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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第55話  鬼剣と鬼扇

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足かまたりを快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足(かまたり)と一時的に手を組む。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿(あやまろ)と一時的に手を組む。


近衛兼季このえかねすえ━━━━

 従二位大将じゅにいたいしょう。武官最高位の大将として、清涼殿せいりょうでんだけを警備する御帝みかど親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流くらまいっとうりゅうの使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足かまたりにも親しみを見せる。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。『刀葉林とうようりん』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀(なぎなた)型の妖凛刀(ようりんとう)を操る。紅斬鬼(こうざんき)とは犬猿の仲。


蒼鋼鬼(そうこうき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒(かなさいぼう)で破壊の限りを尽くす。


蒼刃鬼(そうじんき)━━━━

 京都御所を襲撃する蒼鬼あおおに修羅しゅら。ぼろぼろの衣と長髪の幽鬼。三日月型に湾曲した二本の刀を背負っている。鍔から上の刃だけを飛ばし、狙った獲物の首を狩る。


紅斬鬼こうざんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃ちょうじん野太刀のだち、『鬼紅葉おにこうよう』を背負っている。


紅鋏鬼こうきょうき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。襲撃の紅鬼あかおにたちの中では一番の巨躯きょくを誇る。性格は横暴を極め、手にした巨大なやっとこ型のはさみで、人間たちの舌を狙い暴れ回る。


紅閃鬼こうせんき━━━━

 京都御所を襲撃する紅鬼あかおに修羅しゅら。長い髪に長襟(ながえり)の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇てっせんの刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。


 ━━━━乱戦の真っ只中、鬼たちの包囲網を突破し、御所正面を目指して駆けていた綾麿(あやまろ)鎌足(かまたり)

 その視界に飛び込んできた、蒼刃鬼(そうじんき)紅閃鬼(こうせんき)修羅(しゅら)同士の激しい交戦。


 ⋯⋯飛去来器(ブーメラン)のような三日月の回転刃と、自然の法則に逆らって舞う無数の鉄扇てっせん

 夜の空に不気味に(きら)めく、それぞれの狂気の武器。

 そのあまりもの凄まじさに、鎌足(かまたり)は顔をしかめながら、震える拳を固く握りしめた。


「⋯⋯蒼鬼(あおおに)紅鬼(あかおに)、こいつら、やっぱり本当に同士討ちしてるんだ⋯⋯、私たちにとっては好都合だけど⋯⋯、でも何で⋯⋯」



「⋯⋯⋯⋯」


 ⋯⋯そのまま一人で駆け抜けることもできたにも関わらず、修羅同士の戦いに目を奪われて立ち止まった鎌足(かまたり)に合わせて、綾麿(あやまろ)もまた足を止めていた。


 綾麿あやまろは戸惑いの中にある鎌足(かまたり)を振り返りもせずに、淡々と背中で語りかけた。

 

「⋯⋯その疑問もいずれ分かる。⋯⋯だがどちらの修羅(しゅら)が勝とうが消滅しようが、自分自身が命を落とせば、何の意味も無い。⋯⋯周りを見ろ。また囲まれたぞ」


(⋯⋯えっ!?)


 囲まれた⋯⋯、その言葉に鎌足(かまたり)が慌てて四方を見渡した。

 前方左右から蒼鬼(あおおに)が二鬼、後方左右から紅鬼(あかおに)が一鬼。

 二人の周りにはいつの間にか、新たな鬼の群れが(にじ)り寄っていた。



「⋯⋯っ、またか。そう簡単には抜けられない、か」


「⋯⋯そのようだな。⋯⋯だがこの羅刹らせつたちは元々にして鬼。かえるべきは地獄のみ。葬魂そうこん修羅しゅらたちのような“人”の面影は無い分、まだ心置きなく戦えよう。⋯⋯それに、⋯⋯“人にかえる“姿を見ずに済むからな」


「えっ⋯⋯? ⋯⋯“人にかえる”、って?」


 何処(どこ)か哀愁を漂わせた綾麿あやまろの横顔と呟きに、振り向いた鎌足(かまたり)は即座に問いかけた。



「⋯⋯⋯⋯」


 しかし綾麿あやまろは何も答えない。



(⋯⋯ん、⋯⋯よく分からないけど、まぁいいや、まずはこの包囲を撃ち破らないと⋯⋯)



 綾麿(あやまろ)鎌足(かまたり)、二人が再び背中を合わせる。

 鎌足(かまたり)鬼切丸おにきりまるを右逆手に構え、後方の紅鬼あかおにを睨みつけた。

 そして綾麿(あやまろ)村雨(むらさめ)真刃(しんば)をゆっくりと水平に上げ、目の前に迫る蒼鬼あおおにを刃先で指しながら、眼光鋭く呟いた。



「⋯⋯(あお)(あか)も、羅刹らせつ修羅しゅらも関係ない。帝を守る麿まろたちの行く手に立ちはだかる鬼は全て、⋯⋯斬る。⋯⋯あおあか羅刹させつどもよ、この村雨(むらさめ)剣閃けんせん日本ひのもとの見納めとして、⋯⋯地獄へと(かえ)るがよい⋯⋯」━━━━⋯⋯⋯⋯。










