表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/81

第72話  龍笛の男

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿せいりょうでん防衛に向かう。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━人と鬼の乱戦が終焉を迎えた、御所庭園内。


 鎌足かまたり麒麟きりんの生死を賭けた戦いの最中、御所の端に咲く桜の木から突然に聞こえてきた龍笛りゅうてきの音色。


 この不思議な癒しの音色に、鎌足かまたりたちだけではなく、生き残った警備兵たちの誰もが今、その“心”を完全に鷲掴みにされていた。

 たおれている仲間の亡骸なきがらへ、哀悼あいとうの祈りを捧げる者。

 その場に立ち尽くし、天を見上げる者。

 座って目を閉じ、生きている実感を噛み締める者。

 皆一様に思い思いに感傷と感慨にふけりながら、この旋律の中に自身を重ねて涙を流している。


(⋯⋯ああ、⋯⋯なんて素敵な音色なんだろう)


 鎌足かまたりの頬を一筋の涙が伝う。


 鎌足かまたりの足はこの謎の音色に導かれるように、桜の木の下へと吸い寄せられていた。


(⋯⋯この男は一体何者なんだ!?)


 この不思議な旋律を奏でているのは、敵なのか味方なのかも分からない。

 桃色の花弁はなびらが咲き誇る桜の木の枝に、悠然と腰を掛けている謎の男。


 鎌足かまたりの心がふわつきながら呟く。


麒麟きりんのさっきの口ぶりだと、もしかして知り合い、か!? ⋯⋯っ、なら、もしそうなら⋯⋯)


 鎌足かまたり麒麟きりんの方へ目を送った。

 

 この笛の音色を以前から知っていると思われる麒麟きりんでさえ、鎌足かまたりの感情と近いものがあるのか。

 麒麟きりんの目には涙は無かったものの、鎌足かまたりと同様この桜の木の傍にまで歩を進めていた。

 そして謎の男をすぐ目の前にして、麒麟きりんは先程までの激情が嘘のように、あたふたと狼狽うろたえ続けていた。

 完全に覇気や毒気が抜け、あれほど殺意がみなぎっていた刃も、今はまるで犬の尻尾のように完全に下を向いてしまっている。


 しかしその状況は鎌足かまたりとて同じだった。

 見えない手で優しく心を撫でられているような、不思議な感覚。

 この音色に五感を懐柔かいじゅうされて無意識に刃を下ろし、麒麟きりんへの警戒を緩めてしまっていた。


 鎌足かまたりの心に僅かに残っている”警戒“の二文字が、鎌足かまたり自身に釘を差す。


(⋯⋯気をつけなきゃ。⋯⋯敵かもしれない)


 警戒の矛先は今、麒麟きりんからこの龍笛りゅうてきを吹く謎の男へと移っていた。



「⋯⋯せ、青龍せいりゅうさん⋯⋯? どうして御所ここへ!?」


 麒麟きりんが辿々しく男に問いかける。


 あれだけ燃えたぎっていた憎悪と怒りの念は、やはり一気にしぼんでしまったらしい。

 問いかけた顔は、麒麟きりんのもう一つの顔。

 果てしない野心や残虐な邪心をひた隠した、あの世渡り重視の愛想笑いの顔だった。


 そしてその口ぶりからして、この青龍せいりゅうと呼ばれた謎の男と麒麟きりんとは、やはり顔見知りだ。

 鎌足かまたりはそう確信した。


(⋯⋯青龍せいりゅう、か。⋯⋯それにしても、麒麟きりんのやつ⋯⋯)


 鎌足かまたりはその青龍せいりゅうと呼ばれた男に意識を傾けながら、再び麒麟きりんにも目を流した。

 その瞳に麒麟きりんの明らかな”違和感“が映る。

 この目の前の青龍せいりゅうと言う男以外にも、この場に誰かの気配や存在を探したりいるように見えた。

 そわそわ落ち着かない素振りで、辺りをきょろきょろと見回している。


「ふふ⋯⋯、麒麟きりんよ。案じなくてもいい。朱雀すざくたち他の三人は来ていない。今宵は私だけですよ」


 謎の男⋯⋯青龍せいりゅうが笛を吹くのを止め、そして麒麟きりんの名を呼んで声をかける。

 そして桜の木の枝に腰掛けたまま、穏やかな目と穏やかな声で、諭すような口調で語り続けた。


「⋯⋯私の風水の術によって今宵の御所の方角が凶と出ました。胸騒ぎがしたので様子を見に来てみたら案の定この騒ぎ。そして貴方は貴方で、あるじから白鞘しろさやの封印の約束を受けているはずが、おかしな事に何故なぜか真剣を手にし、尚且つ、狂気と怒りに任せて剣を奮っている⋯⋯。これは由々しき事態」


「⋯⋯えっ、いや、あの⋯⋯」


「⋯⋯そこで多くの御霊みたまとむらうと共に、貴方の心に直接この龍笛ふえで問いかけてみたのです⋯⋯、“何故なぜ約束の白鞘しろさやを捨て、禁忌きんきの真剣を握っているのですか?”⋯⋯とね」


 落ち着いた優しい声の中に、確かに伝わってくる不思議な圧力。

 

 青龍せいりゅうは桜の枝から颯爽さっそうと音も無く飛び降りた。


「⋯⋯麒麟きりんよ。もしかして邪魔だったかな、私が?」



 数歩歩いた青龍せいりゅうの影が、光をまとう。

 空に禍々しく煌々と浮かんでいた四十六の羅生門らしょうもんの渦。

 その四十五までが消えた今、頼りになるものは十六夜いざよいの月明かりと、倒れずに役目を果たしている僅かな篝火かがりびのみだった。

 その限られた光の筋によって、次第に明らかになっていく青龍せいりゅうの姿。



 その見た目は、よわい二十代半ばから後半程だった。

 綾麿あやまろと同じような歳格好。

 知的で落ち着いた穏やかな表情が印象的で、長い髪を後頭部で束ね、額には鉢巻状の鉢金を巻いている。

 そして京都や江戸でもなかなか見られない珍しい衣服、青を基調とした漢服かんふくを身にまとっていた。


 その手に握るのは、雅楽ががく等で使われる楽器の一つ。

 先程まで美しく雅な音色を奏でていた、“龍笛りゅうてき”。

 そんな諸芸に通じた風流さを醸し出している一方で、左腰には風流とは真逆な武骨な武器も差していた。


 それは刃先が幅広く鋭く湾曲した、俗に”青龍刀せいりゅうとう“と呼ばれる、大陸渡りの刀だった。

 月の光に青龍刀せいりゅうとうの刃がきらめく。

 そのきらめきを横目でちらりと見た麒麟きりんが、今しがたの青龍せいりゅうの邪魔か否かを問う言葉に焦り顔で反応した。


「⋯⋯いえ! 全然邪魔じゃないですよぉ、むしろ笛の音で目を醒ましてくれて、感謝しているくらいです。ははは⋯⋯、いやはや、面目無いです。いつも冷静沈着な私としたことが、この江戸からの援軍の鎌足かまたりさんと、ありみたいに小さくて、些細ささいで、くだらない”いざこざ“で、うっかりと熱くなってしまいまして⋯⋯、あはははは」


 ついさっきまで“邪魔者は殺す”と豪語していたはずの麒麟きりんが、完全にしおらしくなっていた。

 きっとこの青龍せいりゅうという男には普段から頭が上がらないのだろう。



(それにしても麒麟きりん、御前⋯⋯、裏表あり過ぎだろ)


 鎌足かまたりは呆れ返り、もはや言葉も無い。

 


「⋯⋯あ、この真剣はちゃんと中将ちゅうじょう様から、半刻はんときだけ使ってよいと許可を得ていますから!」


 麒麟きりんは手にしている真剣を、青龍せいりゅうに差し出すように、笑顔で掌に乗せて目の前に掲げた。

 口から出る言葉は、どれも従順じゅうじゅんそのものだった。

 しかし、その笑顔の反面、軽いお辞儀のため頭を垂れた麒麟きりんの口元が歪む。


(⋯⋯くそっ。何で青龍こいつ内裏だいりに来るんだよ、聞いてないぜ。内裏ここは将来の俺の城だ。⋯⋯ったくよぉ)


 ⋯⋯麒麟きりんはやはり麒麟きりんだった。


 そのはらわたの中は、鎌足かまたりへの憎しみと青龍せいりゅうへの不満とが入り乱れ、激しく煮えくり返っていた。


(⋯⋯いけ好かない余所者よそもの青龍きざやろうめ。真剣で鎌足あいつを斬り刻める、最高の瞬間を邪魔しやがって!)



 青龍せいりゅうはそんな麒麟きりんを目を細めながら見つめている。

 そして顎に手を当てながら言葉を返した。


「⋯⋯ふむ、そうだったのですか? それならば良いですが⋯⋯。先日の警備の番の際の真剣による暴挙。あるじからとがめられたばかりですよ。⋯⋯まあ、十分に理解している事とは思いますが、あるじ命令めいには絶対に逆らわぬように。無断で禁忌きんきを破ったら、今度はもしかしたら三度目はないかもしれ⋯⋯、⋯⋯ん? ⋯⋯麒麟きりん、頭に大層な怪我を? 大丈夫ですか?」


 麒麟きりんの顔面は左半分が大きく腫れ、打撲の傷口と鼻からは血が流れていた。

 中でも左目周辺は特に酷く、青痣あおあざとなっている。

 そして頬骨ほおぼねは何となくゆがんでいた。


 雲間に悪戯いたずらされながら振り注ぐ月の明かりは、麒麟きりんから見た青龍せいりゅうだけではなく、逆に青龍せいりゅうから見た麒麟きりんの痛々しい姿をも白日の下に晒していた。

 青龍せいりゅうの気遣いに、自尊心の高さから来る羞恥心しゅうちしんを感じたのか。

 麒麟きりんは慌てて、目元やこめかみの傷を手で隠した。


「⋯⋯あ。これ⋯⋯、は。はは⋯⋯、実はあの鎌足かまたりさんの鎖分銅くさりふんどうに殴られまして⋯⋯、鎌足かまたりさんは北南の番の私にどうも嫉妬をしているらしく⋯⋯、ははは⋯⋯、少将しょうしょうとは改めて難しい役職ですね、理不尽なねたみとも上手く笑顔で対応しないといけないなんて」


(⋯⋯はぁ!?)


 麒麟きりんの口から出た嘘八百に、鎌足かまたりが絶句する。

 短気の鎌足かまたりを止める者は誰もいない。

 また遠慮を必要とする状況でも無い。

 今日の鎌足かまたりは黙っていられなかった。

 憤りの波にも乗って意を決し、麒麟きりん青龍せいりゅうの会話に口を挟んだ。



「⋯⋯ッ! 麒麟きりんッ!? 御前、また!?」


「⋯⋯あ、青龍せいりゅうさん、ほら? こんな気の短い御方でして。鬼の群れとの乱戦の間中も、ずっと私だけを付け狙ってたんです、鎌足かまたりさんは」 


「⋯⋯はぁ!?!?」


鎌足かまたりさんはそんなことをする御方ではない。⋯⋯そう思い、最後まで信じていたのに。⋯⋯人とは鬼よりも恐ろしいですね。そんな私の切な想いは呆気なく裏切られ、事もあろうかどさくさに紛れて、まさかの鎖分銅くさりふんどうを振り回した不意打ちまで!」


「⋯⋯はぁあああ!?!?」


頭蓋ずがいに響くくらい、一発、いのを貰ってしまいました。そこから麒麟最強せいぎとは何たるかを諭すため、やむを得ず交戦になり⋯⋯。いやあ、鬼を相手に偶然に真剣を握っていたとは言え、私も少将しょうしょうという立場が有る者。むきになってやり合うのは継続がまんすべき所でした」


「⋯⋯はぁああああああん!?!?」



 親にとがめられた時、咄嗟に嘘をついて誤魔化してその場をしのぐ。

 鎌足かまたりの目には、麒麟きりんはそんなひねくれた子供のように映っていた。


(⋯⋯御前、もうそんな歳じゃないだろう)


 そんな馬鹿な話が通るものか。

 今度こそ絶対に許してなるものか。

 鎌足かまたりが口をゆがませ、頬を紅潮させる。


「やいっ、麒麟きりんっ!? 出鱈目でたらめばかり言うな! 全部逆だろう!? 御前が先に仕掛けてきたんだろう! そして散々に帝や綾麿あやまろを罵ったり、そればかりか仲間の兵までも傷つけたじゃないか!」


「⋯⋯青龍せいりゅうさん。馬鹿女このひと⋯⋯、何か訳の分からないことを言ってますよ?」


「⋯⋯はぁあぁあぁん!? お、御前、ま、また⋯⋯!」


 声を荒げる鎌足かまたり

 そのそば青龍せいりゅうが近づいてきた。

 そして麒麟きりんの背後に立った青龍せいりゅうは、鎌足かまたりだけに見えるように首を小さく左右に振った。


(あ⋯⋯きっと、この人は麒麟きりんの嘘はお見通しなんだ)


 鎌足かまたりは何となくそう思った。



 ⋯⋯その時。

 唐突に青龍せいりゅう鎌足かまたりに問いかけた。


「⋯⋯貴方が新しい東番、鎌足かまたり殿ですね? 私のあるじから話は聞いています」


「⋯⋯あ。⋯⋯え、⋯⋯と。⋯⋯伊賀御庭番衆小頭いがおにわばんしゅうこがしら鎌足かまたりです。⋯⋯ちなみに、女、です。念のため。⋯⋯あの、⋯⋯貴方は中将ちゅうじょう様の御仲間の方なんですか?」


「⋯⋯そう。私のあるじこそが、⋯⋯中将ちゅうじょう綾麿あやまろ様。その直属の配下の一人で、名を青龍せいりゅうと申します。どうぞお見知り置きを⋯⋯」


 唐突に出た、綾麿あやまろの名。

 鎌足かまたりの心がざわつく。


(⋯⋯麒麟きりんと関わりがあるってことは、もしかして⋯⋯って思ったけど、やっぱり綾麿あやまろの部下の人なんだ。⋯⋯そして、そのあるじ綾麿あやまろが、もうこの世に居ない事。⋯⋯この人は知らないんだな⋯⋯)


 ⋯⋯綾麿あやまろは死に、大鳥居と共に御所に沈んだ。

 そう思い込んでいる鎌足かまたりは、次の言葉がすぐには出ずに口籠くちごもる。


 そんな鎌足かまたりより先に、青龍せいりゅうが言葉を続けた。


「⋯⋯それにしても、鎌足かまたり殿。初の東番だと言うのに、この御所の惨状。⋯⋯私の占いが凶と出た通り、既に多くの尊い命が奪われてしまったようですね⋯⋯、私がもう少し早く災いのそうに気付き、駆け付けていれば⋯⋯、少しは皆々の役に立てただろうに⋯⋯」


 青龍せいりゅうは丁寧に鎌足かまたりに会釈すると、中庭に無残に転がる多くの警備兵の亡骸なきがらに向けて黙祷もくとうを捧げた。


「せめてものとむらい、鎮魂ちんこんの曲を⋯⋯」


 そして青龍せいりゅう鎌足かまたりにくるりと背を向け、再び龍笛りゅうてきを奏で始めた。



 ⋯⋯美しくて哀しい音色。



 それは先程奏でていた旋律よりも更に、傷ついた誰しもの心に物悲しく響き、そして胸の奥に優しく深く沈み込む。


 勇敢な死を嘆き悲しむだけではなく、死する者の魂を沈め癒し、そして生きる者の魂を救い導く。

 そんなもう一つの哀愁哀憐あいしゅうあいれんの旋律だった。



(⋯⋯やっぱり良い音色だ。⋯⋯戦いの最中にいることを忘れてしまいそ⋯⋯、⋯⋯はっ、そうだ、清涼殿せいりょうでんッ! のんびりと笛を聞いている場合じゃないよ。亡くなった皆のためにも、絶対に帝を守らなくては!)


 帝の危機を思い出した鎌足かまたりの目に、龍笛りゅうてきを吹き続ける、青龍せいりゅうの背中と腰の青龍刀せいりゅうとうが映る。


(⋯⋯ん、こんな綺麗な優しい笛を吹けるんだ。この人へは警戒する必要なんて無いや。それに綾麿あやまろとは違って礼にも通じた、物分りの良さそうな人だ。それにあの大陸渡りの凄い刀⋯⋯。麒麟きりんへつらうくらいだから、剣技けんの心得もありそうだし、もしかしたら帝を守る手助けをしてくれるかもしれない!)

