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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第61話  解禁

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。紅斬鬼こうざんきと巨大な大鳥居の上で激突する。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。御所前の広大な庭園内で蒼妖鬼そうようきと激突するのだが⋯⋯。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━大鳥居に程近い地上では、乱戦を抜け出した一人の小さな影と一鬼の蒼い巨大な影が、一対一の激しい攻防を繰り広げていた。


 それは白鞘しろさやの刃を握りしめた麒麟きりんと、巨大な金砕棒かなさいぼうを振り回す蒼鋼鬼そうこうき


《⋯⋯⋯━━━━ぬおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!》


 蒼鋼鬼そうこうきの怒りの金砕棒(かなさいぼう)が、何度も何度も唸りを上げた。

 麒麟きりんを豪快に外した金砕棒かなさいぼうが風を斬り、風圧だけで大地の白砂が土埃と共に舞い上がる。



 片目を失っている蒼鋼鬼そうこうきは今、怒り狂う猪突猛進ちょとつもうしん隻眼せきがんの野獣と化していた。

 攻めても攻めても後方へと飛び退いて避け続ける麒麟きりんに対して、ただひたすらに左右からの金砕棒かなさいぼうによる凶暴な連撃を繰り返していた。



《⋯⋯ええい!! ちょこまかちょこまかと逃げ回りおって! だが貴様の戦い方は攻めが全て! まとの大きな俺様が動かず留まっている間はその技も通用するだろうが、動きながら攻め込まれながらでは、俺様の肉体を十分に削ることはできん!! 早く観念してしまえ!!》



 地には次々と大きな陥没穴が空いていく。

 二振りに一度、金砕棒かなさいぼうが勢い余って地を叩く度に、轟音ごうおんと共に玉砂利たまじゃりが激しく空を舞った。

 

 飛び跳ねる麒麟きりんの小さな身体にも、玉砂利たまじゃりの激しい雨が振り注ぐ。

 しかしそんな飛礫つぶて白雨しらあめすらもまるで心地良さげに、麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうきと目線を合わせたまま、後ろも見ずに右後方へ左後方へと、ぴょんぴょんと軽快に飛び退いていく。


 麒麟きりんにはまだまだ余裕があった。

 天性の力加減と手首のしなり。

 この天舞てんまの極意によって、模造の刃を巧みに操って、蒼鋼鬼そうこうきの攻撃の合間に時折反撃もすらも試みていた。


 しかし地獄の凶器である金砕棒かなさいぼう日本ひのもとの単なる模造の刃とでは、そもそもの強さに天地ほどの開きがあった。

 模造刀とは思えない驚異の耐久性を見せてきた白鞘しろさやの刃も、閻魔鋼えんまこうによる驚異の無限回復力を前にして、流石にいたみが目立ち始めている。

 蒼鋼鬼そうこうきの身体の硬さによって、攻撃力は段々に低下。

 所々に刃毀はこぼれが生じていたのだ。


 余裕はあるものの、決め手が無い。

 刃毀れが今、わがままでせっかちな性分の麒麟きりんを、強く激しく苛立いらだたせていた。


「⋯⋯ちっ、筋肉馬鹿な見てくれと違って、割と頭は切れるんだね? ⋯⋯痛い所を突かれちゃったなあ、確かにそうなんだよなぁ、この白鞘しろさやだと削りにも限界があるんだよなああぁぁ」


 麒麟きりんは念のため辺りを見回す。


(⋯⋯あの役立たずの大将は、付いてきてないよな)


 先程まで傍にいた兼季かねすえとは今は離れ、間違いなく近くには居ない。

 そのことを確信した麒麟きりんは、顔色と声色を突然がらりと変える。

 鎌足かまたりを唖然とさせた、”あの“本性を剥き出しにして、蒼鋼鬼そうこうきに罵声を浴びせ始めた。



「⋯⋯ったくよぉぉ! さっきから金棒かなぼうをぶん回すしか能がねえのかぁ! おい! 蒼鬼あおおにのおっさんよぉ! いい加減に諦めて、その無駄にでけぇ身体を俺の好きなように、ざっくざくに削らせろ!!」


《⋯⋯むッ!? ⋯⋯ふん、ぐはははは! 劣勢のくせに生意気ぶりだけは健在、いやむしろ拍車が掛かったなぁ! だが口だけでは俺様には勝てんぞ! おい!》



 麒麟きりんの良からぬ挑発が、蒼鋼鬼そうこうきの攻撃の変化と更なる怒りを誘った。

 蒼鋼鬼そうこうきは醜悪なさげすみの笑みと共に、金砕棒かなさいぼうを握りしめる右腕を伸ばし、その狂気きょうきの先端を麒麟きりんの方へと向けた。


《⋯⋯ふはははははは、ならばこれを食らってみても、その強気と生意気を貫けるか!? 俺様自慢の攻撃、亡者どもをまとめて貫き吹っ飛ばす、地獄の業砲ごうほう! ⋯⋯“金砕砲かなさいほう”をなああぁぁ!!》



 金砕棒かなさいぼうの先端には、十数本の巨大なとげが付いている。

 蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうに左掌を添え、勢いよく回転させる。


 それは蒼鋼鬼そうこうきの邪悪と暴魂を極めた大技だった。

 麒麟きりんに狙いを定めた先端のとげ

 その全てが、まるで弾丸のように金砕棒かなさいぼうから次々と発射されていったのだ。


 目の前の憐れな犠牲者を殴打するだけの、近距離用の武器に見えた金砕棒かなさいぼう

 しかし今、その金砕棒かなさいぼうはまるで地獄の大筒おおづつのような、ほとばしる狂気と無差別破壊の遠距離用武器と化していた。

 

 

「⋯⋯ははぁん! 飛び道具も有るのか! 面白え!」


 迎え撃つ者に絶望を与えるこの驚異の攻撃を前にしても、麒麟きりんの顔には焦りはまるで無い。

 それどころか、むしろ愉しげな笑みを浮かべていた。

 短筒たんづつにしろ大筒おおづつにしろ、普通の人間ならこれ程までの至近距離で狙われたのなら、まずひとたまりもない。

 しかし麒麟きりんはそんな常人の動きとありきたりの常識を、いとも簡単に覆した。

 驚異的な眼力と体捌たいさばきで、発射されたとげの軌道の全てを見切り、左に右に跳ね、空に飛び、地に伏せる。

 そして最後は軽快に身体をひるがした。


「⋯⋯下手な鉄砲は、下手な鉄砲。数撃っても、この麒麟きりん様には絶対に当たらねえんだよ!」


 発射された必殺のとげは、ただの一つも麒麟きりんかすりもしない。

 外れたとげの砲弾の群れは、風だけを虚しくこすりながら、大鳥居を支える二本の太柱に次々と命中し、深くめり込んでいく。

 大鳥居の柱は、啄木鳥きつつきの群れに襲われたように、穴だらけになっていた。



《⋯⋯ぬうっ!? ば、馬鹿な!! この近距離で全ての金砕砲かなさいほうの弾を避けきったというのか!?》


「⋯⋯へへ、よしっ、これで隙だらけになったぞ!」



 腕を無警戒に上げた、砲撃後の蒼鋼鬼そうこうきの左脇腹。

 麒麟きりんはその明らかに生じた“隙”をめがけて、次の瞬間には地を蹴っていた。

 そして風を身にまとったように素早く、蒼鋼鬼そうこうきの懐に潜り込むと、刃を持つ右腕をしならせる。

 蒼鋼鬼そうこうきの脇腹から心の臓へ向けて、得意の天舞てんまの技を繰り出した。



《⋯⋯う、ぐぁあああああああああああああああああ》


「⋯⋯ははははははははは、さぁ! 削るぞぉおっ!」




《ああぁぁ⋯あ⋯⋯ぁぁあぁ⋯⋯ぁ⋯⋯⋯ぁぁぁ⋯⋯っぐ⋯⋯、⋯⋯ぐ⋯⋯⋯ぅぐ⋯⋯ぐぐふ、ぐふふふふふ》




「⋯⋯!?」


 しかし刃毀はこぼれの影響は顕著けんちょだった。

 麒麟きりんの削る速さよりも閻魔鋼えんまこうの戻る力や速さの方が強く早く、麒麟きりんが付けた傷口は瞬く間に塞がっていく。


 蒼鋼鬼そうこうきの防御の金砕棒かなさいぼうが、至近距離から麒麟きりんを狙って振り下ろされた。


「⋯⋯ちぃっ!」


 ⋯⋯”削りきれない“。

 咄嗟にそう判断した麒麟きりんは、再び大きく後方へと飛び退いた。


 驚くべきことに、金砕棒かなさいぼうにも閻魔鋼えんまこうの成分が組み込まれているのか。

 とげを全て無くしていたはずの金砕棒かなさいぼうの先端の穴。

 そこからこの僅かな間のうちに、また新たなとげが元通りに生えてきていた。



(⋯⋯この白鞘しろさやの模造刀。多少の刃毀はこぼれがあっても、氣で硬化は出来る。⋯⋯とは言え、それすらも効かないくらいに大分だいぶん傷んできたな。斬れ味が落ちてきてる⋯⋯、いや、落ちた、じゃねえな。もうほとんど思い通りには削れない、か⋯⋯、くそっ)



 白鞘しろさや刃毀はこぼれを確認する麒麟きりんを、蒼鋼鬼そうこうき嘲笑あざわらう。


何処どこを見ている! 立場逆転だなぁ! ⋯⋯おい!!》


 そんな麒麟きりんの姿に逆に隙を見出した蒼鋼鬼そうこうきは、ここぞとばかりに金砕棒かなさいぼうを初めて両掌で持った。


《⋯⋯よくぞ俺様をここまで本気にさせた! だが流石の御前もこれで終わりだ! 触れるもの全てを粉砕する、俺様の全力の金砕棒かなさいぼう⋯⋯、受けてみよ!!》


「⋯⋯⋯お! 今度は両手持ちか⋯⋯!?」


 麒麟きりんは風で刃をぐように空を斬り、笑いながら身構えた。



《⋯⋯⋯⋯━━━━ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⋯⋯!!!》



 腹の底から全ての力を込め、地獄の底にも届きそうな蒼鋼鬼そうこうきの凄まじい咆哮ほうこう


 それは金砕棒かなさいぼうの渾身の一撃の合図だった。

 蒼鋼鬼そうこうきはその巨躯きょくを最大限にまでしならせる。

 左腰の後ろに金砕棒かなさいぼうを思い切り振り、そこから振り子のように速さと勢いをつけて、一気に右の肩口後方へ振りかぶる。

 振り上げたことで生じた強烈な風が、吹き荒ぶ向かい風となって麒麟きりんに襲いかかった。


「⋯⋯うおっ! ⋯⋯っと、とととと!」



 麒麟きりん狩衣かりぎぬが、強風を受けてばたばたと激しくなびく。

 その風圧の凄まじさに、流石の麒麟きりんも足元をすくわれた。

 すくわれた⋯⋯、と言うより実際は飛ばされた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 麒麟きりんの足と草履ぞうりが、ふわりと地に浮く。

 そして次の瞬間には、麒麟きりんは大鳥居のひがしの柱に背中からぶつかっていた。


 もう後方への逃げ場は無い。

 完全に追い詰められた状態だった。

 それでも麒麟きりんの表情は変わらない。

 柱を背にしながらも焦りの色は微塵みじんも見られず、蒼鋼鬼そうこうきしなる身体と振り上げられた金砕棒かなさいぼうを眺めて、愉しそうな笑みを浮かべている。



 その笑みの中に垣間見えるのは、心の奥の玉座ぎょくざに足組みしながら座り、刃向かう者全てを敵と見なす、未来の日本ひのもとの覇者⋯⋯皇帝みかどとしての自分。

 麒麟きりんの果てしない野望、どこまでも深い出世欲だった。



「⋯⋯は、ははは。想像以上だ。⋯⋯いいぜ、いいぜ、こんな大暴れした蒼鬼でかぶつたおせたなら、俺の出世は間違い無しだ。⋯⋯位階いかいだけじゃなく、役職も少なくとも中将ちゅうじょうは堅いな、いや、もしかしたら大将も狙えるか」━━━━⋯⋯⋯⋯。






 ⋯⋯⋯⋯━━━━この時。 



 戦いに没頭する麒麟きりんは、全く気付いていなかった。

 麒麟きりんの背にしている大鳥居。

 その遥か上空の笠木かさぎの上に、地上の戦況を見下ろす二つの影が在ったことを。



 それは綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんき

 

 柱に撃ち込まれたとげの弾丸の振動が足元にまで伝わる中、麒麟きりんと同じようにこの両者もまた、蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうの両掌持ちに、ただならない警戒を見せていた。



 眼下を一瞥いちべつし、呆れたような笑みを浮かべながら、綾麿あやまろが呟く。


「⋯⋯見よ、紅鬼あかおにの女よ。の恐れ知らずの小さき者が朱雀すざくと同じ、麿まろの直属の配下の麒麟きりん。どうやら血の匂いに引き寄せられ、ふらり内裏だいりにやって来たと見える」


《⋯⋯くッ、あんな餓鬼がきよりも、まずあの金砕棒かなさいぼうだ!》


「⋯⋯まあ、確かにそうだな。どうだ? これは巻き添えを食わないように、身構えた方が賢明ではないか? ⋯⋯お互いに、な」


《⋯⋯ッ!? まさか蒼鋼鬼あいつ此処ここで!? ちいッ⋯⋯!》

 



