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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第56話  天舞

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足(かまたり)と一時的に手を組む。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿(あやまろ)と一時的に手を組む。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的かつ残虐な性格で、自分よりも位が下の者には容赦は無い。些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつけ、暗殺のために御所にふらり現れる。

 

近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の『妖凛刀(ようりんとう)』を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅鋏鬼こうきょうき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。襲撃の紅鬼あかおにたちの中では一番の巨躯きょくを誇る。性格は横暴を極め、手にした巨大なやっとこ型のはさみで、人間たちの舌を狙い暴れ回る。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━兼季かねすえの背後から話しかける謎の人影。

 その声の主は篝火かがりびあかりに妖しく照らされながら、兼季かねすえ蒼鋼鬼そうこうきを見つめて悠然と立っていた。



 ⋯⋯それは昨日の夕刻、鎌足かまたり一悶着ひともんちゃくあった、あの白鞘しろさやを手にした少年公家、くち少将しょうしょう麒麟きりんだった。



《⋯⋯何だ、この生意気そうな小さい餓鬼がきは?》


 近づいてくる小さな影⋯⋯麒麟きりんの姿に気付いた蒼鋼鬼そうこうきが呟いた。


「⋯⋯派手な金棒かなぼうを振り回してる、でかい図体ずうたい蒼鬼あおおにさん、戦いの最中に横から失礼しますよ。私は武官、従四位下じゅしいのげくち少将しょうしょう麒麟きりん。この内裏だいりで、警備の北番と南番を任されている者です」


《⋯⋯何ぃ? 武官、少将しょうしょう麒麟きりん、北番と南番だぁ? ⋯⋯御前みたいな餓鬼がきが、か?》



 どこからともなく突然現れ、警備の重職である北番と南番を担っていると呟く少年。


(《⋯⋯確か東番は江戸の鬼切丸おにきりまる鎌足かまたり。⋯⋯西番は『六歌戦ろっかせん』、村雨むらさめを持つ不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ。⋯⋯そして北番と南番は、本来昨日、蒼炎鬼そうえんきの奴が腕試しに襲うはずだった、少将しょうしょうの⋯⋯確か名は、麒麟きりん日本ひのもとの情報源、協力者である“あやつ”の情報とは合致はする、⋯⋯が、しかし》)


 東西南北四番の存在は事前情報として把握していた蒼鋼鬼そうこうきが、いぶかしげに首をかしげた。


 その身の丈は、先程逃げられ仕留め損なった女忍の鎌足かまたりと、さほど変わらない。

 むしろこの麒麟きりんの方が小さいくらいだった。

 この突然現れた白鞘しろさやを携えた小さな邪魔者に、蒼鋼鬼そうこうき怪訝けげんさと好奇心をたっぷりと漂わせた後、明らかに不快感を露わにした。



《⋯⋯ぐふふ、いや、まさかな、それはない、流石に違うな。⋯⋯ぐはっははは。御前みたいな餓鬼がきが警備の重職を担っているわけがない。蒼鬼おとなを笑わせるな! ⋯⋯ぐははは。⋯⋯餓鬼がきめ、運悪く少将しょうしょうの父親とはぐれ、この庭園に迷い込んだのだろう。父親と自分の名を勘違いしておるわ。それか俺たち蒼鬼おにの恐ろしさを目の当たりにして、頭がおかしくなったと見える! ⋯⋯まあ、それも致し方なし! ぐはははははは!》



 そんな蒼鋼鬼そうこうきの不信やあざけりを、麒麟きりんはまるで気にもしない。

 遠慮も怖がる素振りもなく、兼季かねすえの横も通り過ぎながら、更に蒼鋼鬼そうこうきの方へと近づいてくる。

 そして蒼鋼鬼そうこうきに向けて、にっこりと微笑んだ。


「⋯⋯今の話。信じる、信じないはどうぞ御勝手に。⋯⋯さて、と。来たばかりなのでいまいち事情が分かってないんですが、この状況から推察すると、馬鹿かまたりどのは東番の大役を果たす事ができなかったみたいですね、満足ざんねんです。⋯⋯で、現れた蒼鬼紅鬼おにたちの中では、人間にそっくりでこの図体のでかい蒼鬼あおおにが、明らかに一番目立っていて強そうですね。⋯⋯うん、此奴こいつはこのくち少将しょうしょう麒麟きりんたおしますから。大将様、御安心を」



