第59話 四剣激突 〜後編〜
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足と一時的に手を組む。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿と一時的に手を組む。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。紅斬鬼とは犬猿の仲。
蒼鋼鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒で破壊の限りを尽くす。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━綾麿と紅斬鬼が闇の中へと消えていった後、御所建屋前では鎌足と蒼妖鬼の睨み合いが続いていた。
しかしこの場で繰り広げられている女同士の睨み合いは、通常の対峙とはまるで異なる様相を呈していた。
恐いくらいに睨みを効かせている鎌足とは真逆に、蒼妖鬼はしゃがみ込んで膝で頬杖をしながら、ずっと愉しそうに笑顔を浮かべていたからだ。
《うふふ。改めてご挨拶。私は蒼妖鬼。紅斬鬼にふられちゃったから、妾の相手は貴女になりそうね。ふふふ》
(⋯⋯こいつッ、一体何を考えてるんだ? さっきからずっと、にやにやとしやがって。考えが読めない相手は今までも居たけれど、でもこいつは今までの奴等とは全然違う。笑いながら何て恐ろしい妖気を放ってるんだ!? ⋯⋯こんな得体の知れない女性は初めてだ)
掴み所のない未知の敵を前にして、警戒を強める鎌足だったが、その真剣な眼差しすらも嘲笑うように、蒼妖鬼は弾んだ声で鎌足に語りかけた。
《⋯⋯もう。さっきから見てたら、鎌⋯⋯何とか、ちゃん?も、やっぱり女子ね。しっかり雌の顔してるじゃない。強さに惹かれちゃった? 妬けるわ。⋯⋯うふふ》
「⋯⋯一体何のことだ!? ⋯⋯っ、それに御前もさっきの紅鬼の女と同じで、私のことを“ちゃん”付けか!? ⋯⋯舐めたら痛い目をみるぞっ! ⋯⋯それに私の名前は、鎌”足“だ! さあっ、下りてこい!!」
鎌足は鬼切丸を眼前に構えて、攻撃にも防御にも転じることのできる臨戦態勢を取った。
その時だった。
大屋根へと繋がる刀葉の樹木。
全身を切り刻まれ擦り削られた一人の警備兵が、その残虐な刃の地獄をあと少しで登り切ろうとしていた。
多くの肉を失い、多くの傷を作り、全身血だらけになりながらも、必死に最後の刃の一枝を乗り越え、蒼妖鬼に触れようと震える手を伸ばす。
そんな警備兵を溜め息混じりで横目で見ながら、蒼妖鬼は面倒臭そうに呟いた。
《⋯⋯もう、鎌ちゃんはせっかちねえ。⋯⋯はいはい、分かったわ》
次の瞬間、警備兵の伸ばした血塗れの手は、虚しく宙を掴んでいた。
警備兵のすぐ目の前に在ったはずの蒼妖鬼の姿は、幻影のように一瞬だけ揺らいだと思うと、その姿は大屋根から忽然と消えていた。
「⋯⋯あ、あれ!? ⋯⋯き、消えた!?」
鎌足は目を擦りながら、大屋根の左右をきょろきょろと見渡し、目線を地上へと下ろした。
⋯⋯その下ろした視線の先に、蒼妖鬼は、居た。
大屋根から消えたはずの蒼妖鬼は、不可思議にも瞬きほどのほんの一瞬の内に、鎌足の目の前すぐ近くへと下り立っている。
《⋯⋯うふふ、お望み通り、鎌ちゃんの元に推参》
「⋯⋯う、⋯⋯あ」
鎌足は狼狽え、後退りした。
急に目の前に蒼妖鬼が現れたことにも驚かされたが、それ以上に鎌足が驚かされたのは、間近で見る蒼妖鬼の”顔“だった。
