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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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58/81

第58話  四剣激突 〜前編〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足(かまたり)と一時的に手を組む。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿(あやまろ)と一時的に手を組む。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━御所家屋前、乱戦の最前線へと辿り着いた鎌足かまたりの視界に真っ先に飛び込んできたのは、この世のものとは思えないおぞましい情景。

 現世うつしよに現れた地獄の断片だんぺん、“刀葉林とうようりん”だった。


「⋯⋯あっ、紅鬼あかおにが!」


 鎌足かまたりの目の前、何処どこからともなくふらふらと現れたのは、紅鬼あかおに羅刹らせつ一鬼と一人の警備兵。

 何処どこかに落としたのか、禍々しい悪の凶器も、帝を守るための正義の刃も、何一つ武器は手にしていない。

 相手に襲いかかったり、逃げ出したりする素振りもなく、ただ御所の大屋根だけを見上げながら、この”刀葉林とうようりん“の異形いぎょうの大木へと近づいていく。

 幹に生い茂る鋭く尖った刃までも気にすることなく、紅鬼あかおにと警備兵は何かに取り憑かれたような陶酔の目で、我先にと大木を登り始めた。


 全身を幹や枝の刃で切り刻まれながらも、必死に登り続ける男たち。


 鎌足かまたりはそんな異様な情景を前にして、全身に凍えるような身震いが走っていた。

 まるで自身の身体までが、この小さな刃でこすがれているような、そんなぞわぞわとした不快な感覚とおののきが押し寄せてくる。



「⋯⋯な、何だあれは⋯⋯。何であんな刃の木が⋯⋯。それに皆一体どうしたんだ!? 気が狂ったように血だらけになって⋯⋯。よく見たら蒼鬼あおおにまで登っている!?」



 そんな鎌足かまたりの傍で、綾麿あやまろがぼそりと呟いた。


「鬼の召喚しょうかんの術だ」


「⋯⋯は?」


「⋯⋯あれこそが、男を惑わせその身体を切り刻む、衆合しゅごう地獄、刀葉林とうようりん。⋯⋯そなた、女子おなごで良かったな」


「⋯⋯へ?」


女子おなごならば”刀葉林あれ“の魔性は効かぬ。余計なものは目に入れるな、聞くな。相手の蒼鬼あおおに紅鬼あかおにだけを見ろ」


「⋯⋯う、うるさいな、いちいち。わかってるさ、あの二鬼だな、あんな奇妙な木を勝手に植えたのは!」



 鎌足かまたりは改めて目の前の人形ひとがた紅鬼あかおにと、大屋根の上の人形ひとがた蒼鬼あおおにを交互に睨みつけた。


 綾麿あやまろ鎌足かまたり、そして蒼妖鬼そうようき紅斬鬼こうざんき

 二人と修羅しゅら二鬼が睨み合い、四者の目線が絡み合う。



《⋯⋯ぷ、はっはっは! 奇妙な木、だとよ。しかも植えたんだとよ。⋯⋯はっはっは、御前の自慢の術も軽く扱われたもんだな、醜女しこめ


《⋯⋯もう、ちょっと。笑わないでよね、阿婆擦あばずれ》

 

 気合に満ちた表情の鎌足かまたりと、不満そうに口を膨らませた蒼妖鬼そうようき

 紅斬鬼こうざんきは背中の鬼紅葉おにこうように手をかけたまま、地上と大屋根の両者を見比べながら、不敵にせせら笑った。



《⋯⋯ま、無礼な発言は大目に見てあげるわ。折角、わらわに会いに来てくれたんだし》


 蒼妖鬼そうようきは再び優雅に微笑むと、地上で並び合う綾麿あやまろ鎌足かまたりを見下ろしながら、愉しそうに声をかけた。



《⋯⋯うふふ。さっきまであれだけ熱く激しく揉めていたのに、もうそんなに仲良しになっちゃって。鎌⋯⋯、何とかちゃん? もう、手くらいは握れたのかしら?》


「な、な、な? ⋯⋯何だと!? ⋯⋯ッ! そ、そ、そんなこと⋯⋯、手なんか繋ぐかっ!? ⋯⋯このッ! 下りてこい! 薙刀なぎなた女鬼おんなおに! この私が相手になってやる!」


 頬を紅潮させながら握り拳を作り、声を荒げる鎌足かまたりの隣で、綾麿あやまろが溜め息混じりで呟いた。


「⋯⋯今言ったばかりだろう。⋯⋯いちいち、くだらん挑発に乗るな」


「⋯⋯あぁん!? 何だよ、くだらない、って!? 綾麿あやまろっ、手だぞ、手! 私はさっきは握ってはいない! 危なかったけど握ってはいない! 手を握ったか握っていないかは、これは重要な問題であってだな!」


 鎌足かまたりはすぐに綾麿あやまろに噛みついた。

 しかし綾麿あやまろはそれ以上は何も語らない。

 鎌足かまたりの方は見向きもせず、真剣な顔つきで視線を交互にずらしながら、蒼妖鬼そうようき紅斬鬼こうざんきを見つめ続けたままだった。



 そんな綾麿あやまろの姿を大屋根から眺めていた蒼妖鬼そうようきが、そっと袖で口元を隠した。


(《綾麿あやまろとか言うあの『六歌戦ろっかせん』の男、やはり只者ではない。既にわらわの術の領域。あんな涼しい顔をしながら、決してわらわの放つ“色”の幻夢げんむ世界に堕ちないよう、心をくうにしている⋯⋯。しかも紅斬鬼あばずれの動きにも警戒をしながら。⋯⋯はぁ。つまらなくて、あなどれない男。でもそのせ我慢、果たしていつまでもつかしら。⋯⋯うふふ》)




 この四者の睨み合いの中、最初に痺れを切らし、戦意をたぎらせたのは、好戦的な性格の紅斬鬼こうざんきだった。



《⋯⋯ったくよぉ、うるせえ!! 何をごちゃごちゃと痴話喧嘩ちわげんかしてんだ? お前等!》



 騒ぐ鎌足かまたり一喝いっかつした紅斬鬼こうざんきは、あかみがかった銀の目を、鎌足かまたりの真横、綾麿あやまろの方へと動かした。


 それは見えない刃で刺し貫くような、鋭い眼差し。

 紅斬鬼こうざんきは美しい顔立ちをしているとは言え、元々強気な性格で目つきも悪い。

 だからこそ尚更に、邪念を帯びた本気の視線が放つ威圧感は、凄まじいものがあった。

 強烈な闘気と殺気、そして何をしてくるかわからない怖さに満ちていた。



《⋯⋯いくら鬼切丸(おにきりまる)を持っているとは言え、あの紅影鬼こうえいきたおしたのは、どう考えても”まぐれ“としか思えねえ、こんな“おちびちゃん”より、⋯⋯まずは、御前だ。『六歌戦ろっかせん』の綾麿あやまろさんよ。それに御前も、この私ともう一度、りたくなって舞い戻ってきたんだろ? その顔がそう言ってるぜ》


「⋯⋯な、何だとぅ!? まぐれ!? しかも”おちびちゃん“だってぇ!? ⋯⋯あ、あのなぁ! 私はこう見えても、伊賀の中ではな、背丈は⋯⋯」


「⋯⋯何度も言わせるな。心を乱すな」


 顔を更に真っ赤にしていきどおり、今にも紅斬鬼こうざんきに殴りかかりそうな勢いの鎌足かまたりを、綾麿あやまろ鞘刃さやばで制止した。

 そしてその鞘刃さやばの向きを返すと、紅斬鬼こうざんきに向けてゆっくりとかざしていった。



「⋯⋯帝の御命を狙い、日本ひのもとに迷い出た悪鬼あっきども。紅鬼あかおに修羅しゅらの女。⋯⋯ここまでだ。貴様らの永年ながねんの野望もその命も、全て此処ここで捨ててもらおう」



 ”紅鬼あかおに修羅しゅらの女“。

 その名指しと向けられた鞘刃さやばに、紅斬鬼こうざんき何処どこか愉しそうににやりと笑みを浮かべた。


《⋯⋯醜女しこめ、聞いただろう。『六歌戦ろっかせん』からの御指名、果たし状だ。⋯⋯少しだけ待ってろ。この人間どもの中で一番戦い甲斐がいもある、六歌戦こいつを仕留めてから戻る。それまで御前は、この“おちびちゃん”と遊んでるんだな》


「⋯⋯は!? ⋯⋯おい、散々悪口言って逃げるのか!」

《⋯⋯は!? ⋯⋯ちょ、ちょっと! その『六歌戦おとこ』はわらわの美しさのとりこに堕ちかけてるのよ!?》


 悪意のある呼び名で呼ばれた鎌足かまたりと、幻惑する相手を奪われた蒼妖鬼そうようき

 地上と大屋根、二つの大きな声が重なる。

 ただ唯一、綾麿あやまろだけは、隣で眉をしかめている鎌足かまたりに目を送りながら、淡々と呟いた。



「⋯⋯話の通りだ。聞いたな、共闘は終わりだ」


「⋯⋯えっ」


 鎌足かまたりは少し驚いた表情で、綾麿あやまろの顔を見上げた。

 しかし綾麿あやまろの目線は既に、鎌足かまたりの方には無かった。

 今にも襲いかかってきそうな勢いの紅斬鬼こうざんきの銀のまなこだけを、綾麿あやまろはただまっすぐに見つめていた。


 綾麿あやまろが横顔で呟く。


「⋯⋯後は生きるも死ぬるもそなたの腕次第。そなたの命などどうでもよい。ただし、鬼切丸(おにきり)や伊賀の鎖鎌の技を欲する鬼は、少なからずいるだろう。⋯⋯本当に日本ひのもとの平和を祈るなら、死ぬる時は葬魂そうこんの術で魂を奪われる前に、自ら命を絶て。⋯⋯それが日本ひのもとのためでもあり、無間むげん地獄で苦しむこともない、己のためでもある」


「⋯⋯っ!?」


「⋯⋯だが、江戸や徳川のためとかいう大義名分を振りかざし、そなたは既に相当の人間の殺生せっしょうを繰り返してきたのだろう。自決により無間むげん地獄は免れたとしても、地獄行きだけは免れまい。⋯⋯よいか、覚悟しておけ。地獄は想像以上に苦しく辛く、そして⋯⋯悲しい場所だ」


「⋯⋯あの。⋯⋯あ、あやま⋯⋯」


「⋯⋯話もこれまでだ。⋯⋯最後に一つだけ。⋯⋯帝の御命いのちだけは、”死んでも“守れ。⋯⋯いいな」


「⋯⋯え、⋯⋯あ、ああ、勿論もちろんだ」


「⋯⋯⋯」


 後はもう綾麿あやまろからの言葉は、無かった。



「⋯⋯あやまろ」


 その名前の呟きと次の行動が、どんな鎌足かまたりの感情を示していたのかは分からない。

 一人になる寂しさか、戦いに向かう者への励ましか。

 勝手な言動に対する反論か、昨日から続いている嫌悪感か、心の奥底に芽生えていた仲間意識か、それとも。

 鎌足かまたりは無意識に、綾麿あやまろの方へ左手を伸ばしていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 しかし綾麿あやまろは、鎌足かまたりの手の動きには気が付かない。

 綾麿あやまろは無言のまま鎌足かまたりの前へと歩み出ると、紅斬鬼こうざんきを鋭く睨みつけた。


 ”無意識な想い“に触れることができなかった鎌足かまたりの左手が、先程まで綾麿あやまろが居た場所の宙を掴む。

 心無しか、指先が少し、ほんの少しだけ、綾麿あやまろ狩衣かりぎぬの袖に触れた⋯⋯。



 ⋯⋯気がした。



「⋯⋯あ」


 綾麿あやまろの背中に向けて、鎌足かまたりは短く吐息を漏らした。



 共闘から、それぞれの戦いへ。

 そんな綾麿あやまろ鎌足かまたりの姿を、腰を沈めて膝で頬杖をつきながら、蒼妖鬼そうようきはにやにやと眺めていた。

 そしてたのしげに呟いた。


《⋯⋯ふーん、あらあら。⋯⋯うふふ》


 

 紅斬鬼こうざんきの銀のまなこが、綾麿あやまろの視線に応える。

 紅斬鬼こうざんきは狂喜の笑みを浮かべた。




《⋯⋯ふははははは、今生こんじょうの別れは済んだようだな! いくぜ! 『六歌戦ろっかせん不知火綾麿しらぬいあやまろ!! 今度こそこの鬼紅葉おにこうようで、その命、紅色くれないいろに散らしてやる!!》


「⋯⋯来い、鬼紅葉おにこうよう。⋯⋯そして迷い出た野太刀のだちの女鬼よ。今は春、紅葉こうようの季節には早い。⋯⋯地獄にかえれ」




 この両者の挑発の言葉が、再戦の狼煙のろしとなった。

 

 村雨(むらさめ)二刀を下段に構えた綾麿あやまろと、背中の鬼紅葉おにこうように指を掛けた紅斬鬼こうざんき

 刃を一閃いっせんしただけでは、まだ相手には届かない。

 両者はそんな均衡の間合いを保つ。

 そして睨み合ったまま、共にゆっくりと横に歩を進めていった。


 最初は歩くような速さ。

 しかしその足の動きは、どちらからともなく徐々に速くなっていった。


 歩みは小走りとなり、小走りは走りへと変わる。

 そして走りはいつしか、疾走はしりとなっていた。



 この再戦でも先手を取ったのは、紅斬鬼こうざんきだった。

 疾走はしりを突如ぴたりと止め、互いの間合いを崩すと、その身体は驚くべき反射神経ですぐさまに宙を舞う。

 そして空中で背中の鬼紅葉おにこうようを凄まじい速さで抜くと、刃を振り上げて上段から綾麿あやまろに斬り掛かっていた。


 まずは変化の無い鬼紅葉おにこうようの急襲。

 綾麿あやまろはそんな小手調べの一閃を、真刃しんばで弾き返した。


 この一撃が皮切りだった。

 夜の闇に光の筋が幾重にもきらめいた。

 村雨むらさめ二刀と鬼紅葉おにこうようが、何度も激しくぶつかり合う。


 綾麿あやまろ真刃しんばあおい熱炎を滾らせ、鞘刃さやばは白の冷炎を放つ。

 対して紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうようは、太いこんの型、三叉みつまたの槍型、人間の手のような熊手の型など、紅斬鬼こうざんきの思うがまま自由自在に変化する。


 綾麿あやまろ村雨むらさめ鞘刃さやばの斬撃を、紅斬鬼こうざんきこんがた鬼紅葉おにこうようがいなす。

 紅斬鬼こうざんき三叉みつまた槍型やりがた鬼紅葉おにこうようを、綾麿あやまろ村雨むらさめ真刃しんばが弾く。

 綾麿あやまろ真刃しんば鞘刃さやばの二刀による左右からの連撃に、紅斬鬼こうざんき熊手型くまでがた鬼紅葉おにこうようを、“”の葉のように更に刃先を分裂させ迎え撃つ。


 村雨(むらさめ)二刀と、鬼紅葉おにこうよう

 二つの妖刀ようとう魔剣まけん同士の激突。

 その物凄さを如実に示すように、庭園を美しく荘厳に彩っていた燈籠とうろうあおりを受け、数え切れない程の数が粉々に砕け散っていった。

 犠牲になったのは、燈籠とうろうだけではない。

 人間の子供大ほどの観賞用の置き石までもが、戦う綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきの傍で、幾つも真っ二つになっていく。


 蒼白そうはく(ほむら)が、刃の残り火のように夜空に舞う。

 十数度目の剣戟けんげきの交差。

 最後に放たれた綾麿あやまろ真刃しんばによる横薙よこなぎの一撃が、ついに紅斬鬼こうざんきの腹部を捉えたかと思われた。

 しかし紅斬鬼こうざんきは、攻撃一辺倒ではなく、防御に回った時の動きも速い。

 鬼紅葉おにこうようの刃全体を大きく柔らかく広げると、まるで羽根をたたんだ鳥のように自らの身体を包みこんだ。

 そしてこの綾麿あやまろの強烈な真刃しんばの一撃すらも、苦もなく弾き返していた。



 第一撃からこの弾きに至るまで、ときはまだほんのニ、三十秒しか経っていない。

 この両者による剣戟けんげきは、目にした者のときの感覚を狂わせるほど、濃密で激しいものだった。



 綾麿あやまろは再び間合いを取るために、後方へ飛び退いた。

 そして辺りを確認するように、左右にまなこだけを動かし、淡々と呟いた。



「⋯⋯鳥籠とりかごに似た防御の型か。この村雨の真刃しんばを止めるとは。女鬼にしては、なかなかやるな」


《⋯⋯ふん、何せ私は地獄一強い、“女”だからな。それに、この鬼紅葉おにこうようも地獄一の魔剣まけんだ、負けるわけがねえ》



 紅斬鬼こうざんき修羅しゅら

 人間の身体をしている。

 魂を奪った身体、その元の持ち主だった女子(おなご)も相当の剣術の使い手だったのか、それとも紅斬鬼こうざんきの高めた剣技によるものか、はたまた鬼紅葉おにこうようが打たれた地獄の森の妖力がなせる技か。

 紅斬鬼こうざんきの剣の技や切れ、体捌たいさばきは、決して『六歌戦ろっかせん綾麿あやまろに引けを取っていなかった。



「⋯⋯だが」


《⋯⋯だが? 何だ、負け惜しみか! 村雨(むらさめ)とやらも、この鬼紅葉おにこうようの攻防一体を前にしてはまるで形無かたなしだな!》


「⋯⋯麿(まろ)はまだ全力ではない。⋯⋯“他の者の目”が在る此処ここでは、な」


《⋯⋯何ぃ!? 全力じゃない、だと!?》


「⋯⋯ああ」


《⋯⋯ふん、笑わせるな。周りで戦っている紅蒼鬼おにや人間どもが気になって、集中が出来ねえ、ってか!? ⋯⋯くっ、はっはっは⋯⋯。『六歌戦ろっかせん』の正体見たりだ。まさかそんな情けない言葉が、御前の口から出るとはな。弱い奴等が使う、とんだ言い訳、れ言だぜ。⋯⋯いいぜ。そこまで言うなら、ぐうの音も出ないような、御前に相応しい死に場所を選んでやる⋯⋯》



 乱戦の舞台となっていない手近な場所を探すため、辺りを見回した紅斬鬼こうざんきの視界に入ったもの⋯⋯。




 ⋯⋯それは京都御所の象徴ともなっている、あの庭園内にそびえ立つ、しゅの巨大な大鳥居だった。




《⋯⋯あかい大鳥居か。⋯⋯私の、いや、紅鬼軍あかおにの勝利を飾るにぴったりじゃねえか。⋯⋯よし、誰にも邪魔されないあの場所で、決着を付けようぜ。⋯⋯だがその前に、⋯⋯この私に付いてこれるか⋯⋯⋯━━━なッ!》



 力強く叫んだ紅斬鬼こうざんきは、再び疾走かけた。

 綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきに続く。



 決戦の場として選んだあかの大鳥居へと疾走はしりながら、紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうようの切っ先をぐんぐんと伸ばしていった。

 そして相当の長刃ちょうじんと化した鬼紅葉おにこうようを、前方に投げ捨てるようにして、思い切り地へと突き刺す。

 そして鬼紅葉おにこうよう(つか)を右手一本で掴みながら、反動を利用して大鳥居に向けて跳び上がった。


 紅斬鬼こうざんきの身体の負荷によって、鬼紅葉おにこうようが弓のようにしなる。

 それは棒高跳びに似た動きとも言える、驚異の跳躍。


 ぬき(※鳥居の二段目の横柱)近くまで跳んだ紅斬鬼こうざんきは、空中で鬼紅葉おにこうようの刃先を今度は“拡げた”。

 それは団扇うちわにも似た、しなやかな巨大な円形の刃だった。

 この巨大な団扇うちわと化した鬼紅葉おにこうようを空中で一振りし、風圧で更にもう一段階高くふわりと舞い上がった紅斬鬼こうざんきは、難なくぬきへと着地する。

 そして鬼紅葉おにこうようを元の長さへと戻しながら、最後は三角飛びの要領で、大鳥居上部の右の太柱、左の神額(しんがく)(※鳥居上部の(がく))をじぐざぐに蹴り、一気に最上部に駆け登っていった。



 綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきの後を追い、大鳥居下の附属の建造物を三段跳びになぞらえ、跳躍の“足場”としていった。

 疾走はしりの加速をつけたまま、まずは隣接する巨大な燈籠とうろうの上に跳び乗り、次は燈籠とうろうから控柱ひかえばしら(※鳥居脇の支柱)へと跳ぶ。

 それだけでも驚異の跳躍力だが、控柱ひかえばしらの上に身を躍らせた後、綾麿あやまろは遥か上空のぬきを目指して、何の躊躇ちゅうちょもなく更に跳び上がった。


 綾麿あやまろは空中で村雨(むらさめ)真刃(しんば)つかに、鞘刃さやば下緒さげお(※紐)を巻き付け、絡めた。

 そして跳躍の限界点にまで達すると、真刃しんばを真横の太柱に深々と突き刺した。


 そこからの綾麿あやまろの動きがまた凄まじかった。

 太柱に刺さった、右手に握る真刃しんば

 そのつかを軸として身体をくるりとひるがえし、何とつかの上に飛び乗ったのだ。

 そして今度はつかを”ばね“のような踏み台として、再び大きく跳ねた。


 空中で鞘刃さやば下緒さげおを引くと、下緒さげおと繋がる真刃しんばは太柱から引き抜かれ、宙を舞いながら再び綾麿あやまろの掌の中へと戻っていく。

 そして最後は身体を横に傾け、視界の真横に映る太柱ふとばしらを力強く蹴り、斜め上空へと高く、高く舞った。


 ⋯⋯この一連の綾麿あやまろの残影は、まるで光輝く蒼白そうはくほむらの残像をまとった、夜をける鳳凰(ほうおう)の化身。


 ⋯⋯そう語るに相応しい、華麗で美しい舞姿だった。


 ぬきに軽やかに着地した綾麿あやまろは、後は紅斬鬼こうざんきと同じように左の太柱、右の神額(しんがく)を交互にじぐざぐに蹴り、一気に大鳥居の上にけた。



 両者の大鳥居登頂。

 それは、綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきが大鳥居を目指して地上を駆けてから、数の数えにして僅かに十から十五ほど。


 瞬く間の出来事だった。


 地上からの高さは約二十間(※36m)超。

 この巨大すぎる大鳥居を、綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきは、目にした誰もが間違いなく驚愕きょうがくする程、ほんの僅かの時間で登りきっていたのだ。



 そしてその恐るべき両者は今、”笠木かさぎ“と呼ばれる大鳥居の最上部の、長く狭い足場に立っていた。



 大鳥居中央に飾られた、巨大な”神額しんがく“。

 それを境に、”笠木かさぎ“の両端、にしひがしに別れて、狭い足場の上で綾麿あやまろ紅斬鬼こうざんきが向かい合う。


 両者の手には、この戦いの行方を左右する、村雨むらさめ二刀と鬼紅葉おにこうよう



 そんな戦いの主役となる鬼紅葉おにこうようを肩にかつぎながら、紅斬鬼こうざんきが睨みを効かせ、綾麿あやまろに問いかけた。



《⋯⋯流石は『六歌戦ろっかせん』。よく私の動きに付いてこれたな。それだけでもこの私と命のやり取りをする資格はある。⋯⋯どうだ、此処ここならば文句はないだろう》


「⋯⋯ああ、此処ならば“他の者の目”は無さそうだ」


《⋯⋯ふふふ、それに。⋯⋯此処ここなら、逃げ場は一切⋯⋯無いからな》


「⋯⋯そのようだな」



 誰も居るはずの無い遥か上空にも関わらず、綾麿あやまろは左右に幾度いくどか目を配りながら呟いた。



 御所の庭園や中庭をきらびやかにきらめかせる篝火かがりび松明たいまつともしびも、この時この場所に於いては、何一つ存在する意味を成さない。

 頼れるのは月明かりのみ。

 この高所には、僅かばかりの光しか届いていなかった。



 しかも季節はまだ四月上旬。

 綾麿あやまろの全身に、夜の風が強く冷たく吹き付けている。



 旋風つむじのように舞う強風が、紅斬鬼こうざんきのひとつ結びの後ろ髪や装束、綾麿あやまろの前髪や狩衣かりぎぬの袖を、激しくなびかせた。



 この時、綾麿あやまろは不可解な動きを取った。

 敵を目の前にした戦いの最中でありながら、眼下の地上せかいにゆっくりと目を送る。

 そして紅斬鬼こうざんきに聞こえるか聞こえないか程の小さな声で、とある者の名を呟いた。




 守るべき帝の名でもなく。

 目の前の敵、紅斬鬼こうざんきでもなく。

 




 ⋯⋯それは。

 




「⋯⋯伊賀の⋯⋯鎌足かまたりか。⋯⋯謎の多き女子おなごだ」





 何故なぜ鎌足かまたりの名だった━━━━。




第58話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回第59話、鎌足と蒼妖鬼の戦いを描く「四剣激突〜後編〜」は、早速ですが明日! 5月12日投稿予定です。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)


【その他】

↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!

OP1 https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn

ED1 https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

ED2 https://suno.com/s/dKiO9ljefO0sG1RT

こちらも良かったらぜひ聴いてみてください♪

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