第67話 帝の間へ 〜前編〜
今回も本文が長くなったため、読みやすさを考慮して、前後編の二部構成に分けました。
今回は前編になります。後編は明日投稿予定です!
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿が死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇の刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。
━━━━帝の寝所、夜御殿。
その手前に当たる清涼殿深部は、帝に敵意や謀反の心を持つ何者の侵入を拒むため、時には地下に掘られた道を進み、時には階段を昇り、決して容易には抜けられない迷路のように入り組んでいた。
そしてその清涼殿には、御所の内外を守る警備兵や京都内外の武芸者たちの中から選抜された、『御帝親衛隊』と呼ばれる精鋭たちが常時二十人は詰めていた。
永い日本と京都御所の歴史の中において、『御側衆』『御皇親衛隊』などとも呼ばれ、差配も帝自らが行なっていた時代もあったが、現在は武官大将である兼季の直属となり、呼称も『御帝親衛隊』に統一されていた。
個々の剣の実力は、京の市井や諸国の名うての剣客たちとも引けを取らない。
また剣技だけではなく、南蛮渡来の最新の鉄砲などの銃器までも装備していた。
彼らは命を賭して、帝と清涼殿だけを守る役目を担う、言わば御所の”最後の砦“とも言うべき存在だった。
そんな彼ら『御帝親衛隊』でも、帝の間⋯⋯即ち夜御殿だけには入ることは許されていなかった。
⋯⋯守る場は清涼殿内部のみとする。
帝には決して近づいてはならぬ。
夜御殿に足を踏み入れた場合は死罪⋯⋯。
夜御殿に立ち入ることが許されているのは、特別に認めれた僅か数名だけという、そんな不可解な命令が、御所内に出入りする全ての公家や従者や警備兵に対して、関白、左大臣、右大臣、大将、中将、以上の五名の連名で、通常の合議を経ることも無く、年明けの一月から突然に定められたのである。
公家や警備兵たちを驚かせたのは、普段は律法には決して名を記すことは無い、武官の近衛大将兼季と不知火中将綾麿までが名を連ねていたこと。
そしてその命令の対象に、『御帝親衛隊』までもが含まれていたことだった。
それだけではない。
時を同じくして、帝自身にも異変が起こる。
帝は公の儀式には殆ど姿を見せなくなり、現れたとしても常にその姿は二重の御簾で隠され、その表情を窺い知ることは公家の誰にも出来なくなっていたのだ。
この不可解すぎる命令を、公家や警備兵はじめ御所に出入りする者たちは、密かに『夜五印律』と呼んだ。
五人の密談のみによって定められた、夜御殿に関する特別な律法という意味である。
御所という限られた世界の中で生きる公家は、とかく伝統的に噂話を好む。
『夜五印律』が定められた理由や意味は何か。
その後暫くして地獄の羅生門が開き、蒼鬼たちが現れ始めた事と何か因果があるのか。
そして姿を見せなくなった帝の真意や、その容態の善悪に至るまで、様々な憶測が御所内で飛び交っていた。
その疑念は、高い忠誠心を誇る『御帝親衛隊』たちとて同じだった。
帝の傍を守る事が、自分たちの存在意義であるはず。
それにも関わらず、その守るべき帝に普段から拝謁が叶わないというのは、口には出さないものの、誰一人として納得できる者はいなかった。
しかし噂話好きの公家たちとは違い、『御帝親衛隊』の面々は、相当の弁えは心得ていた。
熱い想い、固い誓いは、己の鍛えた技と刃で示す。
その一念で日毎夜毎、”もしもの有事“に備えていた。
⋯⋯そして今宵、遂にその“もしも”が起きた。
命令に従い清涼殿を離れることなく、蒼鬼紅鬼との死闘に参戦出来ていなかった、『御帝親衛隊』の二十名。
御所外の然るべき人物たちに援軍を求め、馬を走らせた一名を除き、厳密には十九名。
その全員がつい先刻から各々得意の武器を手に、清涼殿の各所定の場へと慌ただしく動いていた。
⋯⋯庭園の乱戦を突破した“侵入者”。
その来襲に備えていた。
そんな日本御所防衛の最後の砦、『御帝親衛隊』の強者数人が早くも息絶えていた。
鋭利な刃で全身をずたずたに斬り裂かれ、清涼殿奥へと続く通路に、連なるように横たわっている。
そして狂気の刃を奮い、『御帝親衛隊』の命を奪った清涼殿への”侵入者“は、血に塗れた無惨な亡骸たちを見下ろしながら、吐息交じりの甘い溜め息を吐いた。
《⋯⋯外も中も同じ、全く張り合いがないわねぇ》
通路を灯す無数の燭台の炎が、後ろ手に妖凛刀を構える、”侵入者“の凛とした美しい立ち姿を照らす。
その仄かな光たちは、”侵入者“の背中だけではなく美しい顔までを、更に妖しく艶やかに煌めかせていた。
それは清涼殿と庭園を結ぶ秘密の抜け道の門番たちをあっさりと殺害し、悠々と侵入を果たしていた蒼鬼修羅、蒼妖鬼だった。
《⋯⋯“見返り美人”とは世に良く聞くけれど、前からも後ろからも綺麗な妾は、”見返らず美人“、かしら。⋯⋯うふふ。⋯⋯あ、いや、敢えて言うなら、やっぱり“四方八方美人”かしらねぇ。⋯⋯うーん、ちょっと嘘つきっぽく聞こえるのがあれだけど》
清涼殿に侵入を果たした蒼妖鬼は饒舌だった。
そんな冗談を何気に呟くほどに、強者ばかりが揃う『御帝親衛隊』をものともしない余裕に満ちていた。
《最短の道は抜けてきたけど、この廊下の向こう、あの長い通路が恐らくあの公家が言っていた回廊ね。そしてあの先に今宵の映えある最後の獲物、帝がいる⋯⋯》
蒼妖鬼が嬉しそうな吐息と共に、舌舐めずりをする。
そして入り組んだ通路の壁を、艶めかしく摩りながら呟いた。
《⋯⋯ん、⋯⋯この辺り壁一面に古からの呪法の残り香を感じるわね。⋯⋯帝に代々仕える陰陽師たちの防御結界の歴史ね。⋯⋯日々薄まっていく古いものばかりとは言え、まだ効果は残されている。⋯⋯はぁ、道理で清涼殿の中だけには羅生門邪道が開けないはずだわ》
蒼妖鬼は一頻り頷いた後、怪しげな笑みを浮かべた。
《⋯⋯まぁ、残留結界も、遅かれ早かれ⋯⋯》
(「⋯⋯侵入者あり! 急げ!」)
(「⋯⋯鬼が暴れている! こちらから叫び声が!」)
(「⋯⋯帝を狙う侵入者だ! 挟み撃ちにしろ!」)
その時、蒼妖鬼が目指していた通路の先、その奥から無数の音が響いてきた。
仲間の集合を促す、荒々しい声。
刀や槍の物々しい、鋼の摩擦音。
そして続々と集まってくる足音。
通路の奥にはまだ人影は無いものの、もうじき武器を手にした何人もの親衛隊員が、この場に駆けつけてくるのは間違いなかった。
そんな物々しく響いてくる『御帝親衛隊』の接近の物音に、蒼妖鬼は両掌の指を両目に当て、今にも泣き出しそうな、あざとい困り顔を見せる。
《⋯⋯ッもう! 妾がいくら美しく魅力的だからって、か弱い女子なのよ。⋯⋯ぐすっ、しくしく。一人ぼっちの女子を大の男がそんなに寄って集って虐めな⋯⋯》
そして突如として表情を曇らせ、言葉を止めた。
《⋯⋯⋯⋯、この禍々しい氣は?》
蒼妖鬼がゆっくりと目を閉じていく。
突如感じた、得体の知れない邪の氣。
その謎の氣の出何処を、集中して追跡する。
《⋯⋯ん、これは。背後から紅鬼の気配。⋯⋯かなり近づいて来てる。紅斬鬼かしら? それとも紅閃鬼⋯⋯っ! そうだわ。⋯⋯うふふ、良い作戦を思いついちゃったぁ。⋯⋯紅鬼のお手並み拝見といこうかしら》
蒼妖鬼は妖凛刀をくるりと一回転させると、心から愉しそうに笑みを浮かべた。
そして今向かおうとしていた長く伸びる通路の奥に、改めて目を送った。
すると突然、庭園で起きた現象と同じ“異変”が再び起きる。
微笑む蒼妖鬼の姿が、霞のように二重三重にもぶれ出したのだ。
そしてその二重三重の残影は、やがて大きく揺らいだと思うと、その姿は通路の空気に溶けていくように、徐々に薄くなっていった。
《⋯⋯うふふふふ》
蒼妖鬼の蒼みがかった目、銀の瞳が煌めく。
⋯⋯次の瞬間。
揺らめいていた蒼妖鬼の姿は、再びその場から跡形も無く消え失せていた。
壁に連なる燭台の蝋燭だけが、揺らめき続ける。
そして後は、何かを企んでいる蒼妖鬼の妖しい高笑いだけが、この血塗られた惨劇の通路に冷たく響いていた━━━━。
━━━━その頃、清涼殿の外。
人と鬼の乱戦が終焉を迎えた庭園では、人と人⋯⋯鎌足と麒麟が極度の緊迫状態の中、対峙を続けていた。
麒麟の凶刃によって傷つけられた三人の警備兵も、皆転がるようにしてその場を離れ、庭園の中央に残されたのはこの二人のみ。
蒼紅全ての羅刹鬼を斃し、真剣を手にゆっくりと迫って来る、憤怒と本気の麒麟。
そんな小さな強敵を前にして、鎌足は鬼切丸を構えながら、戦闘の不可避を覚悟していた。
(⋯⋯互いに人間同士、しかも帝を警護すべき者。鬼の侵略、帝の危機を前にして殺し合うなんて馬鹿げてる。が⋯⋯、かといって話が通じる相手でも無さそうだ)
それでも麒麟の中の良心の存在を僅かばかり信じて、鎌足は叫んだ。
「⋯⋯いいか、聞け麒麟! 今まさに帝が手強い紅鬼に襲われそうになっているんだ! 蒼鬼や紅鬼の羅刹をそこまで圧倒する力を持ちながら、こんな馬鹿な事をしていて良いのか!?」
「⋯⋯あぁん?」
「北番と南番を預かる警備長の少将だろう! 帝を助けに駆けつけるのが宮に務める者の本分じゃないのか!?」
「⋯⋯はぁ?」
「⋯⋯ッ、それに⋯⋯ッ、知っているのか? 御前が従っている中将の、あ⋯⋯綾麿が、⋯⋯死んだんだ」
「⋯⋯はぁあん? 何言ってんだ、御前」
「⋯⋯今この場に、鬼の暴挙を止め、そして帝や御所を守ることのできる強さや刀を持つ者は、私たち二人しか居ないんだぞ⋯⋯?」
鎌足の言葉は、願いにも似た響きだった。
しかしその願いは、呆気無く即座に否定された。
「⋯⋯ったく、五月蝿え!! 御前の職務怠慢のせいで、大鳥居は崩壊。巻き添えと手柄の横取りを食らった俺は、少将の地位からの降格はほぼ確定なんだよ!」
「⋯⋯御前が少将から降格!? そんなこと、私はどうでもいいッ! それより何で大鳥居の倒壊が私の責任なんだッ!? よく分からないけど、倒れてきたんだ! 断じて私は何もしていない! 手柄の横取りもしていない!!」
「いや、御前の怠慢が原因だ、横取りも言い訳するんじゃねえ! それに中将が死んだ? そんなわけあるか! それに何が帝を守らなきゃ、だ? はっ、くだらねえ」
「⋯⋯ッ!? ⋯⋯な、何だとぅ!?」
大鳥居の倒壊の前、綾麿は紅斬鬼に武運拙く討たれ、既に死んでしまったと思い込んでいる鎌足。
大鳥居の倒壊の後、綾麿に真剣を使う許可を出され、清涼殿へ消えていく姿を目にしている麒麟。
紅斬鬼から告げられた言葉の真意を知らず、明らかに鎌足は事実を勘違いしていた。
「⋯⋯あの村雨と中将が、そう簡単にくたばるわけねえだろ。適当な話をぶち撒けて、俺を動揺させようって腹だろうが、その手には引っ掛かるか! ⋯⋯それにな、中将が本当に死んだのなら、むしろ俺にとっては願ったり叶ったりなんだ!」
「⋯⋯はぁ!? な、な⋯⋯」
「中将が消えれば、俺の地位は守れるかもしれねえ。しかも中将の座まで空くじゃねえか!」
「⋯⋯な、な、⋯⋯何だって!? 聞き捨てならないッ! 殉死者を愚弄するのかッ!?」
「⋯⋯ふん、それに此処だけの話だが、帝の命なんぞもどうでもいいんだ。⋯⋯俺の出世の邪魔になるなら、帝だろうが六歌戦だろうが、誰だって斬り刻むさ!」
「⋯⋯なッ? お、御前! ⋯⋯今の言葉は、帝に対して、いや日本に対して、間違いなく反逆罪だぞ!? ⋯⋯先程の警備兵への暴挙と合わせて、絶対に公の場で断罪してやるからな!!」
「断罪だぁ? はっ、清涼殿に鬼の侵入を許した、とか言ってたなあ! なら御前はもう死罪確定じゃねえか! 死んでどうやって断罪するんだ!? え!?」
「⋯⋯うっ」
「それに御前はな、死罪になるよりも先⋯⋯、そう、たった今、此処で俺に殺されて死ぬんだ。もう一度聞くぞ、どう断罪するんだ? ⋯⋯え? 出来るものならやってみろよ! 首を晒された刑場で口だけ動かすのか!?」
「⋯⋯う、う、うう」
麒麟は対峙した昨日と同じく、棒立ちしたままで右手に持つ真剣を、ゆっくりと肩の位置にまで上げていく。
そして切っ先で鎌足を指すように真剣を構えた。
鎌足を睨み付ける麒麟の瞳が、その心の奥底に潜ませている野望の全てを声に込める。
「⋯⋯言っとくが御前だけじゃねえ。俺の時流を邪魔するなら、⋯⋯一切の遠慮も情けも無く、俺はこの⋯⋯、日本をも、斬る!!」
その言葉に鎌足は絶句した。
この少年の本質は、紛れもなく悪だ。
決して分かり合えない。
確信が深い失望と怒りを呼び、鎌足の身体を包む。
「⋯⋯こいつ、正真正銘の屑、外道だ⋯⋯」
そんな軽蔑の言葉ですら、自分への誉め言葉にしか思っていない麒麟が、怒りに震える鎌足を嘲り笑う。
「⋯⋯さっき鬼を止めるには、俺たちしか居ねえとか何とか抜かしてたなぁ。⋯⋯へっ、鬼は止められたとしても、此処には”俺“を止められる奴は、誰も居ねえぞ? 『早く殺してください』って泣いてすがるまでは殺さねえ。ゆっくりと斬り刻んで、この世こそが地獄と思えるくらいの苦痛を味あわせてから殺してやる、覚悟しな」
そしてゆっくりと前へと歩き出した。
真剣を気軽に翳しながら歩くその歩行の型は、綾麿から聞いていた天衣無縫流の名前通りに、奔放で無邪気で、そして無策としか見えない構えだった。
(⋯⋯こいつ、昨日の御所での立ち合いの時と同じに見えるが、微妙に違う⋯⋯。決まりの型を持たないのか)
鎌足も臨戦態勢に入る。
鬼切丸を眼前に構え直した。
歩きながら麒麟が愉しそうに、右の手首を軽く左や右に撓らせる。
それはまるで子供が棒切れと戯れるような、余りにも純粋すぎる仕草だった。
達人になればなるほど、また世の中の剣技の型を知れば知るほど、未知の構えに出会った時、その剣技への驚異と警戒が一気に増す。
麒麟が翳した切っ先も同様だった。
(型が自由なら、切っ先もまた自由。昨日とは違う動きをするのか、左右どちらに動くか⋯⋯、いや飛び上がるかも!? ⋯⋯全く読めない、⋯⋯だが)
目の前に掲げられながら近づいてくる切っ先は、太刀筋が読めない焦りだけでなく、不気味な威圧感を鎌足に与えていた。
鎌足の脳裏にちらつくのは、蒼鋼鬼の身体を削る麒麟の剣技。
遠くから眺めただけだったが、あの刀捌きは人間業とは思えないくらいだった。
(⋯⋯少なくとも麒麟の間合いに入ったら駄目だ。麒麟の剣技は真空の刃で敵を斃す鎌鼬の流れを組むと見た! 重要なのは間合いだ。麒麟の剣が届かない間合いを取るんだ)
麒麟が前に進んだ分だけ、鎌足はじりじりと後ろに退く。
(⋯⋯くそっ、こんな時こそ、間合いの外から攻撃できる鎖鎌があれば⋯⋯!)
もう一つの相棒、鎌足得意の鎖鎌は、紅斬鬼との戦いの最中に飛ばされたままだった。
鎌足は麒麟との一定の間合いを保ち続けながら、庭園の左右随所に目を送る。
その目は無意識に鎖鎌を探していた。
先程の意識の混濁で、傷にも何かの力が働いたのか。
胸や太腿からの出血が止まっていたのは幸いだった。
(良かった、まだ少しは動ける⋯⋯)
近づけば、遠ざかる。
また近づけば、また遠ざかる。
鎌足の取ったのは、蒼鋼鬼と同じ、間合いを維持する作戦だった。
気の短い麒麟の苛立ちは、更に増していく。
「⋯⋯何だ? 鎌足、逃げてばかりだな、⋯⋯ふん、言っておくが、俺は鬼切丸なんか全然怖くはないからな。昨日俺の白鞘さえ打ち砕けなかった半刃の刀なんてまるで興味も無い。⋯⋯俺が目指し欲するのは、もっともっと強い刀。この現世の全ての邪魔者を一振りで吹き飛ばすことができるような、俺に見合った真に強い刀だ」
「白鞘? ⋯⋯ッ、どういう意味だ? そう言えば綾麿も昨日、麒麟が白鞘で封じられているとか、本質がどうこうとか、言っていたが⋯⋯!?」
後ろに下がりながら、鎌足がすぐに言葉を返した。
綾麿に散々卑下された白鞘に纏わる受け答え、そして疑問のままだったその“本質”の意味。
その疑念を解きたいという意図もあったが、別の理由もあった。
麒麟は得意気で饒舌。
会話に上手く乗せる事で、鎖鎌を探す刻を稼げ、激突を遅らせることができる。
そしてその間に遠隔攻撃のできる鎖鎌を見つけ、手にする事が出来れば、麒麟を打ち負かすことへの確実性が増す。
鎌足の中で、そんな急場の作戦が閃いていたのだ。
「あぁ? ⋯⋯ふん、昨日御前と殺り合った時に持っていた白鞘の刀。あれは模造刀だ」
「⋯⋯模造刀!?」
「言ってみりゃ、刃なんて無い、唯の飾りの刀だ。あんな近い間合いで刀を重ねながら、模造刀である事すら見抜けなかった時点で、御前は俺の足元にも及ばねえんだよ、この野良犬以下の雑魚が!」
「⋯⋯な!? ⋯⋯は!? そんな! ⋯⋯い、いや、確かにあれは刀だった! ⋯⋯鬼切丸と刃を競り合った! 御前こそ嘘を言うな!?」
「⋯⋯はっ、どこまでおめでたい頭と目をしてるんだ、御前? 俺や中将みたいな本当の剣の達人、天才はな、手にした物によってはそれをあたかも刃の様に操れるんだ。斬るだけでなく、力加減や角度によっては、相手の攻撃を止めたり受ける事すらできる。御前は昨日、玩具の刀と戯れて得意になっていただけだ、この間抜けめ」
(⋯⋯なッ!? そんな事があり得るのか? あれが模造刀だなんて!? ⋯⋯まるで信じられない⋯⋯、普通の刀に見えた。それが本当なら、斬れない刀で鬼切丸と渡り合っていたと言うのか? ⋯⋯いや、その前に、鬼をも一撃で葬る鬼切丸だぞ!? その刃を模造刀で受け止めて、鍔競り合いをする事まで出来たなんて!?)
鎌足は平静を装っていた。
戦略通りに後退を続けていく。
しかし内心では気が遠くなる程、動揺していた。
麒麟の底しれない強さが、氣となり見えない刃となり、空を飛ぶ。
そして次々と肌に突き刺さっていく。
そんな異質な感覚を強く感じていたからだった。
⋯⋯本当の剣の達人、天才は手にした物によってはそれをあたかも刃の様に操れる。
斬るだけでなく、力加減や角度によっては、相手の攻撃を止めたり受ける事すらできる⋯⋯。
そんな先の麒麟の声と共に鎌足の脳裏に浮かぶのは、村雨の鞘刃を振るう綾麿の残像。
(⋯⋯あたかも刃のように。⋯⋯ッ、村雨の鞘もそうだった。⋯⋯くそっ。御所はやはり伏魔殿。⋯⋯とんでもない化け物ばかりだ)
鎌足の心を余所に、麒麟は薄ら笑みの後、ゆっくりと前傾姿勢を取った。
蒼鋼鬼を苦しめた、“あの”必殺の一歩を踏み出すためだった。
「⋯⋯さあて、お喋りはここまでだ、そろそろこっちから削りに行くぜ。⋯⋯喰らえ。⋯⋯真 天舞麒麟剣!」━━━━。
第67話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第68話「帝の間へ〜後編〜」は、明日6月8日に投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創作して頂いたオリジナルEDです!
ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg
ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT
こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪




