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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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76/82

第76話  残響の向こうで

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの御所侵攻を退ける。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣される。しかし裏では極秘に朝廷の探索の密命も帯びる。昨晩起きた蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの京都御所襲撃を何とか退けたのだが⋯⋯。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう白鞘しろさやの模造刀を手にする少年公家。天舞てんまと呼ばれる剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。性格は執念深く自己中心的。人によって態度はがらりと変わる。些細な出来事から生じていた鎌足かまたりとの確執は、鬼の御所襲撃をきっかけに更に深いものとなる。


 ━━━━東の空がしらむ。


 御所の死闘から一夜が明けていた。

 

 東番頭ひがしばんがしらを拝命した鎌足かまたりたち伊賀忍衆、初の京都御所警備の夜。

 そんな映えある日に不運不幸にも起きた、大規模な蒼鬼あおおに紅鬼あかおに双方による侵攻によって、日本ひのもと京都は多大な物的被害と人的被害を被ることになった。


 陽の光を浴びて輝く朝の御所。

 耳を澄ませばまだ昨夜の戦いの残響が聞こえてきそうなその景観は、昨日とはまるで様変わりしていた。

 京の都の誇りの一つである、天に届く程に高々とそびえ立っていた朱の大鳥居は崩壊。

 正面の門から見える御所の建屋も完全に跡形も無く崩れ去り、瓦礫がれきの山と化している。

 屋根や柱の形を成して今だ無事と言えるのは、御所の後方半分、そして紫宸殿ししんでんなど庭園と廊下で繋がった別棟の儀礼用の建屋だけだった。


 人的被害はと言うと、まず高官では中納言と少納言が、人間に化けて潜入した鬼の手にかかり暗殺、落命。

 他の文官の公家十二名と女官二名も、鬼たちとの乱戦や爆発の巻き添えで落命。

 また当日の警備兵全五十名のうち、鬼たちとの交戦により四十四名が落命、生存した六名も五名が重傷。

 また清涼殿せいりょうでん前を守っていた精鋭の御帝みかど親衛隊しんえいたい二十名に関しては、逃亡したと思われる行方知れずの一名を除き、他十九名全員が落命。

 駆け付けた非番だった御帝みかど親衛隊しんえいたい、その残り五名までもが犠牲になった。


 御帝みかど親衛隊しんえいたいは文字通りの全滅。

 御所の警備の陣容もまた、”全滅“に限りなく近い、“壊滅”状態だった。


 犠牲は京御所の者たちだけではない。

 平次(へいじ)、そして大吾(だいご)

 鎌足かまたりもまた大切な仲間の二人を失っていた。


 一晩での全落命者数は、計八十六名。

 今の帝の治世が始まってから、最大の惨事の夜と歴史書に記録され、また人々の記憶にも永遠に刻まれる悪夢の一夜となった。

 


 しかしそんな中でも、神の存在に感謝しなければならない奇跡の”天意“、すなわち神の導きとしか思えない幸運もあった。

 

 ⋯⋯中将ちゅうじょうであり、また東西南北警備四番の筆頭でもある不知火しらぬい綾麿あやまろの報告によれば、爆風の発生元の夜御殿(よんのおとど)に居ながらも、帝は奇跡的に怪我一つなく無事だった。


 らしい。


 らしい⋯⋯と人々が口にするのは訳があった。

 帝との謁見えっけんを許されている綾麿あやまろを含む五人以外は、御所の公家たち誰一人も、帝の姿を直接に見てその無事を確認したわけではなかったのだ。

 たがそれでも疑う者はまるで皆無だった。

 朝一で謁見えっけんを終えていた五人の内の筆頭、帝に次ぐ日本ひのもとの位である関白かんぱくから直々に、帝の無事を正式に伝える御触書おふれがき内裏だいりに張り出されていたからである。