《⋯⋯あぁん!?》


 小さい身体に似合わず、よほどのきもわっているのか。

 麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうきの距離は、夜間でも互いの顔や姿がはっきりと見えるくらいにまで近寄っていた。

 しかし蒼鋼鬼そうこうきの、あからさまに怒りを滲ませている強面こわもてや、山が喋っているようにしか見えない天まで届きそうな巨躯きょく、そして人や鬼の血肉がべっとりと付いた金砕棒かなさいぼうをすぐ目の前にしても、相変わらず麒麟きりんは一向に怯まない。

 自信満々に口元を緩めて、普通に人と話をしているような余裕で涼しい顔をしている。



 九死に一生を得た兼季かねすえは、そんな何一つ動じない麒麟きりんに向けて、安堵と複雑さが入り混ざった神妙な顔で言葉をかけた。


「⋯⋯助勢は心から感謝の言葉しかない、⋯⋯だが少将しょうしょうよ、有事の際と言えども、そなたは中将ちゅうじょうから白鞘しろさやだけで戦うよう、きつく言われているはず。それを破れば処罰の対象ともなろう。そなたの天衣無縫流てんいむほうりゅうの強さは知っているが、その白鞘しろさやであの化け物に挑むのは⋯⋯」


 そんな兼季かねすえの不安や心配ですらも、麒麟きりん天真爛漫てんしんらんまんな笑顔で打ち消した。



「大将様、嫌だなあ、心配しなくても大丈夫ですよ、⋯⋯だってこの私は強いから。それに中将ちゅうじょうさまの許しが無いのも分かってます。許可が無いんだったら、此度こたびもこの白鞘しろさやでしか戦いませんから」



 麒麟きりんの言葉を聞いた蒼鋼鬼そうこうきの額の血管が、ぴくぴくと怒りに震える。

 取るに足らない小さな邪魔者、頭がおかしくなった子供の戯言ざれごととは言え、自分を無視しているような振る舞いだけは、蒼鋼鬼そうこうきの自尊心が許せなかった。

 この平常心と生意気を極めた麒麟きりんの態度や言動に、蒼鋼鬼そうこうきの苛々や我慢は限界点を迎えようとしていた。



《黙れ! 小僧。⋯⋯いや、頭の悪い糞餓鬼くそがきめ。黙って聞いておれば、俺様をたおすだの、自分てめえが強いだの、詭弁きべんの強がりばかり、連連つらつらとほざきおって!!》



 大地が振動する。

 堪忍袋の緒が切れた蒼鋼鬼そうこうきが、世にも恐ろしい威嚇の声で吠えた。


 しかも今、この麒麟きりんの命を狙っているのは蒼鋼鬼そうこうきだけではなかった。

 刀と槍を手にした蒼鬼あおおに二鬼も、いつの間にかこの睨み合いの場に傍に近寄ってきていた。

 そして蒼鋼鬼そうこうきの左右から様子を窺い、隙あらばすぐにでも麒麟きりん兼季かねすえに襲いかかろうと、邪悪な舌なめずりをしている。


《⋯⋯グフフフ、子供ダ、何故ナゼカ人間ノ餓鬼ガキガイルゾ》

《⋯⋯コイツハ殺シ甲斐ガアリマスネェ、蒼鋼鬼ソウコウキ様》


《⋯⋯おい、糞餓鬼くそがき、命乞いしても無駄だ。泣きわめいて逃げようとしても、絶対に逃がさん。今すぐ此処ここ胡麻ごまのようにり潰してやる!》



「⋯⋯うッ!?」


 蒼鋼鬼そうこうきのあまりにも迫力に、兼季かねすえは間に悠然と立つ麒麟きりんへと慌てて近寄った。


「⋯⋯よく聞け、少将しょうしょうよ。自信を持つことは良いが、油断は禁物だ」


 麒麟きりんの背中に向けて口にしかけた、兼季かねすえの忠告の言葉。

 それでも麒麟きりんは余裕な表情を変えず、兼季かねすえの方を振り返りもしない。


「それに、奴は受けた傷をすぐに回復させてしま⋯⋯」


 それどころか手を横に伸ばしててのひらを広げ、兼季かねすえの助言の核心部分すら制止した。



「言わなくても分かっています。先程矢傷が治る様を少しだけ見たので。奴に不思議な力があることは承知していますよ。⋯⋯だ、か、ら、私が相手するんです⋯⋯」



 麒麟きりん白鞘しろさやに手をかけながら、ゆっくりと前屈まえかがみになっていく。



(だって⋯⋯)



