表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/81

第75話  死闘の終幕 〜後編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。図らずも鎌足かまたりと共に御所防衛に身を投じる。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。初の警備番の日に帝の命を狙う鬼たちの襲撃を受け、戦いの中に身を投じる。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れた。


 ━━━━御所上空に現れた巨大な蒼の渦、⋯⋯羅生門らしょうもん邪道じゃどう


 誰もがそらを見つめて騒然としていた。

 新たな敵の来襲に備えて警戒を強める。

 そんな中、そらから目を離す者が一人居た。



 ⋯⋯青龍せいりゅうだった。



「⋯⋯さて、と。あるじ綾麿あやまろ様の無事も確認できたことですし、私は此処ここを離れるとしましょう。たった今見えた占いによると、私は何も見ていない、そして私はこの場を離れた方が吉兆きっちょうに繋がる。そう出ましたゆえ⋯⋯。麒麟きりん、後は官職の有る貴方に任せましたよ」


「⋯⋯え?」


「それに私は元来、貴方ほどは争い事を好みませんからね。⋯⋯よいですか。今だけは大目に見ますが、くれぐれも綾麿あやまろ様との約束、軽んじないように」


 青龍せいりゅうは最後に改めて、麒麟きりんに一言釘を差した。

 そしてにこりと涼やかに微笑むと、あおの渦にくるりと背を向けた。

 われ関せず。

 後の動きはそんな胸の内や言葉を体現していた。

 空を仰ぎ見る鎌足かまたりや警備兵たちを余所よそに、青龍せいりゅうは御所を取り囲む土壁の方へと歩いていく。


「⋯⋯ちょ、せ、青龍せいりゅうさん!? 逃げるんですか!?」


 麒麟きりんの声にも青龍せいりゅうは振り返ることはなかった。

 身軽に桜の木の枝に飛び乗ると、土壁の上へと颯爽さっそうと飛び降りる。

 そしてそのまま夜の通りへと身を投じていった。


「⋯⋯ッ⋯⋯って⋯⋯本当に行ってしまった⋯⋯。相変わらず気まぐれなひとだな。いつもこうだ。強いくせに、笛を吹いているか、逃げるか、どっちかなんだから」


 麒麟きりんが呆れ顔で呟く。




 ⋯⋯青龍せいりゅうの姿が御所から消えたその時。


 羅生門らしょうもんの渦が唸りを上げる。

 地上に向けて稲光のようなあお閃光せんこうが三本走った。


 その光の中には、“何か”が在った。


 三つの光の筋はあおい霧をまといながら、地上に三つの人影らしき姿をかたち作っていった。



「⋯⋯あの影は! そうかッ! やっぱり援軍だな!?」


 額からの嫌な汗が、鎌足かまたりの頬を伝う。


 閃光を通じて地上に降り立った三つの影。

 それは“人形ひとがたのようなもの“から、徐々に頭部と四肢を持つ明らかな“人形ひとがた”へと変わっていった。

 あおい霧が闇に溶けていく。

 そして影を覆い尽くしていたきりの九分が晴れた時。

 綾麿あやまろ鎌足かまたりたちの前には、明らかに三人の人間がその場に立っていた。


 まだ微かに身体に蒼霧あおぎりまとうため、容姿や衣の全容までは見えない。

 しかし薄っすらと見える中でも、その内の二人は厳密には人間ではなかった。


 あおみがかった眼に、銀色の瞳。

 額に生えた二本の角。

 

