第54話 共闘
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸徳川政権を激しく憎み、鎌足を快く思っていない。鬼との戦いの中で鎌足と一時的に手を組む。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都に援軍として派遣されるが、裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。鬼との戦いの中で、宿敵だった綾麿と一時的に手を組む。
近衛兼季━━━━
従二位大将。武官最高位の大将として、清涼殿だけを警備する御帝親衛隊を指揮する。鞍馬一刀流の使い手で、性格はおおらかで実直。鎌足にも親しみを見せる。
蒼妖鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。『刀葉林』と呼ばれる刃の木の上で亡者を誘う、色香に溢れた絶世の美女鬼。薙刀型の妖凛刀を操る。紅斬鬼とは犬猿の仲。
蒼鋼鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。人間の身体の数倍はある巨体で、凄まじい怪力と絶大な威圧感を誇る。まさに”鬼に金棒“、手にした金砕棒で破壊の限りを尽くす。
蒼刃鬼━━━━
京都御所を襲撃する蒼鬼の修羅。ぼろぼろの衣と長髪の幽鬼。三日月型に湾曲した二本の刀を背負っている。鍔から上の刃だけを飛ばし、狙った獲物の首を狩る。
紅斬鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。派手な戦闘用の衣に身を包んだ女鬼。短気で勝ち気な性格。伸縮も変化も自由自在の長刃の野太刀、『鬼紅葉』を背負っている。
紅鋏鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。襲撃の紅鬼たちの中では一番の巨躯を誇る。性格は横暴を極め、手にした巨大なやっとこ型の鋏で、人間たちの舌を狙い暴れ回る。
紅閃鬼━━━━
京都御所を襲撃する紅鬼の修羅。長い髪に長襟の羽織を纏い、落ち着いた風貌だが性格は残虐。鉄扇の刃と扇ぎ放つ鋭い鉄串の雨で、人間たちを容赦なく貫き裂く。
━━━━(一鬼でも多くの鬼を自分たちに引き付け、一気に殲滅し、そして警備兵たちの突破口を斬り開く)
つい先刻まで激しく刃を交えていた、綾麿と鎌足。
蒼鬼と紅鬼の急襲に端を発するまさかの共闘、たった一度の背中合わせの目配せ。
それでも二人は、戦術的な思考と決意をその一瞬の内で重ね合った。
⋯⋯乱戦の中からまずは御所家屋前へと駆け抜ける。
そして帝の居る清涼殿への蒼鬼紅鬼の侵入を防ぐ、二つの”盾“となる⋯⋯。
それはこの日本京都本拠の最大の危機において、死中に活を見出すような阿吽の呼吸。
心の内では啀み合っていても、戦いの中に身を投じる二人の動きは、今まさに”一つ“になっていた。
二人に最も近い場所で斬りあっている、蒼鬼と紅鬼。
その二鬼に瞬時に狙いを定めた綾麿が、まず先陣を切った。
流れるような動きで踏み出す、反撃の第一歩。
綾麿の眼は、まるで村雨二刀のように、熱く滾る闘志と冷酷な鋭さに満ちていた。
たった一歩で、二鬼との間合いが半分は詰まる。
このまるで空を翔けるような綾麿の疾走りの速さに、鎌足は思わず目を見開いた。