 その顔や口は笑顔でも、眼だけは鋭く、そして蒼鬼紅鬼おにに匹敵するような”狂気“に満ちていた。



(⋯⋯たくさん斬り刻めて、愉しめるから)



《⋯⋯!?》《⋯⋯ガ!?》《⋯⋯!? ⋯⋯な、何ぃ!?》


 麒麟きりんの一歩目は、あまりにも素早かった。

 蒼鋼鬼そうこうきと二鬼の蒼鬼あおおにたちは、全く反応できなかった。

 金砕棒かなさいぼうによる壁、防御体制も取っていなかった。


 飛ぶように踏み出した一歩目。

 麒麟きりんは一気に白鞘しろさやをく。

 更に蒼鬼おにたちに近づく二歩目。

 その足が地に着く前には、右手首を高速で回転させ、巧みに抜いた刀を操り、そして虚空こくうに何筋もの剣閃けんせんを光らせた。


 麒麟きりんが起こした鋭い風のひらめきによって、白鞘しろさやに付いている紙垂しでがたなびく。



 光は風になり、風は刃となった。



《⋯⋯がッ!?》



 ⋯⋯胸への突然の衝撃。



 我に返った蒼鋼鬼そうこうきあごを下げて自身の胸を見る。

 目にした胸は信じられない程に丸く深くえぐれ、金砕棒かなさいぼうを打ちつけた大地を彷彿とさせる、陥没穴のような大きなくぼみができていた。



「⋯⋯まだ序の口。お愉しみはこれから、かな」

 


 くぼみは明らかに麒麟きりんの仕業だった。

 麒麟きりんの手の中で剣閃けんせんが光る。

 その度に蒼鋼鬼そうこうきの胸や腹、そして腕や足や顔の肉までが、止まることなく深く鋭く、削りに削られていく。



《⋯⋯ッぐあぁ!? 何だこの穴は、傷は!? 肉が無え!?》



 蒼鋼鬼そうこうきの余裕は一瞬で消し飛んでいた。

 想像だにできなかった、破壊力を秘めた攻撃。

 そしてどんどん肉が削られていく、衝撃と激痛。


(《⋯⋯北南番、くち少将しょうしょう、⋯⋯麒麟きりんんんッ!?》)


 押し寄せる“想定外”の嵐によって、最初に告げられた麒麟きりんの言葉が正しかったことを悟った蒼鋼鬼そうこうきが、顔をゆがめながら叫んだ。


《⋯⋯ら、羅刹らせつよ、かかれ! ⋯⋯あの刃を止めろ!》


 蒼鋼鬼そうこうきは傍に居た蒼鬼あおおに二鬼を目で追う。

 しかし閻魔鋼えんまこうが埋め込まれた肉体からだを持つ蒼鋼鬼そうこうきですら、削りに削られた状態。

 左右に居たはずの蒼鬼あおおに二鬼、そのどちらもが既に全身を蒼鋼鬼そうこうき以上に容赦無く斬り刻まれ、跡形も無く”消え失せて“いた。


 頭も身体も四肢も、その何もかもが柘榴ざくろと化している。

 肉片は四方八方に飛散し、後は地上からの消滅を意味する蒼い霧が漂っていた。

 蒼鋼鬼そうこうきの左右には、肉塊の山が二つ。

 羅刹らせつニ鬼が居たことを物語るものは今、ただその山二つしか残されてはいなかった。



《⋯⋯ッ、な、何だと!? 不壊ふえ不死ふし閻魔鋼えんまこうをここまで一気に斬り刻むとは! 信じられん! こんな神刀しんとうがまだこの日本ひのもとに存在していたのか!? これはまさか⋯⋯、過去の蒼鬼われら日本ひのもと侵攻時、海に沈み消えたと伝えられる、伝説の”天叢雲剣あまのむらくものつるぎ“か!?》


