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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第50話  紅の羅生門

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。鎌足(かまたり)の東番の当日、遂に鎌足(かまたり)と刃を交えることになったが⋯⋯。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。東番当日、暮れ六つ前の綾麿あやまろの訪問によって、鎌足(かまたり)を悲劇が襲う。遂に綾麿(あやまろ)と刃を交えることになったが⋯⋯。


 ━━━━京都御所上空、その屋根よりも遥かに高い場所に出現し、鎮座する地獄の扉⋯⋯紅の羅生門(らしょうもん)

 その数は、二十と三。



 その怪異を前に、真下の庭園は騒然となっていた。

 内裏だいりでも屈強で、肝の座った者揃いの警備兵たち。

 その誰もが今、空を見上げながら驚き慌て、その表情は警戒と畏怖(いふ)に彩られている。


 そんな喧騒けんそうの中で唯一、冷静な表情を浮かべて佇んでいる者が一人だけ居た。

 蒼白(そうはく)村雨(むらさめ)二刀を両の掌に握りしめた、綾麿あやまろである。



(⋯⋯あお羅生門らしょうもんではなく、七十年前と同じあか羅生門らしょうもんとは⋯⋯。そしてこの数。⋯⋯やはり鬼どもの間で、”何か“異変が起きているな)


 (あか)に染まる空を睨める綾麿あやまろの表情は、この奇怪な渦への警戒の念と共に、何故なぜか嬉しそうにも見える。


(⋯⋯鬼たちの出処でどころとなる魔性の渦は、人知れない場所に極秘裏(ごくひり)に生まれずるのが常。本道ではなく邪道とは言え、千載一遇せんざいいちぐうの好機。その道を辿れば紅鬼(あかおに)の本道や、地獄にもたどり着けるやもしれん。やっと麿まろの前に姿を現したな、羅生門(らしょうもん)。⋯⋯ふふふ、この時を待っていた)



 そんな綾麿あやまろの薄ら笑みに、鎌足(かまたり)は全く気付かない。

 御所の空を覆い尽くす、初めて目にする異常な渦。

 その禍々しい紅霧あかぎりと数の多さに目を奪われ、警備兵たちと同様に空を見上げながら固まっていた。

 しかしそんなほうけた鎌足かまたりも言えども、想像だにできない“何か”とてつもない大事だいじが今、この御所に起こっている事だけは確かに感じ取っていた。


(⋯⋯はっ)


 我に帰った鎌足(かまたり)が、綾麿あやまろに向かって叫ぶ。



「⋯⋯ッ、綾麿あやまろっ! 戦いはしばしお預けだ! 帝の御命おいのちが危ない!」


 鎌足(かまたり)綾麿あやまろの返事を待たず、構えていた鬼切丸おにきりまるを掌の中でくるくると回しながら、後ろ手で背中の帯へと差し戻した。


 それは一時の休戦の提案。

 綾麿あやまろに断られるかもしれない、または隙を見せている自分に、綾麿あやまろが再び襲いかかってくるかもしれない。

 そんな万が一の事態への危機感は、今の鎌足(かまたり)の頭には微塵も無い。



 ⋯⋯今宵、自分が京都御所(ここ)に居る理由。


 ⋯⋯帝を絶対に守らなくてはならない。


 ⋯⋯それが東番頭としての自分の使命。



 鎌足(かまたり)の心は今、密かに課せられた偵察の任務の存在も忘れ去り、そんな真っ直ぐでひたむきな想いと、湧き上がる正義感で熱く(たぎ)っていた。

 


 一方の綾麿あやまろは、この鎌足(かまたり)の熱を帯びた納刀の動きを、無言で見つめていた。


(⋯⋯返事を受ける前に、はや鬼切丸(おにきり)の刃を納めるとは⋯⋯、本当(ほん)に愚かな奴だ。⋯⋯だが、しかし)


 綾麿あやまろは軽く溜め息を吐いた。

 そして綾麿あやまろもまた、鎌足(かまたり)に向けていた村雨(むらさめ)の刃を、ゆっくりと下げていく。

 

「⋯⋯全くもって本意ではない、⋯⋯が、やむを得ん。よかろう。⋯⋯だが後日。しかるべき舞台にて、必ずやそなたの命、貰い受けよう」


 次にその口から出たのは、殺意の残り香を漂わせた、綾麿あやまろらしい挑発の言葉。

 そしてその言葉と共に、どこまでも名残惜なごりおしそうに、真刃(しんば)鞘刃(さや)へと納めていった。

 刃が完全に見えなくなり、鞘に納め終わる鈍い音が鳴る最後の最後まで、綾麿あやまろの目は鎌足(かまたり)に殺気を放ち続けていた。

 


「ふふふ⋯⋯、命拾いしたな。⋯⋯鬼に感謝しろ」


「⋯⋯ふん。御前おまえが⋯⋯、な」



 共に刃を納めた綾麿あやまろ鎌足かまたりは睨み合いを止め、同時に空を仰ぎ見た。


 その視線の先に在るものは、変わらず禍々しい(あか)に包まれた羅生門(らしょうもん)の渦。



「⋯⋯まずは鬼退治だ。来るぞ、遅れは取るな」


「⋯⋯ふん、御前に言われなくてもわかってるさ」




 ⋯⋯その時だった。

 



 空に群れを成して点在する、あか羅生門らしょうもん

 その二十三の渦の中から吹き出していた霧が、唐突に止まった。

 そしてその一つ一つの渦の中から、真下の御所に向けて、紅霧あかぎりの尾を引きながら、謎の影が次々と飛び出してきた。



 飛び出した影の数もまた羅生門らしょうもん同様に、二十と三。


 まるで天空高くから重い物が落とされたような、そんな玉砂利の大地を踏みつける凄まじい轟音ごうおんが、途切れなく次から次へと響く。

 飛び出した二十三の影。

 その内の二十の影が、庭園に集う鎌足(かまたり)たちの前方へと降り立っていた。



 ⋯⋯その影の正体は、明らかに人ではない。



 毛皮でできた衣のようなものを身に纏う者もいれば、上半身何も纏わない者も居たり、各々に違いは見られるが、総じてどの影も筋骨きんこつ隆々。

 その身体の大きさも異様だった。

 そのほとんどが警備兵よりも一回りや二回り近くは大きく、顔は醜く歪み、口は大きく裂け、その口からも牙を覗かせ、また耳は鋭く尖っている。


 そんな“異形いぎょう”に満ちた容姿の最たるものが、額から生えている二本のつの

 そして(くれない)色に染まる肌。


 昔話や伝承に伝わる、異形いぎょうの姿そのもの。



 ⋯⋯それは紛れもなく、二十の紅鬼あかおにたちだった。



 二十鬼の紅鬼(あかおに)たちは、各々が刀や槍や斧など邪悪に黒光りする武器を手にしながら、粗暴で威圧的な蔑みの笑みを人間たちに向けている。


《グフフフフ⋯⋯、皆殺シダ、愚カナ人間ドモ⋯⋯》

《捻リ潰シテヤル、ドイツカラ殺シテヤロウカ⋯⋯》

《我ラガ紅鬼(アカオニ)チカラ、目ニメノヲ見セテヤロウゾ⋯⋯》



 そしてそんな二十の紅鬼(あかおに)たちを見下ろすように、御所の屋根へと悠然と降り立ったのは、残りの三つの影。


「⋯⋯屋根の上の三鬼、⋯⋯あれは」


 綾麿あやまろが呟く。


 眼下の二十の紅鬼あかおにを率いている首領格なのだろうか。

 屋根の上の立ち姿から伝わってくるのは、絶対的な余裕。

 そして自信に満ちた、落ち着いた表情と佇まい。

 氣の大きさと言い、この三つの鬼影おにかげは、地上に居並ぶ醜悪な容姿の紅鬼(あかおに)たちとは明らかな違いを見せていた。


 屋根を見上げる鎌足(かまたり)の瞳が、この三鬼の瞳と重なる。

 

 屋根の上の鬼たちは、人間に見えた。


 ⋯⋯しかし、人間ではなかった。


 紅の羅生門らしょうもんを背に、三者三様に角と瞳が(きら)めく。

 

 二本の角。

 あかい目に、銀色の瞳。

 


