表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/81

第62話  三つ巴

※本文が長くなったため、急遽、前後半に分けました。後半第63話「血戦」は、5月25日に投稿予定です。


【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。紅斬鬼こうざんきと巨大な大鳥居の上で激突する。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。御所前の広大な庭園内で蒼妖鬼そうようきと激突するのだが⋯⋯。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━「⋯⋯ッ、彼奴あいつは!」《⋯⋯っ、御前は!》


 互いに殺意をみなぎらせ、戦いの真っ只中だった鎌足かまたり蒼妖鬼そうようき

 ⋯⋯この時。

 両者はすぐ間近にまで迫っていた、第三の恐ろしい殺意の存在に、全く気が付いていなかった。



 第三の恐ろしい殺意⋯⋯。

 その殺意、その元となる者は⋯⋯、紅閃鬼こうせんき



 互いに切っ先を向け合っていた鬼切丸おにきりまる妖凛刀ようりんとうが今、初めて同じ方向を向いた。



《⋯⋯二匹とも此処ここで死ね! 鬼扇乱舞きせんらんぶ⋯⋯壱の秘扇ひおうぎ、『扇変万化せんぺんばんか』!》



 紅閃鬼こうせんきは完全に鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの不意を突いた。


 ⋯⋯漁夫ぎょふの利を得た。

 そんな胸の内を映した”したり顔“の紅閃鬼こうせんきが、左右で計十二枚もの鉄扇を広げ、両のてのひらと手首をしならせる。

 そして左の掌の内の鉄扇てっせん六枚を、目を丸くしている鎌足かまたりへ。

 右の掌の内の鉄扇てっせん六枚を、口元を苦々しく歪める蒼妖鬼そうようきに向けて、次々と矢のような速さで撃ち放った。


 鉄扇てっせんの面の先端の無数のとがり⋯⋯俗に言う“山”の部分には、闇に黒光りする鋭い刃の波が並んでいた。



(⋯⋯紅閃鬼こうせんき!? しまった、⋯⋯くそっ、あの不規則な動きをする鉄扇てっせんから逃げ回るのはかえって不利、此処ここは防御に回らずに攻めていく方が得策かも!)


 急な防戦を要する不意の攻撃。

 これ以上あれこれと考える余裕は無い。

 とは言え、鎌足かまたりは先の紅閃鬼こうせんきとの戦い等に於いて、鉄扇てっせんの数種の軌道を一度目にしたことがある。

 脳裏をよぎるのは、鉄扇てっせんの速さと不規則さの複合攻撃。

 そんな紅閃鬼こうせんきの攻撃の特性を、少しは把握している⋯⋯。



 ⋯⋯つもりだった。



 だが今、宙をひらめく不意打ちの鉄扇てっせんは、そんな鎌足かまたりの浅はかな予測を遥かに超えていた。


 驚くべきことに鉄扇てっせんは次の瞬間、空中で”ずれ動く“ように、二枚に分かれた。

 鎌足かまたりに向かう六枚の鉄扇てっせん全てが、倍の数へと分裂する。


 しかもこの分裂は、鎌足かまたりに向けて投じた六枚だけではない。

 蒼妖鬼そうようきに向けて投じた六枚にも、全く同じ分裂現象が起こっていた。



 紅閃鬼こうせんきがこの時、投じた鉄扇てっせんは十二枚ではなかった。

 左と右を合わせ、二十四枚もの鉄扇てっせんを投じていたのだ。



(⋯⋯なッ!? ⋯⋯ま、まさか! ⋯⋯ふ、増えた!?)


 凄まじい早さで眼前に迫ってくる十二の鉄扇てっせん

 その一枚一枚の先端の刃が、鎌足かまたりの首や腕や脚など、身体の”細い部分“を狙っていた。

 その目的は一目瞭然、⋯⋯“切断”だった。



《⋯⋯その命、此処で捨ててしまいなさい。鬼扇乱舞きせんらんぶ せん、⋯⋯『断捨離だんしゃり』》


(⋯⋯ッ! ⋯⋯この数、全ては防げない⋯⋯かッ!?)



