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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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64/82

第64話  吸血の刃

本当は1話に纏めていたのですが、今回も本文が長いため、読みやすさを考慮して前後半の二つに分けました。後半は明日5月30日か、5月31日には投稿予定です。


【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。帝の命を守るため、御所内へと消える⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷の探索の密命も帯びる。帝の命を狙う鬼達の襲撃の中、綾麿あやまろが死んだと勘違いし、更なる闘志を燃やす。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━⋯⋯『鬼に金棒』

 屈強な鬼に金棒を持たせれば、鬼は更にとてつもなく強大な力を得る。

 すなわち、強い者に相応しい強い武器を与えれば、更に手に負えないほどの強者へと変貌を遂げる。

 そんな例えを表した、日本ひのもとの古くからのことわざである。


 怒り狂う紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうように狙われ、広大な庭園の東で鎌足かまたりが死闘を繰り広げている頃。


 ほぼ刻を同じくして、庭園の西の地。

 麒麟きりんはまるでずっと欲しかった玩具を与えられた子供のように、嬉々とした表情を見せていた。

 その手には、綾麿あやまろから渡され、使うことを許された、一振りの真剣が固く握られている。


 互いの武器えものが届く間合いに入った麒麟きりんは、喜びを噛みしめるような綻びから一転、眼光鋭く恍惚こうこつと狂気を帯びた笑みへと変わる。



「━━━━その”心の臓“を削らせろ⋯⋯!!」



 その顔、その目、その声が新たな戦いの合図、蒼鋼鬼そうこうきへの宣戦布告だった。

 麒麟きりんは腰に差していた模造刀を左手で無造作に抜くと、もはや用無しとばかりに真横に激しく投げ捨てた。

 そして東で鎌足かまたり鬼紅葉おにこうようしならせる紅斬鬼こうざんきに向かって疾走かけたように、麒麟きりんもまた蒼鋼鬼そうこうきに向かって疾走かけるべく腰を沈めて、真剣を手に前傾姿勢を取った。



《⋯⋯ふん、無策の突撃に来るか! ⋯⋯ぐはははははは!!、やはり餓鬼がき餓鬼がき、知恵の無い奴! 俺様の目をえぐった不意の飛び道具だけは褒めてやるが、本気の俺様の金砕棒かなさいぼうには絶対に勝てん! それに日本ひのもとにはいにしえから“鬼に金棒”という教訓があるだろう! 不壊不死ふえふしのこの無敵の俺様を褒め讃えるありがたい言葉よ!》


 先の激突の経験から、蒼鋼鬼そうこうき麒麟きりんの得意の攻撃の間合いや速さの程、そしてその性格までを把握していた。

 蒼鋼鬼そうこうきは今、”簡単には削られない“一定の間合いを常に保つという、防御に重きを置いた戦法を企んでいた。


(《模造刀だろうが真剣だろうが、所詮しょせんは人間界の刃。金砕棒かなさいぼうで防御を固めて退き続け、合間合間に攻撃を繰り出す戦法を取れば、閻魔鋼えんまこうが破壊される可能は万に一つも無い。しかも勝ち気で生意気な麒麟こいつは必ずすぐに焦り出す。そして血気にはやって刀を大振りしてくる。その後の隙が狙い目。一気に前に出て金砕棒かなさいぼうで叩き潰してやるわ⋯⋯!》)



 蒼鋼鬼そうこうきは得意気に口角を上げ、ほくそ笑んだ。


 そんな蒼鋼鬼そうこうきを見て、麒麟きりんも不敵に微笑んでいた。

 


「⋯⋯鬼に金棒? ⋯⋯知らねえよ、そんな戯言ざれごと。御前こそ知らねえのか。⋯⋯”麒麟きりんに真剣“って、言葉をよ」



 そしてその言葉の後。


 ⋯⋯麒麟きりんの姿が、消えた。



 正確には、“消えるように見える程の速さ”で、麒麟きりんは地を駆けていた。



 この時の麒麟きりんの速さは、蒼鋼鬼そうこうきの想像を遥かに超えていた。

 しかも身体で風を切り踏み込む麒麟きりんの眼は、異様なまでにぎらつき、恍惚と狂気の念が滲んでいる。

 ともすれば、“何か”に取り憑かれている⋯⋯。    

 傍目にはそう見えてしまう程に今、鋭い身のこなしも正気を喪った眼も、その全てが“人間離れ”していた。


《⋯⋯な、何ィ!? は、速い!? 刀を変えただけなのに!? な、何故だ!》



 蒼鋼鬼そうこうきにとっては皮肉にも、真剣を手にした目の前の麒麟きりんこそが、まさに『鬼に金棒』状態だった。

 麒麟きりんに真剣。

 その麒麟きりんが呟いた何気ない言葉の意味を、蒼鋼鬼そうこうきは身をもって知ることになる。



 東の方角である後方へと退きながら、次々と繰り出される防御七分、攻撃三分の金砕棒かなさいぼう

 その攻防一体の連撃を、麒麟きりんは俊敏にかわし続ける。

 蒼鋼鬼あいての力を見極めている得意顔か、それとも真剣を手にしている自信の表れか、麒麟きりんが再び笑う。

 それは遊びの中に身を投じた”無邪気な子供“という言葉が似合うほどに、心の底から愉しそうに笑っていた。

 しかし“無”邪気に見えながらも、その心の中は黒い邪気だけで満たされていた。


「⋯⋯いくぜ」


 麒麟きりんが更に加速する。

 退しりぞ蒼鋼鬼そうこうきふところへ。

 麒麟きりんは何ら臆することなく、尋常ではない速さを武器に、いとも容易たやすく飛び込んでいく。

 そして完全に蒼鋼鬼そうこうきの企んでいた間合いを殺すと、真剣を握る手首を鋭く回転させた。


 麒麟きりんの瞳が妖しくきらめく。



「⋯⋯“しん”、天舞てんま麒麟きりん、⋯⋯磨穿ません、⋯⋯けん!」


《⋯⋯ぬうッ! 小癪こしゃくな!!》



 一方、間合いに侵入を許した蒼鋼鬼そうこうきも、麒麟きりんの手首のしなりに素早く対処する。

 破壊だけでなく盾としても絶大な効果を持つ巨大な金砕棒かなさいぼうを、胸と首の付近にかざし、防御の姿勢をとった。


 しかしこの時、麒麟きりんの放った”真“の天舞麒麟剣てんまきりんけんは、頭に付く“真”の言葉の通りに、先程までの模造刀とは比べ物にならない程の破壊力をまとっていた。


 この”まこと“の力を前にして、蒼鋼鬼そうこうきかざした防御の金砕棒かなさいぼうは、一瞬にして相当の範囲がえぐられ削られる。

 そして麒麟きりんの手首がしなり終えた時には、金砕棒かなさいぼうの最も太い中央部には、何と大きな風穴が空いていた。


 麒麟きりんの姿が全て見える程にまで、ぽっかりと貫通した穴を覗き込みながら、蒼鋼鬼そうこうきが口を歪ませ、動揺の声を上げる。



《⋯⋯ば、馬鹿な!? 棒の八分まで閻魔鋼えんまこうを含ませた金砕棒かなさいぼうを、これ程までにいとも簡単に砕くとは!?》


「⋯⋯あぁ、いい、⋯⋯やっぱり、いいなあ、真剣は」



 麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうをどんなに振り回そうが、どんなに怒りや驚きの声を上げようが、興味を示さない。

 ⋯⋯凶器しんけん狂喜かいらく狂気さつりく

 その頭に在るのは、真剣という自身に相応しい凶器を手にした狂喜と狂気だった。

 続けざまに今度こそはと蒼鋼鬼そうこうきの胸を狙い、手首を更に素早く回転させる。



「⋯⋯これぞ真剣の感触! 肉をえぐる心地好さ! 骨を削る快感! 言葉にならないくらい最高だぁ!! ⋯⋯分かるか!? これが、天舞てんまの“真の力”ってやつだよ!!」


《⋯⋯信じられん、⋯⋯そんなことが、そんなことが、あってたまるか!!》



 蒼鋼鬼そうこうきが当初の戦法通りに退いても退いても、圧倒的な体格差すら麒麟きりんは全く意に介しない。

 麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうきが退いた以上に、前へ前へと出続けた。

 金砕棒かなさいぼうの穴は閻魔鋼えんまこうの回復力で再び埋まっていくものの、埋まっていく金砕棒かなさいぼうの代わりにと、今度は蒼鋼鬼そうこうきの身体がみるみるうちに削られていく。



《⋯⋯がッ!? ⋯⋯不壊不死ふえふし閻魔鋼えんまこうが!?》



 蒼鋼鬼そうこうきの胸は、模造の刃で受けた傷とは比べものにならないくらい、既に深く広くえぐれ、けずられていた。

 それは地獄一強固と言われる閻魔鋼えんまこうの回復力に比べ、この麒麟きりん天舞麒麟剣てんまきりんけんの威力の方が、明らかに上回っている事を意味していた。



「⋯⋯さあさあ!? ⋯⋯そろそろ心臓に達っしちゃうんじゃなねえか!? ⋯⋯さあ、さあさあ!!」


《⋯⋯ぐぬぬぬぬ!? ⋯⋯俺様の無敵の閻魔鋼えんまこうがこんな奴に⋯⋯、こんな人間の餓鬼がきに破られると言うのか!?》



 蒼鋼鬼そうこうき歯軋はぎしりまでが耳に聞こえてきそうな中、麒麟きりんの攻撃は続く。

 蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうは交互に削られては戻るを繰り返しながら、麒麟きりんの猛攻に耐えていた。



《⋯⋯ぐぬぬぬぬ、⋯⋯ならば奥の手の奥の手よ!!》



 まだ穴が完全に埋まりきっていないにも関わらず、蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうを再び両手持ちする。

 そして両手を真上に思い切り振り上げた。


 すると金砕棒かなさいぼうが、更なる凶暴さを露わにする。

 先程は弾丸のように飛ばした先端の無数のとげ

 そのとげ全てが、今度は元の長さの三倍ほどの長さにまで一気に伸びていく。

 蒼鋼鬼そうこうきが天高く最上部まで両腕を振り上げた時、全てのとげが伸びきった金砕棒かなさいぼうは、まるで針山のついのような邪悪な外観となっていた。



《⋯⋯うぬおおおおおおおおぉぉぉッッッ━━━━!!》



 蒼鬼あおおに修羅しゅらとしての自尊心が、小さな人間てきへの憤怒ふんぬと気合の咆哮ほうこうに変わる。

 それは言わば、窮猫きゅうみょうねずみを噛む⋯⋯、だった。

 そしてその金砕棒かなさいぼうは最凶の一撃だった。 

 追い詰められた蒼鋼鬼そうこうきは、前に出てくる麒麟きりんに向けて、巨躯きょくの最高到達点から真下へ、全力かつ最後の賭けとなる一撃を叩きつけた。



 ⋯⋯今宵何度目かになるだろうか、轟音ごうおんが響き、大地は揺れ、爆風が吹き荒ぶ。



 金砕棒かなさいぼうと無数の長いとげが、大地を潰しながら激しく削り、そしてとげが深々とめり込んだ。



 ⋯⋯と同時だった。



 その渾身の力の代償も大きかった。

 回復が追い付かない程に穴が空き、強度自体が相当に弱っていた金砕棒かなさいぼうは、蒼鋼鬼そうこうきの掌と大地の狭間で粉々に砕け散った。


 それぞれのとげの先端に剛力ごうりきが集約される。

 この一撃の威力は、金砕棒かなさいぼう自身にも跳ね返るほどに強烈さを極めていた。

 飛び散る金砕棒かなさいぼうの欠片は、その凶暴な外観には似つかわしくない程に、夜の闇をきらきらと美しく飾り、そしてあおい霧と共に夜の闇に溶けるように消えていった。



 その間にも、先程の大鳥居の柱への一撃を彷彿とさせるように、叩きつけた場所を起点として周囲の地は蜘蛛の巣状にひび割れ、次々と陥没していく。

 数度の揺れを耐えてきた強固な造りの燈籠とうろうたちも、この揺れには勝てずに多数が崩れ落ちていった。


 眼前の玉砂利は全てが吹き飛び、土煙が舞う。

 その灰と赤茶のにごりは、地に直撃してから十以上は数えた後もまだ、相当に宙をくすぶり続けていた。



 蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうの代わりに、仁王像におうぞうのように両の拳を構え、辺りをゆっくりと見渡した。


 土埃で視界が不明瞭な中でもはっきりと分かる、破壊の痕跡。


 まるで隕石でも落ちてきたような、巨大な陥没穴。

 美しい庭園の面影を失くした、凸凹の荒れた大地。



 目の前には、この世の終わりを彷彿とさせる、荒涼とした地獄の大地だけが広がっていた。

 


 腰を抜かしている何人かの警備兵たちや、戦闘中の蒼鬼あおおに羅刹らせつ紅鬼あかおに羅刹らせつの姿は在った。

 しかしあの憎らしい小さな身体は、何処どこにも見当たらない。


 辺りを一通りぐるりと見渡し終えた蒼鋼鬼そうこうきが、今度こそ戦いの終幕を確信し、豪快に高笑いする。



《⋯⋯ふはははははは!! どうだ!? どうだ! 俺様の『粉骨砕ふんこつさい』の威力は!! 今度こそ間違いない! 確実に死んだぞ!! 影も形もなく粉微塵こなみじんよ!》


 

 麒麟きりんえぐられた蒼鋼鬼そうこうきの胸の傷は、勝利の余韻に浸る間に、少しずつ元に戻っていく⋯⋯。




 ⋯⋯事を、麒麟きりんは許さなかった。




 土煙の後の地表には、麒麟きりんは居なかった。

 勿論もちろん先の大鳥居と同じく、潰れた蟇蛙ひきがえるにもなってはいなかった。



「⋯⋯また頭上がお留守だよ」


《⋯⋯ぐはははは⋯⋯、ん!? ⋯⋯は、⋯⋯がッ!?》



 唐突に真上から呼び掛けられた声。

 その声が鼓膜に届いた瞬間、蒼鋼鬼そうこうきの勝ちどきにも似た興奮の笑みは、ぴたりと止んだ。

 そして”まさか“の三文字を顔に浮かべながら、声の出処でどころである頭上を、半信半疑でゆっくりと見上げた。


《⋯⋯ぐぬぬぬぬ、まさか。この相手を見下した生意気な声。⋯⋯嫌と言うほど聞き覚えのある幼き声は⋯⋯》



 麒麟きりんは空に居た。

 そして舞い上がる爆風に乗り、再びそらを翔けていた。



 頭上を見上げる蒼鋼鬼そうこうきの瞳に、真剣の切っ先を蒼鋼鬼そうこうきに向け、加速しながら落下してくる麒麟きりんの姿が映る。

 

《⋯⋯なッ!? ば、馬鹿な! 全力の『粉骨砕ふんこつさい』の一撃までも避けたというのか!? ⋯⋯貴様!? 本当に人間か!?》



 麒麟きりんは空中に見えない足場が在るように、自在に夜の空を駆けた。

 同じ名を持ち、背中に入れ墨として刻む、古来から語られる伝説の獣、⋯⋯麒麟きりん

 その力と翼を本当に背中に宿しているかのように、麒麟きりんが空を美しく舞う。

 何度も身体と真剣をひるがえし、衣の裾をなびかせた。


《⋯⋯⋯⋯な》


 そして蒼鋼鬼そうこうきがそんな姿に畏怖を覚えた次の瞬間。

 身体に旋風つむじのような回転の勢いをまとったまま、麒麟きりんがひらりと降下する。

 そして着地へと至る残影と共に、天空てんくう袈裟けさ斬りとも言える程に、蒼鋼鬼そうこうきの胸を激しく鋭く斬りつけていた。



「⋯⋯金棒、遂に壊れちゃったね。空で見てたよ。⋯⋯丸腰、心よりお悔やみ申し上げます、なんてな」



 真剣をひらめかせながら、麒麟きりん颯爽さっそうと地上に降り立つ。


 この一撃によって蒼鋼鬼そうこうきの胸元の回復は止まり、刻を戻したように再び刀傷が大きく開いていた。

 

 しかも今、『鬼に金棒』は、無い。

 賭けとも言える攻撃に敗れ、武器を喪失した蒼鋼鬼そうこうきに向けて、麒麟きりんはすぐに追撃の刃をかざした。


 とどめを刺し、たのしみを満たす。

 最後の”刃のしなり“へ⋯⋯。


 ⋯⋯流れるように体勢を移行していった。



《⋯⋯があぁッ! ⋯⋯ぬぐぅッ!?》



 狼狽する蒼鋼鬼そうこうきに向けて、麒麟きりんは満面の笑みを浮かべながら叫んだ。



「⋯⋯あははははは! 真剣での天舞てんま、愉しすぎるぜ! ⋯⋯後は心の臓を思いのままに、えぐり出すだけ! 周りの石塊けいびへいども、よく見ておけ! 俺の活躍と手柄を! 少将しょうしょうからの降格なんぞ、全て”差了ちゃら“だ!」━━━━。





 





 ━━━━東へと戦いの場を移しながら、今まさに終局の刻を迎えようとしている麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうき


 この麒麟きりんの戦う場からさほど離れていない御所庭園の東の地でも、もう一つの人と鬼との戦いが終わりに近づいていた。

 


 鬼切丸おにきりまるを手に、地を駆けた鎌足かまたり

 鬼紅葉おにこうようを手に、迎え撃つ紅斬鬼こうざんき

 この二者の戦いは今、“戦い”と言うよりは一方的な”なぶり殺し“”拷問“、言わば“死刑場”に近い様相を呈していた。


 むちに変形した鬼紅葉おにこうようの瞬速のしなりに、動きの鈍った鎌足かまたりは何一つあらがうことが出来ない。


 最後の力を振り絞り、攻め込んだ鎌足かまたりだったが、紅斬鬼こうざんきの返り討ちに合い、むちと化した鬼紅葉おにこうようの鋭い刃先によって、その胸は無残にも深々と貫かれていた。

 


 紅鬼あかおに 紅斬鬼こうざんきの勝利を物語るするように、鎌足かまたりの鮮血が大地をあかく染めていく。



《⋯⋯ふふふふ。そこまでだ。ちっさいの。残念だったな。数多あまた紅鬼なかまたおしてきた伝説の鬼切丸おにきりまる。七十年は相まみえる事は無かったが、やはり結局は強すぎる私には遥かに及ばず⋯⋯、だ》



「⋯⋯え、一体何が⋯⋯?」



 ⋯⋯鎌足かまたりは混乱した頭で考えた。


 鬼切丸おにきりまるで攻撃するため、全力で駆けていたはずなのに、いつの間にか脚は止まっている。

 倒すべき紅斬鬼こうざんきは、鬼紅葉おにこうようを長々と伸ばし、握る右腕を自分こちらに向け、にやにやと笑っている。

 そしてそんな紅斬鬼こうざんきと自分は、むちと化した鬼紅葉おにこうようを介して、何故なぜか繋がっている。


(⋯⋯あれ、何で? どうして?)


 意識も既に混濁こんだくを見せていた。

 鎌足かまたりの頭の中で、目の前の非情の現実と懐かしい江戸での近年の記憶が、重なりながら錯綜さくそうする。


(⋯⋯え? 江戸で悪餓鬼わるがきどもに腐った柿をぶつけられた時みたいに、胸があかい? 不思議だ、⋯⋯あ、熱い)


 胸の熱さを自覚しながらも、鎌足かまたりは自身に何が起きたのか、まだ理解が追いつかない。

 あかに染まっていく胸の上で両手と鬼切丸おにきりまるをわなわなと震わせながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。



 紅斬鬼こうざんきがそんな鎌足かまたりあざけり笑う。

 そしてあごを上げて見下すように、鎌足かまたりに非情の現実を告げた。


《⋯⋯どうだ? 鬼紅葉おにこうように吸われる味は?》



(⋯⋯え? ⋯⋯あ、あれ、もしかして、私、⋯⋯あ、女紅鬼あいつに、さ、⋯⋯刺された?)



 ようやく鎌足かまたりが自分の身に何が起きたのかを悟る。

 その瞬間、熱さを超えて、耐え難い“痛み”が身体を突き抜けた。

 鎌足かまたりの表情や口元が一気に歪んでいく。



「⋯⋯えッ、そん⋯⋯な、⋯⋯が、か⋯⋯、かはッ!?」



 鎌足かまたりは忍装束の下に、防御用の伊賀の鎖帷子くさりかたびらを着込んでいた。

 しかし鬼紅葉おにこうようの先端の鋭利な刃は、そんな鎖帷子かさりかたびら容易たやすく貫通し、鎌足かまたりの忍装束は既にべっとりとあかに染まっていた。

 鎖帷子を伝わり流れた血は、更に鎌足かまたりの左の太腿ふとももから左足を伝う。

 そして先の太腿ふとももの傷の血とも混じり合い、血の赤い雫は絶え間なく大地へと滴り落ちていた。



《⋯⋯ふん、鎖帷子くさりかたびらか。少しは勢いが弱まったか。ついてたな。⋯⋯だが、どのみちすぐには殺さないつもりだったぜ、安心しな。生き血を吸うために最初はなから急所は外し、深さも加減してある。⋯⋯まあ、安心とは言っても、ちょっとだけ命が延びただけだけどな》


「⋯⋯が、が、あ、⋯⋯が、あ⋯⋯、ぐぅ⋯⋯」


《⋯⋯さあて、と。早速その生き血を頂くとしようじゃねえか。⋯⋯ふふふ、たとえ魂は無間むげん地獄の底に堕ちても、この血だけはこの鬼紅葉おにこうようの養分となり、地獄のあかい森で生き続ける事ができるんだ。⋯⋯ある意味、転生だ。むしろほまれと思いな》


 紅斬鬼こうざんきは嬉しそうに、鬼紅葉おにこうようを持つ手に力を込めた。


 その掌の力加減による命令めいに、鎌足かまたりに刺ささる鬼紅葉おにこうようが連動する。

 鎌足かまたりの身体から血を吸おうと、まるでひる蚯蚓みみずの動きのように宙を波打ち始めた。



「⋯⋯⋯や、やめ、⋯⋯ろ、⋯⋯が、⋯⋯があぁッ!?」


 鬼紅葉おにこうようは血を吸う口はあっても、当然ながら鎌足かまたりの声を聞く耳などは持ってはいない。

 鎌足かまたりに刺さっているむちの先端が、不気味に拡がりうごめいた。

 そして先端からむちの末尾に至るまで、その刃全てがまるで渇きで水を求めている人間の喉のように、嚥下えんかの動きを取った。

 思わず鎌足かまたりり、その胸は激しく痙攣けいれんする。


「⋯⋯あぁ、がぁ、⋯⋯ぐぁああ⋯⋯がが、が!?」



 ⋯⋯この鎌足えものの血を一滴ひとしずくずつ、ゆっくりと味わう。

 そして、体内に流れる血を全て吸い尽くす⋯⋯。



 そんな鬼紅葉おにこうよう魔性ましょうの心までが垣間見える程に、鬼紅葉おにこうようは嬉しそうに小刻みに扇動せんどうし続けた。


 鬼紅葉おにこうようの最初の吸血の扇動せんどうから数えて、刻はまだ十の数にも達してはいない。

 しかし鎌足かまたりの頬や腕は、早くもけ始めている。

 

 宙を彷徨さまようように藻掻もがいていた鎌足かまたりの両腕と鬼切丸おにきりまるが、がくんと下に落ちた。

 抵抗しようにも身体にも手にも指にも力が入らない。

 鎌足かまたりは後はされるがまま、血を抜かれるがままの状態となっていた。

 先の警備兵同様に、見るも無残な木乃伊みいらと変わり果てるのは、時間の問題だった。


「⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯ぅ⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ」



《⋯⋯はっはっは! どぶ臭い蒼鬼あおおにの血ではなく、新鮮な生きた人間の、しかも今度は女の血だ! ⋯⋯心ゆくまでたっぷりと吸え、鬼紅葉おにこうよう。奴の骨のずいに残る最後の一滴、そして目玉の裏に残る血の涙までも、全てを吸い尽くしてしまえ!!》


 紅斬鬼こうざんきが勝ち誇り、叫んだ。




 ⋯⋯その時だった。




 小刻みな扇動で血をむさぼり吸っていた、鬼紅葉おにこうよう

 そのやいばの表面が、鎌足かまたりを模倣するように突如として痙攣し、大きく波を打った。


《⋯⋯ッ!? どうした!? 鬼紅葉おにこうよう!》


 それは明らかな異常な光景だったのだろう。

 紅斬鬼こうざんきも思わず声を上げる。

 鬼紅葉おにこうようはそのむちの姿を大蛇のようにくねらせ、表面を打つ波も更に大きいものになっていった。



 その動きから読み解ける感情は、ただ一つ。



 ⋯⋯苦悶。



 何故なぜか血を吸う喜びに浸っていたはずの鬼紅葉おにこうようは、謎の苦しみを露わにしていた。

 鎌足かまたりの胸を捉え、突き刺さっていた刃の先端。

 その吸血のやいばが、鎌足かまたりの胸から大きく弾け飛ぶようにして外れる。

 そして先程まで藻掻もがいていた鎌足かまたりの手までを再現するように、苦しそうに宙を四方八方に彷徨さまよった。



《⋯⋯なッ!? こ、これは! 鬼紅葉おにこうようが嫌がっている!? こいつの血を拒絶している!?》



 吸いかけの鎌足かまたりの血と思われる血飛沫ちしぶきが、鬼紅葉おにこうようの先端から噴き出し、紅霧あかぎりのように舞う。


 ひとしきり宙を藻掻き苦しんだ後、鬼紅葉おにこうようは地上へとだらりと垂れ、更に激しく地のたうち回っていた。

 そして最後は人間がたんを出すように、今吸い出したばかりの鎌足かまたりの血の“かたまり”を吐き出した。



 絶対に有り得ない鬼紅葉おにこうようの苦悶を前にして、紅斬鬼こうざんきが何かに気付く。


 そして明らかな動揺を滲ませながら叫んだ━━━━。




《⋯⋯ッ!?⋯⋯御前! ⋯⋯その血に何を混ぜた!? ⋯⋯いや、何が混ざっている!? ⋯⋯御前はまさか⋯⋯!》━━━━。




第64話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第65話は、5月30日か5月31日には投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創作して頂いたオリジナルEDです!

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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