 ⋯⋯⋯⋯━━━━《鬼扇乱舞きせんらんぶ、⋯⋯(せん)!》



 飛来した三日月の湾曲刃が紅閃鬼こうせんきの衣を(かす)めると同時に、身体をひるがえした紅閃鬼こうせんきの両手からは、(おびただ)しい数の鉄扇てっせんが舞っていた。


《そのような数に頼る軽技(かるわざ)、この鬼剣きけん三日月みかづき』には全くもって通用せぬ!》


 自身へと向かってくる数え切れない程の数の鉄扇てっせんを、蒼刃鬼そうじんき(いびつ)鬼剣きけん三日月みかづき』を豪快に振るい、その全てを迎撃した。

 そして続けざま、背中に背負っていたもう一本の刀を滑るように抜くと、その第二の刀を左手に持って左右二刀の構えを見せた。


 今抜いた第二の刀、その刃の幅は『三日月(みかづき)』と比べて、僅かに細く短い。

 しかしその刃先は、先の『三日月(みかづき)』の刃と同じように、やはり三日月型に()って湾曲している。

 


《『三日月みかづき』と対になる『二日月ふつかづき』。この俺の誇る首狩くびかりとび二刃にじん。果たして避けきれるかな》



 蒼刃鬼そうじんきは左掌の『二日月ふつかづき』は下手から、右掌の『三日月みかづき』は上手から、それぞれ袈裟(けさ)斬りと逆袈裟ぎゃくけさ斬りのように腕を(しな)やかに振るった。

 その腕の動きに合わせ、(つか)つばから先、刃の部分だけが再び分離する。


 今までの『三日月(みかづき)』に加えて『二日月(ふつかづき)』。

 遠隔攻撃の刃は今、一本から二本となっていた。


 二つの刃が空を舞い、激しく縦と横に旋回しながら不規則な軌道を描く。

 そして紅閃鬼こうせんきの首を狙って、左右から挟み込むように襲いかかった。



《⋯⋯ふふふ、『飛三日月とびみかづき』と『飛二日月とびふつかづき』。この二刃(にじん)を避けきれた者は、かつて一鬼たりとて居らぬ!》



 凄まじい勢いで飛来する『飛三日月とびみかづき』と『飛二日月とびふつかづき』。

 この狂気の二刃(にじん)を迎撃するために、紅閃鬼こうせんきは左から右へ掌を動かし、両の手の中に十四枚の鉄扇を広げた。

 左に七、右に七。

 紅閃鬼こうせんきはこの両手に広げ持つ十四枚の鉄扇てっせんを、左からの三枚を皮切りに、左右交互に次から次へと、迫り来る二刃(にじん)に向けて放っていく。



《⋯⋯まずは左の三! ⋯⋯続けての右の三は背後! ⋯⋯そして左の三! 右の三!》



 左上方から凄まじい縦回転、急角度で迫ってくる、『三日月みかづき』の刃。

 右下方から鋭い横回転で迫ってくる、『二日月ふつかづき』の刃。

 対抗する紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんは、六枚が正面から、六枚が弧を描きながら後ろから、この二刃にじんを挟み込む。


 『三日月みかづき』『二日月ふつかづき』の鬼剣きけん二刀と、『鬼扇乱舞きせんらんぶ』の鉄扇てっせん十二枚が、蒼刃鬼そうじんき紅閃鬼こうせんきの中間の空で激しくぶつかり合った。


 空を舞う紅閃鬼こうせんき鉄扇てっせんは、やはり見かけよりも遥かに重量があるのだろう。

 一つ一つの刃の重さや勢いでは、激しく回転する『三日月みかづき』『二日月(ふつかづき)』の二刀に分があったが、速さでは鉄扇てっせんが勝っていた。

 鉄扇(てっせん)は更に数の力と、まるで上下の歯を噛みしめるような前後からの圧迫で、この遥かに大きい回転の二刃にじんに対抗していく。


 それでも『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の刃は怯まない。

 前後上下様々な角度から次々とぶつかってくる、十二枚の鉄扇てっせんを弾き飛ばす。

 そして鉄扇てっせんの包囲網を突破する。

 『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の二刃は、回転の勢いを僅かに落としながらも空を制し、紅閃鬼こうせんきの首や胸を目掛けて鋭角に襲いかかっていた。



《⋯⋯ふふふ、勢いは削ぎました。⋯⋯上等、上等》


 紅閃鬼こうせんきも怯まない。

 迫り来る『三日月(みかづき)』『二日月(ふつかづき)』、この凶暴な二刃にじんを前にしても、不思議と笑みを浮かべた。

 左右の掌に一枚ずつ持つ残り二枚の鉄扇てっせんを、首と胸付近に悠然とかざす。

 そしてまるで風を扇ぐようにして鉄扇てっせんを振り、この回転の勢いが弱まった二刃(にじん)を弾き飛ばした。



《⋯⋯ふふふ、この鉄扇(てっせん)防御壁ぼうぎょへきは見た目よりも遥かに強固。⋯⋯“欠けた月”の技や刃如きでは破れませんよ》


 再び弧を描いて蒼刃鬼(そうじんき)の方へと戻っていく『三日月(みかづき)』と『二日月(ふつかづき)』。

 その撤退の軌道を見届けた紅閃鬼こうせんきは、鉄扇てっせんで口元の笑みを隠しながら、蒼刃鬼そうじんきの方へと目をやった。




 ⋯⋯だがそこには、蒼刃鬼そうじんきの姿は無い。




 蒼刃鬼そうじんきはこの時既に、接近戦の間合いに入っていた。


 紅閃鬼(こうせんき)の考えすらも読み切っていたのか。

 つかへと戻ってくる『三日月(みかづき)』『二日月(ふつかづき)二刃(にじん)を、蒼刃鬼そうじんきはその場に留まり待つことはしなかった。

 二刃(にじん)鉄扇てっせんに弾かれる寸前には地を蹴り、紅閃鬼こうせんきへと突撃していたのだ。

 それは敵の隙に勝機を見出しての、不意の斬り込み。

 紅閃鬼こうせんきの元へ駆け迫りながら両腕を掲げ、『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の両刃を、再びつかつばと結合させる。