 鎌足(かまたり)もまた、思わず呟いていた。


「⋯⋯あかみがかった目、そして銀の瞳!? ⋯⋯っ、あれは紅影鬼(こうえいき)と同じだ。⋯⋯あの屋根の三人⋯⋯いや、三鬼。⋯⋯間違いない、⋯⋯人形(ひとがた)の鬼⋯⋯『修羅(しゅら)』と呼ばれている奴等だ」



 鬼の中でも最高の妖力や強さを持つ、人形(ひとがた)の鬼⋯⋯『修羅(しゅら)』。


 それを何処(どこ)まで警備兵たちが知っているのかは分からない。

 しかし、警戒していた蒼鬼あおおにではなく、初めて見る紅鬼(あかおに)

 手にしているのは、禍々しい狂気の武器。

 加えて、二十を超える尋常ではない数。

 更に人と何ら変わらない外見の、不気味な紅鬼(あかおに)も混ざっている。


 そんな異様な情景と、避けられないだろう未知の紅鬼(あかおに)との戦いを目前にして、庭園に集う五十人の警備兵たちの間には、更なる大きな動揺と恐怖が広まっていた。





⋯⋯《⋯⋯っと、いけねぇ、いけねぇ。本道じゃなく邪道を通るには、やっぱり少しときが乱れるな。総攻撃の合図の暮れ六つをかなり過ぎちまったじゃねえか⋯⋯》


 屋根の三鬼の紅鬼(あかおに)の内、中央に立っている一鬼が、慌てふためく人間たちを見下し嘲笑(あざわら)いながら、悠然と前に歩み出た。


《愚かな人間ども、よく聞け! この京都御所は今からこの紅鬼あかおにの軍が破壊し、焼き尽くす! 覚悟しな!》



 得意顔で啖呵(たんか)を切った、その中央の紅鬼(あかおに)は、意外にも⋯⋯”女“だった。



「⋯⋯女、⋯⋯女の鬼もいるのか!?」


 目を丸くして呟く鎌足(かまたり)の隣で、綾麿あやまろは無言で紅斬鬼こうざんきを見つめている。


「⋯⋯⋯⋯」



 その女鬼は長い髪を後ろで結び、美しい顔立ちのわりには目つきは冷たく悪く、勝ち気さが前面に出ていた。

 きらびやかな(あか)の戦闘用の衣に身を包み、両腕に手甲を身に付けた女武芸者のような出で立ち。

 そしてその背中には、俗に”野太刀(のだち)”と言われる凄みを感じる長刀を背負っていた。


《何だ何だ、わたしたちを恐れおののくはずの暮れ六つ、もうとっくに過ぎてんのに、予想以上にわんさかと人間どもが集まってるじゃねぇか》



 その女鬼の左横には、他の二鬼や二十の紅鬼(あかおに)よりも一回りか二回り身体が大きく、山男のような荒々しい外見と無造作な髪型の、厚い唇が印象的な紅鬼あかおにが立っていた。

 先端に切断用のはさみが付いた、“やっとこ型“の巨大な釘抜くぎぬきを手にし、へらへらと笑いながら、紅斬鬼(こうざんき)と同じく人間たちを見下している。


《ぐへへ、まだ生きている奴らの舌を引っこ抜いたり、肉をえぐれるなんて最高だな》



 そして女鬼の右横にも、(えり)を立てて流暢(りゅうちょう)に着物を幾重にもまとった、長髪で不気味な呪術師のような出で立ちをしている、鉄扇てっせんを広げた紅鬼あかおにが一鬼。

