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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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70/81

第70話  殺戮の代償 〜前編〜

今回も本文が長くなったため、読みやすさを考慮して、前後編の二部構成に分けました。

今回は前編になります。

後編は明日か明後日には投稿予定です!


【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿せいりょうでん防衛に向かう。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━清涼殿せいりょうでん奥。

 帝の寝室である夜御殿よんのおとどへと繋がる回廊、その手前。

 向かい合うのは、帝の命を守るべく駆け付けた綾麿あやまろと、帝の命を奪うべく殺戮さつりくを続けた紅閃鬼こうせんき


 そして⋯⋯。


《⋯⋯うふふ、この対決、何方どちらが勝つのか楽しみね》


 密かにこの両者の一触即発の対峙を覗き見していた蒼妖鬼そうようきは、鬼眼きがん木目妖凛刀ようりんとうをくるりと回転させると、愉しそうに微笑んだ。


《⋯⋯でも、どちらが勝つにせよ、わらわにとっては先に帝の命を奪う絶好の機会。この隙に先に行かせてもらうわ。悪く思わないでよね? ⋯⋯紅閃鬼こうせんきに『六歌戦ろっかせん』の綾麿あやまろちゃん。⋯⋯じゃあね、どちらも頑張ってね》


 身を隠していた柱の陰から、ぴょんと飛び跳ねるようにして姿を見せた蒼妖鬼そうようきは、艶めかしくも唇に指先を当てて片目を閉じて、”最後“は綾麿あやまろ紅閃鬼こうせんきに向けて、接吻せっぷんを投げる動作をした。

 そして帝の居る夜御殿よんのおとどへと繋がる“最後”の通路へと、嬉々として駆け出していった━━━━。






 ━━━━蒼妖鬼そうようきの足音が遠ざかり消えた時。

 

 燭台しょくだい松明たいまつの炎に照らされた綾麿あやまろが呟いた。


「⋯⋯御主は非道な殺戮さつりくを繰り返し愉しみながら、この通路をそちらに向かったのだろう? ⋯⋯ならば、麿まろもまるで同じ事をしてやろう。そしてそちら側に辿り着いた時、御主の首をねる。それが死んでいった数多くの御霊みたまへの一番の供養くようとなる。⋯⋯行くぞ、紅閃鬼こうせんき


《⋯⋯ふん。大口を。私はそういう冗談は好みません》


 ゆっくりと自分に向かって歩いてくる綾麿あやまろに対し、苦々しく微笑んだ紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんを一振りした。

 不快をまとう風が、長い通路を突き抜ける。


 風の正体は鋭い無数の鉄串てつぐしだった。


 綾麿あやまろは左手でふところから扇子を取り出すと、あおぐようにしてその鉄串てつぐし全てをぎ払った。

 そしてぼろぼろになった扇子を通路に無造作に投げ捨てて、何事も無かったように更に歩みを進めていく。


《⋯⋯ほう? 貴方も扇子持ちでしたか。面白い。目には目を。おうぎにはおうぎを、ですか。だが⋯⋯》


 余裕な紅閃鬼こうせんきは両の掌の中に、鋭い刃先を持つ十枚の鉄扇てっせんを広げ、そして綾麿あやまろを嘲笑うように呟いた。


《⋯⋯私の鉄扇てっせんにはかないませんよ》


 そんな紅閃鬼こうせんきの挑発を受け流し歩きながら、綾麿あやまろが再び口を開く。



「⋯⋯良い機会だ、御主にも一つ二つ聞こう。何故なぜ此度こたび日本ひのもとへの侵略、過去の侵略の流れの通りに蒼鬼あおおにだけではない? 七十年前は紅鬼あかおにの侵略の番。紅鬼あかおに羅生門らしょうもんが閉じている此度こたびは、蒼鬼あおおにの番のはずだ」


《⋯⋯何?》



 ⋯⋯“紅鬼あかおに羅生門らしょうもんが閉じている”。

 ⋯⋯”此度こたび蒼鬼あおおにの番“。

 綾麿あやまろの言葉の節々に不思議な違和感を感じた紅閃鬼こうせんきは、少しだけ怪訝けげんな表情を浮かべた。



《⋯⋯知ったような口を。それを聞いて何になると? ⋯⋯ふふふ、地獄には地獄の掟がある。それが少し変わっただけのこと。人間どもには知る必要も⋯⋯》


「⋯⋯敵対している蒼鬼あおおにと大手を振って戦える“何か“が起きた、か。⋯⋯閻魔王えんまおうからみことのりでも出されたのか?」


 綾麿あやまろの無機質な呟きが、紅閃鬼こうせんきの言葉を遮る。

 蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの確執は、御所での乱戦を目の当たりにすれば、おおよその推測はつく。

