第62話 三つ巴
※本文が長くなったため、急遽、前後半に分けました。後半第63話「血戦」は、5月25日に投稿予定です。
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。紅斬鬼と巨大な大鳥居の上で激突する。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。御所前の広大な庭園内で蒼妖鬼と激突するのだが⋯⋯。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。紅斬鬼とは犬猿の仲。
蒼鋼鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒で破壊の限りを尽くす。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━「⋯⋯ッ、彼奴は!」《⋯⋯っ、御前は!》
互いに殺意を漲らせ、戦いの真っ只中だった鎌足と蒼妖鬼。
⋯⋯この時。
両者はすぐ間近にまで迫っていた、第三の恐ろしい殺意の存在に、全く気が付いていなかった。
第三の恐ろしい殺意⋯⋯。
その殺意、その元となる者は⋯⋯、紅閃鬼。
互いに切っ先を向け合っていた鬼切丸と妖凛刀が今、初めて同じ方向を向いた。
《⋯⋯二匹とも此処で死ね! 鬼扇乱舞⋯⋯壱の秘扇、『扇変万化』!》
紅閃鬼は完全に鎌足と蒼妖鬼の不意を突いた。
⋯⋯漁夫の利を得た。
そんな胸の内を映した”したり顔“の紅閃鬼が、左右で計十二枚もの鉄扇を広げ、両の掌と手首を撓らせる。
そして左の掌の内の鉄扇六枚を、目を丸くしている鎌足へ。
右の掌の内の鉄扇六枚を、口元を苦々しく歪める蒼妖鬼に向けて、次々と矢のような速さで撃ち放った。
鉄扇の面の先端の無数の尖り⋯⋯俗に言う“山”の部分には、闇に黒光りする鋭い刃の波が並んでいた。
(⋯⋯紅閃鬼!? しまった、⋯⋯くそっ、あの不規則な動きをする鉄扇から逃げ回るのはかえって不利、此処は防御に回らずに攻めていく方が得策かも!)
急な防戦を要する不意の攻撃。
これ以上あれこれと考える余裕は無い。
とは言え、鎌足は先の紅閃鬼との戦い等に於いて、鉄扇の数種の軌道を一度目にしたことがある。
脳裏を過るのは、鉄扇の速さと不規則さの複合攻撃。
そんな紅閃鬼の攻撃の特性を、少しは把握している⋯⋯。
⋯⋯つもりだった。
だが今、宙を閃く不意打ちの鉄扇は、そんな鎌足の浅はかな予測を遥かに超えていた。
驚くべきことに鉄扇は次の瞬間、空中で”ずれ動く“ように、二枚に分かれた。
鎌足に向かう六枚の鉄扇全てが、倍の数へと分裂する。
しかもこの分裂は、鎌足に向けて投じた六枚だけではない。
蒼妖鬼に向けて投じた六枚にも、全く同じ分裂現象が起こっていた。
紅閃鬼がこの時、投じた鉄扇は十二枚ではなかった。
左と右を合わせ、二十四枚もの鉄扇を投じていたのだ。
(⋯⋯なッ!? ⋯⋯ま、まさか! ⋯⋯ふ、増えた!?)
凄まじい早さで眼前に迫ってくる十二の鉄扇。
その一枚一枚の先端の刃が、鎌足の首や腕や脚など、身体の”細い部分“を狙っていた。
その目的は一目瞭然、⋯⋯“切断”だった。
《⋯⋯その命、此処で捨ててしまいなさい。鬼扇乱舞 閃、⋯⋯『断捨離』》
(⋯⋯ッ! ⋯⋯この数、全ては防げない⋯⋯かッ!?)
