅鋏鬼こうきょうき紅影鬼こうえいき


 石台に横たわる鎌足かまたりをぐるりと取り囲むように、蒼鬼紅鬼おにの七鬼の修羅しゅらたちが一堂に集結していた。


「⋯⋯ひっ! ⋯⋯な、何で蒼妖鬼おまえが居るんだ!? しかもたおした奴等やつらまで⋯⋯!?」


 鎌足かまたりの安堵は一瞬にして消し飛んでいた。

 しかも金縛りで動かせないと思っていた、左右の腕、左右の脚。

 闇が薄まったことで明らかになったその鎌足かまたり四肢ししには、右脚に蒼刃鬼そうじんき、左脚に紅閃鬼こうせんき、右腕に紅影鬼こうえいき、左腕に紅斬鬼こうざんきの掌が乗っていた。

 鎌足かまたりは四鬼の修羅しゅらたちによって今、石台の上に完全に押さえつけられていたのだ。


「⋯⋯な、な、な、何するんだ!? ⋯⋯は、離せッ!!」


 鎌足かまたりの本能が必死にあらがう。

 我儘わがままを通す子供のように、じたばたと手足を激しく動かそうとする。

 しかし身体と石の台は、まるで根か何かで結合しているかのように、鎌足かまたりの手足はぴくりとも動かない。


 そんな鎌足かまたり無様ぶざま嘲笑あざわらい、蒼鬼紅鬼おにたちの口元が“にたり”と歪む。


 この時。

 あれだけ鎌足かまたりの周りの深く包んでいた闇は、霧が晴れるように消え失せていた。

 四肢を掴む蒼鬼紅鬼おにたちの背後に映る景色は、京都でも内裏だいりでも宿でも、ましてや日本ひのもとでもなかった。


 三途の川、針の山、火の山、血の池地獄、そして刀葉林とうようりん⋯⋯。


 昔話や伝承で聞いたことのある、あの恐ろしい情景が一面に広がっていた。


「⋯⋯あ、⋯⋯あ。⋯⋯此処ここは? まさか⋯⋯」


 懸命の抵抗心は坂をゆっくりと転がるようにして、今再び絶望へと変わっていく。

 青褪あおざめた顔の鎌足かまたりを横目に、蒼妖鬼そうようきは愉しそうに笑みを浮かべていた。

 そしてほうけている鎌足かまたりの耳元にそっと顔を寄せると、冷たく妖しくささやいた。



《⋯⋯御名答。此処ここわらわたちの故郷ふるさと。⋯⋯“地獄”よ》



 その言葉が終わるや否や、だった。


 鎌足かまたりの頭上から巨大な影が忍び寄る。

 鎌足かまたりの頭部は、蒼鋼鬼そうこうきの巨大な両の掌によって、左右から挟み込むように掴まれていた。

 そしてこの狂気の束縛の最後を飾るべく、最も地獄に相応しく最も狂気的な恐怖が、鎌足かまたりを待ち受けていた。


 “あれ”の大きさや色合いを見定めるように、不気味な笑みを浮かべた紅鋏鬼こうきょうき鎌足かまたりの口内を覗き込む。


「⋯⋯ま、待てよ。⋯⋯な、何をする気だ!? ⋯⋯や、やめてくれ、待ってくれ⋯⋯、ッ、あ、がが⋯⋯」


 鎌足かまたりは突然に口に突っ込まれた巨大な“やっとこ”に、舌を掴まれていた。

 喉の扇動せんどうしか伝わらない抵抗の言葉。

 それはもはや単なるうめき声としか聞こえない。


 そんな声にならない鎌足かまたりの必死の叫びをも、蒼妖鬼そうようきは再び嘲笑あざわらった。


《⋯⋯うふふ。良い眺めね。そして心地良く、そして惨めなおとだこと。⋯⋯ねえ? 知ってる? ⋯⋯鬼を滅した罪はね、地獄では人間界の牛裂き以上の刑が課せられるの。牛に裂かせるなんて生温なまぬるくてよ》


「⋯⋯あ⋯⋯が⋯⋯、ん⋯⋯ん⋯⋯が⋯⋯あ」


《⋯⋯地獄の掟に乗っ取ってぇ、宣言しちゃうわね。今から貴女を“鬼裂き”の刑に処す。⋯⋯千切ってはまた元に戻し、千切ってはまた元に戻し⋯⋯。これを何百万年と続けるのよ? ⋯⋯鎌⋯⋯何とかちゃん?》


「⋯⋯ががが、ががが、ががあっ⋯⋯がががぁあぁ!」

 

 鎌足かまたりは最後の抵抗とばかりに、押さえられた手足を必死にばたつかせた。

 しかし蒼鬼紅鬼おにたちの掌の圧は凄まじかった。

 鎌足かまたりの抵抗などものともしない。

 手足はやはり一厘いちりんたりとも動かなかった。


 蒼鬼紅鬼おにたちのあざけり声と、快楽と邪悪に満ちた笑い声だけが、汗だくになりながら抵抗する鎌足かまたりの耳に響く。

 その響きが鎌足かまたりに如実に教えてくれた。



 ⋯⋯諦めろ、逆っても無駄だ、と。



《⋯⋯じゃあそろそろ、何百万分の一、いこうかしら》


(⋯⋯い、いやだ、おいっ、やめろ、やめろったら!!)


 そんな鎌足かまたりに残された最後の抵抗である心の声すらももてあそぶように、蒼妖鬼そうようきはすぐ隣、最前列で狂わしい笑みを浮かべ続けていた。

 

《⋯⋯うふ。すぐにまた『いらっしゃい』になるけど、とりあえずは『ばいばい』。⋯⋯鎌、何とかちゃん》


 そして鎌足かまたりの耳元。

 甘い吐息混じりで、小さく、そっと呟いた。



《⋯⋯ボンっ♪》



 その甘くよこしまな一言が処刑の合図となった。

 六鬼の蒼鬼紅鬼おにたちが、それぞれ一斉に”引く“力を強める。


(⋯⋯ややや、やめろ、やめろぉ、やめてくれぇ!!)

 

 鎌足かまたりの舌、首、四肢が、常人ではあり得ない程にまで伸長していく。



 滅死滅死めしめしと⋯⋯。

 身死身死みしみしと⋯⋯。




 ⋯⋯そして、鎌足かまたりは、ぜた。




「あがががががががががぁぁぁぁぁァァァァ⋯⋯」⋯⋯━━━━━。



























 ━━━━⋯⋯りさん⋯⋯たりさん⋯⋯またりさん?)


「⋯⋯ぅぅうう、ち、ちぎれるぅぅ⋯⋯」


「⋯⋯鎌足かまたりさんッ?」


「⋯⋯ぅうう、うう、やめろ、やめてくれぇ⋯⋯」


鎌足かまたりさん!? 大丈夫ですか!?」


「⋯⋯⋯うぅ、あぁあ、ああ、やめ、あああああっ!」


「⋯⋯ッ、鎌足かまたりさんっ! 鎌足かまたりさんっ!」


「⋯⋯ぅっ、うああああああ!! ⋯⋯やめろおぉッ!!」


「きゃっ」


 助けを求めて伸ばした手に、何かが当たる感触。



「⋯⋯はっ⋯⋯」



 ⋯⋯今度こそ本当に、鎌足かまたりは目を覚ました━━━━。



第83話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第84話「鎌足と美桜 〜後編〜」は、早ければ明日7月26日、遅くとも27日には投稿する予定です。次回もどうぞよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓フォロワー様に創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

どちらもお気に入りです!ありがとうございます!

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