 しかしその容姿はいかにもな鬼の形相ではなく、人間とまるで同じ。

 ともすれば人間以上に美しかった。


 一人だけは全身を豪華なあおの鎧兜で覆っていた。

 顔も面頬めんぼうで隠しているのか。

 角は目視できず、目元しかまだ分からない。

 しかしその隙間から覗く鋭い眼の輝きは、やはりあおと銀色とで彩られている。

 立ち位置からして、その鎧兜の中は他の二人と同じ種の”鬼“であることは明白と言えた。


 目にできる僅かな証拠ものだけで分かる。

 鎌足かまたりは生唾を飲んだ。

 その三つの影は紛れもなく蒼鬼あおおに



修羅しゅらだ⋯⋯)⋯⋯



 ⋯⋯《⋯⋯蒼極鬼そうごくき様ぁっ!》


 鎌足かまたりの心の声を斬り裂くように、蒼妖鬼そうようきが揉み手で嬉しそうな声を上げた。


 三鬼中央のとりわけ凛々しい立ち姿の影が、あおの残霧を左右に分かちながらその全身を現した。

 品位を感じる落ち着いた佇まい。

 長髪をなびかせ、唯ならない威厳と美を感じさせる男の蒼鬼あおおにだった。



「⋯⋯だ、誰だ、こいつ⋯⋯、こんな落ち着き払っているのに威圧感が尋常じゃない。⋯⋯紅閃鬼こうせんき紅斬鬼こうざんき勿論もちろん、あの蒼鋼鬼そうこうきも比じゃない⋯⋯」


 鎌足かまたりが警戒を強める中、“蒼極鬼そうごくき”と呼ばれたその男鬼は、蒼妖鬼そうようきに近づくと優しく声をかけた。


《⋯⋯待たせたな、蒼妖鬼そうようき


《⋯⋯嬉しい。まさかお越しになるなんて。⋯⋯あ、此度こたびわらわの戦いの様子、妖凛刀ようりんとうの目を通して、ちゃんと地獄から見て頂けたかしら?》


 恥ずかしさと嬉しさで、蒼妖鬼そうようきがまるで紅鬼あかおに羅刹らせつのように赤面する。


《⋯⋯ああ。最後の帝の寝所の御簾みす、その謎の黒き光り、⋯⋯まで、な》


《でも蒼極鬼そうごくき様っ、折角のお越しなのに申し訳ありません。謎の邪魔が入り、このようにまだ京御所は陥落前。帝の命も⋯⋯、⋯⋯ッ、今すぐにこの人間ものたちを仕留め、この日本ひのもと京の居城、落としますゆえに!》


 蒼妖鬼そうようき綾麿あやまろ鎌足かまたりたちの方を再び振り向く。

 この蒼極鬼そうごくきという男鬼に、これ以上は無様な姿は見せたくないはないのだろう。

 蒼妖鬼そうようきの顔は傷ついた身体のことも忘れ、勝ち気さと自尊心が満ち満ちている。

 

 そんな蒼妖鬼そうようきに向け、蒼極鬼そうごくきが発した次の一言は、まさに意外すぎる言葉だった。



《⋯⋯蒼妖鬼そうようきよ、もうよい。⋯⋯今日の所は退くのだ》


《⋯⋯えっ! ⋯⋯で、でも! まだやれますわ!》


《いや、人間の雑魚どもなら何ら問題は無いだろうが、あの『六歌戦ろっかせん』を相手にその身体では戦いは不利だ。それに紅鬼あかおに共々に全滅を味わうより、そなた一人だけでも生き延びた方が、紅皇鬼こうおうきめは悔しがるだろう。⋯⋯ふふふ、案ずるでない。蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの勝負⋯⋯、少なくともこれは我々蒼鬼あおおにの勝ちだ》


《⋯⋯まぁ、そうですが、⋯⋯でも、でも悔しいわ》


《⋯⋯それだけではない。万が一に御前を失っては、私の胸が張り裂んばかりに痛むというもの。⋯⋯さあ。あおの地獄に戻り、いつもの美しくきらびやかな着物をまとい、皆の目を癒やしながらゆっくり傷も癒やすがよい》


