第72話 龍笛の男
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿防衛に向かう。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿が死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。
━━━━人と鬼の乱戦が終焉を迎えた、御所庭園内。
鎌足と麒麟の生死を賭けた戦いの最中、御所の端に咲く桜の木から突然に聞こえてきた龍笛の音色。
この不思議な癒しの音色に、鎌足たちだけではなく、生き残った警備兵たちの誰もが今、その“心”を完全に鷲掴みにされていた。
斃れている仲間の亡骸へ、哀悼の祈りを捧げる者。
その場に立ち尽くし、天を見上げる者。
座って目を閉じ、生きている実感を噛み締める者。
皆一様に思い思いに感傷と感慨に耽りながら、この旋律の中に自身を重ねて涙を流している。
(⋯⋯ああ、⋯⋯なんて素敵な音色なんだろう)
鎌足の頬を一筋の涙が伝う。
鎌足の足はこの謎の音色に導かれるように、桜の木の下へと吸い寄せられていた。
(⋯⋯この男は一体何者なんだ!?)
この不思議な旋律を奏でているのは、敵なのか味方なのかも分からない。
桃色の花弁が咲き誇る桜の木の枝に、悠然と腰を掛けている謎の男。
鎌足の心がふわつきながら呟く。
(麒麟のさっきの口ぶりだと、もしかして知り合い、か!? ⋯⋯っ、なら、もしそうなら⋯⋯)
鎌足は麒麟の方へ目を送った。
この笛の音色を以前から知っていると思われる麒麟でさえ、鎌足の感情と近いものがあるのか。
麒麟の目には涙は無かったものの、鎌足と同様この桜の木の傍にまで歩を進めていた。
そして謎の男をすぐ目の前にして、麒麟は先程までの激情が嘘のように、あたふたと狼狽え続けていた。
完全に覇気や毒気が抜け、あれほど殺意が漲っていた刃も、今はまるで犬の尻尾のように完全に下を向いてしまっている。
しかしその状況は鎌足とて同じだった。
見えない手で優しく心を撫でられているような、不思議な感覚。
この音色に五感を懐柔されて無意識に刃を下ろし、麒麟への警戒を緩めてしまっていた。
鎌足の心に僅かに残っている”警戒“の二文字が、鎌足自身に釘を差す。
(⋯⋯気をつけなきゃ。⋯⋯敵かもしれない)
警戒の矛先は今、麒麟からこの龍笛を吹く謎の男へと移っていた。
「⋯⋯せ、青龍さん⋯⋯? どうして御所へ!?」
麒麟が辿々しく男に問いかける。
あれだけ燃え滾っていた憎悪と怒りの念は、やはり一気に萎んでしまったらしい。
問いかけた顔は、麒麟のもう一つの顔。
果てしない野心や残虐な邪心をひた隠した、あの世渡り重視の愛想笑いの顔だった。
そしてその口ぶりからして、この青龍と呼ばれた謎の男と麒麟とは、やはり顔見知りだ。
鎌足はそう確信した。
(⋯⋯青龍、か。⋯⋯それにしても、麒麟のやつ⋯⋯)
鎌足はその青龍と呼ばれた男に意識を傾けながら、再び麒麟にも目を流した。
その瞳に麒麟の明らかな”違和感“が映る。
この目の前の青龍と言う男以外にも、この場に誰かの気配や存在を探したりいるように見えた。
そわそわ落ち着かない素振りで、辺りをきょろきょろと見回している。
「ふふ⋯⋯、麒麟よ。案じなくてもいい。朱雀たち他の三人は来ていない。今宵は私だけですよ」
謎の男⋯⋯青龍が笛を吹くのを止め、そして麒麟の名を呼んで声をかける。
そして桜の木の枝に腰掛けたまま、穏やかな目と穏やかな声で、諭すような口調で語り続けた。
「⋯⋯私の風水の術によって今宵の御所の方角が凶と出ました。胸騒ぎがしたので様子を見に来てみたら案の定この騒ぎ。そして貴方は貴方で、主から白鞘の封印の約束を受けているはずが、おかしな事に何故か真剣を手にし、尚且つ、狂気と怒りに任せて剣を奮っている⋯⋯。これは由々しき事態」
「⋯⋯えっ、いや、あの⋯⋯」
