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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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59/81

第59話  四剣激突 〜後編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足(かまたり)と一時的に手を組む。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿(あやまろ)と一時的に手を組む。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきが闇の中へと消えていった後、御所建屋前では鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの睨み合いが続いていた。


 しかしこの場で繰り広げられている女同士の睨み合いは、通常の対峙それとはまるで異なる様相を呈していた。

 恐いくらいに睨みを効かせている鎌足かまたりとは真逆に、蒼妖鬼そうようきはしゃがみ込んで膝で頬杖をしながら、ずっと愉しそうに笑顔を浮かべていたからだ。

 


《うふふ。改めてご挨拶。私は蒼妖鬼そうようき紅斬鬼こうざんきにふられちゃったから、わらわの相手は貴女あなたになりそうね。ふふふ》


(⋯⋯こいつッ、一体何を考えてるんだ? さっきからずっと、にやにやとしやがって。考えが読めない相手は今までも居たけれど、でもこいつは今までの奴等とは全然違う。笑いながら何て恐ろしい妖気を放ってるんだ!? ⋯⋯こんな得体の知れない女性てきは初めてだ)



 掴み所のない未知のあいてを前にして、警戒を強める鎌足かまたりだったが、その真剣な眼差しすらも嘲笑うように、蒼妖鬼そうようきは弾んだ声で鎌足かまたりに語りかけた。



《⋯⋯もう。さっきから見てたら、鎌⋯⋯何とか、ちゃん?も、やっぱり女子おなごね。しっかりめすの顔してるじゃない。強さに惹かれちゃった? 妬けるわ。⋯⋯うふふ》


「⋯⋯一体何のことだ!? ⋯⋯っ、それに御前もさっきの紅鬼あかおにの女と同じで、私のことを“ちゃん”付けか!? ⋯⋯めたら痛い目をみるぞっ! ⋯⋯それに私の名前は、かまたり“だ! さあっ、下りてこい!!」


 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるを眼前に構えて、攻撃にも防御にも転じることのできる臨戦態勢を取った。



 その時だった。

 大屋根へと繋がる刀葉とうようの樹木。

 全身を切り刻まれ擦り削られた一人の警備兵が、その残虐な刃の地獄をあと少しで登り切ろうとしていた。

 多くの肉を失い、多くの傷を作り、全身血だらけになりながらも、必死に最後の刃の一枝を乗り越え、蒼妖鬼そうようきに触れようと震える手を伸ばす。


 そんな警備兵を溜め息混じりで横目で見ながら、蒼妖鬼そうようきは面倒臭そうに呟いた。


《⋯⋯もう、鎌ちゃんはせっかちねえ。⋯⋯はいはい、分かったわ》


 次の瞬間、警備兵の伸ばした血塗ちまみれの手は、虚しく宙を掴んでいた。

 警備兵のすぐ目の前に在ったはずの蒼妖鬼そうようきの姿は、幻影げんえいのように一瞬だけ揺らいだと思うと、その姿は大屋根から忽然こつぜんと消えていた。



「⋯⋯あ、あれ!? ⋯⋯き、消えた!?」



 鎌足かまたりは目をこすりながら、大屋根の左右をきょろきょろと見渡し、目線を地上へと下ろした。



 ⋯⋯その下ろした視線の先に、蒼妖鬼そうようきは、居た。



 大屋根から消えたはずの蒼妖鬼そうようきは、不可思議にもまばたきほどのほんの一瞬の内に、鎌足かまたりの目の前すぐ近くへと下り立っている。


《⋯⋯うふふ、お望み通り、鎌ちゃんの元に推参すいさん


「⋯⋯う、⋯⋯あ」


 鎌足かまたり狼狽うろたえ、後退あとずさりした。

 急に目の前に蒼妖鬼そうようきが現れたことにも驚かされたが、それ以上に鎌足かまたりが驚かされたのは、間近で見る蒼妖鬼そうようきの”顔“だった。


 女性の鎌足が思わず頬を赤らめてしまう程、蒼妖鬼そうようきは美しかった。

 今までこの女鬼を上回る美貌の女性を、鎌足かまたりは見たことがない。

 この世のものとは思えない、天女のような美しさ。

 闘いの女神のような、薙刀なぎなたを構えた凛々しさ。

 鎌足かまたりは思わず生唾を飲み込んだ。



 しかし蒼妖鬼そうようきのこの神々しい優雅な立ち姿とは真逆に、背後の樹木では地獄の情景が続いていた。

 警備兵や公家たち、紅鬼あかおに羅刹らせつ、そしてこの女鬼の仲間であるはずの蒼鬼あおおに羅刹らせつまでもが、その身と命を削りながら、今度は地上に向かって刃の木を下り始めている。

 何故なぜ公家たちが居るのか、何故なぜ蒼鬼あおおにまでが居るのか。

 その理由は何一つ鎌足かまたりには分からなかったが、公家たちの中には見たことのある顔もあった。


(⋯⋯謁見えっけんの時に居た奴だ。⋯⋯あ、あっちは今日の夕刻、暗殺現場の輪の中で見かけたぞ)


 屋根から地上へ一瞬で移動した蒼妖鬼そうようきの妖しげな術、そして眼の前で広がる刀葉とうようの樹木の異様な情景。

 様々な怪異を前に、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるを持つ手を強め、更なる警戒を自分自身に言い聞かせた。


(⋯⋯こいつ、綺麗な顔に似ず、かなり危険な蒼鬼やつだ。騙されるな、正体は何百年も生きてる鬼なんだ)



《⋯⋯うふふ、そんなに睨まないでよね。⋯⋯あっ、もしかしてわらわの美しさに見惚みとれちゃったのかな?》


「⋯⋯ち、違うっ、⋯⋯こ、この悪い蒼鬼おにめ! あれは⋯⋯あの木は、人の心を惑わす術か!? それと今、上から下にいきなり現れたのも妖術の一つだな!?」


《⋯⋯術? うふふ、刀葉林あれと今の幻影の動きは、わらわの美しさと幻術『霞幻夢かすみげんむ』が織り成す、地獄の桃源郷とうげんきょう召喚しょうかんした幻夢げんむ世界なの。⋯⋯と言っても分からないか。お子様の鎌⋯⋯何とかちゃんにはちょっと難しいかなぁ。⋯⋯簡単に言うとね、この妖凛刀ようりんとうと一緒で、わらわが自在に操れる武器の一つよ。⋯⋯こうやってね》


「⋯⋯っ!?」


 蒼妖鬼そうようきが微笑んだ後、そのあおの眼、銀の瞳が突然妖しく光輝いた。

 蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとうをくるりと回転させ、石突いしづき(※刃の反対側の先)で地を打つ。

 すると背後にそびえる刀葉の木の枝葉が一斉にざわめき、しがみつく男たちに新たな牙を剥いた。

 幹刃みきば枝刃えだば蔓刃つるば草刃くさば、そして葉刃ようば

 小さな刃という刃が、次の瞬間には一気に四寸よんすん(※約12cm)から六寸ろくすん(※約18cm)程の長さにまで伸び、下りている最中の男たちを無惨な串刺し状態にしていた。


 人鬼ひとおに関係なく、全身がまさに針鼠はりねずみ状態。

 蒼妖鬼そうようき鎌足かまたりに見せたもの。

 それは男たちを地獄に誘う、死のざわめきだった。


 そして魔性の猛威を奮っていた刃の木⋯⋯現世刀葉林うしつよとうようりんは、多くの男たちの血を吸い満足したのか、再びざわざわと枝葉を揺らし、夜の闇に透き通るようにして地上から姿を消していった。

 もがれた樹の実のように、ばたばたと警備兵や公家や蒼紅鬼おにたちが地上へと落ちていく。

 後は亡骸なきがらの山と蒼紅そうくの霧が、地上の景色を彩っていくだけだった。



《⋯⋯『霞幻夢かすみげんむ』と『現世刀葉林うつしよとうようりん』。⋯⋯どう? ぞくぞくするくらい愉しかった?》


「⋯⋯あ、⋯⋯うぅ」



 警戒から畏怖いふへ。

 あまりもの怪異の凄まじさと残虐さを前にして、鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの“顔”を見る目も、完全に変わっていた。


