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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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74/81

第74話  死闘の終幕 〜前編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿せいりょうでん防衛に向かう。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━⋯⋯御所の庭園内に黒光りが走る。


 青龍せいりゅう麒麟きりんと対峙していた鎌足かまたりは今、背後の御所から発した突然の凄まじい黒光りに襲われていた。


「⋯⋯うッ!?」


 鎌足かまたりが咄嗟に振り向く。


 夜なのに、また夜が訪れる。

 その光の闇はそんな異様な感覚だった。


 原形をまだ留めている御所の建屋。

 その全ての扉という扉、戸という戸の隙間から、この謎の黒い異変ひかりは生じていた。

 鎌足かまたりたちの居る庭園に向かって煌々しく輝き伸びる、夜の闇を更に一段と深くする無数の漆黒の線。



「⋯⋯新たな災いの前触れか」


 青い衣を黒に染めながら、青龍せいりゅうが呟いた。


 それは鎌足かまたりの驚いた表情や、目の前の不可思議な異変と真逆な、何処どこか落ち着き払った声。


「⋯⋯えっ?」


 返す鎌足かまたりの吐息とほぼ同時だった。


 建屋の中から聞こえる、謎の爆発音と破壊音。

 何かが迫ってくる足音のような、天までも揺るがすような地鳴り。

 そして御所の建屋に、縦横無尽に走っていく黒い線━━━━⋯⋯。




 ⋯⋯━━━━次の瞬間⋯⋯。




 ⋯⋯鎌足かまたりの視界が、黒の光の中に、⋯⋯消えた。


 


 三人の全身に一陣の突風が吹き抜ける。

 夜が夜を(まと)うように、風が風を(まと)っていた。

 無防備だった鎌足かまたりの身体が、ふわりと宙に浮いた。


(⋯⋯御所が⋯⋯爆発した!?)


 鎌足かまたりは何とか風の圧に堪え、地に踏み(とど)まっていた。

 そして万が一の第二波を想定して、即座に鬼切丸おにきりまるを身構える。

 そんな鎌足かまたりのすぐ近くでは、青龍せいりゅうが先程の呟き同様に落ち着いたまま、黒光に長髪を激しくなびかせている。


 前方に立つ二人が猛風と怪異を真正面で受ける中、一番体躯が小さな麒麟きりんだけは、青龍せいりゅうの背後に上手く隠れ、この風をやり過ごしていた。

 とは言え、麒麟きりんの表情にも明らかな動揺が浮かぶ。

 しかしその動揺はすぐに、この怪異への興味の眼差しへと変わっていた。


(⋯⋯何だこの光。でも不思議だな。青龍きざ鎌足ばかほど悪い氣は感じない。⋯⋯はは、⋯⋯面白くなってきたぞ)



 風除けのために上げた腕の隙間から、鎌足かまたりは半開きの目を覗かせる。

 そして何度も何度もまばたきをしながら、ただひたすらに狼狽うろたえるしかできなかった。


「⋯⋯ッ、⋯⋯な、何だ、今の光と風は!?」



 光も音も風も、それはほんの一瞬の出来事だった。


 目の前に(かざ)した腕の先は、静寂そのもの。

 その場には再び静かな(とき)の流れが訪れていた。



(⋯⋯うっ、よく分からないけど、危難はひとまず通り過ぎた⋯⋯のか!?)