 相当に重そうな鉄扇てっせんをいとも軽々と操り、ぱたぱたと口元を仰ぎ隠しながら、地上の人間たちに明らかな挑発と蔑みの眼光を向けている。


《ひぃ、ふぅ、みぃ⋯⋯、これはこれは大繁盛だ、にえは五十前後はいるぞ。数の割り当てとしては、十くらいは頂きたい所だな》



 その三鬼の『修羅(しゅら)』たちの凄みのある声、そして邪悪な言葉は地上にも響き渡り、警備兵たちを更に震え上がらせる。



 そんな地上の動揺を余所(よそ)に、鉄扇てっせんの鬼が何かを思い出したかのように、女鬼に語りかけた。


《⋯⋯そうそう、紅斬鬼こうざんき此度こたびの目的は御所の壊滅と、もう一つ大事なことがある(ゆえ)⋯⋯、忘れないようにせねばな》


《⋯⋯ああ、そういやそうだったな。うっかり忘れるところだったぜ。⋯⋯まずは紅影鬼こうえいきたおした、鎌足かまたりとかいう厄介な奴の始末だな》



 女鬼⋯⋯紅斬鬼こうざんきは、庭園に集まっている人間たちを一通り見渡すと、屋根の上から荒々しく問いかけた。


《おい! 人間ども。⋯⋯この中に鎌足かまたりとかいう奴は居るか? 昨日の夜、仲間の紅影鬼こうえいきたおした、江戸からの援軍、伊賀の忍とか何とか言う奴だ!⋯⋯》



 この紅斬鬼(こんざんき)の声を聞くや否や、名指しされた鎌足かまたりが即座に反応した。

 今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、怒りや敵意を剥き出しで、紅斬鬼こうざんきに対して意気揚々と声を上げた。



「⋯⋯鎌足かまたりは私だっ!」



《⋯⋯はぁ!?》



 返事をした鎌足かまたり

 その声のした先⋯⋯、小さな鎌足(かまたり)の姿を見た紅斬鬼こうざんきが、あからさまに驚きの表情を浮かべる。

 そして(しばら)怪訝(けげん)そうに凝視した後、顔をしかめた。


《⋯⋯はっ、おいおい、冗談はよせよ。まだ小便臭い餓鬼がきじゃねぇか。⋯⋯紅影鬼こうえいきの奴、相当に耄碌もうろくしたのか、それとも余程油断しやがったな、あり得ねえ》


「⋯⋯はぁ!? 何だって? 小便臭い餓鬼がきだってぇ?」


 紅斬鬼(こうざんき)の呆れ声に、短気な鎌足かまたりの表情が一気に曇る。

 その顔はぴくぴくと引きつり、湧き上がる怒りと不機嫌さに包まれていた。


「こらっ、女鬼! 御前も綾麿こいつと一緒で、私を馬鹿にしたなぁ!? 絶対に許さないから!!」

 

《⋯⋯こんな弱っちそうな小さい餓鬼(がき)の相手をするのか!? この『修羅しゅら』の私たちが!? 嘘だろ、⋯⋯こんな話聞いてねえぜ、⋯⋯ったく》


《まあまあ、紅斬鬼(こうざんき)、⋯⋯見た目だけで強さを判断するのはよくないですよ》


 溜め息が止まらない紅斬鬼こうざんきを、相変わらず口元を隠しながら、鉄扇てっせんの鬼がいさめた。


《まさにそういう油断が紅影鬼こうえいきの敗北を招いたのかもしれませんよ? ⋯⋯我々は同じ(てつ)を踏まず。⋯⋯全力で、⋯⋯そして愉しく、全員を叩き潰すとしましょう》


《⋯⋯ふん、まあ、そうだな。餓鬼がき一人とはいえ手抜きは一切無し。思いっきりこの鬼紅葉おにこうようで人間どもをぶった斬って、どいつもこいつも頭から血の花を咲かせてやればいいだけだな⋯⋯、ふふふ》


《俺は手を抜くよりも舌を早く抜きたいぜ、ひっひ》


 

 はさみの鬼が口を挟んだ瞬間だった。


 

