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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第69話  隠れ里炎上

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、清涼殿せいりょうでんの防衛に回る。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━帝の命を狙い先へ進もうとしていた紅閃鬼こうせんきの背後、通路の奥から近づいてくる謎の影の正体は⋯⋯。


 ⋯⋯村雨むらさめを手にした綾麿あやまろだった。


 綾麿あやまろが放つ刃のような鋭い視線。

 その見えない刃すらも嘲笑いながら、紅閃鬼こうせんきはくるりと身体を反転させた。


《⋯⋯ふふふ、どうやら駆けつけるのが遅かったですね、『六歌戦ろっかせん』、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ。もはや此処ここは、貴方の大切な同胞共どうほうどもの墓場でしかありません》

 

 長い通路の端と端。

 左右に逃れる場も無い一直線に伸びる戦場で、今度は真正面から人と蒼鬼あおおに、両者の視線がぶつかり合った。


 綾麿あやまろはふと歩みを止める。

 そして紅閃鬼こうせんきに向けていた鋭い視線を、足元や左右の床へと下げた。

 綾麿あやまろの視界の先には、親衛隊や警備兵たちの血塗ちまみれの無残な亡骸なきがらが、数多く横たわっていた。


 誰もが目を覆いたくなるこの殺戮の跡を、綾麿あやまろは両の瞳に焼き付けるように、じっと眺めていた。

 そしてゆっくりと目を閉じていった。

 綾麿あやまろの胸の中に今、弔いの言葉いのり木霊こだまする。


 亡骸なきがらたちの御霊みたまに想いを伝え終えた綾麿あやまろ

 その閉ざされた瞳が、再び開いていく。


「⋯⋯紅鬼あかおに修羅しゅらよ、聞け。此処ここでも、そして外の戦いでも、こころざし半ばでたおれた者一人一人に、父御母御ててごははごがあり、兄妹きょうだいがあり、愛する子があった。そしてこの日本ひのもとや先の世を想い、帝を守り抜く気概きがいあふれていた」


《⋯⋯ほう? お涙話ですか? ⋯⋯それで?》


「⋯⋯確か、⋯⋯紅閃鬼こうせんき、とか言ったな、⋯⋯この非道な殺戮さつりくの代償は、己の命であがなってもらおう」


 それは淡々としながらも、揺るぎない何かを決意した、凛と落ち着いた声だった。

 声の重みが、殺気をまとう。

 手にした村雨むらさめの鞘を強く握り直した綾麿あやまろは、紅閃鬼こうせんきを眼光鋭く睨み付けた。


《⋯⋯いやはや、これは面白い。誉れ高き日本ひのもと六歌戦ろっかせん』とは言え、人間如きがこの修羅の紅閃鬼わたしに勝てると思っているのですか?》


 一方、紅閃鬼こうせんきの自信と余裕に満ちた表情は何ら変わらない。


 もう一度ひとたび人間を血祭りにすることができる。

 しかも相手はあの『六歌戦ろっかせん』。


 突然に降って湧いた愉しい瞬間ひとときの再来を想像して、自然とその口元も緩む。

 そんな口元を紅閃鬼こうせんきは上品に鉄扇てっせんで隠し、綾麿あやまろに軽く視線を返した。

 しかし鉄扇てっせんでは隠しきれないその目すらも、明らかに綾麿あやまろを見下し嘲り笑っていた。


 綾麿あやまろが再びゆっくりと前へ動く。

 眼光は変わらず鋭かった。

 その視線の先は、通路の反対側。

 悠然と立つ紅閃鬼こうせんきに向かって、綾麿あやまろは紅に染まった床を、一歩ずつ強く踏みしめていく。



「⋯⋯日本ひのもとまもりし妖刀ようとう村雨むらさめ。この蒼白そうはくほむら⋯⋯、鎌足かまたり半刃はんじん鬼切丸おにきりまるとはまるで違う所、存分に見せてやろう。⋯⋯紅閃鬼こうせんきとやら。して、地獄にかえるがよい」━━━━。






 ━━━━綾麿あやまろ紅閃鬼こうせんき

 この六歌戦ろっかせん紅鬼あかおに修羅しゅらとの一触即発の対峙を、完全に気配も殺気も消した蒼妖鬼そうようきが、柱の陰からずっと覗き見していた。

 

《⋯⋯わわわ。これはなかなか面白い展開になりそう》


 蒼妖鬼そうようきが愉しそうに微笑む。

 その美笑びしょうに呼応するように、妖凛刀ようりんとうが突然にあおく輝き始めた。

 

 日本ひのもと薙刀なぎなたに似た妖凛刀ようりんとう

 それは通常の薙刀なぎなた同様に、主に三つの部分に分けられていた。

 切っ先から反りを経ての”刀身“。

 中央上部の豪華な留め金物の付いた“千段巻せんだんまき”。

 そして中央下部から石突いしづきまでの持ち手の“つか“。

 蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとうはこの持ち手の部分が、地獄の刀葉林とうようりん名残なごりを映したように木目もくめ調となっていた。


 蒼く輝いている光の発生元は、この持ち手の上部であり、留め金物の真下にあたる部分。

 妖凛刀ようりんとうの中央部の、一際ひときわ大きな木目もくめからだった。

 その木目もくめが今、奇怪きっかいにもまるで人間の目蓋まぶたが上がるように、ばりばりと上下に開いていく。

 そして目蓋まぶたが完全に上がりきった時、木目もくめは奇怪な蒼い目と銀の瞳へと変貌を遂げていた。


 この見るもおぞましい瞳が、ぱちぱちと瞬きをする。

 そればかりか、ゆっくりと円を描くように上下左右までをぎょろりと見渡した。

 蒼妖鬼そうようきの場所からは、綾麿あやまろの姿はまだはっきりとは見えない。

 紅閃鬼こうせんきの姿をまず真っ先に視界に捉えた瞳が、更に大きく見開いた。


 見開いた瞳の更に奥。

 其処そこに在ったもの。


 それは⋯⋯。



 御所上空に漂う怪異と同じ、禍々しいあおい渦だった。



《⋯⋯わらわたちの居城、蒼鬼城そうきじょう日本ひのもと内裏だいりを繋ぎ、悠久ゆうきゅう万里ばんりを見通す、鬼眼きがん。⋯⋯蒼極鬼そうごくき様、この『六歌戦ろっかせん』と紅閃鬼こうせんきとの戦い、そしてこれまでのわらわの大活躍、ちゃんと見えているかしら。⋯⋯うふふ》


 鬼眼きがんと呼ばれた、木目

 それはもう一つの小さな羅生門らしょうもん邪道じゃどうと言えた。

 妖凛刀ようりんとうの持ち手に収まるその小さな渦では、勿論もちろん蒼鬼おに自身は通れない。

 しかし戦況を地獄の蒼の居城に報告するには、この親指ほどの瞳の大きさで十分だった。

 

 

 蒼鬼あおおにの総大将、蒼極鬼そうごくきは用意周到で用心深い知将でもあった。

 疑心暗鬼の計や想定外となった紅鬼あかおに交えての乱戦の行方は、この蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとう邪道じゃどうを通して、蒼鬼城そうきじょうの天守閣に随時報告されていたのだ。

 邪道じゃどうは京都御所だけではない。

 羅生門らしょうもん本道が開いてからまださほど月日が経っていないにも関わらず、今や江戸を含む日本ひのもと全土の要所に、蒼極鬼そうごくきは密かに侵略の魔手を伸ばしていた。






 ━━━━『人間界と地獄界を繋ぐ羅生門らしょうもんの扉、開かれし時、あおの悪鬼、あかの邪鬼ども、地獄より目覚めたり』



 いにしえからの口伝くでんによれば、人の世に鬼が来たりし時、空は常にあおあかの邪悪が渦巻いていたと云う━━━━。








 ━━━━綾麿あやまろ鎌足(かまたり)たちによる、京都御所防衛戦。

 その死闘と時を同じくして、京都から遠く離れた甲斐国かいのくに(※現在の山梨県)、武田忍の隠れ里。

 

 かつての群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦乱の時代、各国の有力武将や統治者はそれぞれに、その土地に古くから根付いた草の者⋯⋯俗に言う”忍“たちを召し抱え、戦における暗殺や諜報活動に利用していた。

 そしてこの甲斐かいの地にも、戦国最強と言われた武将、武田信玄に仕えて全国にその名を馳せた、透破すっぱ”とも呼ばれる忍の集団が、歴史の裏舞台で暗躍していた。


 しかし西暦千六百年、慶長五年、天下分け目の関ヶ原の戦いを境にして、そんな戦乱の世も終わりを告げる。

 江戸の徳川政権による安寧が訪れた今、忍として公に幕府から活動を認められているのは、公儀こうぎ御庭おにわばんを務める伊賀の一族だけとなる。

 そして伊賀以外の全国各地に散らばっている忍たちは、甲賀こうが根来ねごろなど一部の大勢力や、暗殺者や用心棒などの裏世界に新たな生業なりわいを求めた“はぐれ忍”と呼ばれる一部の者を除いて、どの一族も皆“忍として戦いの中に生きる”という役目をひっそりと終えようとしていた。


 この甲斐かいの地に生き続けてきた“透破すっぱ”⋯⋯武田忍たちも他の忍の一族たちと同じだった。

 忍としてではなく、人としての幸せを求める。

 そんな新たな道を選んでいた。

 そしてこの人里離れた山間の地で、一族の戦闘技術を日々の生活のいしずえへと変え、下の世代へと代々伝えながら、農耕や狩猟で生計を立てて穏やかに暮らしていた。

 


 ⋯⋯ときは七つ半を回り、完全に夜のとばりが下りたばかりのこの隠れ里は今、不気味な程の静寂に包まれていた。



 この里に住んでいる武田忍の残党の数は、女子供を含めて四十人から五十人程。

 家々の中から囲炉裏いろりを囲む楽しげな子供の声や、一家団欒いっかだんらんの笑い声が聞こえてもおかしくない時刻。

 それにも関わらず、この隠れ里からは今、物音の一つもしない。


 物音どころか、住人の気配すらも消えていた⋯⋯。




 ⋯⋯そんな静まり返った里の外れの森の中に、大木の切株に腰を掛けて足を組む一人の男の影が在った。



 その男は突き刺すような鋭い眼で、眼前の広い空間を眺めている。

 男が座る切株には、今宵の月明かりは届いていない。

 腰掛けているために森の木々の陰にもなって、男の顔や衣は闇の一部に溶け込んでいた。


 男の視線の先、すぐ目の前の拓けた大地。

 その地は⋯⋯、地ではなく“()”だった。


 しばしのときが流れた。

 時刻は八つを回っている。

 満月に近い今宵の十六夜いざよいの月でも、この森の中には光は届いていなかった。

 しかしそんな真っ暗な闇の中においても、その空間ははっきりそれと分かるくらいに、土色ではなく真っ赤に染まっていた。


 見渡す限りに広がる、血、肉。

 一面に広がるのは、おびただしい数の亡骸なきがらだった。

 その身体の幾つかはまだ生温かい。

 この隠れ里でつい一刻前までは、息をしていたはずの五十人近い人間、すなわち武田の忍の血を引く者たちが今、この男の前で無残な亡骸なきがらとなって横たわっていた。


 安寧の生き様を忘れ、今一時だけは里の防衛の戦いの中に身を投じていたのか。

 亡骸なきがらには老いも若きも、忍刀を携えた忍装束の男たちが多い。

 しかし忍装束の男衆だけではない。

 丸腰の女や子供までもが、その多数の亡骸なきがらの中に大勢含まれている。


 そしてその亡骸なきがらのどれもが、激しく斬り刻まれたり、四肢の何処かが欠損したりしていた。

 それは明らかに”皆殺し““なぶり殺し”と思われる惨状。

 男はその亡骸なきがらの山を眺めながら、悲しむでもなく憐れむでもなく、むしろ愉しそうに口元を緩めた。



「俺たち以外の“忍の血”が、今宵もまた消えゆく⋯⋯、心が鎮まる良い眺めだ⋯⋯」



 男が悦に入った声を呟いたその時、ゆっくりと男の元に歩み寄ってくる、もう一人の別の男の姿が在った。


 その男も忍装束をまとっていた。

 しかし横たわる亡骸なきがらたちとは、色も形も異なる忍装束をまとっている。

 武田の忍ではなさそうだった。


「⋯⋯飛鳥あすかから秋葉あきば戸隠とがくしの里、そして今宵は武田の残党の根絶やし。道無き道を進み、数多あまたの血を吸いながら、順調に江戸へと近づいていますな」


 異風の忍装束の男が、淡々と呟く。

 この忍装束の男は、腰掛けている男の返事を待たずに横を通り過ぎると、武田忍の亡骸なきがらの一つに(おもむ)ろに近づき、かたわらにしゃがみ込んだ。

 そしてその亡骸むくろの額に深々と刺さっていた、特徴的な十字手裏剣を引き抜いた。


「⋯⋯命中。この身体、手裏剣は得意でして」


 まだ生々しい血の滴る、抜いたばかりの十字手裏剣。

 忍装束の男はその武器えものを懐にゆっくりと仕舞うと、言葉を続けた。


「⋯⋯甲賀の首領である蘭堂らんどう殿、そして百を超える甲賀忍の精鋭も、江戸にて貴方様の到着、そして江戸城を揺るがす大号令を、今や遅しと待っております。⋯⋯が、その前に⋯⋯」


「⋯⋯何だ」


「⋯⋯我らが総大将の名代みょうだいより、報せが」



 報せ⋯⋯。

 その言葉に、腰掛けている男の口元の笑みがぴたりと止まった。

 そして面倒臭そうに呟いた。



「⋯⋯またか。何の用だ、良い報せか。それとも⋯⋯」


「さあ? 私もまだ聞かされておりません」


「⋯⋯ふん、いいだろう、⋯⋯早く”開け“」


「はい、では御言葉に甘えまして」



 話かけた忍装束の男が、頭を軽く下げた⋯⋯。



「⋯⋯お見苦しい姿ヲ、失礼シツレイ⋯⋯》



 ⋯⋯そして再び頭を上げた時。



 その顔は先程までの”人“とは全くの別物、奇怪な容貌へと変化していた。


 

 鋭く尖った耳。

 耳まで裂けた口。

 その口から覗く、鋭い牙。

 (あお)みがかった肌に、(あお)く禍々しく血走った眼。



 ⋯⋯そして額に二本の角。



 この男の顔や眼は、紛れもなく蒼鬼あおおにのものだった。



 蒼鬼(あおおに)と化した謎の忍装束の男が、上空の深い闇へと手をかざして念を込める。

 そして何かを導き召喚するように、短い言葉を唱えた。

 その言葉も明らかに人間の言葉ではない。

 意味があるのかないのか、そもそも言葉なのか叫びなのかも分からない。


 傍目(はため)からただ一つ間違いなく言えることは、その謎の言葉をきっかけとして、この隠れ里の夜空に怪異が起こった、ということだけだった。


 空の闇は二つに裂けていた。


 そしてその裂け目からは螺旋(らせん)の渦が巻き起こり、(あお)瘴気しょうきのような霧が噴き出した。


 闇に染まる森。

 上空に浮かぶ蒼渦(あおうず)は、今この瞬間も戦い続けているはずの綾麿あやまろ鎌足かまたりたちの見ている夜空の光景⋯⋯、すなわち京都御所の上空に浮遊する蒼渦(あおうず)と、色も形も霧も全く一緒のものに見える。

 


 空に起こったこの突然の怪異にも、切株に腰掛けている男の方は微動だにしない。

 まるでいつもの見慣れた光景を眺めているように、悠然と足を組みながら座り続けていた。



《⋯⋯邪道(ジャドウ)。⋯⋯開キマシテニ御座イマス》



 念を込め終えた蒼鬼(あおおに)が、切株と男の方を振り返った。


 人間ならば誰しもが震え上がるはずの、蒼鬼(あおおに)の鋭い眼光。

 しかし男は何ら怯むことなく、自身の膝の上で頬杖をつきながら、つまらなさそうに呟いた。


「⋯⋯地獄と日本ひのもと。双方に仲間の鬼が居るならば、何処どこにでも開通できる邪道じゃどう⋯⋯だったか? ⋯⋯ふん、最初は物珍しかったが、流石にもう見飽きたな」


《⋯⋯マアマア。コノ邪道ジャドウ開門カイモンコソガ、羅刹ラセツノ私ガ貴方に帯同シテイル大キナ理由。デスガ、コノ地獄ト日本ヒノモトヲ繋グ邪道ジャドウハ、後々江戸デモ大イニ役立ツデショウニ》


「⋯⋯それだけじゃねえ。貴様は絶対に口にはしねえだろうが、もう一つ大きな理由、目的があるだろう。俺が貴様らを裏切らないかどうか、その監視⋯⋯だろ?」


《⋯⋯ハテ、サア?》



 仰々しく首を傾げる蒼鬼(あおおに)の背後で、蒼渦あおうずが突然大きく数度脈打った。

 そして唐突に渦の中から、切株に腰掛ける男と忍装束の蒼鬼あおおにではない、第三の別な男の声が、この夜の森に木霊こだました。



《⋯⋯私だ。⋯⋯羅刹らせつから事のさわりは聞いたであろうな》


「⋯⋯ふん、あお旦那だんなか、何の用だ」


 上空から響くその声は、出何処でどころである魔性の渦の様相から推察されるような、奇怪で禍々しい耳障りなものではない。

 凛と澄んでいて、落ち着いた声だった。

 むしろ今だに地上で悠然と座り続けている男の方が、声には荒々しい狂気や暴力が滲んでいた。


 この上空の渦から聞こえる声の主と地上の男は、今まで何度となく話をしたことがあるのだろうか。

 旧知の仲とまでは言えないものの、明らかに互いに見知った者同士の会話に聞こえた。



《⋯⋯まあ、そうとがるな。日本ひのもと侵攻、その大切な協力者である御主に、総大将の代わりとして、今宵は早急に伝えなくてはならぬ重大な事があってな》


「⋯⋯能書きはいい。早くその”報せ“とやらを言え。俺は伊賀の半蔵(はんぞう)百地(ももち)たちへの見せしめのためにも、今からこの亡骸むくろや里を焼き払わなきゃならねえ。そして江戸に発つ。のんびりと旦那だんなと話している暇はねえんだ」


《⋯⋯ならば尚更に話を急ぐとしよう。“報せ”とはな、つい半日程前に急遽決まった、今まさに決行中の⋯⋯、と“ある作戦”のことだ》


「⋯⋯なに、決行中、作戦だと? ⋯⋯っ、待て、おい、何だそれは」


《⋯⋯京都御所、襲撃。⋯⋯蒼鬼あおおに羅刹らせつ二十鬼と修羅しゅら三鬼による一斉攻撃だ》


「⋯⋯っ!?」


 ⋯⋯京都御所襲撃。

 斜に構えていた男の顔色は、唐突に告げられたこの一言によって一変した。



《暮れ六つ過ぎ。今から半刻(※1時間)ほど前のことだ。御主の嫌う徳川と公儀御庭番(こうぎおにわばん)、その江戸からの援軍であり伝説の鬼切丸おにきりまるを持つ者⋯⋯、伊賀の女忍、鎌足(かまたり)。図らずもだが、その初陣ういじんに、な》


「⋯⋯な、何だと!?」


《しかも攻撃を仕掛けたのは、我々蒼鬼あおおにだけに非ず。紅鬼あかおにもまた二十の羅刹らせつと三の修羅しゅらを御所へと差し向けていた。⋯⋯まさか同じ日、同じとき吉日きちじつに選ぶとは。憎き紅鬼あかおにとの戦況は一進一退。今この時点でも激しく交戦中だが、最終局面には向かっている。何分なにぶんにも急な決定と進行でな、報せが遅くなった事は許せ》

 

「⋯⋯ちいっ! 余計なことを!」


 男の先程までの余裕は完全に消えていた。

 相変わらず足を組んで座ったままだったが、苦々しく呟くこの男の身体は、心の奥底からこみ上げてくる尋常ではない怒りに打ち震えていた。



《⋯⋯何だ、ただの一匹とは言え、憎い伊賀忍を自らの手でおくれぬことが不服か? それとも御主が京都不在時に、本格侵攻を開始したことが都合が悪かったのか?》


「⋯⋯ちっ」


《⋯⋯ふふふ、そう目くじらを立てることもあるまい。御主はその役職に合わせ、関東を偵察するために京都を発っている最中(さなか)。そういう建前のはずだ。京都に不在でも何らの不審も抱かれまい》


「⋯⋯何にもわかってねえな、(あお)の旦那。俺は表の役職 ”禁門関東総支配きんもんかんとうそうしはい“だけじゃねえ。⋯⋯もう一つ、”あの“名誉職の方も担っていることを忘れたのかよ」


《忘れるものか。それがどうした?》


蒼鬼(あんた)らが紅鬼あかおに鬼切丸(おにきりまる)に今宵勝とうが負けようが関係ねえ。御所でそんな大事が起こればどうなる。今後の対応や協議のため、必ず緊急の招集がかかるだろうが!」


《⋯⋯招集? ⋯⋯そんなもの、関東への遠征を理由に出なければよいではないか。現に、全く顔を出さない者もいる、確かそう聞いていたが?》


「簡単に言ってくれるな、おい。あの秘密の会合は、俺たちにとっては貴重な情報収集の場だ。このまま江戸を抑えても、彼奴等あいつら五人のうち誰かは必ず、正義面せいぎづらして俺たちに歯向かってくる。今後俺たちが勝者で有り続けるためにも、彼奴等あいつらの動向や思考は深く探る必要がある」


大役たいやく故に会合に列席できるのは御主だけ⋯⋯、ということか。その情報とやらは、確かに我々も気になる所だが⋯⋯。ならば、その会合が招集されるのは何時いつだ?》

 

「⋯⋯さあな、招集の権限を持つ帝や大将の堅物かたぶつが無事かどうか、そして他の奴等やつら五人の居場所にもよるが、間違いなく十日と少しの内には開かれるはずだ」


「⋯⋯十日程、のちか。なるほど」


「⋯⋯今から江戸まで駆けて一日。武具の準備に、伊賀との交戦、加えて江戸城陥落、ざっと見積もっても少なくとも十日はかかる。折り返しの日数を考えても⋯⋯、ちっ、江戸城で勝利の美酒に酔う暇もねえ、そして招集にも間に合わねえ⋯⋯」


《⋯⋯ふふふ、それはそれは、残念だったな》


「⋯⋯笑い事じゃねえ。⋯⋯ったくよぉ、俺に相談無しで勝手なこと仕出かしやがって、えらい迷惑だぜ、(あお)の旦那よぉ。甲賀と組んで江戸に仕掛けを撒いたことも、全軍率いてこの甲斐かいまで出張ってきたことも、全てが水の泡だ。⋯⋯どうしてくれるんだ? おい」


 “おい”⋯⋯この二文字に込められた男の圧と殺気、そして上空を睨む鋭い眼差しに、渦の中の声が呼応する。


《⋯⋯思い上がるな。口の聞き方に気をつけろ。御主の野望、江戸城侵攻のため、希望通りに羅刹らせつたちも貸し与えた。江戸城陥落の後の統治に関しても、最大限に御主の意向を汲んでいる。そしりを受けるいわれはない》


 男の声には明らかな怒りが滲んでいた。

 男の傍に立つ忍装束の蒼鬼あおおにが、十字手裏剣を仕舞い込んだ懐に再び手を入れ、腰の刀のつかに手をかける。

 男はそんな蒼鬼あおおにに目を流して一笑すると、構わず言葉を続けた。

 

「⋯⋯ふん、それはこちらの台詞だ。徳川現政権の打倒、江戸城陥落は俺たち一族の悲願。俺たちが蒼鬼あんたらと組んだのもその成就のためだ。⋯⋯蒼鬼あんたら如きに、俺たちの血に脈々と流れる徳川への復讐の念を軽んじられ、江戸進軍を邪魔される筋合いも一切無い。⋯⋯俺に潰されたくないなら、今後はしっかりときもに銘じておけ」


《⋯⋯言うな。人間の分際で》


 状況は急転直下、一触即発だった。

 男と渦が睨み合う。


《⋯⋯ならば御主だけでもその会合とやらに出るために、一旦京都に戻れば済む話ではないか。仲間だけでも十分に江戸侵攻はできよう。かねてから御主が自慢している猛者ども⋯⋯なら、な。⋯⋯ふふふ》


「馬鹿野郎。⋯⋯俺という人間おとこをわかってねえな。俺のこの二つのまなこで、業火に包まれていく江戸城、そして徳川将軍と伊賀の奴等の泣きっ面をまじまじと見届けなきゃ、全くもって意味がねぇだろうが」


 男の罵声を受けて、怒りの感情を剥き出しにした渦が激しく回転を見せた。

 空を嘲笑う男を威嚇するように、渦から噴き出たあおい霧が周囲四方に立ち込めていく。

 そしていつ怒号や剣閃が飛び交ってもおかしくはない、緊迫の沈黙がその場に流れていった。


《⋯⋯⋯⋯》

「⋯⋯⋯⋯」


 どれ程の刻が経った頃だろうか。

 沈黙を先に破ったのは⋯⋯。



 ⋯⋯地上の男だった。



「⋯⋯こうなった以上はやむを得ん。江戸侵攻は一時延期だ。全軍京都へ撤退する。会合の終了と共に出直す」


《⋯⋯なに!? 正気か、江戸はもう間近。甲府ここまで来て京都に戻る気か》


「⋯⋯黙れ。がたがた文句は言わせねえ。⋯⋯だが、あおの旦那よぉ。この借りは高くつくぜ」


《江戸にも既に葬魂そうこん羅刹らせつの忍を万全に配置しながら、本当に引き返すつもりか、愚か者め》


「とことん五月蝿うるせえ渦だな。ここは京都御所、西じゃねえ。東の指揮権は俺の手の中、俺の裁量次第だ。(はな)からそういう約定(やくじょう)だろう?」


《⋯⋯どこまでも生意気な人間め》


「生意気で結構。生意気と強さが俺の“売り”だからな」


《⋯⋯ふん。⋯⋯そして意固地いこじでもある御主のことだ。これ以上話しても無駄だな。⋯⋯よかろう、総大将も私も寛大だ。もう何も言わぬ。勝手にしろ。だが⋯⋯》


「⋯⋯だが、何だ」

 

《⋯⋯我々蒼鬼あおおにとの京都支配に関する、西の約定(やくじょう)。そちらは決して忘れるなよ》


「何度も言わせるな、分かってるぜ、あおの旦那。⋯⋯今回の京都への無断侵攻の件はな、今すぐ地獄に乗り込んで、旦那の仲間どもを全員ぶっ殺してやりたいくらいにむかついてるが、そっちの約定やくじょうは決して反故ほごはしねえ。大願成就のためにも、怒りは我慢して今後も協力してやる。安心しな」


《⋯⋯御主の類稀たぐいまれなる邪剣、そして率いる武の勢力ちからには、我ら総大将もかねてより期待している。何せ我々は既に日本ひのもと征服の”同胞どうほう“だからな。⋯⋯とりあえず京都侵攻の件は、確かに報告したぞ。今宵は此処(ここ)までだ》


「⋯⋯ふん、次はもっとましな”報せ“を持ってきやがれ。⋯⋯やることが山盛りだ、⋯⋯邪魔だ、用が済んだならとっとと消えな」


《⋯⋯そうそう、今からその亡骸むくろどもや里を焼く、と言っていたな。一刻も早く京都に出立(しゅったつ)できるよう、その焼き討ちは御主の代わりに私が行なってやってもよい。⋯⋯空から見る人波ひとなみ(ほむら)は、地上から見るよりも随分と格別だぞ? ⋯⋯ふふふふふ。⋯⋯では、な。⋯⋯さらばだ、日本ひのもとあおき同胞よ》



 別れを告げるその言葉と共に、あおの渦に新たな異変が起きた。

 渦の中から突如として小さな“何か”が、武田の忍たちの亡骸なきがらの上に、数え切れない程に大量に振り注いだ。


 まるで線香花火のように、落ちていく“何か”。

 その数は、百をゆうに超えていた。



 その”何か“は全て⋯⋯。



 ⋯⋯“髑髏どくろ”の柄の”賽子さいころ“だった。



 亡骸なきがらを跳ね、地を跳ね、亡骸なきがらの山を取り囲むように、ぐるりと円形を描き、並んでいく無数の(さい)

 不思議なことにそのさいの目は全てが、大きな何かの意思が働いたように、⚀⋯⋯”一“を示していた。

 そのさい髑髏どくろが突然に蒼く光輝く。

 空洞の両眼と口から、激しい炎が噴き上がった。


 ⋯⋯えんは、”えん“へ。


 生まれ出た謎の業火は、あっという間に武田忍たちの亡骸なきがら紅蓮ぐれんの炎で包んでいく。


 その燃え盛る炎の雄叫びを眺めながら、切株に腰掛けていた男はゆっくりと立ち上がった。


 炎に照らされたその男の姿が、明らかなものとなる。

 歳はまだ若い。

 二十代前半か、半ばくらいだろうか。

 やや無造作とも見える、乱れた髪。

 そして闇夜に溶け込むような黒紫くろむらさき傾奇者かぶきものが好むような黄金色(こがねいろ)、この二色を基調とした陣羽織じんばおり風の特徴的な忍装束をまとっていた。


 目立つのはその派手な衣装だけではない。

 顔も刀も“蜘蛛くも”を彷彿とさせる“異質”なものだった。

 腰に差す刀には、まるで蜘蛛くもの巣に突っ込んだ後のような、粘り気のある細い糸が絡み合い、つかつばさや一面にべっとりと垂れている。

 更にその目元には、西洋の舞踏会で装着するような、蜘蛛くもの体と八足を模した禍々しい、俗に言う装飾仮面マスカレードマスク(※目元だけを隠した仮面)を装着していた。

 その仮面から覗く目が映すのは、この男の中にみなぎる強大な野心。

 そしてその野心は、眼前の猛る炎の色を帯びて、更にぎらぎらと燃えたぎっているように見えた。



(《⋯⋯ふふふ、ふはははは、⋯⋯ふはははははは》)


 その時、空の蒼渦(あおうず)から微かな高笑いが聞こえた気がした。

 蒼渦あおうずからはそれ以上の反応は無い。

 鼓動のような小刻みな扇動と共にゆっくりと小さくなり、そして夜の空の“内側”に引きずり込まれるようにして消えていく。



「⋯⋯ちっ、何が一刻も早く京都に出立(しゅったつ)できるように⋯⋯だ。御前てめぇが火葬を愉しみてぇだけじゃねえか」


 陣羽織(じんばおり)の男が、再び傍に立つ忍装束の蒼鬼(あおおに)の方に目を送った。

 蒼鬼あおおにはいつの間にか、懐からも腰の刀からも手を引いていた。


「⋯⋯おい、あお羅刹らせつ、俺に斬りかかるんじゃねえのか」


《⋯⋯イエ。ソンナツモリハ毛頭コザイマセンガ?》


「⋯⋯一部始終話は聞いたな。江戸で待つ甲賀(こうが)蘭堂らんどうに繋ぎを取れ。⋯⋯江戸城総攻撃、徳川の殲滅せんめつ、そして伊賀一族の抹殺は、ほんの(しば)し延期だ。追って改めて日取りは伝える、とな」


 声を掛けられた蒼鬼(あおおに)は、再び軽く頭を下げた。


《⋯⋯カシコマリマシタ、直チニ。⋯⋯愉シミガ伸ビタ⋯⋯、ソウ思エ⋯⋯と、付け加えておきます」⋯⋯


 ⋯⋯そして頭を上げた蒼鬼あおおにの顔は、再び人間へと戻っていた。



 人から鬼へ、鬼から人へ。

 この再びの怪異を目の当たりにしても、陣羽織じんばおりの男の目は何ら動じず、ぎらついたままだった。

 それは戦いに生きる者としての興奮か、それともまだ蒼渦あおうずへの怒りが収まらないのか、はたまた何かの固い決意の産声うぶごえか。

 男は燃え盛る亡骸むくろたちへと再び目線を下げ、ゆっくりと口を開いた。



「御前たちもしかと聞いたな。今の話の通りだ。⋯⋯全軍撤収。⋯⋯京都に一時戻る」



 男の言葉に、背後の森がざわめいた。

 


 消えていた“人”の気配。

 感じられなかった”生“。

 ⋯⋯命の鼓動。



 それが林ややぶの中で突如としてうごめいた。


 枝葉の上、林の中、土の下。

 その数は五十や六十どころではない。

 この隠れ里の住人の数を遥かに超えていた。



 燃え盛る炎がばちばちと大きな火柱を上げた時⋯⋯。

 この陣羽織(じんばおり)の男の背後には、百を超える無数の忍装束が立ち並んでいた。

 


 男の元へと集結した忍装束の群れ。

 その内の一人がゆっくりと前に歩み出る。


 (ほむら)に照らされたその者は⋯⋯。



 さほどは大きくない身のたけに似合わない、巨大なつるぎを携えた⋯⋯。



 ⋯⋯女の忍だった。



 蒼渦(あおうず)の怪異には及ばないものの、その女忍もまた少なからず”異様“だった。


 顔一面に余す所無く付けられた、無数の刀傷。

 その顔の傷を筆頭に、鎧のようにも見える重厚な忍装束の隙間から覗く手や足や首など、目に入る肌という肌の全てに、大小合わせて数え切れない程の数多(あまた)の傷があったのだ。


 それは傷が無い皮膚を探すのが難しいくらいだった。

 傷という傷でびっしりと覆われたその女忍は、炎を見つめる陣羽織(じんばおり)の男のすぐ傍に寄り添うように近寄ると、何かを躊躇ちゅうちょしながら話かけた。


 無数の顔の傷を、炎の赤が朧気おぼろげに隠す。

 炎と闇の陰影の悪戯いたずらに、少しだけ傷が薄まって見えたその顔は、一瞬だけときを巻き戻したように、この女忍の生来の凛とした美しさを映し出していた。



「⋯⋯全軍撤収、了解致しました。⋯⋯しかし本当によろしいのですか。⋯⋯蒼鬼おにたちの七十年ぶりの襲来。羅生門らしょうもん開門に乗じた、私たち一族の悲願の成就はもう目の前。⋯⋯それで全てが終わる。先祖代々伝わる呪縛からも解放されるのです。私たちだけでも江戸は落とせます。⋯⋯京都はあくまでも仮初めの住処すみか。あんな流行り歌にこだわる必要は⋯⋯」


「御前も黙れ、刹那せつな。それ以上、今は何も言うな。御前は俺にただ黙って付いてくるだけでいい。それにあの歌には、俺たち一族の江戸への怨念や執念が込められている。⋯⋯ないがしろにはできねえ。⋯⋯だがな」


「⋯⋯だが、と言いますと?」


「帰りも手ぶらじゃ帰らねえ。復路ふくろもまたお愉しみだ。会合までまだ十日はある。此処ここまで通らなかった信濃しなの三河みかわ伊勢いせ、そして大和やまとを回ってから帰還だ。東海各地の隠れ里を根絶やしにする。隠れ忍の血で川を作り渡る。どうだ、愉しいだろう? それに俺への忠誠の証、御前の新しい傷の作り甲斐もあるじゃねえか。なあ? 刹那せつな。⋯⋯ふふふ、ふはははははははははははは!」


「⋯⋯はい。まことおおせの通り⋯⋯」


 刹那せつなと呼ばれた女忍は、傷だらけの頬をほんのりと赤らめながらうなずいた。




 その間にも炎はその勢いを増し、森の木々に延焼し、そして武田の忍の家々が建ち並ぶ里へと、容赦なく迫っていく。




 この時⋯⋯。



 ⋯⋯立ち並ぶ謎の忍たちとは反対側となる森の中から、中央に立つ陣羽織じんばおりの男を見つめる目があった。



 それは瀕死の重傷を負い、森の中へと逃げ込み、ようやく意識を取り戻した一人の武田の忍の男。

 この里唯一の生存者だった。



(⋯⋯はぁはぁ、⋯⋯はぁはぁ、⋯⋯はぁはぁ)



 その男は何時果てるとも分からない命の僅かな灯火の中で、敵の首領と思われるこの陣羽織じんばおりの男を、その目に焼き付けるように憎しみの籠もった瞳で睨みつけていた。

 そして死が刻一刻と近づいていく激痛に堪えながら、陣羽織の男の口の動きを読んだ。

 それは鎌足(かまたり)内裏(だいり)綾麿あやまろの口の動きを読んだ、あの読唇術(どくしんじゅつ)と種を同じくするもの。

 磨かれた武田の忍の技術の一つだった。



 燃え盛る森を前にして、陣羽織じんばおりの男が居並ぶ全ての忍装束たちにげきを飛ばす。


「⋯⋯さあ、者ども! 新たな殺戮さつりくの始まり。出立しゅったつの準備だ!」


 その威厳を感じる声に、居並ぶ全ての忍たちが絶叫にも近い高揚の雄叫びを上げる。

 

ときが伸びた分だけ、その血に流れる江戸への、伊賀への憎しみを、より激しくより熱く滾らせろ! ⋯⋯江戸炎上、伊賀滅亡の前祝いとして、まずは中仙道の裏道から信濃しなのへと入り、漫然まんぜんと生をむさぼる隠れ里、あくたの一族を、その名の通り塵芥ちりあくたへと変える!」


 控えている忍の群れからは再び、海練うねりのような凄まじい歓声が上がる。


「⋯⋯俺たちが通った後は、全てを焼け野原にしろ! この日本ひのもとの未来に、俺たち以外の忍は一人としていらねぇ。それがこの俺、ほまれ高き表の顔、“『━━━』”として描く、新たな日本ひのもと未来の姿だ!」


 男は高笑いと共に、後ろに居並ぶ忍たちを振り返り、その派手な忍装束を熱風になびかせた。



「⋯⋯ふははははははは、この俺の進撃、止めれるものなら止めてみろ! 伊賀の半蔵はんぞう百地ももち、⋯⋯そして、“『━━━』”の五人よ!」



 陣羽織じんばおりの背中に縫われているのは、巨大な女郎じょろう蜘蛛くも、そして幾何学的な八角形の巣。


 十六夜いざよいの月明かりの下。

 その蜘蛛くもの金色に光る眼と足は、まるで生きているかのように、そして森の木々の枝に炎の糸を掛けているかのように、妖しく不気味にきらめいていた。



 そんな奇怪な蜘蛛くも陣羽織じんばおりを再びひるがえしながら、男が振り返る。

 そして燃え盛る炎、その向こう。

 反対側の森の中を凝視し、心の中で呟いた。


(⋯⋯俺の恐ろしさ、強さ、そして俺には到底敵わぬことを、息絶える前に半蔵はんぞう百地ももちに伝えよ。⋯⋯ふふふ、さあ伊賀よ。最初の謎解きだ、甲賀こうがはあくまで隠れ蓑。その裏に潜む、真に忍び寄る恐怖、見えざる我等てき。⋯⋯俺の正体、果たして掴めるか!)




 ⋯⋯陣羽織じんばおりの背中。

 そして首領の男の最後の呟き⋯⋯。



 朦朧もうろうとした意識の中、特徴的なその”二つ“を目に焼き付けた唯一の生存者は、力尽き、森の中でゆっくりと目を閉じていった⋯⋯。



(⋯⋯蜘蛛くも。⋯⋯そして、『━━━』⋯⋯⋯⋯)



 その耳には、陣羽織じんばおりの男の高笑い、地を駆ける無数の忍の足音、そして仲間や家々や森を焼き、くすぶり続ける炎の音が、いつまでも響き続けていた⋯⋯⋯━━━━━。




第69話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第70話「殺戮の代償」は、6月13日もしくは14日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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