 金砕棒かなさいぼうは、まさに凄まじい怪物の”魔手ましゅ“と化した。

 速さも重さも、今までの比ではない。

 振り下ろされた金砕棒かなさいぼうは、竜巻のような暴風と共に、雷鳴のとどろきのような雄叫びを上げた。



 金砕棒かなさいぼうの残影が弧を描く。



「⋯⋯っとぉ! ははは、こいつは想像以上だ⋯⋯!」



 麒麟きりんがそう呟いた、次の瞬間⋯⋯。




 ⋯⋯麒麟きりんの左横、すぐ間近に金砕棒かなさいぼうは在った。




 緩んでいた麒麟きりんの口元が、一文字に引き締まる。




 と同時に、麒麟きりんの姿は夜に溶けた⋯⋯⋯⋯。




 金砕棒かなさいぼうに負けず劣らず、この時の麒麟きりんの回避の速さや身軽さもまた、今までの動きの比ではなかった。

 まるで一瞬で夜に同化するような、陽炎かげろうの揺らめき。

 今までのどんな動きよりも強く、そして軽く。

 麒麟きりんはその身を、夜の闇に羽ばたかせていた。




 両者の動作それは、誰の目でも決して捉えられないほどの、刹那せつなの攻防だった。

 そして蒼鋼鬼そうこうき横殴それは、誰の目から見ても世界の破滅を想像させる、最凶の一撃だった。


 



 ⋯⋯━━━━直後、かつて聞いた事の無い程の凄まじい爆発音が、御所の敷地内に響き渡った。





 爆音は爆風をいざない、嵐を呼ぶ。

 大鳥居とは相当の距離があったものの、乱戦の中、何人もの警備兵や蒼紅鬼おにたちが、この爆風の煽りを食って吹き飛んだ。

 そして巨大な建造物が倒壊した後のような、黒と灰の煙が辺り一面に充満した。




 ⋯⋯爆音の出処でどころである金砕棒かなさいぼうは、大鳥居の片側、向かってひがし側の柱に深くめり込んでいた。




 大鳥居の柱が異様なまでに大きく揺れる。


 柱の陥没穴周辺には、無数のひび割れが生じていた。

 ひび割れはまた新たなひび割れを呼び、柱の隅々にまで、無数のひびが拡がっていく。

 


《⋯⋯仕留めたか!? ⋯⋯ふっはっははっは! こりゃあ、力加減を誤ったか。はははは⋯⋯もしかして蟇蛙ひきがえるさながらにぐちゃぐちゃに潰れてしまったか!?》


 立ちこめた煙で視界は限られているものの、麒麟きりんが左右に逃げた形跡、その残像は見てはいない。

 助走無しで飛び上がることは、まずもって不可能。

 大鳥居下部の目視できる控柱ひかえばしら(※鳥居の柱横の添え木的な柱)等の出張でっぱりの部分にも、麒麟きりんの姿は無い。

 


《⋯⋯ぐふふ。⋯⋯さてと、ぺしゃんこになった生意気な蟇蛙ひきがえる御開帳ごかいちょうといくか。⋯⋯潰れたばかりの血肉は、きっと夜露よつゆに光輝いておるわ。⋯⋯ぐははははははは》


 蒼鋼鬼そうこうきが豪快に笑いながら、勝ち誇る。

 柱にめり込んでいる金砕棒かなさいぼうを、勿体もったいぶるように、ゆっくりとゆっくりと引き剥がしていく。



 ⋯⋯しかし、蒼鋼鬼そうこうきの笑いはすぐに止んだ。



 柱の陥没穴には、潰れた麒麟ひきがえるむくろは見当たらない。

 金砕棒かなさいぼうの先端も同じだった。

 麒麟きりんの肉片どころか、一滴の血すらきらめいてはいない。

 


《⋯⋯む!? 居らん!? ⋯⋯あやつめ! 何処どこへ!? ⋯⋯何処どこへ消えた!?!!》━━━━。










 ━━━━(⋯⋯ふぅ⋯⋯、危なかった⋯⋯)



 くだん麒麟きりんは、空高くに居た。



 その居場所は、大鳥居最上段の笠木かさぎの真下の横柱であるぬき

 地上から遥か離れたそんな高所に、両手をかけてぶら下がる麒麟きりんの姿があった。



(⋯⋯危ない危ない。きわきわまで出世の式典を想像しちゃってた。⋯⋯もう少し式典の称賛と酒に酔ってたら、逃げ遅れてぺしゃんこになる所だった)



 すぐ真横にまで迫った金砕棒かなさいぼうからの回避。

 それはまさに伝説上の怪物⋯⋯麒麟きりんの飛翔そのものだった。

 麒麟きりん人間業にんげんわざとは思えない程の跳躍力を見せ、背に浴びた吹き上がる爆風すらも身にまとい、飛翔の足場と変えながら、この高さを一飛びしていた。

 

 

 白鞘しろさやの模造の刃を後ろの帯に差して、ぶら下がったままの麒麟きりん


 そんな一息ついている麒麟きりんの真上で唐突に、笠木かさぎからぬきへ、ふわりと舞い降りる誰かの足音が響いた。


「⋯⋯あ、あれ? おかしいな、今、足音が?」

 

 足音に気付いた麒麟きりんが目を上げる。


 

 ⋯⋯それは。



 ⋯⋯綾麿あやまろだった。



 麒麟きりんの手がかかっているぬきかたわら、ゆっくりと腰を沈めた綾麿あやまろは、麒麟きりんを見下ろしながら声をかけた。



「⋯⋯麒麟きりんよ、相変わらず無茶をする奴だ。こんな夜中に蒼鬼おにと一緒に、”啄木鳥きつつき“と“木こり”の真似事か」


「⋯⋯え⋯⋯!? ⋯⋯は? ⋯⋯あ、あわわっ!」


 

 誰も居るはずのない大鳥居の最上部近く。

 まさかの綾麿あやまろの声、そしてそのあまりにもの唐突さに、驚いた麒麟きりんが手をぬきから離しかける。

 それでも麒麟きりんは小さな身体をばたつかせ、両の掌を目一杯に広げて、必死にぬきの柱を何とか掴み直した。


「⋯⋯わわ、お、落ちっ!? ⋯⋯あ、あ、あぁっ!! な、何で、あや、⋯⋯いや、中将様ちゅうじょうさまがこんな場所に!?」


 目を丸くしてぶら下がる麒麟きりんに、綾麿あやまろは淡々と語りかけた。


「⋯⋯ふっ、まあ、色々あってな。だがその問いかけ、麿まろとて同じだ。麒麟きりんよ。御主、恐らく夜の闇に乗じて、鎌足かまたりでも斬りに来たのだろう?」


「⋯⋯え! あ、そ、そ⋯⋯、そんなことは⋯⋯、私は邪魔ひたむき馬鹿女かまたりどの暗殺げきれいしに来ただけで⋯⋯、ほんとうですよ、ほんとううそを嫌うのが私の身上しんじょうですから、⋯⋯あ、そうだ、それよりも中将ちゅうじょうさまぁ、⋯⋯この掴んでいるぬきの幅、私の掌よりもかなり大きくて⋯⋯、今にも落ちちゃいそうで⋯⋯、⋯⋯落ちたら流石に怪我しちゃう、⋯⋯ちょっと引き上げては頂けませんか」


「⋯⋯⋯⋯、麿まろがそなたをぶら下げたのか?」


「⋯⋯⋯⋯、は?」


「⋯⋯⋯⋯、もう一度聞く。麿まろが御主をぶら下げたか?」


「⋯⋯⋯⋯、え? いや? ⋯⋯違いますけれども!?」


「⋯⋯⋯⋯、なら自分で上がれ」


「⋯⋯⋯⋯、はぁ!?」


「⋯⋯それよりも、聞け、このきしみを。そして御主も身構えよ。⋯⋯この大鳥居はしまいだ」


「⋯⋯っ!?」



 大鳥居は建造されてから相当の年月が経過していた。

 その老朽化に加え、金砕砲かなさいほうとげの着弾による陥没とひび割れ、そして金砕棒かなさいぼうの両手での怪力の一撃。

 その一撃は目的の麒麟きりんは仕留められなかったが、大鳥居には確実な致命傷になった。

 直撃を受けた柱のひび割れの数や長さは見る見るうちに一気に拡がり、柱を取り囲むように横に亀裂が走ったかと思うと、内部が広範囲に“弾けた”。


 大鳥居の片側の支えは、既にその機能を失っていた。


 左右の均衡を失った大鳥居が、徐々に徐々にひがしの方へ傾いていく。



《⋯⋯ちいっ! 蒼鋼鬼そうこうきの野郎、後先考えずに、あんな物騒な得物、振り回しやがって!》


 笠木かさぎ紅斬鬼こうざんきもまた、この大鳥居の倒壊と終焉を予感していた。

 鬼紅葉おにこうようを再び団扇うちわのように拡大させながら、倒れる向きとは反対のにしの柱の端へと笠木かさぎを走る。

 そしてそのまま南の空の闇の中に、その身を投じた。


 夜の闇に紅斬鬼こうざんきの声が響く。


《⋯⋯六歌戦ろっかせん不知火綾麿しらぬいあやまろ、勝負は預けた! 私が相手にするのは御前ではなく、あの蒼鋼鬼でけえのでもない⋯⋯!》


 空中で鬼紅葉おにこうようを扇ぎ、ふわりとにし控柱ひかえばしらまで飛び降りた紅斬鬼こうざんきは、後はまるで女猿めざるのようだった。

 控柱ひかえばしらと大鳥居の接合部の出張でっぱりを掴んでは、くるりと回転して体を揺らし、更に勢いをつけて至る所を飛び移りながら、大鳥居を駆け下りていく。



 紅斬鬼こうざんきの動きを目で追いながら、麒麟きりんも叫んだ。



「⋯⋯中将ちゅうじょうさまっ! あの大きな蒼鬼おには私が! 私が仕留めますから! 決して手出しはしないで頂きたい!!」


「⋯⋯⋯⋯」


中将ちゅうじょうさまは、今のあの紅鬼あかおにのおっかない女と戦ってたんですよね!? そもそも何で蒼鬼あおおにじゃなく、紅鬼あかおにまでが居るのか、正直よく分からないけど⋯⋯、あ、何ならあの女の紅鬼あかおにも私がたおしますよ! あ、それは流石に中将ちゅうじょうさまの手柄の横取りになっちゃうか⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯と、とにかく、中将ちゅうじょうさまぁ、どうかお願いです! 少なくともあの大きな蒼鬼おには私に殺らせてください! みかどは絶対に私が守りますから!」


 既に大鳥居は相当に傾いてきている。

 麒麟きりんは相変わらずぬきにぶら下がりながら、綾麿あやまろに懇願していた。

 手柄を奪われては元も子もない。

 そんなよこしまな想いに囚われ、体裁などは一切考えず、とにかく出世のいしずえ作りに必死だった。



 暫く無言を貫いていた綾麿あやまろは立ち上がると、村雨むらさめを納刀し、眼下にぶら下がる麒麟きりんに淡々と言葉を告げた。


「⋯⋯よかろう、随意ずいいにしろ、一切いさい手出しはせぬ。⋯⋯ただ、この由緒正しき朱の大鳥居、破壊せしは、麒麟きりん、そなたの失態、言わば許されざるとが。⋯⋯残念だが少将しょうしょうからの降格は避けられぬだろうな」


「⋯⋯はぁ!?」


「⋯⋯見てしまったものは仕方がなかろう。⋯⋯関白殿や大臣殿にはありのままを報告しておく。嘘を嫌うのが身上しんじょうなのだろう?」


「⋯⋯え?⋯⋯、⋯⋯え、⋯⋯そ、そんなぁぁぁ⋯⋯」



 大鳥居はぐらぐらと揺れながら、明らかに斜めに傾いていく。



「⋯⋯だが、⋯⋯蒼鋼鬼そうこうきたおせば、もしかしたら、とが無しの恩赦おんしゃもあるかもしれん、⋯⋯倒れる位置から推察するに遠回りせざるを得んが、麿まろはこのまま帝の護衛のため、清涼殿せいりょうでんに赴く。⋯⋯麒麟きりんよ、せいぜい励め」


「⋯⋯ッ!?」



 地上から見上げた大鳥居は、まるで御所建屋にお辞儀をしようとしているようにすら見える。

 大鳥居はそれ程までに、相当の危険な角度に傾いていた。


(「⋯⋯大鳥居が倒れるぞぉ! 逃げろ⋯⋯!」)

(「⋯⋯あぁ、鬼に大鳥居までもが壊された!⋯⋯」)

(「そんなこと言ってる場合か、早く逃げるんだ!」)


 戦いの最中にある残り僅かな警備兵たちが、揺らぐ大鳥居を目の当たりにして各々に悲鳴をあげる。

 その倒れていく方向は、間違いなく御所の中核部。

 この由緒ある御所家屋の広範囲は今、御所じしんの象徴であったはずの大鳥居、その直撃の脅威に晒されていた。



 ぶら下がりながら絶望の表情を浮かべる麒麟きりん余所よそに、綾麿あやまろは再びぬきから笠木かさぎへ軽快に跳び上がった。

 そして斜めになっていく最中の最上部の笠木かさぎ、その中央部に悠然と立った。

 後は倒壊の流れに、その身を任せようとでも言うのか。

 徐々に近づいてくる御所建屋の全容をその目に焼き付け、そして被害の程度を推し量るように、綾麿あやまろは力強く眼下を睨みつけた。


(⋯⋯清涼殿せいりょうでんへの直撃だけは免れるか)



 大鳥居の傾きはいよいよ顕著けんちょになった。

 今度は更に東西南北、四方へとふらつきながら、その振り幅を大きくする。

 既にひび割れは柱を上へと伝い、ぬき近くの上部にまで達し、柱の材である朱木の断片がめきめきと音を立てて剥がれ、辺り一面に弾け飛んでいた。



 そして、終焉の時は想像以上に早くやってきた。



 柱の根元の陥没穴とひび割れが、もう一度大きな音と共に弾けた。

 ひがしの柱の根元が、完全に破壊され、柱としての機能を失う。


 大鳥居はそのからだから血肉のような朱の木々を振り撒きながら、一気に御所の建つ西の方角に向けて激しく傾いていった。

 


