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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第79話  鎖刃 対 天舞

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。しかし裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの京都御所襲撃を何とか退けたのだが⋯⋯。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう白鞘しろさやの模造刀を手にする少年公家。天舞てんまと呼ばれる剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。性格は執念深く自己中心的。人によって態度ががらりと変わる。些細な出来事から生じていた鎌足かまたりとの確執により、緊急会合の場で鎌足かまたりを断罪するのだが⋯⋯。


 ━━━━緊急の会合の場、紫宸殿ししんでん内は今、もぬけの殻と化していた。

 無数の座布団と、脱ぎ捨てられた白の装束。

 それだけがつい先程まで人が居た痕跡を残していた。


 昨日の鬼たちによって破壊され、建屋の影が大きく削られた内裏だいりは、いつもより刻の流れが早く感じられる。

 この厳かな会合の場に人の姿が消えてから、もう間もなく四半刻しはんときが経とうとしていた。



 ⋯⋯夕立ゆうだち三日みっか

 一度降った夕立はその後、三日程は続けて降ることを表したことわざである。


 鎌足かまたり麒麟きりんの因果は、まさにこの”夕立ゆうだち“だった。

 三日連続で互いに刀を手に、自身の命と罪の有無を賭けて向かい合う。


 奇しくも今、晴れ渡っていた空までがそんなことわざの通りになっていた。

 空の色は青から灰へ。

 二人の因縁の戦いの結末を見届けるため、昨夜この場に訪れていた雨雲の群れが再び、この内裏だいりの空に集まり始めていたのだ。


 そんな空の下、戦いの舞台は既に整っていた。


 左大臣や右大臣をはじめ、公家の高官たちや大将の兼季かねすえが、今や遅しと鎌足かまたり麒麟きりんを待ち受けている。

 高官たちが座している椅子の背後にも、白塗しろぬり顔の公家たちがずらりと立ち並ぶ。

 見届け人でもある彼等が観覧の場として選んだのは、戦いの指定場である御所正面庭園を一望できる、広い“能舞台”だった。

 普段から内裏だいりにおける催し物の舞台としても使われているこの場は、昨晩の鬼の襲撃や爆発による破壊や倒壊を、幸運にも免れていた。

 

 本来は演者や役者が上がるはずの能舞台。

 しかし今日だけはいつもとは真逆に、観衆側の人間で舞台上は埋め尽くされている。

 しかも本日の演目たたかいの観衆は、会合に列席していた公家たちだけではない。

 能舞台以外、庭園の端々にも人集りがあった。

 それは鎌足かまたり麒麟きりんの決闘の噂を何処どこからともなく聞きつけた、大勢の野次馬たち。

 宮中で働く下級官吏や女官たちだった。


 る者はひたすらに緊張の面持ちで、る者は祈るような姿で、またる者は落ち着きなく肩や脚を震わせながら、口々に勝負の行方について力説し、そして隣同士でも熱く語り合っていた。


(⋯⋯聞きはったか、勝ったほうが無罪、負けたほうが有罪になるんやて。これは言わば京都と江戸との代理対決や。しかもどちらも警備の番頭ばんがしら。絶対に負けられん。一体どっちが勝つんやろなあ)

(そりゃあ誰が何と言おうが、少将しょうしょう様が勝つやろ。この御所で少将しょうしょう様のあの不思議な技に勝てるのは、中将ちゅうじゅう綾麿あやまろ様ぐらいしか居らん)

(何を言わはる。いやいや、江戸の鎌足かまたりさんも負けられへんよ。負けたら死罪や。死に物狂いで挑むんは間違いない。いくら強い少将しょうしょう様とて油断大敵、あなどれへんよ)

(⋯⋯私はね、あの鼻高々で怖ろしい少将しょうしょう殿より、鎌足かまたりさんにどうにかして勝ってほしいわぁ。⋯⋯あの方が居たからこそ昨日は鬼を退治できた。あの方のお陰で御所の今日いまがあるんよ)


 身分も立場も年齢も、ましてや男も女も無い。

 この場に集まり居並ぶ誰もが、鎌足かまたり麒麟きりんの勝負の結末を見届けようと、未だ役者の居ない無人の戦いの場へと、早くも真剣な熱い眼差しを送っている。

 