 鎌足かまたりは手にしていた鬼切丸おにきりまるを、左逆手に持ち替える。

 そして腰脚に絡めていた鎖鎌くさりがまを解く。

 この左右両刃の体勢で、迫り来る十二の鉄扇てっせんへの攻防に身構えた━━━━。



《⋯⋯ッ!? もうっ! 紅閃鬼こうせんき! 邪魔しないでよね!》



 ━━━━蒼妖鬼そうようきもまた鎌足かまたりと同様だった。

 襲いかかってくる分裂増加した十二枚の鉄扇てっせんに向けて、妖凛刀ようりんとうを構え直した。



《⋯⋯この日本ひのもとの地に息吹いぶけ。刀葉林とうようりん、その新たな根刃こんばよ。⋯⋯あおの地獄より来たりて、⋯⋯わらわの盾となれ!》


 

 蒼妖鬼そうようきの銀の眼が、妖しく輝きを放った。

 妖凛刀ようりんとう石突いしづき(※刃の反対側)で地を突く。

 すると再び大地から無数の根刃こんばが現れ、てんに向かって急速に伸び始めた。

 そのまま蒼妖鬼そうようきの身体を囲み守るようにうごめいた根刃こんばは、空中の至る所から迫ってくる、蒼妖鬼あるじを脅かす十二の鉄扇てっせんに狙いを定めた。

 そして槍のように伸び、針のように先端を尖らせながら、群れを成してその撃墜へと向かっていく━━━━。




 ━━━━「伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、二十一ノ鎖刃さじん、『波破道なみはどう』! ⋯⋯からの! ⋯⋯十一といち鎖刃さじん、『鎖防陣さぼうじん』!」



 一方、鎌足かまたりの放った鎖分銅くさりふんどう波破動なみはどう』は、その名の示す通り、空中で波を打つような不規則な蛇行を見せた。

 不規則に揺れ動く鉄扇てっせんには、不規則に揺れ動く鎖を。

 全てを弾くのは無理でも、上手く行けば、半分近くはこの鎖の波に飲まれるかもしれない。


 そんな鎌足かまたりの期待と読みから繰り出されたこの初手は、幾分かは功を奏する。

 鎌足かまたりは迫り来る十二枚の鉄扇てっせんのうち、何とか五枚を弾き返すことができていた。


 しかし安堵するにはまだ早い。

 鎌足かまたりのすぐ間近に、『波破道なみはどう』の波をくぐり抜けた七枚の鉄扇が、速度を増して四方から迫っていた。


(⋯⋯ッ、速い! でもここまで数を減らしたんだ、何とか防げるかも!)


 一気に鎖を手元に手繰り寄せた鎌足かまたりは、すぐさま素早く鎖を持つ手首を捻り、自身を軸として螺旋らせんを描くように高速で回転させる。

 そして得意の防御の型、鎖の壁を作った。

 

 鎌足かまたり襲撃の一番槍とも言える、先頭の鉄扇てっせん

 この先陣の一枚が、鎌足かまたりが回転させる鎖の壁に激突して、彼方かなたの方向に弾け飛んだ。


 続けざまに第二陣が飛来する。

 前後左右の二枚、そして後方に弧を描いた一枚。

 鎌足かまたりの鎖の壁は、この計三枚の鉄扇てっせんも弾き飛ばした。


 鉄扇てっせんを弾いた衝撃で、鎖の回転が弱まる。

 そんな鎖の間隙かんげきを縫うように、右斜め上空と左斜め上空から、第三陣の二枚が連続して襲いかかった。


(⋯⋯っ、駄目だ、壁を突破される!)


 弱まった『鎖防陣さぼうじん』での防御の限界を感じた鎌足かまたりは、わざと回転の手を止めた。

 自身をぐるりと回る、鎖の最後の一旋回。

 その遠心力を利用して腕をしならせ、右斜め上空からの鉄扇てっせんを弾く。

 そして目の前まで迫っていた左斜め上空からのもう一枚の鉄扇てっせんも、左逆手の鬼切丸おにきりまる咄嗟とっさに振り上げて、真っ二つに斬り裂いた。


(⋯⋯ッ!)


 まさに危機一髪、紙一重の防御だった。

 鎌足かまたりの口から、緊張と安堵の熱い吐息が漏れる。


 鉄扇てっせんの残骸が飛び散る。



 ⋯⋯その時。



 鎌足かまたりの死角から、急に視界に飛び込んできたものがあった。



 それは残り一枚の鉄扇てっせんだった━━━━。




 ━━━━《⋯⋯もうっ! いけ好かないおうぎね!》


 鎌足かまたりの近くでは、蒼妖鬼そうようき根刃こんばによる迎撃を続けていた。

 しかし、ぶつかり合うのは鉄の扇と木の根。

 この紅鬼あかおに蒼鬼あおおにとの攻防に於いては、両者の相性の悪さが如実に表れていた。


 勢いの付いた鉄扇てっせんの”山“の刃。

 その鋭利さは、どんな名刀や名槍めいそうにも勝るほどの斬れ味を誇っていた。

 ほとんどの根刃こんばは、斧で根こそぎ切られる木々のように、見るも無残に次々と切断されていった。

 それでも宙を舞う何本かの根刃こんばは、蒼妖鬼あるじを守ることに成功する。

 鉄扇てっせんを上回る不規則な動きを見せ、しぶとく鉄扇てっせんの串に絡みついた。

 そしてするすると表面に巻き付くと、その恐るべき圧迫の力によって、四枚の鉄扇てっせんを粉々に粉砕していた。


 それでもまだ、優位に立っているのは紅閃鬼こうせんきだった。

 根刃こんばの動く壁を潜り抜けた残り八枚の鉄扇てっせんが、蒼妖鬼そうようきの美しい顔の近くにまで迫っていく。


《⋯⋯もうっ、扇までわらわに魅せられたの!?》


 それでも蒼妖鬼そうようきの美しい顔からは、焦りの色などまるで見られない。

 むしろ口元を妖しく緩ませながら、妖凛刀ようりんとうの刃先を上段、中段、下段、また上段と巧みに回転させた。

 そして襲いかかってくる八枚の鉄扇てっせんの全てを、粉々に真っ二つに、完膚なきまでに次々と粉砕していった。


《⋯⋯うふふ、刃と刃なら、このわらわも決して引けは取らなくてよ》


 蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとうが、まるで演武えんぶでもしているかのように、夜の闇に美しくひらめく。

 最後の八枚目の鉄扇てっせんも、妖凛刀ようりんとうによって弾かれ、粉微塵こなみじんに砕かれる。

 そして蒼妖鬼そうようきは優雅に身をひるがした後、颯爽さっそうと地に片膝を突き、妖凛刀ようりんとうを背中に斜に構える残心ざんしんの型を取った。

 そして得意気に愉しそうに、紅閃鬼こうせんき嘲笑あざわらった。


《⋯⋯残念でした。わらわを不意打ちするなんて。甘く見すぎなじゃない? 紅閃鬼こうせんき


《⋯⋯ふっ、流石ですね、ただの蒼極鬼そうごくき腰巾着こしぎんちゃく女鬼おんなではない、というわけですか》


《⋯⋯はぁ? ⋯⋯失礼な言い方ねぇ。⋯⋯⋯⋯。》)


 その時。


 膝を地に突けている蒼妖鬼そうようきだけが、真っ先に異変に気付いた。

 それは地を伝って脚や膝に伝わってくる、地震のような謎の振動。

 そして響いてくる衝撃音。

 周期は不規則ながら、その謎の揺れと音は地を突き上げるようにして、蒼妖鬼そうようきの足下の地を何度も揺らしていた。



(《⋯⋯ッ!? この大地の振動は⋯⋯、⋯⋯そうか、金砕棒かなさいぼう、⋯⋯蒼剛鬼そうこうきね》)


 すぐさまに振動の氣を辿る。

 その発生源を突き止め、振り向いた蒼妖鬼そうようきの銀の瞳に、金砕棒かなさいぼうを振り回しながら、庭園の端にそびえ立つ朱の大鳥居へと近づいていく、蒼鋼鬼そうこうき巨躯きょくが映った。

