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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第65話  紋章

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━《⋯⋯御前! ⋯⋯その血に何を混ぜた!? ⋯⋯いや、何が混ざっている!? ⋯⋯御前はまさか!》


 鬼紅葉おにこうよう紅斬鬼こうざんき命令めいではなく、自らの意思でむち型から通常の野太刀の型へと、半端はんぱに変化を解いていた。

 紅斬鬼こうざんきの顔に明らかな動揺が浮かぶ。

 大切な相棒が苦汁を舐めさせられた。

 そんな怒りにも身体を震わせながら、紅斬鬼こうざんき鎌足かまたりを睨み付けた。


 紅斬鬼こうざんきの視線の先。

 鎌足かまたりは目を合わせることもできずに、ぐったりと項垂うなだれていた。

 鬼切丸おにきりまるを握る手と腕をだらりと下げ、見るも虚ろな姿で立っていた。


 それはまさに呆然自失ぼうぜんじしつという言葉がぴったりと当てはまる程に、誰が見ても”亡者“となる一歩手前、生気を失った瀕死の状態に見えた。


 しかし明らかに亡者とは異なる、生者の証となる兆候ものもあった。


 それはまだ輝きを喪っていない、地を見つめる瞳⋯⋯。



 ⋯⋯今、その瞳が何かに覚醒めざめるように、妖しくきらめいた。

 鎌足かまたり心臓むねが“どくん”、と大きく鼓動する。



 遠くからか、近くからかも分からない。


 外からなのか、内からなのかも分からない。


 ただ、何処どこからか声が聞こえた。




(⋯⋯オモイダセ、ソノチヲ、ココニイルイミヲ⋯⋯)

(⋯⋯オモイダセ、ソノミニ、ヒメシ、チカラヲ⋯⋯)




 そんな声の後。




 ━━━━鎌足かまたりの中で、また“何か”が弾けた。




 項垂うなだれたまま、鎌足かまたりの口だけがゆっくりと動く。

 その声は何処どこか、⋯⋯愉しそうだった。



「⋯⋯久々に血を抜かれて、少しだけ目が覚めたよ。⋯⋯どうだ? ⋯⋯私の血は美味かったか? ⋯⋯え? 紅鬼あかおにさんよ?」

 


 そして、鎌足かまたりは思った。



⋯⋯(⋯⋯あれ? 綾麿あやまろに向かった時と同じだ。また勝手に口が⋯⋯。言葉が胸の奥から自然と沸き上がってくる。そんなこと喋るつもりも無いのに何で⋯⋯)⋯⋯



 自身の心の奥から沸き上がってくる、もう一人の自分の存在。

 激しい動悸と共に全身に感じる、不思議で奇怪な二重の感覚。


 それはつい先刻、綾麿あやまろに鎖の技を弾かれ、追い詰められた時に芽生えた感覚、朦朧もうろうとした意識、そして心の奥がうずくような鼓動と全く同じだった。


 二回目だからだろうか。

 胸の高鳴りは、今回の方が強く感じる。



⋯⋯(⋯⋯私もしかして、窮地を愉しんでいる?)⋯⋯



 受けた身体の傷が癒されていくような、不思議な気力や闘志もみなぎってくる。

 しかしその反面、心だけでなく自分自身の全てが支配されていくのではないか。

 そんな負の感情も入り混じる。



 鎌足かまたりは今、生きるか死ぬかの戦いの中に身を投じている高揚感に包まれながら、言いようもない不安と戸惑いにも囚われていた。



 そんな鎌足かまたりの脳裏に突如として浮かんでくるのは、鬱蒼うっそうとした紅葉こうようの木々。

 血がしたたる枝葉。

 枝に引っ掛かる、無数の亡骸むくろ



 もう一人の鎌足かまたりが呟く。


「⋯⋯あの鬼紅葉むちの記憶が、こっちに流れこんできたか」



 あかの深い森の情景は、鎌足かまたりの視界一面どこまでも広がっていた。

 その最深部に鎌足かまたりの心は在った。

 おびただしい数の亡者の血を吸い、深いあかに染まっていく大木が、鎌足かまたりにははっきりと見える。


⋯⋯(⋯⋯この森、⋯⋯鬼たちの森? ⋯⋯あの女紅鬼あかおにと関係のある森? ⋯⋯でも、何で? ⋯⋯私は知っている? ⋯⋯行った事がある? ⋯⋯ただの夢? ⋯⋯死ぬ前に見る幻? ⋯⋯それとも⋯⋯、私の記憶?)⋯⋯



