表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/81

第71話  殺戮の代償 〜後編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿せいりょうでん防衛に向かう。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━「⋯⋯さあ、着いたぞ⋯⋯」


 宣言の通り、綾麿あやまろ紅閃鬼こうせんきの待ち受ける廊下の端まで達していた。

 紅閃鬼こうせんきは自然と緩む口元を鉄扇てっせんで隠しながら、絶対の自信を持つ秘策と共に、綾麿あやまろを待ち受けていた。



《⋯⋯さらばだ、『六歌戦ろっかせん』》


「⋯⋯村雨むらさめの正義の刃、受けてみよ」



 紅閃鬼こうせんきの挑発に、綾麿あやまろが乾いた声で呟く。


 燭台しょくだい松明たいまつに灯された綾麿あやまろの瞳がきらめいた。



 ⋯⋯と同時に、綾麿あやまろが動いた。



 村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを交差させ、床を蹴る。

 壁に並んだ僅かな灯りだけを頼りにする薄暗い廊下に今、二筋の光がひらめいた。



 ⋯⋯間髪入れず、紅閃鬼こうせんきも動いた。



 即座に綾麿あやまろへとかざす、鉄扇てっせん二枚。

 紅閃鬼こうせんきの身体と鉄扇てっせんは、想定していた通りの防御の軌道かたを取る。

 そして至近距離から一気に眼前に迫ってくる村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを、この二枚の鉄扇てっせんで左と右から挟み込んで受け止めた。


(《⋯⋯ふふふ、想定通り。此処ここまで私を追い詰めた油断や自信からの、変化の無い直線的な動き。⋯⋯至極しごく、読みやすい。既に私の勝ちへの道筋は見えたり》)


 綾麿あやまろが第二の斬撃へ移行する前に、防御から束縛へ。

 そして攻撃へ。


 蒼刃鬼そうじんき戦と同様に、紅閃鬼こうせんきの身体が再び、禍々しい邪をまとう”おうぎの化身“と変わる。

 綾麿あやまろの身体を束縛するため、まずは衣の長襟ながえりが奇怪な変化を見せた。


《⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶ、⋯⋯ばく!》


 長襟ながえり綾麿あやまろに鎌首をもたげ、一瞬にして解ける。

 紐糸一本一本がまるで小さな蛇の群れのようだった。

 綾麿あやまろ狩衣かりぎぬや両腕など上半身、そして村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばに複雑に絡み付いていく。


 その束縛の紐糸全てが、ぴんと張るのと同時だった。

 強烈な村雨むらさめ二刀を真正面から受け止めた鉄扇てっせんが、防御と目眩めくらましの役目を終えて砕け散った。


鉄扇てっせんおとり! 引っかかりましたね! これぞ私が得意とする接近戦用に特化した、鬼扇乱舞きせんらんぶ、⋯⋯『枝垂桜しだれざくら』!》


 蒼白そうはくの残炎と共に、左右に散らばっていく鉄扇てっせん

 その宙を舞う細切れの欠片かけらの中、紅閃鬼こうせんきは両掌を拡げ、綾麿あやまろに向けて十指をかざしていた。

 次の瞬間。

 その紅閃鬼こうせんきの指の爪が、鋭い鉄爪てっそうへと変わりながら、目と鼻の先の綾麿あやまろを目掛けて、至近距離から爪形つめなりに一気に伸びていった。


 爪を桜の枝に見立て、急速に伸び、独特な軌道を描く不意の十の鉄刃。

 しかも綾麿あやまろの動きは紐糸に制限されている。

 しかし綾麿あやまろの腕力と、村雨むらさめ二刀の防御に動く速さは、“半分近くは防がれる可能性がある”、そんな紅閃鬼こうせんきの最悪の場合の“読み”を上回っていた。

 十のうち六つまでが、限られた身動きの中で巧みに切り返された、村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばの防御を受けていたのだ。


 村雨むらさめ二刀の盾とぶつかった六つの爪先が、粉々に砕け散る。


《⋯⋯まだここまで動け、刃を切り替えせるとは! 流石ですね! しかし⋯⋯ッ!》


 それでも紅閃鬼こうせんきの口元が綻ぶ。

 残り左二爪、右二爪の四爪は、この村雨むらさめ二刀の防御の間を巧みにすり抜けていた。

 

《⋯⋯ふふふふふ、所詮しょせんは人間、紅鬼おにには及ばない! 此処ここまで鬼の域に近づけても、結局最後は私の勝ちです! 死になさい! 『六歌戦ろっかせん』の愚者ぐしゃよ!》


 紅閃鬼こうせんきの口元を優雅に隠す鉄扇てっせんは、今は無い。

 自然と露わになった笑みから伝わるのは、嬉々とした勝利の確信と殺戮さつりくの快楽だけではない。

 敗北を招いた綾麿あやまろの油断への嘲笑ちょうしょうが垣間見えた。


 その笑みに飾られるように、最後の防御を突破し、殺意の華を咲かせた枝垂桜しだれざくら鉄爪てっそう四刃は、触れる何もかもを貫かんばかりの凄まじい勢いで伸びていく━━━━。


 ━━━━その狙いは、綾麿あやまろの眉間、目、喉、胸。


 綾麿あやまろは紐糸で拘束している。

 あと僅か、ほんの僅かだった。

 残るは、親指一本分程の長さ。



 ⋯⋯しかし。



 鉄爪の伸長はそこまでだった。



 伸びる鉄爪。

 その絶対的勝利へと繋がる動き。


 が⋯⋯、突如として。



 ”止まった“。



《⋯⋯ッ! ば、馬鹿な⋯⋯、何故なぜだ!? 何故なぜ枝垂桜しだれざくら』が伸びない!?》


 止まった爪先つめさきを凝視して、紅閃鬼こうせんき狼狽ろうばいする。

 そして両の鉄爪てっそうの手元へと目線を落とした。


《⋯⋯ぐ! ⋯⋯なッ!?》


 手元そこには紅閃鬼こうせんきが予期だにしていなかった、目を疑うような光景があった。


 村雨の真刃しんば鞘刃さやばにぶつかった、枝垂桜しだれざくらの根元となる左右の手。

 その左右どちらもが、薄闇にきらきらと輝くほどに、白化はくかしていた。


《⋯⋯こ、これは⋯⋯、何だ!? ⋯⋯ま、まさか!?》


 その“白”の正体に、指先から伝わる“冷気”を感じた紅閃鬼こうせんきが、ようやくにして気付く。


 それは氷による”白“。

 鞘刃さやばが放つ凄まじい冷気によって生み出された”白“。


 この時、紅閃鬼こうせんきの手元は⋯⋯。



 ⋯⋯凍っていた。



《⋯⋯こ、氷!? ⋯⋯そ、そんな!?》


 紅閃鬼こうせんきが凍結の出処でどころを目で辿る。

 この凍結の始まりは、村雨むさらめ鞘刃さやばだった。

 鞘刃さやばによって折られた爪先。

 その爪先を始点として、凍結はまず指を伝い、てのひらに移っていた。

 そして凍結はてのひらを介して、折れずに伸びた他の指先までを完全に侵食していた。

 指先の鉄爪てっそうだけではない。

 綾麿あやまろ雁字搦がんじがらめに束縛していた無数の紐糸までもが、全て繊細な硝子細工のように凍らされている。


 紅閃鬼こうせんきの身体は今、肘の先から指先まで、村雨むらさめ鞘刃さやばの放つ凄まじいまでの氷の波動に包まれていた。


《⋯⋯ッ! これは夢なのですか、幻なのですか!? ⋯⋯そんなはずは無い。あり得ません。私の鉄爪が、私の技が、この日本ひのもとの、現世うつしよの武器に凍らされるとは⋯⋯!?》