 そう判断した鎌足かまたりが、視界を遮っている左の腕を完全に下げた時だった。



 視界から見えた情景。

 その変わり様に鎌足かまたりは我が目を疑った。



 眼前に有ったはずの御所の建屋。

 その厳かな正面の壁や屋根等、表から見えていた建屋の七割から八割にも当たる相当の広範囲が、この僅か一瞬の黒光の通過の間に、見るも無惨に崩壊していた。


 今の黒光は、あの蒼剛鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうの威力や爆風をも、もしかしたら上回っていたのかもしれない。

 壁の木材や装飾、そして先に御所に沈んだ大鳥居の朱塗(しゅぬり)の欠片までもが、辺り一面に鎌足かまたりのすぐ近くにまで飛び散っていた。

 御所を厳かに飾っていた黒塗りの屋根瓦も、今は庭園の白砂利しろじゃりの多くを覆っていて、大地はまるで碁石いしが乱雑に置かれた碁盤のようにすら見える。



 この黒光は、庭園に残る蒼鬼紅鬼あおおにあかおにとの乱戦の傷痕を、更に激しくえぐり取り、まるで嵐が過ぎ去った後のような、悲壮な様相が広がっていたのだ。


 

 目で見た情景と頭の理解が追い付かない。


 しかし今、鎌足かまたりが明らかに断言できること。

 それは⋯⋯。


 青龍せいりゅうに呼び止められなければ、鎌足じぶんもこの爆風に巻き込まれていたかもしれない、ということ。


 そして御所の”内側“から、想像を絶するような想定外の”何か“が起こった。


 ⋯⋯この二つだけだった。



 夜空にはまだ爆発の余韻を残すように、紙屑や女性にょしょうの衣服などの軽い調度品が、ひらひらと蝶のように舞っている。

 そんな物憂げな天と荒れ果てた地を交互に眺めながら、困惑の鎌足かまたりが哀しげに呟いた。

 

 

(⋯⋯御所の中で今、一体何が起こったんだ!? ⋯⋯帝は無事なのか!? ⋯⋯そして綾麿あやまろは⋯⋯)⋯⋯━━━━





 ━━━━⋯⋯その光の出何処でどころは、清涼殿せいりょうでん夜御殿よんのおとど


 ⋯⋯帝の寝所からだった。


 鎌足かまたりたちが庭園で黒い閃光を感じた、その僅か数秒前。

 帝を暗殺するため夜御殿よんのおとどに辿り着いた蒼妖鬼そうようきは、御簾みすを意気揚々と開けていた。

 そしてその直後、正体不明のこの黒光りの強烈な衝撃に真正面から襲われていた。


《⋯⋯━━━━きゃああああああああああッッッ!!!?》


 巨大な荒波や竜巻にでも飲み込まれたように、蒼妖鬼そうようきは激しく後方へと弾かれた。

 御簾みすの前に広がっていた全ての景色も、蒼妖鬼そうようきとまた同様だった。


 夜御殿よんのおとどから庭園に達するまでの床、壁、内装に屋根。

 この黒い閃光はその何もかもを薙ぎ倒し、触れるもの全てを吹き飛ばすような勢いで、一直線に建屋を破壊していった。

 