 ⋯⋯鎌足かまたり麒麟きりんとの勝負は今や、鎌足かまたりが想像していた以上に大事おおごとになっていた。



 戦いの審判でもある綾麿あやまろは、そんな彼等の中心に座す左大臣のすぐ前に、悠然と立っている。

 左手には村雨むらさめ

 そして右手で扇子をあおぐ。


 この綾麿あやまろの位置取りには、審判としての立場以外にも、実は大きな意味があった。

 くうを斬り裂く、麒麟きりん天舞てんまの技。

 その斬撃は時折、麒麟きりんの感情や動き次第で、所狭しと無差別に飛翔する。

 その脅威と危険を誰よりも知るからこそ、戦う二人と観衆との間に自身が入る。

 そして飛び火的な観衆の犠牲者を防ぐ。

 

 そんな綾麿あやまろなりの配慮が隠されていた。



 その綾麿あやまろの傍へ。

 まずは麒麟きりんが控の間から現れた。


 麒麟きりんは戦闘準備万端だった。

 着ていた束帯そくたい、そのかんむりを外し、足元後ろに伸びていた長い下襲したがさねきょも取り払っている。

 たすき掛けで袖もまくり上げ、戦いに邪魔な何もかもを脱ぎ払った動きやすい軽装な出で立ちは、まさに天を舞う技の使い手に相応しい風格と自信に満ちていた。


「⋯⋯あ、中将ちゅうじょう様だ」


 あどけない笑みを浮かべながら、麒麟きりんが能舞台上の綾麿あやまろへと近づいていく。


 麒麟きりんはとにかく上機嫌だった。

 満面の笑顔で綾麿あやまろに話かけた。


中将ちゅうじょう様、申し訳ありません。どうやって無礼千万しんしんきえい卑怯者じつりょくしゃ馬鹿かまたりさんを退けようか、あれこれと思案していたら、遅くなってしまいました。⋯⋯あはは」


「⋯⋯⋯⋯」 


「⋯⋯わぁ。結構人が集まりましたねぇ。これは真剣の振り甲斐があるなぁ。天舞てんまの技を披露するにはこれ以上無い最高の見せ場だぁ」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯で、あれ? ⋯⋯真剣は何処どこに? ⋯⋯あ、今日はまさかその村雨むらさめを貸して頂けるんですかぁ?」 


「⋯⋯真剣? ⋯⋯誰が真剣と言った? 真剣の許可は昨日の夜の半刻はんときしか、麿まろは出してはおらぬ」


 扇子をあおぎながら、真顔で綾麿あやまろが呟いた。


「⋯⋯は? ⋯⋯。⋯⋯え? ⋯⋯なら、まさか⋯⋯」


「⋯⋯誰か! 少将しょうしょう白鞘しろさやを持たせよ!」


「⋯⋯白鞘しろさやぁ! また⋯⋯? ⋯⋯え、じゃ、じゃあ、向こうも白鞘しろさや!?」


「⋯⋯いな。⋯⋯真剣だ」


「⋯⋯はぁ!? ⋯⋯向こうは真剣なのに!? 私だけ白鞘しろさや!? ⋯⋯何で!?」


鎌足かまたりは昨日の鬼との戦いで相当に傷ついている。⋯⋯それくらいの有利は許してやれ」


「⋯⋯はぁ!? ちょ、ちょっと!? そんなの納得いくわけがないじゃないですか!? 私のこの左頬も見てくださいよ!? ⋯⋯ほら、ほらっ、触るとなかが動くんですよ!?」


「⋯⋯さえずるな、麒麟きりん。それに御主の天衣無縫流てんいむほうりゅうにとって、手傷を負う鎌足ものがどのような武器えものを手にしていようが、さほど重要な問題ではないはずだ。⋯⋯鎌足かまたりは知らないのだろう? その気になれば手刀しゅとうでも人を斬れる、御主の本気を、⋯⋯な」