女性の鎌足が思わず頬を赤らめてしまう程、蒼妖鬼は美しかった。
今までこの女鬼を上回る美貌の女性を、鎌足は見たことがない。
この世のものとは思えない、天女のような美しさ。
闘いの女神のような、薙刀を構えた凛々しさ。
鎌足は思わず生唾を飲み込んだ。
しかし蒼妖鬼のこの神々しい優雅な立ち姿とは真逆に、背後の樹木では地獄の情景が続いていた。
警備兵や公家たち、紅鬼羅刹、そしてこの女鬼の仲間であるはずの蒼鬼羅刹までもが、その身と命を削りながら、今度は地上に向かって刃の木を下り始めている。
何故公家たちが居るのか、何故蒼鬼までが居るのか。
その理由は何一つ鎌足には分からなかったが、公家たちの中には見たことのある顔もあった。
(⋯⋯謁見の時に居た奴だ。⋯⋯あ、あっちは今日の夕刻、暗殺現場の輪の中で見かけたぞ)
屋根から地上へ一瞬で移動した蒼妖鬼の妖しげな術、そして眼の前で広がる刀葉の樹木の異様な情景。
様々な怪異を前に、鎌足は鬼切丸を持つ手を強め、更なる警戒を自分自身に言い聞かせた。
(⋯⋯こいつ、綺麗な顔に似ず、かなり危険な蒼鬼だ。騙されるな、正体は何百年も生きてる鬼なんだ)
《⋯⋯うふふ、そんなに睨まないでよね。⋯⋯あっ、もしかして妾の美しさに見惚れちゃったのかな?》
「⋯⋯ち、違うっ、⋯⋯こ、この悪い蒼鬼め! あれは⋯⋯あの木は、人の心を惑わす術か!? それと今、上から下にいきなり現れたのも妖術の一つだな!?」
《⋯⋯術? うふふ、刀葉林と今の幻影の動きは、妾の美しさと幻術『霞幻夢』が織り成す、地獄の桃源郷。召喚した幻夢世界なの。⋯⋯と言っても分からないか。お子様の鎌⋯⋯何とかちゃんにはちょっと難しいかなぁ。⋯⋯簡単に言うとね、この妖凛刀と一緒で、妾が自在に操れる武器の一つよ。⋯⋯こうやってね》
「⋯⋯っ!?」
蒼妖鬼が微笑んだ後、その蒼の眼、銀の瞳が突然妖しく光輝いた。
蒼妖鬼が妖凛刀をくるりと回転させ、石突(※刃の反対側の先)で地を打つ。
すると背後に聳える刀葉の木の枝葉が一斉にざわめき、しがみつく男たちに新たな牙を剥いた。
幹刃、枝刃、蔓刃、草刃、そして葉刃。
小さな刃という刃が、次の瞬間には一気に四寸(※約12cm)から六寸(※約18cm)程の長さにまで伸び、下りている最中の男たちを無惨な串刺し状態にしていた。
人鬼関係なく、全身がまさに針鼠状態。
蒼妖鬼が鎌足に見せたもの。
それは男たちを地獄に誘う、死のざわめきだった。
そして魔性の猛威を奮っていた刃の木⋯⋯現世刀葉林は、多くの男たちの血を吸い満足したのか、再びざわざわと枝葉を揺らし、夜の闇に透き通るようにして地上から姿を消していった。
もがれた樹の実のように、ばたばたと警備兵や公家や蒼紅鬼たちが地上へと落ちていく。
後は亡骸の山と蒼紅の霧が、地上の景色を彩っていくだけだった。
《⋯⋯『霞幻夢』と『現世刀葉林』。⋯⋯どう? ぞくぞくするくらい愉しかった?》
「⋯⋯あ、⋯⋯うぅ」
警戒から畏怖へ。
あまりもの怪異の凄まじさと残虐さを前にして、鎌足の蒼妖鬼の“顔”を見る目も、完全に変わっていた。
(⋯⋯くっ、こいつ、やっぱり天女や女神なんかじゃなかった。間違いなく、ば、化け物だ。妖魔だ。⋯⋯絶対に顔や言葉に騙されちゃ駄目だ)
鬼切丸を握る拳を震わせながら、鎌足が激しく歯軋りする。
(⋯⋯しかも草や葉、木の枝を刃に変えて自在に操れるのか。⋯⋯ッ、しかもあの薙刀がどう変化を見せてくるのか分からない以上、こちらから迂闊に攻めるのも禁物だ、気をつけろ⋯⋯)
《⋯⋯私の術や強さが少しは理解できたかしら。うふふ⋯⋯、あ、鎌⋯⋯何とかちゃんは、男じゃなくて、恋する”女子“だから、『霞幻夢』は気にしなくてもよくてよ。妾の得物はあくまで、この妖凛刀。⋯⋯まぁ、どんな形であれ、“斬り刻まれる”事には変わりはないけど》
「⋯⋯恋!? ⋯⋯っ、そんなことより、鎌⋯⋯“足”だ、って言ってるだろ!」
《⋯⋯あーあ、それにしても妾たちが仕掛けた葬魂の術、疑心暗鬼。もうちょっとで成功だったのに。それが残念だわ。せっかく毒をこねこねしたり、変装したり、苦労したのに。最後は高みの見物のはずが、紅斬鬼たちの邪魔のせいで、こうやって鎌ちゃんと戦わなきゃいけないんだから。⋯⋯はぁ、これが”骨折り損の何とやら“ってやつね。⋯⋯ねぇ? 鎌⋯⋯何とやらちゃん?》
蒼妖鬼は妖凛刀を組んだ腕の中に抱きながら、首を横に軽く振り、残念そうな表情で溜め息を吐いた。
「⋯⋯おい、御前。今、何て言った?」
《⋯⋯ん? 鎌ちゃん? って呼んだことかしら?》
「か、ま、た、り、だ。ちゃん付けするな。⋯⋯違う、そこじゃない」
《⋯⋯ん、⋯⋯あ、毒とか変装とかのことかしら?》
「⋯⋯毒。⋯⋯御前、壺装束の女か?」
《⋯⋯あ、た、り。⋯⋯うふふふ、壺装束も着たし、女官にも化けたわよ、あの毒もとっておきの隠し味を入れてぇ、こねこねこねこね、こねこねこねこね⋯⋯》
蒼妖鬼は泥団子でも握るように、両掌を合わせて捏ね始めた。
「⋯⋯御前、だった⋯⋯のか⋯⋯」
《⋯⋯こねこねこねこ⋯⋯あ、そっかぁ、知らなかったよね、ごめんなさいね。貴女の大切な想い人、あの綾麿は無実よ、安心して。⋯⋯でもこれがきっかけで、手を繋げるくらい仲良くなれたんだし、良かったじゃない》
昼間の痛みの記憶、そして胸の奥底から自然と湧き上がってくる感情を、鎌足は俯いて必死に堪えていた。
その小さな身体は今、凄まじい”怒り“と”憎悪“の炎で、激しく震えていた。
「⋯⋯御前だったのか、⋯⋯毒、⋯⋯盛ったのは」
《⋯⋯ふふ、だったら? どうするの? 鎌ちゃん?》
「⋯⋯⋯⋯━━━━ぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉ御前だったのかあああああぁぁぁぁぁぁあああああ━━━━!!!!!!」
怒りが頂点に達した鎌足の頭の中には今、“復讐”の二文字しかなかった。
蒼妖鬼が他にどんな妖術を使うのか、手にした妖凛刀をどのように捌くのか。
そんな考えや警戒は、全て何処かに吹っ飛んでいた。
怒りを露わにして叫んだ鎌足は、目を血走らせながら鬼切丸を手に、蒼妖鬼に突っ込んだ。
《⋯⋯もう。短気なんだから。⋯⋯でも、怒りや熱さだけじゃ、妾には到底敵わなくてよ?》
真っ正面から激しく激突する、鬼切丸と妖凛刀。
しかし怒りに満ちた鬼切丸から繰り出す渾身の刃は、上段から下段、下段から脇構えなど四方八方に多彩に変化する妖凛刀の型を前にして、いとも簡単に全てが尽く弾かれていく。
「くそっ! 薙刀には鬼切丸の長さや重さでは不利⋯⋯かッ!?」
《⋯⋯あら、冷静な判断もできるのね。良く分かってるじゃない。でも妾の技はこれだけではなくてよ?》
鬼切丸を猛り振るう鎌足から、蒼妖鬼は数歩飛び退いた。
そして妖凛刀を地に垂直に立て、再び銀の眼を妖しく光らせて、両手で印を結んだ。
《⋯⋯地に根眠りし骸が刃よ、目醒め給へ、この京が都の現世に、詠還り給へ⋯⋯、⋯⋯唵!》
謎の詠唱が終わった時、この庭園内にまた新たな怪異が起きた。
地に着いた葉林刀の石突からは無数の根元が伸び、蒼妖鬼をぐるりと取り囲むように、大地に強固な根を張っていった。
そしてその根の中で、“何か”が蠢きながら、更に地中深くへと潜っていく。
「⋯⋯っ、こいつ、次は一体何を⋯⋯!?」
奇怪なことに、大地はまるで土竜が穴を掘り進んでいるかのように盛り上がり、それが鎌足の足元に物凄い速さで迫ってくる。
その奇怪な盛り上がりは、鎌足の足元に到達したと思うと、唐突に姿を現した。
地の玉砂利を弾いて、大地の中から触手のような無数の”木の根“が飛び出したのだ。
蒼妖鬼の仕掛けた新たな刃。
⋯⋯根刃。
襲いかかるこの根の表面には、枝刃や蔓刃と同様に鋭い刃が生えていた。
「⋯⋯!? 草の根っこに刃!? ⋯⋯あッ、くそっ!!」
この恐ろしい第一の奇襲を、鎌足は既の所で何とか飛び退いてかわすことができた。
しかし攻撃の根は、この第一撃だけではなかった。
第二、第三、第四の根刃の塊が、既に土の中を縦横無尽に動き回っていた。
そして地を盛り上がらせながら、幾つもの方向から鎌足に物凄い速度で近づいてきていた。
《⋯⋯はいはい。⋯⋯お次は、四方向から、ね》
東西南北、四方の大地から迫り来る根刃。
その地中の“うねり”は、鎌足が左右に前後に大きく飛び退いても、常に四方から鎌足を狙ってきていた。
(「⋯⋯ッ、逃げても逃げても付いてくる。⋯⋯包囲網が解けない⋯⋯、なら!」)
鎌足が地を蹴り、大きく跳躍する。
そして空中で鬼切丸を腰に戻し、脚腰の鎖を解いた。
その鎌足の動きと同時に、地の玉砂利が四方向で同時に再び弾ける。
⋯⋯鎌足を突き刺し、引き裂く⋯⋯
明らかにそんな明確な殺戮の意思を持った根刃が、四方向から空中の鎌足へと襲いかかかった。
「⋯⋯ッ、伊賀流鎖鎌、十四ノ鎖刃、旋風壁!!」
鎌足は空中を舞いながら、鎖を激しく回転させた。
そして鎖の回転で防御の壁を作り、次々と襲いかかる根刃の群れを撃ち払った。
四方から攻めてくる根刃は、鎌足の忍装束や髪を次々と掠めていく。
まさに紙一重、間一髪、薄氷の回避だった。
「⋯⋯ッ! 止まったらまた囲まれるッ! こうなったら⋯⋯、攻撃は最大の防御だッ!」
根刃の襲撃から逃れた鎌足は、着地するや否やすぐさま疾走た。
直線的な動きは狙われやすい。
そう考えた鎌足は、蒼妖鬼の周りに円を描くように、わざと蛇行しながら動いた。
小刻みに進路を左へ、右へ、また左へ。
身体の動線は常に直線ではなく曲線を描き、そうして蒼妖鬼との間合いを少しずつ少しずつ詰めていく。
《⋯⋯ふふ、そっかぁ、鎖鎌も使うんだったわね。⋯⋯それに、ちょこまかちょこまか、くねくねと目障りな鎌ちゃん。でも考えたわね、なかなかやるじゃない。⋯⋯それでも。次はどうかしら?》
蒼妖鬼の目が、再び妖しく煌めいた。
地中の奥深くに眠る、まだ見ぬ枝刃を目覚めさせるように、妖凛刀で地を数回突き、妖気に満ちた念を放つ。
この蒼妖鬼の動きに合わせ、土の盛り上がりや蠢きの数は、更に倍になっていた。
東西南北に加え、北東、南東、南西、北西。
地中の”うねり“は今、八方向から鎌足を狙っていた。
次から次へと八方向から飛び出し、襲いかかってくる根刃。
鎌足は体術の限りを駆使して、縦横無尽に飛び跳ね、何本かの根刃を鎌で切り裂き、ひたすら避け続けた。
そんな鎌足を嘲笑うように、根刃は再び地中へと姿を晦まし、”うねり“が再び鎌足を取り囲む。
少しは狭めたはずの蒼妖鬼との間合いも、また再び広がっていた。
《⋯⋯うふふふ。逃げても無駄よ、鎌ちゃん。この根刃はね、元はたった一つの根なんだけど、妾の想い一つで、いくらでも分裂するの。⋯⋯八方向をかわしても、十六方向。十六方向をかわしても、三十二方向。⋯⋯三十二方向がお気に召さないなら、六十四方向から責めてあげる。一気に全ての根刃を切ったり枯らさないかぎり、この追撃は永遠に続くのよ。⋯⋯うふふふ》
「⋯⋯ッ!? このままじゃいつか殺られる⋯⋯! 何とかしないと⋯⋯、根を倒すには⋯⋯、一気に八つの根を叩き潰すには⋯⋯、弱点は⋯⋯、切る、枯らす⋯⋯、⋯⋯っ、何か手立ては⋯⋯、考えろ、考えるんだッ⋯⋯」
⋯⋯その時だった。
薄闇の中、何処からか、綾麿の声が聞こえた⋯⋯。
⋯⋯気がした。
その声の方向を見た鎌足の目に、偶然にもある“もの”が飛び込んできた。
それは御所の随所に置かれた、警備用の篝火。
その燃え盛る灯りと、ぱちぱちと炎の弾ける音。
そして鎌足の脳裏には同時に、もう一つの光景が浮かんでいた。
それは、先程目の前で見た村雨。
その刃から放たれた、蒼白の炎。
⋯⋯そして、その蒼白の炎を纏い、村雨二刀を閃かせ戦う綾麿の姿。
(⋯⋯ッ、そうだ、この手があった! 確か鎖を磨く用の油、僅かだけど持っていたはず⋯⋯、⋯⋯よし! これなら! ⋯⋯いや、今はこの技に賭けるしかない!)
根刃から逃げ回る鎌足の姿、それ自体が面白い見世物かのように、蒼妖鬼は満面の笑みを浮かべていた。
《⋯⋯鎌ちゃん? あのね、恋い焦がれる中将様に抱いてもらえずに死んじゃうのは、女子として悔いが残ると思うんだけど、大丈夫よ。⋯⋯妾があの中将もすぐに虜にして、地獄に葬ってあげるから。地獄で結納した時は、お祝いに香典持っていってあげるわね。⋯⋯だから心安らかに、お逝きなさい》
「⋯⋯ッ! だから、”鎌足“だ、って言ってるだろう! それに綾麿の事なんてこれっぽっちも好きじゃない! とにかく黙れ! 性“根”が腐った、くそ⋯⋯いや、草婆! 殺れるものなら殺ってみろ!!」
鎌足の挑発の言葉に、蒼妖鬼の愉しげで穏やかな表情が明らかに一変する。
《⋯⋯は!? ⋯⋯く、草婆? ⋯⋯愚かな人間の分際で、刀葉林の官吏者の、この美しい妾を、草婆? ⋯⋯ゆ、許さん、許さんぞ小娘! ⋯⋯その身体、思う存分斬り刻んで、魂も地獄の底から必ずや見つけ出し、刀葉林に千年は晒してくれようぞ!!》
(⋯⋯しめた!)
蒼妖鬼が見せた感情の高ぶり。
鎌足は蒼妖鬼の氣が乱れる、その隙を狙っていた。
根刃との妖気の流れの連動が一瞬乱れたこの間に、鎌足は自分の鎖が届く篝火、その全ての位置を把握し、距離を目算していた。
そして持っていた油を、鎖の先端の分銅にかけながら、理想の攻撃位置へと疾走り込んだ。
「⋯⋯来い、⋯⋯勝負だ!」
《⋯⋯現世に召喚せし妾の刀葉林、その根刃よ、あの生意気な小娘を殺せ! 文字通り八つ裂きにしろ!!》
蒼妖鬼のこの美しくも邪念の籠もった怒号に導かれるように、あらゆる方向で再び玉砂利が弾き飛んだ。
地中をありとあらゆる方向に蠢いていた八つの根が、一斉に鎌足に向かっていく。
この攻防に於いて、有利な先手を取ったのは蒼妖鬼、後手で主導権を奪われたのは鎌足のように見えた。
しかし実際に主導権を握っていたのは、鎌足の方だった。
攻撃の拠点となる地に先に到達していた鎌足には、敵の動きを想像する僅かな余裕が生まれていた。
根刃が向かってくる方向や角度。
その想定の軌道と、把握した篝火の位置を脳内で重ねる。
(⋯⋯読めた!)
庭園内に点在する篝火に向けて、鎌足は鎖を放った。
「⋯⋯伊賀流鎖鎌、三十ノ鎖刃、焔祭り!」
⋯⋯鎌足の投じた鎖の分銅が、篝火の火炎の中を波打ちながら突き進む。
⋯⋯鎌足が狙ったもの。
それは綾麿との共闘でも利用し、綾麿の村雨の煌めきに着眼を得た、炎の力だった。
油をかけていた影響もあり、鎖はすぐに“引火”した。
鎖の先端の分銅、そして分銅から伝う鎖全体が、激しい炎に包まれていく。
《⋯⋯何と!? ⋯⋯しまった、こやつ、火を!?》
「⋯⋯へんっ、見たか!」
鎖は今、鎌足の怒りをも映した猛る炎の鎖⋯⋯”炎鎖“と化していた。
そして鎌足は、根刃に向かって疾走た。
次から次へと間髪入れずに、地上から顔を出して襲ってくる根刃。
鎖を頭上で激しく振り回した鎌足は、その根刃一つ一つに向けて、この炎の鎖を的確にぶつけていった。
時には飛び上がり、時には地に伏せ身をかわす。
そして分銅や鎖の火勢が弱まれば、別の篝火を狙い撃つ。
そうして常に鎖の炎の勢いを保ちながら、根刃を次々と撃ち続けた。
⋯⋯木や根は、炎に弱いはず。
そう睨んだ鎌足の起死回生の技だった。
炎の鎖に撃たれた根刃は業火に包まれ、地表に次々と倒れていった。
そしてまるで火に包まれた人間がのたうち回るように苦しげに蠢き、小さく小さく萎んでいく。
「どうだっ! 見たか、焔祭りの凄さを! これが御頭直伝の、伊賀流鎖鎌術だ!」
《⋯⋯くっ!?》
風を切り、纏う炎を全て払い、鎖を手元に引き寄せた鎌足が辺りを見回した時⋯⋯。
⋯⋯全ての根刃は真っ黒な塊に変わり果て、地にぐったりと萎びていた。
(⋯⋯ふぅ。⋯⋯悔しいけど、綾麿にもちょっとは感謝しなきゃ⋯⋯、だな)
この鎌足の予想外の反撃に、余裕綽々だった蒼妖鬼の顔にも流石に動揺が滲んでいた。
《⋯⋯ッ、まさか!? 全ての根刃を一気に焼き払うとは!? ⋯⋯お、おのれ、妾ともあろう者が、ほんの少しだけ油断したわ》
大役を終えた鎖を腰と太腿に巻き付け直し、鬼切丸を構え直した鎌足。
悔しさを振り払うように、妖凛刀で空を何度か斬り、脇に構え直す蒼妖鬼。
両者が改めて激しく睨み合う。
「⋯⋯来い! 腹の中全部が燃えるくらいに痛かったんだからな! 毒の恨み、何十倍にして返してやるっ!」
《⋯⋯ふん、何よ。妾の次の攻撃こそ本気の本気よ。今度こそ、奇跡は無いと思いなさい!》
《恨みも返せないし、次も無い。⋯⋯二匹とも死ね》
「⋯⋯は!?」
《⋯⋯え!?》
唐突に真横から、男の声が響いた。
鎌足と蒼妖鬼が、声の方を振り向いた⋯⋯。
⋯⋯と同時だった。
鎌足と蒼妖鬼に襲いかかってきたのは。
⋯⋯鉄扇の雨霰だった。
「⋯⋯ああッ!?」
《⋯⋯ッ、御前は!?》
鎌足と蒼妖鬼が振り向いた先に居たのは⋯⋯。
⋯⋯身の毛もよだつような殺意と狂気を放ち、不気味に笑みを浮かべている男。
両手に十数枚もの鉄扇を広げた、紅鬼 修羅。
⋯⋯紅閃鬼だった━━━━。
第59話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第60話「冥闇の神殿」は、5月15日もしくは5月16日投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!
OP1 https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn
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ED2 https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT
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