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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第68話  帝の間へ 〜後編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━「⋯⋯喰らえ。⋯⋯しん 天舞麒麟剣てんまきりんけん!」


 あざけりの薄ら笑いの後、麒麟きりんは次の一歩を踏み出した。

 その右足はそれまでの接近とは、歩幅も速さも全てが違っていた。


 地を蹴った麒麟きりんは宙を舞っていた。

 鎌足かまたりが警戒し、確保していた間合い。

 それを一足飛びで、一瞬の内に越えていた。


 右腕を肩の高さで掲げ、鎌足かまたりを指す真剣。

 その右腕の切っ先が、一気に眼前に迫ってくる感覚。


「⋯⋯踏み込みが深い! 尋常ではなく速い⋯⋯ッ!?」


 麒麟きりんの前へ出る速さが、鎌足かまたりが下がる速さを上回る。

 唐突に鎌足かまたりの間合いに踏み入った麒麟きりんは、焦る鎌足かまたりを鼻で笑いながら、真剣を持つ右の手首をしならせた。


「⋯⋯ふん、まずは鼻でも斬り刻むか!」


(⋯⋯退かなければッ!)


 反応の遅れは、鎌足かまたりの小柄な身体と身軽さの利点で補うしかない。

 鎌足かまたりもすぐに全速で飛び退く。

 そして鬼切丸おにきりまるで顔を覆い、防御の姿勢を取った。


 鬼切丸おにきりまるから鎌足かまたりの手に、突風を真正面から受けた時のような、大きな揺れの感触が伝わってくる。



 ⋯⋯鎌足かまたりの後退は、辛うじて間に合った。



 麒麟きりんの瞬速の第一撃は、鬼切丸おにきりまるの刃を滑るように、鎌足かまたりの鼻すれすれを掠めていた。

 そして前髪の十数本を切りながら、一陣の風となって鎌足かまたりの横を抜けていった。


「⋯⋯ちっ、鬼切丸おにきりまるめ、半刃はんじんが功を奏して上手くいなされたか⋯⋯。ふん、まあいいや、今のは鼻だけを狙った軽い一撃だ、全力じゃない。⋯⋯なら次は、鬼切丸おにきりまるを持つ右腕でも狙うとするか」


 麒麟きりんは攻撃を外しても相変わらず余裕綽々、勝ち誇った不敵な視線を鎌足かまたりに投げかけている。

 この殺戮さつりくの時間が、楽しくて愉しくて仕方がない。

 そんな言葉が聞こえてきそうな、無邪気な微笑みを浮かべ続けていた。



(⋯⋯あ、危なかった。もしあと一瞬、飛び退くのが遅れていたら⋯⋯、閻魔鋼えんまこうを削る太刀筋たちすじを見ていなかったら⋯⋯、今頃は柘榴ざくろの鼻になっていた⋯⋯。あの鎌鼬かまいたち剣技わざ鬼切丸おにきりまるの細い半刃はんじんで上手くいなすことが出来れば、勝機はあるかもしれない。だが今は圧倒的不利は変わりは無い、か。このままだと⋯⋯、間合いを詰められたら⋯⋯、確実に殺られる)


 鎌足かまたりは苦々しい表情を浮かべながら、大鳥居が沈んだ御所の中央部付近、清涼殿せいりょうでんの方角を一瞬だけ横目で見た。


(⋯⋯くそおッ! こんな不毛なことをしている場合じゃ無いのに⋯⋯、みかど、どうか、どうか御無事で⋯⋯!)


 鎌足かまたりは帝の無事を切に祈った。

 すぐにでも清涼殿せいりょうでんに駆け付けたい。

 自分は死罪が確定した身。

 禁忌きんき清涼殿せいりょうでんに足を踏み入れる、迷いや処罰への恐れは無かった。

 その心に在るのは、東番を勤め上げ、帝の命を守る。

 ただその一点だけだった。

 それは東西、江戸と京都、忍と公家、それら永年に続いてきた確執やわだかまりを越えた、日本ひのもとを愛する者としての不思議な使命感でもあった。



 鎌足かまたり麒麟きりんの方を向き直る。

 そして眼前に迫る麒麟きりんの狂気の天舞てんまの刃へと、警戒の視線ちゅういを戻した。


《右腕の後は、左腕かな、左脚に右脚、耳⋯⋯、さあ何処どこを斬ろう? 愉しみだなぁ。久々の解体のうたげだ》


 鎌足かまたりの愛国心に対して、麒麟きりんの表情は相変わらず、自己中心的な反国心はんこくしんに染まった笑顔で満たされていた。



(⋯⋯帝。鎌足わたしがすぐ駆けつけます! この人鬼ひとおにの邪悪な麒麟ものと戦って、⋯⋯もし、命がまだ有ったならば!)━━━━。








 ━━━━刻を同じくして、鎌足かまたりが視線を送った清涼殿せいりょうでん内。

 

 其処そこはまさに現世うつしよの地獄とも言える、目を覆いたくなるような惨劇さんげきの舞台と化していた。


 まるで迷宮のように入り組んだ、長い通路。

 その通路は主に帝が普段から通る場ということもあって、元々が頑丈な造りであった。

 そのため大鳥居の倒壊で一部は崩落や圧壊していたものの、それでもまだ通路としての機能は有していた。

 その通路を抜けた先に、帝の夜の居場所である寝所、夜御殿よんのおとどへと繋がる長い回廊があった。

 

 その回廊手前で、帝に近づけさせまいと奮闘する、御所防衛最後の砦の『御帝親衛隊みかどしんえいたい』。

 仲間の断末魔の叫び声を聞きつけ、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の隊員が一人また一人と駆け付けた時、”侵入者“である蒼妖鬼そうようきの姿は消えていた。

 しかし駆け付けた親衛隊員たちを、更なる戦慄が襲う。

 彼等はこの長い通路が終わる手前で今、次々と”二番目の侵入者“の狂刃の犠牲になっていた。



「⋯⋯が、がッ! ⋯⋯ぐ、ぐわああああぁっっ⋯⋯」


 男の喉元が横一文字に斬り裂かれ、鮮血がほとばしる。

 血がとめどなく溢れてくる喉を押さえながら、男はその場に倒れ込んだ。


 倒れた男の腕には、紫の長い絹布が巻かれていた。

 冠位十二階の制の古くから、紫は格式の高さを表す色であり、この紫の絹布を身にまとうことこそが『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の隊員のほまれであり、また隊員であるあかしでもあった。


 その親衛隊員である男のたおれた横。

 ”第二の侵入者“が通ってきたと思われる通路の両端には、床に点々と無数の紫の絹布が連なっている。

 そして吹き込んでくる隙間風を受け、蝋燭ろうそくの灯火のように揺れていた。


 それは此処ここに至るまで、蒼妖鬼そうようきと“二番目の侵入者”にたおされた、何人もの『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の亡骸なきがらだった。


 よく見ると中には、紫の絹布を付けていない亡骸なきがらも在った。

 それは鎌足かまたりのように、とがめられることを恐れずに、帝を守ることだけを想って庭園から駆けつけた、何人かの決死の警備兵たちの亡骸ものだった。


 親衛隊や警備兵を問わず、どの亡骸なきがらも額や喉元を何か細く鋭利な刃で斬り裂かれ、血の海に沈んでいる。

 中には首が完全に切断されている亡骸ものもあった。



《⋯⋯迷路のような通路ではありましたが、私たち紅鬼おにを憎む殺気は誤魔化せません。それに血の匂いも。蒼妖鬼そうようきもかなり暴れたみたいですね。⋯⋯私はそれらを辿れば良いだけのこと⋯⋯》


 蒼妖鬼そうようきに次ぐ“第二の侵入者”が呟く。

 そして回廊へと続いていく、最後の曲がり角に差し掛かった。

 壁に並ぶ燭台しょくだいの小さな炎に包まれた侵入者の身体が、曲がり角の壁に大きな影を映す。



「⋯⋯ッ! 此処ここだけは絶対に通すな!」

「⋯⋯心得ております! 高坂こうさか隊長!」


 蒼妖鬼そうようきと”第二の侵入者“の手にかかり、この短い刻の間に既に十名もの『御帝親衛隊みかどしんえいたい』が落命していた。

 

 それでも残された九名の親衛隊員たちは、決死の団結を見せる。

 夜御殿よんのおとどへと繋がる回廊への入り口を守り抜くため、その手前で全員が阿吽あうんの呼吸で二段横一列に構え、近づいてくる侵入者を待ち構えていた。

 その手には一人一丁、最新式の鉄砲が握られている。



高坂こうさか隊長、隊列、既に完了!」

「本来は鍛え上げた自慢の刀剣で真っ向から勝負する所だが、相手は尋常ならざる鬼。最新の鉄砲ならこれ以上の犠牲も無く、確実にたおせるはずだ!」


 高坂こうさかと呼ばれた親衛隊の隊長と思われるひげを蓄えた屈強な男が、後方から八名の親衛隊員を鼓舞する。


《⋯⋯ほう? 人が集まって来ている気配を見ると、帝の居場所はこの曲がり角の先ですね⋯⋯、ふふふ》


 それは冷酷で、落ち着いた声だった。

 角を曲がった殺戮の侵入者の影が、親衛隊の待ち受ける場へとゆっくりと近づいてくる。


「⋯⋯壁に松明たいまつを掛けよ! 狙いを定めやすくせよ! 前列左右二名は松明たいまつを掲げ、敵を照らすのだ!」


 迎え撃つ親衛隊の動きが更に慌ただしくなる。

 その誰もが額に汗を滲ませ、この奇怪で凶暴な”第二の侵入者“を待ち構えた。

 壁の燭台の蝋燭ろうそくと、親衛隊員が掲げる松明たいまつの灯りが、長い通路の先にうごめく侵入者の姿を徐々に照らしていく。


 闇に浮かび上がったのは、二本のきらめく角。

 そして邪悪な陰影を映す中、妖しく光る銀色の瞳。


 “第二の侵入者”の影が、鉄扇てっせんで悠然とあおぐ。

 


 灯りの中に全身を現した影の正体は、鉄扇てっせんで殺意の微笑みを隠した紅鬼あかおに修羅しゅら



 ⋯⋯紅閃鬼こうせんきだった。



《⋯⋯帝の御命、我らあかの鬼の軍が、頂戴致します》


 鉄扇てっせんを口元から退けた紅閃鬼こうせんきが、にたりと微笑む。

 その口から覗く鬼牙きばが、親衛隊員たちが手に掲げる松明たいまつの灯火を浴びて、不気味に光った。



「⋯⋯総員構えぃ!! 怯むな! 絶対に死守せよ!!」


 親衛隊長の高坂こうさかが再び叫んだ。

 その声に刺激を受けたのか、それとも刃で生きてきた人生をこの局面でも貫こうとする本能が働いたのか。

 親衛隊員の中の一人が、血気にはやる。

 決死の覚悟と共に一発の弾丸を放つと、隊列から離れ、刀を振りかざした。

 そして自らをおとりとするような、命懸けの突撃を見せたのだ。


「⋯⋯うおおぉっ!! 高坂隊長! 私に構わず撃ってください! こいつを突き刺した後、私ごとこの憎き鬼をッ!!」


 しかしこの命を賭した突撃も、まるで無意味だった。

 紅閃鬼こうせんきは涼しい顔で身体を翻すと、弾丸をあっさりと避けていた。

 そして雄叫びを上げながら突きの構えで突進してくる親衛隊員に向かって、愉しそうに微笑みかけた。


《⋯⋯おやおや、人間どもの安い命を対価にして買えるほど、この私の命は安くはありませんよ?》


 紅閃鬼こうせんきはこの親衛隊員の命を懸けた突進を、まるであざけもてあそぶように十分に引きつける。

 ⋯⋯刃が届く、突き刺せる。

 親衛隊にそんな期待を持たせてから、掌の鉄扇てっせんを一振りした。 


 鉄扇てっせんひらめきは荒涼とした風を起こし、無数の鉄串てつぐしが乱れ飛ぶ。


「⋯⋯ぎゃあっ」


 そして次の瞬間。

 この決死の突撃を見せた親衛隊員は、鉄串てつぐしの勢いに弾き飛ばされるように仰け反りながら、宙を舞っていた。

 その両目は鉄串てつぐしが刺さり、完全に潰されている。

 飛ばされた親衛隊員はが目を押さえながらその場に倒れ込み、床の上で唸り声を上げながら藻掻もがき苦しむ。


《⋯⋯歩む先に寝転がらないでください。邪魔です》


 そんな親衛隊員の頭部を、紅閃鬼こうせんきは思い切り足蹴あしげにし、西瓜すいかのように情け容赦無く踏み潰した。

 そして真正面の回廊の奥、鉄砲を構えて待ち受ける親衛隊たちを、銀色の眼で鋭く睨みつけた。



《⋯⋯帝は、⋯⋯群れている、その先ですね》



 その残虐な本性を映した銀の瞳の輝きに、睨まれた親衛隊員全員の身体も思考も魂も、何もかもが一瞬にして凍り付いた。


「⋯⋯ッ! ひ、怯むなッ!! てきに逃げ場は無いのだ! 撃て! 撃てぃ!! とにかく撃てぃ!!」


 やはりこの鬼には、刀剣のたぐいは通用しない。

 一人の親衛隊員の特攻死によって”それ“を改めて悟った親衛隊全員が、帝の命と自らの生を掌の中の鉄の塊に託し、紅閃鬼こうせんきに向けて一斉に発砲する。


《⋯⋯愚かな。私にこの現世の武器など通じません》


 紅閃鬼こうせんきは今度は鉄扇てっせんを強めに仰いだ。

 再び風が生まれ、生まれた風は壁となる。

 その風の防御壁によって、親衛隊から発された弾丸はその全てがことごとく弾かれ、回廊の端にめり込んでいく。


《⋯⋯挨拶の土産もいりません。お返し致しましょう》


 弾き返された弾丸。

 その内の一発の弾丸は、まるで刻が巻き戻されるように、来た道を逆に戻っていく。

 そして発砲した親衛隊員、その一人の自らの眉間みけんの中央を貫いていた。


「⋯⋯が、⋯⋯がはあッ!?」


 額の穴から噴血ふんけつしながら、親衛隊員は仰け反り、その場にたおれ込んだ。

 傷を確認する必要も、無事が否かを問いかける必要も無い。

 見紛うことなく、即死だった。

 親衛隊員たちの鉄砲を持つ手が、愕然がくぜんと震える。

 その姿を紅閃鬼こうせんきはせせら笑った。


《⋯⋯さあ、逃げるなら今ですよ? ⋯⋯とは言え、私が見逃してあげるかどうかは、また別の話ですが》


「⋯⋯くっ、ば、化け物め! かかれ! かかれぇッ!!」


 親衛隊員は全員、鉄砲を投げ捨てていた。

 隊列を一旦崩し、縦に並ぶようにして、一斉に各々の得意とする武器えものを身構える。

 否応無しに芽生える死への畏怖いふと生への高揚を前にして、刀剣は通じないと悟っていた心は今、全てが何処どこ彼方かなたへと吹き飛んでいた。

 剣客としての最期を飾り、再びあらがう最後の手段。

 それはやはり刀であり、槍であった。


 高坂こうさかの魂の籠もった声が響く。


「鬼よ、とくと知れ! 我ら『御帝親衛隊みかどしんえいたい』、皆、帝のために命を捨てる事は、既に覚悟の上だ!!」



 そんな高坂こうさかの熱くたぎる声に反して、紅閃鬼こうせんきは涼やかで余裕だった。

 残っている親衛隊の数を目算もくさんする。


《⋯⋯ひいふうみい⋯⋯、⋯⋯ふむ。一人一枚としても、十枚程で十分足りそうですね》


 両手に十枚の鉄扇てっせんを広げ、長い廊下を奥へとゆっくりと進み出した。


 列を成した陣を敷いていた親衛隊員は、先頭の者から順番に動いた。

 時には二人同時に、左右に別れて動く。

 各々が気合の雄叫びを上げながら、紅閃鬼こうせんきに斬りかかった。


《⋯⋯人間とは本当に愚かで無能な者ばかりですね、不要な頭体ものならば捨てるべきです。つつしんで斬ってしんぜましょう。⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶ、⋯⋯断捨離だんしゃり


 手にした鉄扇てっせん九枚を、紅閃鬼こうせんきは次々に宙に投じた。


 御所警備兵や京都内外から選び抜かれた、強者つわものばかりのはずの『御帝親衛隊みかどしんえいたい』。

 しかし修羅しゅら紅鬼あかおにを正面から相手にしては、流石の彼等かれらと言えどもまるで勝ち目は無かった。

 宙を自在に舞う九枚の鉄扇てっせんの刃によって、腕や足や首を切断され、一人また一人とその場にたおれていく。


 血肉のくれないの尾を引きながら、鉄扇てっせんの群れはひらひらと回廊を舞い続けた。

 そんな狂気の景色の中、次々と左右の壁にたおれていく親衛隊たちの横を通りながら、紅閃鬼こうせんきが瞳を妖しく輝かせる。

 そして一歩また一歩と、通路の奥へとゆっくり近づいていく。 


《⋯⋯貴方が最後ですか?》


「⋯⋯くそっ! 絶対に通すかぁあああああぁ⋯⋯!!」


 隊列の最後尾に待ち構えていたのは、親衛隊長の高坂こうさかだった。

 死地に向かう気迫に満ちた雄叫びを上げ、紅閃鬼こうせんきを威嚇するように刀で宙を何度も斬る。

 そして力強く一歩を踏み出すと共に、凄まじい速さで刀を振りかぶった。


「鬼め、受けてみよ!! 我が必殺のぉ⋯⋯ぐがはッ!?」


 そんな親衛隊長の視界が、次の瞬間には天井になり、壁になり、床になる。

 紅閃鬼こうせんきは手にした鉄扇てっせんを横に一閃し、まばたき程の一瞬の間に、この最後の一人の首を呆気なく切り裂いていた。


《⋯⋯これが日本ひのもと帝の間を守る、最後の男とは。⋯⋯日本ひのもと恐れるに足らず、ですね》



 紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんで宙を斬り、付着した血を払う。

 そして最後の一歩を踏みしめる。


 紅閃鬼こうせんきが角から姿を見せてから、此処ここに至るまでほんの僅かの間の出来事だった。

 日本ひのもと強者つわもの御帝親衛隊みかどしんえいたい』を、紅閃鬼こうせんきはいとも簡単にじ伏せ、長い廊下の一番奥へとあっさりと辿り着ついていた。


 紅閃鬼こうせんきが通ってきた通路には、十九名もの親衛隊の亡骸むくろが横たわっている。

 そんな殺戮の名残なごりには何の興味も無いのだろう。

 点々と続く亡骸なきがらの山に背を向けたまま、紅閃鬼こうせんきは右へと広がり続く空間を見た。


 廊下奥ここからは右に向けて、まだしばらくは通路が伸びているようだった。

 今まで通ってきた通路とは明らかに異なる壁の装飾の豪華さが、その通路を抜けた先に控えるはずの、帝の存在を改めて強く意識させる。


《⋯⋯間違い無くこの先ですね》


 紅閃鬼こうせんきの口元が自然と緩んだ⋯⋯。







 ⋯⋯そんな紅閃鬼こうせんきの笑みを、気配と殺気を完全に消してうかがう者が居た。


 それは紅閃鬼こうせんき一瞥いちべつした、右の通路の先、柱の陰。

 『霞幻夢かすみげんむ』によって身体を移動させ、親衛隊との激突を避け、一足先に回廊を抜けていた蒼妖鬼そうようきだった。


 蒼妖鬼そうようきは舌舐めずりをしながら、油断と共に近付いてくるはずの紅閃鬼こうせんきを待ち構えていた。



(《⋯⋯うふふ、人間どもの相手、御苦労様。殺戮さつりくの見世物、物陰から愉しく高みの見物をさせてもらったわ。⋯⋯でも残念、次は貴方がたおれる番よ。⋯⋯さあ、いらっしゃい。さっき外で受けた奇襲のお返し⋯⋯》)



 ⋯⋯その時、蒼妖鬼そうようきの心の声がぴたりと止まった。


 その表情には明らかに動揺や焦りが垣間見えている。

 蒼妖鬼そうようきは柱にもたれかかると、急いで目を閉じた。

 そして氣を集中し、周囲に警戒を深めた。



(《⋯⋯ッ!? 何よ⋯⋯、また此処ここに、強いを放つ何者かが近づいている。⋯⋯大きい、⋯⋯とてつもなく大きい。⋯⋯私たち蒼鬼あおおにでも、紅鬼あかおにのものでもない。⋯⋯このは、⋯⋯まさか? 人間!? とすれば⋯⋯》)⋯⋯







 ⋯⋯一方、警戒を強める蒼妖鬼そうようきの視界の先。

 紅閃鬼こうせんきは依然として血の海の通路に背を向けたまま、涼やかに鉄扇てっせんを仰いでいた。


 『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の最後の一人、隊を率いていたと見られる男が自分に刃向かってきた所を見ると、蒼妖鬼そうようきはまだこの付近には辿り着けていないのかもしれない。

 仮に蒼妖鬼そうようきが最深部に進み、帝の命を先に奪っていたとしても、蒼妖鬼そうようきたおして帝の首を奪えば済むこと。


 紅閃鬼こうせんきはそんな打算的な思考と共に、紅鬼あかおにの勝利を意識した、一足早い恍惚こうこつの笑みに浸っていた。


《ふふふ⋯⋯、人間どもめ、重ね重ね本当に他愛も無い。紅影鬼こうえいきたおした鎌足かまたりとやらも、まこと大したことは無かった⋯⋯。所詮しょせん修羅しゅら紅鬼おにの強さの領域までは、人間どもはまだまだ及ばずという事でしょう。⋯⋯さてと、ではそろそろ紅鬼軍あかおにぐん念願成就ねんがんじょうじゅ、目的の帝の御首みしるしを拝みに行くとしましょう》


 紅閃鬼こうせんきが右の空間へと、勝利の一歩を踏み出そうとした⋯⋯。



 ⋯⋯その時。



 紅閃鬼こうせんきの背後。

 今しがた親衛隊への殺戮さつりくを行った、血で染まる長い廊下の先。


 曲がり角に一人の男の影があった。



 この背後に立つ謎の男の気配を、流石に紅閃鬼こうせんきも察していた。

 背中をくれないの廊下に向けたまま、後方の氣の正体を確かめるように、ゆっくりと背後に目を流した。


《⋯⋯誰です? 貴方は?》



 その人影は紅閃鬼こうせんきの方へ、ゆっくりと歩み出した。


 壁の燭台しょくだい蝋燭ろうそく。 

 そして親衛隊が壁に備えた松明たいまつの灯りによって、影が足元から徐々に照らされ、影がまとう黒がほどけていく。



 左手に持つ、鳳凰ほうおうの彫りの豪華絢爛なさや、刀。


 薄明りでも映えて高貴に煌めく、公家の狩衣かりぎぬ


 明らかな敵意を持って紅閃鬼こうせんきを睨む、鋭い瞳。



「⋯⋯散々に暴虐の限りを尽くしたようだな、紅鬼あかおによ」



《⋯⋯ほう。⋯⋯なるほど。⋯⋯ふふふ》



 余裕の表れか、新たな挑戦者への高揚か。

 紅閃鬼こうせんきは近付いてくる男に依然背を向けたまま、愉しそうに呟いた。



《⋯⋯遅かったですね。やっと来ましたか、六歌戦ろっかせん



 その影の主は⋯⋯。



「⋯⋯清涼殿ここから先、帝の元へは絶対に行かせぬ。⋯⋯先に言っておくが、麿まろは伊賀の鎌足かまたりほど甘くはないぞ」



 妖刀村雨ようとうむらさめを携えた、不知火中将しらぬいちゅうじゅう綾麿あやまろだった━━━━。




第68話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第69話「隠れ里炎上」は、6月10日もしくは11日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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