「⋯⋯黙って聞いておれば⋯⋯、⋯⋯っ、もう我慢ならんっ、⋯⋯射手いてよ! あの女鬼を撃て!!」


 その傲慢な態度にも腹が煮えくり返っていたのだろう。

 屋根の紅鬼あかおにの主力三鬼、その油断を感じ取った兼季かねすえが、先手必勝とばかりに号令をかける。

 弓を装備している何人かの警備兵が、兼季かねすえの掛け声を合図として、屋根の上に狙いを定めた。

 そして三鬼の先頭に立つ紅斬鬼こうざんきに向けて、連撃で矢を放った。



《⋯⋯はっ、しゃらくせえ! 人間界のひ弱な武器で、この私たちを殺れると思ってんのか!?》



 飛翔する弓矢に気付いた紅斬鬼こうざんきは、背中の野太刀『鬼紅葉おにこうよう』を豪快に抜いた。

 鬼紅葉おにこうようの刀身は普通の刀の倍、六尺六寸(※約2m)はゆうに越えていた。

 紅斬鬼こうざんき鬼紅葉おにこうようを大きく振りかぶる。

 そして身体をしなやかにしならせた。



 ⋯⋯ほんの軽い一閃。



 ほとんど力も込めず横に薙ぎ払ったこの一振りによって、紅斬鬼(こうざんき)を狙った矢の全てが、いとも簡単に弾き飛ばされていた。


「⋯⋯なッ!?」


 兼季かねすえの狼狽には全く興味も示さず、鬼紅葉おにこうようを肩に担いだ紅斬鬼(こうざんき)は、地上の警備兵たちを再び見渡して、瞳をぎらつかせながら声を荒げた。



《人間の雑魚ども! そう死にくな! まだ質問は終わってねえ。皆で仲良く死ぬ前にもう一つだけ答えろ。⋯⋯この中に綾麿あやまろって公家は居るか? 其奴そいつはそこの餓鬼がきの女と違って、相当使えるみたいだな、⋯⋯おい、居るのか? 居ないのか? ⋯⋯居るならどいつだ! 返事しろ!》


「⋯⋯!? また馬鹿にしたな!! ⋯⋯っ、この⋯⋯」


「⋯⋯(うるさ)い、静かにしろ」


 紅斬鬼(こうざんき)に向かって、吠えようとする隣の鎌足(かまたり)

 その動きと言葉を早々と制止した綾麿あやまろは、淡々と冷たく口を開いた。



「⋯⋯いい加減下りてこい。屋根(そこ)の口の悪い女。所望と言うならば、この不知火しらぬい中将ちゅうじょう綾麿あやまろ、逃げも隠れもせん、相手を致そう」


《⋯⋯あん? ⋯⋯御前か、綾麿あやまろってのは》



 紅斬鬼こうざんき綾麿あやまろが視線を合わせる。

 綾麿あやまろから発する、尋常ではない闘氣の強さ。

 そして手にしている豪華絢爛ごうかけんらんな妖しさをまとった村雨むらさめ

 それにすぐに気付いた紅斬鬼こうざんきは、鎌足(かまたり)一瞥(いちべつ)した時とは違い、今度は愉しそうに笑みを浮かべた。


《⋯⋯うふふふふ、いいねぇ、ぞくぞくするくらい凄ええもの持ってるじゃねえか! なるほどなるほど。此奴こいつ此処ここに群がる人間ざこどもの中で、一番にり応えがありそうだ。⋯⋯いいぜ! そろそろおっ始めようじゃねぇか! ⋯⋯皆殺しの祭りをよぉ!》



 緩んだ口元とは裏腹に、その眼光は鋭く研ぎ澄まされる。

 紅斬鬼こうざんきは、鬼紅葉おにこうようを肩に担いだまま、地上へ颯爽と飛び降りた。

 左右のはさみの鬼と鉄扇の鬼も、紅斬鬼(こうざんき)の後に続く。


 これ見よがしに大きな音を立てて着地するはさみの鬼に対して、紅斬鬼(こうざんき)鉄扇(てっせん)の鬼は、音も無く軽やかに地へと降り立った。

 先の異形(いぎょう)紅鬼(あかおに)二十鬼、その二十の鬼を従えるようにその前に降り立った三鬼は、改めて綾麿あやまろ鎌足(かまたり)、そして兼季かねすえや五十人の警備兵たちと睨み合った。



《⋯⋯特別だ、地獄へと(いざな)案内人(あないにん)たちを軽く紹介しておいてやるよ。⋯⋯この背後の二十の鬼は、紅鬼(あかおに)の中でも血気盛んな『羅刹らせつ』たち。⋯⋯で、こっちのでかいの。⋯⋯人間の生舌なまじたを早く抜きたくてうずうずしてるのが、地獄一の処刑人、そして舌集めでも名を馳せる、紅鋏鬼こうきょうき。物凄く強いぜ。せいぜい舌を奪われないように気をつけな》


