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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第66話  凶刃

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。飛翔する鉄扇てっせんの刃と鉄串が武器。帝の命を狙い、御所内部に侵入中。


 ━━━━(⋯⋯何で、何で麒麟あいつ御所ここに居るんだ?)


 紅斬鬼こうざんきとの戦いを終えた鎌足かまたりの視線は、御所の西の方角に向いていた。

 視界に捉えたのは、蒼鋼鬼そうこうきと戦闘中の麒麟きりんの姿。


 今日は鎌足かまたりが担当する東番。

 麒麟きりんの警備番の日ではない。

 鎌足かまたりが御所に入った際も、間違いなく麒麟きりんは出仕していなかった。


(⋯⋯一体何がどうなって、この状況に? いつから戦いに参加していたんだ、麒麟きりんは⋯⋯、麒麟あいつは性根は腐ってても立場は少将、南北の番頭ばんがしら。この騒ぎを何処どこかで聞きつけ、帝を守るために駆け付けた、ということか!?)


 鎌足かまたりは目をこする。

 そしてもう一度、西の地に目を凝らした。


 やはり見間違いではない。

 蒼鋼鬼そうこうきと対峙しているのは、間違いなく麒麟きりんだった。

 更に驚くべきはその戦況だった。

 

 鬼切丸おにきりまるで斬り裂いてもすぐに元に戻る能力を持つ、閻魔鋼えんまこう

 そんな閻魔鋼えんまこうを全身に備え、圧倒的な強さを誇る蒼鋼鬼そうこうきが今、麒麟きりんの放つ不思議な剣技わざの前に、やはり完全に圧されていた。


 そんなにわかには信じられないような現実を目の当たりにして、鎌足かまたりの頭は更に混乱する。


彼奴あいつ、口だけじゃなくて本当に相当の使い手だったのか!? しかも⋯⋯ッ!)


 蒼鋼鬼そうこうきの胸の皮膚。

 即ち閻魔鋼えんまこうの鉄壁の防御は、どういう訳か深くえぐれ拡がっている。

 更に蒼鋼鬼そうこうきは、片目も無くしているように見える。

 そしてあの何もかもを破壊する凶暴すぎる金砕棒かなさいぼうも、蒼鋼鬼そうこうきの手の中には見当たらない。


(⋯⋯まさか! 信じられない!? あの傷、本当に麒麟きりんが付けたのか!? 私の鬼切丸おにきりまる綾麿あやまろの村雨でも手こずったのに⋯⋯。もしかして”あれ”が、綾麿あやまろが言っていた天衣てんい無縫流むほうりゅう⋯⋯、そして白鞘しろさやの本質、ってやつなのか!? ⋯⋯ッ、蒼鋼鬼あおおに金砕棒かなさいぼうを持っていない理由もよく分からないけど、⋯⋯でも!)━━━━

 

「⋯⋯次はあのあおの血を頂きだ」


━━━━(⋯⋯蒼鋼鬼あいつたおす絶好の機会だ!)




(⋯⋯え?)

 

 心の声の間に割り込むようにして、鎌足かまたりの口から出た言葉。


 ⋯⋯あおの血を頂く。


 それは鎌足かまたりが心で抱いていた言葉とは、似て非なる言葉ものだった。

 

(⋯⋯あ、あれ? 私、まだ何かおかしい⋯⋯、何で思った事と違う言葉を呟いているんだ!?)


 

 ⋯⋯その時。

 


 ⋯⋯どくん⋯⋯

 


 鎌足かまたりの身体のなかで、何かが突き上げた。

 それは胸の奥底が弾けるような、今日だけで三度目となるあの異様な感覚だった。


「⋯⋯あ、⋯⋯うっ」

 

 鎌足かまたり咄嗟とっさに胸を押さえていた。

 胸の動悸どうきは、押さえつけた手をも弾き飛ばしてしまうのではないかと思える程に、異常なまでに熱く速く、そして激しく脈打っていた。


 同時に鎌足じぶんの中にまるで“もう一人の鎌足じぶん”が居るような、そんな不思議な感覚が湧き上がってくる。

 

(⋯⋯あれ? 意識が⋯⋯遠のいていく⋯⋯?)


 鎌足かまたりが困惑と混濁こんだくで目元をゆがませる。

 そして続けざま、愉しそうに口元を緩めた。


 それは無意識の微笑み。

 

 笑みを浮かべた理由は自分でも分からない。

 鎌足かまたりは左手で胸を押さえたまま、ふらふらと前へと歩き出していた。


 右逆手には、鬼切丸おにきりまるを固く握りしめている。

 そしてその脚は鎌足かまたりの意思とは関係なく、何かの力に操られるように、“勝手に”前へ前へと進んでいく。


「⋯⋯やる。私がやる。大切な役目だ」


 傷の痛みや疲労が再び押し寄せてきたのか、それとも心と身体の”剥離はくり“状態を表す現象の一つなのか。

 歩く鎌足かまたりの身体は不安定だった。

 一歩地を踏みしめるごとに、まるで夢遊病者むゆうびょうしゃ死人しびとのように左に右によろけていた。

 しかしそれでも鎌足かまたりは歩みを止めない。

 一歩ずつ一歩ずつ、ゆっくりとゆっくりと速度を速めながら、ただ前だけを見つめて進んでいった。



 鎌足かまたりの身体が向かっている方角は、西。



 その視線の先には、たおすべき蒼い血。

 蒼鋼鬼そうこうきの姿が在った。


 目的となる蒼鋼鬼あいてを改めて視界に捉えた鎌足かまたりは、目をぎらつかせ、鬼切丸おにきりまるを眼前に水平に構え直す。



「⋯⋯必ず、⋯⋯たおす、⋯⋯蒼鬼あおおに」⋯⋯


 

 ⋯⋯その瞬間、鎌足かまたりは溜めていた力を一気に解放するように、激しく地を蹴り、一陣の風となって駆けていた━━━━。


 





 ━━━━この時、東からの鎌足かまたりの接近に、快楽の海に溺れていた麒麟きりんは全く気が付いていなかった。

 無邪気に満面の笑みを浮かべ、ただひたすらに真剣を持つ手首をしならせ続けていた。


「⋯⋯さあさあ!? 心の臓が見えてきたぞ!? これでしまいだ! そしてこの手柄で俺の少将しょうしょうの座も安泰あんたいになる!」


《⋯⋯がが、ぐぅッ!? ⋯⋯俺様の鋼鉄の胸が! 閻魔鋼えんまこうの壁が!? 剥き出しになっていく⋯⋯!?》


 麒麟きりんの刃の削る力の速さに、閻魔鋼えんまこうの回復が間に合わない。

 不壊不死ふえふしの自慢の胸は大きく広くえぐれ、蒼鋼鬼そうこうきの胸からは絶え間なく血飛沫ちしぶきが舞う。

 そして今、胸の陥没状の穴の奥から僅かに覗くのは、生々しく扇動せんどうする濃蒼色のうせいしょくの塊。


 それこそが麒麟きりんの欲する、権力に居座るための手柄もの

 鉄壁の閻魔鋼えんまこうに守護された、蒼鋼鬼そうこうきの心の臓だった。



《⋯⋯ぐぬううぅぅッ!? 俺様の武器は金砕棒かなさいぼうだけだと思うなよ!!》


 追い詰められているとは言え、蒼鋼鬼そうこうきも武力と妖力を高めた蒼鬼あおおに修羅しゅら、ただでは終わらない。

 閻魔鋼えんまこうの成分を含む、巨大な両の拳。

 その残された最後の凶器こぶしを、手根骨しゅこんこつきしみが聞こえる程にまで全力で握りしめ、筋骨隆々とした両腕を左右に広げた。

 そして天を仰ぎ見ると、凄まじい雄叫びを上げた。



《ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!  ⋯⋯喰らえええぇぇぇ!! ⋯⋯双極金砕拳そうきょくかなさいけんッ!!!!》



 蒼鋼鬼そうこうきは今、その巨大な拳を二本の金砕棒かなさいぼうに見立てていた。

 拳を繰り出す目的は、剥き出しになりつつある心の臓の防衛。

 そしてそんな窮地にまで自身を陥れた、目の前の小生意気な人間、麒麟きりんをぶん殴り、全身の骨を粉々に粉砕してやるため。


 左と右の連続拳撃を繰り出すべく、蒼鋼鬼そうこうきが第一撃の左腕と左拳を大きく振りかぶった。

 


「⋯⋯次は徒手空拳としゅくうけんか! 無駄だ! 拳の反撃なんて間に合わない! 身体をけずえぐる方が断然速い! ⋯⋯あぁ、あんな巨大でか蒼鬼あおおにの心の臓を斬り刻むのは、どんな感触かなあ!? きっと硬いだろうなぁ⋯⋯、楽しみすぎるぜ! さあさあ! 遊戯おあそびの終幕だぁぁ!」


 拳が振り下ろされそうになる間でも、麒麟きりん天舞てんまの刃はひらめき続けた。

 今宵の宴を締め括る最後の一献いっこん前の余興よきょうとばかりに、更に鋭さを増した真剣の刃が、僅かに残された蒼鋼鬼そうこうきの左胸を守る閻魔鋼えんまこうすらもえぐり砕く。

 不壊不死ふえふしの全てを破壊する。

 そして今、遂にあらわとなった蒼鋼鬼そうこうきの心の臓に刃が到達する⋯⋯。




 ⋯⋯その瞬間。




 麒麟きりんの視界、右横ひがしの空から不意に現れて、蒼鋼鬼そうこうきに重なっていく人影が在った。


 その人影が狙うのも、麒麟きりんと同様に、腕を振りかぶったことでがら空きになった蒼鋼鬼そうこうきの左胸。



「⋯⋯はぁん!?」


 