 

 鎌足かまたりは再び龍笛りゅうてきの音色に導かれた。

 胸や肩や太腿ふとももなど、既に身体の至る所に深い手傷を負っている。

 そんな鎌足かまたりにとって、この青龍せいりゅうの存在は、帝の護衛を確実にするための最高の協力者に思えた。

 その剣腕は未知数。

 しかし麒麟きりんの横暴を止めることができる程の者ならば、間違いなく、⋯⋯強いはず。


 あれこれ悩んでいるいとまは無い。

 鎌足かまたりは思い切って、笛を吹くその背中に向けて強く呼びかけてみた。



「⋯⋯あ、あの! 貴方は相当の武人でもあるとお見受けしました! どうか聞いてください! ⋯⋯帝の御命が危ないんです!」


「⋯⋯」


「⋯⋯あの御所の惨状、倒壊した大鳥居を見てください! あの中に居る帝は今恐らく、凶暴で手強い紅閃鬼こうせんきとか言う紅鬼あかおにに狙われかけている。私は帝を守るために、今から清涼殿せいりょうでんへと向かいます!」


「⋯⋯⋯⋯」


 青龍せいりゅうの返事は無い。

 変わらずに笛を吹き続けていた。

 それでも鎌足かまたりは呼びかけを続ける。


 次こそが核心部分だった。


「⋯⋯そこで! 青龍せいりゅう殿、⋯⋯もし、もし良ければ、東番頭ひがしばんがしらとしての私の願いを聞いて頂けませんか? ⋯⋯今からでも遅くはない。帝のため、この京都の平和のため、私と一緒に戦って頂けないでしょうか!?」


 大義を諭す。

 鎌足かまたりの声は自然と熱を帯びていた。

 熱量だけではない。

 唯ならない緊迫感にも満ちていた。


 そんな鎌足かまたりの熱意を余所よそに、青龍せいりゅうは目を閉じたまま、龍笛りゅうてきで哀愁の旋律を吹き続けている。


 笛に集中して、鎌足かまたりの声が聞こえていないのか。

 それとも⋯⋯。


 鎌足かまたりは諦めない。

 反応の無い青龍せいりゅうを前にして、鎌足かまたりはもう一つの核心を口に出すことにした。

 言うか、それとも言わないでおくか。

 迷っていた。

 しかし一時伝える刻が伸びたとしても、決して悲しい結末は変わることは無い。

 変わらないのならば、清涼殿せいりょうでんの防衛を介してかたき討ちに動くことのできる今が、むしろ真実を伝えるには最適なのかもしれない。


(⋯⋯やっぱり、だんまりなんて、出来ないよ)


 青龍せいりゅうの動揺や落胆を想像して、鎌足かまたりの目が伏し目がちになる。

 鎌足かまたりは意を決し、言葉を選びながら、青龍せいりゅうの背中に“綾麿あやまろの死”を投げかけた。



「⋯⋯そして、どうか心して聞いてください、青龍せいりゅう殿。その鎮魂ちんこんの旋律を向けている亡き者たちの中に、あるじの⋯⋯中将ちゅうじょう様を、⋯⋯加えてあげてください。⋯⋯あの、⋯⋯あの。⋯⋯えっと、大変に申し上げにくいのですが⋯⋯、⋯⋯中将綾麿ちゅうじょうあやまろ様が、今宵の鬼との戦いで、こころざし半ばで討ち死にされました⋯⋯」



 鎌足かまたりの辿々しい訃報ふほうと追悼の言葉に、青龍せいりゅうは流石に龍笛りゅうてきの旋律を止めた。

 そして鎌足かまたりに背中を向けたまま、龍笛りゅうてきから口を外し、静かに声を返した。

 

「⋯⋯鎌足かまたり殿。⋯⋯今、何と?」


「⋯⋯あ、あの。綾麿あやまろ様が亡くなりました、鬼たちとの戦いの最中に⋯⋯」


 鎌足かまたりは申し訳なさそうに目を閉じ頭を下げ、青龍せいりゅうの背中に改めて哀悼あいとうの意を捧げた。



 ⋯⋯その言葉と礼の後だった。


 突然に青龍せいりゅうの背中が吹き出した。


「⋯⋯ふっ、⋯⋯っ、はははははははははははははは」


 青龍せいりゅうの傍に立つ麒麟きりんもまた、青龍せいりゅうの笑いに呼応するように、にやにやと鎌足かまたりあざけった笑みを浮かべている。



「⋯⋯ッ、な、何が可笑しいのですか? 青龍せいりゅう殿!?」


 突然の青龍せいりゅうの笑いに、鎌足かまたりが戸惑う。

 無理もない。

 ”死“の伝達に、“わらい”で返されたのだ。


 それでも鎌足かまたりは変わらず真剣な眼差しをしていた。

 そして言葉の節々にもまだ熱量が籠もっていた。


 青龍せいりゅうは笑いをこらえ、大きく息をしてから、変わらず背中で言葉を返した。



鎌足かまたり殿⋯⋯、私のあるじは『六歌戦ろっかせん不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろですよ。そんな弱々しいやわな人間ではありません、⋯⋯あの御方は鬼の先鋒隊せんぽうたいごとき格下には絶対に負けない。⋯⋯庭園ここに居ないという事は、既に貴女にせんじて帝を守っているという事でしょう。⋯⋯この私どころか、既に鎌足かまたり殿の出番すらもはやありません」


「⋯⋯え? ⋯⋯は? で、でも⋯⋯」


 鎌足かまたりはたじろいだ。


(⋯⋯言われてみれば、確かに綾麿あやまろの死は、自分の目で確認したわけではないけど、⋯⋯でも、それよりも)


 あるじである綾麿あやまろの剣腕を信じ抜こうとする想い。

 これは理解できた。

 しかし”出番は無い“という想定外の最後の言葉に、鎌足かまたりは何よりも驚かされていた。


「⋯⋯わ、私を見くびらないでください! 私はこう見えても、帝から拝命を受けた、幕府からの正規の援軍! しかも先程申し上げた通り、公儀御庭番こうぎおにわばん、伊賀の小頭こがしらであり、御所警備の東番ひがしばんの⋯⋯!」


 まだ鎌足かまたりは言葉の途中だった。

 その熱い言葉を遮るように、青龍せいりゅう鎌足かまたりの方を振り返る。

 そして鎌足かまたりの熱さとは相反あいはんするように、涼やかに鎌足かまたりを見つめながら言葉を続けた。



 ⋯⋯それは涼やかと言うよりも、”冷淡“に見えた。



「⋯⋯鎌足殿、私の後ろに控えるこの麒麟きりんも含め、私たち直属の者は皆、綾麿あやまろ様の配下です。⋯⋯鎌足かまたり殿の指示や願いを受ける義理ぎり等は有りません」


「⋯⋯え?」


綾麿あやまろ様がもし紅鬼あかおにを斬ろと命じるならば、紅鬼あかおにを斬り⋯⋯、蒼鬼あおおにを斬ろと命じるならば、蒼鬼あおおにを斬り⋯⋯、そして鬼切丸おにきり鎖鎌くさりがまを使う、にっくき江戸の忍を斬ろ、⋯⋯と命じるならば⋯⋯」


「⋯⋯え、え?」


「⋯⋯何の遠慮も躊躇ちゅうちょも無く、その忍を斬ります。⋯⋯言わばあの御方の命令めいだけが、私たちにとって絶対の存在なのです。⋯⋯鎌足かまたり殿。それをどうかお忘れ無く」


「⋯⋯な、⋯⋯ッ!?」



 鎌足かまたりの表情が一気に曇っていく。


 麒麟きりんはいつの間にか、青龍せいりゅうの背後に隠れるようにして立っていた。

 青龍せいりゅうの背中から鎌足かまたりをちらりと覗き見る、痛々しい左半分の顔。

 その口元が青龍せいりゅうの“拒否”の言葉に呼応する。


 口を開けて唖然あぜんとしている鎌足かまたり

 その”動揺“と”落胆“の顔に向けて、麒麟きりんは愉しそうに嘲笑ちょうしょうを浮かべていた。



 いつの間にか雲間に雷鳴がとどろき出した御所の空。



 何かに警戒しているのか。

 怪訝けげんな表情で天を見上げながら、青龍せいりゅうは呟いた。



「⋯⋯時は既に八つを過ぎています。私の風水によればこの戦凶せんきょうも、もうじきに終わりましょう、⋯⋯だが、⋯⋯遥か遠方、呪われし地の底よりでし暗雲が、この京の都に立ち込めてきている。不吉な”何か”の前兆が⋯⋯」━━━━。




第72話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第73話「幻惑」は、6月21日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