鎌足は手にしていた鬼切丸を、左逆手に持ち替える。
そして腰脚に絡めていた鎖鎌を解く。
この左右両刃の体勢で、迫り来る十二の鉄扇への攻防に身構えた━━━━。
《⋯⋯ッ!? もうっ! 紅閃鬼! 邪魔しないでよね!》
━━━━蒼妖鬼もまた鎌足と同様だった。
襲いかかってくる分裂増加した十二枚の鉄扇に向けて、妖凛刀を構え直した。
《⋯⋯この日本の地に息吹け。刀葉林、その新たな根刃よ。⋯⋯蒼の地獄より来たりて、⋯⋯妾の盾となれ!》
蒼妖鬼の銀の眼が、妖しく輝きを放った。
妖凛刀の石突(※刃の反対側)で地を突く。
すると再び大地から無数の根刃が現れ、空に向かって急速に伸び始めた。
そのまま蒼妖鬼の身体を囲み守るように蠢いた根刃は、空中の至る所から迫ってくる、蒼妖鬼を脅かす十二の鉄扇に狙いを定めた。
そして槍のように伸び、針のように先端を尖らせながら、群れを成してその撃墜へと向かっていく━━━━。
━━━━「伊賀流鎖鎌、二十一ノ鎖刃、『波破道』! ⋯⋯からの! ⋯⋯十一ノ鎖刃、『鎖防陣』!」
一方、鎌足の放った鎖分銅『波破動』は、その名の示す通り、空中で波を打つような不規則な蛇行を見せた。
不規則に揺れ動く鉄扇には、不規則に揺れ動く鎖を。
全てを弾くのは無理でも、上手く行けば、半分近くはこの鎖の波に飲まれるかもしれない。
そんな鎌足の期待と読みから繰り出されたこの初手は、幾分かは功を奏する。
鎌足は迫り来る十二枚の鉄扇のうち、何とか五枚を弾き返すことができていた。
しかし安堵するにはまだ早い。
鎌足のすぐ間近に、『波破道』の波を潜り抜けた七枚の鉄扇が、速度を増して四方から迫っていた。
(⋯⋯ッ、速い! でもここまで数を減らしたんだ、何とか防げるかも!)
一気に鎖を手元に手繰り寄せた鎌足は、すぐさま素早く鎖を持つ手首を捻り、自身を軸として螺旋を描くように高速で回転させる。
そして得意の防御の型、鎖の壁を作った。
鎌足襲撃の一番槍とも言える、先頭の鉄扇。
この先陣の一枚が、鎌足が回転させる鎖の壁に激突して、彼方の方向に弾け飛んだ。
続けざまに第二陣が飛来する。
前後左右の二枚、そして後方に弧を描いた一枚。
鎌足の鎖の壁は、この計三枚の鉄扇も弾き飛ばした。
鉄扇を弾いた衝撃で、鎖の回転が弱まる。
そんな鎖の間隙を縫うように、右斜め上空と左斜め上空から、第三陣の二枚が連続して襲いかかった。
(⋯⋯っ、駄目だ、壁を突破される!)
弱まった『鎖防陣』での防御の限界を感じた鎌足は、わざと回転の手を止めた。
自身をぐるりと回る、鎖の最後の一旋回。
その遠心力を利用して腕を撓らせ、右斜め上空からの鉄扇を弾く。
そして目の前まで迫っていた左斜め上空からのもう一枚の鉄扇も、左逆手の鬼切丸を咄嗟に振り上げて、真っ二つに斬り裂いた。
(⋯⋯ッ!)
まさに危機一髪、紙一重の防御だった。
鎌足の口から、緊張と安堵の熱い吐息が漏れる。
鉄扇の残骸が飛び散る。
⋯⋯その時。
鎌足の死角から、急に視界に飛び込んできたものがあった。
それは残り一枚の鉄扇だった━━━━。
━━━━《⋯⋯もうっ! いけ好かない扇ね!》
鎌足の近くでは、蒼妖鬼が根刃による迎撃を続けていた。
しかし、ぶつかり合うのは鉄の扇と木の根。
この紅鬼と蒼鬼との攻防に於いては、両者の相性の悪さが如実に表れていた。
勢いの付いた鉄扇の”山“の刃。
その鋭利さは、どんな名刀や名槍にも勝るほどの斬れ味を誇っていた。
ほとんどの根刃は、斧で根こそぎ切られる木々のように、見るも無残に次々と切断されていった。
それでも宙を舞う何本かの根刃は、蒼妖鬼を守ることに成功する。
鉄扇を上回る不規則な動きを見せ、しぶとく鉄扇の串に絡みついた。
そしてするすると表面に巻き付くと、その恐るべき圧迫の力によって、四枚の鉄扇を粉々に粉砕していた。
それでもまだ、優位に立っているのは紅閃鬼だった。
根刃の動く壁を潜り抜けた残り八枚の鉄扇が、蒼妖鬼の美しい顔の近くにまで迫っていく。
《⋯⋯もうっ、扇まで妾に魅せられたの!?》
それでも蒼妖鬼の美しい顔からは、焦りの色などまるで見られない。
むしろ口元を妖しく緩ませながら、妖凛刀の刃先を上段、中段、下段、また上段と巧みに回転させた。
そして襲いかかってくる八枚の鉄扇の全てを、粉々に真っ二つに、完膚なきまでに次々と粉砕していった。
《⋯⋯うふふ、刃と刃なら、この妾も決して引けは取らなくてよ》
蒼妖鬼と妖凛刀が、まるで演武でもしているかのように、夜の闇に美しく閃く。
最後の八枚目の鉄扇も、妖凛刀によって弾かれ、粉微塵に砕かれる。
そして蒼妖鬼は優雅に身を翻した後、颯爽と地に片膝を突き、妖凛刀を背中に斜に構える残心の型を取った。
そして得意気に愉しそうに、紅閃鬼を嘲笑った。
《⋯⋯残念でした。妾を不意打ちするなんて。甘く見すぎなじゃない? 紅閃鬼》
《⋯⋯ふっ、流石ですね、ただの蒼極鬼の腰巾着の女鬼ではない、というわけですか》
《⋯⋯はぁ? ⋯⋯失礼な言い方ねぇ。⋯⋯⋯⋯。》)
その時。
膝を地に突けている蒼妖鬼だけが、真っ先に異変に気付いた。
それは地を伝って脚や膝に伝わってくる、地震のような謎の振動。
そして響いてくる衝撃音。
周期は不規則ながら、その謎の揺れと音は地を突き上げるようにして、蒼妖鬼の足下の地を何度も揺らしていた。
(《⋯⋯ッ!? この大地の振動は⋯⋯、⋯⋯そうか、金砕棒、⋯⋯蒼剛鬼ね》)
すぐさまに振動の氣を辿る。
その発生源を突き止め、振り向いた蒼妖鬼の銀の瞳に、金砕棒を振り回しながら、庭園の端に聳え立つ朱の大鳥居へと近づいていく、蒼鋼鬼の巨躯が映った。
しかし視界に入ってきたのは、蒼鋼鬼だけではない。
蒼鋼鬼の目の前には、素早くぴょんぴょんと金砕棒をかわし、飛び退いていく小柄な人間の姿が在った。
蒼鋼鬼は”当たらない“金砕棒を無闇矢鱈に振り回し、空振りする度に大地を激しく撃ち続けている。
(《⋯⋯もうっ! あんな小さな人間相手に、何を手間取ってるのよ! 早く叩き潰して、血の花を咲かせてあげなさいよ!》━━━━。
━━━━この時、そんな苛立ちの表情を浮かべる蒼妖鬼の近くでは、もう一つの血の花が咲き、この夜の闇を紅く染めていた。
「⋯⋯ぅがッ!」
鎌足が身体を捻りながら、弾け飛び、地を滑る。