 自分が自分でないような意識の混濁こんだくの中でも、鎌足かまたりの心は次第に落ち着いていった。

 胸の刺し傷、太腿や肩の傷をはじめ、戦いで受けた痛みは不思議にもいつの間にか和らいでいた。


 手や足に力や想いが伝わっていく。

 それが今ははっきりと分かる。



(⋯⋯手足が動く。⋯⋯まだ戦える)





 ━━━━《⋯⋯ッ、ちぃっ! 鬼紅葉おにこうようが血を拒絶するとは!? ⋯⋯御前は一体!?》



 鬼紅葉おにこうようの苦悶に面食らった紅斬鬼こうざんきは、状況を完全に把握できないまま苦々しい表情を浮かべていた。

 そして鬼紅葉おにこうようを軽量のむちの姿から元の重量感漂う野太刀の姿へと完全に戻し、再び鎌足かまたりを撃つべく身構えた。


(《⋯⋯まさか、こいつ、地獄にゆかりを!? ⋯⋯いにしえから伝わる、あの血、か⋯⋯!? ⋯⋯いや、やはりそんなことは有り得ない、ましてや日本ひのもとに潜んでいるなど聞いたこともない。⋯⋯では、紅蒼鬼おにの血すら好む鬼紅葉おにこうようが、此処ここまでに拒絶を見せたのは何故だ⋯⋯ッ!?》)




 鎌足かまたりは頭をゆっくりと上げた。

 そして正面の紅斬鬼こうざんきと目を合わせた。


 その瞳は力強い輝きを取り戻していた。


 鎌足かまたりの中の想いが二つ、口と心で言葉になる。



「⋯⋯私には蒼紅鬼おにたちたおす使命がある、⋯⋯いくぞ、女紅鬼あかおに!」━━━━


⋯⋯(綾麿あやまろの代わりに、私が帝を護らなくては⋯⋯! そして鬼切丸おにきりまるも絶対に渡さないッ!)⋯⋯



 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるを逆手に構えながら、一歩を踏み出す。

 そして今出せる力の限り、疾走かけた。



「⋯⋯うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッッッ!!」



 咆哮ほうこうと共に駆けたその速さは、先程までの力を無くした動きとは比べ物にならない。

 そしていつもの鎌足でもない。

 それは何かの見えない力に後押しを受けた、限界を超えた瞬速の脚捌あしさばきだった。



《⋯⋯速い! こいつ、⋯⋯何処どこにまだそんな力が!?》



 紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうようを振りかぶり、刃を伸ばしながら先端を五爪ごそうの熊手の型へと変える。

 そして鎌足かまたりを斬り裂き、引き千切り、叩き潰すために、真正面から向かってくる鎌足かまたりの真上に向けて、鬼紅葉おにこうよう五爪ごそうの熊手を思い切り振り下ろした。