 紅鋏鬼こうきょうきと呼ばれた、巨大なはさみを持つ紅鬼あかおにが、厚い唇で舌舐めずりをする。


《⋯⋯ぐへへへ、したに降りてきてやったんだ、だからしたをくれ、したを》



《⋯⋯そして、鉄扇てっせんを手にしているこっちの奴が、“鉄林(てつりん)曠野処(こうやしょ)“の番人、紅閃鬼こうせんき。物凄く怖いぜ。⋯⋯亡者たちをはりつけにして、苦しめるのを生業なりわいとしている紅鬼おにだ。⋯⋯狙われたが最期、命は無いと思え》


 紅閃鬼こうせんきと呼ばれた、鉄扇てっせんを持つ紅鬼あかおにが不気味に微笑んだ。


《⋯⋯どうも。⋯⋯お見知りおきを》

 


《⋯⋯そして私の名は、紅斬鬼こうざんき。⋯⋯うふふ、この刀はな、地獄の森の妖木ようぼくとする、地獄でも指折りの名刀、『鬼紅葉おにこうよう』、⋯⋯今宵、貴様らの血と命を吸い尽くす刀よ》



「⋯⋯な、なんだとぅ!? そうは問屋がおろ⋯⋯」


「⋯⋯(うるさ)い、何度も言わせるな、静かにしろ」


 猛る鎌足(かまたり)を、綾麿あやまろは再び制止する。

 そんな綾麿あやまろに向けて、紅斬鬼こうざんきは自信に満ちた表情で言葉を続けた。



《⋯⋯ふっ、日本ひのもとの守護者、『六歌戦ろっかせん』、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ⋯⋯、勝負だ! ⋯⋯今宵は御前ら人間ども全員を血祭りにあげ、我らあかの鬼の軍が京都の覇権と帝の命を頂く!!》



「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯⋯え?」



 紅斬鬼(こうざんき)の言葉に、鎌足のときが止まる。



 ⋯⋯『六歌戦ろっかせん』。



 ⋯⋯不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ



 聞き間違いでなければ、確かにそう聞こえた。



 隣に立っている綾麿あやまろの顔を、思わず見上げる。



(⋯⋯え? ⋯⋯此奴こいつが、⋯⋯この残虐非道で鬼畜で陰湿な綾麿おとこが、日本ひのもとを命を賭してまもる、ほまれ高き『六歌戦ろっかせん』の一人!? ⋯⋯は!? ⋯⋯は!? ⋯⋯え、何で⋯⋯、⋯⋯嘘だ、⋯⋯そんな)



 隣の鎌足かまたりからの刺すような視線。

 そしてその動揺の大きさに気付いた綾麿あやまろは、鎌足かまたりに軽く目を流すと、ぼそりと呟いた。


「⋯⋯言いたい事はあろう。⋯⋯が、今はあれこれとそなたに話す場では無く、また話す義理も無い。⋯⋯この御所を守りきったら、言いたいだけ不満を言え。⋯⋯今は日本ひのもと、帝の危機、目の前の紅鬼(てき)だけを見ろ」


「⋯⋯え」


鎌足(かまたり)の困惑の吐息の直後だった。




《⋯⋯者ども! さあ、祭りの始まりだ! かかれ!!》




 紅斬鬼こうざんきの雄叫びが、開戦の合図となった。

 既に戦闘態勢も戦意も十分、舌舐めずりで号令を今か今かと待ち構えていた二十の紅鬼あかおに『羅刹』たちが、一斉に鎌足かまたりや警備兵たちに飛びかかった。


修羅(しゅら)紅鋏鬼こうきょうきもまた、嬉々の表情を浮かべながら、手にした巨大な釘抜の先端のはさみを広げて、我先にと警備兵の集まりの中へ飛び込んでいく。



 夜の闇を(まと)い始めた厳かな庭園。

 その辺り一面が一瞬にして、まさに鬼たちの殺戮の場⋯⋯地獄の再現⋯⋯阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化した。