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯まあ、⋯⋯それもそうですね」


 まだ納得はいっていなかった。

 それでも麒麟きりんは渋々引き下がると、再び得意気に笑みを浮かべた。

 そして周りをきょろきょろと見渡した。


「⋯⋯あれ? それよりも、まだ馬鹿女かまたりさんが来ていないじゃないですか。⋯⋯っ、まさか! 大口を叩いてみたものの、怖くなって逃げ出したんじゃ?」


「⋯⋯案ずる必要は無い、見ろ」


「⋯⋯?」


 綾麿あやまろ麒麟きりんに目配せする。

 その視線の先。

 麒麟きりんとは別の控の間の方角から、庭園内をゆっくりと此方こちらに向けて歩いてくる一人の影が見えた。



 ⋯⋯鎌足かまたりだった。



「おおおっ、⋯⋯やっと来ましたね、愉しみだなぁ。⋯⋯お互いの鍛えた技を競合うの!⋯⋯」⋯⋯


 鎌足かまたりを向かい撃つべく、麒麟きりん白鞘しろさやを肩にすると、能舞台の欄干らんかんを飛び越え、颯爽さっそうと庭園に降り立った。

 観衆からは見えないその表情や笑顔には、よどみによどんだ邪気が既に顔を覗かせていた。


⋯⋯(⋯⋯そして、⋯⋯斬り刻めるの!!)



 対する鎌足かまたりに笑みなどは見られない。

 ただ目の前に立つ怨敵おんてき麒麟きりんだけを見つめた凛とした表情で、一歩一歩を固く踏みしめながら歩いていた。

 腰の左の鎌袋には鎌を納め、伸びた鎖は左脚と腰に巻きつけ、その腰後ろには鬼切丸を差している。

 いつもと変わらない忍装束と装備で、この重要な戦いに臨んでいた。


 忍装束から覗く鎌足かまたりの傷の生々しさは、麒麟きりんの左目の傷の見た目を遥かに上回っていた。

 昨晩受けた肩や胸の傷は何とか隠せているものの、隠しきれない太腿の傷や、忍装束の随所に空いた無数の穴が痛々しい。


 鎌足かまたりは歩を進めながら、頭上から聞こえる”とある音“に気付き、天を見上げた。


「⋯⋯あ、あれは」


 鎌足かまたりが少しだけ微笑んだ。

 鎌足かまたりは見上げた空の景色に、げん担ぎ的な良い兆候を見出していた。

 曇り空の上、遥か彼方上空で”その音“は鳴っていた。

 雷鳴のとどろきが見えたのだ。


「⋯⋯雲間の稲光いなびかり。そのうち⋯⋯雨、降るかもな。⋯⋯よしっ、⋯⋯悪天候の日の戦いには、悪い思い出は無い。初めて伊賀屋敷で戦った時も、京都に旅立つ前に、初めての蒼鬼おにと戦った時も」



 決戦の場へ。

 鎌足かまたりが足を止める。


 麒麟きりんの前に着いた鎌足かまたりに、血気盛んな麒麟きりんの挑発が早くも飛んだ。


鎌足かまたりさん、よく逃げませんでしたね! そして剣に自らの運命を委ねるとは、まさに剣士のかがみ! そのような素晴らしい方と立ち合えて、私も幸せです!」


 麒麟きりんの背後は人々が集う能舞台。

 高官たちや観衆を背負っているのを意識してか、麒麟きりんの声や物言いはどこか芝居めいていて派手で、そして白々しい。

 対して鎌足かまたりは、落ち着いた冷静な声で、熱い想いを言葉に乗せて返した。


「⋯⋯さあ。来てやったぞ、麒麟きりん。⋯⋯この戦いに必ず勝って、私が逆に御前を裁いてやるからな!!」


 この鎌足かまたりの力強い返しに、鎌足かまたりを密かに応援する野次馬たちからは感嘆のざわめきが起きた。

 そのざわめきが麒麟きりんの背中を苛々と刺激する。


「ふん⋯⋯! 減らず口を。貴女あなたなど、この白鞘しろさやの刃で十分ですよ」


 周りで散る桜の花弁はなびらが、くすぶ火種ひだねに見えてしまう程に、二人の間には既に見えない火花が散っていた。

 鎌足かまたり麒麟きりん

 能舞台から見る戦いの演目の主役である二人が、まさに一触即発いっしょくそくはつ睨み合う。



 聴衆の誰しもが固唾かたずを呑んだ。


 まさに嵐の前の静けさだった。


 刻んでいた時が止まる。


 その場に一時ひとときの静寂が訪れていた。



「⋯⋯両人とも、覚悟はよいな。⋯⋯では」



 綾麿あやまろが広げていた扇子の面をゆっくりと閉じていく。 



 それが勝負開始の合図だった。




 ━━━━ピシャリ




 扇子が完全に閉じる音が鳴り響く。




 その音と同時だった━━━━。




 真っ先に麒麟きりんが仕掛けた⋯⋯。


⋯⋯「⋯⋯早速、有罪の確定といきましょうか!!」 


 早く鎌足かまたりを斬り刻みたくて仕方がない。

 そんな狂気に満ち溢れながら、麒麟きりん白鞘しろさやの刃を抜いた。

 抜き終えたさやをかなぐり捨てる。

 そして刀を肩に構え、鎌足かまたりに向かって真っすぐに突進していく。


 またたく間に両者の間合いは縮まっていた。

 まるで地を一足飛びで移動したように、鎌足かまたり麒麟きりんの残像が迫る。

 その顔には既に、悪鬼羅刹あっきらせつにも似た尋常ではない殺意さついほとばしっていた。


「⋯⋯来い! 人の形をした人鬼ひとおにめ!!」


 昨日の麒麟きりんとの戦い。

 その経験を踏まえ、鎌足かまたり天舞てんま麒麟剣きりんけんへの打開策を自分なりに見出していた。


(⋯⋯麒麟あいつ天舞てんま刀技わざは、通常の間合いの外からでも相手を斬ることができる。⋯⋯その得意の間合いに入ったが最期、どんな強い剣客でも敗北は必至。⋯⋯ならば安全な間合いを保ったまま、外から攻めることのできる鎖鎌くさりがまが最も有効! そして狙うは、麒麟あいつが今痛めていて視界がせばまっている、視界左側からの攻撃⋯⋯!)


 鎌足かまたりは読んでいた。

 麒麟きりんの性格ならば、必ず先手を取ってくる。


(⋯⋯読み通りだ!)


 事前に外し易くしていた脚の鎖を、一気に外す。

 そして天高くへと跳び上がり、鎌足かまたりは再び十分な間合いを維持したまま、鎖を旋回させた。

 そして麒麟きりんの動きに合わせ、昨晩左頬に一撃を食らわせた時と同じように、しなやかに腕を振るう。

 狙うは麒麟きりんの左頬。

 その弱点の的に向かって、鎌足かまたりの放った鎖分銅くさりふんどうは、凄まじい速さで宙を斬った。



 その鎌足かまたりの動きに、麒麟きりんが“したり顔”を浮かべる。


「⋯⋯ふん! やっぱりな、同じ動きか。鎖の軌道はとっくに読めているんだ! 残念だが、昨日みたいな奇跡はもう起きない! その手はもう通じない!」


 麒麟きりんもまた鎌足かまたりの初手を読んでいた。

 そしてその読みも鎌足かまたり同様に当たっていた。


 鎌足かまたりの傷付いた身体では長期戦は不利。

 必ず短期勝負を挑んでくる。


(⋯⋯なら昨日と同じ手で攻める。それしかねえだろ)


 鎌足かまたりの武器は鬼切丸おにきりまるだけではない。

 鎌足かまたりの脚や腰に巻き付けている、黒光りする鎖。

 その鎖も鎌足かまたりは巧みに武器にする。

 昨日受けた左頬の怪我の苦い経験から、麒麟きりんはその事を十分に熟知していた。

 鎌足かまたりの攻撃の手を読み切っていた麒麟きりんは、怪我で限られた視界の中でも余裕だった。

 満を持した鎌足かまたりの一撃。

 それを麒麟きりんは模造の刃でも難なく弾き返していた。


「⋯⋯はははは! ⋯⋯甘い、甘いッ!」



 昨日は通用した、期待の初手。

 その一閃をいとも簡単にしのがれた鎌足かまたりが、思わず顔をしかめる。


(⋯⋯ッ! 昨日と同じ軌道の技ではやはり無理か! ⋯⋯あの酷い怪我では、左はほとんど見えない視界のはずなのに! ⋯⋯それに本当の刃ではない模造刀もぞうとうで、私の攻撃をあんな完璧に弾くなんて! ⋯⋯ッ、なら!)


 それでも鎌足かまたりの攻撃の手は緩まない。


「⋯⋯伊賀流鎖鎌術、いち鎖刃さじん天渡あまわたりッ!!」


 空中で体勢を整え、第二、第三、第四と追撃の鎖刃さじんを放っていく。

 東西南北、四方八方、十二支のあらゆる方向に鎌足かまたりの鎖は様々に角度を変える。

 そして左の側頭部を中心に、麒麟きりんへと襲いかかった。


 しかし麒麟きりんは変わらず余裕だった。

 その全ての変化の鎖を、模造の刃で二度、三度、四度と立て続けに弾き返していった。


「⋯⋯はははは! 左くらい見えなくたって、全然苦にならないんだなあ!」


(⋯⋯くッ!? こいつ、塞がれた視界で何で!? 左だけじゃない、正面や右にも影響が出て、多少は反応が遅れてもおかしくないのに!? ⋯⋯ッ!! ⋯⋯そうか! 音だ、音から動きを読んだのか!?)


「⋯⋯その顔。気付いたみたいだな。⋯⋯そうだ! 鎖や分銅ふんどうが飛来する、その音だけに意識を集中させれば、鎖の威力や角度や間合いを測るなど、何の雑作も無い! ⋯⋯はははは、俺の剣才に改めて気付いたみたいだなぁッ! でも遅い! 次はこっちから行かせてもらうぜ!!」


 最後の鎖の攻撃を弾くと同時だった。

 麒麟きりんが地を駆けた。

 着地したばかり、外した鎖を手元に引き寄せる最中の鎌足かまたりに向かって、麒麟きりんは一気に加速していく。

 そして模造の刃を振りかぶった。

 麒麟きりんの初手の一撃。

 それは意外にも天舞てんましなりではなく、袈裟けさ懸けによる斬撃だった。


(⋯⋯っ、早いッ!?)


 すんでの所で刃をかわす鎌足かまたり

 その鎌足かまたりを、麒麟きりんの第二撃の横の薙ぎ払いが追う。

 想定外の接近戦。

 しかし鎌足かまたりも負けてはないない。

 その麒麟きりんの第二撃を、鎌足かまたりは腰の鬼切丸おにきりまる咄嗟とっさに抜き、左の逆手で何とか受け止めることができていた。


(⋯⋯くそっ、自分の天舞わざの間合いじゃないと見るや、打って変わって斬撃か。音の探知と言い、何て凄まじい戦闘の才覚なんだ、⋯⋯それに昨夜は天舞てんましなりしか見れなかったけど、接近戦での麒麟こいつの技の切れや速さも、あの綾麿あやまろに匹敵するくらい凄いッ! ⋯⋯ぐ⋯⋯くッ)

 

「⋯⋯なかなかやるじゃないか! 鎌足かまたりぃぃっ! 俺の今の二撃が天舞てんまではないことをよく見抜いたなぁ! ⋯⋯ふん、だが次はそうはいかない! どう逃げようがどう転ぼうが、御前はこの模造刀もぞうとうに斬られ、削られて、此処ここ咎人とがびととして果てるんだ!」


 見るも激しい鍔迫つばぜり合いだった。

 しかしこの麒麟きりんの声も、両者の激しい息遣いも、離れた能舞台の観衆たちには何一つ聞こえない。

 二人だけの生と死を賭けた間合い。

 そんな中、麒麟きりんは憎悪と狂気の本性を改めて剥き出しにしていた。


「⋯⋯あはははは!! 鬼切丸おにきりまるとか言う半刃はんじんと、卑怯な鎖鎌。昨日、全ての技を見せ尽くしたのが運の尽きだ!」


(⋯⋯ッ、こっちだって、昨日の戦いは今日に活きてるッ! 麒麟きりんの手首の動きをみれば、天舞てんまの技かどうかは分かる。それは昨日学んだ。だがそれよりも、⋯⋯だ)


 目の前で交差している麒麟きりんの刃。

 その模造の輝きを、鎌足かまたりは改めてまじまじと見つめた。


(⋯⋯この目の前の刃⋯⋯、本当の刀の刃でないのか!? ⋯⋯ッ、どう見ても刀、刃だ。⋯⋯模造刀もぞうとうなのに、この鬼切丸おにきりまるでも斬れないなんて!? ⋯⋯う、うぅッ!?)


「⋯⋯へっ、意識が力比べから御留守になってる⋯⋯、ぜッ!!」


 鎌足かまたりが見せた動揺、氣の乱れ。

 その一瞬の隙に麒麟きりんは即座に反応した。

 圧を強めていた模造刀もぞうとうへの軸をずらし、鬼切丸おにきりまるを弾く。

 そして宙を舞うように数歩飛び退くと、同時に白鞘しろさやを持つ手首をしならせた。


 その独特な腕のしなりに、鎌足かまたりは見覚えがあった。



(⋯⋯あのしなりは! 今度は来る!、あの技が!)



 ━━━━まずは天舞てんまの刃の波動を防げ。



 鎌足かまたりの直感が本能に命じる。

 身体もまた本能に反応した。



(どこまで防げるかは分からない! ⋯⋯だが! まずはこの防御に賭けてみるしかない!)


 得意の防御の形を敷くため、鎌足かまたりの腕も独特の動きを見せる。

 鬼切丸おにきりまるを腰に差し直した鎌足かまたりは、自身の周りに鎖を激しく旋回させていた。


「⋯⋯伊賀流いがりゅう鎖鎌術くさりがまじゅつ、十一ノ鎖刃のさじん鎖防陣さぼうじん!」


 それは過去何度も敵の攻撃を防ぎ、数々の反撃の突破口ともなってきた、自身を取り巻く鎖の壁。

 しかし今回に関しては、相手の刃は“見えない”。

 果たしてどこまで天舞てんまの技に通用するのか。

 まるで未知数だった。


 鎖の旋回とぶつかる天舞てんましなり。

 無数の衝撃音だけが、その場に響いた。 



 この鍔迫り合いからの一転した目まぐるしい攻防に、公家や野次馬たち観衆からはどよめきが起きていた。


(⋯⋯おおお、見や! あの鎖の回転、速さを! まるで竜巻じゃ、あのような凄まじい回転、見たことがないでおじゃる!)

(⋯⋯な、何が起きているのや? 少将しょうしょうは手首をしならせて何を仕掛けておじゃる!?)

(⋯⋯二人の間合いはあんなに離れてはるのに! 何故なぜ刀と刀がぶつかるような音だけが響いてきはるの!?) 


 刃が見えないのだから無理もない。

 二人から離れた能舞台。

 公家たちやその周辺の野次馬たちは皆、自分たちの目の前で今、何が起こっているのか、二人がどんな戦いを繰り広げているのか、全く理解できていなかった。


 

 ⋯⋯ただ一人、綾麿あやまろを除いては。



 その時。

 鎖防陣で弾かれた閃光の一つが流れ弾となる。


 公家たちが集まる能舞台に向け、光の筋がきらめいた。


 綾麿あやまろ咄嗟とっさ束帯そくたいひるがえし、左大臣たち公家の列の前に身を躍らせる。

 そして手にしていた村雨むらさめを逆手で斬り上げ、急襲の閃光をさやで弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた閃光が、近くの桜の太枝に当たる。

 そしてその枝を真っ二つに斬り裂いていた。


(⋯⋯あひゃっ、な、な、な、何が起きたのじゃ!?)


 公家たちはその綾麿あやまろの動きの意味すら分からない。

自分たちの命が綾麿あやまろによって救われたことなど、つゆとも気付かず、誰もが口をぽかんと開けて呆けている。

 斬られた枝の桜がひらひらと舞い散る中、綾麿あやまろはそんな背後の公家たちを振り返ろうともしない。

 さやを眼前で構えたまま、戦う二人だけをじっと見つめていた。


(⋯⋯鎌足あやつの鎖の旋回の速さ。二重三重と回り巡らせ守る鎖の壁、か。今の所は麒麟きりんの攻撃の芯を外し、持ちこたえている。⋯⋯だが、その身に天舞てんまの牙が食い込むのを避けるだけでは、この勝負には勝てぬ。⋯⋯ならば、次はどう動く? 鎌足かまたり




「⋯⋯ふん!? やるじゃねえか! 鎖の防御陣とはなぁ! ⋯⋯いいだろう! そんなその場しのぎの防御なんか、簡単に消し飛ばしてくれる!」


 麒麟きりんの余裕と腕のしなりは続いていた。

 弾き飛ばされる自身の技に動揺するどころか、むしろ愉しい見世物を目にしているように、にやにやと笑みを浮かべている。


(⋯⋯よしッ! 今だ! いける!)


 麒麟きりんの表情に油断を見た鎌足かまたり

 その腕の動きが、第二段階へと移る。

 それは鎌足かまたり得意の、防御から攻撃への移行だった。


「⋯⋯鎖防陣さぼうじん⋯⋯からの! 十三ノ鎖刃さじん砂霞すなかすみッ!」


 鎌足かまたりは旋回する防御の鎖で地を撃った。

 鎖によって激しくこすられた足元の玉砂利たまじゃりが、ざわりと空へと舞い上がる。

 舞った白の砂は、鎖の旋回の中に吸い込まれ、吐き出される。

 そして鎌足かまたり麒麟きりんとの間に、白い霧のようなかすみの幻想を作っていった。


「⋯⋯っ!? 何だ、今度は目眩めくらましか!?」


 初めて見る奇怪で意表を突いた技に、麒麟きりんの手首のしなりが一瞬緩んだ。


 生じたその隙を鎌足かまたりは見逃さない。

 鎖を自身の周りに回転させたまま、鎌足かまたりは地を蹴り、空へ跳び上がった。

 そして狙っていた第三の鎖刃さじんを繰り出した。


「⋯⋯砂霞すなかすみ⋯⋯からの! 六ノ鎖刃さじん!!」


 ここで鎌足かまたりが再び攻撃に転じた。



 ⋯⋯鎖防陣さぼうじんで防御一辺倒と見せかける。

 ⋯⋯砂霞すなかすみで限られた視界を更に狭める。

 そして、⋯⋯怯んだ所を”次の鎖刃さじん“で一気に攻め抜き、勝負をつける。


 幸いにも鎌足かまたりの狙い通りに事は進んでいた。



 視界が更にせばまっている麒麟きりんの左側の空に、再び鎌足かまたり鎖分銅くさりふんどうが舞う。

 そして凄まじい勢いと鋭さで、麒麟きりんに襲いかかった。


「ふん、馬鹿め! 軌道は読んだ、と言ったはずだ!」


 この攻撃にも麒麟きりんの得意顔は揺るがない。  

 鎌足かまたりのこの狙い通りの鎖分銅くさりふんどうすら、難無くひらりとかわした⋯⋯。



 ⋯⋯はずだった。



「⋯⋯よしッ! 狙い通り! ⋯⋯もらったぞ、麒麟きりん!!」 


 攻撃をかわされたはずの鎌足かまたりの方が、的を外した悲壮に暮れることなく力強く叫んでいた。

 そして反対に鎖分銅くさりぶんどうを避けたはずの麒麟きりん

 その右の肩や手首からは、まるで刀で斬られたような鮮血の波がほとばしっていた。


「⋯⋯あぁん!?」


 戦いが始まって初めて、麒麟きりんが信じられないといった顔を見せる。

 そして怒りと戸惑いが入り混じった、狼狽ろうばいの声を初めて上げた。



 鎌足かまたりの最後の攻撃。

 麒麟きりんは余裕綽々、確かに避けたはずだった。

 観衆たち誰の目にもそう見えた。

 しかし何故なぜか見るも明らかに麒麟きりんは傷を受けている。


 理解不能な事態だった。

 再び観衆がざわついた。


 麒麟きりんの鮮血の理由。

 それを見抜いている者は、この中には綾麿あやまろだけしか居なかった。


 目を細めた綾麿あやまろの瞳に、鎖を構えた鎌足かまたりが映る。


「⋯⋯鎌鼬かまいたち。真空の刃か。この村雨むらさめ鞘刃さやばや、麒麟きりん天舞てんまと同系統の技⋯⋯。鎌足あやつも使えたのか⋯⋯」




「⋯⋯くそッ、この技!? ⋯⋯鎌鼬かまいたちだな!?」


 綾麿あやまろの呟きに、麒麟きりんの激情の声も重なっていた。



 ⋯⋯六の鎖刃、⋯⋯『鎌鼬かまいたち』。



 それが鎌足かまたりが最後に放った鎖刃さじんの正体だった。

 すぐに鎌鼬それを見抜いた麒麟きりんが、明らかに苛立ちを募らせた顔で鎌足かまたりを睨みつける。