その太腿には、真新しい血の紅がべっとりと纏わりついている。
蒼妖鬼が紅閃鬼と対峙している間、鎌足の身に果たして何が起こったか。
⋯⋯⋯⋯『波破動』の攻撃と、『鎖防陣』の防御。
この二つの鎖刃を潜り抜けた一枚の鉄扇が、切断を遂げることを防がれた十一枚の鉄扇の仇討ちとばかりに、遂に鎌足の身体に鋭い牙を突き立てていたのだ。
それは喉元に刃が届く寸前だった。
それでも鎌足は身体を捻り、飛び退くようにして身体を反らしていた。
回避は忍や剣客としての、本能的な”生“への動き。
忍の厳しい修練を積んだ身軽な鎌足ではなく、一介の剣客や他の警備兵であったならば、確実にこの場には首を切断された亡骸が一つ、転がっていただろう。
鉄扇は鎌足の首ではなく、避けた鎌足の左の太腿の上部を掠めていた⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯「⋯⋯ぐぅッ!?」
地を転がる鎌足が傷口を確認する。
辛うじて急所への直撃だけは免れていた。
しかし掠めたと言っても、その傷は見た目よりも深い。
斬り裂かれた柔肌。
太腿から流れる鮮血。
痛みで膝をつく鎌足の太腿から滴り落ちた血は、夜の黒だけではなく、白の玉砂利までも紅く染めていく。
鎌足は昨日から今日にかけて、既に多くの鬼と戦い、至る所に手傷を負っていた。
蒼妖鬼の仕掛けた毒の余韻にも苦しめられ、臓腑の鈍い痛みにも必死に堪えていた。
その傷や痛みたちに加えて、鎌足の生命線の一つでもある身軽な体捌き、その今後にも影響が必至な脚の傷。
鎌足は今、まさに満身創痍の状態だった。
並の人間なら起き上がることも困難なはずの状態の中、それでも鎌足は気力で立ち上がった。
呼吸は荒々しい。
明らかに疲労が、脈を速めていた。
(⋯⋯はぁはぁはぁ、蒼紅鬼なんかに負けるもんか、帝を守るんだ、東番をやり遂げるんだ、絶対に勝つんだ)
白い吐息に熱い想いを滾らせながら、鎌足は鬼切丸を握りしめ、紅閃鬼を睨み付けた。
「⋯⋯くそっ、⋯⋯くそっ。何だ、こんな傷ッ!」
痛みで脚が震える。
果たして意味があるのかどうかは、鎌足自身も分からない。
⋯⋯少しでも脚の固定になれば。
そう思った鎌足は、添え木のように脚に鎖を巻き付けていく。
脚の震えを、少しでも紅閃鬼に見せないように。
⋯⋯敵に弱点を晒してはならない。
身体に染み付くそんな伊賀の掟を守った、自然の振る舞いだった。
しかしそれでも、鎌足の膝は痛みに耐えかねて震えていた。
ぼろぼろの姿を晒し、真剣な表情で懸命に立とうとする鎌足の姿を、蒼妖鬼と紅閃鬼は共に嘲り笑う。
つい今しがたまで戦っていた、蒼鬼の蒼妖鬼と紅鬼の紅閃鬼だが、その根底に流れる人間に対する邪悪な思想は、蒼も紅もなく、同じだった。
何て憐れな人間だ。
何て脆弱な人間だ。
勝てないと頭で理解しているはずなのに、まだ立ち向かうなんて。
⋯⋯何て愚かな人間だ。
鎌足を改めて虫けらにも等しい存在だと心の底から思い、ただひたすらに蔑み、沈黙の罵倒を浴びせていた。
紅閃鬼がその沈黙を破る。
《⋯⋯これは残念至極。”初手“は、二匹ともに外してしまいましたか。ふふふ⋯⋯、だが鎌足とやら。その痛々しい傷、その懸命に力を振り絞る顔は、まさに刻一刻と死が近づいている者が見せる末期の姿というもの。⋯⋯ふふふ、憐れですね》
「⋯⋯うるさい、まだ負けたわけじゃない! その得意顔、絶対に慌てさせてやるからなァ!!」
紅閃鬼の見下した嘲笑が、鎌足の苛立ちと闘志を掻き立てる。
そんな強気や闘志も嘲笑うように、横から唐突に蒼妖鬼が口を挟んできた。
《⋯⋯あのさ、鎌ちゃん? ⋯⋯残念だけどぉ、あなたの実力じゃ、紅閃鬼には勝てなくてよ?》
「⋯⋯な、何だとぅ!?」
《⋯⋯うふふ。だって、あなた、扇の“要”を殆ど壊せていないじゃない》
「⋯⋯え」
紅閃鬼に負けない程の蒼妖鬼の嘲笑と、鎌足の力の無い吐息の直後だった。
鎌足は自身が置かれている状況の異変に気付き、絶句する。
鎌足が撃退したはずの鉄扇。
そのうち破壊した一枚を除く十枚と、鎌足の太腿を斬り裂いた一枚、計十一枚が鎌足の周りを取り囲み、魔界の蝶のように妖しくひらひらと舞っていたのだ。
「⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯あ」
鉄扇の蝶の群れに四方を囲まれた鎌足の顔からは、みるみるうちに血の気が引いていく。
《⋯⋯これぞ鬼扇乱舞、弐の秘扇、⋯⋯『胡蝶乱』》
「⋯⋯う、⋯⋯あぅ」
《⋯⋯蒼妖鬼の言う通りですよ。私の鉄扇の“要”を一枚しか破壊できない剣腕で、よくそんな強気な顔ができますね。⋯⋯さて、私が合図すればどうなるでしょう?》
「⋯⋯っ、く、くそっ」
《⋯⋯さて、獲物は二匹。どちらから先に斃すべきでしょうか。⋯⋯ふむ》
紅閃鬼は顎に手を当てながら、蒼妖鬼と鎌足を見比べた。
《⋯⋯何よ。またやる気? 望むところよ》
「⋯⋯あ、⋯⋯う、⋯⋯っ、⋯⋯あ」
《⋯⋯どちらにしようかな》
《⋯⋯早く決めなさいよ、もうっ》
「⋯⋯う、⋯⋯が、⋯⋯あ、⋯⋯う」
《⋯⋯そうですねぇ、⋯⋯⋯⋯よし、決めました》
《⋯⋯で? どっち?》
「⋯⋯あ、⋯⋯う」
《⋯⋯まずは七十年前の怨み。⋯⋯鬼切丸にしましょう。折角こうして追い詰めていますし、紅影鬼の仇でもありますからね》
《⋯⋯つまんないの》
「⋯⋯あ、⋯⋯ッ!?」
紅閃鬼の第一の獲物は、呆気なく鎌足に決まった。
《⋯⋯というわけで、この死にかけの鎌足とやらの命、私が先に頂くことにしましたが、よいですか? ⋯⋯貴女はその後にゆっくり、⋯⋯嬲り殺しにします》
《⋯⋯良いわよ。鎌ちゃんのくだらない命は、紅閃鬼、貴方にあげるわ。⋯⋯でも妾と戦った時、嬲り殺しにされるのは妾ではなくて、⋯⋯貴方の方でしょうに?》
《⋯⋯横からの不意打ちは許しませんよ?》
《⋯⋯よく言うわ。誰の口が言ってるのよ》
紅閃鬼はにやりと笑みを浮かべると、派手に衣を翻して、獲物である鎌足の方へと向き直った。
そして右の手首を振り、再び鉄扇一枚を掌の中に召喚させると、その鉄扇を扇の蝶の群れの中へ投じた。
投じられた鉄扇は蝶の群れの中を通り、空高くに上昇していく。
そんな鉄扇に導かれるように、鎌足を取り囲んでいた鉄の蝶たちも次々と、空高くにふわりと舞い上がった。
「⋯⋯あっ、⋯⋯な、何だ、何をする気だ?」
空を見上げた鎌足の瞳に、それは奇しくも鉄の色である銀の鱗粉を撒き散らした、本当の蝶のように見えた。
《⋯⋯鬼扇乱舞、参の秘扇、⋯⋯『斬死時雨』》
十二枚の鉄扇は、鎌足の頭上高くで曲線を描いた。
相当の高さまで達すると、その位置で逆さまになり、鋭い刃先を真下にする。
そしてまるで雨粒激しい“にわか雨”のように、鎌足に降り注いだ。
⋯⋯それは地上の人間を串刺し、斬り裂く、死の雨だった。
(⋯⋯う、くそっ、くそっ、まだこんな技を⋯⋯、愉しみながら私を斬り刻む気だな!?)