(⋯⋯くっ、こいつ、やっぱり天女や女神なんかじゃなかった。間違いなく、ば、化け物だ。妖魔だ。⋯⋯絶対に顔や言葉に騙されちゃ駄目だ)


 鬼切丸(おにきりまる)を握る拳を震わせながら、鎌足かまたりが激しく歯軋りする。


(⋯⋯しかも草や葉、木の枝を刃に変えて自在に操れるのか。⋯⋯ッ、しかもあの薙刀なぎなたがどう変化を見せてくるのか分からない以上、こちらから迂闊うかつに攻めるのも禁物だ、気をつけろ⋯⋯)



《⋯⋯私の術や強さが少しは理解できたかしら。うふふ⋯⋯、あ、鎌⋯⋯何とかちゃんは、男じゃなくて、恋する”女子おなご“だから、『霞幻夢かすみげんむ』は気にしなくてもよくてよ。わらわ得物ぶきはあくまで、この妖凛刀ようりんとう。⋯⋯まぁ、どんな形であれ、“斬り刻まれる”事には変わりはないけど》


「⋯⋯恋!? ⋯⋯っ、そんなことより、鎌⋯⋯“たり”だ、って言ってるだろ!」


《⋯⋯あーあ、それにしてもわらわたちが仕掛けた葬魂そうこんの術、疑心暗鬼ぎしんあんき。もうちょっとで成功だったのに。それが残念だわ。せっかく毒をこねこねしたり、変装したり、苦労したのに。最後は高みの見物のはずが、紅斬鬼あばずれたちの邪魔のせいで、こうやって鎌ちゃんと戦わなきゃいけないんだから。⋯⋯はぁ、これが”骨折り損の何とやら“ってやつね。⋯⋯ねぇ? 鎌⋯⋯何とやらちゃん?》


 蒼妖鬼そうようき妖凛刀ようりんとうを組んだ腕の中に抱きながら、首を横に軽く振り、残念そうな表情で溜め息をいた。



「⋯⋯おい、御前。今、何て言った?」


《⋯⋯ん? 鎌ちゃん? って呼んだことかしら?》


「か、ま、た、り、だ。ちゃん付けするな。⋯⋯違う、そこじゃない」


《⋯⋯ん、⋯⋯あ、毒とか変装とかのことかしら?》


「⋯⋯毒。⋯⋯御前、壺装束つぼしょうぞくの女か?」


《⋯⋯あ、た、り。⋯⋯うふふふ、壺装束つぼしょうぞくも着たし、女官にょかんにも化けたわよ、あの毒もとっておきの隠し味を入れてぇ、こねこねこねこね、こねこねこねこね⋯⋯》


 蒼妖鬼そうようき泥団子どろだんごでも握るように、両掌を合わせてね始めた。


「⋯⋯御前、だった⋯⋯のか⋯⋯」


《⋯⋯こねこねこねこ⋯⋯あ、そっかぁ、知らなかったよね、ごめんなさいね。貴女の大切な想い人、あの綾麿おとこは無実よ、安心して。⋯⋯でもこれがきっかけで、手を繋げるくらい仲良くなれたんだし、良かったじゃない》



 昼間の痛みの記憶、そして胸の奥底から自然と湧き上がってくる感情を、鎌足かまたりうつむいて必死にえていた。

 その小さな身体は今、凄まじい”怒り“と”憎悪“の炎で、激しく震えていた。



「⋯⋯御前だったのか、⋯⋯毒、⋯⋯盛ったのは」


《⋯⋯ふふ、だったら? どうするの? 鎌ちゃん?》




「⋯⋯⋯⋯━━━━ぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉ御前だったのかあああああぁぁぁぁぁぁあああああ━━━━!!!!!!」




 怒りが頂点に達した鎌足かまたりの頭の中には今、“復讐”の二文字しかなかった。

 蒼妖鬼そうようきが他にどんな妖術を使うのか、手にした妖凛刀ようりんとうをどのようにさばくのか。

 そんな考えや警戒は、全て何処どこかに吹っ飛んでいた。


 怒りをあらわにして叫んだ鎌足かまたりは、目を血走らせながら鬼切丸おにきりまるを手に、蒼妖鬼そうようきに突っ込んだ。



《⋯⋯もう。短気なんだから。⋯⋯でも、怒りや熱さだけじゃ、わらわには到底敵わなくてよ?》



 真っ正面から激しく激突する、鬼切丸おにきりまる妖凛刀ようりんとう



 しかし怒りに満ちた鬼切丸おにきりまるから繰り出す渾身こんしんの刃は、上段から下段、下段から脇構えなど四方八方に多彩に変化する妖凛刀ようりんとうの型を前にして、いとも簡単に全てがことごとく弾かれていく。



「くそっ! 薙刀なぎなたには鬼切丸おにきりまるの長さや重さでは不利⋯⋯かッ!?」


《⋯⋯あら、冷静な判断もできるのね。良く分かってるじゃない。でもわらわの技はこれだけではなくてよ?》



 鬼切丸(おにきりまる)を猛り振るう鎌足かまたりから、蒼妖鬼そうようきは数歩飛び退いた。

 そして妖凛刀ようりんとうを地に垂直に立て、再び銀の眼を妖しく光らせて、両手で印を結んだ。


《⋯⋯地に根眠ねむりしむくろやいばよ、目醒めざたまへ、この京が都の現世うつしよに、詠還よみがえたまへ⋯⋯、⋯⋯おん!》


 謎の詠唱えいしょうが終わった時、この庭園内にまた新たな怪異が起きた。

 地に着いた葉林刀ようりんとう石突いしづきからは無数の根元が伸び、蒼妖鬼そうようきをぐるりと取り囲むように、大地に強固な根を張っていった。

 そしてその根の中で、“何か”がうごめきながら、更に地中深くへと潜っていく。



「⋯⋯っ、こいつ、次は一体何を⋯⋯!?」



 奇怪なことに、大地はまるで土竜もぐらが穴を掘り進んでいるかのように盛り上がり、それが鎌足かまたりの足元に物凄い速さで迫ってくる。


 その奇怪な盛り上がりは、鎌足かまたりの足元に到達したと思うと、唐突に姿を現した。

 地の玉砂利たまじゃりを弾いて、大地の中から触手のような無数の”木の根“が飛び出したのだ。


 蒼妖鬼そうようきの仕掛けた新たな刃。


 ⋯⋯根刃こんば


 襲いかかるこの根の表面には、枝刃えだば蔓刃つるばと同様に鋭い刃が生えていた。



「⋯⋯!? 草の根っこに刃!? ⋯⋯あッ、くそっ!!」



 この恐ろしい第一の奇襲を、鎌足かまたりすんでの所で何とか飛び退いてかわすことができた。

 しかし攻撃の根は、この第一撃だけではなかった。

 第二、第三、第四の根刃こんばの塊が、既に土の中を縦横無尽に動き回っていた。

 そして地を盛り上がらせながら、幾つもの方向から鎌足かまたりに物凄い速度で近づいてきていた。



《⋯⋯はいはい。⋯⋯お次は、四方向から、ね》



 東西南北、四方の大地から迫り来る根刃こんば

 その地中の“うねり”は、鎌足かまたりが左右に前後に大きく飛び退いても、常に四方から鎌足かまたりを狙ってきていた。


(「⋯⋯ッ、逃げても逃げても付いてくる。⋯⋯包囲網が解けない⋯⋯、なら!」)


 鎌足かまたりが地を蹴り、大きく跳躍する。

 そして空中で鬼切丸(おにきりまる)を腰に戻し、脚腰の鎖をほどいた。


 その鎌足かまたりの動きと同時に、地の玉砂利たまじゃりが四方向で同時に再び弾ける。

 ⋯⋯鎌足かまたりを突き刺し、引き裂く⋯⋯

 明らかにそんな明確な殺戮の意思を持った根刃こんばが、四方向から空中の鎌足かまたりへと襲いかかかった。



「⋯⋯ッ、伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま十四じゅうし鎖刃さじん旋風壁せんぷうへき!!」



