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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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67/81

第67話  帝の間へ 〜前編〜

今回も本文が長くなったため、読みやすさを考慮して、前後編の二部構成に分けました。

今回は前編になります。後編は明日投稿予定です!


【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━帝の寝所、夜御殿よんのおとど


 その手前に当たる清涼殿せいりょうでん深部は、帝に敵意や謀反むほんの心を持つ何者の侵入を拒むため、時には地下に掘られた道を進み、時には階段を昇り、決して容易には抜けられない迷路のように入り組んでいた。

 そしてその清涼殿せいりょうでんには、御所の内外を守る警備兵や京都内外の武芸者たちの中から選抜された、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』と呼ばれる精鋭たちが常時二十人は詰めていた。

 なが日本ひのもとと京都御所の歴史の中において、『御側衆おそばしゅう』『御皇親衛隊すめらみことしんえいたい』などとも呼ばれ、差配さはいも帝自らが行なっていた時代もあったが、現在は武官大将である兼季かねすえの直属となり、呼称も『御帝親衛隊みかどしんえいたい』に統一されていた。


 個々の剣の実力ちからは、京の市井しせいや諸国の名うての剣客たちとも引けを取らない。

 また剣技だけではなく、南蛮渡来の最新の鉄砲などの銃器までも装備していた。

 彼らは命を賭して、帝と清涼殿せいりょうでんだけを守る役目を担う、言わば御所の”最後の砦“とも言うべき存在だった。



 そんな彼ら『御帝親衛隊みかどしんえいたい』でも、帝の間⋯⋯即ち夜御殿よんのおとどだけには入ることは許されていなかった。


 ⋯⋯守る場は清涼殿せいりょうでん内部のみとする。

 帝には決して近づいてはならぬ。

 夜御殿よんのおとどに足を踏み入れた場合は死罪⋯⋯。


 夜御殿よんのおとどに立ち入ることが許されているのは、特別に認めれた僅か数名だけという、そんな不可解な命令めいが、御所内に出入りする全ての公家や従者や警備兵に対して、関白かんぱく左大臣さだいじん右大臣うだいじん大将たいしょう中将ちゅうじょう、以上の五名の連名で、通常の合議を経ることも無く、年明けの一月から突然に定められたのである。

 公家や警備兵たちを驚かせたのは、普段は律法りっぽうには決して名を記すことは無い、武官の近衛このえ大将たいしょう兼季かねすえ不知火しらぬい中将ちゅうじょう綾麿あやまろまでが名を連ねていたこと。

 そしてその命令めいの対象に、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』までもが含まれていたことだった。


 それだけではない。

 時を同じくして、帝自身にも異変が起こる。

 帝は公の儀式にはほとんど姿を見せなくなり、現れたとしても常にその姿は二重の御簾みすで隠され、その表情を窺い知ることは公家の誰にも出来なくなっていたのだ。


 この不可解すぎる命令めいを、公家や警備兵はじめ御所に出入りする者たちは、密かに『夜五印律よんのごいんりつ』と呼んだ。

 五人の密談のみによって定められた、夜御殿よんのおとどに関する特別な律法りっぽうという意味である。

 御所という限られた世界の中で生きる公家は、とかく伝統的に噂話を好む。

 『夜五印律よんのごいんりつ』が定められた理由や意味は何か。

 その後暫くして地獄の羅生門らしょうもんが開き、蒼鬼おにたちが現れ始めた事と何か因果いんががあるのか。

 そして姿を見せなくなった帝の真意や、その容態の善悪に至るまで、様々な憶測が御所内で飛び交っていた。


 その疑念は、高い忠誠心を誇る『御帝親衛隊みかどしんえいたい』たちとて同じだった。

 帝の傍を守る事が、自分たちの存在意義であるはず。

 それにも関わらず、その守るべき帝に普段から拝謁はいえつが叶わないというのは、口には出さないものの、誰一人として納得できる者はいなかった。


 しかし噂話好きの公家たちとは違い、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の面々は、相当のわきまえは心得ていた。