上空から迫る鉄扇の無数の刃を、鎌足は一枚一枚の僅かな隙間を見つけては必死に掻い潜り、飛び跳ね、転がりかわしていった。
しかし、その動きは明らかに鈍っていた。
先程までは、辛うじて身体に触れさせず、無傷でかわすことができていた鉄扇。
それが今は、尽く忍服や薄皮を掠めていた。
身体の傷が増え、痛みもどんどん増してくる。
疲労の荒い呼吸も今は、死を待つ者の絶望の響きにも聞こえる程に、熱く激しく甚だしいものとなっていた。
(⋯⋯はぁはぁはぁはぁ⋯⋯はぁはぁはぁはぁ⋯⋯)
そんな鎌足を鉄扇までが嘲笑うように、攻撃は止むことを知らなかった。
かわされた鉄扇は再び弧を描き舞い上がり、そして再び死の雨と化す。
永遠に続くのではと思える程に途切れのない攻撃を前に、鎌足は鬼切丸も鎖鎌の技も振るうことが出来ない。
⋯⋯その鎌足の懸命の回避の最中。
何処かで何発もの大砲のような音が轟いた。
発射された流れ弾だろうか。
硬い”何か“に勢いよくめり込み、爆発するような音が間髪入れずに鳴り響いた。
しかしそんな異常な轟音ですら、今の鎌足と紅閃鬼の耳には入らない。
それ程までに、鎌足は精神を集中して、この狂気の刃の雨粒を避け続けていた。
攻める紅閃鬼も、戦い前に自身で口走っていた”油断無し、全力で”という言葉も忘れ、鬼の生来の本能のままに、殺戮と恍惚の海に溺れていた。
「⋯⋯はぁはぁはぁ⋯⋯絶対に⋯⋯負けられないッ! どんなに傷ついていても、どんなに身体が悲鳴を上げても、⋯⋯紅鬼なんかに、⋯⋯蒼鬼なんかに、⋯⋯負けてたまるかァ!!」
《⋯⋯まったく。小賢しく諦めの悪い人間ですね⋯⋯、まぁ、その方が愉しみ甲斐があるというものですが》
紅閃鬼は更に掌の中に六枚の鉄扇を広げ、空高くに無造作に放った。
その鉄扇は先程と同じく、空中で倍の十二枚となり、放物線を描いた後は恐怖の鉄扇の雨へと変わる。
小雨は大雨へ、にわか雨は長雨へ。
この時、鎌足の頭上からは、二十四枚もの鉄扇の雨が、晴間なく降り注いでいた━━━━。
━━━━この鎌足の必死の抵抗と、紅閃鬼の狂気の攻めによる“刻の暇”を、最大の好機と捉える者が居た。
⋯⋯蒼妖鬼である。
蠢く根刃が防御の役目を終えて地中へと戻っていく中、蒼妖鬼の背後で再び轟音が鳴り響いた。
それは先程の大筒のような音や、今まで感じた揺れとは比べ物にならない程の、強烈な衝撃音だった。
地を照らす篝火が崩れ、燈籠や池の橋が崩落する。
地面が大きく揺れ、音の発生地点とは離れたこの地に於いても、蒼妖鬼の美しい黒髪が東の空に靡いた。
それは大鳥居の太柱と、蒼鋼鬼の金砕棒との衝突音だった。
蒼妖鬼が大鳥居を一瞥する。
鬼は人間よりも夜目が利く。
大鳥居の右の太柱には大きな陥没穴が空き、穴からは明らかな”線“が拡がっていくのが見えた。
(《陥没穴に、あれはひび割れ⋯⋯、あらら、明らかにぐらぐら揺れてる。⋯⋯ははぁん、なるほどね。蒼鋼鬼ったら大胆なことしちゃって。⋯⋯うふふふ、やり過ぎよ。大鳥居、倒れちゃうわよ。⋯⋯ん、でも、まぁ、これくらいはしないと京都陥落のお祝いには相応しくない、か。⋯⋯で、さてと。戦況は今どうなのかしら》)
蒼妖鬼はゆっくりと辺りを見回した。
戦いを繰り広げている蒼紅鬼や人の数は、相当に疎らになっている。
蒼妖鬼は上空の夜闇に浮かぶ蒼紅の渦⋯⋯羅生門邪道を仰ぎ見た。
(《⋯⋯ひぃ、ふぅ、みぃ⋯⋯、ふむふむ。蒼鬼紅鬼双方、残る鬼は極僅かね。思ったよりやるじゃない、紅鬼も人間も。⋯⋯⋯⋯あら? ⋯⋯おかしい、⋯⋯蒼刃鬼の氣が感じれられない? 何で?》
蒼妖鬼はもう一度、念入りに空の渦を見渡した。
夜の空の中でも一際目立つ、修羅の命と連動した蒼紅の大きな渦。
戦いが始まった当初は、蒼の大渦が三つ、紅の大渦が三つ、六つの大渦が在った。
