第50話 紅の羅生門
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸の徳川政権を何故か激しく憎み、鎌足たち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。鎌足の東番の当日、遂に鎌足と刃を交えることになったが⋯⋯。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。東番当日、暮れ六つ前の綾麿の訪問によって、鎌足を悲劇が襲う。遂に綾麿と刃を交えることになったが⋯⋯。
━━━━京都御所上空、その屋根よりも遥かに高い場所に出現し、鎮座する地獄の扉⋯⋯紅の羅生門。
その数は、二十と三。
その怪異を前に、真下の庭園は騒然となっていた。
内裏でも屈強で、肝の座った者揃いの警備兵たち。
その誰もが今、空を見上げながら驚き慌て、その表情は警戒と畏怖に彩られている。
そんな喧騒の中で唯一、冷静な表情を浮かべて佇んでいる者が一人だけ居た。
蒼白の村雨二刀を両の掌に握りしめた、綾麿である。
(⋯⋯蒼の羅生門ではなく、七十年前と同じ紅の羅生門とは⋯⋯。そしてこの数。⋯⋯やはり鬼どもの間で、”何か“異変が起きているな)
紅に染まる空を睨める綾麿の表情は、この奇怪な渦への警戒の念と共に、何故か嬉しそうにも見える。
(⋯⋯鬼たちの出処となる魔性の渦は、人知れない場所に極秘裏に生まれ出ずるのが常。本道ではなく邪道とは言え、千載一遇の好機。その道を辿れば紅鬼の本道や、地獄にもたどり着けるやもしれん。やっと麿の前に姿を現したな、羅生門。⋯⋯ふふふ、この時を待っていた)
そんな綾麿の薄ら笑みに、鎌足は全く気付かない。
御所の空を覆い尽くす、初めて目にする異常な渦。
その禍々しい紅霧と数の多さに目を奪われ、警備兵たちと同様に空を見上げながら固まっていた。
しかしそんな呆けた鎌足も言えども、想像だにできない“何か”とてつもない大事が今、この御所に起こっている事だけは確かに感じ取っていた。
(⋯⋯はっ)
我に帰った鎌足が、綾麿に向かって叫ぶ。
「⋯⋯ッ、綾麿っ! 戦いは暫しお預けだ! 帝の御命が危ない!」
鎌足は綾麿の返事を待たず、構えていた鬼切丸を掌の中でくるくると回しながら、後ろ手で背中の帯へと差し戻した。
それは一時の休戦の提案。
綾麿に断られるかもしれない、または隙を見せている自分に、綾麿が再び襲いかかってくるかもしれない。
そんな万が一の事態への危機感は、今の鎌足の頭には微塵も無い。
⋯⋯今宵、自分が京都御所に居る理由。
⋯⋯帝を絶対に守らなくてはならない。
⋯⋯それが東番頭としての自分の使命。
鎌足の心は今、密かに課せられた偵察の任務の存在も忘れ去り、そんな真っ直ぐでひたむきな想いと、湧き上がる正義感で熱く滾っていた。
一方の綾麿は、この鎌足の熱を帯びた納刀の動きを、無言で見つめていた。
(⋯⋯返事を受ける前に、はや鬼切丸の刃を納めるとは⋯⋯、本当に愚かな奴だ。⋯⋯だが、しかし)
綾麿は軽く溜め息を吐いた。
そして綾麿もまた、鎌足に向けていた村雨の刃を、ゆっくりと下げていく。
「⋯⋯全くもって本意ではない、⋯⋯が、やむを得ん。よかろう。⋯⋯だが後日。然るべき舞台にて、必ずやそなたの命、貰い受けよう」
次にその口から出たのは、殺意の残り香を漂わせた、綾麿らしい挑発の言葉。
そしてその言葉と共に、どこまでも名残惜しそうに、真刃を鞘刃へと納めていった。
刃が完全に見えなくなり、鞘に納め終わる鈍い音が鳴る最後の最後まで、綾麿の目は鎌足に殺気を放ち続けていた。
「ふふふ⋯⋯、命拾いしたな。⋯⋯鬼に感謝しろ」
「⋯⋯ふん。御前が⋯⋯、な」
共に刃を納めた綾麿と鎌足は睨み合いを止め、同時に空を仰ぎ見た。
その視線の先に在るものは、変わらず禍々しい紅に包まれた羅生門の渦。
「⋯⋯まずは鬼退治だ。来るぞ、遅れは取るな」
「⋯⋯ふん、御前に言われなくてもわかってるさ」
⋯⋯その時だった。
空に群れを成して点在する、紅の羅生門。
その二十三の渦の中から吹き出していた霧が、唐突に止まった。
そしてその一つ一つの渦の中から、真下の御所に向けて、紅霧の尾を引きながら、謎の影が次々と飛び出してきた。
飛び出した影の数もまた羅生門同様に、二十と三。
まるで天空高くから重い物が落とされたような、そんな玉砂利の大地を踏みつける凄まじい轟音が、途切れなく次から次へと響く。
飛び出した二十三の影。
その内の二十の影が、庭園に集う鎌足たちの前方へと降り立っていた。
⋯⋯その影の正体は、明らかに人ではない。
毛皮でできた衣のようなものを身に纏う者もいれば、上半身何も纏わない者も居たり、各々に違いは見られるが、総じてどの影も筋骨隆々。
その身体の大きさも異様だった。
その殆どが警備兵よりも一回りや二回り近くは大きく、顔は醜く歪み、口は大きく裂け、その口からも牙を覗かせ、また耳は鋭く尖っている。
そんな“異形”に満ちた容姿の最たるものが、額から生えている二本の角。
そして紅色に染まる肌。
昔話や伝承に伝わる、異形の姿そのもの。
⋯⋯それは紛れもなく、二十の紅鬼たちだった。
二十鬼の紅鬼たちは、各々が刀や槍や斧など邪悪に黒光りする武器を手にしながら、粗暴で威圧的な蔑みの笑みを人間たちに向けている。
《グフフフフ⋯⋯、皆殺シダ、愚カナ人間ドモ⋯⋯》
《捻リ潰シテヤル、ドイツカラ殺シテヤロウカ⋯⋯》
《我ラガ紅鬼ノ力、目ニメノヲ見セテヤロウゾ⋯⋯》
そしてそんな二十の紅鬼たちを見下ろすように、御所の屋根へと悠然と降り立ったのは、残りの三つの影。
「⋯⋯屋根の上の三鬼、⋯⋯あれは」
綾麿が呟く。
眼下の二十の紅鬼を率いている首領格なのだろうか。
屋根の上の立ち姿から伝わってくるのは、絶対的な余裕。
そして自信に満ちた、落ち着いた表情と佇まい。
氣の大きさと言い、この三つの鬼影は、地上に居並ぶ醜悪な容姿の紅鬼たちとは明らかな違いを見せていた。
屋根を見上げる鎌足の瞳が、この三鬼の瞳と重なる。
屋根の上の鬼たちは、人間に見えた。
⋯⋯しかし、人間ではなかった。
紅の羅生門を背に、三者三様に角と瞳が煌めく。
二本の角。
紅い目に、銀色の瞳。
鎌足もまた、思わず呟いていた。
「⋯⋯紅みがかった目、そして銀の瞳!? ⋯⋯っ、あれは紅影鬼と同じだ。⋯⋯あの屋根の三人⋯⋯いや、三鬼。⋯⋯間違いない、⋯⋯人形の鬼⋯⋯『修羅』と呼ばれている奴等だ」
鬼の中でも最高の妖力や強さを持つ、人形の鬼⋯⋯『修羅』。
それを何処まで警備兵たちが知っているのかは分からない。
しかし、警戒していた蒼鬼ではなく、初めて見る紅鬼。