 しかしみことのりの件は、決して人間には知る由も無い。

 言葉のあやや偶然の可能性はあるものの、これには流石の紅閃鬼こうせんきも驚きの表情を隠せなかった。


《⋯⋯ッ、何故なぜ閻魔王えんまおう、そしてみことのりの事を!? ⋯⋯奇怪きっかいな者め⋯⋯、⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶせんおよびまい断捨離だんしゃり!》


 鉄扇てっせんの数は更に倍となっていた。

 二十枚もの鉄扇てっせんを両掌に広げた紅閃鬼こうせんきが、左右の手首で宙を斬る。

 左右を壁に囲まれて逃げ場の無い綾麿あやまろ

 そんな獲物に狙いを定め、二十枚の鉄扇てっせんはまるで二十羽の鳥のように、刃のくちばしと牙を尖らせ飛翔していく。


「⋯⋯図星か」


 迎え撃つ綾麿あやまろは、手にした村雨むらさめを眼前に掲げた。

 そしてさやから一気に村雨の真刃しんばを抜き放った。


 真刃しんばからは蒼いほむらが、鞘刃さやばからは白い冷気がほとばしる。

 綾麿あやまろが左の鞘刃さやばを一閃する。

 鋭角から首を狙ってきた先陣の三枚の鉄扇てっせんは、この僅か一閃いっせんでその全てが弾かれていた。

 更に真刃しんばを振りおろして一枚、また即座に斬り上げて一枚。

 二枚の鉄扇てっせんを真っ二つに叩き斬った綾麿あやまろは、すぐさまに壁に向かって跳躍した。


 鎌足かまたりを苦しめた紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんは、此度こたびもまた弾かれても角度を変えて、獲物である綾麿あやまろの後を再び追尾する。

 後ろからだけではない。

 まだまだ攻撃は序の口とばかりに、正面からも第三陣、第四陣、第五陣と、十枚以上の鉄扇てっせんが連なり向かってくる。


 そんな通路の宙を支配する鉄扇てっせんの群れを前にして、綾麿あやまろは左右の壁を蹴り、床を跳ね、四方八方ありとあらゆる角度に、華麗に身をひるがえしていく。

 刃の流れに乗って、あおと白の筋が宙を走る。

 綾麿あやまろは右の真刃しんばと左の鞘刃さやばの巧みで正確な剣戟けんげきで、紅閃鬼こうせんきの投じた地獄の鉄扇てっせんを、次々と真っ二つに叩き割っていった。


 襲いかかる鉄扇てっせん綾麿あやまろがその最後の一枚を弾く。

 と同時に綾麿あやまろは、その一枚諸共に鞘刃さやばを思い切り右の壁に叩き付け、壁に鉄扇てっせんをめり込ませた。

 綾麿あやまろの左手に力が入る。

 鉄扇てっせんが更に壁にめり込んでいく。

 そして次の瞬間には、鉄扇てっせんは粉々に砕け散っていた。


「⋯⋯よく見ておけ。御主が人を無情に殺めたように、麿まろもこの鉄扇てっせんは容赦なく粉砕する。⋯⋯そして、まだ問いかけの途中だ」


 語尾を強めた綾麿あやまろは、紅閃鬼こうせんきを改めて睨み付けた。



《⋯⋯ほほぉ。私の断捨離だんしゃり鉄扇てっせん、緩急を様々に付けた二十枚をこうも華麗に素早く防ぐとは⋯⋯! その技、人間にしては素晴らしい! 流石さすが日本ひのもとが誇る『六歌戦ろっかせん』⋯⋯、と言いたい所ですが、口の利き方といい、無敵の紅鬼あかおに軍に歯向かう身の程の知らなさといい、どうやら他の『六歌戦ろっかせん』の者たちの中では、“賢さ“の点で劣るようではありますが。⋯⋯ふふふ》


 紅閃鬼こうせんきは攻撃をかわされても、あざけりの言葉を呟く程にまだまだ余裕があった。


 紅閃鬼こうせんきの口から偶然に出た、『六歌戦ろっかせん』という言葉。

 綾麿あやまろの細めた目が、より鋭く強くきらめいた。


「⋯⋯丁度良い。聞きたいと思っていたのが、その『六歌戦ろっかせん』の事だ。麿まろの⋯⋯、いな此処ここには誰の気配も無い。女鬼おんなおにのように気を遣う必要も無い。肩がこる公家言葉ではなく、特別に”俺“自身の言葉で話してやろう」



 綾麿あやまろは自身のことを“麿まろ”ではなく、初めて”おれ“と呼んだ。

 その自称の変化が持つ“意味”、そして秘めている“真意”に、この時の紅閃鬼こうせんきは全く気付いてはいなかった。

 鬼の紅閃鬼こうせんきだけでは無い。

 江戸から駆け付けたばかりの鎌足かまたり勿論もちろん、公家や警備兵、そして大将である兼季かねすえに至るまで、内裏だいりの誰もが綾麿あやまろの真意には気付いていなかった。

 ⋯⋯ただ一人、直属の配下であるくち少将しょうしょう麒麟きりんを除いては。



《⋯⋯む、貴方自身の言葉? ⋯⋯そして『六歌戦ろっかせん』の事だと?》


「⋯⋯ああ。御主ら紅鬼あかおに軍。⋯⋯かねてから『六歌戦ろっかせん』の、“とあるもの”と関わりがあろう。俺が長年に渡り調べ、抱いていた疑念疑惑は、御主の仲間である紅斬鬼こうざんきが漏らした話から、ほぼ確信へと変わった」


《⋯⋯紅斬鬼こうざんきが? ⋯⋯ふふふ、それはあり得ません。あの女鬼ものは口が固い》


「⋯⋯確かに口にしてはいない。だが紅斬鬼やつの高い自尊心や尋常では無い敵愾心てきがいしんあだになったな。”紅斬鬼おぬしよりも強い人間の女子おなごの知っている“、そう伝えた後に三人の女子おなごの名を告げた時。その内の一人『六歌戦ろっかせん』の女子ものにだけは、明らかに敵意や怒りを露わにしなかった」


《⋯⋯ほぅ?》


「⋯⋯確たる証拠は無い。が、今はそれだけで十分。それに御主に聞いても決して答えぬだろう? 『六歌戦(ろっかせん)弓月院(きゅうげついん)小夜(さよ)が、密かに紅鬼あかおにと通じている、とはな」


《⋯⋯ふふふ、これまた面白い推察ですね。日本ひのもとを守りし『六歌戦ろっかせん』に裏切り者がいるとは⋯⋯、しかもそれが当の『六歌戦ろっかせん』本人の口から語られるとは⋯⋯、これは滑稽こっけいすぎる話。侵略を果たして地獄へ帰還する際の土産話にさせて頂きますよ。⋯⋯ちなみに私は肯定も否定もしません。⋯⋯ふふふふふ》


「⋯⋯そこでだ、紅鬼あかおによ。今の話を踏まえての俺の問いだ。⋯⋯御主が知っているかは知らぬが、昨日俺は蒼鬼あおおに修羅しゅらに襲われてな」


《⋯⋯ふふふ、それはそれは御愁傷様ごしゅうしょうさま。それで?》


「その蒼鬼あおおにの動きや言葉から、蒼鬼あおおにと密かに手を組む御所外部の者の存在を知った。⋯⋯すなわ日本ひのもとを裏切った『六歌戦ろっかせん』がまだ居るはずだ。⋯⋯紅鬼あかおにのことは話せずとも、蒼鬼あおおにのことなら話しても問題は無かろう。蒼鬼あおおにと繋がる者。もし知っていれば言え。⋯⋯それは誰だ? ⋯⋯もしくは⋯⋯誰と、⋯⋯誰だ?」


《⋯⋯何と。蒼鬼あおおにたちが『六歌戦ろっかせん』とねぇ。それは良い情報を得ました。しかし、貴方はそれを知ってどうするのです? 日本ひのもとを守る大切な仲間では? ふふふ⋯⋯、白黒を問いただし、黒ならば説得でもするのですか?》



「⋯⋯いな。⋯⋯内通は既に鬼と化したも同じ。日本ひのもとのため、先の小夜さよ同様、その者も絶対に死んでもらう。⋯⋯この不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあらやまろ、例え『六歌戦ろっかせん』に名を連ねる者と言えども、⋯⋯裏切り者はことごとく⋯⋯━━━━斬る」