「⋯⋯ん? 天叢雲剣あまのむらくものつるぎ?」


 蒼鋼鬼そうこうき狼狽ろうばいの中、”刀のくだり“の部分に関心を示した麒麟きりんが、一旦その手のしなりと刃のきらめきを止めた。



「⋯⋯もっともっと斬り刻みたいから、このあたりで一回止めておこう、っと。⋯⋯で、何でしたっけ? ⋯⋯あ、そうそう、この刀が天叢雲剣あまのむらくものつるぎ? ⋯⋯あははは、違いますよ。そんな伝説の名刀が本当に存在するなら、喉から出る程手に入れたいです。⋯⋯いや、とりあえずは無銘むめいの刀でもいいか。こんな刀じゃなくて、ちゃんとした刀があれば、もっと上手く愉しく斬れるのにな。全然思った通りに斬れないや」



 麒麟きりんは溜め息混じりで呟きながら、左掌の中の白鞘しろさやと右掌の抜いた刀を交互に眺め始めた。


 麒麟きりんが刃のきらめきを止めているその間、蒼鋼鬼そうこうきの身体の傷は急速に元の傷の無い身体へと戻っていく。



《⋯⋯な、普通の刀だと!? ⋯⋯餓鬼がき、何をわけのわからん事を言っている!? 目が見えんのか? 貴様の持っているのは、れっきとした”刀“。その左に持っている白いさやから抜いた、紛れもない“刀”ではないか!》


「⋯⋯ん? ⋯⋯あれれ、人と鬼はまた違うかもしれないけど、もしかして勘違いしてたかな。どうやら貴方は大きな見た目ほど、大したことはないみたいですね」


《⋯⋯な、何だと!?》


中将ちゅうじょうさまに言わせるとですね、本当に強い剣客は、この刀と刃を交えたら、その本質にすぐに気付く。⋯⋯そして更に、中将ちゅうじょうさまや私みたいな凄腕の使い手を、脅かし凌駕りょうがするような達人中の達人は、どんなに離れていても刀を一瞥いちべつしただけでその本質に気付く、と。⋯⋯で、何も気付かない奴に言えるのはただ一つ、⋯⋯それは相手にする価値も無いつたない奴だ、と」


《⋯⋯餓鬼がきめ、だからどうした!?》


「⋯⋯少し離れていたとは言え、貴方は何も気付かなかった。だから“つたない”んですよ。⋯⋯まあ、昨日少しだけ立ち合った馬鹿あいても、全然気が付かなかったみたいだけど。⋯⋯あの、これ、⋯⋯刀じゃないんです」


《⋯⋯何ぃ!?》



「これ⋯⋯、模造刀もぞうとう、なんです」



《⋯⋯も、模造刀もぞうとうだと⋯⋯!?》



「はい、稽古けいこに使ったり、観賞用だったり、縁日えんにち土産物屋みやげものやで売られてたり⋯⋯。それっぽく見せるために、光沢は塗ってますけどね、何せ本物に見えないと恥ずかしいから、はは」


《⋯⋯お、玩具おもちゃの刀だと言うのか?》


「まあ、平たく言えば、そうです。⋯⋯ははは」



《(⋯⋯な、今程のこの餓鬼がき麒麟きりんとか言う奴の技。あの刀を止めるまで、俺の心の臓を守る閻魔鋼えんまこう、その半分程までもが削られていた⋯⋯、そんな、まさか)、⋯⋯ぐっ、模造刀もぞうとうでそのような真似が出来るだと⋯⋯!?》


「⋯⋯うーん、死んだ師匠や中将ちゅうじょうさまに言わせると、“天才の剣”、⋯⋯らしいんですけどね。よく分からないや。ただ実際には、刀の波動で斬っている、って言うのが正しいのかな」


《⋯⋯刀の、波動だと!?》


「”鎌鼬かまいたち“って呼ぶ人も居るみたいですけど、麒麟きりんって名前なのに、いたちはちょっとね。だからこう呼んでます」


 麒麟きりんさげすみの薄笑いを浮かべながら、得意気に自身の剣技の名を告げた。



「⋯⋯天舞麒麟剣てんまきりんけん


 