 まさに不幸中の幸い、これぞ神力の御加護。

 誰もが口々にそう語り、帝の無事の報に胸を撫で下ろしていた。


 そしてもう一つ。

 瓦礫がれきの山の中で気を失った状態で発見された大将の兼季かねすえもまた、幸いにしてその一命を取り留めていた。

 援軍の声掛けと逃げ遅れた者たちの避難誘導を終え、清涼殿せいりょうでんに駆けつけた直後に突然の爆風に巻き込まれたらしい。

 崩れ落ちた建屋の下敷きになったものの、直撃だけは免れ、何とか九死に一生を得ていた。

 

 この二人の生存と幸運。

 そして。


 侵略者である蒼鬼あおおに紅鬼あかおに

 修羅しゅら六鬼を含む四十六の悪鬼のうち、その四十五鬼までをことごとく滅することができた⋯⋯。



 ⋯⋯それだけが、“今日”という陽を浴び、哀しみの朝を迎えた人々にとって、僅かな心の救いとなっていた━━━━。






 ━━━━既に陽は高く昇っていた。


 かなり遅い時間に鎌足かまたりは目覚めた。


(⋯⋯ん⋯⋯うぅ? ⋯⋯あ、あれ? ⋯⋯眩しい。⋯⋯陽の光か。⋯⋯夜じゃない?)


 御所正面の広い庭園内に居たはずが、いつの間にか離れの部屋の布団の中にいる。


 眠りを取る時も常に周囲に警戒を怠らないように、日々修練を重ねている伊賀忍の鎌足かまたりとは言え、一昨日からの身体の疲れは想像を遥かに超えていた。

 誰が傍に寄っても気付かない程に、完全に熟睡していた。


 微睡まどろみの中、“誰か”に抱きかかえられて、庭園から運ばれていく記憶は有った。

 傷付き疲れ果てた身体に、その抱擁はあまりの心地良さだった。

 まるでふかふかの枕に寝ているようにさえ思え、ずっとその”誰か“の腕に顔を擦り付けていたのを、何となくだが覚えている。

 まるでそれは夢の中の出来事のようでもあった。

 しかし此処ここにこうして横になっているという事は、夢では無いのだろう。


(⋯⋯衣や袖からは血の匂いがしたから、警備兵の誰かかなあ。あったかくて優しくて、安心できる腕だったなぁ。⋯⋯誰だろう? ⋯⋯後で御礼を言わなくちゃ)


 鎌足かまたりはゆっくりと上半身を起こしてみる。

 そうして体勢を変えて呼吸を整えると、先に目覚めた鎌足かまたりの意識に続いて、全体の記憶がようやく頭の中に追い付いてきた。


(⋯⋯いたた、身体中が傷だらけだよ)


 記憶だけではない。

 痛みもしっかりと追い付いてきていた。


 激痛こればかりは遠慮したい所だが、流石にそうもいかない。

 気を紛らすためにも鎌足かまたりは辺りを見回してみた。


 部屋に隣接した廊下からは、絶えず人が走り回る足音が聞こえている。



 鎌足かまたりが目覚めたこの時。

 既に御所内は、てんやわんやの大騒ぎになっていた。

 倒壊した御所の後片付けをする者。

 遺体を運び、埋葬や合同葬儀の準備をする者。

 そして新しい警備兵達の確保や予定の調整に追われ、御所内のありとあらゆる部署を走るように動き回る者。


 昨日の後始末と、今日以降の対策。

 やるべき事に必死に追われている彼等に、今の状況を尋ねたり、気さくに話かけることのできる雰囲気はまるで無かった。

 そして同時に鎌足かまたりは悟っていた。

 鎌足かまたりは御所の何処どこかも分からないこの用意された部屋で、自分の身に起きるはずの次の報告、高い位階いかいを持つ者たちからの上意じょういを、今はただひたすら座して”待つ“しかないということを。



 東番頭ひがしばんがしらに関わらず、警備兵以外にも多くの死傷者を出してしまった。

 帝の寝所である清涼殿せいりょうでん夜御殿(よんのおとど)にも、鬼たちの侵入を許してしまった。

 更に中納言ちゅうなごん少納言しょうなごんの暗殺に限って見れば、鎌足かまたりとがや責任はまるで弁解の余地は無かった。

 葬魂そうこんの術が仕掛けられていたとは言え、真犯人の蒼鬼あおおに羅刹らせつを安々と御所内に引き入れてしまったのは、東番頭ひがしばんがしらである鎌足かまたり自身だったからだ。


 昨日の乱戦の最後、そして記憶の最後である情景。

 去っていく蒼極鬼そうごくき蒼妖鬼そうようきたち蒼鬼あおおに四鬼には、興奮と勢いに任せて強気の啖呵たんかを切ったものの、その起こした失態の大きさから、もう鬼たちに戦いを挑める機会など無いことは、鎌足かまたり自身が一番良く分かっていた。


(⋯⋯清涼殿せいりょうでんに鬼たちの侵入を許した時点で、取り決めならば死罪。しかも多くの公家を死なせてしまった。公家たちにとっては私は仲間のかたきにも見えてるだろうな。きっと遅かれ早かれ、昨日の責任の所在を問われる場は開かれるだろうな)


 公家の高官たちからの厳しい追及は免れないだろう。

 押し寄せる言葉の荒波が目に浮かぶ。

 鎌足かまたりかばうことのできる絶大な力や優しさを兼ね備えている者、そして救いの手を差し伸べてくれる者は、この京都御所には到底居るようには思えなかった。

 断罪の荒波の全てを撥ね退けることは、どう考えても不可能だった。


(⋯⋯あ、そうだ。大将様はご無事だったんだろうか。絶対に絶対にご無事であってほしい。⋯⋯でも、一番私を理解してくれる大将様が無事だったと言えども⋯⋯、私への助成は絶対に無理だろうなぁ。あの御方にも立場があるし、状況が状況なだけに⋯⋯)


 人間内での争いやねたみや権力の横暴は、ある意味で鬼たちの殺意よりも恐ろしい。

 圧倒的な不利。

 余所者よそものである鎌足かまたりを憎み嫌う者が内裏ここには多すぎた。


(本当は昨日死んでもおかしくなかったから、とうに覚悟はできてる。⋯⋯たぶん切腹だな、⋯⋯今度こそ間違いない。⋯⋯でも切腹の作法ってどうやるんだっけ? よく分からないや)


 鎌足かまたりは手にした鬼切丸おにきりまるをぼんやりと見つめた。

 幻斎げんさいの書斎だったか、何処どけかで見た武士道ぶしどうを説く書物の絵図を思い出しながら、見様見真似みようみまね切腹せっぷくの動きを模倣もほうしてみる。

 しかしどうも上手くいかない。

 鎌足かまたりは左脇腹に刺すのか、右脇腹に刺すのか、それすらも分からなかった。


 そうこうしている内に、不思議にも鬼切丸おにきりまるかすんで見えてくる。


 涙が自然と零れ落ちていた。


(悔しい⋯⋯。百地翁ももち様が用意してくれた折角の機会。もっと活躍したかった。⋯⋯もし綾麿あやまろが切腹の介錯人かいしゃくにんだったら嫌だな。⋯⋯でも綾麿あいつの事だ、そんな話になったら、きっと喜んで引き受けるんだろうな。綾麿あいつとの対談でも、あんなに力強く死罪の約束しちゃったし⋯⋯)


 鎌足かまたりの脳裏に、切腹のため座している自身の背後に立つ綾麿あやまろの姿と、手にしている村雨むらさめ蒼白そうはくほむらよぎる。

 介錯かいしゃくを務める綾麿あやまろの表情は、蔑んだ目で鎌足かまたりを見下し、愉しそうに冷ややかに微笑んでいる。

 そしてその口元が一際ひときわ吊り上がったと思った瞬間。


 ⋯⋯蒼白そうはくほむら鎌足かまたりの首に振り下ろされた⋯⋯。


(⋯⋯わわわ)


 鎌足かまたりは思わず目を閉じ、そんな綾麿あやまろの幻影を振り払うように、首を何度か横に振った。


(⋯⋯あぁ、それだけは嫌だ。綾麿あいつに斬られて果てるなんて。⋯⋯ん、でも待てよ。いや、切腹って決まったわけじゃない。もしかしたら切腹どころか、罪人と同様の斬首ざんしゅとかはりつけとか火炙ひあぶりかも⋯⋯? ⋯⋯はぁ。いずれにしても、この景色も今日明日くらいで見納めか)


 最後は溜息が出た。

 もはや自分は俎板まないたこい

 考え始めたらきりがなかった。

 今度は綾麿あやまろではなく全ての雑念を振り解くため、鎌足かまたりは涙を拭った。


「⋯⋯だめだ、だめだ。めそめそしてたら御頭おかしら百地翁ももち様に笑われる。切腹なら痛いのはほんの一瞬だ。それさえ乗り越えれば、死んでいった皆とまた会えるじゃないか。それにもし地獄に堕ちるなら、また蒼鬼あおおに紅鬼あかおにたちとも戦える! ⋯⋯うん、そうだ、昨日のお返しだ、こっちから会いに行ってやる! 地獄で大暴れしてやる! ⋯⋯大将様や大臣だいじん殿に土下座して頼めば、鬼切丸おにきりまるの一本くらいは、棺桶に一緒に入れてくれるだろう⋯⋯」


 鎌足かまたりはただまっすぐに鬼切丸おにきりまるを見つめていた。

 鎌足かまたりが向き合っているのは、鬼切丸おにきりまるの刃に映っている、自分自身の弱気な顔。

 想いを出来る限り強く、言葉かたちにして紡ぐ。

 そうすることで、死の恐怖におびえている自分の弱い心を懸命に奮い立たせていた。



 ⋯⋯その時だった。



 鎌足かまたりの部屋の前、障子越しに人影がちらついた。

 それは高位の者から”伝達“を言い渡された、女官にょかんのようだった。


「⋯⋯あの、もし。江戸の鎌足かまたり様? 起きてはりますか? ⋯⋯左大臣様、右大臣様、そして大納言様以下、高位の皆々様からのお達しです」


(⋯⋯いよいよ来たか)


 鎌足かまたりは改めて背を正す。

 そして覚悟を決めて口を開いた。


「はい⋯⋯、起きてます」


 女官は直接に鎌足かまたりと話す事が禁じられているのか。

 鎌足かまたりとは顔を合わせず、障子越しに用件だけを告げた。


「本日の昼過ぎ、今よりちょうど一刻いっとき後になります。昨日の防衛の失態の件と、今後の処遇の件を話し合うため、紫宸殿ししんでんにて会合が開かれる、との事。紫宸殿ししんでん近くに改めて控の間も御用意致しました。⋯⋯鎌足かまたり様には心して参列されるように、とのお達しです」


一刻いっとき(※2時間)後ですね。わかりました。わざわざありがとうございます」


 鎌足かまたりは深い溜め息を吐いた。


(⋯⋯思ったより早かったなあ。あまり時間が無い。御頭おかしら百地翁ももち様、江戸の皆へ別れの手紙を⋯⋯とも思っていたけど、どうやら無理そうだ)


 鎌足かまたりが身支度を整えようと立ち上がろうとした時。

 障子越しの影は最後に、本人の純粋な心からの気持ちの一言を添えてくれた。


「あの⋯⋯、御辛いでしょうがお気を確かに。昨日は鬼を退治してくれて、本当にありがとうございます。⋯⋯私、貴女の事は決して忘れません、⋯⋯どうか来世では幸せになっておくれやす」


 そして涙ぐみながら、その場を去っていった。



 ⋯⋯その一言に鎌足かまたりはまた涙した━━━━。






 ━━━━「⋯⋯さて、と。残された時間は僅かなんだ。悔いのないようにしなきゃ」


 身支度を整えた鎌足かまたりは、ひとり廊下を歩いていた。


 身支度と言っても、儀礼用の衣装ではない。

 乱れていた帯や襟を簡単に整えただけの、昨日の激戦を映す穴開き忍装束のままだった。


 男性に見えるようにとまとっていた羽織袴はおりはかまは、昨日庭園内で脱ぎ捨てたために今は手元には無い。

 甚左じんざ平次へいじが居ない今、どんな衣をどんなふうに着こなせば良いかも鎌足かまたりは分からなかった。

 衣を合わせてくれる侍女なども当然に居ない。

 こうなってしまっては儀礼用の衣の堅苦しさが苦手な鎌足かまたりが取るべき道は、いつもの忍装束。

 この一つしか無かったのだ。



(⋯⋯この格好がやっぱり一番落ち着くなあ)


 鎌足かまたりは忍装束のまま、会合の場に臨もうとすら考えていた。

 礼儀作法には反する。

 しかし今となっては、礼儀作法一つで結果が変わるとは到底思えない。

 ならば最後は自分らしく在りたい、いつもの自分で臨みたいと願う気持ちからだった。


「本当は宿にも戻って、荷物を整理したり、女将おかみにも礼を言ったりしたかったんだけどな⋯⋯、たぶん⋯⋯、無理かな」


 鎌足かまたりは唐突に振り返った。

 そして背後に目を配る。

 

 鎌足かまたりの視線に反応した何人かの男の影が、柱や物陰にスッと身を寄せた。

 会合に出席する誰かから指示を受けたのだろう。

 鎌足かまたりが逃亡しないように見張る、監視役の男たちが背後に数名張り付いていた。


(⋯⋯はぁ、会合前、沙汰さたはまだ出ていないのに、まるでもう咎人とがびと扱いだな。⋯⋯逃げも隠れもしないのにな)



 鎌足かまたりは心で僅かばかりの愚痴を唱えた。

 そんな鎌足かまたりがまず真っ先に向かったのは、警備番の詰所だった。


 その目的は平次へいじ大吾だいご

 仲間二人の亡骸なきがらを引き取りに向かったのだ。


(⋯⋯一刻いっときあれば、近くの御寺に二人の弔いや埋葬を依頼できるかもしれない)


 二人の供養を考えたからだった。

 特に葬魂そうこんの術を受けた平次へいじの魂の成仏を強く願っていた。


 鎌足かまたりの頭の中に、蒼鬼おにとなった平次へいじの顔が浮かぶ。


 鎌足かまたりは昨日の戦いの中で一つ気付いたことがあった。

 葬魂そうこんの術を仕掛け、永い間を人間の姿として生きている鬼は、たおされた時には止まっていた刻の流れを一気にその身に受けてしまう、ということだった。

 紅影鬼こうえいき紅斬鬼こうざんき、そして蒼鋼鬼そうこうき

 蒼鬼あおおに紅鬼あかおにを問わず、死に際を目にすることのできた修羅しゅら全てがそうだった。

 鎌足かまたりの目の前でまたたく間に、骨となり灰となり、塵となり風となる。

 そして最期は夜の空へと消えていった。


 しかし平次へいじだけは違った。

 葬魂そうこんの術を受けてからたおされるまで、僅か一日しか経っていない。

 年月の間隔が空いていない平次へいじ亡骸なきがらは、朽ち果てることもなく人間の形をそのまま保っていた。

 この最期の姿の違いが、鎌足かまたりがこの事実に気付く一つのきっかけになったのだ。


(⋯⋯そう言えば、江戸でたおした甲賀こうが忍に化けていた蒼鬼あおおに羅刹らせつ。あいつだけは最期は白骨になってたな。まだ肉も僅かに残っていたくらいだった。⋯⋯あれ? あの甲賀こうが忍、いつから葬魂そうこんの術で化けていたんだ? ⋯⋯ん、まあ⋯⋯、そんな大事なことでもないか)


 

 物思いにふけりながらぼんやりと廊下を歩く鎌足かまたりの周りには、昨日や一昨日と同様、こそこそと隠れるようにして公家たちが様子を伺っていた。

 そして相変わらずひそひそと鎌足かまたりの噂話をしている。


 鎌足かまたりは昨日までの若衆わかしゅうのような男装ではなく、完全に女性の姿。

 しかも京都や御所では間違いなく珍しく映るはずの、忍装束。

 その忍装束も穴が空いて所々斬り裂かれ、覗く肌も相当の怪我まで負って目に付く上に、鬼切丸おにきりまるを腰に差し、鎖鎌も腰や太腿にじゃらじゃらと巻き付けている。

 更に昨日の警備番不行き届きにより、被害のほとんど全ての責任を背負いながら、死罪の宣告を待つ身。


 公家たちの噂話の格好の標的となるのは、至極当然だった。

 

 それでも視線に嫌悪感しか抱かなかった昨日とは違い、鎌足かまたりの心はまだ救われていた。

 鎌足かまたりに道を譲るように廊下の端に寄り、深々と頭を下げてくれる公家や官吏たちも少なからず居たのである。

 彼等もまた先程の女官と同じだった。

 やはり鎌足かまたりとの会話は禁じられているのだろう。

 言葉は何一つ無い。

 それでも鎌足かまたりにははっきりと分かった。

 鎌足かまたりの昨日の孤軍奮闘を聞き、明らかに敬意と感謝を表してくれている。


 そんな心ある公家や女官たちに頭を下げられる度、鎌足かまたりもまた彼等に向けて深々と頭を下げ返した。


 頭を下げる鎌足かまたりの伏した目に、公家や官吏の着物、女官の帯からぶら下がっている御守おまもりが、幾度となく目に入った。


(⋯⋯あ、宿の女将おかみさんも付けてた御守おまもりだ)

 

 色はそれぞれに違う。

 しかし御守に描かれている神紋しんもんはどれも同じだった。

 それは『満月に囲まれた、杜若かきつばたと三日月の弓』。


 同じ御守おまもりが複数人に見られたことから、この御守が京都でも高名な神社の御守ものらしいことは、知識の無い鎌足かまたりでも容易に想像ができた。

 


(⋯⋯内裏だいりの流行り、⋯⋯いや、京の町の流行りなのかな。そういえば京の町中にも確か、同じ神紋しんもんの額が飾られている神社仏閣がたくさんあったぞ。⋯⋯多くの神社を束ねている人気のやしろなのかもしれない。近いなら平次へいじ大吾だいごの弔いもお願いしてみようかな。由緒ある神社なら、平次へいじの魂も救えるかもしれない⋯⋯)⋯⋯


 

 ⋯⋯下を向いた鎌足かまたりの顔が、少しだけほころんだ。


 しかしそんな鎌足かまたりの二人への想いは、すぐに打ち砕かれることになった⋯⋯。



⋯⋯「⋯⋯二人の遺体? ⋯⋯あぁ、⋯⋯残念ですが、遺体(それ)ならあっちですよ。本来はお公家様の飼われていた犬や猫や、行き倒れなどが対象の場なんですが。⋯⋯お偉い様に命令されて、私もやむを得ず⋯⋯」


 詰所つめしょで後片付けをしていた男の顔が、申し訳なさそうにゆがむ。


 鎌足かまたりは男が指で指し示した方向へと歩き、御所の離れの更に離れに辿り着いた。

 そこで鎌足(かまたり)が見たもの。

 それはまきを積み上げてその場しのぎに作った小さな火葬台と、天を焦がし立ち昇る最中の炎だった。


「⋯⋯平次へいじ、⋯⋯大吾(だいご)


 平次へいじ大吾(だいご)亡骸なきがらは、無縁仏むえんぼとけと同じ扱いとして御所裏の火葬用の地で早々に焼却されていた。


 鎌足かまたりには一切の理由の説明も無く、また火葬のうかがいを立てるようなことも無かった。

 平次へいじの正体が蒼鬼おにであったことが、この亡骸なきがらの早急かつ無慈悲な処置と関係があるのかもしれない。



(⋯⋯いや。もしかしたら、私たちが“忍だから”⋯⋯、かもしれないな)



 火葬台から天高くに向け、立ちぼる煙。

 そんな”二人の最期の姿“を見つめながら、鎌足かまたりは二人の成仏だけを願い、半刻(はんとき)程その場に立ち尽くしていた。

 そして煙が何一つ見えなくなるまで、煙が消えていく先の空をぼんやりと眺めていた。



(⋯⋯二人ともごめんな。骨を拾ってやれなくて⋯⋯、江戸まで一緒に連れて行ってあげれなくて⋯⋯。成仏のために何かしてあげたいけど、⋯⋯私にはもう時間が無いんだ。⋯⋯その代わりに私もすぐにそっちに行くからな、待っていてくれよ)



 忍にはしかばねを拾う者はいない。

 ましてや墓標ぼひょうなども無い。

 ただ草に生き、草として消えるのみ。

 

 それは鎌足かまたりにも分かっていた。

 伊賀の忍に加わってから、何度も何度も御頭おかしら幻斎げんさいに教え込まれていた、忍の生き様を端的に表す無情の言葉だった。


 それでも今、鎌足かまたりの頬を伝う涙は止まらなかった。



(⋯⋯くすぶる煙が目に染みるなあ。⋯⋯御頭おかしら百地翁ももち様、⋯⋯私は決して泣いてませんから)⋯⋯⋯⋯


 



 ⋯⋯⋯⋯二人の送り火を見送った後、次に鎌足かまたりが向かったのは意外な場所だった。


 御所での顔見知りの存在⋯⋯と言うには、ちょっと気が早いかもしれない。

 しかし何度か会っていた門番に親近感を抱いていた鎌足かまたりは、最後の挨拶のために自然とその足は正門へと向かっていた。


 残されたときを一人で過ごすより、見知った誰かと話をしたほうがずっと心が楽だったから。


 ⋯⋯なのかもしれない。



「あの⋯⋯、門番さん、昨日ぶりです。こんにちわ」


 鎌足かまたりが唐突に話かけると、門番は一瞬ぎょっとしたような顔を見せた。

 鎌足かまたりの格好が昨日までの男若衆おとこわかしゅうではなく、女忍装束だったことが門番を驚かせていた。

 しかし昨日の鬼の襲撃の経緯いきさつ勿論もちろん、これから鎌足かまたりを待ち受けている内情はある程度は知っているのか、すぐに同情の目や表情を浮かべてくれた。


「⋯⋯昨日の東番、御期待に応えられずにすみません。多分にこれが最後の挨拶になりそうです。短い間でしたけどお世話になりました」


 昨日までの活発な鎌足かまたりとは打って変わって、拍子抜けする程のしおらしい挨拶に、門番は困ったように頭を掻きながら答えた。


「ふーん、あんたはんもついてないねぇ。寄りによってあんなに鬼が現れた昨日が当番とは⋯⋯。それより最後も“また”謝って終わったなあ」


 そして明らかな慰めの大笑いをしてくれた。


「⋯⋯はは、そうですね」


「あんたはん、折角の女子おなご姿やのに、こんな時でもその仰々しい刀と鎖鎌、外さんのかいな。ほんに物騒な女子おなごやわ。ほんまもう身体の一部になっとるんやなあ」


「⋯⋯はは、この格好が本当の私でありまして。昨日までが偽物です。⋯⋯はは、それにこの鬼切丸おにきりまるも鎖鎌も、相棒⋯⋯いや、弟みたいなものですから」


「何や、弟まで巻き込んだんかいな。駄目な姉さんや」


「⋯⋯はは、そうですね。駄目なお姉ちゃんです」


 幸せなひとときだった。

 鎌足かまたりの無垢な返しに、門番が豪快に笑う。

 鎌足かまたりも一緒になって、少し涙を滲ませながら笑った。



 鎌足かまたりはふと、門の内側から外を眺めた。


 鎌足かまたりが逃げ出すのではないか。

 背後の監視役たちが色めき立つ。

 しかし鎌足かまたりは何も動じない。

 逃げる気など毛頭ない。

 ただ前だけを、御所の外だけを真っすぐに、遠い過去を眺めるように見つめ続けていた。


 不思議な感じがした。

 今まではこの外の世界に生きてきたのに、今はもう完全に門の内側の世界に縛られ、そして長い間をこの御所の中で生きてきたような気がする。


 御所の外には今日も変わらず、昨日と同じ光景が広がっていた。

 大通りを歩く、老若男女たくさんの人々。

 元気よく走り回っている子供たち。

 道の端の店先に、美味しそうな団子だんご屋。

 そしてまだ色を散らずに力強く咲き誇る、残り桜と美しい桃色の花弁はなびら


(もう私は半分この世界の住人じゃない。御所ここからさきにはもう出られないんだ)


 鎌足かまたりは改めて、自身の最期の時が近づいているのを悟った。

 


 昨日一昨日の鎌足かまたりの場違いな挨拶を話の種にしたこの二人の談笑も、ほんの少しの間だけだった。

 実際はもっと長かったのかもしれない。

 しかし鎌足かまたりには、その刻の流れは葬魂そうこんの鬼の滅した際の刻の一気のかさのぼり程に、あまりにも早く感じられた。


「⋯⋯じゃあ。また⋯⋯、⋯⋯あ、じゃなかった。⋯⋯いつかまた、あの世で⋯⋯」


 鎌足かまたりは神妙な顔で軽く会釈をすると、御所の中へと向かって歩き出した。

 そんな鎌足かまたりの遠ざかる背中に向けて、門番は最後まで力強く声をかけてくれた。


「⋯⋯おーい! あんたはんの死罪の刑が正式に決まったら、必ず刑場に最期の姿を見届けに行くからなぁー! できる限り元気出してなあー!!⋯⋯⋯⋯」



(⋯⋯あ、はは、それはちょっと嫌だな)


 鎌足かまたりは苦笑いをしながら、大きく深呼吸した。


 そして気持ちを再び入れ替えた。


「⋯⋯やっぱり死装束はまとうことにしよう。この格好で居たらこの現世への未練が尽きないや。会えなかった御頭おかしら百地翁ももち様、江戸の仲間たち、大将様、宿の女将さん、案内役あないやくさん、そして美桜みおさく。⋯⋯みんな本当に今までありがとう」


 女官に刻限を告げられてから、既に半刻はんとき(※1時間)をゆうに過ぎていた。



(⋯⋯あ。あと、おまけで綾麿あいつも。帝を守ってくれたんだ。一応礼は言っておかないと。ほんの少し、これっぽっちの気持ちだけ。⋯⋯ん、でも本当に切腹の介錯人かいしゃくにんだったら⋯⋯、無意識に身体が抵抗しそうだなぁ。⋯⋯腕に噛み付かないように気をつけなきゃ)



 用意された控の間へ。


 上にまとう死装束の色だけは決まっていた。


 最後まで純粋無垢で在りたい。



 だから、⋯⋯白。



「⋯⋯よしっ」


 鎌足かまたりが両掌で両頬を叩く。



 そして今日一番の凛々しい表情で、次の一歩を力強く踏み出した━━━━。




第76話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第77話「断罪」は、7月5日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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