《⋯⋯まあっ、蒼極鬼そうごくき様⋯⋯》


《その美しい顔に傷がほとんど無くて、何よりだ。私は今宵の勝利を欲するよりも、そなたの無事が一番嬉しい》


《⋯⋯は、はい。⋯⋯ありがとうございます》


 蒼妖鬼そうようきの目を見つめながらの蒼極鬼そうごくきの穏やかな声に、蒼妖鬼そうようきは更に頬を紅潮させている。

 そんな蒼妖鬼そうようきに、蒼極鬼そうごくきは黙って掌を差し出した。

 蒼妖鬼そうようきもまた夢見心地で、その差し出された掌に自身の掌を重ねていた。



《⋯⋯そしてだ、蒼妖鬼そうようきよ。帝の間で起きたあの謎の閃光せんこうの話。後程私にゆっくりと聞かせてくれ》


《⋯⋯はい、勿論もちろんですわ。蒼極鬼そうごくき様》



 ⋯⋯人間たちはそっちのけだった。

 蒼鬼あおおにの男と女だけの世界が在った。



「⋯⋯な、な、何なんだ、こいつら。深い仲なのか」


 男女の仲にうと鎌足かまたりですら、眉をしかめて呆気にとられていた。


 そんな鎌足かまたりの隣で綾麿あやまろが呟いた。


「⋯⋯深い仲、か。⋯⋯鬼にそれは無い」


「⋯⋯えっ?」


 鎌足かまたり綾麿あやまろの顔を仰ぎ見た。

 しかし今しがたの呟きは無意識だったのか。

 綾麿あやまろ蒼鬼あおおにたちだけを真っ直ぐに凝視し続けている。

 その真剣な眼差しを前にして、鎌足かまたりも慌てて気合を入れ直し、蒼鬼あおおにたちに向けて目線を戻した。

 その瞬間にはもう鎌足かまたりの頭の中からは、今の綾麿あやまろの何気ない言葉はすぐに消え失せてしまっていた。



 そんな呆気にとられている鎌足かまたりたちを余所よそに、蒼極鬼そうごくきは着物の袖を仰々しく広げ、蒼妖鬼そうようき蒼渦あおうずの真下へと優しく案内していく。


 綾麿あやまろ鎌足かまたりに一瞬見つめられたことも気付かず、ただ黙って蒼妖鬼そうようきたちの様子を見ていた。

 その瞳の中心に映るのは、ただ一人。


 ⋯⋯蒼極鬼そうごくきだった。



 この時、綾麿あやまろの脳裏に様々な場面が浮かぶ。

 それは朧気なあおかすみに包まれた記憶の断片。



 ⋯⋯けたたましい馬の鳴き声。


 ⋯⋯目の前で前脚を上げる馬。


 ⋯⋯馬に乗る凛々しい男の姿。


 ⋯⋯その額に煌めく二本の角。



 ⋯⋯そして、人間を見下した冷たい瞳。



(⋯⋯蒼極鬼そうごくき



 綾麿あやまろはこの蒼鬼おとこの名前を呟いた。

 村雨むらさめを握る右手が、みしみしと音を立てる。



 既に蒼霧あおぎりの全てが晴れていた。

 蒼極鬼そうごくきの脇を固めている二鬼の蒼鬼あおおに

 明らかになったその内の一鬼は、長髪で薄蒼色うすあおいろ格衣かくえまとっていた。

 右掌な指と指の間にさいを挟み持ち、それをくるくると回転させながら、眼前の人間たちの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくさげすんだ目で観察している。


 もう一鬼は先程の全身をあおの鎧兜でまとった、重々しく威圧感のある武者姿の蒼鬼あおおに

 こちらの蒼鬼あおおにの鎧兜の装飾も相当に豪華だが、何よりも腰に差している重厚で派手な装飾の刀が目を引いた。

 抜刀していなくても発している、邪悪な氣。

 そしてただならない妖気と凄み。


 それは一目惚れ、と言ってもよいかもしれない。

 その禍々しい刀に麒麟きりんは釘付けになっていた。


「あ、あれは⋯⋯、あの刀は⋯⋯」



 蒼極鬼そうごくきはゆっくりと辺りや人間たちを見回すと、中心に立つ綾麿あやまろに向かって丁寧に声をかけた。


《⋯⋯貴様が日本ひのもと六歌戦ろっかせん』、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろだな》


「⋯⋯ああ」


《⋯⋯此度こたびの人間たちの命をした戦い。まことに見事であった。紅鬼あかおに二十三鬼だけではなく、我らの死掛しかけたあおの地獄、修羅しゅら羅刹らせつ二十三鬼のうち、その二十二までをことごとく“奇跡的に”返り討ち、撃破するとは》