 そのあまりもの鼻高々な得意顔に、蒼鋼鬼そうこうきの浮き上がった額の血管は再び激しくひくついた。

 そして直後、この夜一番に地を揺るがす程の、怒りと殺意に満ちた大声で吠えた。



《⋯⋯こんの憎たらしい餓鬼がきがああああぁぁぁぁ!!!!》



「⋯⋯あっははははは、かっこいいでしょ?」


《何が天舞麒麟剣てんまきりんけんだ!? 舐め腐った名前を付けおって!? そのような技、餓鬼畜生剣がきちくしょうけんあたりで十分よ!!》


「⋯⋯はは、何それ、酷いなぁ。⋯⋯こんな小さい身体なりでも、京の裏社会ではくち少将しょうしょうではなく、天を舞う少年、天才の剣の子、⋯⋯そんな意味を込められた、“天舞童てんまどう麒麟きりん”って呼ばれてるんですよ? ⋯⋯一端いっぱしの剣客ならその通り名を知らぬ者は居ないくらいに、ね」



 白鞘しろさやに付いている、何かの封印のような四枚一組の紙垂しで

 麒麟きりんはにやりと再び妖しく微笑むと、その紙垂しでの一枚だけを千切ちぎり、指に挟んで目の前に掲げた。



「⋯⋯舞うのは身体だけじゃないんですよねぇ。⋯⋯散々悪口を言われた御礼に、特別に良いものをお見せしましょうか。中将ちゅうじょうさまには内緒ですよ?」



 そしてその一枚の紙を、先程の刀で見せた技と同じような手首の動きで、蒼鋼鬼そうこうきに向かって投げ捨てた。


 ただ軽く投げ捨てたはずの、このたった一枚の紙切れ⋯⋯紙垂しでは、刀と同じような閃光せんこうを放っていた。

 そしてその光のきらめきと共に次の瞬間にはもう、目にも止まらぬ速さで蒼鋼鬼そうこうき左眼さがんに突き刺さっていた。



《⋯⋯が!? ぐぉぉおおぁおおああああおぉあああ!!》



 蒼鋼鬼そうこうきが左目を押さえ、痛みに絶叫する。

 薄くて軽いただの紙は今、まるで刃の欠片かけらのような鋭さと重さで、蒼鋼鬼そうこうきの左眼球の奥深くまで突き刺さっていた。

 蒼鋼鬼そうこうきの目を抑えた指の隙間からは、紙垂しでの下半分がひらひらとたなびいていた。



《⋯⋯ふぬぅんうううぅ!? ⋯⋯ぐぅおおおおぉッ!!》


天舞てんまの技を極めると、こんな事までも出来るんですよ⋯⋯、どう? ⋯⋯凄い? あははは、⋯⋯あれれ? 眼玉めだま不壊不死ふえふしじゃなかったのかな? ⋯⋯はははは」


《⋯⋯ぬぅ!? ふぅうぬぬぬぬぬぬぬんんうっ⋯⋯!!》



 その麒麟きりんの蔑みの笑い声に、蒼鋼鬼そうこうきの怒りは頂点、その更に上にまで達した。

 蒼鋼鬼そうこうき紙垂しでだけではなく、強引に紙垂しでごと眼球までも引っこ抜いていた。

 痛々しく閉じた左目から流れるのは、少しあおみがかった赤い血。

 それが上空から大きな雨粒のように、ぽたぽたと地上へ血の雨を滴らせる。

 そして引っこ抜いた左眼さがんを地に激しく投げ捨て、金砕棒かなさいぼうり潰しながら、蒼鋼鬼そうこうきは残った右目だけで麒麟きりんを激しく睨みつけ、怒りに打ち震えた。


 そんな怒髪天どはつてんを衝く蒼鋼鬼そうこうきを指差しながら、麒麟きりんはずっと無邪気に笑い続けている。



「⋯⋯あっははははは、胡麻ごまじゃなくて、自分の眼玉めだまり潰してる! ⋯⋯あははははは」


《⋯⋯おのれ、小癪こしゃくな真似をぉお!! 抜かったわ、日本ひのもとにこのような強者つわものがまだ在ったとは! 貴様ぁ、『六歌戦ろっかせん』とやらの一人か!?》



 蒼鋼鬼そうこうきの問いかけに、麒麟きりんは笑みを必死に我慢しながら呟いた。

 近くで固唾かたずを呑んでこの戦いの行方を見守っている兼季かねすえには、絶対に聞こえない程の小さな声だった。



「⋯⋯近い将来の、ね」



 そして麒麟きりんは続けざま、今度は兼季かねすえどころか誰にも聞こえない程のもっと小さな小さな声で、もう一言だけ呟き添えた。



(⋯⋯いや、その頃にはこの国の帝になってるかもね)