手にしているのは、禍々しい狂気の武器。
加えて、二十を超える尋常ではない数。
更に人と何ら変わらない外見の、不気味な紅鬼も混ざっている。
そんな異様な情景と、避けられないだろう未知の紅鬼との戦いを目前にして、庭園に集う五十人の警備兵たちの間には、更なる大きな動揺と恐怖が広まっていた。
⋯⋯《⋯⋯っと、いけねぇ、いけねぇ。本道じゃなく邪道を通るには、やっぱり少し刻が乱れるな。総攻撃の合図の暮れ六つをかなり過ぎちまったじゃねえか⋯⋯》
屋根の三鬼の紅鬼の内、中央に立っている一鬼が、慌てふためく人間たちを見下し嘲笑いながら、悠然と前に歩み出た。
《愚かな人間ども、よく聞け! この京都御所は今からこの紅鬼の軍が破壊し、焼き尽くす! 覚悟しな!》
得意顔で啖呵を切った、その中央の紅鬼は、意外にも⋯⋯”女“だった。
「⋯⋯女、⋯⋯女の鬼もいるのか!?」
目を丸くして呟く鎌足の隣で、綾麿は無言で紅斬鬼を見つめている。
「⋯⋯⋯⋯」
その女鬼は長い髪を後ろで結び、美しい顔立ちのわりには目つきは冷たく悪く、勝ち気さが前面に出ていた。
きらびやかな紅の戦闘用の衣に身を包み、両腕に手甲を身に付けた女武芸者のような出で立ち。
そしてその背中には、俗に”野太刀”と言われる凄みを感じる長刀を背負っていた。
《何だ何だ、鬼たちを恐れ慄くはずの暮れ六つ、もうとっくに過ぎてんのに、予想以上にわんさかと人間どもが集まってるじゃねぇか》
その女鬼の左横には、他の二鬼や二十の紅鬼よりも一回りか二回り身体が大きく、山男のような荒々しい外見と無造作な髪型の、厚い唇が印象的な紅鬼が立っていた。
先端に切断用の鋏が付いた、“やっとこ型“の巨大な釘抜を手にし、へらへらと笑いながら、紅斬鬼と同じく人間たちを見下している。
《ぐへへ、まだ生きている奴らの舌を引っこ抜いたり、肉を抉れるなんて最高だな》
そして女鬼の右横にも、襟を立てて流暢に着物を幾重にも纏った、長髪で不気味な呪術師のような出で立ちをしている、鉄扇を広げた紅鬼が一鬼。
相当に重そうな鉄扇をいとも軽々と操り、ぱたぱたと口元を仰ぎ隠しながら、地上の人間たちに明らかな挑発と蔑みの眼光を向けている。
《ひぃ、ふぅ、みぃ⋯⋯、これはこれは大繁盛だ、贄は五十前後はいるぞ。数の割り当てとしては、十くらいは頂きたい所だな》
その三鬼の『修羅』たちの凄みのある声、そして邪悪な言葉は地上にも響き渡り、警備兵たちを更に震え上がらせる。
そんな地上の動揺を余所に、鉄扇の鬼が何かを思い出したかのように、女鬼に語りかけた。
《⋯⋯そうそう、紅斬鬼。此度の目的は御所の壊滅と、もう一つ大事なことがある故⋯⋯、忘れないようにせねばな》
《⋯⋯ああ、そういやそうだったな。うっかり忘れるところだったぜ。⋯⋯まずは紅影鬼を斃した、鎌足とかいう厄介な奴の始末だな》
女鬼⋯⋯紅斬鬼は、庭園に集まっている人間たちを一通り見渡すと、屋根の上から荒々しく問いかけた。
《おい! 人間ども。⋯⋯この中に鎌足とかいう奴は居るか? 昨日の夜、仲間の紅影鬼を斃した、江戸からの援軍、伊賀の忍とか何とか言う奴だ!⋯⋯》
この紅斬鬼の声を聞くや否や、名指しされた鎌足が即座に反応した。
今までの鬱憤を晴らすかのように、怒りや敵意を剥き出しで、紅斬鬼に対して意気揚々と声を上げた。
「⋯⋯鎌足は私だっ!」
《⋯⋯はぁ!?》
返事をした鎌足。
その声のした先⋯⋯、小さな鎌足の姿を見た紅斬鬼が、あからさまに驚きの表情を浮かべる。
そして暫く怪訝そうに凝視した後、顔を顰めた。
《⋯⋯はっ、おいおい、冗談はよせよ。まだ小便臭い餓鬼じゃねぇか。⋯⋯紅影鬼の奴、相当に耄碌したのか、それとも余程油断しやがったな、あり得ねえ》
「⋯⋯はぁ!? 何だって? 小便臭い餓鬼だってぇ?」
紅斬鬼の呆れ声に、短気な鎌足の表情が一気に曇る。
その顔はぴくぴくと引きつり、湧き上がる怒りと不機嫌さに包まれていた。
「こらっ、女鬼! 御前も綾麿と一緒で、私を馬鹿にしたなぁ!? 絶対に許さないから!!」
《⋯⋯こんな弱っちそうな小さい餓鬼の相手をするのか!? この『修羅』の私たちが!? 嘘だろ、⋯⋯こんな話聞いてねえぜ、⋯⋯ったく》
《まあまあ、紅斬鬼、⋯⋯見た目だけで強さを判断するのはよくないですよ》
溜め息が止まらない紅斬鬼を、相変わらず口元を隠しながら、鉄扇の鬼が諌めた。
《まさにそういう油断が紅影鬼の敗北を招いたのかもしれませんよ? ⋯⋯我々は同じ轍を踏まず。⋯⋯全力で、⋯⋯そして愉しく、全員を叩き潰すとしましょう》
《⋯⋯ふん、まあ、そうだな。餓鬼一人とはいえ手抜きは一切無し。思いっきりこの鬼紅葉で人間どもをぶった斬って、どいつもこいつも頭から血の花を咲かせてやればいいだけだな⋯⋯、ふふふ》
《俺は手を抜くよりも舌を早く抜きたいぜ、ひっひ》
鋏の鬼が口を挟んだ瞬間だった。
「⋯⋯黙って聞いておれば⋯⋯、⋯⋯っ、もう我慢ならんっ、⋯⋯射手よ! あの女鬼を撃て!!」
その傲慢な態度にも腹が煮えくり返っていたのだろう。
屋根の紅鬼の主力三鬼、その油断を感じ取った兼季が、先手必勝とばかりに号令をかける。
弓を装備している何人かの警備兵が、兼季の掛け声を合図として、屋根の上に狙いを定めた。
そして三鬼の先頭に立つ紅斬鬼に向けて、連撃で矢を放った。
《⋯⋯はっ、しゃらくせえ! 人間界のひ弱な武器で、この私たちを殺れると思ってんのか!?》
飛翔する弓矢に気付いた紅斬鬼は、背中の野太刀『鬼紅葉』を豪快に抜いた。
鬼紅葉の刀身は普通の刀の倍、六尺六寸(※約2m)はゆうに越えていた。
紅斬鬼が鬼紅葉を大きく振りかぶる。
そして身体を靭やかに撓らせた。
⋯⋯ほんの軽い一閃。
ほとんど力も込めず横に薙ぎ払ったこの一振りによって、紅斬鬼を狙った矢の全てが、いとも簡単に弾き飛ばされていた。
「⋯⋯なッ!?」
兼季の狼狽には全く興味も示さず、鬼紅葉を肩に担いだ紅斬鬼は、地上の警備兵たちを再び見渡して、瞳をぎらつかせながら声を荒げた。
《人間の雑魚ども! そう死に急くな! まだ質問は終わってねえ。皆で仲良く死ぬ前にもう一つだけ答えろ。⋯⋯この中に綾麿って公家は居るか? 其奴はそこの餓鬼の女と違って、相当使えるみたいだな、⋯⋯おい、居るのか? 居ないのか? ⋯⋯居るならどいつだ! 返事しろ!》
「⋯⋯!? また馬鹿にしたな!! ⋯⋯っ、この⋯⋯」
「⋯⋯煩い、静かにしろ」
紅斬鬼に向かって、吠えようとする隣の鎌足。
その動きと言葉を早々と制止した綾麿は、淡々と冷たく口を開いた。
「⋯⋯いい加減下りてこい。屋根の口の悪い女。所望と言うならば、この不知火中将綾麿、逃げも隠れもせん、相手を致そう」
《⋯⋯あん? ⋯⋯御前か、綾麿ってのは》
紅斬鬼と綾麿が視線を合わせる。
綾麿から発する、尋常ではない闘氣の強さ。
そして手にしている豪華絢爛な妖しさを纏った村雨。
それにすぐに気付いた紅斬鬼は、鎌足を一瞥した時とは違い、今度は愉しそうに笑みを浮かべた。
《⋯⋯うふふふふ、いいねぇ、ぞくぞくするくらい凄え刀持ってるじゃねえか! なるほどなるほど。此奴は此処に群がる人間どもの中で、一番に戦り応えがありそうだ。⋯⋯いいぜ! そろそろおっ始めようじゃねぇか! ⋯⋯皆殺しの祭りをよぉ!》
緩んだ口元とは裏腹に、その眼光は鋭く研ぎ澄まされる。
紅斬鬼は、鬼紅葉を肩に担いだまま、地上へ颯爽と飛び降りた。
左右の鋏の鬼と鉄扇の鬼も、紅斬鬼の後に続く。
これ見よがしに大きな音を立てて着地する鋏の鬼に対して、紅斬鬼と鉄扇の鬼は、音も無く軽やかに地へと降り立った。
先の異形の紅鬼二十鬼、その二十の鬼を従えるようにその前に降り立った三鬼は、改めて綾麿や鎌足、そして兼季や五十人の警備兵たちと睨み合った。
《⋯⋯特別だ、地獄へと誘う案内人たちを軽く紹介しておいてやるよ。⋯⋯この背後の二十の鬼は、紅鬼の中でも血気盛んな『羅刹』たち。⋯⋯で、こっちのでかいの。⋯⋯人間の生舌を早く抜きたくてうずうずしてるのが、地獄一の処刑人、そして舌集めでも名を馳せる、紅鋏鬼。物凄く強いぜ。せいぜい舌を奪われないように気をつけな》
紅鋏鬼と呼ばれた、巨大な鋏を持つ紅鬼が、厚い唇で舌舐めずりをする。
《⋯⋯ぐへへへ、下に降りてきてやったんだ、だから舌をくれ、舌を》
《⋯⋯そして、鉄扇を手にしているこっちの奴が、“鉄林曠野処“の番人、紅閃鬼。物凄く怖いぜ。⋯⋯亡者たちを磔にして、苦しめるのを生業としている紅鬼だ。⋯⋯狙われたが最期、命は無いと思え》
紅閃鬼と呼ばれた、鉄扇を持つ紅鬼が不気味に微笑んだ。
《⋯⋯どうも。⋯⋯お見知りおきを》
《⋯⋯そして私の名は、紅斬鬼。⋯⋯うふふ、この刀はな、地獄の森の妖木を祖とする、地獄でも指折りの名刀、『鬼紅葉』、⋯⋯今宵、貴様らの血と命を吸い尽くす刀よ》
「⋯⋯な、なんだとぅ!? そうは問屋がおろ⋯⋯」
「⋯⋯煩い、何度も言わせるな、静かにしろ」
猛る鎌足を、綾麿は再び制止する。
そんな綾麿に向けて、紅斬鬼は自信に満ちた表情で言葉を続けた。
《⋯⋯ふっ、日本の守護者、『六歌戦』、不知火中将綾麿⋯⋯、勝負だ! ⋯⋯今宵は御前ら人間ども全員を血祭りにあげ、我ら紅の鬼の軍が京都の覇権と帝の命を頂く!!》
「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯⋯え?」
紅斬鬼の言葉に、鎌足の刻が止まる。
⋯⋯『六歌戦』。
⋯⋯不知火中将綾麿。
聞き間違いでなければ、確かにそう聞こえた。
隣に立っている綾麿の顔を、思わず見上げる。
(⋯⋯え? ⋯⋯此奴が、⋯⋯この残虐非道で鬼畜で陰湿な綾麿が、日本を命を賭して護る、誉高き『六歌戦』の一人!? ⋯⋯は!? ⋯⋯は!? ⋯⋯え、何で⋯⋯、⋯⋯嘘だ、⋯⋯そんな)
隣の鎌足からの刺すような視線。
そしてその動揺の大きさに気付いた綾麿は、鎌足に軽く目を流すと、ぼそりと呟いた。
「⋯⋯言いたい事はあろう。⋯⋯が、今はあれこれとそなたに話す場では無く、また話す義理も無い。⋯⋯この御所を守りきったら、言いたいだけ不満を言え。⋯⋯今は日本、帝の危機、目の前の紅鬼だけを見ろ」
「⋯⋯え」
鎌足の困惑の吐息の直後だった。
《⋯⋯者ども! さあ、祭りの始まりだ! かかれ!!》
紅斬鬼の雄叫びが、開戦の合図となった。
既に戦闘態勢も戦意も十分、舌舐めずりで号令を今か今かと待ち構えていた二十の紅鬼『羅刹』たちが、一斉に鎌足や警備兵たちに飛びかかった。
『修羅』紅鋏鬼もまた、嬉々の表情を浮かべながら、手にした巨大な釘抜の先端の鋏を広げて、我先にと警備兵の集まりの中へ飛び込んでいく。
夜の闇を纏い始めた厳かな庭園。
その辺り一面が一瞬にして、まさに鬼たちの殺戮の場⋯⋯地獄の再現⋯⋯阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
庭園の至るところで、警備兵たちの絶叫が木霊する。
《⋯⋯ぐへへへへ!! まずは挨拶代わりだ!!》
警備兵たちの中に飛び込んだ紅鋏鬼は、巨大な鋏を思い切り一振りした。
その直撃を受けた二人の警備兵が、遥か遠くにまで吹っ飛ばされていく。
その飛ばされ地に叩きつけられた二人を待ち受けているのは、紅鬼たち。
刀や斧で襲いかかられ、二人はあっという間にその全身を叩き潰されてしまっていた。
紅閃鬼もひらりと宙を舞うように、警備兵二人の前へと飛んだ。
振り向きざまに手にした鉄扇を軽々と一振りする。
鉄扇の先は鋭い刃になっているのだろうか。
次の瞬間には、警備兵二人の首は宙を待っていた。
「⋯⋯ッ、皆の者! 決して怯むな! 帝を守護する者として、最期まで誇りを持って戦え!!」
紅鬼の凶刃を受け止めた兼季が、警備兵全員を鼓舞する。
「⋯⋯ッ、や、やめろおぉぉぉ! 鬼どもめぇぇぇ!!」
まさかの言葉を耳にして呆けていた鎌足も、戦いの熱に導かれるように我に返ると、即座に鬼切丸を腰から抜いていた。
そして紅鬼と警備兵の乱戦の中に、鬼切丸を構えて飛び込んでいく。
乱戦が始まった直後、紅斬鬼だけは綾麿を目掛けて、一直線に猛突進し、天高く翔んでいた。
そして手に握る鬼紅葉を、綾麿の真上から振りかざした。
綾麿はその剣閃を素早く避けると、村雨の鞘から真刃を抜く。
迸る不知火の蒼い焔。
横一文字に薙ぎ払う一撃を、紅斬鬼に向けて繰り出した。
紅斬鬼も怯まない。
その動きも綾麿の速さに負けてはいない。
そして刃の扱いが相当に巧い。
避けられた鬼紅葉の刃先をすぐに切り返し、この綾麿の一撃を受け止めると、蒼い残炎の中、再び鬼紅葉を頭上高くに掲げた。
⋯⋯すると目を疑うような、怪異が起きる。
掲げた鬼紅葉。
その剣先が五つに枝分かれし、まるで五つの爪を持つ”熊手“の様な形へと、一瞬にして変貌したのだ。
「⋯⋯これは!? ⋯⋯変幻自在の刀か!」
紅斬鬼は熊手型と化した鬼紅葉を、綾麿に向かって思い切り振り下ろした。
《⋯⋯うふふふふふ、引き裂き、潰してやるよ! ⋯⋯死ね! 『六歌戦』!!》━━━━。
━━━━綾麿と紅斬鬼との戦いの場から離れ、ひとり疾走る鎌足の前を、鬼の刃で全身ずたずたにされた警備兵が吹き飛んでいく。
「⋯⋯っ、くそっ!」
鎌足はこの場にいる誰よりも、小さく目立たず、そして素早かった。
五十人の警備兵、二十三鬼の紅鬼、そして鎌足と綾麿と兼季。