 熱い想い、固い誓いは、己の鍛えた技と刃で示す。

 その一念で日毎夜毎ひごとよごと、”もしもの有事“に備えていた。



 ⋯⋯そして今宵、遂にその“もしも”が起きた。



 命令めいに従い清涼殿もちばを離れることなく、蒼鬼あおおに紅鬼あかおにとの死闘に参戦出来ていなかった、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の二十名。

 御所外のしかるべき人物たちに援軍を求め、馬を走らせた一名を除き、厳密には十九名。

 その全員がつい先刻から各々得意の武器えものを手に、清涼殿せいりょうでんの各所定の場へと慌ただしく動いていた。

 


 ⋯⋯庭園の乱戦を突破した“侵入者”。

 

 その来襲に備えていた。


 

 そんな日本ひのもと御所防衛の最後の砦、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の強者つわもの数人が早くも息絶えていた。

 鋭利な刃で全身をずたずたに斬り裂かれ、清涼殿せいりょうでん奥へと続く通路に、連なるように横たわっている。


 そして狂気の刃を奮い、『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の命を奪った清涼殿せいりょうでんへの”侵入者“は、血にまみれた無惨な亡骸なきがらたちを見下ろしながら、吐息交じりの甘い溜め息を吐いた。


《⋯⋯外も中も同じ、全く張り合いがないわねぇ》


 通路を灯す無数の燭台しょくだいの炎が、後ろ手に妖凛刀ようりんとうを構える、”侵入者“の凛とした美しい立ち姿を照らす。

 そのほのかな光たちは、”侵入者“の背中だけではなく美しい顔までを、更に妖しく艶やかにきらめかせていた。

 

 それは清涼殿せいりょうでんと庭園を結ぶ秘密の抜け道の門番たちをあっさりと殺害し、悠々と侵入を果たしていた蒼鬼あおおに修羅しゅら蒼妖鬼そうようきだった。


《⋯⋯“見返り美人”とは世に良く聞くけれど、前からも後ろからも綺麗なわらわは、”見返らず美人“、かしら。⋯⋯うふふ。⋯⋯あ、いや、敢えて言うなら、やっぱり“四方八方美人”かしらねぇ。⋯⋯うーん、ちょっと嘘つきっぽく聞こえるのがあれだけど》


 清涼殿せいりょうでんに侵入を果たした蒼妖鬼そうようき饒舌じょうぜつだった。

 そんな冗談を何気に呟くほどに、強者つわものばかりが揃う『御帝親衛隊みかどしんえいたい』をものともしない余裕に満ちていた。


《最短の道は抜けてきたけど、この廊下の向こう、あの長い通路が恐らくあの公家が言っていた回廊ね。そしてあの先に今宵の映えある最後の獲物、帝がいる⋯⋯》


 蒼妖鬼そうようきが嬉しそうな吐息と共に、舌舐めずりをする。

 そして入り組んだ通路の壁を、なまめかしくさすりながら呟いた。

 

《⋯⋯ん、⋯⋯この辺り壁一面にいにしえからの呪法の残り香を感じるわね。⋯⋯帝に代々仕える陰陽師おんみょうじたちの防御結界の歴史ね。⋯⋯日々薄まっていく古いものばかりとは言え、まだ効果は残されている。⋯⋯はぁ、道理で清涼殿せいりょうでんの中だけには羅生門らしょうもん邪道じゃどうが開けないはずだわ》


 蒼妖鬼そうようき一頻ひとしきうなずいた後、怪しげな笑みを浮かべた。


《⋯⋯まぁ、残留結界これも、遅かれ早かれ⋯⋯》


(「⋯⋯侵入者あり! 急げ!」)

(「⋯⋯鬼が暴れている! こちらから叫び声が!」)

(「⋯⋯帝を狙う侵入者だ! 挟み撃ちにしろ!」)


 その時、蒼妖鬼そうようきが目指していた通路の先、その奥から無数の音が響いてきた。


 仲間の集合を促す、荒々しい声。

 刀や槍の物々しい、鋼の摩擦音。

 そして続々と集まってくる足音。


 通路の奥にはまだ人影は無いものの、もうじき武器を手にした何人もの親衛隊員が、この場に駆けつけてくるのは間違いなかった。


 そんな物々しく響いてくる『御帝親衛隊みかどしんえいたい』の接近の物音けはいに、蒼妖鬼そうようきは両掌の指を両目に当て、今にも泣き出しそうな、あざといつくり顔を見せる。


《⋯⋯ッもう! わらわがいくら美しく魅力的だからって、か弱い女子おなごなのよ。⋯⋯ぐすっ、しくしく。一人ぼっちの女子おなごを大の男がそんなに寄ってたかっていじめな⋯⋯》


 そして突如として表情を曇らせ、言葉を止めた。



《⋯⋯⋯⋯、この禍々しいは?》


 蒼妖鬼そうようきがゆっくりと目を閉じていく。

 突如感じた、得体の知れない邪の

 その謎の出何処でどころを、集中して追跡する。



《⋯⋯ん、これは。背後から紅鬼あかおにの気配。⋯⋯かなり近づいて来てる。紅斬鬼こうざんきかしら? それとも紅閃鬼こうせんき⋯⋯っ! そうだわ。⋯⋯うふふ、良い作戦を思いついちゃったぁ。⋯⋯紅鬼あかおにのお手並み拝見といこうかしら》



 蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとうをくるりと一回転させると、心から愉しそうに笑みを浮かべた。

 そして今向かおうとしていた長く伸びる通路の奥に、改めて目を送った。

 すると突然、庭園で起きた現象と同じ“異変”が再び起きる。

 微笑む蒼妖鬼そうようきの姿が、霞のように二重三重にもぶれ出したのだ。

 そしてその二重三重の残影は、やがて大きく揺らいだと思うと、その姿は通路の空気に溶けていくように、徐々に薄くなっていった。



《⋯⋯うふふふふ》


 蒼妖鬼そうようきあおみがかった目、銀の瞳がきらめく。

 


 ⋯⋯次の瞬間。



 揺らめいていた蒼妖鬼そうようきの姿は、再びその場から跡形も無く消え失せていた。


 壁に連なる燭台しょくだい蝋燭ろうそくだけが、揺らめき続ける。


 そして後は、何かを企んでいる蒼妖鬼そうようきの妖しい高笑いだけが、この血塗ちぬられた惨劇の通路に冷たく響いていた━━━━。



 






 ━━━━その頃、清涼殿せいりょうでんの外。

 人と鬼の乱戦が終焉を迎えた庭園では、人と人⋯⋯鎌足かまたり麒麟きりんが極度の緊迫状態の中、対峙を続けていた。


 麒麟きりんの凶刃によって傷つけられた三人の警備兵も、皆転がるようにしてその場を離れ、庭園の中央に残されたのはこの二人のみ。


 蒼紅あおあか全ての羅刹らせつ鬼をたおし、真剣を手にゆっくりと迫って来る、憤怒ふんぬと本気の麒麟きりん

 そんな小さな強敵を前にして、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるを構えながら、戦闘の不可避を覚悟していた。


(⋯⋯互いに人間同士、しかも帝を警護すべき者。鬼の侵略、帝の危機を前にして殺し合うなんて馬鹿げてる。が⋯⋯、かといって話が通じる相手でも無さそうだ)


 それでも麒麟きりんの中の良心の存在を僅かばかり信じて、鎌足かまたりは叫んだ。 


「⋯⋯いいか、聞け麒麟きりん! 今まさにみかどが手強い紅鬼おにに襲われそうになっているんだ! 蒼鬼あおおに紅鬼あかおに羅刹らせつをそこまで圧倒する力を持ちながら、こんな馬鹿な事をしていて良いのか!?」


「⋯⋯あぁん?」


「北番と南番を預かる警備長の少将しょうしょうだろう! 帝を助けに駆けつけるのが宮に務める者の本分ほんぶんじゃないのか!?」


「⋯⋯はぁ?」


「⋯⋯ッ、それに⋯⋯ッ、知っているのか? 御前が従っている中将ちゅうじょうの、あ⋯⋯綾麿あやまろが、⋯⋯死んだんだ」


「⋯⋯はぁあん? 何言ってんだ、御前」


「⋯⋯今この場に、鬼の暴挙を止め、そして帝や御所を守ることのできる強さや刀を持つ者は、私たち二人しか居ないんだぞ⋯⋯?」


 鎌足かまたり言葉それは、願いにも似た響きだった。



 しかしその願いは、呆気無く即座に否定された。


「⋯⋯ったく、五月蝿うるせえ!! 御前の職務怠慢のせいで、大鳥居は崩壊。巻き添えと手柄の横取りを食らった俺は、少将しょうしょうの地位からの降格はほぼ確定なんだよ!」


