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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第78話  再戦

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。しかし裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの京都御所襲撃を何とか退けたのだが⋯⋯。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう白鞘しろさやの模造刀を手にする少年公家。天舞てんまと呼ばれる剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。性格は執念深く自己中心的。人によって態度ががらりと変わる。些細な出来事から生じていた鎌足かまたりとの確執により、緊急会合の場で鎌足かまたりを断罪するのだが⋯⋯。


近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


 ━━━━「私は断罪する! ⋯⋯少将しょうしょう麒麟、その許されざるとがを!」


 この鎌足かまたりの凛とした言葉一つで、紫宸殿ししんでんの空気は様変わりしていた。

 手にした扇子一枚では驚きを隠しきれない、公家たちの好奇の念がざわざわと波を打っている。


「⋯⋯鎌足かまたり殿!? ⋯⋯何と! ⋯⋯この少将しょうしょうが警備兵を傷付け殺めた、と言うのか!? ⋯⋯いや、しかし⋯⋯」


 鎌足かまたりの真正面では兼季かねすえが困惑の表情を浮かべていた。

 そんな兼季かねすえを含め、紫宸殿ししんでん内の全ての視線は今、麒麟きりん一人に注がれている。

 

 皆が悠然と座している中、興奮のあまり一人立ち上がって熱弁を奮っていた麒麟きりんにとって、この一点集中の状況は最悪としか言いようがなかった。

 完全に晒し者。

 わる目立ちの極致だった。


 麒麟きりんは口を尖らせて真っ赤な顔で、しどろもどろになりながら鎌足かまたりに食って掛かった。


「⋯⋯な、なッ!? ⋯⋯こ、この期に及んで何を言い出すんだ! うそだ、うそだ、うそだ。⋯⋯嘘八百を並べて、こ、ここ、この私に、罪の一部を⋯⋯、い、いや、全部をなすり付けようとする魂胆だな!?」


 自分が抜刀禁忌の清涼殿せいりょうでんに居る。

 そんなことすらも今の麒麟きりんの頭には無い。

 刀を抜いたら抜いたで、別の厳罰が待っている。

 それにも関わらず、今にも鎌足かまたりに斬りかかりそうな勢いで、麒麟きりんは腰の白鞘しろさやに手を伸ばしかけていた。


 しかしそんな脅迫の言葉や強気な態度とは裏腹に、麒麟きりんの動揺の大きさは明らかだった。

 先程までの威勢は完全に吹き飛んでいた。


 止めどなく流れる汗。

 震える唇。

 青ざめていく肌。

 心の臓も激しく脈打っている。


 今目の前に居並ぶのは、陰でどうとでも脅迫できる警備兵や下級官吏ではない。

 左大臣たち内裏だいりの実力者ばかりか、上官の綾麿あやまろ兼季かねすえまでも目の前に座っている。

 太々しい性格の麒麟きりんと言えども、不気味に口元を緩ませて鎮座する鎌足かまたりの存在は、何が飛び出すか分からない恐怖の玉手箱のふたに等しかった。

 流石に戦慄以外の何物でも無かった。



「⋯⋯ぉおお、往生際の悪い咎人とがびとめ!! ⋯⋯いいか、黙れ!! ⋯⋯そ、それ以上、言うな、何も言うなよ!! 二度とその馬鹿な口は開くなッ!! いいな!!」


 しかし鎌足かまたりはそんな麒麟きりんの威嚇にも全く動じない。

 むしろ更に激しさと鋭さを増して、麒麟きりんを睨み付けていた。


(自業自得だ、麒麟きりん。御前も地獄へ道連れだ⋯⋯!)


 麒麟きりん威嚇いかくを鼻で一蹴すると、鎌足かまたりは目を丸くしたままの兼季かねすえの”隣“へ向き直る。

 そして帝の影が揺らめく御簾みすに向かって、想いを込めた一言を熱く叫んだ。


「⋯⋯帝に申し上げます!」


「⋯⋯わ、わわっ、だ、⋯⋯だ、黙れったら!! この馬鹿女!! 耳が聞こえないのか!?」


「御存知ですか、帝! このくち少将しょうしょう麒麟きりんは、表では従順な素振りを見せながらも、その本性は鬼にも勝るほどの邪悪そのもの! 帝の御命すらも軽んじる裏心と、尋常ではない野心を持っているのです!」


「⋯⋯わわわ、な、何を言い出すんだ!! だ、だ、だだだ、黙れ!! ⋯⋯み、帝っ、こんな馬鹿女の言うこと、信じてはなりません!! この女は一昨日おとついから頭がちょっとおかしいんです!」


「そればかりではありません! 此度こたびの乱戦に乗じて、言動が気に食わないという身勝手な理由だけで、⋯⋯そんな、そんなくだらない理由だけで、大切な仲間である警備兵を三人も無慈悲に傷付けました!」


「⋯⋯でっ、で、でで、出鱈目でたらめを言うな!! ⋯⋯ま、全くもって言いがかりだ! 警備兵たちがそう言ったのか!? 誰か目撃したのか!? おいっ! はっきりした証拠も無いのにいい加減な事を言うな!!」