荒々しく踏まれた玉砂利があちらこちらで吹き飛び、その下の土の埃が舞う程の、まさに乱戦。
紅鬼たちの注意や意識がまだ自分に向けられていない中、紅鬼の隙を突いて奇襲ができるのは不幸中の幸い、この乱戦における鎌足最大の利点だった。
「⋯⋯ひ、ひいっ」
目の前に倒れ込んだ警備兵に向けて、大鉈を振りかざす紅鬼がまず視界に入る。
鎌足はその紅鬼を目掛け、左横から体当たりするように飛び込んだ。
そしてその振りかざした腕を叩き斬ると、紅鬼の胸に鬼切丸を突き刺した。
耳を劈くような、紅鬼の大絶叫。
それは消滅する紅鬼の、断末魔の叫び。
紅鬼の身体は前へと倒れ込みながら、紅の霧と化していく。
鎌足は返す刀で、素早く動く。
次は自身の左前方。
倒れた警備兵に槍を突き刺さそうとしている、紅鬼の後ろ姿を視界に捉えた。
鎌足は身体を翻し、今度はその槍の紅鬼に向けて、鬼切丸を投げつけた。
風を斬り、宙を飛翔する鬼切丸。
その半刃の歪な切っ先は、槍を振りかぶる紅鬼の左の背中、左胸の後ろを的確に貫いていた。
先の紅鬼と同様に、断末魔の金切り声の絶叫と共に、仰け反った紅鬼の身体は紅の霧へと変わっていく。
「⋯⋯!?」
その時、空に一つの現象が起きた。
天高々と浮遊する二十三の紅の渦、羅生門。
その内の二つが、轟音と共に激しく揺れ出し、流星のようにゆっくり落下し始めたかと思うと、空中で跡形も無く粉々に砕け散ったのだ。
「⋯⋯!? あの渦⋯⋯、もしかして紅鬼の命と直結している!?」
しかし鎌足には今、戦い以外の事象に深く考えを巡らす暇も、助けた警備兵に声をかける余裕も無かった。
紅鬼はまだ残り二十一鬼もいる。
次の激突に備え、霧と化した紅鬼の横、地に落ちた鬼切丸を拾い上げようと、鎌足は再び疾走り出していた。
⋯⋯その時。
疾走る鎌足の足元目掛け、無数の鉄串の雨が降り注いだ。
「⋯⋯っ!?」
鎌足は咄嗟に横に飛び避ける。
更に前方に飛び込むようにして、この不意の鉄串の雨をかわすと、地面へ滑り込んだ。
落ちている鬼切丸の柄を握りしめる。
そして滑り込んだ勢いそのまま、激しい土埃と共に地を転がっていく。
「⋯⋯くっ!? な、何だ!? ⋯⋯また針!?」
地に伏せた鎌足が、視線を上げる。
そんな鎌足の視界に入ったのは、一人の警備兵。
しかし警備兵は、鎌足のように狂気の雨を避けられなかった。
その身体には、頭から足先まで全身の至る所に、無数の鉄串が突き刺さっていた。
鎌足の目の前で、鉄串の剣山と化した警備兵の身体が、無残にも崩れ落ちていく。
「⋯⋯針じゃない、串? ⋯⋯鉄の串!?」
⋯⋯その崩れ落ちた警備兵の先、土埃と血煙の向こう。
其処には、鉄扇を扇ぐ人形の紅鬼⋯⋯。
⋯⋯『修羅』の一鬼、紅閃鬼が、鎌足をじっと見つめていた。
《⋯⋯私と紅影鬼は、些か知り合いでな。紅影鬼の無念は晴らさせてもらう。⋯⋯昨夜の針の代わりに、今宵はこの私の串で、そなたを紅影鬼の元に葬ってくれよう》
これから始まる、狂気と快楽に彩られた復讐の宴。
鎌足を見つめる、紅閃鬼の銀色の眼は、そんな狂わしさと愉しさに満ち溢れていた━━━━。
第50話も最後までお読み頂きありがとうございました。
創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
次回、第51話「鬼紅葉」は、4月18日投稿予定です。