 この時の麒麟きりんの瞳は、ぎらぎらした野望、そして邪念に満ちていた。

 それは決して聞かれてはならない、禁断の言葉。

 背後の兼季かねすえを僅かばかり振り返った麒麟きりんは、うとましさに満ちた舌打ちをする。



(⋯⋯ここだと大将が居るから言いたいことが言えないや。⋯⋯ちぇっ、大将邪魔だな、助けなきゃ良かった。でも見届け人が居ないと、折角の鬼退治の手柄の証明が出来ないからな。⋯⋯我慢我慢。大将を助けた上に、この目立つ”でかい“のをたおせば、少なくとも従四位上じゅしいのじょう正四位下しょうしいのげ正四位上しょうしいのじょうも見えてくるぞ、⋯⋯いや、中将ちゅうじょうと肩を並べる従三位じゅさんみだって夢じゃない)



 麒麟きりんは背伸びをするように、頭を上から下に動かした。

 そうして蒼鋼鬼そうこうきの身体の頭の先から足の指まで、その全身をくま無く舐め回すような視線を送った。


「⋯⋯よし、治った、塞がってる」


 引っこ抜いた左の眼以外、蒼鋼鬼そうこうきの身体の全ての傷が完全に塞がった事を確認し終えた麒麟きりんは、再び模造もぞうの刃を斜に構えた。

 受ける蒼鋼鬼そうこうき金砕棒(かなさいぼう)を眼前に構え、攻撃防御一体の型を見せ、麒麟きりんの剣を待ち構える。



《⋯⋯減らず口を! ⋯⋯いいだろう、来い! 餓鬼がき⋯⋯いや、少将しょうしょう麒麟きりんとやらよ! 貴様の戦い方は読めた! 俺様も本気で貴様を叩き潰しにいく!! ぐふふふ⋯⋯、この左眼の代償、相当に高く付くぞ!!》



「⋯⋯ははは。そうやって最初から話を信じてくれたなら、その左眼も失わずに済んだかもしれないのに⋯⋯、そういうのを自業自得、って言うんですよ」



 再び天舞てんまの剣の第一歩目を踏み出すため、麒麟きりんの小さな身体がゆっくりと前屈まえかがみになっていく。

 


「⋯⋯さてと。次は心の臓までえぐらせてもらおうかな。これも出世みかどのため。悪く思わないでくださいよ?⋯⋯」━━━━。










 ━━━━出世を目的に乱戦に加わった麒麟きりん蒼鋼鬼そうこうきと対峙し、綾麿あやまろ鎌足(かまたり)蒼鬼紅鬼(おに)に足止めされ、そして蒼刃鬼そうじんき紅閃鬼こうせんき修羅しゅら同士の激しい死闘を繰り広げている、ちょうどその頃。


 時を同じくして乱戦の最前線⋯⋯御所家屋前では、紅斬鬼こうざんきと対峙する蒼妖鬼そうようきの背後から、密かに狂気の武器を振り上げながら忍び寄る、謎の鬼影きえいがあった。



《⋯⋯影につのが? ⋯⋯な、⋯⋯何よ!?》



 振り返った蒼妖鬼そうようきが見た鬼影もの



 ⋯⋯それは蒼妖鬼そうようきの口の中にはさみをねじ込み、その美舌したを引き抜こうとする紅鋏鬼こうきょうきの姿だった。



 振り上げられているのは、やっとこ型のはさみ

 その狂気の二つの先端が、蒼妖鬼そうようきに向かって振り下ろされた。



《⋯⋯その舌ぁぁ! ⋯⋯頂きだぁあああああああ!!》



《⋯⋯ッ!? 紅鋏鬼こうきょうき!?》



 すぐ目の前で起ころうとしている惨劇の宴への期待と、犬猿の仲の蒼妖鬼そうようきの消滅を確信して、紅斬鬼そうざんきが満面の笑みで歓喜の声を上げる。



《はっはは⋯⋯! 世にも残酷で愉しすぎる蒼鬼あおおに修羅しゅらの舌抜き制裁の始まりだ! 醜女しこめもこれで終わり! 舌が無けりゃあ、もうくだらねえ台詞は吐けねえよなあ! 紅鋏鬼こうきょうき、構うことはねえぜ! 舌の後はころももひん剥いて、耳も鼻も腕も脚も全部、引っこ抜いちまえ!》



 振り向いた蒼妖鬼そうようきの美しい顔が、刃先に血肉がこびり付いたはさみの先端に挟まれた⋯⋯。




 ⋯⋯と思った瞬間だった。




 蒼妖鬼そうようきの姿が、ゆがんだ残像へと変わる。

 そして紅斬鬼こうざんき紅鋏鬼こうきょうきの視界も同じように揺らいだ⋯⋯。



 ⋯⋯かと思うと、はさみに挟まれたはずの蒼妖鬼そうようきの姿は、この二鬼の紅鬼あかおに修羅しゅらの目の前から、忽然こつぜんと消え失せていた。



《⋯⋯がッ!? どうなってやがる!? ⋯⋯き、消えた!》


《⋯⋯これは、⋯⋯この“ゆがみ”は⋯⋯ッ、畜生ッ! 醜女しこめ得意の『霞幻夢かすみげんむ』の術だ! ⋯⋯逃がすなよ、そして惑わされるなよ!? 紅鋏鬼こうきょうき!》


《当たり前だ! 舌は⋯⋯、舌は何処どこに消えたぁ!?》



 慌てふためく紅斬鬼こうざんき紅鋏鬼こうきょうきに向けて、どこからともなく笑い声が響き渡った。



 ⋯⋯《うふふふ⋯⋯、わらわ此処ここよ。さあ⋯⋯》⋯⋯



 その声の主は、消えた蒼妖鬼そうようきだった。

 蒼妖鬼そうようきの妖艶な声が、乱戦の最前線に木霊こだまする。

 その声は男ならば誰もが自然と心がとろけてしまうような、甘美で妖しい魅力をまとっていた。



《この声ッ!? ⋯⋯ッ、聞くなよ! 紅鋏鬼こうきょうき蒼妖鬼やつの罠だ!》


《⋯⋯あ、ああ。舌が、耳から舌の声が聞こえる⋯⋯》


《⋯⋯おい、紅鋏鬼こうきょうき! 耳をふさげ! 聞く耳持つな!》


 紅鋏鬼こうきょうきはさみから手を離して、両耳を手で塞いだ。



《うふふ⋯⋯、我慢などしなくてもよい、煩悩のまま、欲望のまま、ここまで登って来て。わらわは御所の屋根の上よ。もし登って来れたならば、このわらわを好きにしてもよいぞ。それこそ舌だけではない、何もかも抜き放題よ》



 そんな紅鋏鬼こうきょうきに追い撃ちをかけるように、蒼妖鬼そうようきの妖艶な声が辺り一面に再び響き渡った。



《⋯⋯ぐぉっ!? 耳を塞いでもまだ舌の声が聞こえてくる、⋯⋯段々と大きく、強く⋯⋯、⋯⋯ぐ、ぐがぁ、何故なぜだぁ!?》



 紅鋏鬼こうきょうきが辺りを見渡し、蒼妖鬼そうようきの声の出何処でどころを目で探す。


《⋯⋯御所の、屋根の上ぇ⋯⋯?》


 左右に動いた瞳が、ゆっくりと上へと動く。

 紅鋏鬼こうきょうきは目の前の御所家屋、その大屋根に目をやった。


 紅鋏鬼こうきょうきが見上げた空には、今宵の十六夜いざよいの月と共に、二色の羅生門らしょうもん邪道じゃどうの渦が無数に浮かんでいる。

 そんな月明かりと蒼紅そうくの霧に照らされた幻想的な大屋根の上には、地上に向かって手を差し伸べる、女性の柔らかな影があった。

 その影の主は、鉢巻はちまき髪留かみどめも外し、色めかしく長い美しい髪を下ろした、⋯⋯蒼妖鬼そうようきだった。

 妖艶に優雅に腰を沈めながら、地上を見下ろして甘い微笑みを浮かべている。



 紅鋏鬼こうきょうきが視界に蒼妖鬼そうようきを捉えた時、御所家屋の壁面に沿った大地に異変が起きた。


 突然の地響きと共に大地が部分的に盛り上がり、その大地が割れて地中から”何か“が突き出したかと思うと、横にも膨らみながら、壁面に沿うようにして一気に真上へと伸びていったのだ。