「⋯⋯そこで多くの御霊を弔うと共に、貴方の心に直接この龍笛で問いかけてみたのです⋯⋯、“何故約束の白鞘を捨て、禁忌の真剣を握っているのですか?”⋯⋯とね」
落ち着いた優しい声の中に、確かに伝わってくる不思議な圧力。
青龍は桜の枝から颯爽と音も無く飛び降りた。
「⋯⋯麒麟よ。もしかして邪魔だったかな、私が?」
数歩歩いた青龍の影が、光を纏う。
空に禍々しく煌々と浮かんでいた四十六の羅生門の渦。
その四十五までが消えた今、頼りになるものは十六夜の月明かりと、倒れずに役目を果たしている僅かな篝火のみだった。
その限られた光の筋によって、次第に明らかになっていく青龍の姿。
その見た目は、齢二十代半ばから後半程だった。
綾麿と同じような歳格好。
知的で落ち着いた穏やかな表情が印象的で、長い髪を後頭部で束ね、額には鉢巻状の鉢金を巻いている。
そして京都や江戸でもなかなか見られない珍しい衣服、青を基調とした漢服を身に纏っていた。
その手に握るのは、雅楽等で使われる楽器の一つ。
先程まで美しく雅な音色を奏でていた、“龍笛”。
そんな諸芸に通じた風流さを醸し出している一方で、左腰には風流とは真逆な武骨な武器も差していた。
それは刃先が幅広く鋭く湾曲した、俗に”青龍刀“と呼ばれる、大陸渡りの刀だった。
月の光に青龍刀の刃が煌めく。
その煌めきを横目でちらりと見た麒麟が、今しがたの青龍の邪魔か否かを問う言葉に焦り顔で反応した。
「⋯⋯いえ! 全然邪魔じゃないですよぉ、むしろ笛の音で目を醒ましてくれて、感謝しているくらいです。ははは⋯⋯、いやはや、面目無いです。いつも冷静沈着な私としたことが、この江戸からの援軍の鎌足さんと、蟻みたいに小さくて、些細で、くだらない”いざこざ“で、うっかりと熱くなってしまいまして⋯⋯、あはははは」
ついさっきまで“邪魔者は殺す”と豪語していたはずの麒麟が、完全にしおらしくなっていた。
きっとこの青龍という男には普段から頭が上がらないのだろう。
(それにしても麒麟、御前⋯⋯、裏表あり過ぎだろ)
鎌足は呆れ返り、もはや言葉も無い。
「⋯⋯あ、この真剣はちゃんと中将様から、半刻だけ使ってよいと許可を得ていますから!」
麒麟は手にしている真剣を、青龍に差し出すように、笑顔で掌に乗せて目の前に掲げた。
口から出る言葉は、どれも従順そのものだった。
しかし、その笑顔の反面、軽いお辞儀のため頭を垂れた麒麟の口元が歪む。
(⋯⋯くそっ。何で青龍が内裏に来るんだよ、聞いてないぜ。内裏は将来の俺の城だ。⋯⋯ったくよぉ)
⋯⋯麒麟はやはり麒麟だった。
その腸の中は、鎌足への憎しみと青龍への不満とが入り乱れ、激しく煮えくり返っていた。
(⋯⋯いけ好かない余所者の青龍め。真剣で鎌足を斬り刻める、最高の瞬間を邪魔しやがって!)
青龍はそんな麒麟を目を細めながら見つめている。
そして顎に手を当てながら言葉を返した。
「⋯⋯ふむ、そうだったのですか? それならば良いですが⋯⋯。先日の警備の番の際の真剣による暴挙。主から咎められたばかりですよ。⋯⋯まあ、十分に理解している事とは思いますが、主の命令には絶対に逆らわぬように。無断で禁忌を破ったら、今度はもしかしたら三度目はないかもしれ⋯⋯、⋯⋯ん? ⋯⋯麒麟、頭に大層な怪我を? 大丈夫ですか?」
麒麟の顔面は左半分が大きく腫れ、打撲の傷口と鼻からは血が流れていた。
中でも左目周辺は特に酷く、青痣となっている。
そして頬骨は何となく歪んでいた。
雲間に悪戯されながら振り注ぐ月の明かりは、麒麟から見た青龍だけではなく、逆に青龍から見た麒麟の痛々しい姿をも白日の下に晒していた。
青龍の気遣いに、自尊心の高さから来る羞恥心を感じたのか。
麒麟は慌てて、目元やこめかみの傷を手で隠した。
「⋯⋯あ。これ⋯⋯、は。はは⋯⋯、実はあの鎌足さんの鎖分銅に殴られまして⋯⋯、鎌足さんは北南の番の私にどうも嫉妬をしているらしく⋯⋯、ははは⋯⋯、少将とは改めて難しい役職ですね、理不尽な妬みとも上手く笑顔で対応しないといけないなんて」
(⋯⋯はぁ!?)
