第55話 鬼剣と鬼扇
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足と一時的に手を組む。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿と一時的に手を組む。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀型の妖凛刀を操る。紅斬鬼とは犬猿の仲。
蒼鋼鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒で破壊の限りを尽くす。
蒼刃鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。ぼろぼろの衣と長髪の幽鬼。三日月型に湾曲した二本の刀を背負っている。鍔から上の刃だけを飛ばし、狙った獲物の首を狩る。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅鋏鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。襲撃の紅鬼たちの中では一番の巨躯を誇る。性格は横暴を極め、手にした巨大なやっとこ型の鋏で、人間たちの舌を狙い暴れ回る。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━乱戦の真っ只中、鬼たちの包囲網を突破し、御所正面を目指して駆けていた綾麿と鎌足。
その視界に飛び込んできた、蒼刃鬼と紅閃鬼の修羅同士の激しい交戦。
⋯⋯飛去来器のような三日月の回転刃と、自然の法則に逆らって舞う無数の鉄扇。
夜の空に不気味に煌めく、それぞれの狂気の武器。
そのあまりもの凄まじさに、鎌足は顔を顰めながら、震える拳を固く握りしめた。
「⋯⋯蒼鬼と紅鬼、こいつら、やっぱり本当に同士討ちしてるんだ⋯⋯、私たちにとっては好都合だけど⋯⋯、でも何で⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯そのまま一人で駆け抜けることもできたにも関わらず、修羅同士の戦いに目を奪われて立ち止まった鎌足に合わせて、綾麿もまた足を止めていた。
綾麿は戸惑いの中にある鎌足を振り返りもせずに、淡々と背中で語りかけた。
「⋯⋯その疑問もいずれ分かる。⋯⋯だがどちらの修羅が勝とうが消滅しようが、自分自身が命を落とせば、何の意味も無い。⋯⋯周りを見ろ。また囲まれたぞ」
(⋯⋯えっ!?)
囲まれた⋯⋯、その言葉に鎌足が慌てて四方を見渡した。
前方左右から蒼鬼が二鬼、後方左右から紅鬼が一鬼。
二人の周りにはいつの間にか、新たな鬼の群れが躙り寄っていた。
「⋯⋯っ、またか。そう簡単には抜けられない、か」
「⋯⋯そのようだな。⋯⋯だがこの羅刹たちは元々にして鬼。還るべきは地獄のみ。葬魂の修羅たちのような“人”の面影は無い分、まだ心置きなく戦えよう。⋯⋯それに、⋯⋯“人に還る“姿を見ずに済むからな」
「えっ⋯⋯? ⋯⋯“人に還る”、って?」
何処か哀愁を漂わせた綾麿の横顔と呟きに、振り向いた鎌足は即座に問いかけた。
「⋯⋯⋯⋯」
しかし綾麿は何も答えない。
(⋯⋯ん、⋯⋯よく分からないけど、まぁいいや、まずはこの包囲を撃ち破らないと⋯⋯)
綾麿と鎌足、二人が再び背中を合わせる。
鎌足は鬼切丸を右逆手に構え、後方の紅鬼を睨みつけた。
そして綾麿は村雨真刃をゆっくりと水平に上げ、目の前に迫る蒼鬼を刃先で指しながら、眼光鋭く呟いた。
「⋯⋯蒼も紅も、羅刹も修羅も関係ない。帝を守る麿たちの行く手に立ちはだかる鬼は全て、⋯⋯斬る。⋯⋯蒼と紅の羅刹どもよ、この村雨の剣閃を日本の見納めとして、⋯⋯地獄へと還るがよい⋯⋯」━━━━⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯━━━━《鬼扇乱舞、⋯⋯閃!》
飛来した三日月の湾曲刃が紅閃鬼の衣を掠めると同時に、身体を翻した紅閃鬼の両手からは、夥しい数の鉄扇が舞っていた。
《そのような数に頼る軽技、この鬼剣『三日月』には全くもって通用せぬ!》
自身へと向かってくる数え切れない程の数の鉄扇を、蒼刃鬼は歪の鬼剣『三日月』を豪快に振るい、その全てを迎撃した。
そして続けざま、背中に背負っていたもう一本の刀を滑るように抜くと、その第二の刀を左手に持って左右二刀の構えを見せた。
今抜いた第二の刀、その刃の幅は『三日月』と比べて、僅かに細く短い。
しかしその刃先は、先の『三日月』の刃と同じように、やはり三日月型に反って湾曲している。
《『三日月』と対になる『二日月』。この俺の誇る首狩の飛の二刃。果たして避けきれるかな》
蒼刃鬼は左掌の『二日月』は下手から、右掌の『三日月』は上手から、それぞれ袈裟斬りと逆袈裟斬りのように腕を靭やかに振るった。
その腕の動きに合わせ、柄や鍔から先、刃の部分だけが再び分離する。
今までの『三日月』に加えて『二日月』。
遠隔攻撃の刃は今、一本から二本となっていた。
二つの刃が空を舞い、激しく縦と横に旋回しながら不規則な軌道を描く。
そして紅閃鬼の首を狙って、左右から挟み込むように襲いかかった。
《⋯⋯ふふふ、『飛三日月』と『飛二日月』。この二刃を避けきれた者は、かつて一鬼たりとて居らぬ!》
凄まじい勢いで飛来する『飛三日月』と『飛二日月』。
この狂気の二刃を迎撃するために、紅閃鬼は左から右へ掌を動かし、両の手の中に十四枚の鉄扇を広げた。
左に七、右に七。
紅閃鬼はこの両手に広げ持つ十四枚の鉄扇を、左からの三枚を皮切りに、左右交互に次から次へと、迫り来る二刃に向けて放っていく。
《⋯⋯まずは左の三! ⋯⋯続けての右の三は背後! ⋯⋯そして左の三! 右の三!》
左上方から凄まじい縦回転、急角度で迫ってくる、『三日月』の刃。
右下方から鋭い横回転で迫ってくる、『二日月』の刃。
対抗する紅閃鬼の鉄扇は、六枚が正面から、六枚が弧を描きながら後ろから、この二刃を挟み込む。
『三日月』『二日月』の鬼剣二刀と、『鬼扇乱舞』の鉄扇十二枚が、蒼刃鬼と紅閃鬼の中間の空で激しくぶつかり合った。
空を舞う紅閃鬼の鉄扇は、やはり見かけよりも遥かに重量があるのだろう。
一つ一つの刃の重さや勢いでは、激しく回転する『三日月』『二日月』の二刀に分があったが、速さでは鉄扇が勝っていた。
鉄扇は更に数の力と、まるで上下の歯を噛みしめるような前後からの圧迫で、この遥かに大きい回転の二刃に対抗していく。
それでも『三日月』と『二日月』の刃は怯まない。
前後上下様々な角度から次々とぶつかってくる、十二枚の鉄扇を弾き飛ばす。
そして鉄扇の包囲網を突破する。
『三日月』と『二日月』の二刃は、回転の勢いを僅かに落としながらも空を制し、紅閃鬼の首や胸を目掛けて鋭角に襲いかかっていた。
《⋯⋯ふふふ、勢いは削ぎました。⋯⋯上等、上等》
紅閃鬼も怯まない。
迫り来る『三日月』『二日月』、この凶暴な二刃を前にしても、不思議と笑みを浮かべた。
左右の掌に一枚ずつ持つ残り二枚の鉄扇を、首と胸付近に悠然と翳す。
そしてまるで風を扇ぐようにして鉄扇を振り、この回転の勢いが弱まった二刃を弾き飛ばした。
《⋯⋯ふふふ、この鉄扇の防御壁は見た目よりも遥かに強固。⋯⋯“欠けた月”の技や刃如きでは破れませんよ》
再び弧を描いて蒼刃鬼の方へと戻っていく『三日月』と『二日月』。
その撤退の軌道を見届けた紅閃鬼は、鉄扇で口元の笑みを隠しながら、蒼刃鬼の方へと目をやった。
⋯⋯だがそこには、蒼刃鬼の姿は無い。
蒼刃鬼はこの時既に、接近戦の間合いに入っていた。
紅閃鬼の考えすらも読み切っていたのか。
柄へと戻ってくる『三日月』『二日月』二刃を、蒼刃鬼はその場に留まり待つことはしなかった。
二刃が鉄扇に弾かれる寸前には地を蹴り、紅閃鬼へと突撃していたのだ。
それは敵の隙に勝機を見出しての、不意の斬り込み。
紅閃鬼の元へ駆け迫りながら両腕を掲げ、『三日月』と『二日月』の両刃を、再び柄や鍔と結合させる。
《俺たち『修羅』同士の戦いに、油断は禁物だ! 紅閃鬼!》
『三日月』は勿論、少し短い『二日月』でさえ、この二刀の刃は一般的な刀よりも長く、更に歪に湾曲した刀だった。
ほんの少しでもその刃が身体に食い込めば、相手は間違いなく味わったことのない激痛と共に、瀕死の手傷を負うことになる。
それこそ首に引っ掛けられようものならば、この残忍な刃先に確実に絡め取られ、首と胴を見るも無惨に切断されることは間違いない。
《⋯⋯俺の攻撃は、御前のような遠距離攻撃だけに非ず! 接近戦こそがこの首狩の鬼剣二刀の真骨頂、⋯⋯本当の恐ろしさよ!》
《⋯⋯ぐッ!?》
不意に接近戦を仕掛けられた紅閃鬼は、手にした鉄扇を再び扇ぎ、鉄扇の先から風の中へと、無数の鋭い鉄串を噴出した。
しかしその防御の鉄串も、蒼刃鬼の華麗な体捌きから繰り出される『三日月』の防御盾と、『二日月』の巧みな剣閃を前して、その全てが弾かれてしまう。
《この間合いは俺の間合いだ! そして俺の二刃による攻撃と防御を前にしては、その鉄扇の刃先は俺には届かぬ! もはや数を増やしたり、鉄串を飛ばす十分な扇ぎすらも出来まい!》
この時、蒼刃鬼は既に紅閃鬼のすぐ目の前へと達していた。
それは鉄扇に長さで勝る、鬼剣二刀の間合いだった。
その湾曲した刃で紅閃鬼の首を絡め取るため、四方八方縦横無尽、あらゆる方向から鋭く速く、紅閃鬼へと斬り込んでくる『三日月』と『二日月』。
《⋯⋯おのれ! 蒼鬼ッ!!》
それでも紅閃鬼は、何とか左右の鉄扇を扇いで防御を重ねていった。
その姿を嘲笑った蒼刃鬼が、とどめの一撃とばかりに仕掛ける。
《⋯⋯鬼剣変形、⋯⋯弦月の型⋯⋯!》
蒼刃鬼の左右の掌が合わさった。
左右の鬼剣『三日月』と『二日月』を、まるで一刀に見えるように、刃の反りと同じ向きに瞬時に重ねる。
そして二刀の隣接面を、左手の人差し指と中指でなぞった。
なぞる指に妖しい蒼い波動が生じる。
⋯⋯すると奇怪な現象が起きた。
この二つの鬼剣は、厚みを増した刃を持つ“一つの刀”へと結合変形していた。
《⋯⋯とくと味わえ! この美しき『弦月刀』を!》
二本から一本となった鬼剣『弦月刀』。
その重量を増した右手の刃から繰り出される、上段からの渾身の一撃。
その凄まじい重みと圧が、刃を受けるために紅閃鬼が腕を交差させて翳した、左右に残る二枚の鉄扇を激しく揺らした。
《⋯⋯ッ、月の満ち欠け同様に、変形する刀か!?》
紅閃鬼の狼狽の声と、重量系の武器同士の激しい衝突音。
鉄扇を持つ両腕に伝わる衝撃が、紅閃鬼の身体をも激しく揺らす。
《⋯⋯これで終わりと思うな! ⋯⋯鬼剣変形、『十三夜の型』!》
蒼刃鬼は『弦月刃』を手元に引き寄せると、再び『三日月』と『二日月』の二刀に分離させた。
そして今度は、掌の中でくるりと回した『二日月』の柄の頭を、『三日月』の柄の頭に逆さにあてがう。
蒼刃鬼がその柄と柄の結合部を、素早く指でなぞる。
すると今度は刃ではなく、柄が”一つ“となっていた。
第二の鬼剣変形。
『三日月』と『二日月』の二刀は今、長い柄と長い二つの刃を持つ、“S字”の型の両刃刀と化していた。
両刃の中央の柄を持った蒼刃鬼は、この鬼剣『十三夜刀』を激しく素早く旋回させる。
その先端の二つの刃先が狙うのは、紅閃鬼の首。
《⋯⋯既に御主の間合いは潰した! 俺の鬼剣の前に敵は無い!》
《⋯⋯ちぃッ!? 》
紅閃鬼が後ろへ飛び退いても、蒼刃鬼の攻撃の手は止まらない。
紅閃鬼が退いたぶんだけ、蒼刃鬼はすぐさまに間合いを詰める。
旋回させて斬り上げる十何回目かの『十三夜刀』。
その片側の『二日月』の刃が、紅閃鬼の防御の鉄扇二枚のうちの一枚を捉えた。
刃に絡まった鉄扇が、空高くへと弾き飛ばされる。
《⋯⋯ふふふふ! 紅閃鬼よ、その首、頂いた! ⋯⋯鬼剣変形、終、⋯⋯『満月の型』!》
紅閃鬼の手の中に残る鉄扇は、僅かに一枚。
戦いの決着を付けるために、蒼刃鬼が更に動いた。
長い鞘を指先で弾き、『十三夜刀』の結合を解く。
『三日月』と『二日月』の二刀を再び左右に手にした蒼刃鬼は、今度は刃の反り同士で宙に円を描くように、二刀を向かい合わせた。
元々幽鬼のような長い髪が一気に逆立ち、見開いた銀の瞳が妖しく煌めく。
蒼刃鬼は二刀へと邪念を込めた。
《⋯⋯闇に浮かび上がる新月、新月から生まれ出ずるは二日月、三日月。蒼の鬼剣は今宵、三日月から弦月、弦月から十三夜へ。そして十三夜を経て十五夜、満ちる月へ。秘めし真の円を描く刻、此処に来たり⋯⋯》
念が込められた直後、蒼刃鬼が手にしていた『三日月』と『二日月』は三度目の変化を遂げる。
向かい合う二つの刃は切っ先も鞘も結合し、中心部が空洞となった輪のような”円刃“へと変形を遂げていた。
それはまさに狙った獲物の首にはめ込み、引き斬り裂くための首狩用の最終形態。
『満月刀』の名の通り、空に浮かぶ丸い月が地上に降臨したような、戦慄の満月の刃だった。
《俺の刀は“欠けた月”ではない! そして俺の鬼剣が最も得意とするのも遠距離攻撃ではない! それを見誤り、接近戦を許した油断が、貴様の敗因と知れ!》
狙いの紅閃鬼の首は、すぐ目の前にあった。
しかも先程の『弦月刀』『十三夜刀』の追撃で、紅閃鬼は得意の体勢を崩している。
蒼刃鬼の首狩の血が騒ぐ。
紅閃鬼の首に輪刃の円を掛けて引き裂こうと、蒼刃鬼はこの『満月刀』を真上から振り下ろした。
勝負は決した。
紅閃鬼の首が飛ぶ。
⋯⋯蒼刃鬼がそう思った瞬間だった。
紅閃鬼の首後ろを守るように覆っていた、特徴的な長襟。
その長襟が、蒼刃鬼の二刃と同じく、突然に”変化“した。
長襟は織り込まれる前の無数の紐や糸のように解け、そしてその紐糸一本一本が、まるでそれぞれに意思を持っているように、宙を不気味に揺らめき蠢いた。
《⋯⋯何ぃ!?》
勝利を確信していた蒼刃鬼から、初めて狼狽の声が漏れる。
この解けた長襟、数十本の奇怪な“紐糸のようなもの”は、『満月刀』を振り下ろす最中の蒼刃鬼、その全身に襲いかかっていった。
振り上げた右腕。
咄嗟の防御に動く左腕。
鎖帷子を纏った胸や腹部。
突然の反撃を前にして、動きを止めざるを得ない脚。
そして蒼刃鬼の乱れた長い髪ごと、その首にも複雑に絡みついていく。
瞬く間に蒼刃鬼の振り上げた腕も身体も何もかも全てが今、この紐糸のような無数の細い“何か”に動きを封じられていた。
《⋯⋯ぐぅっ、⋯⋯こ、これは⋯⋯!?》
《⋯⋯ふふふ、鉄扇は私の手の内に在るだけに非ず。私の身体こそが鉄扇そのもの、言わば扇の“要”》
《⋯⋯っ、“要”!?》
《⋯⋯そして扇には、その”要“から伸びる、”房“と呼ばれる装飾が施されていることを御存知か? これは要の身体から伸びる”房“。⋯⋯これぞ鬼扇乱舞、⋯⋯縛》
《⋯⋯何ぃ!? “要”に“房”、⋯⋯鬼扇乱舞、縛だと!?》
《⋯⋯藻掻いても無駄です。貴方は近づきすぎました。そして肝心要な話がもう一つ。要から伸び、扇を形作る骨⋯⋯無数の中骨と一本の親骨。この鉄扇においても、鉄串が中骨の技ならば、親骨の技もあるわけです》
《⋯⋯ぐっ、な⋯⋯、親骨の技!?》
《⋯⋯それに。今宵は十六夜。⋯⋯満月は昨日で”終わって“いますよ》
紅閃鬼は右手に広げる鉄扇を、至近距離の蒼刃鬼の顔面へとゆっくりと掲げていく。
すると鉄扇を構成する骨の部分、その全てから弾丸のように無数の鉄串が飛び出した。
それは鎌足に飛ばした時よりも、遥かに至近距離での鉄串の急襲。
しかし身体の自由をほぼ奪われている蒼刃鬼も、やはり蒼鬼の修羅、只者ではなかった。
数本の鉄串は肩や腕に突き刺さったものの、僅かに動く指先で『満月刀』を巧みに回転させ、そのほとんどを弾ききっていた。
《⋯⋯これが親骨の技とは、笑わせるな!》
襲いかかる鉄串、その最後の一本を弾き飛ばした蒼刃鬼が吠える。
そんな蒼刃鬼に向けて、紅閃鬼は不敵な笑みで応えた。
《⋯⋯今放ったのが中骨の鉄串、そしてこれが⋯⋯》
その呟きの直後、紅閃鬼は右手の鉄扇を蒼刃鬼に向かって投げつけた。
そして一時的に鉄扇の面で、蒼刃鬼の視界を防ぐ。
その視界の封鎖と同時だった。
全ての鉄扇が消えた紅閃鬼、その両手の十本の指の爪が、宙に飛び出すように一気に“伸びた”。
蒼刃鬼に向かって放物線を描きながら襲いかかかる、鋭い狂気の鉄の爪。
春の夜の庭園に煌めくその魔性の爪はまるで、枝垂れ桜のようにも見えた。
それは蒼刃鬼にとっては、想像だにしていなかった場所からの急襲だった。
《⋯⋯!? ⋯⋯な、何ッ!?》
眼前とも言える極至近距離、しかも長襟の紐によって身体の自由は奪われたまま。
更に投じられた鉄扇に気を取られ、初動も遅れていた。
蒼刃鬼は限られた動きの中で、『満月刀』を僅かに翻し、左腕を犠牲にして防御しようとする。
しかし変則的な放物線状を描く、至近距離でのこの十爪の急襲に、首狩重視の空洞の刃は圧倒的に不利だった。
急襲に備えていなかった⋯⋯。
その意味では、蒼刃鬼の方が勝ちに焦り、油断していたと言えるかもしれない。
先に投じられた鉄扇が、『満月刀』に真っ二つにされて散っていく。
それが蒼刃鬼のせめてもの抵抗、最期の反撃だった。
次の瞬間には、伸ばした十の鋭い鉄爪、その内の七つの鉄爪が、蒼刃鬼の命綱の『満月刀』の防御を抜けきり、蒼刃鬼の顔面や身体中を貫いていた。
一時は『満月刀』に弾かれた三つの鉄爪も、続けざまに蒼刃鬼の胸や首や額へと突き刺さっていく。
《⋯⋯がぁッ、⋯⋯が、⋯⋯ぐ、ぐがっががああッ!?》
《⋯⋯私の『鉄鬼扇』は、何も扇いだり飛ばしたりするだけに非ず⋯⋯、妖力を高めれば、己が鬼扇の化身となり、接近戦用にこういう戦い方もできる。⋯⋯鬼扇乱舞の真髄、貴方こそ見誤りましたね、蒼刃鬼》
《⋯⋯ッぐ、⋯⋯が、⋯⋯油断したのは⋯⋯俺の方だったか、⋯⋯この俺が紅鬼に、紅鬼なんぞに⋯⋯、不覚を取るとは⋯⋯、ぐぁあぁぁあぁああああああ!》
《鬼扇乱舞⋯⋯、枝垂桜。その首、私が頂戴します》
悔しさと苦悶の表情を浮かべる蒼刃鬼。
反対に勝ち誇り、笑みを浮かべる紅閃鬼。
紅閃鬼は鉄の枝垂桜と化した両手、その左手の五爪を蒼刃鬼から引き抜くと、伸びた鉄爪に合図をするように左の掌を撓らせた。
その合図に、左手の指先はするすると短くなっていき、鋭さを残したまま、短剣のような三寸(※9cm)ほどの長さの五爪となっていた。
そして右手の鉄爪で蒼刃鬼を刺したまま、鋭い鉄爪の短剣と化した左手を、目線と同じ高さにゆっくりと水平にしていく。
そして紅閃鬼は恍惚の笑みと共に、この左五爪の刃で蒼刃鬼の首を左から右へと斬り裂いた。
⋯⋯蒼刃鬼の首が、宙を舞う。
爪や紐糸が外れ、支えと首を無くした身体が、ゆっくりと地に沈んでいく。
鬼剣『満月刀』も元の二刀『三日月』『二日月』に分離しながら、蒼刃鬼のだらんと下がる掌から力無く滑り落ちた。
人間と変わらない容姿のこの『修羅』蒼刃鬼も、先に消滅した蒼炎鬼や紅影鬼同様に、葬魂の術で人間の容姿と魂を奪い取っていた。
その名残りなのだろう。
転がる首と横たわる身体はどちらも、肉は腐り落ち、かつて蒼刃鬼に取り込まれ人間の骨を露にしながら、蒼い霧に包まれていく。
数百年以上には及ぶ長い刻の流れを僅かな時間で遡り、その骨もすぐに灰へと変わり、灰もまたすぐに無へと変わる。
蒼刃鬼の身体は、二十を数える内には濃い蒼い霧と化して、庭園の夜の闇の中に消えていった。
そんな蒼刃鬼の散り様を見て、紅閃鬼が伸びた爪先で額を軽く抑え、紅の目を閉じて首を左右に振りながら、やれやれとばかりに呟いた。
《⋯⋯ふぅ、やはり何度見ても、私たち『修羅』の鬼が”人に還る“姿は、あまり良い心地がしませんねぇ。⋯⋯明日は我が身、か。⋯⋯うふふ、強者の心得として、肝に銘じておきましょう》
その口元が、妖しく禍々しく緩む。
あれだけ猛威を奮った奇剣『三日月』も『二日月』もまた、身体と同様だった。
既に地には跡形も無く、この世界から完全に消滅していた。
それは蒼鬼の修羅を斃した実感か、それとも無惨な消滅を免れた喜びか。
自身を苦しめた二刀の消滅を前にして、紅閃鬼の中で”何か“が弾けかけていた。
《⋯⋯ふふふ、⋯⋯うふふふ、⋯⋯憎き蒼鬼の修羅が一鬼、この紅閃鬼が仕留めたり! ⋯⋯ふふふ、⋯⋯ふはは、⋯⋯ふはははははははははははははははは!》
空に浮かぶ蒼の渦⋯⋯、蒼鬼の羅生門邪道。
中でも一回り大きな蒼の渦が三つ。
その内の一つが、激しく揺れながら、ゆっくりと地上に向かって堕ちていく。
そして地上へと届く前、花火のように空中で粉々に砕け散った。
その蒼渦の粉砕を見届けた紅閃鬼は、改めて恍惚に満ちた邪悪な笑顔をにたりと浮かべ、首元から乱れ舞う紐糸を長襟の形へと再び戻しながら、後方へふわりと飛び上がった。
そして広大な庭園の中央、一際高い石造りの三重塔の上に着地すると、右の手の指先から枝垂状に伸びている鉄の爪を、更に長く長く禍々しく伸ばしていった。
右の手だけではない。
先程一度縮めた左の手からも、再び枝垂状の鉄爪が、右手の鉄爪と同じ程の長さにまで伸びていく。
修羅同士の戦いが終わっても尚、紅閃鬼の興奮は収まることがなく、『修羅』としての戦意は猛り続けていた。
伸ばした爪は、その迸る殺意の表れだった。
そしてそれは、まるで見境を無くした凶暴な野獣のようだった。
紅閃鬼が周囲を見渡しながら、目を紅く血走らせ、銀色の瞳をぎらぎらと煌めかせる。
狂気の鉄爪が、運悪く視界に入った次の獲物を捉える。
蒼鬼一鬼と戦う警備兵三人。
⋯⋯次の瞬間には、この伸びた荒ぶる鉄爪は、不幸な四つの獲物の頭や胸を貫いていた。
《⋯⋯まだだ、まだ。まだまだ血も肉も、どちらも足らぬわ、⋯⋯まだ、もっと、⋯⋯もっとだ》
だが高揚の絶頂にある紅閃鬼は、それでも満足できない。
その銀の瞳は、早くもまた次の獲物を探していた。
両手から伸びる十の鉄爪は、それ自体がまるで意思を持った生き物のように、蒼鬼や三人の警備兵を貫いたまま持ち上げ、空中をゆらゆらと蠢き続けていた。
《⋯⋯うふふ、⋯⋯うふふふふ、⋯⋯ふはははははは》
薄紅い瞳は、更に深く、紅く。
三重塔の上で、血眼でひたすら高笑いを続ける紅閃鬼。
それはまさに地獄“絵図”ではなく、地獄そのもの。
恐怖と狂気の様相をこの地上に呈していた━━━━。
━━━━人も鬼も大分と数が少なくなった乱戦の中。
この修羅同士の死闘と時を同じくして、綾麿と鎌足から蒼鋼鬼の相手を引き受けた兼季は今、絶体絶命の窮地に陥っていた。
仁王の化身にも見える程の、蒼鋼鬼のあまりもの巨体と威圧感。
その迫力に圧されてじりじりと後退し、周りの弓隊も含めて全員が、土壁の際にまで追い詰められていた。
《⋯⋯俺様は誰よりも大きく、そして誰よりも強い、不死身の鋼の身体を持つ者。脆弱で下等な人間どもよ、貴様らが何匹束になって来ようが、びくともせんわ、⋯⋯ぐわっはっはっは》
兼季や警備兵たちを、蒼鋼鬼が嘲笑いながら挑発する。
「⋯⋯ッ、怯むな! 囲め! あの巨躯故に刀では急所には絶対に届かぬ! 先程よりもっと多く、休むことなく弓を射るのだ!」
兼季は周りにいた五人の警備兵と共に、再び蒼鋼鬼を取り囲んだ。
《ぐふふ、またか。懲りない奴等だ、弓などこそばゆいだけだ》
「⋯⋯くっ」
蒼鋼鬼の威嚇に、兼季たちが怯んだ。
⋯⋯その時だった。
黒光りする斧を手にした紅鬼一鬼が、蒼鋼鬼を包囲する兼季たちの背後から突如として現れた。
それは完全な不意打ちだった。
一人の警備兵を斧で殴り付けて吹き飛ばし、蒼鋼鬼を目掛けて突進していく。
そして斧を思い切り振りかぶって、蒼鋼鬼の腹に打ちつけた。
蒼鋼鬼の油断を狙った紅鬼だったが、人間よりも大きな紅鬼羅刹とは言え、流石に蒼鋼鬼と比較しては、互いの体格差はゆうに倍以上はある。
《⋯⋯ふん、どさくさに紛れおって。愚かな紅鬼が!》
殺戮のひとときを邪魔された⋯⋯、そんな怒りを顔に滲ませた蒼鋼鬼が、金砕棒を豪快に振りかぶり、そして思い切り振り下ろす。
⋯⋯次の瞬間には、早々に決着は付いていた。
この強大な蒼の修羅に挑んだ無謀な紅鬼は、その足元でいとも簡単に金砕棒に脳天を叩き割られていた。
紅の霧が、蒼鋼鬼の周りに死散する。
しかしその紅鬼の予想外の動きが今、兼季たちの反撃の好機に繋がっていた。
「⋯⋯ッ! 隙だらけだ! 千載一遇の機会ぞ! ⋯⋯今だ! かかれ!」
蒼鋼鬼の意識は今、眼前の紅鬼へと向いている。
しかも今の斧の一撃によって、腹部は間違いなく深手を負ったはず。
兼季の気迫の号令の下、蒼鋼鬼の心臓を狙って、四人の射手が極至近距離から弓を放った。
「⋯⋯射て! 射て! 射て! ⋯⋯射ちまくれ!」
蒼鋼鬼の額、首、胸、腹。
人間であれば間違いなく急所となり得る箇所に、次々と矢が刺さっていく。
この降り止まない矢の雨によって、瞬く間に蒼鋼鬼の上半身は剣山のようになっていた。
「⋯⋯よしっ! やったか!!」
兼季と四人の警備兵たちに、思わず歓喜の表情が浮かぶ。
だがその喜びの綻びも、一瞬で消し飛んだ。
《⋯⋯ぐははははは、⋯⋯何を喜んでいる? 言っただろう。こそばゆい、⋯⋯と》
蒼鋼鬼が上半身に力を込める。
すると皮膚が盛り上がり、全身に刺さっていた全ての矢が一気に夜の空へと吹き飛んだ。
そして矢じりで抉った傷の全てが、みるみるうちに塞がっていく。
矢傷だけではない。
より傷口が深い、先程の紅鬼の斧の裂傷創傷でさえも、まるで時を巻き戻すかのように瞬く間に塞がっていった。
「⋯⋯そ、そんな馬鹿な⋯⋯」