 御簾みすから飛ばされた蒼妖鬼そうようきは、まず夜御殿(よんのおとど)の扉と壁に背中から激しくぶつかった。

 風光ふうこうの威力に圧されてそのまま壁にめり込み、粉々となった壁を突き破る。

 そして薙ぎ倒されていく多くの壁や床や天井の木材と共に、身体は御所の屋根を幾層にも渡って突き抜けた。


 双六すごろくで例えて言うならば、蒼妖鬼そうようきは今、鬼と人の壮絶な乱戦の舞台でもあった遥か遠くの“振出し”の地へ。

 すなわ鎌足かまたりたち三人の残る庭園内にまで、吹き飛ばされていた。


 庭園に面していた最後の壁と天井を突き破り、蒼妖鬼そうようきが仰け反りながら宙を舞う。

 その姿は鎌足かまたりの視界にも捉えられていた。


「⋯⋯あぁッ! あの襤褸ぼろ着物とんでるのは、蒼妖鬼そうようきだ!」



 天空に放物線を描きながら、鎌足かまたりたち三人の前に蒼妖鬼そうようきは落下した。

 仰向けの体勢で背中から地上に激しく落ち、それでも勢いが止まらずに土煙を上げて地を滑ってゆく。


 そして五間ごけん(※10m弱)ばかり地を滑った後、ようやくにして蒼妖鬼そうようきの身体は止まった。

 蒼鬼おにとしての意地か誇りか、その手にはまだ妖凛刀ようりんとうをしっかりと握りしめている。



 ⋯⋯蒼妖鬼そうようきは着物や身体中がぼろぼろになりながら、まだ消滅を免れていた。



 衝撃による激痛。

 何が起こったか分からない混乱と困惑。

 大地に仰向けに横たわったまま、口から人間と同じ赤い血を流しながら、蒼妖鬼そうようきは顔をゆがませた。

 そして呼吸も辿々しく狼狽ろうばいした。


《⋯⋯ぐッ、⋯⋯な、何が起こったの? ⋯⋯はぁはぁ⋯⋯帝を斬ろうとしたら、目の前が黒く光って⋯⋯、⋯⋯最初は流体の揺らめきだけが見えて⋯⋯》


 蒼妖鬼そうようきが記憶を辿る。

 そして何かを思い出し、目を見開いた。


《⋯⋯っ! 光ではない、あれは刀⋯⋯ッ、刀の閃光せんこう。⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ッ⋯⋯っ、絶対に間違いない、何者かの明確な攻撃⋯⋯。⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ッ⋯⋯、この妖凛刀ようりんとう咄嗟とっさの防御が無ければ⋯⋯、⋯⋯わらわは完全に消滅していた⋯⋯》


 妖凛刀ようりんとうを身体の支えにして、立ち上がりかけた蒼妖鬼そうようき

 その苦悶の呟きの直後だった。

 謎の閃光せんこうを至近距離から受け止めたためか。

 蒼妖鬼そうようきの手にしていた妖凛刀ようりんとうに、刃を起点として全体に見る見るうちにひびが入っていく。

 次の瞬間には、蒼妖鬼そうようきが誇る地獄の妖凛刀ようりんとうは、蒼妖鬼そうようきの身代わりになったように、刃も柄も全てが粉々に砕け散っていた。

 そして身体の支えを無くした蒼妖鬼そうようきも、力無く膝から崩れ落ちていた。


《⋯⋯あ、ぐっ!? ⋯⋯まさか、わらわ妖凛刀ようりんとうが!?》



「⋯⋯ここで会ったが百年目だ。⋯⋯こいつ」


 そんな蒼妖鬼そうようきを見て千載一遇の機会と捉えた鎌足かまたりが、鬼切丸おにきりまるを逆手に構え直す。

 そして傷ついた足を引きずりながら、蒼妖鬼そうようきの元へと近づいていく。


「⋯⋯やいっ。今度は逃さないぞ」



 近付いてくる鎌足かまたりの気配や放たれる殺気に、満身創痍まんしんそういとは言え蒼妖鬼そうようきも流石に気付いた。

 弱々しくよろめきながらも再び体勢を整え、何とか自力で起き上がろうとする。


《⋯⋯かま⋯⋯何とか⋯⋯、こ、此処ここは⋯⋯!》


 そしてようやく辺りを見回した。


《⋯⋯ッ? はぁ!? ⋯⋯な⋯⋯、何よ⋯⋯、元居た正面の庭園⋯⋯? わらわとした事が⋯⋯、このままでは⋯⋯、このままでは蒼極鬼そうごくき様に顔向けができないじゃない》


「⋯⋯毒の恨み、忘れてないからな」



 距離を縮めながら対峙する、鎌足かまたり蒼妖鬼そうようき

 そんな緊迫の光景を青龍せいりゅうは、麒麟きりんと共にただ黙って見つめていた。

 そして麒麟きりんに向けて呟いた。


「⋯⋯蒼妖鬼そうようきか。あのような深手なれば、もう地獄からの刀葉林ぶきの召喚は無理でしょう。⋯⋯麒麟きりんよ。ひとまず御所ここでの鬼との戦いは、終幕を迎えそうですね。そして綾麿様あるじとの真剣の約束、半刻はんときもとうに経ったのではないですか? いいですか、約束通りに真剣はもう使っては駄目ですよ」


 青龍せいりゅうの念押しに、麒麟きりんはさも当たり前とばかりに笑顔で返した。


「ははは⋯⋯、嫌だなあ。もちろんですよ。中将ちゅうじょう様との約束は絶対ですから。もう真剣は使いませんよ」


 しかしそんな模範的な言葉とは裏腹に、麒麟きりんの本心は違っていた。

 自分の思い通りに事が進まない苛立ちや、理不尽な怒りが膨れ上がっていく。


(⋯⋯いちいちうるさいんだよ。そして邪魔なんだよ、青龍あんたも。⋯⋯鎌足あいつも)


 麒麟きりんは心の中でまた同じ不遜ことを繰り返す。

 鎌足かまたり青龍せいりゅうに対して何度も何度も舌打ちをした。


 そんな麒麟きりんの作り笑いにも、青龍せいりゅうは優しく微笑みかけた。

 そして御所の建屋が在った方角を指差す。


「⋯⋯それと。その約束をした大切なあるじ綾麿あやまろ様はやはり御無事ですよ。⋯⋯ほら、見てください、麒麟きりん


「⋯⋯え? ⋯⋯⋯⋯」




 ━━━━青龍せいりゅう麒麟きりんの視線の先。

 床も屋根も消し飛び、崩壊してしまった御所の瓦礫がれきの山のそば


 辛うじて原形の面影は残しているものの、歪曲わんきょくしてしまった戸口に今、蒼白そうはくの十字の閃光せんこうが走る。


 左右に倒れていく雨戸。

 その奥には、一つの影が悠然と立っていた。


 長い後ろ髪と前髪が風に揺れる。

 狩衣かりぎぬの袖が残風になびく。


 蒼白そうはくほむらに彩られた二刀をかざしたその影の主は、⋯⋯あの綾麿あやまろだった━━━━。




 麒麟きりんは思わず心が顔に出た。


「⋯⋯あ。⋯⋯やっぱり」


 それは心からつまらなさそうな顔だった。

 


 庭園内へと歩み出た綾麿あやまろは、帰還を喜ぶでもなく、戦意をたぎらせるでもなく、ただ無言で左右に目を流した。

 庭園の乱戦の現状、爆風や爆発の被害状況を改めてその目で確認する。


 その綾麿あやまろの視界の中に映った鬼影もの

 それは右手で左肩を押さえながら、ふらふらと起きあがった蒼妖鬼そうようきだった。

 傷ついた蒼妖鬼そうようき一瞥いちべつして、綾麿あやまろは眉をしかめた。


(⋯⋯あの謎の光と爆風の後、帝の無事は確認できた。そして安全な場所へと避難はさせた。⋯⋯だが此度こたびの破壊の閃光と不可解な氣流きりゅう。あの様子からして間違いなく蒼妖鬼あやつの仕業ではない。⋯⋯一体何が帝をまもった?)



 綾麿あやまろ村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばへとゆっくりと納めた。

 そして鎌足かまたりと同じように、蒼妖鬼そうようきへゆっくりと近づいていった。


 その目的は鎌足かまたりのような復讐の念や怒りではない。

 何が起きたのか、何を見たのか。

 真相の解明だった。


(今の帝には聞けぬ、⋯⋯ならばやはり直接に聞くしか手はない、か⋯⋯)



 蒼妖鬼そうようきに近づいていく綾麿あやまろ

 その姿に鎌足かまたりもようやく気付いた。

 綾麿あやまろを視界に捉えた瞬間、鎌足かまたりの目が大きく見開く。



「あ⋯⋯。⋯⋯あああ、あ、綾麿あやまろ!? ⋯⋯あの青龍ひとの言う通り、やっぱり生きていたのか! ⋯⋯っ、綾麿あいつめ。無茶苦茶心配かけさせやがって」


 鎌足かまたりの中に驚きと共に無意識に芽生える、不思議な嬉しさ。

 ⋯⋯みたいな感情もの


 鎌足かまたりの目が今度は丸くなった。

 鎌足かまたり自身もこの不思議な感覚の芽生え、その存在に気付いていた。

 しかし納得がいかない。

 鎌足かまたりは慌てた顔で、首をぶんぶんと振って自己否定した。


(⋯⋯いけない。さっきといい、今といい、何を喜んでいるんだ、私は。⋯⋯一時の情にほだされ、流されるな。伊賀の忍であること、百地翁ももちさまから授けられた任務を忘れては駄目だ! 綾麿あやまろは敵なんだ!)



 鎌足かまたりの喜怒哀楽が、万華鏡のように変わる。

 そんな鎌足かまたりの表情の動静には綾麿あやまろは目もくれない。


 ただ唯一、鎌足かまたりの傍を通り過ぎる時。

 鎌足かまたりが今一番に気になっていた事をまるで見透かしているように、一瞬だけ穏やかな表情を見せた。

 そして鎌足かまたりにとっては吉報となる、大事な一言だけを告げた。


「⋯⋯帝は御無事だ。安心しろ」


「⋯⋯えっ」



 ⋯⋯帝は無事。


 先程の黒光りとはまた違う、これもまた不思議な感覚だった。

 敵と改めて認識しながらも、この綾麿あやまろの言葉と表情は、他の誰よりも今の鎌足には信頼できたのだ。

 鎌足かまたりにもやっと心からの安堵の感情が浮かぶ。



「⋯⋯そっか、⋯⋯良かった」



 綾麿あやまろはそんな鎌足かまたりの前を交差するように横切ると、蒼妖鬼そうようきに真っ直ぐに歩み寄った。


「⋯⋯蒼鬼あおおにの女、蒼妖鬼そうようきよ。帝の寝所で何が起こった? 何を見た? ⋯⋯言え」



 蒼妖鬼そうようきは憎々しさに溢れた顔で綾麿あやまろを睨みつけた。


《⋯⋯ふん、何よ、その物言い。人間の分際で、身の程知らずにもわらわに勝ったつもり? 戦いはまだ終わってはいないわよ!》



 この時、乱戦を生き残った僅かな数の警備兵たちもそれぞれに力を振り絞った。

 ある者は鎌足かまたりのように足を引きずったり、またある者は傷口を手で押さえながら、最後のてきである蒼妖鬼そうようきを取り囲んでいた。

 その輪の中心は鎌足かまたりだった。

 東番頭ひがしばんがしらとして、鎌足がたり綾麿あやまろに負けないくらい、力強い表情で蒼妖鬼そうようきを追及する。


蒼妖鬼そうようき! 御前たち蒼鬼紅鬼おにたちの負けだ! ⋯⋯空を見ろ! 紅鬼あかおにはおろか、蒼鬼あおおにだってもう一匹も居ない! あの巨大で無敵を誇った蒼鋼鬼そうこうきだってたおされたんだぞ! 潔く負けを認めろ!」


《⋯⋯な、何ですって!?》


 鎌足かまたりの言葉を受けて、蒼妖鬼ようそうきは慌てて再び辺りを見回した。


 鎌足かまたりの言葉通りだった。


 あの蒼鋼鬼そうこうきの目立つ巨体が、東西南北の何処どこにも見当たらない。

 そればかりか紅鬼あかおに蒼鬼あおおにも、どちらの軍の羅刹らせつも一鬼すら姿が見えない。


 蒼妖鬼そうようきはすぐさま空を仰ぎ見た。

 