 そしてその“何か”の先端は、あっという間に大屋根の蒼妖鬼そうようきのすぐ傍にまで到達していた。

 

 

 ⋯⋯その“何か”は、一本の大木だった。



 大屋根へと続く御所の壁際に沿って、無数の枝葉が生えた太幹ふとみきの巨大な木と、その幹を取り巻くように地上から無数の草が伸びていた。



《⋯⋯うおっ、あんな所に、あんな上に、ぐうぅ⋯⋯、うえなのに、したがあああああぁ!!》



 紅鋏鬼こうきょうきの目は、完全に蒼妖鬼そうようきの色香の魔力に取り憑かれているようだった。

 おもむろにこの巨木に近づくと、巨木から生える枝々を握りしめ、時には御所壁面を足場にしながら、太幹ふとみきをどんどんよじ登っていった。



《⋯⋯お、おいッ! 何をしている!? 紅鋏鬼こうきょうきッ!? ⋯⋯聞く耳持つな、って言っただろう!? ⋯⋯戻れ! 罠だ!! 分からないのか!?》



 しかし聞く耳を”持たれなかった“のは、紅斬鬼こうざんきの方だった。


 紅斬鬼こうざんきの制止の声は、既に紅鋏鬼こうきょうきには何一つ聞こえていない。

 大屋根に佇む蒼妖鬼そうようきの元へ、地獄一の美女⋯⋯その舌の元へ。

 紅鋏鬼こうきょうきの頭にはただそれだけしかなかった。

 ただ大屋根の上だけを仰ぎ見つめ、ひたすらに大木の上へ上へと突き進んでいく。



 しかもこの時、蒼妖鬼そうようきの誘惑の罠に堕ちたのは、紅斬鬼こうざんきだけではなかった。

 紅鬼あかおに一鬼、三人の警備兵、逃げ惑っていたはずの何人かの公家たち⋯⋯。

 蒼妖鬼そうようきのまるで天女のような美しい姿や声を目や耳にして、人鬼ひとおに関係なく魅せられ惹き寄せられた“男”たちが、次々と木や草や壁に手をかけていた。

 挙句の果てには、蒼妖鬼そうようきの仲間であるはずの蒼鬼あおおに羅刹らせつの一鬼までもが、ふらふらと巨木に近づいていく。


 そしてその全員が、まるで何かに取り憑かれたように虚ろに瞳を輝かせながら、我先にと蒼妖鬼そうようきの手招きする大屋根を目指して、幹や枝木や壁を伝って大木を登っていった。



《あらっ? 蒼鬼あおおにまで? ⋯⋯はぁ、(わらわ)の美しさは敵味方関係なくとりこにしてしまうのね。⋯⋯うふふ、でも京都制圧という大作戦だもの。多少の犠牲は仕方ないわねぇ》



 腰を下ろして男たちを見下したまま、蒼妖鬼そうようきは色香に溢れた溜め息をついた。

 その甘く切ない吐息が、一心不乱に幹に抱きつき、一生懸命に枝々を握りぶら下がる、無数の”男“たちの鼻息を荒くする。

 


 そして蒼妖鬼そうようきは、おもむろに薙刀『妖凛刀ようりんとう』を両の掌に乗せながら、にっこりと美笑を浮かべて呟いた。




現世うつしよ刀葉林とうようりん⋯⋯、さあ、⋯⋯お愉しみはこれからよ》━━━━。





↓創って頂いたオリジナルOP&EDです(*>_<*)ノ↓

OP https://suno.com/s/L80Vc3huKbKliBWn

ED https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

第56話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、☆評価、感想、顔文字リアクション等、良かったらぜひ。

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回第57話「あやかしやいば」は5月6日か7日に投稿予定です。投稿日は改めて活動報告やXでお知らせします。

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