「⋯⋯⋯⋯」


《この蒼鬼あおおにが総大将、蒼極鬼そうごくき、ただただ感服かんぷくするしかない。憎き紅鬼あかおにを我等の代わりに斃してくれた礼と、“奇跡”とやらに免じて、今日の所は一旦退かせて頂こう》


「⋯⋯⋯⋯」


《⋯⋯だが》


「⋯⋯だが、次は必ず殺す、か? 御丁寧に相手を見下した宣戦布告の言葉遣い。⋯⋯相変わらずだな」


 綾麿あやまろの目は冷淡さを増していた。

 そんな瞳の色に相応しい淡々とした言葉で、蒼極鬼そうごくきの言葉をさえぎった。


《⋯⋯? ⋯⋯相変わらず? ⋯⋯ふふ、おかしな男だ。初めて会ったと思うが⋯⋯》


「⋯⋯⋯⋯」


《⋯⋯ふっ、まあよい。『六歌戦ろっかせん不知火しらぬい綾麿あやまろ。私はこの美しき蒼鬼おに蒼妖鬼そうようきの刃の目を通して、ずっとこの戦いを見ていた⋯⋯》


「⋯⋯そうか。抜け目が無いな」


《それゆえ、貴様の自慢の剣技わざがあまり見れなかったのは残念だが⋯⋯、日本ひのもとを最後まで守ると言うならば、恐らく貴様とはいずれまた会い、相見あいまみえる事になろう。⋯⋯ただし、⋯⋯ふふふふ、貴様が蒼鬼あおおに以外・・に足元をすくわれなければ⋯⋯、の話だがな》


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯ッ! 言いたい放題好き勝手に言いやがって!」


 話の最中、突然に鎌足かまたりが割って入った。

 蒼極鬼そうごくきの挑発の言葉に我慢ができなかったのだ。

 蒼極鬼そうごくきに向かって鬼切丸おにきりまるの刃をかざし、鎌足かまたりは激しく啖呵たんかを切った。


「⋯⋯この鬼切丸おにきりまるが御前たち蒼鬼あおおにの野望を止めてやる! 何なら四鬼ともまとめて今からでもいいぞ!!」



 怒りに任せた鎌足かまたりの宣戦布告。

 その無謀で真剣な表情を蒼妖鬼そうようきがせせら笑う。

 蒼妖鬼そうようきは寄り添っている蒼極鬼そうごくきの目に、視線で合図を送った。

 蒼極鬼そうごくきも目を合わせる。

 やれやれとばかりに肩をすくめる蒼極鬼そうごくきと微笑みあった後、蒼妖鬼そうようきは首を軽く横に振りながら、溜息混じりの真顔で呟いた。


《⋯⋯うふふ、蒼極鬼そうごくき様。この鎌⋯⋯何とかちゃんは、毒に強い腹だけが取り柄。相手にしても何の得にも自慢にもなりませんわ。あんな戯言ざれごとは無視しましょう》


「⋯⋯このッ、名前はかまたり“だって言ってるだろう! いい加減に覚えろ! この草婆くさばばあ!」


 毒の怒りはまだ収まっていなかった。

 鎌足かまたりは空いていた左拳を思いきり握り、顔を真っ赤にしながら吠えた。


《⋯⋯っ!! ⋯⋯な、何ですって!?》


 蒼妖鬼そうようきの美頬を彩るほのかで愛らしい紅潮が、瞬時に殺伐さつばつとした興奮の真紅しんくへと変わる。

 蒼極鬼そうごくきのすぐ前で侮辱的な言葉を浴びせられた蒼妖鬼そうようきの方も、鎌足かまたり同様に怒りで顔が真っ赤になっていた。

 鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの間で、見えない火花が散ぶ。

 激しく視線がぶつかり合う。


(「⋯⋯がるる」《⋯⋯がるる》)


 そんな威嚇の声が聞こえてきそうなくらい、この鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの睨み合いは、まるでめすの狂犬同士の睨み合いだった。

 しかしそんないさかいには一切興味無さげに、蒼極鬼そうごくきは鼻息荒い鎌足かまたりにも淡々と話しかけた。



《⋯⋯そして今吠えた伊賀の鎌足かまたりとやら。蒼妖鬼そうようきと貴様の戦いなら見ていた。江戸を守る伊賀の鎖鎌の技、そしてその半刃はんじんの刃。⋯⋯七十年前に我等の宿敵、紅鬼あかおに軍をたおした伝説の鬼切丸おにきりまる。その端々に垣間見える力の程は、地の底より存分に愉しませてもらった》


「⋯⋯何っ!? 」


 鎌足かまたり蒼極鬼そうごくきの”とある言葉“に反応する。

 それは“我等の宿敵”、”紅鬼あかおに軍“という箇所だった。


(⋯⋯待て。今、紅鬼あかおにを宿敵⋯⋯、と言ったか!? 二つの鬼が戦っているのは、奇妙だったけど、やっぱり、そうか。蒼鬼あおおに紅鬼あかおにいがみ合っていたんだ。⋯⋯なるほど。だから過去の侵攻はそれぞれ交互に日本ひのもとを襲わざるを得なかったのか。御頭おかしら百地翁ももちさまにも報告しなきゃ)



《⋯⋯ふふふ、おやおや、その表情。もしかして我ら蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの事は知らなかったと見える。まあ無理もないな、地獄の事など人間どもは知りようもない。これは口が滑ったかな。⋯⋯人間界では口は災いの元、と言うらしい。⋯⋯ふふふ、ふははは、剣腕うでだけではなく口も立つ『六歌戦ろっかせん』も居る。気をつけねば。⋯⋯なあ、蒼妖鬼そうようき


《⋯⋯うふふ。蒼極鬼そうごくき様ったら》

 


 蒼極鬼そうごくきは完全に鎌足かまたりを見下していた。

 続く嘲りの言葉と不敵で余裕な笑みが、鎌足かまたりの堪忍袋の緒を一気に緩めていく。


《⋯⋯さて、何の話だったかな、⋯⋯そうそう、鬼切丸おにきりまるは愉しめた。だが。その刀を握る貴様の実力はまだまだ不十分。⋯⋯この私には地の底と地上ほどに遠く遠く、及びはせぬ。ふふふふ⋯⋯》


「⋯⋯な!?」


 鎌足は悔しさで唇を噛み締めた。

 抑えきれない怒りの衝動が言葉に変わる。


「⋯⋯ッ!? 何だとう!? 鬼切丸おにきりまるを馬鹿にするな!!」


 ⋯⋯”綾麿あやまろみたいな事を言うな“。

 そんな言葉も浮かんだが、鎌足かまたりは本人を前にして何とか口に出さずに飲み込んでいた。



 しかし、その時。


 蒼極鬼そうごくきの目線や意識は、会話の相手であり自身を激しく睨みつけてくるこの鎌足かまたりでは無く、何故なぜかずっと別の場所へと向いていた。


 蒼鬼じぶんたちに向けられている、数多くの人間たちの熱い視線。

 蒼極鬼そうごくきはその内の一つに、鎌足かまたり綾麿あやまろのような敵対心ではなく、何故なぜか自分たち蒼鬼あおおにへの好奇心に近い特別な氣を感じていたのだ。


 放たれている好奇な視線の出処でどころは、鎌足かまたりの背後。



 ⋯⋯麒麟きりんからだった。

 


 蒼極鬼そうごくきはこの麒麟きりん蒼鋼鬼そうごうきを追い詰めていたことを、今は知らない。

 蒼極鬼そうごくきにとっては、名も無き刀を持つ、名前も知らない、力の程も知らない、知らない尽くしの小さな少年。

 しかし蒼極鬼そうごくきは同時に、この小さな少年の視線と心に秘められた、深い深い“闇”の存在にも気付いていた。


 麒麟きりんの目はずっと閻魔刀えんまとうを見つめている。

 ただ真っすぐに、ひたすらに貪欲どんよくに。

 その二つのまなこは、蒼極鬼そうごくきにとってこの上なく興味深い人間ものに見えた。


 蒼極鬼そうごくきは無言のまま、麒麟きりんを見つめていた。


《⋯⋯⋯⋯》


 ⋯⋯そして唐突に麒麟にんげんたちに背を向けた。


「⋯⋯⋯⋯」


 その蒼極鬼そうごくきの後ろ姿を、麒麟きりんもただ無言で見つめていた⋯⋯。




 ⋯⋯《⋯⋯では戻るぞ。あおの地獄へ》


 そらに浮かぶ羅生門らしょうもんの渦、その中心部。

 他の二鬼が待つその真下の位置に向かって、蒼極鬼そうごくき蒼妖鬼そうようきが歩を合わせて更に進む。


 その蒼極鬼そうごくきの背中に向けて、睨みを利かせていた綾麿あやまろが言葉の刃を投げかけた。


「⋯⋯聞け。蒼極鬼そうごくき羅生門らしょうもんを通り、この日本ひのもとに迷い出る蒼鬼紅鬼おにどもは皆、必ずやこの不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろが、村雨むらさめやいばが⋯⋯、斬る」