 麒麟きりんの肩と手の傷は出血は激しいものの、それは真空の刃の鋭利さによるもので、出血に比して深さはさほど無い。

 致命傷は免れている。

 とは言え傷の深浅しんせんは除いても、一連の段階攻撃が実ったあかしでもある麒麟きりんの傷。

 その成果を凝視しながら、当の鎌足かまたり何故なぜか心の中で舌打ちをしていた。


(⋯⋯くそっ。⋯⋯誤算だ、私の想像していたよりも、余裕をもって避けられた)


 鎖分銅くさりふんどうによる奇襲。

 麒麟きりんの性格をかんがみるならば、どんなに焦りがあったとしても、鎖の技を嘲笑うようにすんでの距離で避けるはず。

 鎌足かまたりはそうにらんでいた。


 しかし麒麟きりんの動きは違った。

 鎌足かまたりの技を嘲笑あざわうどころか、そもそも相手にもしない程の絶対的な余裕を見せ、渾身の一撃をかわしていたのである。


 鎌足かまたりの頬を一筋の汗が流れた。


(⋯⋯もう少しは怯んだり、焦ると思っていた。首や顔のすんでで避けてくれたなら、波動の刃でとどめを刺せると思ったのに。⋯⋯それでなくても、あわよくば首を掻っ切れるかも、なんて少し思ってた。⋯⋯でも違った。甘かった。そもそもまるで“相手”にもされなかった。⋯⋯くそっ)


 鎌足かまたりの心に逆に怯みや焦りが滲む。

 しかしそれでも鎌足かまたりは強気な表情を崩さない。

 鎌足かまたりの生来の勝ち気さが弾ける。

 麒麟きりんを激しく睨み返し、強気な挑発の言葉を口にしていた。


「⋯⋯へんっ、そうだよ、鎌鼬かまいたちさ。⋯⋯外しちゃったら元も子もないけど、でもこれでお互いに傷だらけになったな。⋯⋯どう? 自分が削られる気分は?」


「⋯⋯ッ! な、何だとぉ、⋯⋯か、鎌足かまたりぃぃぃぃぃぃ!! ⋯⋯調子に乗って舐めやがって! 俺の大事な利き腕をよくも傷つけやがったな! ⋯⋯殺す、⋯⋯絶対に殺してやる。天舞てんま柘榴ざくろの刑。⋯⋯執行開始だ!!」



 この時、鎌足かまたりにはもう一つの秘策があった。


 防御からの三段攻撃、鎌鼬かまいたち

 それで勝負を決めきれなかった万が一の場合の、次の一手。

 そしてそれはこの勝負に勝利して”せい“を掴むため、鎌足かまたりに最後に残された一手でもあった。

 

(⋯⋯これで麒麟あいつには鎌鼬かまいたちの軌道や波動の間合いも読まれてしまったはず。⋯⋯でも、“それ”を上手く逆手さかてに取れば⋯⋯! ⋯⋯次の波状攻撃で必ず麒麟あいつに勝てる!!)



 鎌足かまたりが腰に手を回す。

 鬼切丸おにきりまるの柄を握る。

 そしてその相棒を握る左掌に密かに力を込めた。



 ⋯⋯有罪か、無罪か。



 生か、死か⋯⋯。

 



 二人の決着のときが近づいていた。


 そしてそらまでもが、この戦いの結末を急かしていた。



(⋯⋯シヌルハ、ドチラダ? イキルハ、ドチラダ?)



 そんな言葉が聞こえてきそうな程に、二人の頭上にはいつしか暗雲が立ち込め、今にも大粒の雨が降り出しそうになっていた━━━。

 



第79話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第80話は、7月15日〜16日頃に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

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