紅は二つしかなかったが、これは蒼妖鬼自身が、紅鋏鬼を斃したからだ。
しかし三つあるはずの蒼い大渦は、何故か二つしかない。
羅刹の命と連動した渦自体も数える程に疎らなため、見落としは絶対になかった。
(《⋯⋯まさか。⋯⋯誰かに討たれたの?》)
蒼妖鬼は目を閉じ、蒼刃鬼の氣を辿った。
(《⋯⋯⋯⋯。⋯⋯っ、やはり。⋯⋯無間地獄に堕ちた苦痛の叫び、蒼い霧しか感じない⋯⋯、こうなったら、この映えある戦の”勝ち“を決めるのは、御所の破壊と征服。⋯⋯即ち帝の命を、先に地獄に葬る事! ⋯⋯紅閃鬼、鎌ちゃん、悪いわね、お先に失礼⋯⋯》)
突如として蒼妖鬼の姿が、陽炎のように歪んだ⋯⋯。
⋯⋯次の瞬間。
まるで時空を超えたように、蒼妖鬼の姿は御所家屋本殿前、その軒下にあった。
《⋯⋯あの公家の今際の際の話によると、⋯⋯確か帝は清涼殿、長い回廊を抜けた先、⋯⋯だったわね》
周囲を見渡した蒼妖鬼の銀の眼に映ったのは、軋む轟音と共にゆっくりと御所に向かって倒れてくる大鳥居。
そしてその真下で慌てふためく、兼季と警備兵三人の姿だった。
《⋯⋯あら? あの者は確か⋯⋯、警備の重役の⋯⋯》
「大将様! 倒れてきますっ、直撃してしまうッ!」
「大将様! 大鳥居が!! 早くこちらへ!!」
「大将様! どうか早くお逃げくださいッ!」
「⋯⋯ッ! 馬鹿者め! 私の命などより、帝の御命が無事であることが最優先だ! それに帝を捨てて逃げるなど、武門の恥ぞ! ⋯⋯この角度なら何とか清涼殿への直撃は免れるだろうが⋯⋯、何より帝の御様子が、親衛隊二十名の配置が気がかり⋯⋯ッ、よいな! この扉を守れ! この先には絶対に蒼紅鬼どもは通すな!!」
大鳥居は更に傾きを増して、柱の一部が崩れ落ちてきている。
急ぎ慌てながら、兼季が厳重な扉の向こうへと消えていく。
兼季が去った後、残る三人の警備兵たちによって、すぐに扉は閉ざされた。
出入口の扉の閉める重たい音と、錠前をかける甲高い鉛の音だけが、夜の闇に響いた。
《⋯⋯ははーん。なるほど。⋯⋯あの扉の向こうが清涼殿への通路。その先にその長い回廊があるわけね。⋯⋯うふふ、きゃは》
それは邪念と妖気に満ちた、美しくも可愛らしい笑みだった。
蒼妖鬼は両腕を後ろに回し、妖凛刀を背中に隠すと、湧き上がる興奮を抑えながら、しおらしく歩きだした。
そして堅く閉ざされた扉の前まで来ると、残された三人の警備兵たちの顔を覗き込むように、あざとく首を傾げ、もじもじしながら、にっこりと微笑みかけた。
《⋯⋯こんばんは、素敵なお兄さん方。⋯⋯あの、⋯⋯あのね、⋯⋯妾も帝に会いたいな》━━━━。
第62話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回後半の第63話「血戦」は5月25日に投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
誤字脱字は見つけ次第、随時訂正をかけています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!
OP①https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn
OP②https://suno.com/s/nfaRr8NZ7QYcZui2
挿入歌 https://suno.com/s/90ui1ZP5RnEElQo3
ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg
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こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪




