第79話 鎖刃 対 天舞
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼と紅鬼の御所侵攻を退ける。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。しかし裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。昨晩起きた蒼鬼と紅鬼の京都御所襲撃を何とか退けたのだが⋯⋯。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。白鞘の模造刀を手にする少年公家。天舞と呼ばれる剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。性格は執念深く自己中心的。人によって態度ががらりと変わる。些細な出来事から生じていた鎌足との確執により、緊急会合の場で鎌足を断罪するのだが⋯⋯。
━━━━緊急の会合の場、紫宸殿内は今、蛻の殻と化していた。
無数の座布団と、脱ぎ捨てられた白の装束。
それだけがつい先程まで人が居た痕跡を残していた。
昨日の鬼たちによって破壊され、建屋の影が大きく削られた内裏は、いつもより刻の流れが早く感じられる。
この厳かな会合の場に人の姿が消えてから、もう間もなく四半刻が経とうとしていた。
⋯⋯夕立は三日。
一度降った夕立はその後、三日程は続けて降ることを表した諺である。
鎌足と麒麟の因果は、まさにこの”夕立“だった。
三日連続で互いに刀を手に、自身の命と罪の有無を賭けて向かい合う。
奇しくも今、晴れ渡っていた空までがそんな諺の通りになっていた。
空の色は青から灰へ。
二人の因縁の戦いの結末を見届けるため、昨夜この場に訪れていた雨雲の群れが再び、この内裏の空に集まり始めていたのだ。
そんな空の下、戦いの舞台は既に整っていた。
左大臣や右大臣をはじめ、公家の高官たちや大将の兼季が、今や遅しと鎌足と麒麟を待ち受けている。
高官たちが座している椅子の背後にも、白塗り顔の公家たちがずらりと立ち並ぶ。
見届け人でもある彼等が観覧の場として選んだのは、戦いの指定場である御所正面庭園を一望できる、広い“能舞台”だった。
普段から内裏における催し物の舞台としても使われているこの場は、昨晩の鬼の襲撃や爆発による破壊や倒壊を、幸運にも免れていた。
本来は演者や役者が上がるはずの能舞台。
しかし今日だけはいつもとは真逆に、観衆側の人間で舞台上は埋め尽くされている。
しかも本日の演目の観衆は、会合に列席していた公家たちだけではない。
能舞台以外、庭園の端々にも人集りがあった。
それは鎌足と麒麟の決闘の噂を何処からともなく聞きつけた、大勢の野次馬たち。
宮中で働く下級官吏や女官たちだった。
或る者はひたすらに緊張の面持ちで、或る者は祈るような姿で、また或る者は落ち着きなく肩や脚を震わせながら、口々に勝負の行方について力説し、そして隣同士でも熱く語り合っていた。
(⋯⋯聞きはったか、勝ったほうが無罪、負けたほうが有罪になるんやて。これは言わば京都と江戸との代理対決や。しかもどちらも警備の番頭。絶対に負けられん。一体どっちが勝つんやろなあ)
(そりゃあ誰が何と言おうが、少将様が勝つやろ。この御所で少将様のあの不思議な技に勝てるのは、中将の綾麿様ぐらいしか居らん)
(何を言わはる。いやいや、江戸の鎌足さんも負けられへんよ。負けたら死罪や。死に物狂いで挑むんは間違いない。いくら強い少将様とて油断大敵、侮れへんよ)
(⋯⋯私はね、あの鼻高々で怖ろしい少将殿より、鎌足さんにどうにかして勝ってほしいわぁ。⋯⋯あの方が居たからこそ昨日は鬼を退治できた。あの方のお陰で御所の今日があるんよ)
身分も立場も年齢も、ましてや男も女も無い。
この場に集まり居並ぶ誰もが、鎌足と麒麟の勝負の結末を見届けようと、未だ役者の居ない無人の戦いの場へと、早くも真剣な熱い眼差しを送っている。