(⋯⋯は、速い! これはまるで鞘の彫りと同じ⋯⋯)
⋯⋯鳳凰が地上から空へと舞い上がるような、圧倒的な超神速の跳び込み。
綾麿は狙いを定めた蒼鬼と紅鬼の懐に飛び込むと、村雨二刀それぞれの刃で二鬼の身体を突き刺した。
《⋯⋯グオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!》
真刃が胸元に刺さったまま、炎に焼かれたような熱さを味わい、悲痛な叫びを上げる蒼鬼。
鞘刃が喉元に刺さったまま、氷で裂かれたような凍えに襲われ、痛みで苦しみ悶える紅鬼。
「⋯⋯内裏を乱した咎は受けてもらうぞ、⋯⋯御前たち二鬼は、他の蒼紅鬼どもを誘い出す“贄”だ」
綾麿はわざと二鬼の急所を外していた。
(⋯⋯憎い敵の鬼の軍を前にした、蒼鬼紅鬼の戦意と団結力は固い。そこを逆手に取る。この絶叫を聞きつけ、乱戦の中で暴れている仲間の蒼鬼紅鬼どもは、この場に必ず集まってくる。⋯⋯そこを一網打尽にする)
綾麿の目論見は今、見事にはまった。
紅鬼四鬼、蒼鬼三鬼。
計七鬼もの蒼鬼や紅鬼たちが、仲間の救出や援護のために動いた。
鬼同士の戦いや警備兵への殺戮をそっちのけにして、狂気の武器の矛先を変える。
刃や槍や斧を激しく振り回しながら、仲間を虐げる綾麿の方へと向かってきたのだ。
ほんの僅かに振り向いた綾麿が、背後に合図を送るように呟いた。
「⋯⋯出番だぞ、鬼切丸」
綾麿は一言呟くや否や、真刃と鞘刃を握る両腕に力を込めた。
そしてもはや用無しと言わんばかりに、目の前で苦悶の表情を浮かべている贄、蒼鬼と紅鬼の身体を村雨二刀で容赦なく貫いた。
次の瞬間だった。
蒼と紅の霧に彩られた断末魔の共鳴の中、綾麿の村雨に続く第二撃が、蒼鬼紅鬼の羅刹たちに牙を剥く。
迫ってくる七鬼たちにとって死角となる綾麿の背後から、鬼切丸を構えた鎌足が宙へと飛び出した。
「⋯⋯ッ、いくよ、鬼切丸!」
くるりと前方一回転した鎌足は、近づいてきていた先頭の蒼鬼一鬼の頭上に、そのまま身を躍らせた。
そして眼下を駆ける蒼鬼の脳天を目掛けて、手にした鬼切丸を振り下ろした。
それは速さと鋭さを兼ね備えた、必殺の連撃。
鬼切丸の刃の軌道は、上から下、更に右上へ。
空からの一撃を撃ち込んだ後も、続けざま胸元にも逆袈裟斬りの第二撃を浴びせた。
脳天を割られ胸を裂かれた蒼鬼の絶叫と共に、蒼い霧が死散する。
鎌足は返す刀で、鬼切丸の刃を逆手で水平に構え、地を蹴り疾走た。
そして間近に迫っていた一鬼の紅鬼と、凄まじい勢いですれ違っていく。
鎌足の鬼切丸と、紅鬼の刃の突き。
夜の闇に閃光が走る。
すれ違った瞬間、鎌足と交差したこの紅鬼の喉にも、刃の煌めきと同じように一筋の紅い線が走った。
この紅鬼の喉は、鬼切丸の鋭い刃先によって、横一文字に掻っ切られていた。
血飛沫と共に舞う、紅い霧。
紅鬼の消滅を意味するその紅の霧は、まるで早くも日の出を迎えたように、日没したばかりの夜の闇を再び暁の色に染めていく。
地を駆けた鎌足の背後で、綾麿も再び鳳凰の羽ばたきの如く、空を舞っていた。
その眼光は刃のように鋭い。
村雨真刃を、天を刺すように高く振り上げる。
そして斧を振り回しながら迫ってくる紅鬼に目掛け、思い切り振り下ろした。
真刃に沿って、蒼い焔が波打つ。
綾麿の神速の真っ向唐竹割りによって、この斧を手にした紅鬼の身体は炎に包まれながら、文字通り脳天から”真っ二つ“に切り裂かれていた。
左右に死散する紅の霧、そしてまだ尾を引く村雨の残炎の中、上空から一鬼の蒼鬼が綾麿に飛びかかった。
その蒼い鬼影を捉えたのは、鎌足の目、そして鎌足と心を一つにした長年の相棒の鎖。
「⋯⋯綾麿! 上だ! ⋯⋯任せて! その焔の残り火、使わせてもらうよ!」
鬼切丸を握る右手を素早く腰にまわし、鬼切丸を鎖分銅の先端に絡める。
そして綾麿と蒼鬼の間の空、まだ燻るようにしてゆらゆらと漂う村雨の焔に向けて、鎌足はこの鬼切丸を付けた鎖を投げ放った。
「伊賀流鎖鎌、壱及! 三十壱ノ鎖刃、紛い天渡り!」
村雨の焔の残り火の中を、鎌足の投じた鎖は鋭く速く、まっすぐに突き抜けていく。
するとその直後、鎖の先端に絡む鬼切丸の刃先に異変が起きた。
飛翔する鬼切丸の刃は、燃え上がったように蒼く煌めき、熱く炎が滾っていた。
しかもそれだけではない。
刃の通った軌道にも、蒼い炎が揺らめく。
まさに綾麿の村雨真刃と同じような、蒼の波動が迸りながら尾を引いていたのである。
鎌足は巧みに腕を切り返した。
その動きに、掌と繋がる鎖が呼応する。
この村雨の残炎を纏う鬼切丸と鎖は、空中で急にその向きを変え、蒼鬼の胸を目掛けて一直線に飛んでいった。
「⋯⋯からの! ⋯⋯三十ノ鎖刃、焔祭り!!」
鬼切丸を包んでいる炎は今、当初の微かな残り火からその纏う色や勢いを変えていた。
蒼鬼の死角となる子の角。
その見えない角度から、猛炎に包まれた鬼切丸の刃が蒼鬼に襲いかかる。
この炎の一撃と刃の鋭さによって、的となった蒼鬼は敢え無く胸を焼き貫かれていた。
胸の傷口からは急速に炎が拡がっていく。
その業火に包まれ、身体を焼かれ苦しみながら、蒼鬼は断末魔の叫びと共にこの世から消滅していった。
「⋯⋯よしっ、上手くいったぞ!」
目的を遂げた鬼切丸の刃からは、蒼い炎は既に消えていた。
鎖と鬼切丸を手元へと引き戻した鎌足は、傍の綾麿を横目で一瞥する。
「⋯⋯にひひ、どう?」
外した鬼切丸を翳しながら、鎌足は無邪気な笑顔を見せた。
それは綾麿の見せた技に、何処か張り合っているようにも見えた。
「⋯⋯⋯⋯」
(⋯⋯不知火の焔をいとも容易く操るか⋯⋯、やはりこの女子はこの先、生かしておいては災いの元となる)
不知火の焔を操ったこの鎌足の技に対して、綾麿が真っ先に抱いたのは警戒心だった。
しかしそんな内心とは裏腹に、綾麿は得意気な鎌足を冷静に見つめ返し、そして不敵に笑みを浮かべた。
「⋯⋯ふん、面白い技を見せてもらった礼だ。麿も一つだけ、手の内を見せて進ぜよう」
そして淡々とした言葉と共に、やや前屈みとなって腰を沈めていった。
(⋯⋯今日だけは、鬼がそなたの“代わり”だ)
綾麿の前方左右から接近する、蒼鬼一鬼と紅鬼一鬼。
その姿を瞳に映した綾麿は、手にした真刀を鞘口に充てがい、蒼い焔を激しく迸らせながら、鞘刃の中に真刃を納めていく。
受ける側、鞘刃もまた白く激しく波打った。
無限の灼熱を受け止める、無限の冷気。
この二つの刃は、まるで熱気と冷気が火花を散らしながら一つになっていくかのように、綾麿の左腰の位置で納刀されていった。
綾麿はこの時、俗に“居合斬り”とも呼ばれる抜刀術の体勢を取っていた。
納刀された村雨を引くと同時に、真刃を凄まじい早さで抜き払う。
その刃の斬り口は凄まじい速さだった。
そして鋭さも兼ね備えていた。
炎と氷が入り混じった、強烈な一閃が走る。