 清涼殿せいりょうでんに侵入する前、空にまだ浮かんでいたはずの何鬼かの羅刹らせつ蒼鋼鬼そうこうきあお羅生門らしょうもん、邪道。

 その蒼渦あおうずもやはり見当たらなかった。

 夜空に浮かぶ蒼渦あおうずはたった一つのみ。

 それは蒼妖鬼そうようき自身の邪道じゃどう蒼渦あおうずに他ならなかった。


 紅鬼あかおに紅渦あかうずも全てが消えた。

 即ち紅鬼あかおにたち二十三鬼は全滅した。

 紅鬼あかおにとの勝負には勝った。

 ⋯⋯のかもしれない。

 

 しかし今。

 残る唯一の蒼鬼あおおに修羅しゅらである自身は思わぬ深手を負い、『六歌戦ろっかせん不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょう綾麿あやまろと、伝説の鬼を斬る刀⋯⋯鬼切丸おにきりまるに取り囲まれている。


 人間との戦い、京都御所侵攻計画に於いては、敗北に近い状況の一歩手前にまで追い詰められている。

 そう言わざるを得ない状況下だった。



《⋯⋯ッ!? そんなまさか! わらわ以外の蒼鬼あおおには全滅? ⋯⋯羅刹らせつたちはともかく、あの蒼鋼鬼そうこうきまでもが人間にたおされたの!?》


 それは蒼鋼鬼そうこうき閻魔鋼えんまこうが、人間によって破壊されたことも意味していた。


 ⋯⋯起こった事が信じられない。

 そんな表情を浮かべ続ける蒼妖鬼そうようきに向かって、麒麟きりんが初めて動いた。

 周りの警備兵にもしっかり聞こえるような、わざとらしい大きな声で得意気に叫んだ。


「⋯⋯皆聞け! そうだ、あの巨大な蒼鋼鬼そうこうきたおしたのは、この⋯⋯」

「⋯⋯ああ! この鬼切丸おにきりまる蒼鋼鬼やつの心の臓を突き刺してやったんだ! 参ったか! 悪い蒼鬼おにめ!」


 麒麟きりんの高らかに手柄を自慢する声に鎌足かまたりの真っすぐで熱い声が被さり重なる。

 そして麒麟きりんの声は何一つ誰の耳にも届くこと無く、空しく掻き消されていた。



「⋯⋯はぁッ!? ⋯⋯くッ! ⋯⋯⋯そぉ⋯⋯、か、か、かかかかがが、がま、がま、鎌足がまたりぃぃいぃ⋯⋯ッッ!」


 勿論もちろんこの時、鎌足かまたり悪気わるぎは無かった。

 しかし麒麟きりんの激しい歯軋はぎりは止まらない。

 憎悪の火打ち石となった麒麟きりんの歯、その意地悪くゆがんだ口元から燃えたぎる怒りの炎は、もはや収まることを知らない。

 麒麟きりんはどす黒い邪念を感じる鋭い瞳で、鎌足かまたりの背中を睨み続けた。



 その麒麟きりんの視線の先、鎌足かまたりの背中よりも更に向こう。

 傷ついた蒼妖鬼そうようきはそれでも今、掌の中に反撃となる地獄の邪氣の召喚を試みていた。

 通常であれば軽く念じただけで、すぐにあお瘴気しょうきで満たされるはずの掌の中も、今はまるで線香花火の終わり際のように、ぱちぱちとくすぶっているだけだった。


《⋯⋯ああ、⋯⋯口惜くちおしや。これだけの数の蒼鬼あおおに修羅しゅら羅刹らせつの軍を率いながら、人間どもに負け⋯⋯っ、いや、負けはない。断じて無いッ! 確なる上はわらわ一鬼だけでも、この命と身体を蒼極鬼そうごくき様に捧げて玉砕を⋯⋯!》