 その瞬間、鎌足かまたりは翔んだ。

 人間の手のようにうごめき迫り、鎌足かまたりを刃の拳で握り潰そうとすら見える熊手の鬼紅葉おにこうよう

 鎌足かまたりはその全ての指の攻撃よりも素早く、人差指にばんめ中指さんばんめ二指にじんの間を飛び抜けた。


 鎌足かまたりきざみ損ねた鬼紅葉おにこうようが、空振りの握り拳を作る。

 その奇怪な刃の拳を背に、着地した鎌足かまたりは背後を振り返りもせず、すぐさまに再び全速で疾走かけた。


《⋯⋯ちいッ!》


 紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうようを握る右手を引いた。

 その引きに連動して、鎌足かまたりの背後で鬼紅葉おにこうようが再び変化を遂げる。

 熊手の握り拳から鉤爪かぎつめの型(※Jの形)へ。

 紅斬鬼こうざんきの刃の長さを縮める引きの動きに合わせて、今度はこの鉤爪かぎつめ型の鬼紅葉おにこうようが、鎌足かまたりの命を狙っていた。


 鎌足かまたりを背後から追いかけ、鉤爪かぎつめで引っ掛け刺し貫く。

 そんな邪念に染まった追跡の刃が、鎌足かまたりに届くと思われた瞬間。

 鎌足かまたりは真上へと飛び上がった。

 それはまるで後ろにも目が有るかのような、的確な判断と巧みな体捌たいさばきだった。

 急襲を回避した鎌足かまたりは、蜻蛉とんぼ返りのように後方回転しながら着地する。


《⋯⋯前方ではなく真上に飛び、やりすごす、か。最善の判断だ、⋯⋯だが》

 

 紅斬鬼こうざんきも負けてはいない。

 鎌足かまたりが飛翔したその時既に、紅斬鬼こうざんきは次の攻撃へと移行していた。

 鉤爪かぎつめ鬼紅葉おにこうようを手元へと戻しながら、身体を一回転させる。

 鉤爪かぎつめの型は紅斬鬼こうざんきを軸に旋回しながら、再び舟のかいのような太い型へと変わっていく。

 紅斬鬼こうざんきが狙うのは、回転の遠心力を利用した強力ななぎ払いの一撃だった。


 再び疾走はしりだそうと身を乗り出した鎌足かまたり

 その左側面に向けて、紅斬鬼こうざんきはこのかい型の鬼紅葉おにこうようの刃をしならせた。


「⋯⋯ッ!?」


《⋯⋯どうだ! さっきみたいにもう一度吹っ飛べ!!》


 鎌足かまたりは右逆手で持っていた鬼切丸おにきりまる咄嗟とっさに斬り上げた⋯⋯。



 刃と刃の激しい激突音が響く。

 


 ⋯⋯その直後、紅斬鬼こうざんきの得意顔は、またも驚愕の顔へと変わっていた。



 吹っ飛ぶどころか、鎌足かまたりは尚もその場に立っていた。


 それどころか鎌足かまたりかざした半刃の薄い鬼切丸おにきりまるは、この太いかい状の鬼紅葉おにこうようを完全に受け止めていた。


 激突の余波が、辺りの空気をびりびりと斬り裂く。


 流石に鎌足かまたりの顔は鬼紅葉おにこうようの重圧に堪える辛さで満ち、また鬼切丸おにきりまるを持つ右手や添えた左手、そして小さな身体は小刻みに震えている。

 しかし紅斬鬼こうざんきの方は、まさか受け止められるなどとは露とも思ってはいない。

 鬼紅葉おにこうようが拒む血。

 そして鎌足かまたりの秘めた力の片鱗。

 不可解な事象を立て続けに見せられた紅斬鬼こうざんきは、背中に不気味な薄ら寒さを感じずにはいられなかった。


《⋯⋯ぐッ!? ⋯⋯こ、こいつ!? ⋯⋯ぐ、ぐぐぐぐッ》

 

 紅斬鬼こうざんきは無意識に、鎌足かまたりのこれ以上の接近を拒絶していた。

 その困惑と焦燥が、止められた鬼紅葉おにこうよう団扇うちわの型へと変える。

 かいが膨らみ団扇うちわへと変わった次の瞬間には、鎌足かまたりの身体はこの巨大な団扇うちわに強くあおられ、今近づいてきた距離を再び振り出しに戻されるように、ふわりと大きく後方へと飛ばされていた。


 しかし鎌足かまたりは怯まない。

 地を激しく滑り、風に圧されながらも倒れることなく踏みとどまる。

 そして今一度、鬼切丸おにきりまるを逆手に構え直すと、紅斬鬼こうざんきに迫るべく再び疾走かけた。


 圧し戻した距離、再び開いた間合い。


 この一時ひとときの間に、紅斬鬼こうざんき鎌足かまたりに対する油断かんがえを根本から改めていた。


《⋯⋯はっ、なかなかにやるじゃねえか。見直したぜ。⋯⋯ふん、あれこれと考えるのは止めだ。御前てめぇの正体や力がどうだなんて、殺しちまえば関係ねえ。紅閃鬼こうせんきの言う通り、次は⋯⋯“全力で”潰してやろうじゃねえか。細かな連撃には耐えられても、これはどうかな》


 剣技に秀でた紅斬鬼こうざんきと、伸縮自在の鬼紅葉おにこうよう

 この組み合わせに、何ら変化の無い鎌足かまたりの正面からの再突撃は、これ以上は無い返り討ちの絶好の機会になっていた。


 この長い間合いを利用した、”とある一撃“で次こそ鎌足かまたりを仕留める⋯⋯。


 ⋯⋯そう決めた紅斬鬼こうざんきは、口元を緩めた。

 その“とある一撃”とは、絶対の自信を持ち、鬼紅葉おにこうようの様々な型のうち、最も得意とする変化と技。

 そして自身の奥の手でもある一撃。


《⋯⋯間違いなく、これで終わりにしてやるぜ》


 鬼紅葉おにこうようを右手側やや中段に構え、ゆっくりと腕を引く。

 鎌足かまたりを待ち受ける紅斬鬼こうざんきは、その奥の手用の迎撃体制を取った。



 そんな紅斬鬼こうざんきの仕掛けに、鎌足かまたりはまるで気付かない。

 気付くどころか、鎌足かまたりはただひたすらに紅斬鬼こうざんきを討つことだけを想い願い、再び疾走かけていた。


 先程は鬼紅葉おにこうようの型を次々と変え、攻撃を繰り出してきた紅斬鬼こうざんきは、今度は一転して一切動かない。

 指先の鬼紅葉おにこうように氣を集中させる。

 銀の眼で獲物に照準を定めるようにして、鎌足えものが自身の絶対領域に入るまで待った。



 駆ける鎌足かまたりの脚元と、鬼切丸おにきりまるの刃の向き。

 紅斬鬼こうざんきは、その二つに交互に目を配っていた。

 

 そして突然に銀の瞳を妖しくきらめかせる。


 横の動きは勿論もちろん、飛び退きも、飛び上がりもできない⋯⋯。


 ⋯⋯そんな絶対領域に鎌足かまたりが入ったことを見届けた紅斬鬼こうざんきが、遂に動く。

 鎌足かまたりに向けていた鬼紅葉おにこうよう

 その刃の切っ先を、一気に最大限まで伸ばす━━━━。




 ━━━━必殺の“突き”を繰り出した。




《⋯⋯ふふふふ! この近い間合いで、この突きをかわせた者は未だかつて誰も居ない! ⋯⋯終わりだ! 伊賀の鎌足かまたり!!》



 それは単なる”突き“ではなかった。

 振りかぶったり、突きの構えを取るでもない。

 元々引き気味の中段の構えから、一気の腕の突きと同時に、切っ先も最長の長さまで高速で一気に伸びる、“突き”を極めた”突き“。


 狙われた相手は決して誰も避けることができない、そう言っても過言ではない程の技だった。

 そして紅斬鬼こうざんきが最も得意とする間合いからの、必殺必勝の奥の手だった。



 再び鎌足かまたりの胸を狙って、伸びる鬼紅葉おにこうようの切っ先。

 血を吸わせるのではない。

 刃の先端に有るのは、確実な殺意。


「⋯⋯なにッ!?⋯⋯(⋯⋯ああッ!?⋯⋯)」


 紅斬鬼こうざんきの意図、勝負を一気に決めにかかる”突き“技に、疾走はし鎌足かまたりもようやくにして気付く。


 だが、時すでに遅し、だった。


 鬼紅葉おにこうようの切っ先は、既に鎌足かまたりの目と鼻の先に在ったからだ。



(⋯⋯避けきれない、⋯⋯弾くことも間に合わない?)


 生死を分かつ緊急の場面に遭遇した場合、人が正しい判断を選ぶためには、十分な思考を巡らす”ときの猶予“が必要となる。

 鎌足かまたりにとって、鬼紅葉おにこうようの“突き”は完全に想定外だった。

 そして勢いをつけて自分から駆け寄っていたために、その”ときの猶予“も完全に喪失していた。



「⋯⋯ッ、⋯⋯胸に、⋯⋯刺さる、⋯⋯殺られる?」

(⋯⋯綾麿あやまろたおした、女紅鬼こいつに私も敵わないのか?)

 


 顔面に迫り来る避け難い鬼紅葉おにこうようを前に、鎌足かまたりが”敗北”という唯一の選択肢を選ぶ覚悟を決めかけた⋯⋯



 ⋯⋯その時。



 鎌足かまたりの脳裏を、ある男に告げられた言葉が断片的によぎっていく。

 鎌足かまたり鬼紅葉おにこうようの切っ先に、一人の男の影を見ていた。



⋯⋯(『⋯⋯半刃はんじんと言え、その斬れ味、鋭さ、想像以上だ⋯⋯刀には斬る側、受ける側、共に相性がある⋯⋯鬼切丸おにきり半刃はんじんゆえに薄く軽く⋯⋯⋯刃の特性を活かすすべを知らぬ内は⋯⋯⋯⋯』)⋯⋯



 鎌足かまたりが息を呑む。

 そして最後に脳裏に映ったのは、不敵な笑みを浮かべ勝ち誇る、あの綾麿あやまろの顔。

 そして刃のように心に鋭く突き刺さった、あの言葉。




⋯⋯(『⋯⋯⋯⋯綾麿まろには勝てぬ!』)⋯⋯━━━━




 ━━━━その言葉に、二人の鎌足かまたりあらがう。



「⋯⋯いや、私は絶対に勝つ! この鬼切丸おにきりまると共に!」

(⋯⋯いや、私は絶対に勝つ! この鬼切丸おにきりまると共に!)



 鎌足かまたりの心と身体が一つになる。



「⋯⋯⋯ぅぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお⋯⋯!!」



 躊躇ちゅうちょは無かった。

 どう逃げるか、どう避けるか、ではない。

 此処で敗れ、斃れることも一切考えない。

 鎌足かまたりは気合の咆哮ほうこうを上げながら、迫る鬼紅葉おにこうようを正面に見据え、むしろ前へ”加速“した。


 それは今に至るまでの鎌足かまたりの全ての戦いの速さを超える、神速の動きだった。

 


 二つの刃が激突する。



 ⋯⋯その刹那せつなの瞬間。



 鬼紅葉おにこうよう野太刀のだちのため、半刃はんじんとなっている鬼切丸おにきりまるの刃よりは、かなり厚みがある。

 その鬼紅葉おにこうようの切っ先の真ん中、言わば刃の先端のしんとなる部分。

 言わば“切っ先の切っ先”に当たる最尖端に、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるの刃先を“当てて”いた。

 そして疾走はしる勢いそのまま、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまる鬼紅葉おにこうようを━━━━





 ━━━━縦に真っ二つに斬り裂いていった。





 それは薄く軽く、そして類稀たぐいまれな鋭い斬れ味を持つ、鬼を斬るための刀⋯⋯鬼切丸おにきりまる半刃はんじんの特性を咄嗟とっさに最大限に活かした、鎌足かまたり起死回生きしかいせいの超人的な剣技わざだった。



《⋯⋯そんっ!? ⋯⋯な!! ⋯⋯馬鹿なぁぁああァァ!?》


「⋯⋯⋯⋯うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ⋯⋯⋯!!」



 鎌足かまたり疾走はしりに合わせ、徐々に縦に斬り裂かれていく鬼紅葉おにこうよう

 今度ばかりは紅斬鬼こうざんきの指図ではない。

 意思に反して二又と化した刃が左右に分かれ、だらりと地にぶら下がっていく。


 鬼紅葉おにこうようを斬り、二つに裂き続けながら、鬼切丸おにきりまる鎌足かまたりと共に紅斬鬼こうざんきの手元に迫っていった。


 この鎌足かまたりの反撃と剣技わざは、紅斬鬼こうざんきの想定外だった。

 皮肉にも十分な思考を巡らす”刻の猶予“は、紅斬鬼こうざんきの方にも無かった。

 この狭まりゆく間合いと鬼紅葉おにこうようの状態では、もはや動きは限られていた。

 刃を新たに変化させる事も難しく、また刃を突いている体勢では、先の鎌足かまたり同様に前後左右に逃れることもままならない。


 最後の砦としてつば鬼切丸おにきりまるを受け止めるしか、紅斬鬼こうざんきの頭の中に残されたすべはなかった。



《⋯⋯ちぃッ、⋯⋯この動き!? ぐぬうぅぅッ⋯⋯!!》


「⋯⋯⋯⋯これが! 鬼を斬るための刀ッ━━━━!!」



 だが勢いに乗った鎌足かまたりと、鋭さを増した鬼切丸おにきりまるの刃はそれでも止まらない。


 鬼切丸おにきりまる鬼紅葉おにこうようつばが激突した⋯⋯。



 ⋯⋯その瞬間。



 鬼紅葉おにこうようつばつか、そして”何か“の塊が空を舞う。



「━━━━鬼切丸おにきりまるだあああああぁぁぁぁッッ━━━!!」


 

 鬼切丸おにきりまるが斬ったのは、鬼紅葉おにこうようつば

 しかもそれだけには留まらない。

 鬼紅葉おにこうようつかまでもが真っ二つに切断され、更につかを握る紅斬鬼こうざんきの“右手首”までもが、ものの見事に夜空に斬り飛ばされていた。



 立ちはだかる全てを斬り尽くした鬼切丸おにきりまる鎌足かまたりの小さな身体は、それでも止まらなかった。

 鬼紅葉おにこうようの全てを完全に二つに離断させながら、紅斬鬼こうざんきのすぐ目前にまで鬼切丸おにきりまるの刃が迫っていく。


 紅斬鬼こうざんきの大きく見開いた銀の瞳。

 その瞳のえん全てを、鎌足かまたりの姿がおおっていた。



(《⋯⋯こ、これが、七十年前に紅鬼わたしたち同胞どうほうを苦しめた、あの伝説の鬼切丸おにきりまるの力か!? ⋯⋯いや、それよりも、こいつの底知れない“強さ”の源は一体何だ!?》)



「━━━━おおおおぉぉぉ⋯⋯ッ、うおおぉッッッ!!」


 最後に大きく吠えた鎌足かまたりは、紅斬鬼こうざんきふところ⋯⋯その左胸に向かって飛び込んだ。

 そして空中で身体をひるがえし、鬼切丸おにきりまるの切っ先を紅斬鬼こうざんきの胸へと振り下ろした。


《⋯⋯⋯ぐがぁッ!? ⋯⋯がッ⋯⋯!?》



 鎌足かまたり紅斬鬼こうざんきの脇をすれ違うようにして、飛び抜けていた。


 ⋯⋯すれ違った際、鎌足かまたりの脳裏に再び流れこんでくるのは、先程浮かんだあの禍々しい森や大木の情景。

 しかし先程とは違って、最深部の大木も取り囲む森の木々も、何かの苦しみを露わにするように、その枝々や葉は激しくざわめいていた。

 そのざわめきも最期は鎮まり色褪せ、全ての木々や葉が一本一枚残らずに果てていく。

 そんな哀愁漂う、落葉らくよう枯野かれのの情景だった⋯⋯。 



「⋯⋯主を失くした森が、⋯⋯消えていく⋯⋯」



 ⋯⋯鎌足かまたりは無意識に何かを呟いていた。

 そして地を転がるようにして、危険な間合いの外まで脱出していた。


 その掌の中には鬼切丸おにきりまるは無い。

 鎌足かまたりは激しい呼吸のまま、左の片膝を地に突き、体勢を整える。

 そしてその背後、今しがたの攻防ですれ違ったばかりの紅斬鬼こうざんきの方を振り向いた。


 