 しかし視界に入ってきたのは、蒼鋼鬼そうこうきだけではない。

 蒼鋼鬼そうこうきの目の前には、素早くぴょんぴょんと金砕棒かなさいぼうをかわし、飛び退いていく小柄な人間の姿が在った。

 蒼鋼鬼そうごうきは”当たらない“金砕棒かなさいぼう無闇矢鱈むやみやたらに振り回し、空振りする度に大地を激しく撃ち続けている。



(《⋯⋯もうっ! あんな小さな人間相手に、何を手間取ってるのよ! 早く叩き潰して、血の花を咲かせてあげなさいよ!》━━━━。




 ━━━━この時、そんな苛立ちの表情を浮かべる蒼妖鬼そうようきの近くでは、もう一つの血の花が咲き、この夜の闇をあかく染めていた。



「⋯⋯ぅがッ!」


 鎌足かまたりが身体を捻りながら、弾け飛び、地を滑る。

 その太腿ふとももには、真新しい血のあかがべっとりとまとわりついている。



 蒼妖鬼そうようき紅閃鬼こうせんきと対峙している間、鎌足の身に果たして何が起こったか。



 ⋯⋯⋯⋯『波破動なみはどう』の攻撃と、『鎖防陣さぼうじん』の防御。

 この二つの鎖刃さじんを潜り抜けた一枚の鉄扇てっせんが、切断もくてきを遂げることを防がれた十一枚の鉄扇てっせんかたき討ちとばかりに、遂に鎌足かまたりの身体に鋭い牙を突き立てていたのだ。


 それは喉元に刃が届く寸前だった。

 それでも鎌足かまたりは身体を捻り、飛び退くようにして身体を反らしていた。

 回避それは忍や剣客としての、本能的な”生“への動き。

 忍の厳しい修練を積んだ身軽な鎌足かまたりではなく、一介の剣客や他の警備兵であったならば、確実にこの場には首を切断された亡骸なきがらが一つ、転がっていただろう。


 鉄扇てっせん鎌足かまたりの首ではなく、避けた鎌足かまたりの左の太腿ふとももの上部をかすめていた⋯⋯⋯⋯。




 ⋯⋯⋯⋯「⋯⋯ぐぅッ!?」


 地を転がる鎌足かまたりが傷口を確認する。

 辛うじて急所への直撃だけは免れていた。

 しかしかすめたと言っても、その傷は見た目よりも深い。

 斬り裂かれた柔肌。

 太腿ふとももから流れる鮮血。

 痛みで膝をつく鎌足かまたり太腿ふとももからしたたり落ちた血は、夜の黒だけではなく、白の玉砂利たまじゃりまでもあかく染めていく。



 鎌足かまたりは昨日から今日にかけて、既に多くの鬼と戦い、至る所に手傷を負っていた。

 蒼妖鬼そうようきの仕掛けた毒の余韻にも苦しめられ、臓腑ぞうふの鈍い痛みにも必死に堪えていた。

 その傷や痛みたちに加えて、鎌足かまたりの生命線の一つでもある身軽な体捌たいさばき、その今後にも影響が必至な脚の傷。

 鎌足かまたりは今、まさに満身創痍まんしんそういの状態だった。



 並の人間なら起き上がることも困難なはずの状態の中、それでも鎌足かまたりは気力で立ち上がった。


 呼吸は荒々しい。

 明らかに疲労が、脈を速めていた。


(⋯⋯はぁはぁはぁ、蒼紅鬼おになんかに負けるもんか、帝を守るんだ、東番をやり遂げるんだ、絶対に勝つんだ)

 

 白い吐息に熱い想いを滾らせながら、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるを握りしめ、紅閃鬼こうせんきを睨み付けた。



「⋯⋯くそっ、⋯⋯くそっ。何だ、こんな傷ッ!」


 

 痛みで脚が震える。


 果たして意味があるのかどうかは、鎌足かまたり自身も分からない。

 ⋯⋯少しでも脚の固定になれば。

 そう思った鎌足かまたりは、添え木のように脚に鎖を巻き付けていく。

 脚の震えを、少しでも紅閃鬼こうせんきに見せないように。


 ⋯⋯敵に弱点を晒してはならない。

 身体に染み付くそんな伊賀の掟を守った、自然の振る舞いだった。

 しかしそれでも、鎌足かまたりの膝は痛みに耐えかねて震えていた。



 ぼろぼろの姿を晒し、真剣な表情で懸命に立とうとする鎌足かまたりの姿を、蒼妖鬼そうようき紅閃鬼こうせんきは共にあざけり笑う。

 つい今しがたまで戦っていた、蒼鬼あおおに蒼妖鬼そうようき紅鬼あかおに紅閃鬼こうせんきだが、その根底に流れる人間に対する邪悪な思想は、あおあかもなく、同じだった。


 何て憐れな人間だ。

 何て脆弱な人間だ。

 勝てないと頭で理解しているはずなのに、まだ立ち向かうなんて。


 ⋯⋯何て愚かな人間だ。


 鎌足かまたりを改めて虫けらにも等しい存在だと心の底から思い、ただひたすらにさげすみ、沈黙の罵倒ばとうを浴びせていた。


 紅閃鬼こうせんきがその沈黙を破る。


《⋯⋯これは残念至極。”初手“は、二匹ともに外してしまいましたか。ふふふ⋯⋯、だが鎌足かまたりとやら。その痛々しい傷、その懸命に力を振り絞る顔は、まさに刻一刻と死が近づいている者が見せる末期まつごの姿というもの。⋯⋯ふふふ、あわれですね》


「⋯⋯うるさい、まだ負けたわけじゃない! その得意顔、絶対に慌てさせてやるからなァ!!」



 紅閃鬼こうせんきの見下した嘲笑ちょうしょうが、鎌足かまたりの苛立ちと闘志を掻き立てる。

 そんな強気や闘志も嘲笑うように、横から唐突に蒼妖鬼そうようきが口を挟んできた。



《⋯⋯あのさ、鎌ちゃん? ⋯⋯残念だけどぉ、あなたの実力じゃ、紅閃鬼こうせんきには勝てなくてよ?》


「⋯⋯な、何だとぅ!?」


《⋯⋯うふふ。だって、あなた、扇の“かなめ”をほとんど壊せていないじゃない》


「⋯⋯え」



 紅閃鬼こうせんきに負けない程の蒼妖鬼そうようき嘲笑ちょうしょうと、鎌足かまたりの力の無い吐息の直後だった。



 鎌足かまたりは自身が置かれている状況の異変に気付き、絶句する。



 鎌足かまたりが撃退したはずの鉄扇てっせん

 そのうち破壊した一枚を除く十枚と、鎌足かまたりの太腿を斬り裂いた一枚、計十一枚が鎌足かまたりの周りを取り囲み、魔界の蝶のように妖しくひらひらと舞っていたのだ。


「⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯あ」


 鉄扇てっせんの蝶の群れに四方を囲まれた鎌足かまたりの顔からは、みるみるうちに血の気が引いていく。


《⋯⋯これぞ鬼扇乱舞きせんらんぶ、弐の秘扇ひおうぎ、⋯⋯『胡蝶乱こちょうらん』》


「⋯⋯う、⋯⋯あぅ」


《⋯⋯蒼妖鬼そうようきの言う通りですよ。私の鉄扇てっせんの“要”を一枚しか破壊できない剣腕うでで、よくそんな強気な顔ができますね。⋯⋯さて、私が合図すればどうなるでしょう?》


「⋯⋯っ、く、くそっ」


《⋯⋯さて、獲物は二匹。どちらから先にたおすべきでしょうか。⋯⋯ふむ》


 紅閃鬼こうせんきは顎に手を当てながら、蒼妖鬼そうようき鎌足かまたりを見比べた。


《⋯⋯何よ。またやる気? 望むところよ》

「⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯っ、⋯⋯あ」


《⋯⋯どちらにしようかな》


《⋯⋯早く決めなさいよ、もうっ》

「⋯⋯う、⋯⋯が、⋯⋯あ、⋯⋯う」


《⋯⋯そうですねぇ、⋯⋯⋯⋯よし、決めました》


《⋯⋯で? どっち?》

「⋯⋯あ、⋯⋯う」



《⋯⋯まずは七十年前の怨み。⋯⋯鬼切丸おにきりまるにしましょう。折角こうして追い詰めていますし、紅影鬼こうえいきかたきでもありますからね》



《⋯⋯つまんないの》

「⋯⋯あ、⋯⋯ッ!?」



 紅閃鬼こうせんきの第一の獲物は、呆気なく鎌足かまたりに決まった。



《⋯⋯というわけで、この死にかけの鎌足かまたりとやらの命、私が先に頂くことにしましたが、よいですか? ⋯⋯貴女はその後にゆっくり、⋯⋯なぶり殺しにします》


《⋯⋯良いわよ。鎌ちゃんのくだらない命は、紅閃鬼こうせんき、貴方にあげるわ。⋯⋯でもわらわと戦った時、なぶり殺しにされるのはわらわではなくて、⋯⋯貴方の方でしょうに?》


《⋯⋯横からの不意打ちは許しませんよ?》


《⋯⋯よく言うわ。誰の口が言ってるのよ》



 紅閃鬼こうせんきはにやりと笑みを浮かべると、派手に衣をひるがえして、獲物である鎌足かまたりの方へと向き直った。

 そして右の手首を振り、再び鉄扇てっせん一枚を掌の中に召喚させると、その鉄扇てっせんを扇の蝶の群れの中へ投じた。


 投じられた鉄扇てっせんは蝶の群れの中を通り、空高くに上昇していく。

 そんな鉄扇てっせんに導かれるように、鎌足かまたりを取り囲んでいた鉄の蝶たちも次々と、空高くにふわりと舞い上がった。


「⋯⋯あっ、⋯⋯な、何だ、何をする気だ?」



 空を見上げた鎌足かまたりの瞳に、それは奇しくも鉄の色である銀の鱗粉を撒き散らした、本当の蝶のように見えた。



《⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶさん秘扇ひおうぎ、⋯⋯『斬死時雨きりしぐれ』》



 十二枚の鉄扇てっせんは、鎌足かまたりの頭上高くで曲線を描いた。

 相当の高さまで達すると、その位置で逆さまになり、鋭い刃先を真下にする。

 そしてまるで雨粒激しい“にわか雨”のように、鎌足かまたりに降り注いだ。



 ⋯⋯それは地上の人間を串刺し、斬り裂く、死の雨だった。



(⋯⋯う、くそっ、くそっ、まだこんな技を⋯⋯、愉しみながら私を斬り刻む気だな!?)


 上空から迫る鉄扇てっせんの無数の刃を、鎌足かまたりは一枚一枚の僅かな隙間を見つけては必死にくぐり、飛び跳ね、転がりかわしていった。

 しかし、その動きは明らかに鈍っていた。

 先程までは、辛うじて身体に触れさせず、無傷でかわすことができていた鉄扇てっせん

 それが今は、ことごとく忍服や薄皮をかすめていた。

 身体の傷が増え、痛みもどんどん増してくる。

 疲労の荒い呼吸も今は、死を待つ者の絶望の響きにも聞こえる程に、熱く激しく甚だしいものとなっていた。


(⋯⋯はぁはぁはぁはぁ⋯⋯はぁはぁはぁはぁ⋯⋯)

 

 そんな鎌足かまたり鉄扇てっせんまでが嘲笑あざわらうように、攻撃は止むことを知らなかった。

 かわされた鉄扇てっせんは再び弧を描き舞い上がり、そして再び死の雨と化す。

 永遠に続くのではと思える程に途切れのない攻撃を前に、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるも鎖鎌の技も振るうことが出来ない。



 ⋯⋯その鎌足かまたりの懸命の回避の最中さなか

 何処どのかで何発もの大砲おおづつのような音が轟いた。

 発射された流れ弾だろうか。

 硬い”何か“に勢いよくめり込み、爆発するような音が間髪入れずに鳴り響いた。

 しかしそんな異常な轟音ごうおんですら、今の鎌足かまたり紅閃鬼こうせんきの耳には入らない。

 それ程までに、鎌足かまたりは精神を集中して、この狂気の刃の雨粒を避け続けていた。

 攻める紅閃鬼こうせんきも、戦い前に自身で口走っていた”油断無し、全力で”という言葉も忘れ、鬼の生来の本能のままに、殺戮さつりく恍惚こうこつの海に溺れていた。



「⋯⋯はぁはぁはぁ⋯⋯絶対に⋯⋯負けられないッ! どんなに傷ついていても、どんなに身体が悲鳴を上げても、⋯⋯紅鬼おになんかに、⋯⋯蒼鬼おになんかに、⋯⋯負けてたまるかァ!!」


《⋯⋯まったく。小賢こざかしく諦めの悪い人間やつですね⋯⋯、まぁ、その方が愉しみ甲斐があるというものですが》



 紅閃鬼こうせんきは更に掌の中に六枚の鉄扇てっせんを広げ、空高くに無造作に放った。

 その鉄扇てっせんは先程と同じく、空中で倍の十二枚となり、放物線を描いた後は恐怖の鉄扇てっせんの雨へと変わる。


 小雨は大雨へ、にわか雨は長雨ながさめへ。


 この時、鎌足かまたりの頭上からは、二十四枚もの鉄扇てっせんの雨が、晴間たえまなく降り注いでいた━━━━。






 ━━━━この鎌足かまたりの必死の抵抗と、紅閃鬼こうせんきの狂気の攻めによる“ときいとま”を、最大の好機こうきと捉える者が居た。



 ⋯⋯蒼妖鬼そうようきである。



 うごめ根刃こんばが防御の役目を終えて地中へと戻っていく中、蒼妖鬼そうようきの背後で再び轟音ごうおんが鳴り響いた。

 それは先程の大筒おおづつのような音や、今まで感じた揺れとは比べ物にならない程の、強烈な衝撃音だった。

 地を照らす篝火かがりびが崩れ、燈籠とうろうや池の橋が崩落する。

 地面が大きく揺れ、音の発生地点とは離れたこの地に於いても、蒼妖鬼そうようきの美しい黒髪が東の空になびいた。



 それは大鳥居の太柱と、蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうとの衝突音だった。

 蒼妖鬼そうようきが大鳥居を一瞥いちべつする。

 鬼は人間よりも夜目よめが利く。

 大鳥居のひがしの太柱には大きな陥没穴が空き、そこからは明らかな”線“が拡がっていくのが見えた。

 

(《陥没穴に、あれはひび割れ⋯⋯、あらら、明らかにぐらぐら揺れてる。⋯⋯ははぁん、なるほどね。蒼鋼鬼そうこうきったら大胆なことしちゃって。⋯⋯うふふふ、やり過ぎよ。大鳥居あれ、倒れちゃうわよ。⋯⋯ん、でも、まぁ、これくらいはしないと京都陥落のお祝いには相応しくない、か。⋯⋯で、さてと。戦況は今どうなのかしら》)


 蒼妖鬼そうようきはゆっくりと辺りを見回した。

 戦いを繰り広げている蒼紅鬼おにや人の数は、相当にまばらになっている。

 蒼妖鬼そうようきは上空の夜闇に浮かぶ蒼紅あおあかの渦⋯⋯羅生門らしょうもん邪道じゃどうを仰ぎ見た。



(《⋯⋯ひぃ、ふぅ、みぃ⋯⋯、ふむふむ。蒼鬼紅鬼わがぐんあかおに双方、残るものごく僅かね。思ったよりやるじゃない、紅鬼あかおにも人間も。⋯⋯⋯⋯あら? ⋯⋯おかしい、⋯⋯蒼刃鬼そうじんきの氣が感じれられない? 何で?》



 蒼妖鬼そうようきはもう一度、念入りに空の渦を見渡した。

 夜の空の中でも一際目立つ、修羅しゅらの命と連動した蒼紅そうくの大きな渦。


 戦いが始まった当初は、あおの大渦が三つ、あかの大渦が三つ、六つの大渦が在った。

 あかは二つしかなかったが、これは蒼妖鬼そうようき自身が、紅鋏鬼こうきょうきたおしたからだ。

 しかし三つあるはずのあおい大渦は、何故なぜか二つしかない。

 羅刹らせつの命と連動した渦自体も数える程にまばらなため、見落としは絶対になかった。


(《⋯⋯まさか。⋯⋯誰かに討たれたの?》)


 蒼妖鬼そうようきは目を閉じ、蒼刃鬼そうじんき辿たどった。



(《⋯⋯⋯⋯。⋯⋯っ、やはり。⋯⋯無間地獄に堕ちた苦痛の叫び、あおい霧しか感じない⋯⋯、こうなったら、この映えあるいくさの”勝ち“を決めるのは、御所の破壊と征服。⋯⋯すなわち帝の命を、先に地獄におくる事! ⋯⋯紅閃鬼こうせんき、鎌ちゃん、悪いわね、お先に失礼⋯⋯》)

 


 突如として蒼妖鬼そうようきの姿が、陽炎かげろうのようにゆがんだ⋯⋯。



 ⋯⋯次の瞬間。



 まるで時空を超えたように、蒼妖鬼そうようきの姿は御所家屋本殿前、その軒下のきしたにあった。



《⋯⋯あの公家の今際いまわきわの話によると、⋯⋯確か帝は清涼殿せいりょうでん、長い回廊を抜けた先、⋯⋯だったわね》


 周囲を見渡した蒼妖鬼そうようきの銀の眼に映ったのは、きしむ轟音と共にゆっくりと御所に向かって倒れてくる大鳥居。

 そしてその真下で慌てふためく、兼季かねすえと警備兵三人の姿だった。



《⋯⋯あら? あの者は確か⋯⋯、警備の重役の⋯⋯》



「大将様! 倒れてきますっ、直撃してしまうッ!」

「大将様! 大鳥居が!! 早くこちらへ!!」

「大将様! どうか早くお逃げくださいッ!」


「⋯⋯ッ! 馬鹿者め! 私の命などより、帝の御命おいのちが無事であることが最優先だ! それに帝を捨てて逃げるなど、武門の恥ぞ! ⋯⋯この角度なら何とか清涼殿せいりょうでんへの直撃は免れるだろうが⋯⋯、何より帝の御様子が、親衛隊二十名の配置が気がかり⋯⋯ッ、よいな! この扉を守れ! この先には絶対に蒼紅鬼おにどもは通すな!!」



 大鳥居は更に傾きを増して、柱の一部が崩れ落ちてきている。



 急ぎ慌てながら、兼季かねすえが厳重な扉の向こうへと消えていく。

 兼季かねすえが去った後、残る三人の警備兵たちによって、すぐに扉は閉ざされた。

 出入口の扉の閉める重たい音と、錠前をかける甲高い鉛の音だけが、夜の闇に響いた。



《⋯⋯ははーん。なるほど。⋯⋯あの扉の向こうが清涼殿せいりょうでんへの通路。その先にその長い回廊があるわけね。⋯⋯うふふ、きゃは》



 それは邪念と妖気に満ちた、美しくも可愛らしい笑みだった。


 蒼妖鬼そうようきは両腕を後ろに回し、妖凛刀ようりんとうを背中に隠すと、湧き上がる興奮を抑えながら、しおらしく歩きだした。


 そして堅く閉ざされた扉の前まで来ると、残された三人の警備兵たちの顔を覗き込むように、あざとく首を傾げ、もじもじしながら、にっこりと微笑みかけた。



《⋯⋯こんばんは、素敵なお兄さんがた。⋯⋯あの、⋯⋯あのね、⋯⋯わらわも帝に会いたいな》━━━━。




第62話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回後半の第63話「血戦」は5月25日に投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

誤字脱字は見つけ次第、随時訂正をかけています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!

OP①https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn

OP②https://suno.com/s/nfaRr8NZ7QYcZui2

挿入歌 https://suno.com/s/90ui1ZP5RnEElQo3

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