 鉄の四爪は、綾麿あやまろの額や眼や首に届く、その一寸程(※約3cm)前で止まっていた。

 凍り付いた鉄爪てっそうの先端をまばたきもせずに見つめながら、綾麿あやまろが呟く。



「⋯⋯惜しかったな」



 その声は此処ここまで廊下を歩いてきた声と全く同じ、何物にも動じない、淡々と落ち着いた声だった。


 綾麿あやまろは冷気を放ち続ける白火の鞘刃さやばを横に一閃し、凍る鉄爪てっせんと紐糸を全て粉々に砕き飛ばした。


 季節外れの氷の結晶が宙を舞う。


 そんな幻想の情景の中、綾麿あやまろは続けざまに鞘刃さやば鳳凰ほうおうの彫りをこすりながら、灼熱の蒼火の真刃しんばを振りかざした。

 あお炎焔ほむらが燃え上がり、真刃しんばを包む。

 そしてそんな蒼炎そうえんまとい猛る真刃しんばを、綾麿あやまろは真横へと薙ぎ払った。


《⋯⋯がああああァッッ!?!!》


 両者の間合いは既に”無い“に等しかった。

 この一閃いっせんで十分だった。


 村雨むらさめの刃の筋を受けた紅閃鬼こうせんきの“首”は、完全に離断されていた。

 天井に直撃する程にまで飛び、後は両壁に交互にぶつかりながら、床を転がっていく。

 そして最後の村雨むらさめ剣閃けんせんを目に焼き付けるかのように大きく目を見開きながら、葬魂そうこんの名残りの白骨化と共に蒼白そうはくの炎にも包まれ、やがてあかの霧と化していった。


 残った紅閃鬼こうせんきの上半身も同様だった。

 いつの間にか凍結は、肘を遥かに超え、長襟ながえり全体を包み込み、胸元より下にまで及んでいた。

 首の無い紅閃鬼こうせんきの身体が、ふらふらと数歩進んだ後、がくりと膝をつく。

 そして前のめりで、床に崩れ落ちていく。


 身体からだ何処どこかに所持していたのか、それともあかの地獄からの最後の反撃を試みようとした召喚しょうかんだったのか。

 紅閃鬼こうせんきの袖からは、十数枚の鉄扇てっせんがばらばらと床にこぼれ落ちた⋯⋯。


 ⋯⋯今宵こよいの乱戦の中、数多あまたの人間の身体を刻んできた鉄扇てっせん

 そして数え切れない程の人間の命を奪ってきた紅鬼あかおに修羅しゅら紅閃鬼こうせんき⋯⋯。


 鉄扇てっせんは今、倒れた紅閃鬼こうせんきに押し潰され、まるで氷の彫刻のように粉々に砕け散り、また紅閃鬼こうせんきの身体も首同様に白骨と化した後に、深いあかの霧と化していく。



 そんな紅閃鬼こうせんきの姿を、綾麿あやまろ自身は見ようともしない。

 身体を颯爽さっそうひるがえし、白い冷気に包まれた鞘刃さやばを縦にすると、今歩んできた廊下を一望できる位置まで、するすると数歩退いていく。

 戦いが終わっても尚、綾麿あやまろの眼は鋭いままだった。

 そしてまだ戦いの余韻が残るあおほむらたぎ真刃しんばを、立てかざしたさやへとゆっくりと納刀していった。

 

 納刀の音だけが、この終戦の場に響く。


「⋯⋯」


 自身以外は誰も生者が居なくなった廊下。

 その事実だけを眺めながら、戦いの高揚を解くように、綾麿あやまろは一度だけ深く息を吐いた。


 そして直ぐに、左手に続いている夜御殿よんのおとどへの通路⋯⋯帝の元へと続く回廊の入口へと、颯爽さっそうと身を躍らせた。



 

 ⋯⋯御所の上空。

 残りはあと二つのみになっていた羅生門らしょうもん邪道じゃどうあおの渦とあかの渦。

 その内の一つ、最後のあかの渦が今、ゆっくりと揺らめきながら地に沈んでいく。

 そして紅閃鬼こうせんきの身体や鉄扇てっせん同様、季節外れの花火のように空中で粉々に砕け散った。



 あか邪道じゃどうの消滅。

 