 鎌足かまたりからは背中しか見えないものの、紅斬鬼こうざんきはまだ立っていた。


 鎌足かまたりに背を向けたまま、紅斬鬼こうざんきが静かに呟く。


《⋯⋯鬼切丸か。確かに。良い刀だ。七十年前、私たちを苦しめた理由が分かったぜ。⋯⋯ふふふ、やっぱり鬼切丸これは、奪うに値する刀だ》


 鎌足かまたりの掌の中から消えた鬼切丸おにきりまるは今、そんな薄ら笑みを浮かべる紅斬鬼こうざんきの胸に在った。

 紅斬鬼こうざんきの左胸。

 間違いなく心の臓の真上となる位置に、鬼切丸おにきりまるは深々と突き刺さっていた。 



《⋯⋯それにしても、⋯⋯まさか、この私が、鬼紅葉おにこうようが、人間の、女に、しかも餓鬼がきに、⋯⋯負けるとはね》


 

 紅斬鬼こうざんきの両膝が地に崩れ落ちた。


 そして紅斬鬼こうざんきもまた鎌足かまたりをゆっくりと振り返った。


 紅斬鬼こうざんきの虚ろなあかの目。


 その中に揺らめく銀の瞳が末期まつごに見たものは、膝を突く鎌足かまたりの左の太腿ふとももだった。

 太腿そこに刻まれたものは、鎌足かまたりの生血をまとうことであぶり出された、月灯りと篝火かがりびに妖しくきらめく、”からす紋章いれずみ“。

 そして⋯⋯。



《⋯⋯その⋯⋯紋章もんしょう、⋯⋯そして⋯⋯ッ! ⋯⋯そうか、御前の⋯⋯正体は⋯⋯やはり⋯⋯呪わ⋯⋯れし⋯⋯血の⋯⋯、⋯⋯お気を⋯⋯つけ⋯⋯紅皇こうおう⋯⋯⋯⋯さま、⋯⋯まだ⋯⋯いる⋯⋯から⋯⋯す⋯⋯がァ⋯⋯》



 振り向いた紅斬鬼こうざんきの言葉はそこまでだった。

 紅斬鬼こうざんきの瞳に映っていたからす紋章いれずみは、徐々に閉じていくまぶたの上下の塞ぎによって、今はもう完全に見えなくなっていた。


 胸の傷から溢れ出したあか瘴気しょうきが、紅斬鬼こうざんきの全身と地に転がる鬼紅葉おにこうようを包み込む。

 かつて人間の魂を奪った葬魂そうこんの術。

 その術も今、全てが解けていた。

 身体の全てが時の逆流を受ける。

 葬魂そうこんの名残の人骨へと変わり果てながら、紅斬鬼そうざんきは前のめりで地に倒れ込んでいく。

 身体を奪ってから、何百年と経っていただろう、頭蓋すがいをはじめとするそのもろすぎる骨々は、地にぶつかる僅かな衝撃にすらも耐えきれず、硝子細工のように粉々に砕け散った。

 そして真っ二つに裂けた鬼紅葉おにこうようと共に、紅斬鬼こうざんきの身体だった”もの“は、あかい霧に包まれながら御所の夜の空へと飛散していった。


 空に浮かぶ幾つかのあか羅生門らしょうもん邪道じゃどう、その中で紅斬鬼こうざんきの命と繋がる、一際ひときわ大きな紅渦あかうずも同じだった。

 激しく揺らめきながら地に落ちていき、紅斬鬼こうざんきの消滅同様、空中で弾けるようにして跡形も無く砕け散った。



 後はその場に、しばしの静寂だけが広がる。



 紅斬鬼こうざんきの胸に刺さっていた鬼切丸おにきりまるだけが、僅かに紅斬鬼こうざんきの血の匂いを残し、この激闘の結末を物語るかのように、その場に取り残されていた。



 鎌足かまたりは息遣いもまだ乱れたまま、胸を押さえながらふらふらと立ち上がった。

 そして落ちている大切な相棒の鬼切丸おにきりまるを掴み、そして感慨深げにその刃をじっと眺めた。



(⋯⋯綾麿あやまろ、勝ったぞ。⋯⋯覚えているか? 詰所つめしょでの約束。一方的に私が口にしただけだけど、綾麿おまえがもし鬼にたおされた時は、私がかたきをとってやる、だったよな。約束は果たしたぞ。⋯⋯大吾だいごを救ってくれた礼だ)

 


 強敵、紅斬鬼こうざんきたおした━━━━。

 安堵する鎌足だったが、その胸が突然に“どくん”と再び大きく弾んだ。



(⋯⋯!?)


「⋯⋯まだ、まだ⋯⋯、まだ、血が足りない」



 鎌足かまたりの心とは裏腹に、その口からは意味不明な言葉が漏れ出る。



(⋯⋯!? さっきから一体どうしたんだ、私は!?)



 紅斬鬼こうざんきたおす際は、一つとなった鎌足かまたりの心と身体。

 しかしその一体感はまだ不安定で、朧気おぼろな”剥離はくり”状態の真っ只中にあった。

 


 ⋯⋯その時だった。



 鎌足かまたりの揺れ動く心、自問自答の困惑を更に刺激するように、突然の爆音と共に再び大地が激しく振動し、竜巻のような強い横風が吹き抜ける。


(⋯⋯な、何だ!? またか!? ⋯⋯今度は何が!?)


 鎌足かまたりはまだ気付いてはいないものの、この時の大地の揺れと爆音爆風も、蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうによるもの。


 両手での魂心こんしんの振り下ろしの一撃、無数の長棘ながとげを持つ『粉骨砕ふんこつさい』が、大地と激突した音だった。



(⋯⋯っ!?)


 鎌足かまたりはそのあまりの轟音の凄まじさに、耳を抑えてしばほうけていた。

 そして耳鳴りが治まると、その謎の爆音がした方に目を向けた。



 ⋯⋯其処そこには、あの閻魔鋼えんまこうの身体を持つ強敵、巨大な蒼鋼鬼そうこうきの姿が在った。



 そしてもう一人。


 蒼鋼鬼そうこうきの頭上、天空からふわりと舞い降りる、刀を振りかぶった一人の少年公家⋯⋯。



 地に降り立った少年が、続けざまに手首をしならせる。

 刀が激しく旋回する度に、蒼鋼鬼そうこうきの胸は深く深くえぐられ、無残に斬り刻まれていく。

 苦悶の表情を浮かべる蒼鋼鬼そうこうきとは正反対に、この少年は愉しそうに笑みを浮かべ、手首を巧みにしならせ続けていた。



(「⋯⋯閻魔鋼えんまこう、⋯⋯蒼鋼鬼そうこうき、⋯⋯が、圧されてる!? そしてあれは⋯⋯、あの子供は⋯⋯)



 鎌足かまたりの言葉とときが止まる。

 その少年の顔に、鎌足かまたりは嫌と言うほど見覚えがあったからだ。




「⋯⋯あれは、⋯⋯ま、まさか、くち少将しょうしょう麒麟きりん!? ⋯⋯何故なぜ何故なぜ、非番の彼奴あいつ御所ここに!?」━━━━。




第65話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第66話「凶刃」は6月3日か6月4日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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― 新着の感想 ―
 紅斬鬼さんは敵でも結構長く居た感じで、性格もからっとして、というか自分の強さを誇りにしているカッコいい姐御って雰囲気が好きでしたー。だから最期もすぐ散って終わり、ではなくちょっと余韻の会話を残してく…
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