「⋯⋯わわわわ、⋯⋯っと!」


 麒麟きりんはこの大鳥居の傾きを利用した。

 ぶら下がり状態から身体を大きく前後に揺らすと反動をつけ、逆上がりの要領でぬきの上にやっとのことで飛び乗った。


 そんな麒麟きりんの視界に入ったのは、笠木かさぎぬきの間にある、自身よりも一回りは大きい“神額しんがく”。

 白鞘しろさやの模造刀を腰から抜いた麒麟きりんは、すぐさまに身体をひるがし、神額しんがくの四隅を斬りつけていた。


 麒麟きりんが狙ったのは、神額しんがくと大鳥居との接合部だった。

 蒼鋼鬼そうこうきの屈強な身体を削ることは困難になっても、抵抗と強度の弱まった神額しんがくや木ならば、まだ十分に麒麟きりんの技は効く。

 天舞てんまの技と白鞘しろさやの刃によって切り離された神額しんがくは、ゆっくりと前方に傾き、そしてその傾いた勢いと重みのまま、大鳥居から地上へと落下していった。


 麒麟きりんもまたそんな神額しんがくの末路を追うように、次の瞬間にはぬきを足場にして夜の闇の空に身を投じていた。


 麒麟きりんは落下する神額しんがくの上に颯爽と飛び乗る。

 そして地上に落下する寸前に再び神額しんがくを蹴り、宙を舞った⋯⋯。




 ⋯⋯一方、綾麿あやまろは依然として、笠木かさぎ中央に凛と立ち尽くしながら、斜めに傾く大鳥居にその身を委ねていた。

 しかし大鳥居と心中するようにも映るその姿とは裏腹に、その目は力強く見開き、”生“と“自身の使命”だけを見つめている。



(⋯⋯帝の元へ。⋯⋯いざ━━━━)



 綾麿あやまろの身体が更に斜めに傾いた。


 大鳥居が地上へと近づいていく。


 大鳥居から見える景色が徐々に大きくなる。


 

 大鳥居がいよいよ御所の大屋根に激突する⋯⋯。




 ⋯⋯その瞬間、綾麿あやまろ笠木かさぎを滑るようにして、大きく翔んだ━━━━。










 ━━━━《⋯⋯何だァ! この“板”は!! うおおぉ!!》



 時を同じくして、蒼鋼鬼そうこうきは自分の真上に落下してきた巨大な神額しんがくを、金砕棒かなさいぼうを一振して空中で粉砕していた。

 木っ端微塵になって降り注ぐ、神額しんがく

 絶え間なく落ちてくる、大鳥居の朱の破片。

 足元に散乱していく瓦礫がれきと埃が舞う中で、蒼鋼鬼そうこうきは再び野獣のように吠えた。



《⋯⋯彼奴あいつ何処どこだ!? あの麒麟きりんとかいうふざけた奴は一体全体、何処どこにいるッ!? 何処どこに逃げたッ!?》



 ⋯⋯その時。



 蒼鋼鬼そうこうきの背後に、麒麟きりんが颯爽と着地した。

 片膝をつき、うつむきながら麒麟きりんは答えた。



「⋯⋯ここだよ」



 その声に蒼鋼鬼そうこうきが振り向く。



《⋯⋯ふはははははははぁ! ⋯⋯見つけたぞ⋯⋯!》



 残された右の眼に麒麟きりんの姿を映した蒼鋼鬼そうこうきは、金砕棒かなさいぼうを舐め回しながら、にたりと邪悪な笑みを浮かべた。



「御前のせいで⋯⋯、御前のせいで⋯⋯」



 しかし麒麟きりんは顔を上げようとしない。

 うつむいたまま、ぶつぶつと何かを呟いている。



《ふははは、あまりの破壊力と己の無力さを前にして、遂に頭がおかしくなったか?》


「⋯⋯俺の出世、どうしてくれるんだよ⋯⋯」



 麒麟きりんはまだうつむいている。

 そして力無くゆらゆらと立ち上がった。


 そんな麒麟きりんの背後では、この京都御所の代名詞でもある巨大な大鳥居が、遂に最期の時を迎えようとしていた。




 ⋯⋯夜の闇に、朱の陽が沈んでいく。




 大鳥居は清涼殿せいりょうでん近くの屋根や部屋をことごとく押しつぶしながら、御所という大きな山際やまぎわの中へと、悲しく沈んでいった。


 御所とぶつかり合う破壊の爆音が耳をつんざき、麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうきの元へ、御所建屋方面から煙と風が舞い上がる⋯⋯。

 



 ⋯⋯その煙の中に、ふと人影が揺らめいた。



 人影はゆっくりと麒麟きりんの方へと歩いてくる。



 その時、霧が晴れるように、煙が夜の闇へと舞い上がった。




 その場に現れた人影。




 ⋯⋯それは、地上へ颯爽さっそうと舞い降りた鳳凰ほうおう


 綾麿あやまろだった。




 麒麟きりんは、そんな綾麿あやまろの姿どころか、大鳥居が倒壊したことにも気付かない。

 相変わらず呆然自失状態で、ふらふらと蒼鋼鬼そうこうきに近づいていく。


 そんな麒麟きりんの姿を一瞥いちべつした綾麿あやまろは、無言で歩を進めた。


 綾麿あやまろの向かった先は、すぐ近くの地に刺さる”刀“だった。

 それはきっと今宵の鬼たちとの乱戦において、こころざし半ばでたおされた警備兵のものだろう。

 綾麿あやまろは刀の前で立ち止まり、目を閉じ祈りを捧げると、地に刺さる刀のつかをそっと手に取る。

 そしてゆっくりと刀を地から抜くと、不意にそれを麒麟に向かって投げつけた。




 くるくると回転しながら飛んでいく、一振りの刀。

 



「⋯⋯ッ!」


 麒麟きりんそれに気づき、飛んできた刀のつかをしっかりとその右掌に捉えた。



「⋯⋯ち、中将ちゅうじょうさま」


 綾麿あやまろ麒麟きりんの目が合った。



「⋯⋯己を戒め、白鞘しろさやの約束を守り抜いた褒美だ。今は大事だいじゆえに半刻だけ刀を使う事を許す。⋯⋯その代わり、⋯⋯よいか、⋯⋯必ずその蒼鋼鬼おにたおせ」


「⋯⋯えっ!?」


 

 戸惑いの表情を浮かべる麒麟きりんに対して、綾麿あやまろかすかに微笑んだ。

 そして口元を引き締めると、颯爽さっそうと身をひるがし、清涼殿せいりょうでんの方角に向かって悠然ゆうぜんと去っていった。



《⋯⋯ぬッ! 今のは『六歌戦ろっかせん』、不知火綾麿しらぬいあやまろ!!》


 綾麿あやまろを追跡しようと身構える蒼鋼鬼そうこうき

 その傍で、麒麟きりんが突然笑い出した。



「⋯⋯か、刀、⋯⋯刀だ! ⋯⋯ふ、ふふふふふ」


《⋯⋯ぬッ!? ⋯⋯何だ!?》



 本来の持ち主を既に失っている、哀しき無銘むめいの刀。

 麒麟きりんはその名も無き一振りを強く、強く握りしめた。

 そして心から大事そうに、つかを指で優しくなぞった。

 それまるで、長い間待ち続けた愛しい人との、再会の瞬間のようだった。

 刃を眺める麒麟きりんの口元が妖しく緩む。

 


《⋯⋯ふん、⋯⋯ぐはははは、よぅし、『六歌戦ろっかせん』も追う前に、まずは御前からだ。⋯⋯それにしても本当に気が触れたようだなぁ? ⋯⋯ふははは、他愛ない奴よ》


「⋯⋯気が触れてんじゃねぇ、刀に触れてんだよ、⋯⋯あぁ、随分久方ぶりの重みだ⋯⋯、やっぱり真剣の感触は良い、最高だ、早く、早く、試し斬りをしたい⋯⋯」



 麒麟きりんは相変わらずぶつぶつと呟きながら、蒼鋼鬼そうこうきにふらふらと近づいていく。

 しかし虚ろに彷徨さまよっていた麒麟きりんの眼だけは、先程までとはまるで違っていた。

 蒼鋼鬼そうこうきの姿を改めて捉えた瞳は、異常なまでの輝きを見せる。



「試し斬り⋯⋯、降格⋯⋯、無くなる⋯⋯、蒼鬼あおおに⋯⋯」


《⋯⋯ん、⋯⋯何だ、此奴こやつ!?》


「⋯⋯斬る、⋯⋯殺す、⋯⋯削る、⋯⋯あの心の臓を」



 天舞てんまの技が、届くか否か。

 そんな間合いにまで到達した麒麟きりんが、ぴたりと立ち止まった。



 そして突如として不気味な恍惚こうこつの表情を浮かべ、狂気に満ちた鋭い眼光で、蒼鋼鬼そうこうきを睨みつけ、叫んだ。



「⋯⋯御前をたおせば俺は今の地位に生き残れる! ⋯⋯しん天舞麒麟剣てんまきりんけん、たっぷりとその身体で味わえ!! ⋯⋯そして俺の出世いのちのために、その”心の臓“を削らせろ!!」━━━━。




第61話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第62話「血戦」は、5月23日〜5月25日の間に投稿予定です。(多忙のため次回は流動的でごめんなさい)


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!

OP①https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn

OP②https://suno.com/s/nfaRr8NZ7QYcZui2

挿入歌 https://suno.com/s/90ui1ZP5RnEElQo3

ED①https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED②https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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― 新着の感想 ―
 今回も贅沢なシチュエーション満載で執筆お疲れさまです。一周回って麒麟というキャラが好きなような気がしてきました。どう考えても本性が綾麿さんにばれているのにそこは気づいていない所とか、ルビ遊びとか、「…
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