《⋯⋯⋯⋯》


「⋯⋯そして羅生門らしょうもん本道も必ずや見つけ、⋯⋯御前の首を斬る。首を洗って覚悟しておけ」


 蒼極鬼そうごくきが立ち止まった。

 僅かに後ろを振り返るように、綾麿あやまろの方を向いた。

 そして冷たい笑みを浮かべ、綾麿あやまろとその背後に立ち並ぶ人間たち全員に向けて、最後に余裕の言葉を残した。


《⋯⋯ふっ。日本ひのもとにとってそうなればよいな。せいぜい我々蒼鬼あおおにを愉しませてくれ》



 再び玉砂利たまじゃりを踏みしめる蒼極鬼そうごくき蒼妖鬼そうようきの背後を、鎧武者姿の蒼鬼あおおにさいを持つ蒼鬼あおおにも続く。

 邪道じゃどう蒼渦あおうずの真下まで来ると、この四鬼は揃って再び人間たちに向き直った。

 蒼極鬼そうごくきは乱戦の舞台となった御所を左から右へ悠然と見渡すと、背後の鎧武者の鬼に愉しそうに一つの命令めいを下した。


《⋯⋯ふふふ、見よ。人間界の象徴とも言うべきこの京都御所、憐れにも中途半端に壊れかけている。⋯⋯蒼将鬼そうしょうきよ、折角だ。解体を手伝ってやろうではないか》


《⋯⋯解体。ふふふ⋯⋯名案ですな。大工どもの手間が省ける》


《⋯⋯閻魔刀えんまとうを一振りしてやれ。人間やつらの強気な挨拶の、その良いかえしにもなろう。⋯⋯ただし、ほんの軽く、な》


《はっ⋯⋯》


 “蒼将鬼そうしょうき”と呼ばれた鎧武者の蒼鬼あおおにが頷いた。

 おもむろに腰からその目立つ重厚な刀を抜く。

 そして綾麿あやまろたちに背を向け、御所の方に向き直ると、”閻魔刀えんまとう“と呼ばれた刀を右片手上段に構えた。


 鎧兜が擦れる金具の音だけだった。

 他は何の気合の言葉も、声も無い。

 次の瞬間、蒼将鬼そうしょうきの右腕が動く。

 御所に向けてその重厚な刃を、ほんの“軽く”振り下ろした⋯⋯。



 ⋯⋯それは、たった一振り。



 しかしその一振りは、この傷ついた日本ひのもと京都御所にとって最悪の一振りとなった。


 剣閃けんせんの風と刃が衝撃の波動に変わる、

 凄まじい突風が吹きすさぶ。


 目の前に広がる、まだ形を残す御所の建物。

 閻魔刀えんまとうから生まれ出でた突風は、その御所に僅かに残された威厳へと襲いかかった。


 今宵起きた様々な難を逃れていた、屋根や壁や床。

 そのどれもがこの刃の軌道に沿って真っ二つにされ、音を立てて倒壊していった。

 半壊部も一瞬にして全てが粉々に砕け散り、更なる瓦礫がれきの山と化していく。


 その破壊力は先刻起きた黒光くろびかりに勝るとも劣らない。

 それ程までにこのあお閃光せんこうもまた凄まじかった。



「⋯⋯あ、⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯あ」


 鎌足かまたりが言葉を失う。


 この閻魔刀えんまとうによる暴挙の間。

 攻撃対象の反対風下に位置する鎌足かまたりや警備兵たちは、御所の更なる惨状に驚愕きょうがく唖然あぜんの表情を浮かべていた。

 成すすべなく、ただその場に立ちすくむしかなかった。



「⋯⋯っ! 閻魔刀えんまとう。⋯⋯地獄一と名高い魔剣まけん⋯⋯か」


 土煙や埃を避けるように狩衣かりぎぬの袖を口に当てながら、綾麿あやまろが呟く。


 閻魔刀えんまとうの驚異的な破壊力の一振りを前に皆が怯え戸惑う中、その場でただ一人、麒麟きりんだけは様子が違った。

 風に髪をなびかせながら、その目は感激や感動で潤んでいた。

 このとてつもない威力を秘めた魔剣を、更なる羨望せんぼうの眼差しで見つめていた。



(⋯⋯凄い。何て素晴らしいんだ。⋯⋯これこそ俺が求めていた刀だ。⋯⋯目の前に立ちはだかる邪魔者、その全てをたった一撃で滅ぼす力⋯⋯。⋯⋯欲しい、⋯⋯あの刀が。⋯⋯もし、もし、あの閻魔刀かたなを手にする事が出来れば、⋯⋯中将あいつや『六歌戦ろっかせん』なんて目じゃない。⋯⋯間違い無く俺は無敵になれる!)



 音を立てて崩れ落ちていく御所。

 蒼将鬼そうしょうきの納刀を見届けた蒼極鬼そうごくきは、最後に妖しい笑みを浮かべた。

 他の三鬼もそれぞれに人間を見下し、荒廃した地上に嘲笑を浴びせた。


 いつの間にか再びあおい霧が辺りに立ち込めていた。

 四鬼の身体はこのあおい霧に包まれながら、ゆっくりと天に昇っていく。


 そして禍々しい回転を続ける渦の中心に吸い込まれるようにして、この四つの鬼の霧影きりかげは、羅生門らしょうもん邪道じゃどうあお螺旋らせんの中へと消えて行った⋯⋯。



 ⋯⋯四鬼を飲み込んだ後。

 羅生門らしょうもんは音も無く、徐々に小さくなっていく。


 そして。

 蒼極鬼そうごくきたちと同じく、夜空の奥に消えた⋯⋯。



「⋯⋯ッ、蒼鬼やつらが消えた? 地獄に戻っていった?」


 鎌足かまたりが気付いた時、空をすっぽりと覆っていた黒い暗雲もまた消え去っていた。

 この雲も蒼鬼あおおに羅生門らしょうもんが連れてきたのか、偶然の気象現象だったのか、それとも⋯⋯。

 それは今の鎌足かまたりには知るよしもない。

 羅生門らしょうもん邪道じゃどうが消えた今はただ、満天の星々だけが澄んだ夜空一面に広がっていた。



「⋯⋯あ、⋯⋯とりあえず、戦いは終わったのか?」


 鎌足かまたりが半信半疑な声で呟く。


「⋯⋯は、はは。⋯⋯やった、私たち人間の“勝ち”だ」


 鎌足かまたりの呟きの直後だった。

 生き残っていた警備兵たちの誰も彼もが、刀や槍を高々と天に掲げる。

 そして鎌足かまたりの言葉に呼応し、自らも”勝利“の実感を味わうように、大きな歓声を上げた。

 口々に改めて”生“の喜びを噛み締めた。


 今は鬼たちの狂気の叫び声ではなく、また敵意を持った鋭い刃でも無い。

 温かな命の声だけが鎌足かまたりを取り囲む。


「⋯⋯勝った、勝ちましたよ、御頭おかしら百地翁ももちさま。⋯⋯良かった。本当に良かった」


 この歓声に鎌足かまたりは心から安らぎを感じていた。

 身体中の気力が一気に抜けていくのを感じる。



「⋯⋯あ、あれ? あれれ? おかしいや。安心したら、⋯⋯身体に力が入らない」


 目の前が霞み、ぼやけていく。


 胸や肩や脚。

 身体中に受けた傷の痛みが、改めて押し寄せてくる。



「⋯⋯は、ははは⋯⋯、いたた、⋯⋯あれ?)



 ⋯⋯意識をほとんど失っていた。



 ふらふらと、数歩前に進む。

 足元がよろけた。

 そして。


 鎌足かまたりはその場で、ゆっくりと前のめりになっていく。




 そのまま鎌足かまたりは地面に⋯⋯





 ⋯⋯倒れなかった。





 その倒れゆく鎌足かまたりを、“誰か”の手と腕が支えていたからだった。



 差し出された腕に固く支えされた鎌足かまたりは、鬼切丸おにきりまるを大事そうに胸に抱えながら、もう既に寝息を立てていた。



 鉄扇てっせん鉄串てつぐしによる肩口の切創せっそう

 鬼紅葉おにこうようの吸血の一刺しを受けた胸の刺創しそう

 そして想定外の麒麟きりんの来襲、天舞てんまによってえぐられた生々しい裂創れっそう


 忍装束はぼろぼろで、至る所に穴が空き、太腿からはまだ血が少し流れ落ちていた。


 疲れ果てて眠る鎌足かまたりの柔肌に残る、そんな痛々しい激戦の傷痕たち。



(⋯⋯女子おなごの身にも関わらず、⋯⋯更にこれ程までの深い手傷を負いながらも、最後まで戦い抜いたか)


 鎌足かまたりを支えている腕の主は、それをじっと見つめていた。


(⋯⋯清涼殿せいりょうでんに侵入を許せば、死をもってあがなう。⋯⋯その事実を目の当たりにし、死を受け入れながらも、帝のために此処ここまで⋯⋯)


 そしてふと忍服の隙間から覗く胸の膨らみに気づき、気恥ずかしそうに視線を逸らした。



 鎌足かまたりを起こしてしまわないように。

 鎌足かまたりの腕の上から、穏やかで優しい声が聞こえた。



「⋯⋯東番の大義たいぎ、御苦労。⋯⋯よかろう、⋯⋯麿まろからの褒美だ。今宵受けた傷が癒えるまでは、一切いさい手出しはせぬ。咎人とがびとにもさせぬ。御所ここでのそなたの命も麿まろが約束しよう。⋯⋯今はただ、ゆっくりと眠りにつくがよい」




 ⋯⋯その腕の主は、綾麿あやまろだった━━━━。




第75話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第76話から新展開! 7月1日か2日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