 鎌足かまたりは空中を舞いながら、鎖を激しく回転させた。

 そして鎖の回転で防御の壁を作り、次々と襲いかかる根刃こんばの群れを撃ち払った。

 四方から攻めてくる根刃こんばは、鎌足かまたりの忍装束や髪を次々とかすめていく。


 まさに紙一重、間一髪、薄氷の回避だった。



「⋯⋯ッ! 止まったらまた囲まれるッ! こうなったら⋯⋯、攻撃は最大の防御だッ!」



 根刃こんばの襲撃から逃れた鎌足かまたりは、着地するや否やすぐさま疾走かけた。


 直線的な動きは狙われやすい。

 そう考えた鎌足かまたりは、蒼妖鬼そうようきの周りに円を描くように、わざと蛇行しながら動いた。

 小刻みに進路を左へ、右へ、また左へ。

 身体の動線は常に直線ではなく曲線を描き、そうして蒼妖鬼そうようきとの間合いを少しずつ少しずつ詰めていく。



《⋯⋯ふふ、そっかぁ、鎖鎌も使うんだったわね。⋯⋯それに、ちょこまかちょこまか、くねくねと目障めざわりな鎌ちゃん。でも考えたわね、なかなかやるじゃない。⋯⋯それでも。次はどうかしら?》


 蒼妖鬼そうようきの目が、再び妖しくきらめいた。

 地中の奥深くに眠る、まだ見ぬ枝刃えだばを目覚めさせるように、妖凛刀ようりんとうで地を数回突き、妖気に満ちた念を放つ。

 この蒼妖鬼そうようきの動きに合わせ、土の盛り上がりやうごめきの数は、更に倍になっていた。

 東西南北に加え、北東、南東、南西、北西。

 地中の”うねり“は今、八方向から鎌足かまたりを狙っていた。



 次から次へと八方向から飛び出し、襲いかかってくる根刃こんば

 鎌足かまたりは体術の限りを駆使して、縦横無尽に飛び跳ね、何本かの根刃こんばを鎌で切り裂き、ひたすら避け続けた。

 そんな鎌足かまたりを嘲笑うように、根刃こんばは再び地中へと姿をくらまし、”うねり“が再び鎌足かまたりを取り囲む。

 少しは狭めたはずの蒼妖鬼そうようきとの間合いも、また再び広がっていた。



《⋯⋯うふふふ。逃げても無駄よ、鎌ちゃん。この根刃こんばはね、元はたった一つの根なんだけど、わらわの想い一つで、いくらでも分裂するの。⋯⋯八方向をかわしても、十六方向。十六方向をかわしても、三十二方向。⋯⋯三十二方向がお気に召さないなら、六十四方向から責めてあげる。一気に全ての根刃こんばを切ったり枯らさないかぎり、この追撃は永遠に続くのよ。⋯⋯うふふふ》


「⋯⋯ッ!? このままじゃいつか殺られる⋯⋯! 何とかしないと⋯⋯、根を倒すには⋯⋯、一気に八つの根を叩き潰すには⋯⋯、弱点は⋯⋯、切る、枯らす⋯⋯、⋯⋯っ、何か手立ては⋯⋯、考えろ、考えるんだッ⋯⋯」



 ⋯⋯その時だった。



 薄闇の中、何処からか、綾麿あやまろの声が聞こえた⋯⋯。



 ⋯⋯気がした。



 その声の方向を見た鎌足かまたりの目に、偶然にもある“もの”が飛び込んできた。


 それは御所の随所に置かれた、警備用の篝火かがりび

 その燃え盛る灯りと、ぱちぱちと炎の弾ける音。


 そして鎌足かまたりの脳裏には同時に、もう一つの光景が浮かんでいた。


 それは、先程目の前で見た村雨むらさめ

 その刃から放たれた、蒼白そうはくの炎。



 ⋯⋯そして、その蒼白そうはくの炎を纏い、村雨むらさめ二刀をひらめかせ戦う綾麿あやまろの姿。



(⋯⋯ッ、そうだ、この手があった! 確か鎖を磨く用の油、僅かだけど持っていたはず⋯⋯、⋯⋯よし! これなら! ⋯⋯いや、今はこの技に賭けるしかない!)