「⋯⋯御前が少将から降格!? そんなこと、私はどうでもいいッ! それより何で大鳥居の倒壊が私の責任なんだッ!? よく分からないけど、倒れてきたんだ! 断じて私は何もしていない! 手柄の横取りもしていない!!」


「いや、御前の怠慢が原因だ、横取りも言い訳するんじゃねえ! それに中将あいつが死んだ? そんなわけあるか! それに何が帝を守らなきゃ、だ? はっ、くだらねえ」


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯な、何だとぅ!?」



 大鳥居の倒壊の前、綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきに武運拙く討たれ、既に死んでしまったと思い込んでいる鎌足かまたり

 大鳥居の倒壊の後、綾麿あやまろに真剣を使う許可を出され、清涼殿せいりょうでんへ消えていく姿を目にしている麒麟きりん


 紅斬鬼こうざんきから告げられた言葉の真意を知らず、明らかに鎌足かまたりは事実を勘違いしていた。



「⋯⋯あの村雨むらさめ中将あいつが、そう簡単にくたばるわけねえだろ。適当な話をぶち撒けて、俺を動揺させようって腹だろうが、その手には引っ掛かるか! ⋯⋯それにな、中将あいつが本当に死んだのなら、むしろ俺にとっては願ったり叶ったりなんだ!」


「⋯⋯はぁ!? な、な⋯⋯」


中将あいつが消えれば、俺の地位は守れるかもしれねえ。しかも中将ちゅうじょうの座まで空くじゃねえか!」


「⋯⋯な、な、⋯⋯何だって!? 聞き捨てならないッ! 殉死者じゅんししゃ愚弄ぐろうするのかッ!?」


「⋯⋯ふん、それに此処ここだけの話だが、帝の命なんぞもどうでもいいんだ。⋯⋯俺の出世の邪魔になるなら、帝だろうが六歌戦ろっかせんだろうが、誰だって斬り刻むさ!」


「⋯⋯なッ? お、御前! ⋯⋯今の言葉は、帝に対して、いや日本ひのもとに対して、間違いなく反逆罪だぞ!? ⋯⋯先程の警備兵への暴挙と合わせて、絶対に公の場で断罪してやるからな!!」


「断罪だぁ? はっ、清涼殿せいりょうでんに鬼の侵入を許した、とか言ってたなあ! なら御前はもう死罪確定じゃねえか! 死んでどうやって断罪するんだ!? え!?」


「⋯⋯うっ」


「それに御前はな、死罪になるよりも先⋯⋯、そう、たった今、此処ここで俺に殺されて死ぬんだ。もう一度聞くぞ、どう断罪するんだ? ⋯⋯え? 出来るものならやってみろよ! 首を晒された刑場で口だけ動かすのか!?」


「⋯⋯う、う、うう」



 麒麟きりんは対峙した昨日と同じく、棒立ちしたままで右手に持つ真剣を、ゆっくりと肩の位置にまで上げていく。

 そして切っ先で鎌足かまたりを指すように真剣を構えた。


 鎌足かまたりを睨み付ける麒麟きりんの瞳が、その心の奥底に潜ませている野望の全てを声に込める。



「⋯⋯言っとくが御前だけじゃねえ。俺の時流しゅっせを邪魔するなら、⋯⋯一切の遠慮も情けも無く、俺はこの⋯⋯、日本ひのもとをも、斬る!!」



 その言葉に鎌足かまたりは絶句した。


 この少年の本質は、紛れもなく悪だ。

 決して分かり合えない。


 確信が深い失望と怒りを呼び、鎌足かまたりの身体を包む。



「⋯⋯こいつ、正真正銘のくず外道げどうだ⋯⋯」



 そんな軽蔑の言葉ですら、自分への誉め言葉にしか思っていない麒麟きりんが、怒りに震える鎌足かまたりを嘲り笑う。


「⋯⋯さっき鬼を止めるには、俺たちしか居ねえとか何とか抜かしてたなぁ。⋯⋯へっ、鬼は止められたとしても、此処ここには”俺“を止められる奴は、誰も居ねえぞ? 『早く殺してください』って泣いてすがるまでは殺さねえ。ゆっくりと斬り刻んで、この世こそが地獄と思えるくらいの苦痛を味あわせてから殺してやる、覚悟しな」


 そしてゆっくりと前へと歩き出した。

 真剣を気軽にかざしながら歩くその歩行の型は、綾麿あやまろから聞いていた天衣無縫流(てんいむほうりゅう)の名前通りに、奔放で無邪気で、そして無策としか見えない構えだった。


(⋯⋯こいつ、昨日の御所での立ち合いの時と同じに見えるが、微妙に違う⋯⋯。決まりの型を持たないのか)

 

 鎌足かまたりも臨戦態勢に入る。

 鬼切丸おにきりまるを眼前に構え直した。


 歩きながら麒麟きりんが愉しそうに、右の手首を軽く左や右にしならせる。

 それはまるで子供が棒切れと戯れるような、余りにも純粋すぎる仕草だった。


 達人になればなるほど、また世の中の剣技の型を知れば知るほど、未知の構えに出会った時、その剣技への驚異と警戒が一気に増す。


 麒麟きりんかざした切っ先も同様だった。


(型が自由なら、切っ先もまた自由。昨日とは違う動きをするのか、左右どちらに動くか⋯⋯、いや飛び上がるかも!? ⋯⋯全く読めない、⋯⋯だが)

 

 目の前に掲げられながら近づいてくる切っ先は、太刀筋が読めない焦りだけでなく、不気味な威圧感を鎌足かまたりに与えていた。

 鎌足かまたりの脳裏にちらつくのは、蒼鋼鬼そうこうきの身体を削る麒麟きりんの剣技。

 遠くから眺めただけだったが、あの刀捌かたなさばきは人間業にんげんわざとは思えないくらいだった。


(⋯⋯少なくとも麒麟やつの間合いに入ったら駄目だ。麒麟やつ剣技わざは真空の刃で敵をたお鎌鼬かまいたちの流れを組むと見た! 重要なのは間合いだ。麒麟きりんの剣が届かない間合いを取るんだ)


 麒麟きりんが前に進んだ分だけ、鎌足かまたりはじりじりと後ろに退く。


(⋯⋯くそっ、こんな時こそ、間合いの外から攻撃できる鎖鎌があれば⋯⋯!)


 もう一つの相棒、鎌足かまたり得意の鎖鎌くさりがまは、紅斬鬼こうざんきとの戦いの最中に飛ばされたままだった。


 鎌足かまたり麒麟きりんとの一定の間合いを保ち続けながら、庭園の左右随所に目を送る。

 その目は無意識に鎖鎌を探していた。

 先程の意識の混濁こんだくで、傷にも何かの力が働いたのか。

 胸や太腿ふとももからの出血が止まっていたのは幸いだった。


(良かった、まだ少しは動ける⋯⋯)



 近づけば、遠ざかる。

 また近づけば、また遠ざかる。


 鎌足かまたりの取ったのは、蒼鋼鬼そうこうきと同じ、間合いを維持する作戦だった。

 気の短い麒麟きりんの苛立ちは、更に増していく。



「⋯⋯何だ? 鎌足かまたり、逃げてばかりだな、⋯⋯ふん、言っておくが、俺は鬼切丸おにきりまるなんか全然怖くはないからな。昨日俺の白鞘しろさやさえ打ち砕けなかった半刃はんじんの刀なんてまるで興味も無い。⋯⋯俺が目指し欲するのは、もっともっと強い刀。この現世うつしよの全ての邪魔者を一振りで吹き飛ばすことができるような、俺に見合ったしんに強い刀だ」


白鞘しろさや? ⋯⋯ッ、どういう意味だ? そう言えば綾麿あやまろも昨日、麒麟おまえ白鞘しろさやで封じられているとか、本質がどうこうとか、言っていたが⋯⋯!?」


 後ろに下がりながら、鎌足かまたりがすぐに言葉を返した。

 綾麿あやまろに散々卑下された白鞘しろさやまつわる受け答え、そして疑問のままだったその“本質”の意味。

 その疑念を解きたいという意図もあったが、別の理由もあった。


 麒麟あいては得意気で饒舌じょうぜつ

 会話に上手く乗せる事で、鎖鎌を探すときを稼げ、激突を遅らせることができる。

 そしてその間に遠隔攻撃のできる鎖鎌を見つけ、手にする事が出来れば、麒麟きりんを打ち負かすことへの確実性が増す。

 鎌足かまたりの中で、そんな急場の作戦がひらめいていたのだ。



「あぁ? ⋯⋯ふん、昨日御前と殺り合った時に持っていた白鞘しろさやの刀。あれは模造刀もぞうとうだ」


「⋯⋯模造刀もぞうとう!?」


「言ってみりゃ、刃なんて無い、ただの飾りの刀だ。あんな近い間合いで刀を重ねながら、模造刀もぞうとうである事すら見抜けなかった時点で、御前は俺の足元にも及ばねえんだよ、この野良犬以下の雑魚が!」


「⋯⋯な!? ⋯⋯は!? そんな! ⋯⋯い、いや、確かにあれは刀だった! ⋯⋯鬼切丸と刃を競り合った! 御前こそ嘘を言うな!?」


「⋯⋯はっ、どこまでおめでたい頭と目をしてるんだ、御前? 俺や中将あいつみたいな本当の剣の達人、天才はな、手にした物によってはそれをあたかも刃の様に操れるんだ。斬るだけでなく、力加減や角度によっては、相手の攻撃を止めたり受ける事すらできる。御前は昨日、玩具おもちゃの刀と戯れて得意になっていただけだ、この間抜けめ」


(⋯⋯なッ!? そんな事があり得るのか? あれが模造刀もぞうとうだなんて!? ⋯⋯まるで信じられない⋯⋯、普通の刀に見えた。それが本当なら、斬れない刀で鬼切丸おにきりまると渡り合っていたと言うのか? ⋯⋯いや、その前に、鬼をも一撃でほうむ鬼切丸おにきりまるだぞ!? その刃を模造刀もぞうとうで受け止めて、鍔競つばぜり合いをする事まで出来たなんて!?)


 鎌足かまたりは平静を装っていた。

 戦略通りに後退を続けていく。

 しかし内心では気が遠くなる程、動揺していた。


 麒麟きりんの底しれない強さが、氣となり見えない刃となり、空を飛ぶ。

 そして次々と肌に突き刺さっていく。

 そんな異質な感覚を強く感じていたからだった。



 ⋯⋯本当の剣の達人、天才は手にした物によってはそれをあたかも刃の様に操れる。

 斬るだけでなく、力加減や角度によっては、相手の攻撃を止めたり受ける事すらできる⋯⋯。

 


 そんな先の麒麟きりんの声と共に鎌足かまたりの脳裏に浮かぶのは、村雨むらさめ鞘刃さやばを振るう綾麿あやまろの残像。


(⋯⋯あたかも刃のように。⋯⋯ッ、村雨むらさめさやもそうだった。⋯⋯くそっ。御所ここはやはり伏魔殿ふくまでん。⋯⋯とんでもない化け物ばかりだ)



 鎌足かまたりの心を余所よそに、麒麟きりんは薄ら笑みの後、ゆっくりと前傾姿勢を取った。


 蒼鋼鬼そうこうきを苦しめた、“あの”必殺の一歩を踏み出すためだった。



「⋯⋯さあて、お喋りはここまでだ、そろそろこっちから削りに行くぜ。⋯⋯喰らえ。⋯⋯しん 天舞麒麟剣てんまきりんけん!」━━━━。




第67話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第68話「帝の間へ〜後編〜」は、明日6月8日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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