麒麟の口から出た嘘八百に、鎌足が絶句する。
短気の鎌足を止める者は誰もいない。
また遠慮を必要とする状況でも無い。
今日の鎌足は黙っていられなかった。
憤りの波にも乗って意を決し、麒麟と青龍の会話に口を挟んだ。
「⋯⋯ッ! 麒麟ッ!? 御前、また!?」
「⋯⋯あ、青龍さん、ほら? こんな気の短い御方でして。鬼の群れとの乱戦の間中も、ずっと私だけを付け狙ってたんです、鎌足さんは」
「⋯⋯はぁ!?!?」
「鎌足さんはそんなことをする御方ではない。⋯⋯そう思い、最後まで信じていたのに。⋯⋯人とは鬼よりも恐ろしいですね。そんな私の切な想いは呆気なく裏切られ、事もあろうかどさくさに紛れて、まさかの鎖分銅を振り回した不意打ちまで!」
「⋯⋯はぁあああ!?!?」
「頭蓋に響くくらい、一発、汚いのを貰ってしまいました。そこから麒麟最強とは何たるかを諭すため、やむを得ず交戦になり⋯⋯。いやあ、鬼を相手に偶然に真剣を握っていたとは言え、私も少将という立場が有る者。むきになってやり合うのは継続すべき所でした」
「⋯⋯はぁああああああん!?!?」
親に咎められた時、咄嗟に嘘をついて誤魔化してその場を凌ぐ。
鎌足の目には、麒麟はそんなひねくれた子供のように映っていた。
(⋯⋯御前、もうそんな歳じゃないだろう)
そんな馬鹿な話が通るものか。
今度こそ絶対に許してなるものか。
鎌足が口を歪ませ、頬を紅潮させる。
「やいっ、麒麟っ!? 出鱈目ばかり言うな! 全部逆だろう!? 御前が先に仕掛けてきたんだろう! そして散々に帝や綾麿を罵ったり、そればかりか仲間の兵までも傷つけたじゃないか!」
「⋯⋯青龍さん。馬鹿女⋯⋯、何か訳の分からないことを言ってますよ?」
「⋯⋯はぁあぁあぁん!? お、御前、ま、また⋯⋯!」
声を荒げる鎌足。
その傍に青龍が近づいてきた。
そして麒麟の背後に立った青龍は、鎌足だけに見えるように首を小さく左右に振った。
(あ⋯⋯きっと、この人は麒麟の嘘はお見通しなんだ)
鎌足は何となくそう思った。
⋯⋯その時。
唐突に青龍が鎌足に問いかけた。
「⋯⋯貴方が新しい東番、鎌足殿ですね? 私の主から話は聞いています」
「⋯⋯あ。⋯⋯え、⋯⋯と。⋯⋯伊賀御庭番衆小頭、鎌足です。⋯⋯ちなみに、女、です。念のため。⋯⋯あの、⋯⋯貴方は中将様の御仲間の方なんですか?」
「⋯⋯そう。私の主こそが、⋯⋯中将綾麿様。その直属の配下の一人で、名を青龍と申します。どうぞお見知り置きを⋯⋯」
唐突に出た、綾麿の名。
鎌足の心がざわつく。
(⋯⋯麒麟と関わりがあるってことは、もしかして⋯⋯って思ったけど、やっぱり綾麿の部下の人なんだ。⋯⋯そして、その主の綾麿が、もうこの世に居ない事。⋯⋯この人は知らないんだな⋯⋯)
⋯⋯綾麿は死に、大鳥居と共に御所に沈んだ。
そう思い込んでいる鎌足は、次の言葉がすぐには出ずに口籠る。
そんな鎌足より先に、青龍が言葉を続けた。
「⋯⋯それにしても、鎌足殿。初の東番だと言うのに、この御所の惨状。⋯⋯私の占いが凶と出た通り、既に多くの尊い命が奪われてしまったようですね⋯⋯、私がもう少し早く災いの相に気付き、駆け付けていれば⋯⋯、少しは皆々の役に立てただろうに⋯⋯」
青龍は丁寧に鎌足に会釈すると、中庭に無残に転がる多くの警備兵の亡骸に向けて黙祷を捧げた。
「せめてもの弔い、鎮魂の曲を⋯⋯」
そして青龍は鎌足にくるりと背を向け、再び龍笛を奏で始めた。
⋯⋯美しくて哀しい音色。
それは先程奏でていた旋律よりも更に、傷ついた誰しもの心に物悲しく響き、そして胸の奥に優しく深く沈み込む。
勇敢な死を嘆き悲しむだけではなく、死する者の魂を沈め癒し、そして生きる者の魂を救い導く。
そんなもう一つの哀愁哀憐の旋律だった。
(⋯⋯やっぱり良い音色だ。⋯⋯戦いの最中にいることを忘れてしまいそ⋯⋯、⋯⋯はっ、そうだ、清涼殿ッ! のんびりと笛を聞いている場合じゃないよ。亡くなった皆のためにも、絶対に帝を守らなくては!)
帝の危機を思い出した鎌足の目に、龍笛を吹き続ける、青龍の背中と腰の青龍刀が映る。
(⋯⋯ん、こんな綺麗な優しい笛を吹けるんだ。この人へは警戒する必要なんて無いや。それに綾麿とは違って礼にも通じた、物分りの良さそうな人だ。それにあの大陸渡りの凄い刀⋯⋯。麒麟が媚び諂うくらいだから、剣技の心得もありそうだし、もしかしたら帝を守る手助けをしてくれるかもしれない!)
鎌足は再び龍笛の音色に導かれた。
胸や肩や太腿など、既に身体の至る所に深い手傷を負っている。
そんな鎌足にとって、この青龍の存在は、帝の護衛を確実にするための最高の協力者に思えた。
その剣腕は未知数。
しかし麒麟の横暴を止めることができる程の者ならば、間違いなく、⋯⋯強いはず。
あれこれ悩んでいる暇は無い。
鎌足は思い切って、笛を吹くその背中に向けて強く呼びかけてみた。
「⋯⋯あ、あの! 貴方は相当の武人でもあるとお見受けしました! どうか聞いてください! ⋯⋯帝の御命が危ないんです!」
「⋯⋯」
「⋯⋯あの御所の惨状、倒壊した大鳥居を見てください! あの中に居る帝は今恐らく、凶暴で手強い紅閃鬼とか言う紅鬼に狙われかけている。私は帝を守るために、今から清涼殿へと向かいます!」
「⋯⋯⋯⋯」
青龍の返事は無い。
変わらずに笛を吹き続けていた。
それでも鎌足は呼びかけを続ける。
次こそが核心部分だった。
「⋯⋯そこで! 青龍殿、⋯⋯もし、もし良ければ、東番頭としての私の願いを聞いて頂けませんか? ⋯⋯今からでも遅くはない。帝のため、この京都の平和のため、私と一緒に戦って頂けないでしょうか!?」
大義を諭す。
鎌足の声は自然と熱を帯びていた。
熱量だけではない。
唯ならない緊迫感にも満ちていた。
そんな鎌足の熱意を余所に、青龍は目を閉じたまま、龍笛で哀愁の旋律を吹き続けている。
笛に集中して、鎌足の声が聞こえていないのか。
それとも⋯⋯。
鎌足は諦めない。
反応の無い青龍を前にして、鎌足はもう一つの核心を口に出すことにした。
言うか、それとも言わないでおくか。
迷っていた。
しかし一時伝える刻が伸びたとしても、決して悲しい結末は変わることは無い。
変わらないのならば、清涼殿の防衛を介して鬼討ちに動くことのできる今が、むしろ真実を伝えるには最適なのかもしれない。
(⋯⋯やっぱり、だんまりなんて、出来ないよ)
青龍の動揺や落胆を想像して、鎌足の目が伏し目がちになる。
鎌足は意を決し、言葉を選びながら、青龍の背中に“綾麿の死”を投げかけた。
「⋯⋯そして、どうか心して聞いてください、青龍殿。その鎮魂の旋律を向けている亡き者たちの中に、主の⋯⋯中将様を、⋯⋯加えてあげてください。⋯⋯あの、⋯⋯あの。⋯⋯えっと、大変に申し上げ難いのですが⋯⋯、⋯⋯中将綾麿様が、今宵の鬼との戦いで、志半ばで討ち死にされました⋯⋯」
鎌足の辿々しい訃報と追悼の言葉に、青龍は流石に龍笛の旋律を止めた。
そして鎌足に背中を向けたまま、龍笛から口を外し、静かに声を返した。
「⋯⋯鎌足殿。⋯⋯今、何と?」
「⋯⋯あ、あの。綾麿様が亡くなりました、鬼たちとの戦いの最中に⋯⋯」
鎌足は申し訳なさそうに目を閉じ頭を下げ、青龍の背中に改めて哀悼の意を捧げた。
⋯⋯その言葉と礼の後だった。
突然に青龍の背中が吹き出した。
「⋯⋯ふっ、⋯⋯っ、はははははははははははははは」
青龍の傍に立つ麒麟もまた、青龍の笑いに呼応するように、にやにやと鎌足を嘲った笑みを浮かべている。
「⋯⋯ッ、な、何が可笑しいのですか? 青龍殿!?」
突然の青龍の笑いに、鎌足が戸惑う。
無理もない。
”死“の伝達に、“笑”で返されたのだ。
それでも鎌足は変わらず真剣な眼差しをしていた。
そして言葉の節々にもまだ熱量が籠もっていた。
青龍は笑いを堪え、大きく息をしてから、変わらず背中で言葉を返した。
「鎌足殿⋯⋯、私の主は『六歌戦』不知火中将綾麿ですよ。そんな弱々しい軟な人間ではありません、⋯⋯あの御方は鬼の先鋒隊如き格下には絶対に負けない。⋯⋯庭園に居ないという事は、既に貴女に先じて帝を守っているという事でしょう。⋯⋯この私どころか、既に鎌足殿の出番すらもはやありません」
「⋯⋯え? ⋯⋯は? で、でも⋯⋯」
鎌足はたじろいだ。
(⋯⋯言われてみれば、確かに綾麿の死は、自分の目で確認したわけではないけど、⋯⋯でも、それよりも)
主である綾麿の剣腕を信じ抜こうとする想い。
これは理解できた。
しかし”出番は無い“という想定外の最後の言葉に、鎌足は何よりも驚かされていた。
「⋯⋯わ、私を見くびらないでください! 私はこう見えても、帝から拝命を受けた、幕府からの正規の援軍! しかも先程申し上げた通り、公儀御庭番、伊賀の小頭であり、御所警備の東番の⋯⋯!」
まだ鎌足は言葉の途中だった。
その熱い言葉を遮るように、青龍が鎌足の方を振り返る。
そして鎌足の熱さとは相反するように、涼やかに鎌足を見つめながら言葉を続けた。
⋯⋯それは涼やかと言うよりも、”冷淡“に見えた。
「⋯⋯鎌足殿、私の後ろに控えるこの麒麟も含め、私たち直属の者は皆、綾麿様の配下です。⋯⋯鎌足殿の指示や願いを受ける義理等は有りません」
「⋯⋯え?」
「綾麿様がもし紅鬼を斬ろと命じるならば、紅鬼を斬り⋯⋯、蒼鬼を斬ろと命じるならば、蒼鬼を斬り⋯⋯、そして鬼切丸と鎖鎌を使う、憎き江戸の忍を斬ろ、⋯⋯と命じるならば⋯⋯」
「⋯⋯え、え?」
「⋯⋯何の遠慮も躊躇も無く、その忍を斬ります。⋯⋯言わばあの御方の命令だけが、私たちにとって絶対の存在なのです。⋯⋯鎌足殿。それをどうかお忘れ無く」
「⋯⋯な、⋯⋯ッ!?」
鎌足の表情が一気に曇っていく。
麒麟はいつの間にか、青龍の背後に隠れるようにして立っていた。
青龍の背中から鎌足をちらりと覗き見る、痛々しい左半分の顔。
その口元が青龍の“拒否”の言葉に呼応する。
口を開けて唖然としている鎌足。
その”動揺“と”落胆“の顔に向けて、麒麟は愉しそうに嘲笑を浮かべていた。
いつの間にか雲間に雷鳴が轟き出した御所の空。
何かに警戒しているのか。
怪訝な表情で天を見上げながら、青龍は呟いた。
「⋯⋯時は既に八つを過ぎています。私の風水によればこの戦凶も、もう直に終わりましょう、⋯⋯だが、⋯⋯遥か遠方、呪われし地の底より出でし暗雲が、この京の都に立ち込めてきている。不吉な”何か”の前兆が⋯⋯」━━━━。
第72話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第73話「幻惑」は、6月21日に投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創作して頂いたオリジナルEDです!
ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg
ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT
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