第74話 死闘の終幕 〜前編〜
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿防衛に向かう。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿が死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。
━━━━⋯⋯御所の庭園内に黒光りが走る。
青龍と麒麟と対峙していた鎌足は今、背後の御所から発した突然の凄まじい黒光りに襲われていた。
「⋯⋯うッ!?」
鎌足が咄嗟に振り向く。
夜なのに、また夜が訪れる。
その光の闇はそんな異様な感覚だった。
原形をまだ留めている御所の建屋。
その全ての扉という扉、戸という戸の隙間から、この謎の黒い異変は生じていた。
鎌足たちの居る庭園に向かって煌々しく輝き伸びる、夜の闇を更に一段と深くする無数の漆黒の線。
「⋯⋯新たな災いの前触れか」
青い衣を黒に染めながら、青龍が呟いた。
それは鎌足の驚いた表情や、目の前の不可思議な異変と真逆な、何処か落ち着き払った声。
「⋯⋯えっ?」
返す鎌足の吐息とほぼ同時だった。
建屋の中から聞こえる、謎の爆発音と破壊音。
何かが迫ってくる足音のような、天までも揺るがすような地鳴り。
そして御所の建屋に、縦横無尽に走っていく黒い線━━━━⋯⋯。
⋯⋯━━━━次の瞬間⋯⋯。
⋯⋯鎌足の視界が、黒の光の中に、⋯⋯消えた。
三人の全身に一陣の突風が吹き抜ける。
夜が夜を纏うように、風が風を纏っていた。
無防備だった鎌足の身体が、ふわりと宙に浮いた。
(⋯⋯御所が⋯⋯爆発した!?)
鎌足は何とか風の圧に堪え、地に踏み留まっていた。
そして万が一の第二波を想定して、即座に鬼切丸を身構える。
そんな鎌足のすぐ近くでは、青龍が先程の呟き同様に落ち着いたまま、黒光に長髪を激しく靡かせている。
前方に立つ二人が猛風と怪異を真正面で受ける中、一番体躯が小さな麒麟だけは、青龍の背後に上手く隠れ、この風をやり過ごしていた。
とは言え、麒麟の表情にも明らかな動揺が浮かぶ。
しかしその動揺はすぐに、この怪異への興味の眼差しへと変わっていた。
(⋯⋯何だこの光。でも不思議だな。青龍や鎌足ほど悪い氣は感じない。⋯⋯はは、⋯⋯面白くなってきたぞ)
風除けのために上げた腕の隙間から、鎌足は半開きの目を覗かせる。
そして何度も何度も瞬きをしながら、ただひたすらに狼狽えるしかできなかった。
「⋯⋯ッ、⋯⋯な、何だ、今の光と風は!?」
光も音も風も、それはほんの一瞬の出来事だった。
目の前に翳した腕の先は、静寂そのもの。
その場には再び静かな刻の流れが訪れていた。
(⋯⋯うっ、よく分からないけど、危難はひとまず通り過ぎた⋯⋯のか!?)
そう判断した鎌足が、視界を遮っている左の腕を完全に下げた時だった。
視界から見えた情景。
その変わり様に鎌足は我が目を疑った。
眼前に有ったはずの御所の建屋。
その厳かな正面の壁や屋根等、表から見えていた建屋の七割から八割にも当たる相当の広範囲が、この僅か一瞬の黒光の通過の間に、見るも無惨に崩壊していた。
今の黒光は、あの蒼剛鬼の金砕棒の威力や爆風をも、もしかしたら上回っていたのかもしれない。
壁の木材や装飾、そして先に御所に沈んだ大鳥居の朱塗の欠片までもが、辺り一面に鎌足のすぐ近くにまで飛び散っていた。
御所を厳かに飾っていた黒塗りの屋根瓦も、今は庭園の白砂利の多くを覆っていて、大地はまるで碁石が乱雑に置かれた碁盤のようにすら見える。
この黒光は、庭園に残る蒼鬼紅鬼との乱戦の傷痕を、更に激しく抉り取り、まるで嵐が過ぎ去った後のような、悲壮な様相が広がっていたのだ。
目で見た情景と頭の理解が追い付かない。
しかし今、鎌足が明らかに断言できること。
それは⋯⋯。
青龍に呼び止められなければ、鎌足もこの爆風に巻き込まれていたかもしれない、ということ。
そして御所の”内側“から、想像を絶するような想定外の”何か“が起こった。
⋯⋯この二つだけだった。
夜空にはまだ爆発の余韻を残すように、紙屑や女性の衣服などの軽い調度品が、ひらひらと蝶のように舞っている。
そんな物憂げな天と荒れ果てた地を交互に眺めながら、困惑の鎌足が哀しげに呟いた。
(⋯⋯御所の中で今、一体何が起こったんだ!? ⋯⋯帝は無事なのか!? ⋯⋯そして綾麿は⋯⋯)⋯⋯━━━━
━━━━⋯⋯その光の出何処は、清涼殿、夜御殿。
⋯⋯帝の寝所からだった。
鎌足たちが庭園で黒い閃光を感じた、その僅か数秒前。
帝を暗殺するため夜御殿に辿り着いた蒼妖鬼は、御簾を意気揚々と開けていた。
そしてその直後、正体不明のこの黒光りの強烈な衝撃に真正面から襲われていた。
《⋯⋯━━━━きゃああああああああああッッッ!!!?》
巨大な荒波や竜巻にでも飲み込まれたように、蒼妖鬼は激しく後方へと弾かれた。
御簾の前に広がっていた全ての景色も、蒼妖鬼とまた同様だった。
夜御殿から庭園に達するまでの床、壁、内装に屋根。
この黒い閃光はその何もかもを薙ぎ倒し、触れるもの全てを吹き飛ばすような勢いで、一直線に建屋を破壊していった。
御簾から飛ばされた蒼妖鬼は、まず夜御殿の扉と壁に背中から激しくぶつかった。
風光の威力に圧されてそのまま壁にめり込み、粉々となった壁を突き破る。
そして薙ぎ倒されていく多くの壁や床や天井の木材と共に、身体は御所の屋根を幾層にも渡って突き抜けた。
双六で例えて言うならば、蒼妖鬼は今、鬼と人の壮絶な乱戦の舞台でもあった遥か遠くの“振出し”の地へ。
即ち鎌足たち三人の残る庭園内にまで、吹き飛ばされていた。
庭園に面していた最後の壁と天井を突き破り、蒼妖鬼が仰け反りながら宙を舞う。
その姿は鎌足の視界にも捉えられていた。
「⋯⋯あぁッ! あの襤褸の着物は、蒼妖鬼だ!」
天空に放物線を描きながら、鎌足たち三人の前に蒼妖鬼は落下した。
仰向けの体勢で背中から地上に激しく落ち、それでも勢いが止まらずに土煙を上げて地を滑ってゆく。
そして五間(※10m弱)ばかり地を滑った後、ようやくにして蒼妖鬼の身体は止まった。
蒼鬼としての意地か誇りか、その手にはまだ妖凛刀をしっかりと握りしめている。
⋯⋯蒼妖鬼は着物や身体中がぼろぼろになりながら、まだ消滅を免れていた。
衝撃による激痛。
何が起こったか分からない混乱と困惑。
大地に仰向けに横たわったまま、口から人間と同じ赤い血を流しながら、蒼妖鬼は顔を歪ませた。
そして呼吸も辿々しく狼狽した。
《⋯⋯ぐッ、⋯⋯な、何が起こったの? ⋯⋯はぁはぁ⋯⋯帝を斬ろうとしたら、目の前が黒く光って⋯⋯、⋯⋯最初は流体の揺らめきだけが見えて⋯⋯》
蒼妖鬼が記憶を辿る。
そして何かを思い出し、目を見開いた。
《⋯⋯っ! 光ではない、あれは刀⋯⋯ッ、刀の閃光。⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ッ⋯⋯っ、絶対に間違いない、何者かの明確な攻撃⋯⋯。⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ッ⋯⋯、この妖凛刀の咄嗟の防御が無ければ⋯⋯、⋯⋯妾は完全に消滅していた⋯⋯》
妖凛刀を身体の支えにして、立ち上がりかけた蒼妖鬼。
その苦悶の呟きの直後だった。
謎の閃光を至近距離から受け止めたためか。
蒼妖鬼の手にしていた妖凛刀に、刃を起点として全体に見る見るうちにひびが入っていく。
次の瞬間には、蒼妖鬼が誇る地獄の妖凛刀は、蒼妖鬼の身代わりになったように、刃も柄も全てが粉々に砕け散っていた。
そして身体の支えを無くした蒼妖鬼も、力無く膝から崩れ落ちていた。
《⋯⋯あ、ぐっ!? ⋯⋯まさか、妾の妖凛刀が!?》
「⋯⋯ここで会ったが百年目だ。⋯⋯こいつ」
そんな蒼妖鬼を見て千載一遇の機会と捉えた鎌足が、鬼切丸を逆手に構え直す。
そして傷ついた足を引きずりながら、蒼妖鬼の元へと近づいていく。
「⋯⋯やいっ。今度は逃さないぞ」
近付いてくる鎌足の気配や放たれる殺気に、満身創痍とは言え蒼妖鬼も流石に気付いた。
弱々しくよろめきながらも再び体勢を整え、何とか自力で起き上がろうとする。
《⋯⋯鎌⋯⋯何とか⋯⋯、こ、此処は⋯⋯!》
そしてようやく辺りを見回した。
《⋯⋯ッ? はぁ!? ⋯⋯な⋯⋯、何よ⋯⋯、元居た正面の庭園⋯⋯? 妾とした事が⋯⋯、このままでは⋯⋯、このままでは蒼極鬼様に顔向けができないじゃない》
「⋯⋯毒の恨み、忘れてないからな」
距離を縮めながら対峙する、鎌足と蒼妖鬼。
そんな緊迫の光景を青龍は、麒麟と共にただ黙って見つめていた。
そして麒麟に向けて呟いた。
「⋯⋯蒼妖鬼か。あのような深手なれば、もう地獄からの刀葉林の召喚は無理でしょう。⋯⋯麒麟よ。ひとまず御所での鬼との戦いは、終幕を迎えそうですね。そして綾麿様との真剣の約束、半刻もとうに経ったのではないですか? いいですか、約束通りに真剣はもう使っては駄目ですよ」
青龍の念押しに、麒麟はさも当たり前とばかりに笑顔で返した。
「ははは⋯⋯、嫌だなあ。もちろんですよ。中将様との約束は絶対ですから。もう真剣は使いませんよ」
しかしそんな模範的な言葉とは裏腹に、麒麟の本心は違っていた。
自分の思い通りに事が進まない苛立ちや、理不尽な怒りが膨れ上がっていく。
(⋯⋯いちいち煩いんだよ。そして邪魔なんだよ、青龍も。⋯⋯鎌足も)
麒麟は心の中でまた同じ不遜を繰り返す。
鎌足や青龍に対して何度も何度も舌打ちをした。
そんな麒麟の作り笑いにも、青龍は優しく微笑みかけた。
そして御所の建屋が在った方角を指差す。
「⋯⋯それと。その約束をした大切な主、綾麿様はやはり御無事ですよ。⋯⋯ほら、見てください、麒麟」
「⋯⋯え? ⋯⋯⋯⋯」
━━━━青龍と麒麟の視線の先。
床も屋根も消し飛び、崩壊してしまった御所の瓦礫の山の傍。
辛うじて原形の面影は残しているものの、歪曲してしまった戸口に今、蒼白の十字の閃光が走る。
左右に倒れていく雨戸。
その奥には、一つの影が悠然と立っていた。
長い後ろ髪と前髪が風に揺れる。
狩衣の袖が残風に靡く。
蒼白の焔に彩られた二刀を翳したその影の主は、⋯⋯あの綾麿だった━━━━。
麒麟は思わず心が顔に出た。
「⋯⋯あ。⋯⋯やっぱり」
それは心からつまらなさそうな顔だった。
庭園内へと歩み出た綾麿は、帰還を喜ぶでもなく、戦意を滾らせるでもなく、ただ無言で左右に目を流した。
庭園の乱戦の現状、爆風や爆発の被害状況を改めてその目で確認する。
その綾麿の視界の中に映った鬼影。
それは右手で左肩を押さえながら、ふらふらと起きあがった蒼妖鬼だった。
傷ついた蒼妖鬼を一瞥して、綾麿は眉を顰めた。
(⋯⋯あの謎の光と爆風の後、帝の無事は確認できた。そして安全な場所へと避難はさせた。⋯⋯だが此度の破壊の閃光と不可解な氣流。あの様子からして間違いなく蒼妖鬼の仕業ではない。⋯⋯一体何が帝を護った?)
綾麿は村雨の真刃を鞘刃へとゆっくりと納めた。
そして鎌足と同じように、蒼妖鬼へゆっくりと近づいていった。
その目的は鎌足のような復讐の念や怒りではない。
何が起きたのか、何を見たのか。
真相の解明だった。
(今の帝には聞けぬ、⋯⋯ならばやはり直接に聞くしか手はない、か⋯⋯)
蒼妖鬼に近づいていく綾麿。
その姿に鎌足もようやく気付いた。
綾麿を視界に捉えた瞬間、鎌足の目が大きく見開く。
「あ⋯⋯。⋯⋯あああ、あ、綾麿!? ⋯⋯あの青龍の言う通り、やっぱり生きていたのか! ⋯⋯っ、綾麿め。無茶苦茶心配かけさせやがって」
鎌足の中に驚きと共に無意識に芽生える、不思議な嬉しさ。
⋯⋯みたいな感情。
鎌足の目が今度は丸くなった。
鎌足自身もこの不思議な感覚の芽生え、その存在に気付いていた。
しかし納得がいかない。
鎌足は慌てた顔で、首をぶんぶんと振って自己否定した。
(⋯⋯いけない。さっきといい、今といい、何を喜んでいるんだ、私は。⋯⋯一時の情に絆され、流されるな。伊賀の忍であること、百地翁から授けられた任務を忘れては駄目だ! 綾麿は敵なんだ!)
鎌足の喜怒哀楽が、万華鏡のように変わる。
そんな鎌足の表情の動静には綾麿は目もくれない。
ただ唯一、鎌足の傍を通り過ぎる時。
鎌足が今一番に気になっていた事をまるで見透かしているように、一瞬だけ穏やかな表情を見せた。
そして鎌足にとっては吉報となる、大事な一言だけを告げた。
「⋯⋯帝は御無事だ。安心しろ」
「⋯⋯えっ」
⋯⋯帝は無事。
先程の黒光りとはまた違う、これもまた不思議な感覚だった。
敵と改めて認識しながらも、この綾麿の言葉と表情は、他の誰よりも今の鎌足には信頼できたのだ。
鎌足にもやっと心からの安堵の感情が浮かぶ。
「⋯⋯そっか、⋯⋯良かった」
綾麿はそんな鎌足の前を交差するように横切ると、蒼妖鬼に真っ直ぐに歩み寄った。
「⋯⋯蒼鬼の女、蒼妖鬼よ。帝の寝所で何が起こった? 何を見た? ⋯⋯言え」
蒼妖鬼は憎々しさに溢れた顔で綾麿を睨みつけた。
《⋯⋯ふん、何よ、その物言い。人間の分際で、身の程知らずにも妾に勝ったつもり? 戦いはまだ終わってはいないわよ!》
この時、乱戦を生き残った僅かな数の警備兵たちもそれぞれに力を振り絞った。
ある者は鎌足のように足を引きずったり、またある者は傷口を手で押さえながら、最後の鬼である蒼妖鬼を取り囲んでいた。
その輪の中心は鎌足だった。
東番頭として、鎌足も綾麿に負けないくらい、力強い表情で蒼妖鬼を追及する。
「蒼妖鬼! 御前たち蒼鬼紅鬼の負けだ! ⋯⋯空を見ろ! 紅鬼はおろか、蒼鬼だってもう一匹も居ない! あの巨大で無敵を誇った蒼鋼鬼だって斃されたんだぞ! 潔く負けを認めろ!」
《⋯⋯な、何ですって!?》
鎌足の言葉を受けて、蒼妖鬼は慌てて再び辺りを見回した。
鎌足の言葉通りだった。
あの蒼鋼鬼の目立つ巨体が、東西南北の何処にも見当たらない。
そればかりか紅鬼も蒼鬼も、どちらの軍の羅刹も一鬼すら姿が見えない。
蒼妖鬼はすぐさま空を仰ぎ見た。
清涼殿に侵入する前、空にまだ浮かんでいたはずの何鬼かの羅刹と蒼鋼鬼の蒼の羅生門、邪道。
その蒼渦もやはり見当たらなかった。
夜空に浮かぶ蒼渦はたった一つのみ。
それは蒼妖鬼自身の邪道の蒼渦に他ならなかった。
紅鬼の紅渦も全てが消えた。
即ち紅鬼たち二十三鬼は全滅した。
紅鬼との勝負には勝った。
⋯⋯のかもしれない。
しかし今。
残る唯一の蒼鬼修羅である自身は思わぬ深手を負い、『六歌戦』不知火中将綾麿綾麿と、伝説の鬼を斬る刀⋯⋯鬼切丸に取り囲まれている。
人間との戦い、京都御所侵攻計画に於いては、敗北に近い状況の一歩手前にまで追い詰められている。
そう言わざるを得ない状況下だった。
《⋯⋯ッ!? そんなまさか! 妾以外の蒼鬼は全滅? ⋯⋯羅刹たちはともかく、あの蒼鋼鬼までもが人間に斃されたの!?》
それは蒼鋼鬼の閻魔鋼が、人間によって破壊されたことも意味していた。
⋯⋯起こった事が信じられない。
そんな表情を浮かべ続ける蒼妖鬼に向かって、麒麟が初めて動いた。
周りの警備兵にもしっかり聞こえるような、わざとらしい大きな声で得意気に叫んだ。
「⋯⋯皆聞け! そうだ、あの巨大な蒼鋼鬼を斃したのは、この麒⋯⋯」
「⋯⋯ああ! この鬼切丸で蒼鋼鬼の心の臓を突き刺してやったんだ! 参ったか! 悪い蒼鬼め!」
麒麟の高らかに手柄を自慢する声に鎌足の真っすぐで熱い声が被さり重なる。
そして麒麟の声は何一つ誰の耳にも届くこと無く、空しく掻き消されていた。
「⋯⋯はぁッ!? ⋯⋯くッ! ⋯⋯⋯そぉ⋯⋯、か、か、かかかかがが、がま、がま、鎌足ぃぃいぃ⋯⋯ッッ!」
勿論この時、鎌足に悪気は無かった。
しかし麒麟の激しい歯軋りは止まらない。
憎悪の火打ち石となった麒麟の歯、その意地悪く歪んだ口元から燃え滾る怒りの炎は、もはや収まることを知らない。
麒麟はどす黒い邪念を感じる鋭い瞳で、鎌足の背中を睨み続けた。
その麒麟の視線の先、鎌足の背中よりも更に向こう。
傷ついた蒼妖鬼はそれでも今、掌の中に反撃となる地獄の邪氣の召喚を試みていた。
通常であれば軽く念じただけで、すぐに蒼の瘴気で満たされるはずの掌の中も、今はまるで線香花火の終わり際のように、ぱちぱちと燻っているだけだった。
《⋯⋯ああ、⋯⋯口惜しや。これだけの数の蒼鬼修羅と羅刹の軍を率いながら、人間どもに負け⋯⋯っ、いや、負けはない。断じて無いッ! 確なる上は妾一鬼だけでも、この命と身体を蒼極鬼様に捧げて玉砕を⋯⋯!》
蒼妖鬼はまだ戦意を失なってはいなかった。
綾麿の問いかけに、この蒼妖鬼は決して答えることは無い。
改めて蒼鬼の心を悟った綾麿が淡々と呟いた。
「⋯⋯やむを得ん。愚かな女蒼鬼よ、地獄に環⋯⋯」
綾麿の村雨、鎌足の鬼切丸。
この二刀をはじめ、その場に集う人間皆が各々の刀に手をかけ、鬼との戦いに幕を下ろすべく身構えた⋯⋯━━━━。
⋯⋯━━━━その時。
⋯⋯新たな異変が御所を襲った。
「⋯⋯ッ、うっ⋯⋯!?」
目も眩むような蒼の光が走る。
その場にいる人間皆がこぞって目に手をやった。
崩壊した御所の上空。