そんな蒼鋼鬼の驚異の回復力を、兼季と警備兵四人はただ唖然として見つめるしかなかった。
もはや打つ手は無い。
そんな絶望的な溜め息が五つ、虚しく響いた。
《⋯⋯ぐふふ。この俺様の皮膚の下に埋め込んであるのはな、地獄の武器をもってすら容易には破壊できぬ、不壊不死の『閻魔鋼』。斬ろうが刺そうが抉ろうが、瞬く間に元へと戻る、傷知らずの鋼の肉体なのだ。俺の心の臓を破壊することは、紅鬼どもは言わずもがな、人間や日本にはまずもって不可能! かつて蒼鬼軍の侵攻を止めた、今は無き『天叢雲剣』なら、話は別だがなぁ! ⋯⋯ぐはははははは⋯⋯!》
狂気と暴力に彩られた高笑いの後、蒼鋼鬼は圧倒的な体格差に任せて、金砕棒を左から一度、そして右から一度振り払った。
凄まじい風圧が兼季と警備兵たちに襲いかかる。
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
突風が横殴りに突き抜けた後、目を閉じて咄嗟に身を屈めていた兼季が、警戒しながらゆっくりと目を開けていく。
⋯⋯其処には、兼季の姿しか無かった。
鞍馬一刀流の剣や体捌きの心得があった兼季だけは、何とか金砕棒の直撃をかわすことができていたものの、一緒に居たはずの四人の警備兵たちは皆、金砕棒の直撃を受けていた。
ある者は御所の屋根まで。
またある者は、塀垣を飛び越え御所の外まで。
誰も彼もが、遥か彼方まで殴り飛ばされていた。
それはあまりにも強力な一振りだった。
もはや身体の行方を目で追わずとも、飛ばされた四人共々が全身の骨が砕かれているのは間違いなかった。
「⋯⋯お、おのれ⋯⋯、蒼の化け物め」
兼季がじりじりと後退りする。
しかし元々が追い詰められた、土塀の際。
逃げ場などはもはや何処にも無かった。
《ぐははははは! ⋯⋯御前も捻り潰してやる》
兼季にとどめの一撃を放とうと、蒼鋼鬼は金砕棒を再び振り上げた。
「⋯⋯くっ、かくなる上はもはや⋯⋯、これしか⋯⋯」
“何か”を覚悟したように、兼季が刀を握り直す。
刃先が月明かりに煌めいた。
そしてその刃を自身の首元に近づけた。
⋯⋯その時だった。
「⋯⋯自刃は早いですよ、大将様」
⋯⋯兼季の背後から、若い男の声が響いた。
兼季が驚いて振り向いた先。
篝火の灯りが届かない漆黒の闇の中から、ゆっくりと兼季の方に歩み寄ってくる人影があった。
「⋯⋯夜の闇に紛れてこっそりと。東番の女忍を殺そうと思い、塀を飛び越え、ふらりと立ち寄ってみたら、この一大事。⋯⋯これは又とない出世の機会。⋯⋯私の警備の番の日ではないですが、己のため、非力ですが、お力添え致しますよ? 大将様⋯⋯」
篝火に近づくにつれて、その声の主が徐々にその焔の灯に照らされていく、
恍惚の口元。
小さな身体。
夜の黒の中では一際映える、紙垂の付いた鞘の白。
⋯⋯その声の主は、白鞘を手にした、少年公家。
樋ノ口少将麒麟だった━━━━。
↓創って頂いたオリジナルEDです(*>_<*)ノ↓
https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg
第55話も最後までお読み頂きありがとうございました。
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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
いよいよGW突入ですね♪、いつもより少しだけ間隔を頂いて、次回第56話「天舞」は5月上旬投稿予定です。投稿日はXや「活動報告」にて改めて通知させて頂きますが、遅くとも5月7日までには必ず投稿します♪