 庭園の至るところで、警備兵たちの絶叫が木霊こだまする。



《⋯⋯ぐへへへへ!! まずは挨拶代わりだ!!》


 警備兵たちの中に飛び込んだ紅鋏鬼こうきょうきは、巨大なはさみを思い切り一振りした。

 その直撃を受けた二人の警備兵が、遥か遠くにまで吹っ飛ばされていく。

 その飛ばされ地に叩きつけられた二人を待ち受けているのは、紅鬼(あかおに)たち。

 刀や斧で襲いかかられ、二人はあっという間にその全身を叩き潰されてしまっていた。



 紅閃鬼こうせんきもひらりと宙を舞うように、警備兵二人の前へと飛んだ。

 振り向きざまに手にした鉄扇てっせんを軽々と一振りする。

 鉄扇てっせんの先は鋭い刃になっているのだろうか。

 次の瞬間には、警備兵二人の首は宙を待っていた。



「⋯⋯ッ、皆の者! 決して怯むな! 帝を守護する者として、最期まで誇りを持って戦え!!」


 紅鬼(あかおに)の凶刃を受け止めた兼季かねすえが、警備兵全員を鼓舞する。



「⋯⋯ッ、や、やめろおぉぉぉ! 鬼どもめぇぇぇ!!」 


 まさかの言葉を耳にして呆けていた鎌足かまたりも、戦いの熱に導かれるように我に返ると、即座に鬼切丸おにきりまるを腰から抜いていた。

 そして紅鬼あかおにと警備兵の乱戦の中に、鬼切丸おにきりまるを構えて飛び込んでいく。



 乱戦が始まった直後、紅斬鬼こうざんきだけは綾麿あやまろを目掛けて、一直線に猛突進し、天高く()んでいた。

 そして手に握る鬼紅葉おにこうようを、綾麿あやまろの真上から振りかざした。


 綾麿あやまろはその剣閃けんせんを素早く避けると、村雨むらさめさやから真刃しんばを抜く。

 ほとばし不知火しらぬいあおほむら

 横一文字に薙ぎ払う一撃を、紅斬鬼こうざんきに向けて繰り出した。


 紅斬鬼こうざんきも怯まない。

 その動きも綾麿あやまろの速さに負けてはいない。

 そして刃の扱いが相当にうまい。

 避けられた鬼紅葉おにこうようの刃先をすぐに切り返し、この綾麿あやまろの一撃を受け止めると、(あお)い残炎の中、再び鬼紅葉おにこうようを頭上高くに掲げた。



 ⋯⋯すると目を疑うような、怪異が起きる。



 掲げた鬼紅葉おにこうよう

 その剣先が五つに枝分かれし、まるで五つの爪を持つ”熊手くまで“の様な形へと、一瞬にして変貌したのだ。



「⋯⋯これは!? ⋯⋯変幻自在の刀か!」



 紅斬鬼こうざんき熊手型くまでがたと化した鬼紅葉おにこうようを、綾麿あやまろに向かって思い切り振り下ろした。



《⋯⋯うふふふふふ、引き裂き、潰してやるよ! ⋯⋯死ね! 『六歌戦ろっかせん』!!》━━━━。








 ━━━━綾麿あやまろ紅斬鬼(こうざんき)との戦いの場から離れ、ひとり疾走はし鎌足かまたりの前を、鬼の刃で全身ずたずたにされた警備兵が吹き飛んでいく。


「⋯⋯っ、くそっ!」


 鎌足かまたりはこの場にいる誰よりも、小さく目立たず、そして素早かった。

 五十人の警備兵、二十三鬼の紅鬼あかおに、そして鎌足(かまたり)綾麿あやまろ兼季かねすえ

 荒々しく踏まれた玉砂利(たまじゃり)があちらこちらで吹き飛び、その下の土の埃が舞う程の、まさに乱戦。

 紅鬼あかおにたちの注意や意識がまだ自分に向けられていない中、紅鬼あかおにの隙を突いて奇襲ができるのは不幸中の幸い、この乱戦における鎌足(かまたり)最大の利点だった。



「⋯⋯ひ、ひいっ」


 目の前に倒れ込んだ警備兵に向けて、大鉈おおなたを振りかざす紅鬼あかおにがまず視界に入る。

 鎌足(かまたり)はその紅鬼(あかおに)を目掛け、左横から体当たりするように飛び込んだ。

 そしてその振りかざした腕を叩き斬ると、紅鬼(あかおに)の胸に鬼切丸(おにきりまる)を突き刺した。

 耳を(つんざ)くような、紅鬼(あかおに)の大絶叫。

 それは消滅する紅鬼あかおにの、断末魔の叫び。

 紅鬼(あかおに)の身体は前へと倒れ込みながら、くれないの霧と化していく。


 鎌足かまたりは返す刀で、素早く動く。

 次は自身の左前方。

 倒れた警備兵に槍を突き刺さそうとしている、紅鬼あかおにの後ろ姿を視界に捉えた。


 鎌足(かまたり)は身体を(ひるがえ)し、今度はその槍の紅鬼(あかおに)に向けて、鬼切丸(おにきりまる)を投げつけた。

 風を斬り、宙を飛翔する鬼切丸(おにきりまる)

 その半刃(はんじん)(いびつ)な切っ先は、槍を振りかぶる紅鬼(あなおに)の左の背中、左胸の後ろを的確に貫いていた。

 先の紅鬼(あかおに)と同様に、断末魔の金切り声の絶叫と共に、()()った紅鬼(あかおに)の身体はくれないの霧へと変わっていく。



「⋯⋯!?」


 その時、空に一つの現象が起きた。



 天高々と浮遊する二十三の紅の渦、羅生門(らしょうもん)

 その内の二つが、轟音(ごうおん)と共に激しく揺れ出し、流星のようにゆっくり落下し始めたかと思うと、空中で跡形も無く粉々に砕け散ったのだ。



「⋯⋯!? あの渦⋯⋯、もしかして紅鬼(あかおに)の命と直結している!?」



 しかし鎌足(かまたり)には今、戦い以外の事象に深く考えを巡らす(いとま)も、助けた警備兵に声をかける余裕も無かった。

 紅鬼(あかおに)はまだ残り二十一鬼もいる。

 次の激突に備え、霧と化した紅鬼あかおにの横、地に落ちた鬼切丸を拾い上げようと、鎌足(かまたり)は再び疾走はしり出していた。



 ⋯⋯その時。



 疾走(はし)る鎌足の足元目掛け、無数の鉄串てつぐしの雨が降り注いだ。


「⋯⋯っ!?」


 鎌足かまたり咄嗟(とっさ)に横に飛び避ける。

 更に前方に飛び込むようにして、この不意の鉄串てつぐしの雨をかわすと、地面へ滑り込んだ。

 落ちている鬼切丸おにきりまる(つか)を握りしめる。

 そして滑り込んだ勢いそのまま、激しい土埃つちぼこりと共に地を転がっていく。



「⋯⋯くっ!? な、何だ!? ⋯⋯また針!?」



 地に伏せた鎌足かまたりが、視線を上げる。

 そんな鎌足(かまたり)の視界に入ったのは、一人の警備兵。

 しかし警備兵は、鎌足(かまたり)のように狂気の雨を避けられなかった。

 その身体には、頭から足先まで全身の至る所に、無数の鉄串(てつぐし)が突き刺さっていた。

 鎌足(かまたり)の目の前で、鉄串(てつぐし)剣山(けんざん)と化した警備兵の身体が、無残にも崩れ落ちていく。


「⋯⋯針じゃない、串? ⋯⋯鉄の串!?」




 ⋯⋯その崩れ落ちた警備兵の先、土埃つちぼこり血煙ちけむりの向こう。




 其処そこには、鉄扇てっせんあお人形(ひとがた)紅鬼(あかおに)⋯⋯。



 ⋯⋯『修羅(しゅら)』の一鬼、紅閃鬼こうせんきが、鎌足かまたりをじっと見つめていた。




《⋯⋯私と紅影鬼(こうえいき)は、(いささ)か知り合いでな。紅影鬼(あやつ)の無念は晴らさせてもらう。⋯⋯昨夜の針の代わりに、今宵はこの私の串で、そなたを紅影鬼(あやつ)の元に(おく)ってくれよう》

 


 これから始まる、狂気と快楽に彩られた復讐の宴。



 鎌足(かまたり)を見つめる、紅閃鬼(こうせんき)の銀色の眼は、そんな狂わしさと愉しさに満ち溢れていた━━━━。

 



第50話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第51話「鬼紅葉」は、4月18日投稿予定です。

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