第58話 四剣激突 〜前編〜
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足と一時的に手を組む。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿と一時的に手を組む。
樋ノ口麒麟━━━━
従四位下少将。紙垂付きの白鞘の刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足に因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀型の『妖凛刀』を操る。紅斬鬼とは犬猿の仲。
蒼鋼鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒で破壊の限りを尽くす。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━御所家屋前、乱戦の最前線へと辿り着いた鎌足の視界に真っ先に飛び込んできたのは、この世のものとは思えない悍ましい情景。
現世に現れた地獄の断片、“刀葉林”だった。
「⋯⋯あっ、紅鬼が!」
鎌足の目の前、何処からともなくふらふらと現れたのは、紅鬼羅刹一鬼と一人の警備兵。
何処かに落としたのか、禍々しい悪の凶器も、帝を守るための正義の刃も、何一つ武器は手にしていない。
相手に襲いかかったり、逃げ出したりする素振りもなく、ただ御所の大屋根だけを見上げながら、この”刀葉林“の異形の大木へと近づいていく。
幹に生い茂る鋭く尖った刃までも気にすることなく、紅鬼と警備兵は何かに取り憑かれたような陶酔の目で、我先にと大木を登り始めた。
全身を幹や枝の刃で切り刻まれながらも、必死に登り続ける男たち。
鎌足はそんな異様な情景を前にして、全身に凍えるような身震いが走っていた。
まるで自身の身体までが、この小さな刃で擦り研がれているような、そんなぞわぞわとした不快な感覚と慄きが押し寄せてくる。
「⋯⋯な、何だあれは⋯⋯。何であんな刃の木が⋯⋯。それに皆一体どうしたんだ!? 気が狂ったように血だらけになって⋯⋯。よく見たら蒼鬼まで登っている!?」
そんな鎌足の傍で、綾麿がぼそりと呟いた。
「鬼の召喚の術だ」
「⋯⋯は?」
「⋯⋯あれこそが、男を惑わせその身体を切り刻む、衆合地獄、刀葉林。⋯⋯そなた、女子で良かったな」
「⋯⋯へ?」
「女子ならば”刀葉林“の魔性は効かぬ。余計なものは目に入れるな、聞くな。相手の蒼鬼と紅鬼だけを見ろ」
「⋯⋯う、うるさいな、いちいち。わかってるさ、あの二鬼だな、あんな奇妙な木を勝手に植えたのは!」
鎌足は改めて目の前の人形の紅鬼と、大屋根の上の人形の蒼鬼を交互に睨みつけた。
綾麿と鎌足、そして蒼妖鬼と紅斬鬼。
二人と修羅二鬼が睨み合い、四者の目線が絡み合う。
《⋯⋯ぷ、はっはっは! 奇妙な木、だとよ。しかも植えたんだとよ。⋯⋯はっはっは、御前の自慢の術も軽く扱われたもんだな、醜女》
《⋯⋯もう、ちょっと。笑わないでよね、阿婆擦れ》
気合に満ちた表情の鎌足と、不満そうに口を膨らませた蒼妖鬼。
紅斬鬼は背中の鬼紅葉に手をかけたまま、地上と大屋根の両者を見比べながら、不敵にせせら笑った。
《⋯⋯ま、無礼な発言は大目に見てあげるわ。折角、妾に会いに来てくれたんだし》
蒼妖鬼は再び優雅に微笑むと、地上で並び合う綾麿と鎌足を見下ろしながら、愉しそうに声をかけた。
《⋯⋯うふふ。さっきまであれだけ熱く激しく揉めていたのに、もうそんなに仲良しになっちゃって。鎌⋯⋯、何とかちゃん? もう、手くらいは握れたのかしら?》
「な、な、な? ⋯⋯何だと!? ⋯⋯ッ! そ、そ、そんなこと⋯⋯、手なんか繋ぐかっ!? ⋯⋯このッ! 下りてこい! 薙刀の女鬼! この私が相手になってやる!」
頬を紅潮させながら握り拳を作り、声を荒げる鎌足の隣で、綾麿が溜め息混じりで呟いた。
「⋯⋯今言ったばかりだろう。⋯⋯いちいち、くだらん挑発に乗るな」
「⋯⋯あぁん!? 何だよ、くだらない、って!? 綾麿っ、手だぞ、手! 私はさっきは握ってはいない! 危なかったけど握ってはいない! 手を握ったか握っていないかは、これは重要な問題であってだな!」
鎌足はすぐに綾麿に噛みついた。
しかし綾麿はそれ以上は何も語らない。
鎌足の方は見向きもせず、真剣な顔つきで視線を交互にずらしながら、蒼妖鬼と紅斬鬼を見つめ続けたままだった。
そんな綾麿の姿を大屋根から眺めていた蒼妖鬼が、そっと袖で口元を隠した。
(《綾麿とか言うあの『六歌戦』の男、やはり只者ではない。既に妾の術の領域。あんな涼しい顔をしながら、決して妾の放つ“色”の幻夢世界に堕ちないよう、心を空にしている⋯⋯。しかも紅斬鬼の動きにも警戒をしながら。⋯⋯はぁ。つまらなくて、侮れない男。でもその痩せ我慢、果たしていつまでもつかしら。⋯⋯うふふ》)
この四者の睨み合いの中、最初に痺れを切らし、戦意を滾らせたのは、好戦的な性格の紅斬鬼だった。
《⋯⋯ったくよぉ、うるせえ!! 何をごちゃごちゃと痴話喧嘩してんだ? お前等!》
騒ぐ鎌足を一喝した紅斬鬼は、紅みがかった銀の目を、鎌足の真横、綾麿の方へと動かした。
それは見えない刃で刺し貫くような、鋭い眼差し。
紅斬鬼は美しい顔立ちをしているとは言え、元々強気な性格で目つきも悪い。
だからこそ尚更に、邪念を帯びた本気の視線が放つ威圧感は、凄まじいものがあった。
強烈な闘気と殺気、そして何をしてくるかわからない怖さに満ちていた。
《⋯⋯いくら鬼切丸を持っているとは言え、あの紅影鬼を斃したのは、どう考えても”まぐれ“としか思えねえ、こんな“おちびちゃん”より、⋯⋯まずは、御前だ。『六歌戦』の綾麿さんよ。それに御前も、この私ともう一度、戦りたくなって舞い戻ってきたんだろ? その顔がそう言ってるぜ》
「⋯⋯な、何だとぅ!? まぐれ!? しかも”おちびちゃん“だってぇ!? ⋯⋯あ、あのなぁ! 私はこう見えても、伊賀の中ではな、背丈は⋯⋯」
「⋯⋯何度も言わせるな。心を乱すな」
顔を更に真っ赤にして憤り、今にも紅斬鬼に殴りかかりそうな勢いの鎌足を、綾麿は鞘刃で制止した。
そしてその鞘刃の向きを返すと、紅斬鬼に向けてゆっくりと翳していった。
「⋯⋯帝の御命を狙い、日本に迷い出た悪鬼ども。紅鬼修羅の女。⋯⋯ここまでだ。貴様らの永年の野望もその命も、全て此処で捨ててもらおう」
”紅鬼の修羅の女“。
その名指しと向けられた鞘刃に、紅斬鬼は何処か愉しそうににやりと笑みを浮かべた。
《⋯⋯醜女、聞いただろう。『六歌戦』からの御指名、果たし状だ。⋯⋯少しだけ待ってろ。この人間どもの中で一番戦い甲斐もある、六歌戦を仕留めてから戻る。それまで御前は、この“おちびちゃん”と遊んでるんだな》
「⋯⋯は!? ⋯⋯おい、散々悪口言って逃げるのか!」
《⋯⋯は!? ⋯⋯ちょ、ちょっと! その『六歌戦』は妾の美しさの虜に堕ちかけてるのよ!?》
悪意のある呼び名で呼ばれた鎌足と、幻惑する相手を奪われた蒼妖鬼。
地上と大屋根、二つの大きな声が重なる。
ただ唯一、綾麿だけは、隣で眉を顰めている鎌足に目を送りながら、淡々と呟いた。
「⋯⋯話の通りだ。聞いたな、共闘は終わりだ」
「⋯⋯えっ」
鎌足は少し驚いた表情で、綾麿の顔を見上げた。
しかし綾麿の目線は既に、鎌足の方には無かった。
今にも襲いかかってきそうな勢いの紅斬鬼の銀の眼だけを、綾麿はただまっすぐに見つめていた。
綾麿が横顔で呟く。
「⋯⋯後は生きるも死ぬるもそなたの腕次第。そなたの命などどうでもよい。ただし、鬼切丸や伊賀の鎖鎌の技を欲する鬼は、少なからずいるだろう。⋯⋯本当に日本の平和を祈るなら、死ぬる時は葬魂の術で魂を奪われる前に、自ら命を絶て。⋯⋯それが日本のためでもあり、無間地獄で苦しむこともない、己のためでもある」