 

《俺たち『修羅(しゅら)』同士の戦いに、油断は禁物だ! 紅閃鬼こうせんき!》



 『三日月(みかづき)』は勿論(もちろん)、少し短い『二日月(ふつかづき)』でさえ、この二刀の刃は一般的な刀よりも長く、更にいびつに湾曲した刀だった。

 ほんの少しでもその刃が身体に食い込めば、相手は間違いなく味わったことのない激痛と共に、瀕死の手傷を負うことになる。

 それこそ首に引っ掛けられようものならば、この残忍な刃先に確実に絡め取られ、首と胴を見るも無惨に切断されることは間違いない。

 


《⋯⋯俺の攻撃は、御前のような遠距離攻撃だけに非ず! 接近戦こそがこの首狩の鬼剣きけん二刀の真骨頂しんこっちょう、⋯⋯本当の恐ろしさよ!》



《⋯⋯ぐッ!?》


 不意に接近戦を仕掛けられた紅閃鬼こうせんきは、手にした鉄扇てっせんを再びあおぎ、鉄扇てっせんの先から風の中へと、無数の鋭い鉄串てつぐしを噴出した。

 しかしその防御の鉄串てつぐしも、蒼刃鬼そうじんきの華麗な体捌たいさばきから繰り出される『三日月みかづき』の防御盾と、『二日月ふつかづき』の巧みな剣閃けんせんを前して、その全てが弾かれてしまう。



《この間合いは俺の間合いだ! そして俺の二刃にじんによる攻撃と防御を前にしては、その鉄扇てっせんの刃先は俺には届かぬ! もはや数を増やしたり、鉄串てつぐしを飛ばす十分なあおぎすらも出来まい!》



 この時、蒼刃鬼そうじんきは既に紅閃鬼(こうせんき)のすぐ目の前へと達していた。

 それは鉄扇てっせんに長さで勝る、鬼剣きけん二刀の間合いだった。


 その湾曲した刃で紅閃鬼こうせんきの首を絡め取るため、四方八方しほうはっぽう縦横無尽じゅうおうむじん、あらゆる方向から鋭く速く、紅閃鬼(こうせんき)へと斬り込んでくる『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』。



《⋯⋯おのれ! 蒼鬼(あおおに)ッ!!》


 それでも紅閃鬼こうせんきは、何とか左右の鉄扇てっせんを扇いで防御を重ねていった。

 その姿を嘲笑った蒼刃鬼そうじんきが、とどめの一撃とばかりに仕掛ける。



《⋯⋯鬼剣変形きけんへんけい、⋯⋯弦月げんげつの型⋯⋯!》



 蒼刃鬼(そうじんき)の左右の掌が合わさった。

 左右の鬼剣(きけん)三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』を、まるで一刀に見えるように、刃の反りと同じ向きに瞬時に重ねる。

 そして二刀の隣接面を、左手の人差し指と中指でなぞった。


 なぞる指に妖しいあおい波動が生じる。

 

 ⋯⋯すると奇怪な現象が起きた。

 

 この二つの鬼剣きけんは、厚みを増した刃を持つ“一つの刀”へと結合変形していた。



《⋯⋯とくと味わえ! この美しき『弦月刀げんげつとう』を!》



 二本から一本となった鬼剣きけん弦月刀げんげつとう』。

 その重量を増した右手の刃から繰り出される、上段からの渾身こんしんの一撃。

 その凄まじい重みと圧が、刃を受けるために紅閃鬼こうせんきが腕を交差させてかざした、左右に残る二枚の鉄扇てっせんを激しく揺らした。


《⋯⋯ッ、月の満ち欠け同様に、変形する刀か!?》


 紅閃鬼こうせんき狼狽ろうばいの声と、重量系の武器同士の激しい衝突音。

 鉄扇てっせんを持つ両腕に伝わる衝撃が、紅閃鬼こうせんきの身体をも激しく揺らす。



《⋯⋯これで終わりと思うな! ⋯⋯鬼剣変形きけんへんけい、『十三夜(じゅうさんや)の型』!》



 蒼刃鬼そうじんきは『弦月刃げんげつとう』を手元に引き寄せると、再び『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の二刀に分離させた。

 そして今度は、掌の中でくるりと回した『二日月ふつかづき』のつかかしらを、『三日月みかづき』のつかかしらに逆さにあてがう。

 蒼刃鬼(そうじんき)がそのつかつかの結合部を、素早く指でなぞる。

 すると今度は刃ではなく、つかが”一つ“となっていた。


 第二の鬼剣変形きけんへんけい

 『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の二刀は今、長いつかと長い二つの刃を持つ、“S字”の型の両刃刀と化していた。


 両刃の中央の(つか)を持った蒼刃鬼(そうじんき)は、この鬼剣(きけん)十三夜刀じゅうさんやとう』を激しく素早く旋回させる。

 その先端の二つの刃先が狙うのは、紅閃鬼(こうせんき)の首。



《⋯⋯既に御主の間合いは潰した! 俺の鬼剣きけんの前に敵は無い!》



《⋯⋯ちぃッ!? 》


 紅閃鬼(こうせんき)が後ろへ飛び退いても、蒼刃鬼そうじんきの攻撃の手は止まらない。

 紅閃鬼(こうせんき)が退いたぶんだけ、蒼刃鬼そうじんきはすぐさまに間合いを詰める。

 旋回させて斬り上げる十何回目かの『十三夜刀じゅうさんやとう』。

 その片側の『二日月(ふつかづき)』の刃が、紅閃鬼(こうせんき)の防御の鉄扇てっせん二枚のうちの一枚を捉えた。

 刃に絡まった鉄扇てっせんが、空高くへと弾き飛ばされる。



《⋯⋯ふふふふ! 紅閃鬼こうせんきよ、その首、頂いた! ⋯⋯鬼剣変形きけんへんけいつい、⋯⋯『満月まんげつの型』!》



 紅閃鬼こうせんきの手の中に残る鉄扇てっせんは、僅かに一枚。

 戦いの決着を付けるために、蒼刃鬼そうじんきが更に動いた。

 長いさやを指先で弾き、『十三夜刀じゅうさんやとう』の結合を解く。

 『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』の二刀を再び左右に手にした蒼刃鬼(そうじんき)は、今度は刃のり同士で宙にまるを描くように、二刀を向かい合わせた。


 元々幽鬼ゆうきのような長い髪が一気に逆立ち、見開いた銀の瞳が妖しく煌めく。

 蒼刃鬼(そうじんき)は二刀へと邪念を込めた。



《⋯⋯闇に浮かび上がる新月(しんげつ)新月(しんげつ)から生まれ出ずるは二日月(ふつかづき)三日月(みかづき)(あお)鬼剣(きけん)は今宵、三日月(みかづき)から弦月(げんげつ)弦月(げんげつ)から十三夜(じゅうさんや)へ。そして十三夜(じゅうさんや)を経て十五夜じゅうごや、満ちる月へ。秘めしまことえんを描くとき此処ここに来たり⋯⋯》



 念が込められた直後、蒼刃鬼(そうじんき)が手にしていた『三日月みかづき』と『二日月ふつかづき』は三度目の変化を遂げる。

 向かい合う二つの刃は切っ先もさやも結合し、中心部が空洞となった輪のような”円刃えんじん“へと変形を遂げていた。

 それはまさに狙った獲物の首にはめ込み、引き斬り裂くための首狩用の最終形態。

 『満月刀まんげつとう』の名の通り、空に浮かぶ丸い月が地上に降臨したような、戦慄の満月の刃だった。

 


《俺の刀は“欠けた月”ではない! そして俺の鬼剣きけんが最も得意とするのも遠距離攻撃ではない! それを見誤り、接近戦を許した油断が、貴様の敗因と知れ!》



 狙いの紅閃鬼(こうせんき)の首は、すぐ目の前にあった。

 しかも先程の『弦月刀げんげつとう』『十三夜刀じゅうさんやとう』の追撃で、紅閃鬼こうせんきは得意の体勢を崩している。

 蒼刃鬼(そうじんき)の首狩の血が騒ぐ。

 紅閃鬼(こうせんき)の首に輪刃わじんの円を掛けて引き裂こうと、蒼刃鬼そうじんきはこの『満月刀まんげつとう』を真上から振り下ろした。



 勝負は決した。



 紅閃鬼こうせんきの首が飛ぶ。

 



 ⋯⋯蒼刃鬼そうじんきがそう思った瞬間だった。




 紅閃鬼こうせんきの首後ろを守るように覆っていた、特徴的な長襟ながえり

 その長襟ながえりが、蒼刃鬼(そうじんき)の二刃と同じく、突然に”変化“した。

 長襟ながえりは織り込まれる前の無数の紐や糸のように解け、そしてその紐糸一本一本が、まるでそれぞれに意思を持っているように、宙を不気味に揺らめきうごめいた。



《⋯⋯何ぃ!?》 


 勝利を確信していた蒼刃鬼(そうじんき)から、初めて狼狽(ろうばい)の声が漏れる。



 このほどけた長襟ながえり、数十本の奇怪な“紐糸のようなもの”は、『満月刀まんげつとう』を振り下ろす最中の蒼刃鬼(そうじんき)、その全身に襲いかかっていった。

 振り上げた右腕。

 咄嗟とっさの防御に動く左腕。

 鎖帷子くさりかたびらまとった胸や腹部。

 突然の反撃を前にして、動きを止めざるを得ない脚。

 そして蒼刃鬼(そうじんき)の乱れた長い髪ごと、その首にも複雑に絡みついていく。


 瞬く間に蒼刃鬼(そうじんき)の振り上げた腕も身体も何もかも全てが今、この紐糸のような無数の細い“何か”に動きを封じられていた。



《⋯⋯ぐぅっ、⋯⋯こ、これは⋯⋯!?》


《⋯⋯ふふふ、鉄扇てっせんは私の手の内に在るだけにあらず。私の身体こそが鉄扇てっせんそのもの、言わば扇の“かなめ”》 


《⋯⋯っ、“かなめ”!?》


《⋯⋯そして扇には、その”かなめ“から伸びる、”(ふさ)“と呼ばれる装飾が施されていることを御存知か? これはわたしの身体から伸びる”ふさ“。⋯⋯これぞ鬼扇乱舞きせんらんぶ、⋯⋯ばく


《⋯⋯何ぃ!? “かなめ”に“ふさ”、⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶばくだと!?》


《⋯⋯藻掻もがいても無駄です。貴方は近づきすぎました。そして肝心要かんじんかなめな話がもう一つ。かなめから伸び、扇を形作る骨⋯⋯無数の中骨なかぼねと一本の親骨おやぼね。この鉄扇てっせんにおいても、鉄串てつぐし中骨なかぼねの技ならば、親骨おやぼねの技もあるわけです》


《⋯⋯ぐっ、な⋯⋯、親骨おやぼねの技!?》


《⋯⋯それに。今宵は十六夜いざよい。⋯⋯満月は昨日で”終わって“いますよ》



 紅閃鬼こうせんきは右手に広げる鉄扇てっせんを、至近距離の蒼刃鬼(そうじんき)の顔面へとゆっくりと掲げていく。

 すると鉄扇てっせんを構成する骨の部分、その全てから弾丸のように無数の鉄串てつぐしが飛び出した。


 それは鎌足(かまたり)に飛ばした時よりも、遥かに至近距離での鉄串てつぐしの急襲。

 しかし身体の自由をほぼ奪われている蒼刃鬼(そうじんき)も、やはり蒼鬼(あおおに)修羅(しゅら)、只者ではなかった。


 数本の鉄串てつぐしは肩や腕に突き刺さったものの、僅かに動く指先で『満月刀まんげつとう』を巧みに回転させ、そのほとんどを弾ききっていた。


《⋯⋯これが親骨おやぼねの技とは、笑わせるな!》


 襲いかかる鉄串てつぐし、その最後の一本を弾き飛ばした蒼刃鬼そうじんきが吠える。

 そんな蒼刃鬼そうじんきに向けて、紅閃鬼こうせんきは不敵な笑みで応えた。



《⋯⋯今放ったのが中骨なかぼね鉄串てつぐし、そしてこれが⋯⋯》



 その呟きの直後、紅閃鬼こうせんきは右手の鉄扇てっせん蒼刃鬼そうじんきに向かって投げつけた。

 そして一時的に鉄扇の面で、蒼刃鬼そうじんきの視界を防ぐ。

 

 その視界の封鎖と同時だった。


 全ての鉄扇てっせんが消えた紅閃鬼こうせんき、その両手の十本の指の爪が、宙に飛び出すように一気に“伸びた”。


 蒼刃鬼そうじんきに向かって放物線を描きながら襲いかかかる、鋭い狂気の鉄の爪。

 春の夜の庭園にきらめくその魔性の爪はまるで、枝垂しだれ桜のようにも見えた。



 それは蒼刃鬼そうじんきにとっては、想像だにしていなかった場所からの急襲だった。



《⋯⋯!? ⋯⋯な、何ッ!?》



 眼前とも言える極至近距離、しかも長襟ながえりの紐によって身体の自由は奪われたまま。

 更に投じられた鉄扇てっせんに気を取られ、初動も遅れていた。


 蒼刃鬼そうじんきは限られた動きの中で、『満月刀まんげつとう』を僅かにひるがえし、左腕を犠牲にして防御しようとする。

 しかし変則的な放物線状を描く、至近距離でのこの十爪の急襲に、首狩重視の空洞の刃は圧倒的に不利だった。


 急襲に備えていなかった⋯⋯。

 その意味では、蒼刃鬼そうじんきの方が勝ちに焦り、油断していたと言えるかもしれない。


 先に投じられた鉄扇てっせんが、『満月刀まんげつとう』に真っ二つにされて散っていく。

 それが蒼刃鬼そうじんきのせめてもの抵抗、最期の反撃だった。


 次の瞬間には、伸ばした十の鋭い鉄爪、その内の七つの鉄爪が、蒼刃鬼そうじんきの命綱の『満月刀まんげつとう』の防御を抜けきり、蒼刃鬼そうじんきの顔面や身体中を貫いていた。

 一時は『満月刀まんげつとう』に弾かれた三つの鉄爪も、続けざまに蒼刃鬼そうじんきの胸や首や額へと突き刺さっていく。



《⋯⋯がぁッ、⋯⋯が、⋯⋯ぐ、ぐがっががああッ!?》


《⋯⋯私の『鉄鬼扇てっきせん』は、何もあおいだり飛ばしたりするだけに非ず⋯⋯、妖力を高めれば、己が鬼扇きせんの化身となり、接近戦用にこういう戦い方もできる。⋯⋯鬼扇乱舞きせんらんぶ真髄しんずい、貴方こそ見誤りましたね、蒼刃鬼そうじんき


《⋯⋯ッぐ、⋯⋯が、⋯⋯油断したのは⋯⋯俺の方だったか、⋯⋯この俺が紅鬼あかおにに、紅鬼あかおになんぞに⋯⋯、不覚を取るとは⋯⋯、ぐぁあぁぁあぁああああああ!》


鬼扇乱舞きせんらんぶ⋯⋯、枝垂桜しだれざくら。その首、私が頂戴します》



 悔しさと苦悶くもんの表情を浮かべる蒼刃鬼そうじんき

 反対に勝ち誇り、笑みを浮かべる紅閃鬼こうせんき



 紅閃鬼こうせんきは鉄の枝垂桜しだれざくらと化した両手、その左手の五爪を蒼刃鬼そうじんきから引き抜くと、伸びた鉄爪に合図をするように左の掌をしならせた。

 その合図に、左手の指先はするすると短くなっていき、鋭さを残したまま、短剣のような三寸(※9cm)ほどの長さの五爪ごそうとなっていた。

 そして右手の鉄爪で蒼刃鬼そうじんきを刺したまま、鋭い鉄爪の短剣と化した左手を、目線と同じ高さにゆっくりと水平にしていく。

 そして紅閃鬼こうせんき恍惚こうこつの笑みと共に、この左五爪の刃で蒼刃鬼そうじんきの首を左から右へと斬り裂いた。



 ⋯⋯蒼刃鬼そうじんきの首が、宙を舞う。



 爪や紐糸が外れ、支えと首を無くした身体が、ゆっくりと地に沈んでいく。

 鬼剣きけん満月刀まんげつとう』も元の二刀『三日月(みかづき)』『二日月(ふつかづき)』に分離しながら、蒼刃鬼(そうじんき)のだらんと下がる掌から力無く滑り落ちた。


 人間と変わらない容姿のこの『修羅しゅら蒼刃鬼そうじんきも、先に消滅した蒼炎鬼そうえんき紅影鬼こうえいき同様に、葬魂そうこんの術で人間の容姿と魂を奪い取っていた。

 その名残りなのだろう。

 転がる首と横たわる身体はどちらも、肉は腐り落ち、かつて蒼刃鬼そうじんきに取り込まれ人間の骨をあらわにしながら、蒼い霧に包まれていく。

 数百年以上には及ぶ長い刻の流れを僅かな時間でさかのぼり、その骨もすぐに灰へと変わり、灰もまたすぐにへと変わる。

 蒼刃鬼そうじんきの身体は、二十を数える内には濃いあおい霧と化して、庭園の夜の闇の中に消えていった。


 そんな蒼刃鬼そうじんきの散り様を見て、紅閃鬼こうせんきが伸びた爪先で額を軽く抑え、あかの目を閉じて首を左右に振りながら、やれやれとばかりに呟いた。



《⋯⋯ふぅ、やはり何度見ても、私たち『修羅しゅら』の鬼が”人にかえる“姿は、あまり良い心地がしませんねぇ。⋯⋯明日は我が身、か。⋯⋯うふふ、強者きょうじゃ心得こころえとして、肝に銘じておきましょう》



 その口元が、妖しく禍々しく緩む。


 あれだけ猛威を奮った奇剣きけん三日月みかづき』も『二日月ふつかづき』もまた、身体と同様だった。

 既に地には跡形も無く、この世界から完全に消滅していた。

 

 それは蒼鬼てきの修羅をたおした実感か、それとも無惨な消滅を免れた喜びか。

 自身を苦しめた二刀の消滅を前にして、紅閃鬼こうせんきの中で”何か“が弾けかけていた。



《⋯⋯ふふふ、⋯⋯うふふふ、⋯⋯にっく蒼鬼あおおに修羅しゅら一鬼いちき、この紅閃鬼こうせんきが仕留めたり! ⋯⋯ふふふ、⋯⋯ふはは、⋯⋯ふはははははははははははははははは!》



 空に浮かぶあおの渦⋯⋯、蒼鬼あおおに羅生門らしょうもん邪道じゃどう

 中でも一回り大きなあおの渦が三つ。

 その内の一つが、激しく揺れながら、ゆっくりと地上に向かって堕ちていく。

 そして地上へと届く前、花火のように空中で粉々に砕け散った。



 その蒼渦あおうずの粉砕を見届けた紅閃鬼こうせんきは、改めて恍惚に満ちた邪悪な笑顔をにたりと浮かべ、首元から乱れ舞う紐糸を長襟ながえりの形へと再び戻しながら、後方へふわりと飛び上がった。

 そして広大な庭園の中央、一際ひときわ高い石造りの三重塔さんじゅうとうの上に着地すると、右の手の指先から枝垂状しだれじょうに伸びている鉄の爪を、更に長く長く禍々しく伸ばしていった。


 右の手だけではない。

 先程一度縮めた左の手からも、再び枝垂状しだれじょうの鉄爪が、右手の鉄爪と同じ程の長さにまで伸びていく。



 修羅しゅら同士の戦いが終わっても尚、紅閃鬼こうせんきの興奮は収まることがなく、『修羅しゅら』としての戦意は猛り続けていた。

 伸ばした爪は、そのほとばしる殺意の表れだった。

 そしてそれは、まるで見境みさかいを無くした凶暴な野獣のようだった。



 紅閃鬼こうせんきが周囲を見渡しながら、目をあかく血走らせ、銀色の瞳をぎらぎらときらめかせる。


 狂気の鉄爪が、運悪く視界に入った次の獲物を捉える。

 蒼鬼あおおに一鬼と戦う警備兵三人。



 ⋯⋯次の瞬間には、この伸びた荒ぶる鉄爪は、不幸な四つの獲物の頭や胸を貫いていた。



《⋯⋯まだだ、まだ。まだまだ血も肉も、どちらも足らぬわ、⋯⋯まだ、もっと、⋯⋯もっとだ》



 だが高揚の絶頂にある紅閃鬼こうせんきは、それでも満足できない。

 その銀の瞳は、早くもまた次の獲物を探していた。

 両手から伸びる十の鉄爪は、それ自体がまるで意思を持った生き物のように、蒼鬼あおおにや三人の警備兵を貫いたまま持ち上げ、空中をゆらゆらとうごめき続けていた。



《⋯⋯うふふ、⋯⋯うふふふふ、⋯⋯ふはははははは》



 薄紅うすあかい瞳は、更に深く、あかく。



 三重塔さんじゅうとうの上で、血眼ちまなこでひたすら高笑いを続ける紅閃鬼こうせんき




 それはまさに地獄“絵図”ではなく、地獄そのもの。



 恐怖と狂気の様相をこの地上に呈していた━━━━。










 ━━━━人も鬼も大分と数が少なくなった乱戦の中。


 この修羅(しゅら)同士の死闘と時を同じくして、綾麿あやまろ鎌足かまたりから蒼鋼鬼そうこうきの相手を引き受けた兼季かねすえは今、絶体絶命の窮地きゅうちに陥っていた。


 仁王の化身にも見える程の、蒼鋼鬼そうこうきのあまりもの巨体と威圧感。

 その迫力に圧されてじりじりと後退し、周りの弓隊も含めて全員が、土壁どべいきわにまで追い詰められていた。



《⋯⋯俺様は誰よりも大きく、そして誰よりも強い、不死身のはがねの身体を持つ者。脆弱ぜいじゃくで下等な人間どもよ、貴様らが何匹束になって来ようが、びくともせんわ、⋯⋯ぐわっはっはっは》



 兼季かねすえや警備兵たちを、蒼鋼鬼そうこうきが嘲笑いながら挑発する。



「⋯⋯ッ、怯むな! 囲め! あの巨躯きょくゆえに刀では急所には絶対に届かぬ! 先程よりもっと多く、休むことなく弓を射るのだ!」


 

 兼季かねすえは周りにいた五人の警備兵と共に、再び蒼鋼鬼そうこうきを取り囲んだ。


《ぐふふ、またか。懲りない奴等やつらだ、弓などこそばゆいだけだ》


「⋯⋯くっ」


 蒼鋼鬼そうこうきの威嚇に、兼季かねすえたちが怯んだ。



 ⋯⋯その時だった。



 黒光りする斧を手にした紅鬼あかおに一鬼が、蒼鋼鬼そうこうきを包囲する兼季かねすえたちの背後から突如として現れた。


 それは完全な不意打ちだった。

 一人の警備兵を斧で殴り付けて吹き飛ばし、蒼鋼鬼そうこうきを目掛けて突進していく。

 そして斧を思い切り振りかぶって、蒼鋼鬼そうこうきの腹に打ちつけた。


 蒼鋼鬼そうこうきの油断を狙った紅鬼あかおにだったが、人間よりも大きな紅鬼あかおに羅刹らせつとは言え、流石に蒼鋼鬼そうこうきと比較しては、互いの体格差はゆうに倍以上はある。


《⋯⋯ふん、どさくさに紛れおって。愚かな紅鬼あかおにが!》


 殺戮のひとときを邪魔された⋯⋯、そんな怒りを顔に滲ませた蒼鋼鬼そうこうきが、金砕棒かなさいぼうを豪快に振りかぶり、そして思い切り振り下ろす。


 ⋯⋯次の瞬間には、早々に決着は付いていた。

 この強大なあお修羅しゅらに挑んだ無謀な紅鬼あかおには、その足元でいとも簡単に金砕棒かなさいぼうに脳天を叩き割られていた。


 あかの霧が、蒼鋼鬼そうこうきの周りに死散しさんする。

 しかしその紅鬼あかおにの予想外の動きが今、兼季かねすえたちの反撃の好機に繋がっていた。



「⋯⋯ッ! 隙だらけだ! 千載一遇せんざいいちぐうの機会ぞ! ⋯⋯今だ! かかれ!」



 蒼鋼鬼そうこうきの意識は今、眼前の紅鬼あかおにへと向いている。

 しかも今の斧の一撃によって、腹部は間違いなく深手を負ったはず。

 兼季かねすえの気迫の号令の下、蒼鋼鬼そうこうきの心臓を狙って、四人の射手が極至近距離ごくしきんきょりから弓を放った。


「⋯⋯射て! 射て! 射て! ⋯⋯射ちまくれ!」


 蒼鋼鬼そうこうきの額、首、胸、腹。

 人間であれば間違いなく急所となり得る箇所に、次々と矢が刺さっていく。

 この降り止まない矢の雨によって、瞬く間に蒼鋼鬼そうこうきの上半身は剣山けんざんのようになっていた。



「⋯⋯よしっ! やったか!!」


 兼季かねすえと四人の警備兵たちに、思わず歓喜の表情が浮かぶ。



 だがその喜びの綻びも、一瞬で消し飛んだ。



《⋯⋯ぐははははは、⋯⋯何を喜んでいる? 言っただろう。こそばゆい、⋯⋯と》



 蒼鋼鬼そうこうきが上半身に力を込める。

 すると皮膚が盛り上がり、全身に刺さっていた全ての矢が一気に夜の空へと吹き飛んだ。

 そして矢じりでえぐった傷の全てが、みるみるうちに塞がっていく。

 矢傷だけではない。

 より傷口が深い、先程の紅鬼あかおにの斧の裂傷創傷れっしょうそうしょうでさえも、まるで時を巻き戻すかのように瞬く間に塞がっていった。



「⋯⋯そ、そんな馬鹿な⋯⋯」


 そんな蒼鋼鬼(そうこうき)の驚異の回復力を、兼季かねすえと警備兵四人はただ唖然あぜんとして見つめるしかなかった。



 もはや打つ手は無い。


 そんな絶望的な溜め息が五つ、虚しく響いた。



《⋯⋯ぐふふ。この俺様の皮膚の下に埋め込んであるのはな、地獄の武器をもってすら容易には破壊できぬ、不壊ふえ不死ふしの『閻魔鋼えんまこう』。斬ろうが刺そうがえぐろうが、瞬く間に元へと戻る、傷知らずの(はがね)の肉体なのだ。俺の心の臓を破壊することは、紅鬼(あかおに)どもは言わずもがな、人間や日本ひのもとにはまずもって不可能! かつて蒼鬼軍われらの侵攻を止めた、今は無き『天叢雲剣あまのむらくも』なら、話は別だがなぁ! ⋯⋯ぐはははははは⋯⋯!》


 

 狂気と暴力に彩られた高笑いの後、蒼鋼鬼そうこうきは圧倒的な体格差に任せて、金砕棒かなさいぼうを左から一度、そして右から一度振り払った。

 


 凄まじい風圧が兼季かねすえと警備兵たちに襲いかかる。



「⋯⋯⋯⋯ッ!?」



 突風が横殴りに突き抜けた後、目を閉じて咄嗟とっさに身を屈めていた兼季かねすえが、警戒しながらゆっくりと目を開けていく。



 ⋯⋯其処そこには、兼季かねすえの姿しか無かった。



 鞍馬くらま一刀流の剣や体捌たいさばきの心得があった兼季かねすえだけは、何とか金砕棒かなさいぼうの直撃をかわすことができていたものの、一緒に居たはずの四人の警備兵たちは皆、金砕棒かなさいぼうの直撃を受けていた。

 ある者は御所の屋根まで。

 またある者は、塀垣を飛び越え御所の外まで。

 誰も彼もが、遥か彼方まで殴り飛ばされていた。


 それはあまりにも強力な一振りだった。

 もはや身体の行方を目で追わずとも、飛ばされた四人共々が全身の骨が砕かれているのは間違いなかった。



「⋯⋯お、おのれ⋯⋯、あおの化け物め」



 兼季かねすえがじりじりと後退あとずさりする。

 しかし元々が追い詰められた、土塀のきわ

 逃げ場などはもはや何処どこにも無かった。



《ぐははははは! ⋯⋯御前も捻り潰してやる》



 兼季かねすえにとどめの一撃を放とうと、蒼鋼鬼そうこうき金砕棒かなさいぼうを再び振り上げた。



「⋯⋯くっ、かくなる上はもはや⋯⋯、これしか⋯⋯」



 “何か”を覚悟したように、兼季かねすえが刀を握り直す。


 刃先が月明かりにきらめいた。

 そしてその刃を自身の首元に近づけた。





 ⋯⋯その時だった。





「⋯⋯自刃じじんは早いですよ、大将様」





 ⋯⋯兼季かねすえの背後から、若い男の声が響いた。





 兼季かねすえが驚いて振り向いた先。


 篝火かがりびの灯りが届かない漆黒の闇の中から、ゆっくりと兼季かねすえの方に歩み寄ってくる人影があった。




「⋯⋯夜の闇に紛れてこっそりと。東番の女忍かまたりどのはげまそうと思い、塀を飛び越え、ふらりと立ち寄ってみたら、この一大事。⋯⋯これは又とない出世ちゅうぎの機会。⋯⋯私の警備の番の日ではないですが、みかどのため、非力ですが、お力添え致しますよ? 大将様⋯⋯」




 篝火かがりびに近づくにつれて、その声の主が徐々にそのほむらともしびに照らされていく、



 恍惚こうこつの口元。



 小さな身体。



 夜の黒の中では一際ひときわ映える、紙垂しでの付いたさやの白。





 ⋯⋯その声の主は、白鞘しろさやを手にした、少年公家。

 




 くち少将しょうしょう麒麟きりんだった━━━━。

 


 

↓創って頂いたオリジナルEDです(*>_<*)ノ↓

https://suno.com/s/UDlzMnlrwuPI3Apg

第55話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ。

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

いよいよGW突入ですね♪、いつもより少しだけ間隔を頂いて、次回第56話「天舞てんま」は5月上旬投稿予定です。投稿日はXや「活動報告」にて改めて通知させて頂きますが、遅くとも5月7日までには必ず投稿します♪

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― 新着の感想 ―
 くっ…………笑ってない……いや笑いました。はい。久々に生意気坊主さんが来たと思ったらもうね……何一つ真っ当になりませんねこの子は、はい、ええ、うん……。  紅閃鬼と蒼刃鬼の苛烈な戦い、というか結構…
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