 蒼妖鬼そうようきはまだ戦意を失なってはいなかった。



 綾麿じしんの問いかけに、この蒼妖鬼そうようきは決して答えることは無い。

 改めて蒼鬼おにの心を悟った綾麿あやまろが淡々と呟いた。


「⋯⋯やむを得ん。愚かな女蒼鬼おによ、地獄にかえ⋯⋯」



 綾麿あやまろ村雨むらさめ鎌足かまたり鬼切丸おにきりまる

 この二刀をはじめ、その場に集う人間皆が各々の刀に手をかけ、鬼との戦いに幕を下ろすべく身構えた⋯⋯━━━━。





 ⋯⋯━━━━その時。




 ⋯⋯新たな異変が御所を襲った。




「⋯⋯ッ、うっ⋯⋯!?」


 目もくらむようなあおの光が走る。

 その場にいる人間皆がこぞって目に手をやった。


 崩壊した御所の上空。

 その虚空に突如として、あお稲光いなびかりが振り注いだのだ。


 十六夜の月を黒雲が隠す。

 空に回転する不穏な氣流きりゅう


 突然の新たな怪異の来訪に、地上に居る誰もが身構える向きを、蒼妖鬼そうようきからそらへと変えていた。



「⋯⋯まさか⋯⋯また何か良からぬことが!?」

「⋯⋯ひゃ、ひゃあああああああぁぁっ⋯⋯!?」


 警備兵の誰かが恐怖の叫び声を上げる。

 再びの爆風を予感してか、頭を抱えて身をかがめて震えている警備兵も在った。


 麒麟きりんも流石に顔を強張こわばらせていた。

 そして手にしていた真剣しんけんを改めて構え直した。

 麒麟きりん禁忌きんきを破る姿を目の前にしても、青龍せいりゅうは何も言わない。

 


 それだけこの氣の流れは急な警戒を必要とする程に、全員の命に関わるおぞましく強大な怪異だった。



「⋯⋯これは⋯⋯そうだ、一緒だ。⋯⋯あのうずだッ!!」


 鎌足かまたりは確信していた。


 もう遠い記憶のようにすら思える、あの”暮れ六つ“。

 無数に現れていた、地獄と現世うつしよを繋ぐうずの通路。



 ⋯⋯羅生門らしょうもん



 あおい霧を放ちながらまるで空全体を覆い隠すように、鎌足かまたりたちの頭上には今、巨大なあおうずが再び現れていた。


 しかし夕刻の蒼渦あおうずとは明らかに異なっている。

 違ったのは、その“数”だった。


 今目の前に姿を現している羅生門らしょうもんの数は、たった一つだけ。

 二十三もの、“数”の威圧は無い。

 しかし此度の蒼渦あおうずは、”質“や”大きさ“で鎌足かまたりたちを圧倒する。

 暮れ六つの後に大挙して出現した時の一つ一つの蒼渦あおうずの、ゆうに十倍の大きさはあったのだ。



《⋯⋯わわあっ!! 羅生門らしょうもんっ! これはあの御方ね!》


 天を見上げた蒼妖鬼そうようきの顔が、苦悶や動揺から一転、これ以上は無い程にまでに破顔はがんする。



 頬を赤らめながら歓喜に震えている蒼妖鬼そうようきと、禍々しいあおきりを噴き出しながら地上を威嚇するように震えている、巨大すぎる羅生門らしょうもん

 この正反対な天と地を、刺すような鋭い眼で見つめながら綾麿あやまろが呟いた。


「⋯⋯あお羅生門らしょうもん。⋯⋯しかし本道ではない。これもまた邪道じゃどう⋯⋯、だがこの大きさは⋯⋯、絶大な妖力による異種の邪道じゃどうか。⋯⋯そして」


 綾麿あやまろはいつでも即座に刃を抜けるように、大蒼渦おおあおうずに向けて、村雨むらさめを眼前で構え直した。



「⋯⋯これは羅刹らせつの通り道ではない。一鬼の修羅しゅらの通り道でもない。⋯⋯邪悪で強大な氣が一つ、二つ、⋯⋯三つ。⋯⋯あお修羅しゅら”たち“が、来る⋯⋯」⋯⋯━━━━。




第74話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第75話「死闘の終幕〜後編〜」は、6月27日〜28日頃に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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