⋯⋯鎌足と麒麟との勝負は今や、鎌足が想像していた以上に大事になっていた。
戦いの審判でもある綾麿は、そんな彼等の中心に座す左大臣のすぐ前に、悠然と立っている。
左手には村雨。
そして右手で扇子を扇ぐ。
この綾麿の位置取りには、審判としての立場以外にも、実は大きな意味があった。
空を斬り裂く、麒麟の天舞の技。
その斬撃は時折、麒麟の感情や動き次第で、所狭しと無差別に飛翔する。
その脅威と危険を誰よりも知るからこそ、戦う二人と観衆との間に自身が入る。
そして飛び火的な観衆の犠牲者を防ぐ。
そんな綾麿なりの配慮が隠されていた。
その綾麿の傍へ。
まずは麒麟が控の間から現れた。
麒麟は戦闘準備万端だった。
着ていた束帯、その冠を外し、足元後ろに伸びていた長い下襲の裾も取り払っている。
襷掛けで袖もまくり上げ、戦いに邪魔な何もかもを脱ぎ払った動きやすい軽装な出で立ちは、まさに天を舞う技の使い手に相応しい風格と自信に満ちていた。
「⋯⋯あ、中将様だ」
あどけない笑みを浮かべながら、麒麟が能舞台上の綾麿へと近づいていく。
麒麟はとにかく上機嫌だった。
満面の笑顔で綾麿に話かけた。
「中将様、申し訳ありません。どうやって無礼千万の卑怯者、馬鹿さんを退けようか、あれこれと思案していたら、遅くなってしまいました。⋯⋯あはは」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯わぁ。結構人が集まりましたねぇ。これは真剣の振り甲斐があるなぁ。天舞の技を披露するにはこれ以上無い最高の見せ場だぁ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯で、あれ? ⋯⋯真剣は何処に? ⋯⋯あ、今日はまさかその村雨を貸して頂けるんですかぁ?」
「⋯⋯真剣? ⋯⋯誰が真剣と言った? 真剣の許可は昨日の夜の半刻しか、麿は出してはおらぬ」
扇子を扇ぎながら、真顔で綾麿が呟いた。
「⋯⋯は? ⋯⋯。⋯⋯え? ⋯⋯なら、まさか⋯⋯」
「⋯⋯誰か! 少将に白鞘を持たせよ!」
「⋯⋯白鞘ぁ! また⋯⋯? ⋯⋯え、じゃ、じゃあ、向こうも白鞘!?」
「⋯⋯否。⋯⋯真剣だ」
「⋯⋯はぁ!? ⋯⋯向こうは真剣なのに!? 私だけ白鞘!? ⋯⋯何で!?」
「鎌足は昨日の鬼との戦いで相当に傷ついている。⋯⋯それくらいの有利は許してやれ」
「⋯⋯はぁ!? ちょ、ちょっと!? そんなの納得いくわけがないじゃないですか!? 私のこの左頬も見てくださいよ!? ⋯⋯ほら、ほらっ、触ると骨が動くんですよ!?」
「⋯⋯囀るな、麒麟。それに御主の天衣無縫流にとって、手傷を負う鎌足がどのような武器を手にしていようが、さほど重要な問題ではないはずだ。⋯⋯鎌足は知らないのだろう? その気になれば手刀でも人を斬れる、御主の本気を、⋯⋯な」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯まあ、⋯⋯それもそうですね」
まだ納得はいっていなかった。
それでも麒麟は渋々引き下がると、再び得意気に笑みを浮かべた。
そして周りをきょろきょろと見渡した。
「⋯⋯あれ? それよりも、まだ馬鹿女さんが来ていないじゃないですか。⋯⋯っ、まさか! 大口を叩いてみたものの、怖くなって逃げ出したんじゃ?」
「⋯⋯案ずる必要は無い、見ろ」
「⋯⋯?」
綾麿が麒麟に目配せする。
その視線の先。
麒麟とは別の控の間の方角から、庭園内をゆっくりと此方に向けて歩いてくる一人の影が見えた。
⋯⋯鎌足だった。
「おおおっ、⋯⋯やっと来ましたね、愉しみだなぁ。⋯⋯お互いの鍛えた技を競合うの!⋯⋯」⋯⋯
鎌足を向かい撃つべく、麒麟白鞘を肩にすると、能舞台の欄干を飛び越え、颯爽と庭園に降り立った。
観衆からは見えないその表情や笑顔には、淀みに淀んだ邪気が既に顔を覗かせていた。
⋯⋯(⋯⋯そして、⋯⋯斬り刻めるの!!)
対する鎌足に笑みなどは見られない。
ただ目の前に立つ怨敵、麒麟だけを見つめた凛とした表情で、一歩一歩を固く踏みしめながら歩いていた。
腰の左の鎌袋には鎌を納め、伸びた鎖は左脚と腰に巻きつけ、その腰後ろには鬼切丸を差している。
いつもと変わらない忍装束と装備で、この重要な戦いに臨んでいた。
忍装束から覗く鎌足の傷の生々しさは、麒麟の左目の傷の見た目を遥かに上回っていた。
昨晩受けた肩や胸の傷は何とか隠せているものの、隠しきれない太腿の傷や、忍装束の随所に空いた無数の穴が痛々しい。
鎌足は歩を進めながら、頭上から聞こえる”とある音“に気付き、天を見上げた。
「⋯⋯あ、あれは」
鎌足が少しだけ微笑んだ。
鎌足は見上げた空の景色に、験担ぎ的な良い兆候を見出していた。
曇り空の上、遥か彼方上空で”その音“は鳴っていた。
雷鳴の轟きが見えたのだ。
「⋯⋯雲間の稲光。そのうち⋯⋯雨、降るかもな。⋯⋯よしっ、⋯⋯悪天候の日の戦いには、悪い思い出は無い。初めて伊賀屋敷で戦った時も、京都に旅立つ前に、初めての蒼鬼と戦った時も」
決戦の場へ。
鎌足が足を止める。
麒麟の前に着いた鎌足に、血気盛んな麒麟の挑発が早くも飛んだ。
「鎌足さん、よく逃げませんでしたね! そして剣に自らの運命を委ねるとは、まさに剣士の鑑! そのような素晴らしい方と立ち合えて、私も幸せです!」
麒麟の背後は人々が集う能舞台。
高官たちや観衆を背負っているのを意識してか、麒麟の声や物言いはどこか芝居めいていて派手で、そして白々しい。
対して鎌足は、落ち着いた冷静な声で、熱い想いを言葉に乗せて返した。
「⋯⋯さあ。来てやったぞ、麒麟。⋯⋯この戦いに必ず勝って、私が逆に御前を裁いてやるからな!!」
この鎌足の力強い返しに、鎌足を密かに応援する野次馬たちからは感嘆のざわめきが起きた。
そのざわめきが麒麟の背中を苛々と刺激する。
「ふん⋯⋯! 減らず口を。貴女など、この白鞘の刃で十分ですよ」
周りで散る桜の花弁が、燻る火種に見えてしまう程に、二人の間には既に見えない火花が散っていた。
鎌足と麒麟。
能舞台から見る戦いの演目の主役である二人が、まさに一触即発睨み合う。
聴衆の誰しもが固唾を呑んだ。
まさに嵐の前の静けさだった。
刻んでいた時が止まる。
その場に一時の静寂が訪れていた。
「⋯⋯両人とも、覚悟はよいな。⋯⋯では」
綾麿が広げていた扇子の面をゆっくりと閉じていく。
それが勝負開始の合図だった。
━━━━ピシャリ
扇子が完全に閉じる音が鳴り響く。
その音と同時だった━━━━。
真っ先に麒麟が仕掛けた⋯⋯。
⋯⋯「⋯⋯早速、有罪の確定といきましょうか!!」
早く鎌足を斬り刻みたくて仕方がない。
そんな狂気に満ち溢れながら、麒麟が白鞘の刃を抜いた。
抜き終えた鞘をかなぐり捨てる。
そして刀を肩に構え、鎌足に向かって真っすぐに突進していく。
瞬く間に両者の間合いは縮まっていた。
まるで地を一足飛びで移動したように、鎌足に麒麟の残像が迫る。
その顔には既に、悪鬼羅刹にも似た尋常ではない殺意が迸っていた。
「⋯⋯来い! 人の形をした人鬼め!!」
昨日の麒麟との戦い。
その経験を踏まえ、鎌足は天舞麒麟剣への打開策を自分なりに見出していた。
(⋯⋯麒麟の天舞の刀技は、通常の間合いの外からでも相手を斬ることができる。⋯⋯その得意の間合いに入ったが最期、どんな強い剣客でも敗北は必至。⋯⋯ならば安全な間合いを保ったまま、外から攻めることのできる鎖鎌が最も有効! そして狙うは、麒麟が今痛めていて視界が狭まっている、視界左側からの攻撃⋯⋯!)
鎌足は読んでいた。
麒麟の性格ならば、必ず先手を取ってくる。
(⋯⋯読み通りだ!)
事前に外し易くしていた脚の鎖を、一気に外す。
そして天高くへと跳び上がり、鎌足は再び十分な間合いを維持したまま、鎖を旋回させた。
そして麒麟の動きに合わせ、昨晩左頬に一撃を食らわせた時と同じように、靭やかに腕を振るう。
狙うは麒麟の左頬。
その弱点の的に向かって、鎌足の放った鎖分銅は、凄まじい速さで宙を斬った。
その鎌足の動きに、麒麟が“したり顔”を浮かべる。
「⋯⋯ふん! やっぱりな、同じ動きか。鎖の軌道はとっくに読めているんだ! 残念だが、昨日みたいな奇跡はもう起きない! その手はもう通じない!」
麒麟もまた鎌足の初手を読んでいた。
そしてその読みも鎌足同様に当たっていた。
鎌足の傷付いた身体では長期戦は不利。
必ず短期勝負を挑んでくる。
(⋯⋯なら昨日と同じ手で攻める。それしかねえだろ)
鎌足の武器は鬼切丸だけではない。
鎌足の脚や腰に巻き付けている、黒光りする鎖。
その鎖も鎌足は巧みに武器にする。
昨日受けた左頬の怪我の苦い経験から、麒麟はその事を十分に熟知していた。
鎌足の攻撃の手を読み切っていた麒麟は、怪我で限られた視界の中でも余裕だった。
満を持した鎌足の一撃。
それを麒麟は模造の刃でも難なく弾き返していた。
「⋯⋯はははは! ⋯⋯甘い、甘いッ!」
昨日は通用した、期待の初手。
その一閃をいとも簡単に凌がれた鎌足が、思わず顔を顰める。
(⋯⋯ッ! 昨日と同じ軌道の技ではやはり無理か! ⋯⋯あの酷い怪我では、左はほとんど見えない視界のはずなのに! ⋯⋯それに本当の刃ではない模造刀で、私の攻撃をあんな完璧に弾くなんて! ⋯⋯ッ、なら!)
それでも鎌足の攻撃の手は緩まない。
「⋯⋯伊賀流鎖鎌術、壱ノ鎖刃、天渡りッ!!」
空中で体勢を整え、第二、第三、第四と追撃の鎖刃を放っていく。
東西南北、四方八方、十二支のあらゆる方向に鎌足の鎖は様々に角度を変える。
そして左の側頭部を中心に、麒麟へと襲いかかった。
しかし麒麟は変わらず余裕だった。
その全ての変化の鎖を、模造の刃で二度、三度、四度と立て続けに弾き返していった。
「⋯⋯はははは! 左くらい見えなくたって、全然苦にならないんだなあ!」
(⋯⋯くッ!? こいつ、塞がれた視界で何で!? 左だけじゃない、正面や右にも影響が出て、多少は反応が遅れてもおかしくないのに!? ⋯⋯ッ!! ⋯⋯そうか! 音だ、音から動きを読んだのか!?)
「⋯⋯その顔。気付いたみたいだな。⋯⋯そうだ! 鎖や分銅が飛来する、その音だけに意識を集中させれば、鎖の威力や角度や間合いを測るなど、何の雑作も無い! ⋯⋯はははは、俺の剣才に改めて気付いたみたいだなぁッ! でも遅い! 次はこっちから行かせてもらうぜ!!」
最後の鎖の攻撃を弾くと同時だった。
麒麟が地を駆けた。
着地したばかり、外した鎖を手元に引き寄せる最中の鎌足に向かって、麒麟は一気に加速していく。
そして模造の刃を振りかぶった。
麒麟の初手の一撃。
それは意外にも天舞の撓りではなく、袈裟懸けによる斬撃だった。
(⋯⋯っ、早いッ!?)
既の所で刃をかわす鎌足。
その鎌足を、麒麟の第二撃の横の薙ぎ払いが追う。
想定外の接近戦。
しかし鎌足も負けてはないない。
その麒麟の第二撃を、鎌足は腰の鬼切丸を咄嗟に抜き、左の逆手で何とか受け止めることができていた。
(⋯⋯くそっ、自分の天舞の間合いじゃないと見るや、打って変わって斬撃か。音の探知と言い、何て凄まじい戦闘の才覚なんだ、⋯⋯それに昨夜は天舞の撓りしか見れなかったけど、接近戦での麒麟の技の切れや速さも、あの綾麿に匹敵するくらい凄いッ! ⋯⋯ぐ⋯⋯くッ)
「⋯⋯なかなかやるじゃないか! 鎌足ぃぃっ! 俺の今の二撃が天舞ではないことをよく見抜いたなぁ! ⋯⋯ふん、だが次はそうはいかない! どう逃げようがどう転ぼうが、御前はこの模造刀に斬られ、削られて、此処で咎人として果てるんだ!」
見るも激しい鍔迫り合いだった。
しかしこの麒麟の声も、両者の激しい息遣いも、離れた能舞台の観衆たちには何一つ聞こえない。
二人だけの生と死を賭けた間合い。
そんな中、麒麟は憎悪と狂気の本性を改めて剥き出しにしていた。
「⋯⋯あはははは!! 鬼切丸とか言う半刃と、卑怯な鎖鎌。昨日、全ての技を見せ尽くしたのが運の尽きだ!」
(⋯⋯ッ、こっちだって、昨日の戦いは今日に活きてるッ! 麒麟の手首の動きをみれば、天舞の技かどうかは分かる。それは昨日学んだ。だがそれよりも、⋯⋯だ)
目の前で交差している麒麟の刃。
その模造の輝きを、鎌足は改めてまじまじと見つめた。
(⋯⋯この目の前の刃⋯⋯、本当の刀の刃でないのか!? ⋯⋯ッ、どう見ても刀、刃だ。⋯⋯模造刀なのに、この鬼切丸でも斬れないなんて!? ⋯⋯う、うぅッ!?)
「⋯⋯へっ、意識が力比べから御留守になってる⋯⋯、ぜッ!!」
鎌足が見せた動揺、氣の乱れ。
その一瞬の隙に麒麟は即座に反応した。
圧を強めていた模造刀への軸をずらし、鬼切丸を弾く。
そして宙を舞うように数歩飛び退くと、同時に白鞘を持つ手首を撓らせた。
その独特な腕の撓りに、鎌足は見覚えがあった。
(⋯⋯あの撓りは! 今度は来る!、あの技が!)
━━━━まずは天舞の刃の波動を防げ。
鎌足の直感が本能に命じる。
身体もまた本能に反応した。
(どこまで防げるかは分からない! ⋯⋯だが! まずはこの防御に賭けてみるしかない!)
得意の防御の形を敷くため、鎌足の腕も独特の動きを見せる。
鬼切丸を腰に差し直した鎌足は、自身の周りに鎖を激しく旋回させていた。
「⋯⋯伊賀流鎖鎌術、十一ノ鎖刃、鎖防陣!」
それは過去何度も敵の攻撃を防ぎ、数々の反撃の突破口ともなってきた、自身を取り巻く鎖の壁。
しかし今回に関しては、相手の刃は“見えない”。
果たしてどこまで天舞の技に通用するのか。
まるで未知数だった。
鎖の旋回とぶつかる天舞の撓り。
無数の衝撃音だけが、その場に響いた。
この鍔迫り合いからの一転した目まぐるしい攻防に、公家や野次馬たち観衆からはどよめきが起きていた。
(⋯⋯おおお、見や! あの鎖の回転、速さを! まるで竜巻じゃ、あのような凄まじい回転、見たことがないでおじゃる!)
(⋯⋯な、何が起きているのや? 少将は手首を撓らせて何を仕掛けておじゃる!?)
(⋯⋯二人の間合いはあんなに離れてはるのに! 何故刀と刀がぶつかるような音だけが響いてきはるの!?)
刃が見えないのだから無理もない。
二人から離れた能舞台。
公家たちやその周辺の野次馬たちは皆、自分たちの目の前で今、何が起こっているのか、二人がどんな戦いを繰り広げているのか、全く理解できていなかった。
⋯⋯ただ一人、綾麿を除いては。
その時。
鎖防陣で弾かれた閃光の一つが流れ弾となる。
公家たちが集まる能舞台に向け、光の筋が煌めいた。
綾麿が咄嗟に束帯を翻し、左大臣たち公家の列の前に身を躍らせる。
そして手にしていた村雨を逆手で斬り上げ、急襲の閃光を鞘で弾き飛ばした。
弾き飛ばされた閃光が、近くの桜の太枝に当たる。
そしてその枝を真っ二つに斬り裂いていた。
(⋯⋯あひゃっ、な、な、な、何が起きたのじゃ!?)
公家たちはその綾麿の動きの意味すら分からない。
自分たちの命が綾麿によって救われたことなど、露とも気付かず、誰もが口をぽかんと開けて呆けている。
斬られた枝の桜がひらひらと舞い散る中、綾麿はそんな背後の公家たちを振り返ろうともしない。
鞘を眼前で構えたまま、戦う二人だけをじっと見つめていた。
(⋯⋯鎌足の鎖の旋回の速さ。二重三重と回り巡らせ守る鎖の壁、か。今の所は麒麟の攻撃の芯を外し、持ち堪えている。⋯⋯だが、その身に天舞の牙が食い込むのを避けるだけでは、この勝負には勝てぬ。⋯⋯ならば、次はどう動く? 鎌足)
「⋯⋯ふん!? やるじゃねえか! 鎖の防御陣とはなぁ! ⋯⋯いいだろう! そんなその場しのぎの防御なんか、簡単に消し飛ばしてくれる!」
麒麟の余裕と腕の撓りは続いていた。
弾き飛ばされる自身の技に動揺するどころか、むしろ愉しい見世物を目にしているように、にやにやと笑みを浮かべている。
(⋯⋯よしッ! 今だ! いける!)
麒麟の表情に油断を見た鎌足。
その腕の動きが、第二段階へと移る。
それは鎌足得意の、防御から攻撃への移行だった。
「⋯⋯鎖防陣⋯⋯からの! 十三ノ鎖刃、砂霞ッ!」
鎌足は旋回する防御の鎖で地を撃った。
鎖によって激しく擦られた足元の玉砂利が、ざわりと空へと舞い上がる。
舞った白の砂は、鎖の旋回の中に吸い込まれ、吐き出される。
そして鎌足と麒麟との間に、白い霧のような霞の幻想を作っていった。
「⋯⋯っ!? 何だ、今度は目眩ましか!?」
初めて見る奇怪で意表を突いた技に、麒麟の手首の撓りが一瞬緩んだ。
生じたその隙を鎌足は見逃さない。
鎖を自身の周りに回転させたまま、鎌足は地を蹴り、空へ跳び上がった。
そして狙っていた第三の鎖刃を繰り出した。
「⋯⋯砂霞⋯⋯からの! 六ノ鎖刃!!」
ここで鎌足が再び攻撃に転じた。
⋯⋯鎖防陣で防御一辺倒と見せかける。
⋯⋯砂霞で限られた視界を更に狭める。
そして、⋯⋯怯んだ所を”次の鎖刃“で一気に攻め抜き、勝負をつける。
幸いにも鎌足の狙い通りに事は進んでいた。
視界が更に狭まっている麒麟の左側の空に、再び鎌足の鎖分銅が舞う。
そして凄まじい勢いと鋭さで、麒麟に襲いかかった。
「ふん、馬鹿め! 軌道は読んだ、と言ったはずだ!」
この攻撃にも麒麟の得意顔は揺るがない。
鎌足のこの狙い通りの鎖分銅すら、難無くひらりとかわした⋯⋯。
⋯⋯はずだった。
「⋯⋯よしッ! 狙い通り! ⋯⋯もらったぞ、麒麟!!」
攻撃をかわされたはずの鎌足の方が、的を外した悲壮に暮れることなく力強く叫んでいた。
そして反対に鎖分銅を避けたはずの麒麟。
その右の肩や手首からは、まるで刀で斬られたような鮮血の波が迸っていた。
「⋯⋯あぁん!?」
戦いが始まって初めて、麒麟が信じられないといった顔を見せる。
そして怒りと戸惑いが入り混じった、狼狽の声を初めて上げた。
鎌足の最後の攻撃。