 麒麟きりんは思わず声がひっくり返っていた。


 ⋯⋯”何か“のきらめきを手に、空を舞う人影。


 それは先程の振動で倒壊した石燈籠いしどうろうを踏み台にして、空高く飛び上がった鎌足かまたりだった。



「⋯⋯なッ? ⋯⋯か、鎌足かまたり⋯⋯!?」



 鼻息荒く攻勢をかけていた麒麟きりん

 そのときが止まった。

 開いた口が塞がらない。

 勝ち誇った恍惚こうこつの笑みも、一瞬にしてぴたりと止まっていた。


 月明かりの下、飛翔する鎌足かまたりの右手には、逆手で鬼切丸おにきりまるが握られている。

 その刃のきらめきが、鎌足かまたりが今”何をしようとしているのか“を、麒麟きりん如実にょじつに教えていた。



「⋯⋯なッ!? お、御前また⋯⋯じゃ⋯⋯じゃ⋯⋯じゃじゃ⋯⋯邪魔をぉ⋯⋯ぉぉぉ⋯⋯!? ⋯⋯俺の愉しみと手柄をぉぉ、邪魔するなあああああぁぁぁぁぁッッ!!」


「⋯⋯今なら、今なら閻魔鋼えんまこうを、蒼鋼鬼こいつを、たおすことができるッ!! ⋯⋯うおおおおおおおぉぉぉぉぉッッ!!」


 

 夜空に麒麟きりんの叫びが虚しく響き、鎌足かまたりの叫びが熱く響く。

 空中で身体をひるがえした鎌足かまたりは、蒼鋼鬼そうこうきの心の臓に向けて鬼切丸おにきりまるを思い切り突き刺した。



《⋯⋯ぐがぁッ!? がああああああぁぁぁぁッッッ!!》


「⋯⋯ッ! 今度こそ真の手応えありッ⋯⋯⋯!」



 鎌足かまたりの一撃とほぼ同時だった。

 蒼鋼鬼そうこうきの振り上げた左腕。

 その渾身の拳が鎌足かまたりを襲う。


「⋯⋯ああッ!?━━━━⋯⋯⋯⋯」


 麒麟きりんの見開いた目、その視界の中。

 激しい激突音と共に、鎌足かまたりが一瞬にして⋯⋯消えた。



 一方の麒麟きりんの刻は止まったままだった。

 完全にほうけていた。

 お愉しみのひとときを、突然に略奪された。

 その動揺の大きさで、天舞てんまの攻撃の手もまた完全に止まっていた。

 蒼鋼鬼そうこうきに向けてあれだけ猛威を奮っていた右手は、今はだらんと下に垂れ、何も無い地面に刃を向けている。

 

「⋯⋯お、⋯⋯まえ、⋯⋯あ、ああ、⋯⋯あああ、あ」


 口をぽっかりと開け、青ざめた表情のままで無念の言葉をぼそぼそと呟く。

 そればかりか見えない何かに救いや助けを求めるように、震える左手を宙に差し伸べていた。

 そして無意識と無防備のまま、麒麟きりんはふらふらと前に歩き出した⋯⋯。


 ⋯⋯と同時だった。


 蒼鋼鬼そうこうきの連撃の第二発目。

 振り上げた右腕と巨大な拳が、次は麒麟きりんを襲っていた。


「⋯⋯ふがっ!?━━━━⋯⋯⋯⋯」


 霞んでいく蒼鋼鬼そうこうきの視界の中。

 激しい激突音と共に麒麟きりんも一瞬にして⋯⋯消えた。



 左胸を鬼切丸おにきりまるで貫かれた蒼鋼鬼そうこうきの拳は、せいの残り香を僅かにまとった肉体の最後の反射的な動きだった。

 拳に乗せた力は、かなり弱まってはいる。

 とは言え、蒼鋼鬼そうこうき巨躯きょくによる魂心こんしん剛拳ごうけん

 ほぼ真正面から食らってしまっては、小柄な体躯たいくの二人はただでは済むはずもない。

 鎌足かまたり麒麟きりん、二人共に相当な遠くまでふっ飛ばされていた。



 鎌足かまたりが弓なりに宙を舞う。

 地に落下した後も、背中で地を滑っていく。


 一方の麒麟きりんはと言うと、鎌足かまたりよりも勢い激しく、宙を錐揉きりもみしながら舞っていた。

 地に激しく叩きつけられて大きく弾むと、そのまま地を大きく滑る。

 そして御所を取り囲む土塀とべいに頭からぶつかり、その身体はようやくにして止まっていた。

 その激突の勢いたるや凄まじく、土塀どべいの一部は完全に倒壊し、白灰の土煙をあげている。


 本来の麒麟きりんなら、難なく避れていたはずの拳。

 愉しみを突然に奪われて呆然ぼうぜん自失状態、口惜しさで完全に上の空だった麒麟きりんは、蒼鋼鬼そうこうきの右の拳をまともに受けてしまっていた。


 相当な一撃を食らった麒麟きりんとは反対に鎌足かまたりの方は、横から攻めた角度と、蒼鋼鬼そうこうきが左眼を失っていたことが幸いしていた。

 蒼鋼鬼そうこうきの左側の焦点が、幾分かずれていたのだ。

 左拳の直撃を避け、かするようにして当たったのは、咄嗟とっさかざした腕だけだった。

 骨などに損傷は無い。

 何とか打撲だけで済んでいる。


 それでも地に落ちた衝撃は、それ相応なものだった。

 頭を打ち付けてしまった鎌足かまたりは、激しい頭痛に襲われて、頭を抱えてうずくまっていた。



「⋯⋯あ、い、痛たた⋯⋯、あ、あれ?、⋯⋯私、今まで何を? 確か紅斬鬼こうざんきたおして⋯⋯、鬼と戦っている麒麟きりんを見つけて⋯⋯、その後は⋯⋯⋯えっと⋯⋯、あ⋯⋯ッ! そうだ! 蒼鋼鬼そうこうきは!?」



 鎌足かまたりは飛び跳ねるようにして辺りを見渡した。

 その表情や手脚の感覚に、先程までの違和感は無い。

 蒼鋼鬼そうこうきの一撃が、“気付きつけ”になったのだろう。

 意識の混濁こんだくは既に収まり、心と身体が一致した元の鎌足かまたりの状態に戻っていた。


 蒼鋼鬼そうこうきの断末魔の叫び声の余韻が残る背後を、鎌足かまたりが振り返る。



 鎌足かまたりの居る場所から少し離れた地。

 視界に入った仁王立ちの蒼鋼鬼そうこうきは、今まさに不壊不死ふえふしの終焉を迎えようとしていた。

 その巨躯きょくは全身、おおの濃い霧に包まれていた。

 鎌足かまたりがとどめを刺した胸だけに限らず、残された右眼も暴力の限りを尽くした両の腕も、全身のありとあらゆる場所から土気色つちけいろをした閻魔鋼えんまこうの残骸が、どろりと溶け落ちている。

 そして止まっていたときが一気に押し寄せ動き出したように、その身体はみるみるうちに痩せこけて肉が削げ落ち、立ち尽くしたまま巨大な人骨の姿と化していった。

 

 蒼鋼鬼そうこうきの胸に突き刺さっていた鬼切丸おにきりまるが、蒼鋼鬼そうこうき頭蓋骨ずがいこつ肋骨あばらぼねなど大小多くの骨に混ざりながら、地上に落ちていく。

 鬼切丸おにきりまるの刃が地に刺さったとほぼ同時だった。

 最後は一陣の風に吹かれた砂の城のように、蒼鋼鬼そうこうき巨躯きょくは全てが跡形も無く、この世から消滅していった。



 その瞬間、戦況を固唾かたずを呑んで見守っていた何人かの警備兵たちが、一斉にどっと沸いた。

 皆が涙ながらに歓声を上げている。

 警備兵たちの戦意を喪失させ、恐怖を植え付けてきた凶暴巨躯の蒼鋼鬼そうこうき

 その消滅は、この場に生き残る数少ない警備兵たちにとっても、何ものにも代えがたいこの夜一番の格別の瞬間となっていた。


 そんな警備兵たちの喜びの声と、地に刺さる鬼切丸おにきりまるを見て、鎌足かまたりの心にもやっと蒼鋼鬼そうこうきが消滅したという実感と、勝利の喜びが込み上げてくる。



「⋯⋯やった。⋯⋯やったんだ! あの化け物⋯⋯、閻魔鋼えんまこう蒼鬼あおおにを遂にたおしたぞぉぉぉおおおおおおお!!」



 気付けば鎌足かまたりは大声で叫んでいた。

 そして強敵を撃退できた安堵から、鎌足かまたりの顔も自然と綻ぶ。

 その心も周囲の状況を確認できるほどに、落ち着きを取り戻していた。


 乱戦が始まった時に居た五十人の警備兵、そして蒼鬼紅鬼おおおにあかおにそれぞれに三鬼の修羅しゅらと二十の羅刹らせつ

 百に近い数の人と鬼が入り混じった大乱戦だった。

 しかし今は、残された人と鬼は目算できる程までに減っている。

 戦いの始まりの時とは比べものにならないくらい、御所内は人の影も鬼の影もまばらになっていた。


 その時、鎌足かまたりの活躍に感銘を受けた三人の若い警備兵が、喜びを分かち合おうと鎌足かまたりの元に走り寄ってきた。


「⋯⋯凄いです! 鎌足かまたりさん!! 見てましたよ! 強い女の紅鬼あかおにに続いて、あんな巨大な蒼鬼あおおにまでたおすなんて!」

「⋯⋯最後の蒼鬼あおおにたおした跳躍の美しさ、強さ! 惚れ惚れするくらい本当に凄かったです! こんな小さい身体なのにふところに飛び込む勇気も! 本当に大した御方だ」

「⋯⋯お怪我けがは大丈夫ですか、鎌足かまたり殿? ⋯⋯残りの鬼たちはあと僅か。鎌足かまたりさんが居れば百人力、いや千人力だ。ぜひ私たちも一緒に戦わせてください!」


「⋯⋯ま、まあ、それほどでもぉ。⋯⋯にはは。⋯⋯あ、ありがとう。皆さん」


 照れた鎌足かまたりが頬を赤らめた。

 三人ともが鎌足かまたりを心から案じ、そして敬意を見せてくれている。

 その想いが真摯しんしに伝わってくる。


 慕い寄り添うその三人の姿に鎌足かまたりは今、共に江戸を旅立った亡き仲間たち三人の姿を重ねていた。

 甚左じんざ平次へいじ大吾だいご

 もし彼らが生きていて一緒に戦っていたなら、きっとこの三人と同じような言葉をかけてくれたはずだった。

 そして共に勝利の喜びを、こうして分かち合っていただろう。


 甚左じんざたち三人の顔が自然と浮かんで、鎌足かまたりの目頭や胸が熱くなる。


 今、鎌足かまたりの胸に去来きょらいするのは、先程までの妖しく不思議な動悸どうきでもない。

 昨日や服毒の一件から続く、悶々とした淀んだ心でもなかった。

 優しくて、爽やかで、そして温かな気持ち。


 見ず知らずの初対面の三人だが、鎌足かまたりはその心の中に、不思議な親しみが自然と湧き上がるのを感じずにはいられなかった。



「⋯⋯とりあえず三人共みんな、大きな傷は受けてはいないみたいだね。⋯⋯よし。まだ暴れている残りの蒼鬼あおおに紅鬼あかおにたおさなきゃなんだけど、実は帝の御命が危ないんだ」


「⋯⋯えっ、まさか清涼殿せいりょうでんに鬼が!?」


「そのまさかなんだ。⋯⋯紅鬼あかおに手強てごわ修羅しゅらが一鬼、既に清涼殿せいりょうでんに侵入したのをこの目で見た。木の枝や草を操る妖力を持つ薙刀なぎなた蒼鬼あおおにの女も、もしかしたら既に清涼殿せいりょうでんに足を踏み入れているかもしれない」


「⋯⋯それは本当ですか!?」

「⋯⋯っ、一刻を争う一大事じゃないですか⋯⋯」


「⋯⋯本当に情けないなぁ、東番頭ひがしばんがしらなのに。こんな失態。⋯⋯は、はは。⋯⋯約定きまりによると、私はたぶんもう死罪確定だ」


「⋯⋯そんな! 鎌足かまたりさんに非はありませんよ! 帝のために命を投げ出して、こんなに強い鬼をたおしているのに! ⋯⋯ッ、安心してください! 皆で鎌足かまたりさんを擁護する署名を募りますよ!」

「その通りです! こんなに傷だらけになって戦っているのに、死罪なんてあまりにも無慈悲。重すぎます!」


「⋯⋯ありがとう。⋯⋯でも、その話は帝を守り抜いてからだ。⋯⋯さあ、親衛隊しんえいたい以外は立入禁止なんて言っている場合じゃない。今すぐに清涼殿せいりょうでんに急がないと!」


「⋯⋯本来は清涼殿せいりょうでんの奥は禁忌きんきなのですが⋯⋯、確かに。帝の命が最優先。鎌足かまたりさんが命をすなら、私たちもお供致します」

「⋯⋯私も! 戦うぞ!」

「⋯⋯私もです。さあ、鎌足かまたりさん、肩を貸しましょう、どうぞ」


「⋯⋯みんな。⋯⋯嬉しいなあ。本当にありがとう」


 鎌足かまたりは堪忍袋の緒が緩みやすいが、涙袋の方も同じだった。

 三人の言葉を前にして鎌足かまたりの瞳は今、夜露よつゆのような輝きを見せていた。


(⋯⋯おっと、ここで泣いたらさまにならないぞ)


 目元を力強く腕で擦った鎌足かまたりが、目を兎のように真っ赤にしながら呟く。


「⋯⋯ん、⋯⋯よし、行こうか」


 鎌足かまたりは一人の警備兵の肩を借りると、御所に向けてゆっくりと歩き出した。




 ⋯⋯その時だった。




 鎌足かまたりたち四人に、唐突に声を投げかける者がいた。


 それは明らかな憎しみやねたみ、そして怒りの詰まった声だった。



「⋯⋯おい、お前等まえら。さっきから黙って聞いてりゃ、誰が蒼鬼あおおにたおしたって? ⋯⋯ふざけるなよ、人の手柄、地位、愉しみ、全部横から奪いやがって⋯⋯」



 ⋯⋯それは憤怒ふんぬの念を包み隠さずさらけ出す、血塗ちまみれの麒麟きりんだった。



「⋯⋯いい度胸だ、やってくれるじゃねえか、鎌足かまたりぃぃ。この顔、この痛み、どうするんだよ。御前が横から邪魔したせいだ」



 その左頬や左眼辺りは相当に腫れあがり、鼻やあごの骨でも折れたのだろうか、口と鼻からはおびただしく出血している。

 綾麿あやまろから渡された真剣は、蒼鋼鬼そうこうきに殴られた勢いで、何処どこかに飛んでいってしまったらしい。

 たった今、何処どこかで拾ったばかりの別の真剣を、震える右手に固く握りしめていた。



(⋯⋯あっ、⋯⋯き、麒麟きりん!?)


 勝利の余韻に浸るあまり、鎌足かまたりたち四人は麒麟きりんの存在などすっかり忘れていた。


 そんな忘却すらも絶対に許せないと言わんばかりに、鎌足かまたりの前に現れた麒麟きりんの表情は、まさに“凄まじい”の一語に尽きた。


 怒りに打ち震え、眼は真っ赤に血走り、鎌足かまたりをひたすらに鋭く睨み付けている。

 そしてたんを吐くように、蒼鋼鬼そうこうきの拳の衝撃で抜けた奥歯を荒々しく吐き出した。


「⋯⋯ひぃっ、⋯⋯くち少将しょうしょう様⋯⋯だ」

「⋯⋯あ⋯⋯あ⋯⋯、⋯⋯しょ、少将しょうしょう様⋯⋯」

「⋯⋯少将しょうしょう様も、⋯⋯お、お怪我はありませんか」


 三人の警備兵たちの動揺は明らかだった。


 鎌足かまたり清涼殿せいりょうでんでの昨日の出来事、因縁を思い出していた。

 逆らったら何をされるか分からない、表裏の激しい性格。

 表の人懐こい笑顔に隠した、裏の残虐性。

 位に固執こしつした、格下の者たちに対する傍若無人ぼうじゃくぶじんぶり。


 案内役同様に警備兵たちも全員、かねてから麒麟きりん裏表それには気付いているのだろう。

 普段から麒麟きりんという存在を恐れている事が、この三人の態度や仕草を通じて伝わってきた。



「⋯⋯くち少将しょうしょう麒麟きりん⋯⋯様。⋯⋯貴方あなたは⋯⋯」


 相手は少将しょうしょう

 南北の番頭ばんがしらである上に、従四位下じゅしいのげ位階いかいも持っている。

 鎌足かまたりは表向きは仮初かりそめの敬語を使いながらも、麒麟きりんを鋭い目で睨み返した。



「⋯⋯鎌足かまたりぃ、何だ、無官むかんの分際で何だその眼はよ? ⋯⋯まぁ、昨日の事もある。御前おまえの処罰はお愉しみ、後回しだ。まずはそこの三人に俺への無礼のとがの罰を下さなきゃだな」


「な⋯⋯!? こんな大事の時に何を言ってるんだ!?」


 鋭い眼差しだけではない。

 その思考も語る言葉も、麒麟きりんは昨日と何ら変わっていなかった。

 昨日と同じく、それはあまりにも横暴で身勝手な自分本位の断罪だった。


「⋯⋯え? とが? し、少将しょうしょう様!? これはあの⋯⋯」

「⋯⋯少将しょうしょう様、誤解です、私はそんなつもりでは」

「⋯⋯そう、誤解です。どうか気をお鎮めください」


 麒麟きりんが念のため辺りを見回す。

 今、この場には上官である綾麿あやまろ兼季かねすえも居ない。


 そんな願ったり叶ったりの事実と、蒼鋼鬼そうこうきに殴られた傷と痛みが、麒麟きりんを更に増長ぞうちょうさせる。


「⋯⋯ふん、そうか、これは誤解かぁ。そうかそうか、ごかい、⋯⋯五回、この刀で斬られる罰を甘んじて受ける、⋯⋯って言うんだな? ⋯⋯あははは、そうかそうか、見上げた咎人とがびとどもだ」


「ひっ⋯⋯!」

「⋯⋯!?」

「⋯⋯しょ、少将しょうしょう様!?」


 警備兵三人の顔が一斉に強張こわばり、凍りつく。

 三人ともが鎌足かまたりに助けを求めるように、そして鎌足かまたりの背後に隠れるように、じりじりと後退りしていく。



「⋯⋯ッ? ⋯⋯おい! 少将しょうしょうさま、冗談はやめ⋯⋯」


 言いかけた鎌足かまたりの言葉が止まる。



(⋯⋯!? 麒麟こいつの目。⋯⋯本気だ)



 昨日の夕刻、案内役を斬ろうとした麒麟きりんの姿が、鎌足かまたりの脳裏をよぎった。

 


 ⋯⋯次の瞬間。



 鎌足かまたりは警備兵二人を突き飛ばし、一人に体当たりしていた。

 麒麟きりんは真剣を握りしめる右手首を、五重いつえに三度、しならせた。



 景色が五重いつえに揺らぐ。

 そう思った瞬間、体勢を崩した鎌足かまたりの左右を、得体の知れない衝撃が吹き抜けていった。

 鎌足かまたりの忍装束の左右の二の腕に、刃の鋭い痛みが走る。

 


 麒麟きりんの眼の”本気“を悟った鎌足かまたりは、一瞬の判断と機転で警備兵三人の救出に動いていた。

 

 とは言え、今は手裏剣を懐に忍ばせているだけの、ほとんど丸腰。

 しかも守るべき者は、昨日の案内役のような一人ではない。

 三人は麒麟きりん天舞てんまの衝撃波の直撃を免れつつも、決して無傷ではなかった。

 一人は背中を深々と斬られてうつ伏せのまま倒れ込み、また一人は肩口を大きく斬られ、肩を抑えながら痛みに顔を歪ませている。

 そしてもう一人。

 両掌で顔を覆った三人目の警備兵の指間から覗く顔面は、まるで焼けた網目を押しつけられたような細かい傷に満ち、血塗ちまみれになっていた。

 

 三人は重傷を負っているものの、何とか一命だけは取り留めていた。

 鎌足かまたりが対処しなければ、恐らくこの三人の警備兵は今頃は、誰が誰かも分からない程に柘榴ざくろのように斬り刻まれていただろう。


(⋯⋯ッ、何てことを!?)

 

 幸いにして鎌足かまたり自身の二の腕の傷は、表皮を僅かに掠っただけで済んでいた。


(⋯⋯それにしても、何て凄い剣技わざだ。そうか、この剣技わざ蒼鋼鬼あいつを削っていたのか!?)


 あまりの衝撃的な剣技わざと非道さを前にして、鎌足かまたりの額を困惑と動揺の汗が伝う。

 そんな鎌足かまたりを憎々しそうに睨みながら、麒麟きりんは怒鳴り声を上げた。



「⋯⋯おい、鎌足ぃぃい、御前はどこまで俺のやりたい事を邪魔すれば気が済むんだ!? また刑の執行を邪魔しやがって!」


「⋯⋯な、何だとぉ!? 」


「⋯⋯ふん、まだ約束の半刻はんときまでは十分に時間はあるな。⋯⋯よぉし、順番変更。先に御前からだ、鎌足かまたりぃ。手柄や愉しみの横取りの罪と、この殴られた傷の痛み、そして昨日の悪戯おいたも合わせて、きっちりその身体で落とし前を付けてもらうからな」



 昨日と同じ一方的な因縁を押し付けてくる麒麟きりんを前に、鎌足かまたりは湧き上がる感情の波に身体を震わせていた。


 鎌足かまたりにとっては、初めて会う三人の警備兵を傷つけられた、ではない。

 大切な仲間を傷つけられたことに等しかった。


 だからこそ鎌足かまたりの頬には今、不快な汗だけではなく、悔し涙までが伝っていた。


 怒りに満ちた鎌足かまたりの心が、麒麟きりんという存在を激しく拒絶する。



「⋯⋯お、御前ッ! 何を言ってるんだ、自分が今何をしたか理解しているのか!? ⋯⋯今刃を向けたのは、人間だぞ。共に鬼と戦う仲間だぞ? それを何故なぜ斬った!? あんなくだらない理由でか!?」


「⋯⋯あぁん? ⋯⋯俺への無礼は、帝への無礼も同じだ。俺にひざまずいて鬼を斃した感謝を告げる前に、手柄横取りの盗人ぬすっと、しかも無官の御前に尻尾を振ったばかりか、肩までも貸しやがって。死罪しかねぇだろが」


「そんなくだらない理由で⋯⋯!?」


「⋯⋯は!? くだらない、だと!? 勝手に決めるんじゃねえ! 誰も御前の意見なんて聞いてねえ! 俺が気に食わない、そう判断した奴等は皆、万死ばんしに値するんだ! ⋯⋯これがこの麒麟ごしょの決まりだ! 覚えておけ!」


「⋯⋯くッ、さっきは綾麿あやまろを鬼だと断罪したが、間違っていた。⋯⋯少将しょうしょう⋯⋯いや、麒麟きりん。御前こそが人の皮を被った鬼だ。鬼畜生おにちくしょうだ! ⋯⋯この人非人にんぴにんめ!!」


「⋯⋯は? 更に侮辱ぶじょくとがも上乗せか? ⋯⋯ふん、いいか、よく聞け。鬼には葬魂そうこんの術があるんだ。その三人も鬼に身体を乗っ取られて、可哀想だから殺しました、って言えば、中将ちゅうじょうも大将も大臣どもだって、誰も分かりゃしねえ。⋯⋯生みの親みたいな綺麗事ばかり言って、これ以上俺を怒らせるな!」


 力強く我を貫いた麒麟きりんが、大きく顔をゆがませる。


「⋯⋯麒麟きりん、御前、今まで一体どういう生き方をしてきたんだ? そのよこしまな考えは死ななきゃ治らないのか」


 鎌足かまたり麒麟きりんと同じだった。

 これ以上はどんな話をしても無駄だ。

 そんな確信と共に、苦々しく顔をしかめた。



 ⋯⋯その時だった。



 麒麟きりんの傍に近づいてくる、二つの禍々しい影。


 それは戦いの最中の蒼鬼あおおに羅刹らせつ紅鬼あかおに羅刹らせつだった。

 激しくほこと刀を交わらせ、麒麟きりんの方へと動きながら、一進一退の斬撃の応酬を繰り返している。


 間近に迫るあおあかの刃のひらめき。

 その攻防を一瞥いちべつした麒麟きりんの顔が、更に険しくゆがんだ。



「⋯⋯あぁ、人間どいつこいつも。この世は本当に鬱陶うっとおしい奴等やつらばかりだ⋯⋯。⋯⋯邪魔なんだよ、皆。⋯⋯俺の進むべき覇道みちを、映えある出世を⋯⋯、妨げる奴は、皆、⋯⋯邪魔なんだよッ!!」



 そう言い放つや否や、麒麟きりんは真剣を手に宙を舞っていた。

 それは鎌足かまたりの眼でも追い付けない、恐るべき速さだった。

 鎌足かまたりの眼が麒麟きりんの飛翔に追い付いた時。

 既に蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの首は、無かった。


 蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの首をねた麒麟きりんは、狩衣かりぎぬの袖をひらりとなびかせ着地すると、まばらになった蒼鬼紅鬼おにたちの乱戦の中に、一人飛び込んでいった。


「⋯⋯⋯⋯━━━ふふふふ、はっはっはっはっは!!!!」


 不気味に高笑いする麒麟きりんにとって、蒼鬼あおおに紅鬼あかおにも関係は無い。

 次から次へと手当たり次第に、目の前に在る鬼の顔を斬り刻んでいった。


 蒼鬼あおおにを真っ二つに斬り裂く。

 そのむくろ足蹴あしげに飛び上がる。

 そしてすぐ近くにいた紅鬼あかおにの顔を柘榴ざくろに変える。


 信じられない速さで地を駆け、身体をひるがえし、何度も宙を舞い、地上から上空から、麒麟きりん天舞てんまの技を絶え間なく繰り出した。

 その手首と刃がしなりを見せる度に、無残な二色の肉塊にくかいの山ができていく。



「⋯⋯あぁ、⋯⋯真剣での斬り心地はやっぱり最高だ。⋯⋯ぅぅぉぉおおおお、⋯⋯死ね! ⋯⋯死ね! ⋯⋯蒼鬼おまえも死ね! ⋯⋯紅鬼おまえも死ね! 其処そこ蒼鬼おまえもだ! ⋯⋯邪魔者はみーんな、⋯⋯死ね!! 死んでしまえ!!」



「⋯⋯ッ!? こいつ⋯⋯、何て禍々しい邪剣じゃけん凶刃きょうじんなんだ、⋯⋯これが天衣無縫流てんいむほうりゅう!?」


 鎌足かまたりはそんな麒麟きりんを唖然と見つめながら、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 


 麒麟きりんと言う一人の少年の中に潜む、狂気の凄まじさ。

 それを目の当たりにした鎌足かまたりは今、ただひたすらに“人という生き物の業”への畏怖いふを感じずにはいられなかった。

 

 乱戦の中を生き残っていた、他の残り僅かな警備兵たちも鎌足かまたりと同様だった。

 麒麟きりんの余りもの形相ぎょうそうと残虐な剣技に腰を抜かした者、頭を抱えてうずくまる者。

 その場に居合わせた全ての人間が、この狂気の刃の嵐が収まる時を待つしかなかった。



 鎌足かまたりはまだ痛む胸を押さえ、左脚を引きずりながら、蒼鋼鬼そうこうきたおした場に歩いていった。

 その心は来たるべき嵐の収束、そして”その後“に巻き起こるであろう、もう一つの大きな嵐への備えに向いていた。

 鎌足かまたりは地に刺さっていた鬼切丸おにきりまるを抜き、再び逆手に身構える。



 本当の嵐の到来を待つ鎌足かまたりの背筋を走るのは、恐ろしいまでの麒麟きりんの闘気。

 それはともすれば、紅斬鬼こうざんき蒼鋼鬼そうこうきと対峙した時に感じた恐怖や焦りを上回っているかもしれなかった。




 ⋯⋯そして嵐は収まった。




 静寂の夜の闇を、嵐が残した蒼紅あおあか瘴気しょうきの霧が色鮮やかに彩っていた。

 切り刻まれすぎて軽くなり、蒼紅あおあかの肉塊がひらひらと宙を舞う。

 地上だけではない。

 夜空に浮かぶあおあか羅生門らしょうもん邪道じゃどう

 その残っていた渦のほとんどが今、流星のように落下し、粉々に砕け散っていく。


 それはまるで粉雪と花火の饗宴きょうえんのような幻想的な情景だった。


 見た者全てがまるで異界にでも迷い込んだような錯覚を覚える景色の中、蒼紅そうくの霧の中から麒麟きりんがぼんやりと姿を現した。

 そして手に真剣を握ったまま、ゆっくりと鎌足かまたりの方へ歩き出した。


 そのきらめく瞳に宿すのは、邪気、殺気、闘気、狂気⋯⋯。

 麒麟きりんの中の全ての煩悩が、見えない刃に変わり、今、鎌足かまたりだけに向けられていた。


 ゆっくりと迫ってくる麒麟きりんを前に、鎌足かまたりは決して認めたくない一つの事実を、改めて理解していた。



(⋯⋯ッ! ⋯⋯麒麟こいつ、この眼、この氣⋯⋯、あんなに苦戦してたおした紅斬鬼こうざんきよりも、格段に強い⋯⋯!?) 



 一歩ずつ鎌足かまたりに忍び寄りながら、麒麟きりんが無邪気に狂わしく”にたり“と笑う。



「⋯⋯はははは、邪魔者はみーんな消えた。昨日からずっとこの時を待っていた⋯⋯。これでゆっくりと御前を斬り刻める。⋯⋯真剣を使った俺の真の天舞麒麟剣てんまきりんけん。その頭の先から四肢ししに、足の爪先つめさきに至るまで。御前の全てを細切れにして、野良犬の餌にしてやるよ⋯⋯」━━━━。







 ━━━━この時。



 蒼鬼あおおに紅鬼あかおにも、庭園内に生き残っている羅刹らせつは皆無となっていた。


 あお修羅しゅら二鬼、羅刹らせつ二十鬼、消滅。

 あか修羅しゅら二鬼、羅刹らせつ二十鬼も、消滅。


 夜空に残る羅生門らしょうもんは、蒼の邪道じゃどうが一つと、あか邪道じゃどうが一つ。

 この一際大きな修羅しゅらの渦、ただ二つを残すのみになっていた。



 鎌足かまたり麒麟きりんの因縁の死闘が幕を開けた頃。


 御所深部、清涼殿せいりょうでんの更に奥。



 夜御殿よんのおとどに抜ける迷宮のような回廊内では、帝の命を巡る人間と蒼鬼紅鬼おにとの最終決戦が、繰り広げられていた━━━━。




第66話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第67話「帝の間へ」は、6月7日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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