 それはすなわち、今宵この京都御所に侵略を図った紅鬼あかおに軍、二十三鬼が全滅となったことを現していた━━━━。





 ━━━━しかし今、一面に荒涼とした景色が広がる内裏庭園内には、このあかの渦の消滅、紅鬼あかおにの全滅に気付く者、喜びの声を上げる者は、誰も居なかった。


 この場で戦っている警備兵すら一人も居なかった。

 全滅した紅鬼あかおに勿論もちろん蒼妖鬼そうようきを除く蒼鬼あおおにの姿も、既に一鬼として居なかった。


 人と蒼鬼紅鬼おにの乱戦は終焉を迎えていた。

 性も根も尽き果てて座り込んでいる、数える程の警備兵以外は、動いている人の影はたった二つ。



 ⋯⋯鎌足かまたりと、麒麟きりん



 この二人だけだった。


 二人に天を仰ぎ見ている余裕は無い。


 そしてこの二人は、奇しくも人間同士。

 生死を賭けた死闘の真っ只中にあった。



「⋯⋯いいか! 次は容赦無しだ! 本気の天舞てんまの技で、その鬼切丸おにきりまるとかいうくだらない刀を握る、“右腕”を削ぎ落としてやる!」


 麒麟きりんはじりじりと鎌足かまたりとの間合いを詰めていた。



「⋯⋯鎖鎌くさりがまを。⋯⋯麒麟あいつの間合いの外から攻撃できる、鎖鎌くさりがまを早く手にしなくては!」


 鎌足かまたりが目線を左に右に移しながら、麒麟きりんが前に出た分だけまた後ろに下がる。

 変わらずの戦法だった。


 その鎌足かまたりの右の視界に待望の光景が飛び込んでくる。

 地に転がる鎖鎌の端を捉えたのだ。


(⋯⋯見つけた!)

 

 目で鎖鎌との距離を目算する。

 そして攻撃に転じるため、最善の動きを推し計る。


麒麟あいつの頭に今有るのは、私の後を追うようにただ前に出ること。そしてどう刀を振るうか。この二つしかないはず。今なら右に疾走はしれる! この状況なら初動の差で、先に鎖鎌くさりがまを手にして攻撃できる!)


 即座に身体が動く。

 鎌足かまたりは唐突に右に駆け駆けた。

 鎖鎌の端では無く、全体が視界に映る。



「⋯⋯っ! てめぇ! 逃げるのか!?」


 鎌足かまたりの思惑にまだ麒麟きりんは気付いていない。

 麒麟きりんは怒りや不満で顔をしかめながら、鎌足かまたりを追うために直ぐに左に疾走はしった。

 そして前にも出ながら、間合いを詰めていく。


 その時、鎌足かまたりは一足早く地に飛び込んでいた。

 地に落ちている鎖鎌の鎖部分を掴む。


(昨日の清涼殿せいりょうでん前での立ち会い、麒麟あいつには鎖鎌の技は見せていない! しかも麒麟あいつは左の目辺りを蒼鋼鬼あおおにに殴られて、あんなに腫れている。今は視界が完全でないはず! 左側を狙った右からの一閃いっせんで勝負をつける!)



 鎌足かまたりの鎖鎌の秘策だけではない。

 そもそも鎖鎌が近くに落ちていること。

 鎌足かまたりが鎖鎌による遠距離攻撃に長けていること。

 

 麒麟きりんはそのどれもこれも想像だにせず、またつゆとも知らなかった。


 逃げる鎌足かまたりとの間合いを一気に詰め、そして右腕を削ぎ落とそうと、麒麟きりんは既に地を蹴り、大きく空へと翔んでいた。

 大鳥居の上部に一気に飛び移った時と同じような驚異の跳躍力で、麒麟きりん鎌足かまたりの頭上から襲いかかる。


「⋯⋯今度こそ絶対に逃さねえッ!」


 天を舞うような跳躍力だけではない。

 麒麟きりんは凄まじい速さも兼ね備えていた。

 それは地上で迎え撃つ鎌足かまたりにも、大きな驚愕きょうがくを与えていた。


 鎖を手に鎌足かまたりが振り向く。

 そして空から感じる異様な殺気に、天を見上げる。

 その瞳に真っ先に映ったのは、遥か上空から刀を振り上げ、まるで鬼神きじんのような凄まじい狂気の表情の麒麟きりんだった。




 鎖の持ち手を整えるいとまも、繰り出す技のあれこれを考える余裕よゆうも、そしていつも通りの力を込めるすべも、この時の鎌足かまたりの頭の中には浮かばない。

 

 斬られたくない。

 ただその一念だけを想い、戦いの経験と身体に染み付いた反応だけを頼りに、鎌足かまたり咄嗟とっさに身体を回転させる。


 麒麟きりんの痛めている顔、傷、視界。

 死角となっているはずの左側側頭部に向けて、思い切り鎖を旋回させた。


(⋯⋯頼む! この右腕を斬られる前に⋯⋯、麒麟あいつに届いてくれ!! 麒麟あいつの左に隙があってくれ!!)

 

「⋯⋯はははっ! まずは右腕にお別れを言うんだな!」


 麒麟きりんの真剣を持つ右手が空中でしなる。


 しかしこの時、蒼鋼鬼そうこうきに殴られた麒麟きりんの左側の視界は、幸運にも鎌足かまたりの想定以上に塞がれていた。

 更に麒麟きりん鎌足かまたりが逃げ出したと思い込んで、一層頭に血が上っていた。


 反応が完全に遅れる。


 左から弧を描きながら飛んでくる鎖、分銅ふんどう


 麒麟きりんが“何か”違和感の存在に気付いた時。

 鎌足かまたりの懸命の賭けでもある鎖分銅くさりふんどうは、既に麒麟きりんの左目の真横にあった⋯⋯。



 ⋯⋯「⋯⋯あ」



 麒麟きりんが呟いた次の瞬間⋯⋯。



 ⋯⋯「⋯⋯があッ!?!?」



 鎖の先端の分銅ふんどうは、麒麟きりんの左のこめかみ辺りにめり込んでいた。



 その衝撃と同時だった。


 鎌足かまたりもまた右肩の上部の忍装束、そしてその下の皮膚と僅かな肉が、麒麟きりん天舞てんまの波動によって、広く浅くえぐり取られていた。


「⋯⋯あああッ!?」⋯⋯



 ⋯⋯「⋯⋯がはあッ!?」


 真正面から迎撃された麒麟きりんは、右後方に激しく弾き飛ばされた。

 そして鎖分銅くさりふんどうに撃たれた左側頭部を下にして、地上に激しく落下していた。


 麒麟きりんの身体が地を跳ね、土埃が巻き上がる。



 一方の鎌足かまたりは右肩を押さえて、しゃがみ込んでいた。

 忍装束と鎖帷子の存在が、まだ幸いしていた。

 傷はさほど深手ではない。

 それでも痛みに堪えきれずに、鎌足かまたりは地に転がる。

 そして苦悶くもんの声を上げた。


 押し寄せる激しい痛みが、傷を受けた右肩を透過するように全身に伝染していく。

 しかしそんな鋭い痛みとは裏腹に、鎌足かまたりには自然と安堵の声も漏れていた。


「⋯⋯ッ! と、届いた⋯⋯。間一髪、先に。⋯⋯ッ! う、腕は? ⋯⋯あ、ある、まだあるぞ。良かった。麒麟きりんの技が弱まったお陰で、何とか助かったんだ」

 

 とは言え、まだ戦いは終わってはいない。

 鎌足かまたりは傷を押さえたまま懸命に立ち上がると、傍に落ちていた鎌袋を拾い、鎌を改めて腰に納めた。

 そして左掌で鎖を握り直し、右掌に鬼切丸おにきりまるを構え直した。



「⋯⋯麒麟あいつは? ⋯⋯どうなった?」



 麒麟きりんが墜ちた辺りに、鎌足かまたりが慌てて目を送る。

 まだ土埃が巻き上がる中、地に横たわっている人影がぼんやりと見えた。


「⋯⋯た、たおしたか!?」



 土埃が次第に晴れていく。


 横たわる人影。

 それは間違いなく、麒麟きりんだった。

 刀は傍には無く、動く気配は無い。

 土埃が完全に消えても、麒麟きりんは横たわったままだった。


 その生死を確認しようと、鎌足かまたりがふらふらと麒麟きりんに近づこうとした。



 ⋯⋯その時だった。



「⋯⋯よいしょ、っと」



 麒麟きりんの上半身だけが、むくりと起き上がったのだ。


「⋯⋯ッ!?」


 鎌足かまたりは反射的に数歩飛び退いていた。



 麒麟きりんはそんな鎌足かまたりの動きにも、存在にも気付かない。

 上半身だけを起こしたままだった。

 頭を打ち付け、意識が混濁こんだくしているのか。

 何かを振り払うように、首を左右に激しく振る。

 左に右にぽきぽきと首を鳴らす。

 そしてぼんやりとした眼で、左の目とこめかみ辺りを指で触りながら、ようやくにして呟いた。


「⋯⋯痛い。⋯⋯あれ? ⋯⋯あれれ? 左の目の横の骨が、欠片かけらの集まりみたいにぐらぐら少し動いてる。⋯⋯頬骨ほおぼね頭蓋ずがいが折れた?」



「⋯⋯麒麟こいつ! 伝説の獣、麒麟きりん同様、不死身か!?」


 鎌足かまたりの身体を、痛みと共に戦慄が駆け抜ける。

 肩を押さえながら、無意識に鬼切丸おにきりまるを身構えていた。



「⋯⋯わぁ、衣もぼろぼろ、泥だらけだ」


 そんな鎌足かまたり余所よそに、麒麟きりんはゆっくりと立ち上がる。

 そして辺りをきょろきょろと見回した。


「⋯⋯あ」


 記憶までも錯綜さくそうしているのか。

 麒麟きりんは視界の先に鎌足かまたりを見つけると、腫れが更に増して血だらけになっている顔のまま、にっこりと鎌足かまたりに微笑みかけた。


「⋯⋯っ!?」


 その不気味なほどの清々しい笑顔に、鎌足かまたりの肩や背中が“びくり”と震える。



「⋯⋯おや、伊賀の鎌足かまたりさんだ? んー⋯⋯」


 麒麟きりんは首をかしげた。



 その異様な動きに、鎌足かまたりはまた数歩飛び退いた。



 昨日の初対面での麒麟きりんの笑顔が、鎌足かまたりの頭をよぎる。


(⋯⋯っ、嫌な予感しかしない)


 鎌足かまたりは腰を沈めて、更なる臨戦態勢を取った。



「⋯⋯あ、そっか。⋯⋯⋯⋯、⋯⋯ふぅ」


 何かを思い出した麒麟きりんが、少し間を置いてから深く息を吐く。



 その直後だった。

 


 ⋯⋯麒麟きりんの意識が完全に帰還した。



 麒麟きりんはほんの一瞬の内に、満面の笑顔から一転、怒髪どはつ天を衝く憤怒ふんぬ形相ぎょうそうへと、その表情を一変させていた。


「⋯⋯いい痛えええええッ!! 鎌足かまたりぃぃぃィ!! 御前てめえぇ、やりやがったな!! 何だ? 鎖鎌くさりがまを使うから鎌足かまたりってか!? 名前からしてふざけた事しやがって! ⋯⋯許さねぇ、⋯⋯もう絶対に許さねぇぞ!! この顔の痛み、折れた骨、千倍万倍にして返してやる! その目ん玉と脳味噌のうみそをくり抜いて、御所のかわやどぶに流してやる!!」


 鎌足かまたりとの間に落ちていた、持ち主を無くした無銘むめいの刀。

 麒麟きりんをその一振りを怒りに任せて乱雑に拾い上げると、再び鎌足かまたりに向けて歩き出した。



(⋯⋯ッ、間合いはさっきよりも延びている。今度こそ伊賀流の鎖鎌術で⋯⋯!)


 鎌足かまたりの額を、生温い汗の雫が幾つも伝う。

 鎌足かまたり鎖鎌くさりがまの先端に鬼切丸おにきりまるを巻きつける。

 そして麒麟きりんが鎖鎌の長い間合いに入ってくるのを、固唾かたずを呑んで待ち受けた。


「⋯⋯歩く度に左の顔が痛え。頬骨ほおぼねもかたかた動いてるじゃねえかあぁぁぁあ! ⋯⋯がまだりぃぃぃッッ!!」



 じりじりと再び両者の間合いが詰まっていく⋯⋯。




 ⋯⋯その時だった。




 いがみ合い、殺し合う二人。

 その荒れた魂をいさめるような、あたたかで涼やかな笛の音が、何処どこからともなく響いてきた。


 鎌足かまたりの心が止まる。


(⋯⋯な、何だ。この笛の音は⋯⋯、この音色、何処どこか寂しくて哀しくて、⋯⋯でも、あったかくて安らかで、⋯⋯それでいて懐かしい感じもする)


 時には激しさを感じ、時には静けさを感じる。

 満ちては引いていく穏やかな波のような抑揚や、心の奥を揺り動かされるような一音一音の余韻。

 それは人のたかぶった心を自然と鎮めてくれる、そんな不思議な包容力も含んだ、澄み渡ったみやびな音色だった。


 そしてこの笛の音色は、この場に残っている僅かばかりの生者だけではなく、決してもう旋律に耳を傾けることのできない、横たわる多数の死者に対しても奏でられているように、鎌足かまたりの耳には聞こえた。



 日本ひのもとでは俗に、亡くなった人間をいたむ歌を”挽歌ばんか“、哀しみの心を慰める歌を“哀傷歌あいしょうか”などと言う。

 ”挽歌ばんか“とは、“棺桶をく歌”、と書く。

 すなわち、死者の棺を乗せた大八車だいはちぐるまなどのき人が、死者のとむらいにとうたい始めたのが、この言葉たちの起こりと言われていた。

 そしてこの死者を安らかに葬り、生者の心を癒す風習の旋律は、日本ひのもとの平安や万葉まんようの昔より、時に身分の高低を問わずに人々の間で拡がっていた。



 今宵、多くの御霊みたまを新たに生んだ京都御所。

 そんな戦場の跡地に今、聞こえてくるこの笛の哀憐あいれんの音色こそ、まさにそんな”挽歌ばんか“、“哀傷歌あいしょうか”と言えた。



 この音色は、生と死の狭間はざまに身を投じる、教養にうと鎌足かまたりの心にも届いていた。

 そして怒りに染まり、激しい憎悪の炎がたぎる、麒麟きりんの荒れた心にも届いていた。

 

 

 再びの激突に向け、間合いを縮め合っていた鎌足かまたり麒麟きりん

 二人の足が自然に止まる。



「⋯⋯っ! この龍笛りゅうてきの音色は⋯⋯、まさか!?」


 麒麟きりんが焦りながら、周囲を見回す。



「⋯⋯!?」


 鎌足かまたり麒麟きりん同様に、その謎の音色が聞こえてくる方向を耳と目で辿る。 




 ⋯⋯その笛の音は、御所の庭園の脇からだった。



 御所でも一際ひときわ大きな桜の木。

 その一番太い枝に座り、幹に寄りかかるようにして、この謎の笛の演者は居た。

 額に鉢金はちがねを巻き、大陸渡りと思われる剣を腰に、青を基調とした漢服かんふくを着た一人の男。

 目を閉じ、穏やかな表情で、麒麟きりんが呟いた、俗に”龍笛りゅうてき“と呼ばれている独特の横笛を吹き続けていた。



 つい今しがたまで、全身溢れんばかりの殺意と憎悪に満ちていた麒麟きりん

 その刀や腕が、まるでしなびた桜の枝のようにだらりと下がる。


「⋯⋯ッ、あ、⋯⋯あ」


 そして明らかに動揺を滲ませた声で、呟いた。



「⋯⋯せ、青龍せいりゅう⋯⋯、さん!? ⋯⋯どうして内裏ここに!?」━━━━。

 


 

第71話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第72話は、6月18日もしくは19日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