 綾麿あやまろ村雨むらさめ真刃しんばを、まるで見えないだれかと向かい合うように眼前にかざした。

 真刃しんばの隣に並ぶ綾麿あやまろの瞳は、未だかつて無い程にぎらついていて鋭い。

 そんな闘氣とうきを露わにする綾麿あやまろを前にして、紅閃鬼こうせんきは変わらずにやにやと笑みを浮かべ続けている。

 そして問いかけの返答とばかり、先程の数を遥かに上回る、幾重にも連なる鉄扇てっせんを掌の中に広げていった。


 紅閃鬼こうせんきに言葉は無くとも、その鉄扇てっせんの臨戦態勢が問いの返答であることは、綾麿あやまろも自ずと悟っていた。

 紅閃鬼こうせんきの返事を待たずに、綾麿あやまろが動く。

 だらりと左右に村雨むらさめ両刃を下げ、再び紅閃鬼こうせんきに向かってゆっくりと歩き出した。



《⋯⋯蒼鬼あおおにのことは別として、先の小夜さよとやらの件。例え知っていたとしても、死にく者には教えません。⋯⋯ふふふ、それにしても裏切り者が出るとは⋯⋯、日本ひのもとも間違いなくしまいですね。そしてこの三十の鉄扇てっせんで貴方もしまいです。此処ここで詠み終えましょう、『六歌戦ろっかせん』の歌一つ》



 紅閃鬼こうせんきが衣を派手になびかせた。

 左に十五枚、右に十五枚。

 掌の中の鉄扇てっせん三十枚を、綾麿あやまろに向かって投げ放つ。


《⋯⋯『六歌戦ろっかせん』の貴方に敬意を評して、私の最も得意とする奥義の一つで葬ってあげましょう。⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶ死終つい秘扇ひおうぎ、⋯⋯『闇時雨やみしぐれ』!》


 紅閃鬼こうせんきの手を離れた鉄扇てっせんが、次々と勢いに任せて左右の壁を突き破る。

 紅閃鬼こうせんきの衣の袖がなびき終えた頃には、鉄扇てっせん三十枚全てが、長い廊下からその姿を完全に消していた。


 しかし穴だらけとなった壁の向こう側で、消えた鉄扇てっせんは飛翔を続けていた。

 今度はまるで巨大な蝙蝠こうもりの羽音のように、無数の何かが確実に宙を羽ばたいている音が、この閉ざされた空間の壁や床や天井に鈍く微かに響く。

 それは不吉や不幸を連想させる、おぞましい重低音の飛翔音だった。

 その音の出処でどころも左か右か、もしかして上からなのか、はっきりとは分からない。

 そんな見えない恐怖が支配する廊下を、綾麿あやまろは何もひるむことなく、悠然と歩を進めていた。



 ⋯⋯その時。



 突如として左右の壁を突き破り、消えていた鉄扇てっせんが一枚、また一枚と弧を描きながら姿を現す。

 左の壁から、右の壁から、背後の壁から、時には天井や床を突き破りながら、そしてまた一度壁に隠れては、また現れながら、綾麿あやまろの隙となる角度や不意を突いて、四方八方から鉄扇てっせんが襲いかかった。


 それでも綾麿あやまろは、顔色一つ変えずにまだ歩き続けていた。

 防御の盾は、手にした村雨むらさめ二刀。

 眼前に迫る鉄扇てっせんを、真刃しんばで二枚、鞘刃さやばでも二枚、たった一振りでまたもや真っ二つにする。

 そしてその迎撃を起点として、綾麿あやまろは身体をひるがえし、再び壁と壁の間、天井と床の間を跳ねた。

 左右の壁を蹴り、天井と床を跳ね、宙を右に左に、斜め下に斜め上に、自由自在に舞う。

 空中で真刃しんばを巧みに振るいながら、七枚の鉄扇てっせんを次々に叩き割っていく。


 颯爽さっそうと床に着地した綾麿あやまろは、次はゆっくりと片膝をつきながら腰を落としていった。

 真刃しんば鞘刃やいばに納める。

 そして即座の瞬速の抜刀。

 村雨むらさめから放たれた蒼白そうはくの炎の渦は、更に五枚の鉄扇てっせんを一度に粉々に砕き飛ばした。


 綾麿あやまろはその低い姿勢のまま、返す刀でくるりと身を回転させる。

 そしてしんば鞘刃さやばの二重の旋回で、全方位から迫っていた鉄扇てっせん十枚を一度にぎ払った。

 撃墜された八枚の鉄扇は、割れた皿のように粉々になって床に落下していく。

 しかしその内の二枚だけは、扇面を大きく破損しながらもまだ飛行能力を有していた。

 生き残った二枚は、再び壁の中へと消えていく。


 壁越しに聞こえる二枚の羽音に目を流しながら、綾麿あやまろはゆらりと立ち上がった。

 そして強烈な突きを一閃いっせん

 正面から向かってた鉄扇てっせん三枚を、真刃しんばで串刺し状態で破壊する。

 その体捌たいさばきの流れのまま、直後に頭上から襲ってきた鉄扇てっせん一枚も、今度は逆手持ちの鞘刃さやばを真上に斬り上げ、真っ二つに粉砕した。


 その時再び、壁と床から最後の二枚の鉄扇てっせんが飛び出してきた。

 一枚は右の壁から弧を描く。

 もう一枚は床下から高速の直線で、二枚で前後を挟み込むように綾麿あやまろに襲いかかる。

 しかしその最後の二枚も綾麿あやまろには届かない。

 振りかざされた真刃しんば鞘刃さやばによって、二枚とも今度こそ木っ端微塵に粉砕され、残骸は床へと虚しく飛び散っていった。



 ⋯⋯それは流れるような、美しい動きだった。


 一から三十の撃墜破壊までに、刻の数えは五十どころか三十も必要なかったかもしれない。

 鳥のように蝙蝠こうもりのように縦横無尽に飛び回った鉄扇てっせんの群れは、あっという間に全てが儚くも砕け散っていた。



 この綾麿あやまろ剣舞けんぶのような華麗な剣技を前にして、紅閃鬼こうせんきの表情にも明らかな動揺の色が滲む。


《⋯⋯ッ! まさか!? 三十枚もの鬼扇乱舞きせんらんぶ、しかも姿も影も消す、必殺の『闇時雨やみしぐれ』がこんないとも簡単に!?》


「⋯⋯当然だ。これしきのぬる飛道具とびどうぐ、簡単に退しりぞけないようでは、鬼と共に俺がしんたおすべき、『六歌戦うらぎりもの』⋯⋯、神速の魔弓あいてにはかなわない事になる」



 綾麿あやまろの視界は既に目の前の紅閃鬼こうせんきではなく、来たるべき未来の戦いの姿を見ていた。

 その両のまなこに映るのは、上下左右東西南北ありとあらゆる方向角度から、紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんを遥かに上回る速さで迫り来る、無限とも思える数多あまたの矢。

 そしてそんな弓の大群の奥に垣間見える、えびらを背負い、矢をつがえる、三日月のような弓と巫女装束の朧気おぼろげな影の輪郭りんかく

 綾麿あやまろは一度目を閉じて仮想の敵の幻影げんえい払拭ふっしょくすると、たおすべき敵を、再び紅閃鬼こうせんきへと定め直した。



 冷静なおも持ちは尚も変わらない。

 激しい動きの後にも関わらず、呼吸もまるで乱れることもなく、村雨二刀を下げた綾麿あやまろは、再び紅閃鬼こうせんきの元へと近づいていく。

 長い廊下とは言え、綾麿あやまろが端から歩いてきた距離は、既に四分の三に達していた。

 紅閃鬼こうせんきに辿り着くまで、気付けばもうあと僅かの距離しか無くなっていた。


 いつの間にか無くなっていたのは、距離だけではない。

 紅閃鬼こうせんきの当初の余裕までもが無くなっていた。


《⋯⋯くッ! 貴方あな⋯⋯いや、貴様、地獄のみことのりを口にしたり、私の鉄扇てっせんと渡り合える村雨むらさめとやらの二つの刃、地獄のほむらを彷彿とさせる妖しげな二つの炎⋯⋯! 例え『六歌戦ろっかせん』とは言えど、ただの剣客⋯⋯いや、人間ではないと見た! 一体何者!? 地獄にゆかりの有る者だとでも!?》


 問いかけられても綾麿あやまろは一切歩みを緩めずない。

 短く一言だけ、淡々と言葉を返した。



「⋯⋯いな。鬼を心の底から憎む、ただの人間だ」



《⋯⋯ッ、貴様ッ!?》



 廊下に綾麿あやまろの影が揺らめく。

 綾麿あやまろの影を煌々と照らす一つの燭台しょくだいの灯りは今、紅閃鬼こうせんきの苦虫を噛みつぶしたような顔までも、ほのかに照らしていた。


 一つの灯りで両者が照らされる。

 そんな紅閃鬼こうせんきのすぐ近くまで、綾麿あやまろは迫っていた。



「⋯⋯さあ、もう目の前だ。⋯⋯それでもまだ鉄扇てっせんを出すか。刀を持たず、攻撃の間合いも限られている御主に、接近戦での勝ち目は無いのではないか」


 綾麿あやまろの一歩また一歩、床を踏みしめる草履ぞうりの音。

 それが紅閃鬼こうせんきの耳には、たまらなく不快で耳障りに響いていた。


(《⋯⋯落ち着け。地獄にゆかりなど、そんなことは有る訳が無い。蒼白そうはくの刃が地獄に有るなど聞いたことも無い。ましてやこの者自身にもつのは無いではないか》)



 ⋯⋯しかしこの至近距離でも、まだ紅閃鬼こうせんきには秘策があった。


 庭園の乱戦時、接近戦で蒼刃鬼そうじんきを斃した、あの技。



(《⋯⋯この者、やはり人間に間違いない。鬼扇乱舞きせんらんぶ鉄扇てっせんを上手くかわしただけで図に乗るとは。何と愚かな人間でしょう。⋯⋯ふふふ、私の鉄扇てっせんは接近戦こそが真骨頂しんこっちょう蒼刃鬼そうじんき同様に『枝垂桜しだれざくら』の鉄爪てっそうで貫き、一気に決着を付けるとしましょう》)


 今目にしたばかりの太刀筋、村雨の真刃しんば鞘刃さやばの斬り抜く速さ。

 そして自身のまと長襟ながえりを変化させての紐糸の縛りと、爪の変化による刺す速さ。


 紅閃鬼こうせんきが両の技を推し測る。



(《⋯⋯ふふふふふ、勝ち負け、しかと見えました》)



 ⋯⋯枝垂桜しだれざくらは、受ける綾麿あやまろにとっては全くの想定外であり、未知数の技。

 しかも接近戦用に特化し、鋭利軽量。

 軽さから繋がる速さには絶対の自信があり、その優位性はどう考えても揺るがない。

 同じ発動、同じ間合い、そして更に仮に同じ速さだったとしても、目の前で一気に伸びきる十爪その全てを弾き防ぐのは不可能。

 鉄爪てっそうの何本かは、間違いなく綾麿あやまろに相手に届く⋯⋯。


 紅閃鬼こうせんきがだらりと下げた手の十本の指を、綾麿あやまろに気取られないように妖しくくねらせる。



(《⋯⋯私としたことが、少し気がたかぶってしまったらしい。慌てる要素も、敗れる要素も何一つ無い。さあ来い。⋯⋯近づけ、⋯⋯もっと近づけ。⋯⋯私の間合いに入ったが最期、貴方は血飛沫ちしぶきをあげて死ぬのです》)



 紅閃鬼こうせんきは両の掌に一枚ずつ、無数の小さな刃を光らせた防御の鉄扇てっせんを広げた。

 綾麿あやまろの死を想像した、紅閃鬼こうせんきの口元が自然と緩む。

 高ぶる笑みを鉄扇てっせんで隠しながら、紅閃鬼こうせんき綾麿あやまろを待ち構えた。



 紅閃鬼こうせんきの秘策、接近戦への絶対の自信に、綾麿あやまろはまるで気づかずに歩み続ける。


 一歩。

 また一歩。

 紅閃鬼こうせんきへと近づいていく。



 そして遂にその時は来た。


 互いの攻守の間合いとなる、“生死の線”。



 その一線を綾麿あやまろが、⋯⋯超えた。



 後は互いに一足飛びで事は足りる。


 村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばは、紅閃鬼こうせんきの身体に届く間合いに入っていた。

 紅閃鬼こうせんきの秘技、枝垂桜しだれざくら綾麿あやまろの身体に届く間合いに入っていた。



 綾麿あやまろが淡々と呟く。



「⋯⋯さあ、着いたぞ。⋯⋯覚悟を決めろ、紅閃鬼こうせんき



《⋯⋯ようこそ。よくぞ此処ここまで辿り着きました、『六歌戦ろっかせん』。心より歓迎致します⋯⋯》━━━━。





第70話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第71話「殺戮の代償〜後編〜」は、6月15日もしくは16日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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