「⋯⋯っ!?」
「⋯⋯だが、江戸や徳川のためとかいう大義名分を振りかざし、そなたは既に相当の人間の殺生を繰り返してきたのだろう。自決により無間地獄は免れたとしても、地獄行きだけは免れまい。⋯⋯よいか、覚悟しておけ。地獄は想像以上に苦しく辛く、そして⋯⋯悲しい場所だ」
「⋯⋯あの。⋯⋯あ、あやま⋯⋯」
「⋯⋯話もこれまでだ。⋯⋯最後に一つだけ。⋯⋯帝の御命だけは、”死んでも“守れ。⋯⋯いいな」
「⋯⋯え、⋯⋯あ、ああ、勿論だ」
「⋯⋯⋯」
後はもう綾麿からの言葉は、無かった。
「⋯⋯あやまろ」
その名前の呟きと次の行動が、どんな鎌足の感情を示していたのかは分からない。
一人になる寂しさか、戦いに向かう者への励ましか。
勝手な言動に対する反論か、昨日から続いている嫌悪感か、心の奥底に芽生えていた仲間意識か、それとも。
鎌足は無意識に、綾麿の方へ左手を伸ばしていた。
「⋯⋯⋯⋯」
しかし綾麿は、鎌足の手の動きには気が付かない。
綾麿は無言のまま鎌足の前へと歩み出ると、紅斬鬼を鋭く睨みつけた。
”無意識な想い“に触れることができなかった鎌足の左手が、先程まで綾麿が居た場所の宙を掴む。
心無しか、指先が少し、ほんの少しだけ、綾麿の狩衣の袖に触れた⋯⋯。
⋯⋯気がした。
「⋯⋯あ」
綾麿の背中に向けて、鎌足は短く吐息を漏らした。
共闘から、それぞれの戦いへ。
そんな綾麿と鎌足の姿を、腰を沈めて膝で頬杖をつきながら、蒼妖鬼はにやにやと眺めていた。
そして愉しげに呟いた。
《⋯⋯ふーん、あらあら。⋯⋯うふふ》
紅斬鬼の銀の眼が、綾麿の視線に応える。
紅斬鬼は狂喜の笑みを浮かべた。
《⋯⋯ふははははは、今生の別れは済んだようだな! いくぜ! 『六歌戦』不知火綾麿!! 今度こそこの鬼紅葉で、その命、紅色に散らしてやる!!》
「⋯⋯来い、鬼紅葉。⋯⋯そして迷い出た野太刀の女鬼よ。今は春、紅葉の季節には早い。⋯⋯地獄に還れ」
この両者の挑発の言葉が、再戦の狼煙となった。
村雨二刀を下段に構えた綾麿と、背中の鬼紅葉に指を掛けた紅斬鬼。
刃を一閃しただけでは、まだ相手には届かない。
両者はそんな均衡の間合いを保つ。
そして睨み合ったまま、共にゆっくりと横に歩を進めていった。
最初は歩くような速さ。
しかしその足の動きは、どちらからともなく徐々に速くなっていった。
歩みは小走りとなり、小走りは走りへと変わる。
そして走りはいつしか、疾走りとなっていた。
この再戦でも先手を取ったのは、紅斬鬼だった。
疾走りを突如ぴたりと止め、互いの間合いを崩すと、その身体は驚くべき反射神経ですぐさまに宙を舞う。
そして空中で背中の鬼紅葉を凄まじい速さで抜くと、刃を振り上げて上段から綾麿に斬り掛かっていた。
まずは変化の無い鬼紅葉の急襲。
綾麿はそんな小手調べの一閃を、真刃で弾き返した。
この一撃が皮切りだった。
夜の闇に光の筋が幾重にも煌めいた。
村雨二刀と鬼紅葉が、何度も激しくぶつかり合う。
綾麿の真刃は蒼い熱炎を滾らせ、鞘刃は白の冷炎を放つ。
対して紅斬鬼の鬼紅葉は、太い棍の型、三叉の槍型、人間の手のような熊手の型など、紅斬鬼の思うがまま自由自在に変化する。
綾麿の村雨鞘刃の斬撃を、紅斬鬼の棍型鬼紅葉がいなす。
紅斬鬼の三叉槍型鬼紅葉を、綾麿の村雨真刃が弾く。
綾麿の真刃と鞘刃の二刀による左右からの連撃に、紅斬鬼は熊手型鬼紅葉を、“八ツ手”の葉のように更に刃先を分裂させ迎え撃つ。
村雨二刀と、鬼紅葉。
二つの妖刀魔剣同士の激突。
その物凄さを如実に示すように、庭園を美しく荘厳に彩っていた燈籠は煽りを受け、数え切れない程の数が粉々に砕け散っていった。
犠牲になったのは、燈籠だけではない。
人間の子供大ほどの観賞用の置き石までもが、戦う綾麿と紅斬鬼の傍で、幾つも真っ二つになっていく。
蒼白の焔が、刃の残り火のように夜空に舞う。
十数度目の剣戟の交差。
最後に放たれた綾麿の真刃による横薙ぎの一撃が、ついに紅斬鬼の腹部を捉えたかと思われた。
しかし紅斬鬼は、攻撃一辺倒ではなく、防御に回った時の動きも速い。
鬼紅葉の刃全体を大きく柔らかく広げると、まるで羽根をたたんだ鳥のように自らの身体を包みこんだ。
そしてこの綾麿の強烈な真刃の一撃すらも、苦もなく弾き返していた。
第一撃からこの弾きに至るまで、刻はまだほんのニ、三十秒しか経っていない。
この両者による剣戟は、目にした者の刻の感覚を狂わせるほど、濃密で激しいものだった。
綾麿は再び間合いを取るために、後方へ飛び退いた。
そして辺りを確認するように、左右に眼だけを動かし、淡々と呟いた。
「⋯⋯鳥籠に似た防御の型か。この村雨の真刃を止めるとは。女鬼にしては、なかなかやるな」
《⋯⋯ふん、何せ私は地獄一強い、“女”だからな。それに、この鬼紅葉も地獄一の魔剣だ、負けるわけがねえ》
紅斬鬼は修羅。
人間の身体をしている。
魂を奪った身体、その元の持ち主だった女子も相当の剣術の使い手だったのか、それとも紅斬鬼の高めた剣技によるものか、はたまた鬼紅葉が打たれた地獄の森の妖力がなせる技か。
紅斬鬼の剣の技や切れ、体捌きは、決して『六歌戦』綾麿に引けを取っていなかった。
「⋯⋯だが」
《⋯⋯だが? 何だ、負け惜しみか! 村雨とやらも、この鬼紅葉の攻防一体を前にしてはまるで形無しだな!》
「⋯⋯麿はまだ全力ではない。⋯⋯“他の者の目”が在る此処では、な」
《⋯⋯何ぃ!? 全力じゃない、だと!?》
「⋯⋯ああ」
《⋯⋯ふん、笑わせるな。周りで戦っている紅蒼鬼や人間どもが気になって、集中が出来ねえ、ってか!? ⋯⋯くっ、はっはっは⋯⋯。『六歌戦』の正体見たりだ。まさかそんな情けない言葉が、御前の口から出るとはな。弱い奴等が使う、とんだ言い訳、戯れ言だぜ。⋯⋯いいぜ。そこまで言うなら、ぐうの音も出ないような、御前に相応しい死に場所を選んでやる⋯⋯》
乱戦の舞台となっていない手近な場所を探すため、辺りを見回した紅斬鬼の視界に入ったもの⋯⋯。
⋯⋯それは京都御所の象徴ともなっている、あの庭園内に聳え立つ、朱の巨大な大鳥居だった。
《⋯⋯紅い大鳥居か。⋯⋯私の、いや、紅鬼軍の勝利を飾るにぴったりじゃねえか。⋯⋯よし、誰にも邪魔されないあの場所で、決着を付けようぜ。⋯⋯だがその前に、⋯⋯この私に付いてこれるか⋯⋯⋯━━━なッ!》
力強く叫んだ紅斬鬼は、再び疾走た。
綾麿も紅斬鬼に続く。
決戦の場として選んだ朱の大鳥居へと疾走りながら、紅斬鬼は鬼紅葉の切っ先をぐんぐんと伸ばしていった。
そして相当の長刃と化した鬼紅葉を、前方に投げ捨てるようにして、思い切り地へと突き刺す。
そして鬼紅葉の柄を右手一本で掴みながら、反動を利用して大鳥居に向けて跳び上がった。
紅斬鬼の身体の負荷によって、鬼紅葉が弓のように撓る。
それは棒高跳びに似た動きとも言える、驚異の跳躍。
貫(※鳥居の二段目の横柱)近くまで跳んだ紅斬鬼は、空中で鬼紅葉の刃先を今度は“拡げた”。
それは団扇にも似た、靭やかな巨大な円形の刃だった。
この巨大な団扇と化した鬼紅葉を空中で一振りし、風圧で更にもう一段階高くふわりと舞い上がった紅斬鬼は、難なく貫へと着地する。
そして鬼紅葉を元の長さへと戻しながら、最後は三角飛びの要領で、大鳥居上部の右の太柱、左の神額(※鳥居上部の額)をじぐざぐに蹴り、一気に最上部に駆け登っていった。
綾麿も紅斬鬼の後を追い、大鳥居下の附属の建造物を三段跳びに擬え、跳躍の“足場”としていった。
疾走りの加速をつけたまま、まずは隣接する巨大な燈籠の上に跳び乗り、次は燈籠から控柱(※鳥居脇の支柱)へと跳ぶ。
それだけでも驚異の跳躍力だが、控柱の上に身を躍らせた後、綾麿は遥か上空の貫を目指して、何の躊躇もなく更に跳び上がった。
綾麿は空中で村雨真刃の柄に、鞘刃の下緒(※紐)を巻き付け、絡めた。
そして跳躍の限界点にまで達すると、真刃を真横の太柱に深々と突き刺した。
そこからの綾麿の動きがまた凄まじかった。
太柱に刺さった、右手に握る真刃。
その柄を軸として身体をくるりと翻し、何と柄の上に飛び乗ったのだ。
そして今度は柄を”ばね“のような踏み台として、再び大きく跳ねた。
空中で鞘刃の下緒を引くと、下緒と繋がる真刃は太柱から引き抜かれ、宙を舞いながら再び綾麿の掌の中へと戻っていく。
そして最後は身体を横に傾け、視界の真横に映る太柱を力強く蹴り、斜め上空へと高く、高く舞った。
⋯⋯この一連の綾麿の残影は、まるで光輝く蒼白の焔の残像を纏った、夜を翔ける鳳凰の化身。
⋯⋯そう語るに相応しい、華麗で美しい舞姿だった。
貫に軽やかに着地した綾麿は、後は紅斬鬼と同じように左の太柱、右の神額を交互にじぐざぐに蹴り、一気に大鳥居の上に翔けた。
両者の大鳥居登頂。
それは、綾麿と紅斬鬼が大鳥居を目指して地上を駆けてから、数の数えにして僅かに十から十五ほど。
瞬く間の出来事だった。
地上からの高さは約二十間(※36m)超。
この巨大すぎる大鳥居を、綾麿と紅斬鬼は、目にした誰もが間違いなく驚愕する程、ほんの僅かの時間で登りきっていたのだ。
そしてその恐るべき両者は今、”笠木“と呼ばれる大鳥居の最上部の、長く狭い足場に立っていた。
大鳥居中央に飾られた、巨大な”神額“。
それを境に、”笠木“の両端、左と右に別れて、狭い足場の上で綾麿と紅斬鬼が向かい合う。
両者の手には、この戦いの行方を左右する、村雨二刀と鬼紅葉。
そんな戦いの主役となる鬼紅葉を肩に担ぎながら、紅斬鬼が睨みを効かせ、綾麿に問いかけた。
《⋯⋯流石は『六歌戦』。よく私の動きに付いてこれたな。それだけでもこの私と命のやり取りをする資格はある。⋯⋯どうだ、此処ならば文句はないだろう》
「⋯⋯ああ、此処ならば“他の者の目”は無さそうだ」
《⋯⋯ふふふ、それに。⋯⋯此処なら、逃げ場は一切⋯⋯無いからな》
「⋯⋯そのようだな」
誰も居るはずの無い遥か上空にも関わらず、綾麿は左右に幾度か目を配りながら呟いた。
御所の庭園や中庭をきらびやかに煌めかせる篝火や松明の灯も、この時この場所に於いては、何一つ存在する意味を成さない。
頼れるのは月明かりのみ。
この高所には、僅かばかりの光しか届いていなかった。
しかも季節はまだ四月上旬。
綾麿の全身に、夜の風が強く冷たく吹き付けている。
旋風のように舞う強風が、紅斬鬼のひとつ結びの後ろ髪や装束、綾麿の前髪や狩衣の袖を、激しく靡かせた。
この時、綾麿は不可解な動きを取った。
敵を目の前にした戦いの最中でありながら、眼下の地上にゆっくりと目を送る。
そして紅斬鬼に聞こえるか聞こえないか程の小さな声で、とある者の名を呟いた。
守るべき帝の名でもなく。
目の前の敵、紅斬鬼でもなく。
⋯⋯それは。
「⋯⋯伊賀の⋯⋯鎌足か。⋯⋯謎の多き女子だ」
何故か鎌足の名だった━━━━。
第58話も最後までお読み頂きありがとうございました。
ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第59話、鎌足と蒼妖鬼の戦いを描く「四剣激突〜後編〜」は、早速ですが明日! 5月12日投稿予定です。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。
(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
【その他】
↓創って頂いたオリジナルOP&EDです!
OP1 https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn
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