 根刃こんばから逃げ回る鎌足かまたりの姿、それ自体が面白い見世物かのように、蒼妖鬼そうようきは満面の笑みを浮かべていた。


《⋯⋯鎌ちゃん? あのね、恋い焦がれる中将様ちゅうじょうさまに抱いてもらえずに死んじゃうのは、女子おなごとして悔いが残ると思うんだけど、大丈夫よ。⋯⋯わらわがあの中将ものもすぐにとりこにして、地獄に葬ってあげるから。地獄で結納ゆいのうした時は、お祝いに香典持っていってあげるわね。⋯⋯だから心安らかに、お逝きなさい》


「⋯⋯ッ! だから、”鎌足かまたり“だ、って言ってるだろう! それに綾麿あいつの事なんてこれっぽっちも好きじゃない! とにかく黙れ! しょう”が腐った、くそ⋯⋯いや、草婆くさばばあ! 殺れるものなら殺ってみろ!!」


 鎌足の挑発の言葉に、蒼妖鬼そうようきの愉しげで穏やかな表情が明らかに一変する。


《⋯⋯は!? ⋯⋯く、草婆くさばばあ? ⋯⋯愚かな人間の分際で、刀葉林とうようりん官吏者かんりしゃの、この美しいわらわを、草婆くさばばあ? ⋯⋯ゆ、許さん、許さんぞ小娘! ⋯⋯その身体、思う存分斬り刻んで、魂も地獄の底から必ずや見つけ出し、刀葉林とうようりんに千年はさらしてくれようぞ!!》



(⋯⋯しめた!)



 蒼妖鬼そうようきが見せた感情の高ぶり。

 鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきの氣が乱れる、その隙を狙っていた。

 根刃こんばとの妖気の流れの連動が一瞬乱れたこの間に、鎌足かまたりは自分の鎖が届く篝火かがりび、その全ての位置を把握し、距離を目算していた。

 そして持っていた油を、鎖の先端の分銅ふんどうにかけながら、理想の攻撃位置へと疾走はしり込んだ。



「⋯⋯来い、⋯⋯勝負だ!」



《⋯⋯現世うつしよ召喚しょうかんせしわらわ刀葉林とうようりん、その根刃こんばよ、あの生意気な小娘を殺せ! 文字通り八つ裂きにしろ!!》


 蒼妖鬼そうようきのこの美しくも邪念の籠もった怒号に導かれるように、あらゆる方向で再び玉砂利たまじゃりが弾き飛んだ。

 地中をありとあらゆる方向にうごめいていた八つの根が、一斉に鎌足かまたりに向かっていく。



 この攻防に於いて、有利な先手を取ったのは蒼妖鬼そうようき、後手で主導権を奪われたのは鎌足かまたりのように見えた。

 しかし実際に主導権を握っていたのは、鎌足かまたりの方だった。



 攻撃の拠点となる地に先に到達していた鎌足かまたりには、敵の動きを想像する僅かな余裕が生まれていた。

 根刃こんばが向かってくる方向や角度。

 その想定の軌道と、把握した篝火かがりびの位置を脳内で重ねる。


(⋯⋯読めた!)


 庭園内に点在する篝火かがりびに向けて、鎌足かまたりは鎖を放った。



「⋯⋯伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、三十ノ鎖刃さじん焔祭ほむらまつり!」



 ⋯⋯鎌足かまたりの投じた鎖の分銅ふんどうが、篝火かがりびの火炎の中を波打ちながら突き進む。


 ⋯⋯鎌足かまたりが狙ったもの。

 それは綾麿あやまろとの共闘でも利用し、綾麿あやまろ村雨むらさめきらめきに着眼ちゃくがんを得た、炎の力だった。


 油をかけていた影響もあり、鎖はすぐに“引火”した。

 鎖の先端の分銅ふんどう、そして分銅ふんどうから伝う鎖全体が、激しい炎に包まれていく。



《⋯⋯何と!? ⋯⋯しまった、こやつ、火を!?》


「⋯⋯へんっ、見たか!」



 鎖は今、鎌足かまたりの怒りをも映した猛る炎の鎖⋯⋯”炎鎖えんさ“と化していた。



 そして鎌足かまたりは、根刃こんばに向かって疾走かけた。

 次から次へと間髪入れずに、地上から顔を出して襲ってくる根刃こんば

 鎖を頭上で激しく振り回した鎌足かまたりは、その根刃こんば一つ一つに向けて、この炎の鎖を的確にぶつけていった。

 時には飛び上がり、時には地に伏せ身をかわす。

 そして分銅ふんどうや鎖の火勢が弱まれば、別の篝火かがりびを狙い撃つ。

 そうして常に鎖の炎の勢いを保ちながら、根刃こんばを次々と撃ち続けた。



 ⋯⋯木や根は、炎に弱いはず。



 そう睨んだ鎌足かまたりの起死回生の技だった。



 炎の鎖に撃たれた根刃こんばは業火に包まれ、地表に次々と倒れていった。

 そしてまるで火に包まれた人間がのたうち回るように苦しげにうごめき、小さく小さくしぼんでいく。


「どうだっ! 見たか、焔祭ほむらまつりの凄さを! これが御頭おかしら直伝の、伊賀流鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつだ!」


《⋯⋯くっ!?》



 風を切り、纏う炎を全て払い、鎖を手元に引き寄せた鎌足かまたりが辺りを見回した時⋯⋯。

 


 ⋯⋯全ての根刃こんばは真っ黒な塊に変わり果て、地にぐったりとしなびていた。



(⋯⋯ふぅ。⋯⋯悔しいけど、綾麿あやまろにもちょっとは感謝しなきゃ⋯⋯、だな)



 この鎌足かまたりの予想外の反撃に、余裕綽々だった蒼妖鬼そうようきの顔にも流石に動揺が滲んでいた。


《⋯⋯ッ、まさか!? 全ての根刃こんばを一気に焼き払うとは!? ⋯⋯お、おのれ、わらわともあろう者が、ほんの少しだけ油断したわ》



 大役を終えた鎖を腰と太腿に巻き付け直し、鬼切丸おにきりまるを構え直した鎌足かまたり

 悔しさを振り払うように、妖凛刀ようりんとうで空を何度か斬り、脇に構え直す蒼妖鬼そうようき

 両者が改めて激しく睨み合う。




「⋯⋯来い! 腹の中全部が燃えるくらいに痛かったんだからな! 毒の恨み、何十倍にして返してやるっ!」




《⋯⋯ふん、何よ。わらわの次の攻撃こそ本気の本気よ。今度こそ、奇跡は無いと思いなさい!》




《恨みも返せないし、次も無い。⋯⋯二匹とも死ね》




「⋯⋯は!?」

《⋯⋯え!?》




 唐突に真横から、男の声が響いた。




 鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきが、声の方を振り向いた⋯⋯。




 ⋯⋯と同時だった。




 鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきに襲いかかってきたのは。




 ⋯⋯鉄扇てっせん雨霰あめあられだった。




「⋯⋯ああッ!?」

《⋯⋯ッ、御前は!?》




 鎌足かまたり蒼妖鬼そうようきが振り向いた先に居たのは⋯⋯。


 ⋯⋯身の毛もよだつような殺意と狂気を放ち、不気味に笑みを浮かべている男。




 両手に十数枚もの鉄扇を広げた、紅鬼あかおに 修羅しゅら




 ⋯⋯紅閃鬼こうせんきだった━━━━。




第59話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第60話「冥闇めいあんの神殿」は、5月15日もしくは5月16日投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!

OP1 https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn

ED1 https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED2 https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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