「⋯⋯そしてその内の一人を死に至らしめたこと。⋯⋯これぞまさに日本ひのもとへの謀叛むほんもの所業しょぎょう! この御所に巣食う邪悪な人鬼ひとおには.蒼鬼あおおに紅鬼あかおにと同じ⋯⋯、いや、それ以下です! 即刻排除すべきと存じます!」


「⋯⋯はああぁ!? ⋯⋯な、ななななッ!? ⋯⋯くッ、が、か、⋯⋯か、かま⋯⋯たりぃぃぃぃぃぃっッッ⋯⋯!!」


麒麟こいつをこのままにしておいたら、ますます増長して好き放題やって、不幸になる人たちが増えるだけだ!)



 ⋯⋯鎌足かまたり麒麟きりん断罪は続いた。



 麒麟きりんとの昨夜の経緯いきさつ、そして耳にした許されざる発言の全てが、鎌足かまたりの口から真摯しんしに語られた。

 公家たちのほとんどが扇子を口元に添え、隣同士でひそひそと話し合う中、綾麿あやまろだけは全く微動だにせずに目を閉じたままだった。

 五感を聴覚にだけ集中させようとしているのか。

 ただ黙って鎌足かまたりの話に耳を傾けていた。


 鎌足かまたりは断罪の言葉の最後、そんな綾麿あやまろの隣でぼんやり突っ立ったままの麒麟きりんに向けて、思い出したようにこう付け加えた。


「⋯⋯あと、大鳥居の倒壊も私は一切関与しておりません! 誰か別の者の仕業です、再吟味さいぎんみを!」



 ⋯⋯この時、麒麟きりんの顔は既に半分死んでいた。

 まさに茫然自失ぼうぜんじしつ

 ただ口をぽかんと開けて、絶句していた。


「⋯⋯な⋯⋯が、⋯⋯ぁ⋯⋯う、鎌足かまたり、御前ぇえ⋯⋯」



 しかしこの時、”絶句“していたのは麒麟きりんだけではなかった。

 相変わらず帝からの反応は無い。

 鎌足かまたりが必死に訴えた御簾みすの向こうの影は、今の話が何一つ聞こえていなかったように思えるほど、沈黙の世界を守り続けていた。


 反応が薄いという意味では、上座の左大臣や右大臣、大納言たちも同様だった。

 上座に列席する者たちの中では兼季かねすえだけが唯一、寝耳に水の半信半疑で、あれやこれやと思案に暮れた顔を浮かべている。

 兼季かねすえはその真っ直ぐな性格が災いしているのか。

 元々麒麟きりんの裏表には、他の公家たちほどは気付いていなかったのかもしれない。


 その一方で、居並ぶ他の下座の白塗しろぬり顔の公家たちは皆、この鎌足かまたり麒麟きりんとの確執や刑罰の行方に新たな愉しみを見出し、二人をじろじろと眺め続けていた。


(⋯⋯あの少将しょうしょう殿がの。これはまさかの展開。事の成り行きがどう転ぶか見ものでおじゃるのう?)

(⋯⋯少将しょうしょう殿は確か以前にも、鬼と一緒に何人かの警備兵を斬っておじゃるはず。あの激しい気性ならば、さもありなん。しかし肝心の証拠が無ければのう)

(⋯⋯そう、証拠、証拠ぞ。口では何とでも言えまする。もしや女忍が死罪を免れるため、嘘を言うておるのやも。⋯⋯まあ、いずれにしても我々は深く口を出さぬ方が身のためじゃ)

(⋯⋯ほほほ。高みの見物としゃれ込みましょうぞ。決して疑義ぎぎを口には出してなりませぬぞ。少将しょうしょう殿の機嫌を損ね、こちらが斬り刻まれてはかなわぬわ)



(⋯⋯あのな、口元隠しきれてないよ)


 無意識に公家たちの唇の動きを読んでいた鎌足かまたりが、深い溜め息をつく。

 伊賀忍に伝わる読唇術だった。

 この公家たちの口を読み解いてみるに、麒麟きりんの横暴で残虐な性格は、誰もが密かに恐れているように見えた。

 加えてこれこそが京都の公家特有の伝統、事勿ことなかれ主義というものなのだろう。

 少なくともこの下座には、麒麟きりんへの疑惑を敢えて口に出す、そんな肝の座った者は居るように見えなかった。

 ましてや麒麟きりんを追及する者など皆無に思われた。


 生気も落ち着きも無くしている隣の麒麟きりんに向けて、綾麿あやまろがぼそりと呟く。


「⋯⋯麒麟きりんよ。今の話が全て本当ならば、そなたも咎人とがびと。人を殺した罪として、れ相応の罰は受けねばならぬ。⋯⋯確か鎌足かまたり此度こたびの罪状は人殺しと暗殺。その刑罰は鋸挽のこぎりびきと牛裂うしさきだったな。⋯⋯麒麟きりんよ、人殺しはどちらの罰になる?」


「⋯⋯ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、中将ちゅうじょうさま、綾麿あやまろさまぁ!? ⋯⋯そんなすました顔で、いきなりおっそろしすぎる事を言わないでくださいよ!?」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯あ、鎌足あいつの苦し紛れの戯言ざれごとなんか信じないでください! 私が警備兵を殺したり傷つけたり、帝をないがしろにしたりする訳が無いじゃないですか! ねぇ?」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯た、確かに、前に一度、蒼鬼おにと”間違えて“警備兵は何人か殺めてしまったことはありますよ。⋯⋯で、でも、ちゃんとそれからは中将ちゅうじょう様の言いつけは守って、人は斬らないように戒めの罰、白鞘しろさや模造刀もぞうとうで我慢してるじゃないですか! 鎌足あいつじゃなく、私の話の方こそを信じてくださいよ! ⋯⋯っ、私は貴方の忠実な五人の配下の一人ですよ!? 言わば“同志”じゃないですか!」


「⋯⋯その話は今、此処ここではするな。⋯⋯ふん、人を斬らないように、か。麿がそなたに“心だけは常に白く在れ”と願い、渡した刀のきん。確かに守っているようには見える。⋯⋯表の世界では、な」


「⋯⋯え? ⋯⋯⋯⋯はは。⋯⋯な、何のことですか」


「⋯⋯⋯⋯」


 綾麿あやまろは再び口をつぐんだ。

 その表情は立ったままの麒麟きりんからは見えない。


(⋯⋯ち、中将ちゅうじょう⋯⋯さ⋯⋯ま、⋯⋯ッ、な、何だよ、何だよ、皆して俺を馬鹿にしやがって)


 感情の高揚を抑えきれない。

 麒麟きりん綾麿あやまろに問いかける代わりに、公家たち全員を見渡した。

 そして再び声を荒げた。


「⋯⋯ねえ! 此処ここに居並ぶ皆さんも分かるでしょう? 鎌足あいつの言うことは嘘ばかり。上手くこの場を誤魔化して、罪から逃れようとしてるんです! ⋯⋯私は帝をないがしろにしてはいない、無実なんだ。⋯⋯あ、そうだ、あの大鳥居だって御前が壊したんだ、⋯⋯だよな! そうだよな! うん、って言え!! ⋯⋯鎌足かまたりぃぃぃぃっっ!!!!」


「⋯⋯麒麟きりん、言葉の節々には気をつけたほうがいいよ。さっきから段々と化けの皮が剥がれてきてるよ。⋯⋯まあ、さっきの公家たちの会話からも、御前の裏表なんて皆が知っている事みたいだけど」


「⋯⋯な、何だと!? こいつ、吹っ切れやがったな!?」


「⋯⋯吹っ切れてるのは御前だろ。やい、麒麟きりん。これで少将しょうしょうからは降格間違いなしだな、⋯⋯いや、私と同じで鋸挽のこぎりびきかもね。⋯⋯削るのが好きなんだろう? 人生の最期くらい、自分が削られる方に回ってみろよ」


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯う、嘘だ、⋯⋯嘘だ、全部嘘だ!!  帝っ、左大臣様、右大臣様、大納言様っ! 兼季かねすえ様っ! この者は生来の嘘つき、⋯⋯鎌足かまたりではなく、嘘足うそたりと皆に陰口を叩かれる程の女なのです! 決して話を鵜呑みにしてはなりませんッ!」


 麒麟きりんが上座に向かって叫んだ。

 もはや体裁などまるで気にしてはいない。

 自らの地位に意地でもしがみつこうとする、なりふり構わない執念が滲んでいた。


 そんな隣の麒麟きりん綾麿あやまろは先程から一瞥いちべつもしない。

 綾麿あやまろはずっと前だけを、鎌足かまたりの真剣な顔だけを、そしてその澄んだ瞳だけを見ていた。



 ちょうどその時、二人を見かねた兼季かねすえが会話に割って入った。


「⋯⋯ならば少将しょうしょうよ、鎌足かまたり殿の話が嘘と言うなら、それをどうやって証明する? そなたに出来るのか?」


「⋯⋯そもそも強敵の巨大な蒼鋼鬼あおおにたおしたのは私。このくち少将麒麟しょうしょうきりんです! この未熟な腕の鎌足かまたりではないのです! この私の顔の左の傷も、その時に蒼鋼鬼あおおにの拳により付けられたもの! 私よりも格段に剣が劣り、しかもあんな小さな女が、あの巨大な蒼鋼鬼あおおにたおせるはずがないでしょう!? 証拠と言われるならば、それが何よりの鎌足かまたりの嘘のあかし!」


「⋯⋯な、何だとぅ!? 麒麟きりん! 嘘にまみれた保身ほしんはいい加減にしろ! 私は何一つ嘘はついていない! 私を小さいって言う前に、御前の方が私よりも小さいじゃないか! それに誰が未熟で剣が劣るだ!? その顔の傷の半分も、蒼鋼鬼あおおにの拳じゃなくて、私の鎖を受けた跡だろう!」


「⋯⋯ッ! ⋯⋯ち、ちが、⋯⋯ぐ、ふぐぅうッッ!」


 自尊心を刺激された麒麟きりんが、左頬に手を当てる。

 傷の痛みがそのまま鎌足かまたりへの憤懣ふんまんやる方ない想いへと変わる。

 顔を更に紅潮させた麒麟きりんは、白鞘しろさやを握りしめながら鎌足かまたりを指差して叫んでいた。


「⋯⋯何一つ証拠も無いくせに出鱈目でたらめばかり! この不細工な鎌女が! 弱いくせにこの場の空気に乗って図にも乗りやがって⋯⋯! ⋯⋯そうだ。⋯⋯ならばもう一度勝負しろ! どちらが強いかで、どちらが嘘をついているか、はっきりするだろう!?」


「⋯⋯っ!? ⋯⋯もう一度戦え、だと!?」


「⋯⋯ああ、そうだ。⋯⋯戦えばいいんだ。⋯⋯ふふ、ふはははは。⋯⋯どうした? 弱いくせに嘘つきだから怖いんだろう? この麒麟きりん様を恐れてるんだろう? ⋯⋯ふ、はははははは、鎌足かまたりは嘘つきの臆病者だ」


「⋯⋯な、⋯⋯何だとぅ!?」


 怒りに任せ、鎌足かまたりが身体を乗り出した。 

 


 ⋯⋯その時だった。



 麒麟きりんの口車に乗りかけた鎌足かまたりの動きを制止するように、一人の男が立ち上がった。



「⋯⋯もうよい。二人とも。⋯⋯これ以上の罵り合いは紫宸殿ししんでんを汚す。⋯⋯左大臣殿、右大臣殿、大納言殿。そしてこの場に集う皆よ。麿まろの話を聞いて頂きたい。⋯⋯この会合の総責任者である、この中将ちゅうじょうの言葉を」



 ⋯⋯綾麿あやまろだった。



(⋯⋯あ、綾麿あやまろっ。⋯⋯え? 今、会合の総責任者と言ったか!? ⋯⋯責任者は大将の兼季かねすえ様じゃなかったんだ!? ⋯⋯綾麿あやまろが責任者!?)



 今日初めておおやけで言葉を口にする綾麿あやまろの声は、とかく威厳に満ちていた。


 その威厳に気圧された鎌足かまたりは、知らず知らずのうちに乗り出した身体を元へ戻さざるを得なかった。

 そして姿勢を正しながら、綾麿あやまろの次の言葉に身構えていた。


(⋯⋯綾麿あやまろ。⋯⋯今まで何も喋らず黙っていたのに、今から何を話し出す気だ!? ⋯⋯っ、まさか、配下の麒麟きりんの肩を持つ気か!?)


 綾麿あやまろは上座の左大臣たちに軽く会釈をすると、下座の公家たちをゆっくりと見渡し、力強く言葉を続けた。


「⋯⋯話がれすぎたゆえに、まず本題へと戻す。⋯⋯鎌足かまたり殿のとがの件。真実まことの事ならば、先程の厳罰に関しては、この不知火しらぬい綾麿あやまろ中将ちゅうじょうとしての立場からも何一つ異存は無い。鋸挽のこぎりびきに牛裂き、大いに結構。鎌足かまたり殿には壮絶な死をもって、犯した罪をあがなってもらう他は無い」


「⋯⋯!」


 公家たちに感嘆のざわめきが起きた。

 鎌足かまたりの極刑と厳罰を容認する言葉に、麒麟きりんが安堵を浮かべながらにやりとほくそ笑む。

 一方、改めて残酷な刑罰を告げられた鎌足かまたりの方は、唇を噛みながらわなわなと身体を震わせていた。


(⋯⋯な、何だとぅ!? ⋯⋯あ、綾麿あやまろ。やっぱりだ、御前も麒麟きりんの仲間ってことか、⋯⋯畜生っ!! 御前も此処ここに居座る公家たち同様に、帝の権威を笠に着て振る舞う、顔の白とは真逆の真っ黒な、ただの腐った性根の男だったみたいだな! くっそおぉぉぉ⋯⋯)


 鎌足かまたりから放たれる綾麿あやまろ嫌悪の視線は鋭かった。

 視線の刃に綾麿あやまろもすぐに気付く。


(⋯⋯ふん)


 しかし綾麿あやまろ鎌足かまたりの方へ目を流したのは、ほんの一瞬だけだった。

 綾麿あやまろの唇が動く。

 そんな綾麿あやまろが次に続けた言葉は、鎌足かまたりにとって意外すぎる“事実”だった。


「⋯⋯だが。⋯⋯先程から誰も口にはしないが、生き残った警備兵たちや、内裏だいりで務めに励む者からは、鎌足かまたり殿の恩赦おんしゃを求める嘆願書が、麿まろの元へは集まっている。その者たちによれば、『鎌足かまたり殿の活躍は目覚ましかった、もし鎌足かまたり殿が居なければ、日本ひのもとはもっと大きな被害が出ていた』⋯⋯とのこと」


(⋯⋯へ? ⋯⋯嘆願書? ⋯⋯、⋯⋯私への!?)


 そしてそれは鎌足かまたりの目を潤ますにも、十分すぎる程の”事実“だった。


 鎌足かまたりの胸が熱く高鳴り、視界が涙でぼやける。

 先程の廊下での挨拶の際、一部の公家たちから感じたあたたかな想いはやはり間違いではなかったのだ。


 この会合が始まってから終始厳しかった鎌足かまたりの表情が、初めてほころんだ。

 しかし鎌足かまたりを驚かせたのは、この嘆願書の話だけではなかった。

 次に続いた綾麿あやまろの言葉も、鎌足かまたりを更に大きく驚かせるものだった。



「⋯⋯そしてもう一つ。日本ひのもと六歌戦ろっかせん』の不知火しらぬい綾麿あやまろとしての立場で、進言させてもらうならば、⋯⋯昨夜の鎌足かまたり殿の働きは、格別と言うより他は無し。⋯⋯よって犠牲者の数や御所の破壊を理由に、簡単にその命を奪うことは、はなはだ疑問。情状じょうじょう酌量しゃくりょうし、しばらくの謹慎きんしん程度で留めるのが妥当と思われるが、皆々よ、⋯⋯如何いかがか?」


「⋯⋯えっ」

 

 鎌足じぶんを殺そうとする程に、江戸者を激しく憎んでいるはずの綾麿あやまろ

 そんな綾麿あやまろからのこの意外すぎる言葉に、鎌足かまたりは自身の耳を疑った。

 

(⋯⋯え? 何で⋯⋯、何で綾麿あやまろが私を?)


 しかしこの時。

 唖然あぜんとしている鎌足かまたり以上に驚いていたのは綾麿あやまろの隣。

 綾麿あやまろの直属の配下でもある、麒麟きりんだった。


「⋯⋯なッ!?、何を言い出すんですか、中将ちゅうじょうさま⋯⋯綾麿あやまろ様ッ!? 江戸を、徳川を、あれ程までに憎んでおられたではないですか! お互いに憎い鎌足あいてじゃないですか! それを謹慎きんしんだけとは!? 納得がいきません!」


 鋸挽のこぎりびきと牛裂うしさきの死罪から、いきなり僅か十日ばかりの謹慎へ。

 異例とも言える恩赦の裁決さいけつに、居並ぶ公家たちも皆、神妙な面持ちで綾麿あやまろの方を見つめている。


 それでも綾麿あやまろは何一つ表情を変えない。

 ただ冷静かつ力強い声で、裁決を締め括った。


「⋯⋯確かに鎌足かまたり殿に対しては私怨はある。だが、この中将ちゅうじょう綾麿あやまろ、少なくとも、このような公に裁決を量る場では、決して私情は持ち込んだりはせぬ⋯⋯」


 その瞳が鎌足かまたりを映す。

 鎌足かまたりの瞳にも綾麿あやまろが映っていた。


(⋯⋯あ、綾麿あやまろ



「⋯⋯昨晩の一件に関してだが。此処、内裏だいりにおける最前線に座る皆々は、鬼との戦いの最前線は避け、身の安泰を図りながら漫然まんぜんと時を過ごしておられたはず。⋯⋯そんな者たちに、命を賭して何十という鬼と戦っていた者をとがめ、一方的に裁く権利が果たしてお有りか。⋯⋯もう一度よく考えて頂きたい」



 綾麿あやまろの言葉は、威圧感と説得力に満ちていた。

 公家たちは誰もが綾麿あやまろ気圧けおされていた。


 鬼たちから公家たちの命を守る存在でもある『六歌戦ろっかせん』。

 その一人でもある綾麿あやまろの言葉は、いつ如何いかなる時も相当の発言力が有るのだろう。

 もし綾麿あやまろに逆らった場合、もしかしたら自分だけ守ってもらえなくなってしまうのではないか。

 居並ぶ公家たちの中には、そんな先の不安や恐れもあったのかもしれない。

 

 上座の左大臣たちをはじめとして、誰一人として異論を唱えようとする者は居なかった。

 皆がだんまりを決め込み、その多くが気弱にうつむいている。



 その時、場の静寂を破り、突然に拍手が鳴り響く。


 沈黙の上座、帝の御簾みすの隣に座る兼季かねすえだった。


「⋯⋯素晴らしい。良くぞ言ってくれた、中将ちゅうじょう。今日だけはこの場を中将ちゅうじょうに任せて正解であった。今の話、真にその通り。私も中将ちゅうじょうに賛成だ。⋯⋯少なくとも、巻き添えに遭い落命した公家たちに関しては、彼らを昨晩御所内に留めたは私の決断、私の責任。鎌足かまたり殿は一切関係ない。⋯⋯もし鎌足かまたり殿が罰を受けるのならば、私も同じ罰を受けねばならないという事にもなるからな」


 そして兼季かねすえ鎌足かまたりに向けて、にっこりと優しく微笑んだ。

 その澄んだ明朗な笑顔に、鎌足かまたりの目が更に潤む。


(大将様も⋯⋯、ありがとうございます)


 鎌足かまたりは涙目を腕で拭いながら、心の中で礼を伝えた。

 そして続けざまに綾麿あやまろを見つめた。


(⋯⋯でも、不思議だなあ。⋯⋯何で? 綾麿あいつ、敵である私を助けたんだ⋯⋯? 何も発言せずに終わっていたら、九分九厘、私は死罪。直接に手を下さずとも邪魔者は消えていたのに)



「⋯⋯ッ!? ⋯⋯な、なななな、何だよ、それ」


 麒麟きりんだけは言葉にならない声を上げ続けている。

 そんな隣の麒麟きりんに対し、綾麿あやまろは小さな声で呟いた。

 鎌足かまたりの読唇術でも読めない程の、僅かな唇の動き。

 まるで睦言むつごとのような声。

 しかしその声の凄みは、先程の公家たちに向けて発した言葉の比ではなかった。


「⋯⋯情けなく狼狽うろたえるな。こうでも麿まろが言わねば、どう収まりがつく? ⋯⋯そして麒麟きりんよ、そなたの裁定こそ私情以外の何物でもない。どちらが本当の話をしているか、この麿まろに見抜けぬと思っているのか」


「⋯⋯ひっ」


「⋯⋯これ以上この詮議せんぎを続けるは、麒麟そなたの京追放はおろか、死罪へも近づこう。⋯⋯それともこの麿まろに、直属であるそなたのとがへの鋸挽のこぎりびきや牛裂うしさきの刑を告げさせたいのか? それが嫌ならばこの村雨むらさめの刃で果てたいか? ⋯⋯麿まろにこれ以上恥をかかせるな。⋯⋯愚か者め」


「⋯⋯ッ!!!? ⋯⋯ひいいっ!?」


 麒麟きりんはへなへなとその場に座り込んだ。


(⋯⋯もうだめだ、大鳥居の件も中将わからずやに見られてる。再吟味さいぎんみならきっとすぐに足が付く⋯⋯、降格だ⋯⋯、少将しょうしょうから降格だ⋯⋯、⋯⋯は、はは、ははははは)



 鎌足かまたり麒麟きりん

 両者の明暗は分かれた。


 ⋯⋯死罪から謹慎へ。


 麒麟きりんの口が閉ざされた今、紫宸殿ししんでんの空気は一変していた。

 


 覚悟の白装束の袖の端を握りしめながら、鎌足かまたりがぼんやりと考える。

 

(⋯⋯この流れなら、少なくとも私の命は助かるのか? ⋯⋯でも、それはあの麒麟きりんもまた助かるという事⋯⋯)


 鎌足かまたり麒麟きりんに目を送る。

 麒麟きりんはすっかり意気消沈していた。

 小さい身体が更に小さく縮こまり、がっくりと項垂うなだれて座っていた。


(私情は持ち込んだりはしない、か⋯⋯、でも⋯⋯)


 鎌足かまたりに笑顔を向ける、亡くなった警備兵の姿。

 その警備兵を無慈悲に斬り裂く麒麟きりんの凶刃⋯⋯。

 

 ⋯⋯鎌足かまたりの脳裏には、昨日の情景や、一昨日おとついの怯える案内人の顔が再び浮かんでいた。



(⋯⋯麒麟あいつをそのままにしておくと、内裏だいりで悲しむ人は決して無くならない)




⋯⋯「⋯⋯では。此度こたびの昨晩の詮議せんぎの件、色々な意見は在るだろうが、鎌足かまたり殿は情状酌量じょうじょうしゃくりょうし、十日間の謹慎きんしんということで⋯⋯」


 鎌足かまたり有利の結論を早くまとめるため、兼季かねすえが最後に切り出した言葉の最中さなか⋯⋯。


 ⋯⋯そのけつを一つの声がさえぎった。



「⋯⋯お待ちください!!」



 今だ項垂うなだれたままの麒麟きりんを除き、その場に居並ぶ全員がその声の出何処でどころを振り返った。



 ⋯⋯その声の主は。



 他ならぬ、鎌足かまたり自身だった。



「お待ちください! 私の罪をお許し下さるのは心より感謝致します。ですが、この鎌足かまたり少将しょうしょうに何のとがめも無い事がどうしても納得できません!」


 まさかの発言だった。

 その毅然きぜんとした鎌足かまたりの言葉と態度に、再び紫宸殿ししんでん内に動揺の波が広がっていく。



(⋯⋯っ、鎌足かまたりよ、何を考えている?)


 鎌足かまたりを見つめ、綾麿あやまろが目を細めた。


 その綾麿あやまろの隣。

 鎌足かまたりに名指しされた当の本人である麒麟きりんは、そんな鎌足かまたりの声すら聞こえていない。

 依然としてうつむき呆け、真っ白に燃え尽きている。



「⋯⋯か、鎌足かまたり殿? な、ならばどうしたいと言うのだ? 十日の謹慎すらも不服なのか? ⋯⋯少将しょうしょうの件ならば、また追って調べを⋯⋯」


 困惑した表情の兼季かねすえ、そして怪訝けげんな表情を浮かべている公家たちに向けて、鎌足かまたりは深く低頭し言葉を続けた。


「⋯⋯お願いが御座います。先程、少将しょうしょうは“自分ともう一度勝負しろ”と私に言いました。⋯⋯その勝負、是非とも受けとうございます!」



 その場が更なる動揺に包まれた。



 ⋯⋯勝負を受ける。

 その鎌足かまたりの言葉と公家たちの動揺の波に、やっと麒麟きりんが反応する。


「⋯⋯ん? ⋯⋯あん?」


 まだ口をあんぐりと開けて唖然あぜん茫然としたまま、麒麟きりんは首だけをゆっくりと鎌足かまたりの方へと向けていく。



「⋯⋯私が勝てば是非、少将しょうしょうに厳罰を!」



 低頭していた鎌足かまたりが再び頭を上げる。

 目は口ほどに物を言う。

 熱の籠もったその瞳が、鎌足かまたりの本気を表していた。


(⋯⋯あひゃっ、何と大胆不敵な。江戸者の、忍の女子からの京への、御所武官への、果たし状でおじゃる!)

(⋯⋯いやはや、無謀な挑戦というよりは乱心よ。⋯⋯大人しく謹慎を受けておればそれで良かったものを)

(⋯⋯そうじゃそうじゃ、乱心じゃ。阿呆あほうじゃ。鎌足かまたりでも嘘足うそたりでもない。阿呆足あほたりじゃ、⋯⋯ほほほほほ)


 公家たちが好奇と興奮と呆れで色めき立つ。


 この大騒ぎにも関わらず、帝からは相変わらず何の反応も無い。

 綾麿あやまろも厳しい表情のままだった。


 その代わりに上座の端から声が飛んだ。


「⋯⋯ならば、もし負けたなればどうする? 鎌足かまたり殿」


 久我こがの右大臣だった。

 公家たち全員の目が、鎌足かまたりに集中する。

 そして全員が身を乗り出して、鎌足かまたりの返事を待った。



「⋯⋯私がもし少将しょうしょうに、麒麟きりんに力及ばず負けたならば、その時は私の先程の話は全てが嘘偽りであることを認めます。鋸挽のこびりびきでも牛裂うしさきでも、少将しょうしょうが決めるどんな刑でも甘んじて受けます、好きにして構いません!」



 そんな公家たちの熱視線に向けて、鎌足かまたりははっきりと言い切った。

 その瞳には何一つ揺らぎは感じられない。


 兼季かねすえが慌てて口を挟む。


「⋯⋯ちょっと待ちなさい、鎌足かまたり殿。昨日受けた傷も相当に深手のはず、それがまだ何一つ癒えぬうちから、また次の戦いとは⋯⋯、何と無謀な⋯⋯。それに少将しょうしょうの本気の強さを知らなさすぎ⋯⋯」

「⋯⋯いえ、お待ちを! 大将様! 本人の意向なれば、口をお挟みになる理由は無し!」

 

 兼季かねすえの言葉を遮ったのは、麒麟きりんだった。

 目をぎらぎらと輝かせた復活の麒麟きりんが、にやりと笑いながら再び立ち上がっていた。


「⋯⋯はっははははは! 聞いたぞ、聞いたぞぅ。面白い! いいだろう! その勝負受けてあげましょう! ⋯⋯もし貴女が勝てば無罪放免むざいほうめん、大いに結構! だが私が勝てば、その時は即座に天舞てんま柘榴ざくろ刑を受け、その場で死んでもらいます! 異存は無いですね!」


 麒麟きりんは既に勝ち誇ったように、満面の笑みを浮かべていた。


(⋯⋯鎌足かまたりめ。空気に酔って調子に乗ったな。馬鹿め、これで誰の文句も無く、おおやけ鎌足あいつを斬り刻める!)



 一方、その隣の綾麿あやまろおもむろに目を閉じ、深い溜め息をついた。

 もはや打つ手無し。

 その顔には苦々しさが滲んでいた。


 そんな綾麿あやまろに上座から早良さわら大納言が声を掛けた。


「⋯⋯麿をはじめ、大臣殿たちも、そなたには蒼鬼おにから命を救われた恩義がある。何とかしてやりたいのじゃが、もはや無理じゃ。許せよ」


 そんな大納言に向けて綾麿あやまろは軽く頭を下げると、再び鎌足かまたりに目を送った。


麒麟きりんだけではない、此処ここにも愚か者が一人居たか⋯⋯。⋯⋯っ、折角の計らいを無下むげにしおって。⋯⋯御主の力では麒麟きりんには絶対に勝てぬ。昨日あれ程までに伝え、またその力の差を昨晩身をもって知りながら、何故なぜ敢えて死の道を選ぶ? ⋯⋯鎌足かまたりよ)


 綾麿あやまろの心の声は鎌足かまたりには届かない。

 また鎌足かまたりの心の声も綾麿あやまろには届かない。


「⋯⋯異存ありませぬ!」


 毅然きぜんと返事を返した鎌足かまたりと、殺意のまなこたぎらす麒麟きりんは既に激しく睨み合っていた。



 そんな二人を最後に交互に見届けると、綾麿あやまろは少し苛立ったような表情で、ゆっくりと立ち上がった。

 そして刮目かつもくすると再び全員を見渡し、反対意見が無い事を確認した後、目の前の麒麟きりん、そしてその奥に座している鎌足かまたりに向けて凛とした声で言葉を告げた。


「⋯⋯よかろう。もはや何も言わぬ。⋯⋯さて、その勝負の審判だが、この場の責任者でもある、この不知火しらぬい中将ちゅうじょう綾麿あやまろ相努あいつとることとしよう、⋯⋯鎌足かまたり殿が勝てば無罪放免、何のとがめも無し。東番にも変わらず就いてもらう。だが少将しょうしょうが勝てば、天舞てんま剣技わざにて即座に鎌足かまたり殿は即時に死罪。⋯⋯無論あくまで麿まろは中立。何の手出しもせぬ、⋯⋯両人とも、それで異論は無いな?」


「望むところよ!」「望むところだ!」


 鎌足かまたり麒麟きりん

 二人の声が重なりあう。


「勝負は今より四半刻しはんとき(※30分)後、場所は昨日の因縁と同じ正面庭園。ただしこれは私闘につき、帝には決してお見せすることはできぬ。⋯⋯以上だ」


 綾麿あやまろの声は冷たかった。

 戦いのときと場を告げ終えた綾麿あやまろは、くるりと身をひるがえした。

 そして束帯そくたいの端をたなびかせると、鎌足かまたりには一切目も合わさず、一人控えの間へと消えていく。



 公家たちが依然としてざわつき、おろおろと狼狽える中、鎌足かまたりはただひたすらに麒麟きりんを睨み続けていた。


 麒麟きりんはそんな鎌足かまたりの視線すら嘲笑っている。

 意気消沈していた麒麟きりんはもういない。

 其処そこにはいつも通りの麒麟きりんが居た。

 にこにこと余裕の表情。

 そしてあどけない気楽さを漂わせながら、これ見よがしに鎌足かまたりの真横を通り、悠然と先に運命の戦いの場⋯⋯正面庭園へと向かっていく。


「⋯⋯さあて、と。大変なことになっちゃったなぁ。鎌足かまたりさんは強いからなぁ。⋯⋯負けないように頑張ろう、っと!」


 すれ違った最中に漏らした、謙遜けんそん表言葉おもてことば

 しかし麒麟きりんの内心では、邪気を帯びた笑いと、醜悪な裏言葉うらことばが止まらない。


(⋯⋯昨日受けたこの顔の傷の痛み恨み、今日受けた恥辱屈辱、た〜っぷりとお返ししてやるぜ。あの得意気な不細工面ぶさいくづら、四半刻後には柘榴ざくろのようにずたずたに斬り刻んで、もっともっと不細工に、死化粧を飾ってやるからなぁ! 覚悟してろ、鎌足かまたりぃぃ!!)━━━━⋯⋯。






 ⋯⋯━━━━ 一人、また一人と、勝負の場となる庭園へと移動していく公家たち。

 御簾みすの先の帝も、兼季かねすえ屏風びょうぶの通路を案内されながら、誰にも姿を見せないままでこの場を後にしていた。


 人の息吹が去り、静寂の刻に包まれた紫宸殿ししんでんの中には今、鎌足かまたり一人だけが座している。


 鎌足かまたりたかぶる気持ちを力に変えるため、ずっと目を閉じていた。

 そしてただひたすらに精神を集中させていた。



 ⋯⋯目の前に迫る、恐るべき天舞てんまの技。



 一昨日と昨日の戦いの残像を思い出す。


 麒麟きりんの間合い。

 麒麟きりんの手首の撓り。

 そして体捌たいさばきの速さ、切れ、圧力。


 その全て防ぎ、攻撃へと転じる。

 刃をすり抜け、とどめを刺す。

 

 そんな最善必勝の動きを頭の中で模索し、一歩一歩、一振り一振り、組み立てていく。



 研ぎ澄まされた感情の中。

 鎌足は目を見開いた。



 そして羽織っていた白の死装束を脱ぎ払った。



「⋯⋯麒麟きりん ⋯⋯人間を人間とも思わない、残忍非道な御前にだけには、私は負けない⋯⋯。⋯⋯いや、絶対に負けたくない! ⋯⋯必ず勝つ! 勝ってみせる! 正義の名の下に、この御所に巣食う悪は、この私が討つ!!」━━━━。


 


第78話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第79話は、7月12日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

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