麒麟は余裕綽々、確かに避けたはずだった。
観衆たち誰の目にもそう見えた。
しかし何故か見るも明らかに麒麟は傷を受けている。
理解不能な事態だった。
再び観衆がざわついた。
麒麟の鮮血の理由。
それを見抜いている者は、この中には綾麿だけしか居なかった。
目を細めた綾麿の瞳に、鎖を構えた鎌足が映る。
「⋯⋯鎌鼬。真空の刃か。この村雨の鞘刃や、麒麟の天舞と同系統の技⋯⋯。鎌足も使えたのか⋯⋯」
「⋯⋯くそッ、この技!? ⋯⋯鎌鼬だな!?」
綾麿の呟きに、麒麟の激情の声も重なっていた。
⋯⋯六の鎖刃、⋯⋯『鎌鼬』。
それが鎌足が最後に放った鎖刃の正体だった。
すぐに鎌鼬を見抜いた麒麟が、明らかに苛立ちを募らせた顔で鎌足を睨みつける。
麒麟の肩と手の傷は出血は激しいものの、それは真空の刃の鋭利さによるもので、出血に比して深さはさほど無い。
致命傷は免れている。
とは言え傷の深浅は除いても、一連の段階攻撃が実った証でもある麒麟の傷。
その成果を凝視しながら、当の鎌足は何故か心の中で舌打ちをしていた。
(⋯⋯くそっ。⋯⋯誤算だ、私の想像していたよりも、余裕をもって避けられた)
鎖分銅による奇襲。
麒麟の性格を鑑みるならば、どんなに焦りがあったとしても、鎖の技を嘲笑うように既の距離で避けるはず。
鎌足はそう読んでいた。
しかし麒麟の動きは違った。
鎌足の技を嘲笑うどころか、そもそも相手にもしない程の絶対的な余裕を見せ、渾身の一撃をかわしていたのである。
鎌足の頬を一筋の汗が流れた。
(⋯⋯もう少しは怯んだり、焦ると思っていた。首や顔の既で避けてくれたなら、波動の刃でとどめを刺せると思ったのに。⋯⋯それでなくても、あわよくば首を掻っ切れるかも、なんて少し思ってた。⋯⋯でも違った。甘かった。そもそもまるで“相手”にもされなかった。⋯⋯くそっ)
鎌足の心に逆に怯みや焦りが滲む。
しかしそれでも鎌足は強気な表情を崩さない。
鎌足の生来の勝ち気さが弾ける。
麒麟を激しく睨み返し、強気な挑発の言葉を口にしていた。
「⋯⋯へんっ、そうだよ、鎌鼬さ。⋯⋯外しちゃったら元も子もないけど、でもこれでお互いに傷だらけになったな。⋯⋯どう? 自分が削られる気分は?」
「⋯⋯ッ! な、何だとぉ、⋯⋯か、鎌足ぃぃぃぃぃぃ!! ⋯⋯調子に乗って舐めやがって! 俺の大事な利き腕をよくも傷つけやがったな! ⋯⋯殺す、⋯⋯絶対に殺してやる。天舞柘榴の刑。⋯⋯執行開始だ!!」
この時、鎌足にはもう一つの秘策があった。
防御からの三段攻撃、鎌鼬。
それで勝負を決めきれなかった万が一の場合の、次の一手。
そしてそれはこの勝負に勝利して”生“を掴むため、鎌足に最後に残された一手でもあった。
(⋯⋯これで麒麟には鎌鼬の軌道や波動の間合いも読まれてしまったはず。⋯⋯でも、“それ”を上手く逆手に取れば⋯⋯! ⋯⋯次の波状攻撃で必ず麒麟に勝てる!!)
鎌足が腰に手を回す。
鬼切丸の柄を握る。
そしてその相棒を握る左掌に密かに力を込めた。
⋯⋯有罪か、無罪か。
生か、死か⋯⋯。
二人の決着の刻が近づいていた。
そして天までもが、この戦いの結末を急かしていた。
(⋯⋯シヌルハ、ドチラダ? イキルハ、ドチラダ?)
そんな言葉が聞こえてきそうな程に、二人の頭上にはいつしか暗雲が立ち込め、今にも大粒の雨が降り出しそうになっていた━━━。
第79話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第80話は、7月15日〜16日頃に投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)