それはつい今しがた紅鬼と交差しながら繰り出した鎌足の一閃や、空を舞った鎖と鬼切丸の強烈な一閃を遥かに上回る、まさに“目にも止まらない”光の瞬きだった。
綾麿に迫っていた蒼鬼と紅鬼の身体は、一瞬にして離断されていた。
二つの上半身が空を飛ぶ。
上半身を無くしながらも走る二つの下半身は、綾麿の左と右をすれ違いながら駆け抜けた後、徐々に足の動きを緩めて、前のめりで地に倒れ込んだ。
綾麿の前後で、地の玉砂利が飛び散る。
綾麿は血を払うため、素早く真刃の刃先を数回転させた。
そして鎌足がこの太刀筋を目で追い終えた頃には、何と既に納刀までをも済ませていた。
(⋯⋯す、凄い。凄すぎる。なんて美しく恐ろしい剣閃なんだ。⋯⋯これは世で抜刀の達人と呼ばれる剣客すらも、遥かに凌駕している。もし私がこれを受けていたら、この鬼たちみたいに今頃は真っ二つにされていたかもしれない⋯⋯、それにしても⋯⋯)
綾麿のあまりにも凄まじい太刀筋。
鎌足は、その剣技に思わず見惚れてしまうと共に、尋常ではない畏怖の念もまた覚えていた。
(⋯⋯やはり、この男、⋯⋯綾麿は、江戸にとって大きな脅威となる。⋯⋯いくら帝を守っている『六歌戦』と言えども、時が来たら⋯⋯、その命、奪わないといけない⋯⋯、そう、時が来たら⋯⋯)
蒼と紅の二つの死の霧が混じり合いながら、紫へと色を変えて空へと立ち昇っていく。
空の上に浮かぶ、数多くの蒼と紅の羅生門邪道。
その渦の群れの中、八つの蒼紅の渦が小刻みに揺れ始めた。
そしてまるで日輪や蒼月が沈んでいくように、地に堕ちながら消えていった。
そんな異空を、相変わらず綾麿は仰ぎもしない。
綾麿は村雨の鞘を握りしめながら、何も動じずに凛と佇んだままだった。
そんな綾麿と村雨を、紅い死の霧が包みこむ。
綾麿は、自分を見つめる鎌足に向けて、薄ら笑みを浮かべた。
そんな謎の笑みを、蒼い霧が妖しく美しく彩っていた。
背中に薄ら寒さを感じた鎌足が、顔を顰める。
⋯⋯覚えておけ、いつかは御前がこうなる。
綾麿の眼は、そう言っているようにも見えた。
笑みの真実は分からない。
しかし今は、その笑みの意味を勘繰ったりしている暇は無い。
目を合わせた綾麿と鎌足。
(だが今は⋯⋯、まだ)
(⋯⋯その時じゃない)
二人が同時に振り向く。
そして最後に背後から迫ってくる紅鬼一鬼に、綾麿と鎌足は同時に刃を振りかざした。
妖刀村雨から再び抜き放たれた真刃、そして逆手の鞘刃の斬り上げによる、熱く冷たい、豪快な閃光。
七十年前に幾つもの紅鬼の命を絶ってきた、鬼切丸の半刃の、鋭く速い閃光。
三つの刃が、一つに重なり合う。
この最後の”贄“でもあり、秘めた互いの胸の内の”代わり”となった紅鬼の身体は、真っ二つに斬り裂かれた後、更に幾重にも細切れにされ、蒼白の焔に包まれながら、霧へと化していった。
「⋯⋯道が拓けた、行くぞ、突破する!」
綾麿の檄に、鎌足が頷く。
二人は戦いの最前線に向けて、身体を翻した。
今、九の蒼鬼紅鬼が滅し、緩んだ包囲網。
突破するは今、目指すはその先、御所正面。
再び目を合わせた二人は、並んで疾走り出した⋯⋯。
⋯⋯その時だった。
突然に地響きのような、“何者か”の足音が轟いた。
その足音は、明らかに二人に向かって近寄ってきている。
その”異変“に二人も気付く。
その足音がすぐ傍で止まったのと同時だった。
疾走る二人に向けて、上空から唐突に巨大な“何か”が振り下ろされていた。
「⋯⋯ッ!? ⋯⋯なッ!?」
「⋯⋯!」
地を打ちつける、凄まじいまでの轟音。
二人はその場を間一髪で飛び退き、この強烈な不意の一撃を避けることができていた。
「⋯⋯な、何だっ!? 何が攻撃してきたんだ!?」
ほんの今程まで二人が居た場所。
その地には、この不意の攻撃の物凄さを如実に物語る、巨大な円形の挫滅跡が刻まれていた。
綾麿と鎌足を襲った、謎の強烈な破壊の一撃。
その襲撃者を捉えるため顔を上げた綾麿と、何が起きたか分からずに呆然と佇む鎌足の前に今、最大かつ最悪の”邪悪な存在“が立ちはだかっていた。
それは、壁が聳え立っていた、という表現の方が正しいかもしれない。
⋯⋯襲撃者の正体。
それはあの人型の蒼鬼三鬼のうちの一鬼、この御所に現れた四十六鬼の中でも、最も威圧的な巨躯を誇る蒼鬼だった。
改めて間近で見上げるその蒼鬼の巨躯は、およそ十五尺(※約4.5m)以上は優に有り、余裕綽々な態度と表情で、二人をじろじろと舐め回すように見下ろしている。
《⋯⋯仏頂面の貴様が日本が誇る『六歌戦』の一人、不知火綾麿だな。⋯⋯そして塵みたいにちっこい隣の奴が、意外にもあの紅影鬼を斃した、江戸の伊賀忍⋯⋯鎌足か。⋯⋯俺様の名は蒼鋼鬼。この俺様に勝てると思うか、小粒どもめ》
それは天まで届くように大きく、地の底にまで染み渡るような重い声だった。
「⋯⋯むむっ、⋯⋯な、何だとぅ!? ご、塵だって!? こ、この⋯⋯」
我に返った鎌足が、敵の顔を睨みつけようと、首を上へと上げていく。
だが、その首の角度は止まらない。
鎌足は天を見上げる程にまで顎を突き出し、気づけば爪先立ちまでしていた。
「⋯⋯っ⋯⋯この⋯⋯⋯⋯、⋯⋯あ、ああっ」
蒼鋼鬼の顔は、顎しか見えなかった。
ただその掌の中には、恐ろしい武器が握られていた。
それは綾麿と鎌足を今しがた襲った”何か“の正体⋯⋯、伝承や昔話上の“鬼の代名詞”とも言える“金砕棒”。
この乱戦の僅かな時間で、既に何人もの警備兵や紅鬼を叩き潰してきたのだろう。
手にしている金砕棒の先端の”星“と呼ばれる無数の鋲には、人間のものとも鬼のものとも判別がつかないほど、肉塊と血が纏わりへばりついていた。
「⋯⋯ぁ⋯⋯へ? あ、⋯⋯あ、⋯⋯ぅお、⋯⋯ぉ」
”塵“と侮辱の名指しをされ、いつもの鎌足ならば、声高に怒りの声を上げ続けていただろう。
しかし改めてその巨体と威圧感を前にして、鎌足は遥か上を見あげたまま、言いかけた罵詈雑言の言葉は何一つ出てこない。
驚きが何もかもを吹き飛ばして、しどろもどろに狼狽え呟くしかなかった。
「⋯⋯こ、こいつは、やばい、やばすぎるぞ、⋯⋯ど、どうする、⋯⋯あ、あや、⋯⋯あやま⋯⋯」
鎌足はぎこちなくゆっくりと、隣の綾麿の方を向いた。
しかし綾麿の方は、何らいつもと変わらない。
顔を青ざめる鎌足とは正反対に、綾麿は半ば呆れたような眼で、いつも通り冷たく呟いた。
「⋯⋯独活の大木」
《⋯⋯あぁん!?》
「⋯⋯ひいっ!?」
⋯⋯綾麿の呟きを前に、鎌足の顔は、まるで蒼鬼になったかのように更に青ざめていた。
そしてそれは、蒼鋼鬼の身体から湧き上がる殺意を、更に激しく滾らせるには十分過ぎる言葉だった。
「⋯⋯っ!? ⋯⋯ば、馬鹿ッ! 綾麿! 刺激すんな!!」
《俺様を愚弄するか!? 脆弱で下衆な人間の分際で! その脳天から爪先まで、身体の骨という骨の全てを粉々に叩き潰してくれるわ!!》
蒼鋼鬼の金砕棒が再び唸りを上げた。
蒼鋼鬼は振り上げた金砕棒の先を、足元の二人や地面に向けて小突くように、至近距離で思い切り叩きつけた。
綾麿と鎌足は、間一髪後ろに飛び退く。
直撃は免れたものの、その衝撃と威力は先程の一撃を遥かに上回っていた。
まるで埋められた地雷が連続して暴発していくように、衝撃が地を伝いながら、逃れた二人の足元へと一気に爆発が迫っていく。
綾麿と鎌足は共に、その爆発の波動避けるため、今度は空高く跳び上がった。
地よりも安全な空。
しかし安堵している暇は無かった。
次の瞬間には、まさに驚天動地の驚くべきことが起きた。
⋯⋯何と類稀な巨躯を誇る、蒼鋼鬼も“跳んで”いたのだ。
「⋯⋯まさか!? この巨体で跳べるのか!?」
鎌足が我が目を疑う。
しかも巨躯とは思えない程に、その体捌きは靭やかで素早い。
鎌足が瞳にその姿を捉えた時にはもう既に、蒼鋼鬼は宙を舞いながら、追い撃ちの金砕棒を再び振りかざしていた。
その怒りの矛先は⋯⋯。
⋯⋯暴言を吐いた綾麿だった。
「⋯⋯ふん、鳳凰に空で挑むか。笑止な」
綾麿は鼻で冷ややかに笑うと、蒼鋼鬼の強烈な一撃の風圧に敢えて”乗り“、まるで空を飛ぶように巧みに身を翻した。
それはまさに、“鳳凰の飛翔”だった。
憤怒に塗れた金砕棒の一撃を颯爽とかわすと、村雨真刃を斬り上げて、蒼鋼鬼の胸に蒼い焔の剣閃を食らわせた。
そして蒼鋼鬼の肩口を蹴って、更に高く翔んだ。
村雨による胸への裂傷。
それは鬼にとっては致命傷となりえる一撃。
そんな綾麿の反撃の剣戟は、同じく空を舞う鎌足の戦意や負けん気を後押しした。
「⋯⋯っ! 今だ!」
幸いにも蒼鋼鬼の金砕棒の的から外され、自由に動きの取れる鎌足が、この好機を逃さずに追随する。
その狙いは、蒼鋼鬼の死角、そして致命傷となるべき急所。
鎌足はその小さく軽い身体を、最大限に利用した。
巧みに身を翻し、蒼鋼鬼の背後から接近し、背中の首筋に鬼切丸を突き立てた。
「⋯⋯よしっ! ⋯⋯やった! ⋯⋯か!?」
鎌足は空中でくるくると数回転し、颯爽と着地する。
そして掌の中の鬼切丸を見つめ、手応えを確信して嬉々として叫んだ。
「⋯⋯やった! 手応えはあった! 急所は捉えたぞ!」
そんな咆哮の鎌足の傍に、綾麿も涼やかに降り立った。
「⋯⋯へんっ、何だ、見かけ倒しじゃないか!」
案外に呆気無く、決着はついた。
蒼鋼鬼も地に着くや否や、大きな音を立てて崩れ落ち、そして身体の大きさに見合った大量の蒼の霧が立ち込める。
それは蒼鋼鬼の消滅を意味する⋯⋯。
⋯⋯はずだった。
地上に轟音と共に降り立った蒼鋼鬼。
だがその先の展開は、鎌足の思い描いた光景とはまるで違っていた。
蒼鋼鬼の胸や首筋は、空での村雨と鬼切丸の連撃によって確かに、長々と裂け、深々と穴が空いていた。
しかしその傷は、血すら噴き出ることも無く、みるみるうちに元通りに塞がっていく。
そしてまるで何事も無かったかのように、この二つの傷はその全てが跡形もなく消え去ってしまっていた。
《⋯⋯ぐはははは! 何だ、今の撫でさするような攻撃は。蚊でも刺したのか? 全くもって通じんな、痛みや疼きすらも心地良いわ。⋯⋯ぐっははははははは!!》
蒼鋼鬼の豪快で醜悪な笑いが、乱戦の庭園内に木霊する。
「⋯⋯そんな!? ⋯⋯た、確かに急所に刺したよ!? ⋯⋯間違いなく手応えもあったのに! ⋯⋯こ、此奴、不死身か!?」
驚愕と呆然の鎌足の隣で、綾麿は傷口が塞がっていく様を黙って見つめていた。
そして冷静に呟いた。
それはすぐ傍の鎌足にしか聞こえないくらいの、ほんの小さな自問自答のような呟きだった。
「⋯⋯なるほど、⋯⋯閻魔鋼、か」
「⋯⋯え? 閻魔鋼⋯⋯? 何それ?」
綾麿の呟いた言葉の意味が、鎌足には分からない。
思わず綾麿に聞き返したたものの、綾麿の口もまた蒼鋼鬼傷と同じく塞がったままだった。
《⋯⋯はっはっは、俺様は攻撃も防御も隙無し、無敵、ってわけだ。⋯⋯さあ、どうする、六歌戦、そして隣のちっこいの》
蒼鋼鬼は金砕棒を肩に構え、じりじりと二人に迫っていく。
「くそっ⋯⋯、やっと乱戦を突破出来ると思ったのに、こんな化け物が出てくるなんて⋯⋯!」
鎌足が悔しさを滲ませ、狼狽した。
⋯⋯その時。
蒼鋼鬼に向けて、突如として無数の弓矢が降り注いだ。
《⋯⋯誰だ!? 俺様のお愉しみを邪魔する奴は!?》
蒼鋼鬼が金砕棒を一振りして、全ての矢を打ち払う。
「え⋯⋯!?」
「⋯⋯⋯」
その弓矢が放たれた出所、鎌足と綾麿が視線を送った先には、弓の警備兵たちを従えた兼季が、刀を構えて凛と佇んでいた。
「⋯⋯私を忘れてもらっては困るな、蒼鬼よ!」
「⋯⋯あっ、大将様⋯⋯兼季様っ!」
それは思わぬ援軍だった。
そして兼季の無事も確認できた、鎌足の顔が自然と綻んだ。
「先程二人が鬼を引きつけてくれたお陰で、我々も今一度体制を整えることができた。此処は我等に任せろ! 清涼殿への鬼たちの侵入を防ぐことができるのは、そなたたち二人をおいて他には居ない! 帝を頼む!」
依然として絶体絶命の窮地。
それにも関わらず、兼季は鎌足たちに向けて熱い檄を飛ばした。
そしてこの二人だけではなく、自らの闘志も奮い立たせて鼓舞するように、鎌足に向けて固い決意が込められた笑顔を見せた。
「⋯⋯例え刃の一撃一撃ではこの化物鬼は倒せずとも、弓の雨を降らし続ければ、もしかしたら何とかなるかもしれん! それに武官の大将を預かる身として、これ以上御主たち二人だけに良い格好はさせられぬからな」
その気迫の笑顔に、鎌足は精一杯の笑顔と明るい声で応えた。
「⋯⋯は、はい! ⋯⋯兼季様、ありがとうございます! どうか御武運を! ⋯⋯綾麿、さあ!、早く!」
「⋯⋯⋯⋯」
兼季の姿すらも、視界には入っていないのか。
綾麿は先程の呟きの後から、掌の中の村雨の刃を見つめたままだった。
そして今もずっと沈黙を貫いていた。
「⋯⋯ねえ!? 聞こえてる!? ⋯⋯あの化け物を倒せなくて悔しいのは分かるけどさ、今は帝の元へ辿り着くのが最優先でしょ!? ⋯⋯っ、早く! 綾麿!」
鎌足は思わず、動かない綾麿に右手を伸ばしかけていた。
(⋯⋯はっ)
綾麿の左手に触れる寸前、鎌足が我へと返る。
その伸ばしかけた手を既の所で止め、そして慌てて引っ込めた。
(⋯⋯しまった、危ない危ない、思わずこんな奴の掌を握りしめる所だった)
その鎌足の動きに気付いた綾麿は、鎌足と同じく我に返ったように、一言だけを呟いた。
「⋯⋯ん、⋯⋯ああ」
《⋯⋯ちいっ、『六歌戦』を仕留めれば相当の手柄にもなる! ⋯⋯伊賀の餓鬼共々逃がすか!》
兼季たちの放ち続ける弓の雨には一切怯まず、雄叫びを上げながら突進してくる蒼鋼鬼と金砕棒。
その狂気の突進を、綾麿と鎌足は左右に分かれて颯爽とかわし、その巨躯の脇を走り抜けた。
(防御に絶体の自信があるんだな、脇ががら空きだ!)
ただ走り抜けるだけではない。
鎌足はすれ違いざまに飛び跳ね、鬼切丸で蒼鋼鬼の脇腹や背中を斬りつけていた。
そして後は後ろも振り返らず、ひたすらに疾走る。
(⋯⋯よしっ、距離はもう十分だ)
二人を追いかけてくる足音は無い。
数秒の後、鎌足は後ろを振り向いた。
振り向きざまに視界に捉えたのは、離れた位置からでもしっかりと分かる、兼季たたちと向かい合う蒼鋼鬼の巨躯と、今しがた付けたばかりの二つの傷。
しかしその脇腹と背中の斬り傷は、どちらもが瞬く間に自然と元通りに塞がっていく。
「⋯⋯やはり無理か。くそっ、なんて奴だ」
鎌足の苦々しい呟きの後、鎌足の前を疾走る綾麿が、ようやくその重い口を開いた。
「⋯⋯あれは閻魔鋼の防御。⋯⋯蒼鬼の根城、その地下深くでのみ採掘され、閻魔宮の城門にも使われている、強固な地獄の鉱物の一種だ。⋯⋯何もかも一瞬で破壊する程に氣を最大にまで高めた一撃か、再生する速さよりも速く連撃を与えない限り、決して打ち破れぬ」
「⋯⋯へぇ、閻魔鋼。⋯⋯そんなものが地獄には存在して⋯⋯、⋯⋯え? ⋯⋯いや、あの、でも。⋯⋯綾麿、何でそんな事を当たり前のように知ってるんだ?」
「⋯⋯⋯⋯」
綾麿の背中に向けて、鎌足が問いかけた時⋯⋯。
⋯⋯二人のすぐ近くの燈籠が、真っ二つに斬り裂かれ、音を立てて倒壊した。
「⋯⋯ッ!?」
「⋯⋯⋯⋯」
燈籠を斬り裂いた、得体の知れない”何か“。
⋯⋯その“何か”は、凄まじい勢いで縦回転しながら飛翔していく、三日月型の歪な湾曲刃だった。
その狂気の刃は、疾走る鎌足の近くを掠めて、弧を描きながら飛んできた方向へとまた戻っていく。
「⋯⋯ッ!? これは⋯⋯! あの最初に攻撃を仕掛けてきた、蒼鬼の奇怪な飛び道具か?」
そして続けざまだった。
三日月の回転刃とは逆の方向から、四枚の鉄扇と無数の鉄串が飛来し、鎌足の駆ける足元の近くに連続して突き刺ささった。
「⋯⋯わわわっ」
地に刺さった鉄串と二枚の鉄扇は、影が薄まるようにすぐに消滅したものの、残る二枚の鉄扇だけは再び空へふわりと舞い上がり、先の三日月の刃を追いかけるように不規則な動きで舞い戻っていく。
「この鉄扇は⋯⋯! 紅閃鬼だ!」
三日月の刃の飛んできた方向⋯⋯刃と鉄扇が戻っていった方向へ、鎌足が咄嗟に目を送る。
《⋯⋯さあ、紅鬼の首を狩るのだ、鬼剣『三日月』よ》
《⋯⋯滅せよ、蒼鬼。舞い、閃き、貫け、鬼扇乱舞!》
鎌足の瞳に映ったのは、上級の鬼『修羅』同士による激しい死闘。
この世の武器ではない地獄の刃を激しくぶつけ合う、蒼鬼の蒼刃鬼と、紅鬼の紅閃鬼の姿だった。
「⋯⋯ッ! ⋯⋯あの蒼鋼鬼だけじゃない⋯⋯、此処にも恐ろしい化け物が、二匹も居たか⋯⋯!」━━━━。
第54話も最後までお読み頂きありがとうございました。
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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
次回第55話「鬼剣と鬼扇」は、4月29日もしくは4月30日の投稿予定です。投稿日はXにて報告させて頂きます。