その虚空に突如として、蒼い稲光が振り注いだのだ。
十六夜の月を黒雲が隠す。
空に回転する不穏な氣流。
突然の新たな怪異の来訪に、地上に居る誰もが身構える向きを、蒼妖鬼から天へと変えていた。
「⋯⋯まさか⋯⋯また何か良からぬことが!?」
「⋯⋯ひゃ、ひゃあああああああぁぁっ⋯⋯!?」
警備兵の誰かが恐怖の叫び声を上げる。
再びの爆風を予感してか、頭を抱えて身を屈めて震えている警備兵も在った。
麒麟も流石に顔を強張らせていた。
そして手にしていた真剣を改めて構え直した。
麒麟が禁忌を破る姿を目の前にしても、青龍は何も言わない。
それだけこの氣の流れは急な警戒を必要とする程に、全員の命に関わる悍ましく強大な怪異だった。
「⋯⋯これは⋯⋯そうだ、一緒だ。⋯⋯あの渦だッ!!」
鎌足は確信していた。
もう遠い記憶のようにすら思える、あの”暮れ六つ“。
無数に現れていた、地獄と現世を繋ぐ渦の通路。
⋯⋯羅生門。
蒼い霧を放ちながらまるで空全体を覆い隠すように、鎌足たちの頭上には今、巨大な蒼渦が再び現れていた。
しかし夕刻の蒼渦とは明らかに異なっている。
違ったのは、その“数”だった。
今目の前に姿を現している羅生門の数は、たった一つだけ。
二十三もの、“数”の威圧は無い。
しかし此度の蒼渦は、”質“や”大きさ“で鎌足たちを圧倒する。
暮れ六つの後に大挙して出現した時の一つ一つの蒼渦の、ゆうに十倍の大きさはあったのだ。
《⋯⋯わわあっ!! 羅生門っ! これはあの御方ね!》
天を見上げた蒼妖鬼の顔が、苦悶や動揺から一転、これ以上は無い程にまでに破顔する。
頬を赤らめながら歓喜に震えている蒼妖鬼と、禍々しい蒼い霧を噴き出しながら地上を威嚇するように震えている、巨大すぎる羅生門。
この正反対な天と地を、刺すような鋭い眼で見つめながら綾麿が呟いた。
「⋯⋯蒼の羅生門。⋯⋯しかし本道ではない。これもまた邪道⋯⋯、だがこの大きさは⋯⋯、絶大な妖力による異種の邪道か。⋯⋯そして」
綾麿はいつでも即座に刃を抜けるように、大蒼渦に向けて、村雨を眼前で構え直した。
「⋯⋯これは羅刹の通り道ではない。一鬼の修羅の通り道でもない。⋯⋯邪悪で強大な氣が一つ、二つ、⋯⋯三つ。⋯⋯蒼の修羅”たち“が、来る⋯⋯」⋯⋯━━━━。
第74話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第75話「死闘の終幕〜後編〜」は、6月27日〜28日頃に投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創作して頂いたオリジナルEDです!
ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg
ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT
こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪




