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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第49話  覚醒

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。鎌足(かまたり)の東番の当日、遂に鎌足(かまたり)と激突、刃を交えることになる。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。東番の当日、暮れ六つ前の綾麿あやまろの訪問をきっかけに、鎌足(かまたり)を悲劇が襲い、遂に綾麿(あやまろ)と刃を交えることになる。


 ━━━━飛ばした分銅(ふんどう)の先に切っ先鋭く(きら)めく、鬼切丸おにきりまる

 

 強敵の中将(ちゅうじょう)綾麿あやまろを前にして、勝利した紅影鬼(こうえいき)との戦いを再現したこの二段階の目眩(めくら)まし攻撃こそが、鎌足かまたりが辿り着いた”秘策“だった。


 鎌足かまたりは身体を(ひるがえ)して背中に手をまわした際、腰の帯に鬼切丸おにきりまるを差したと見せかけて、実は密かに鎖分銅(くさりふんどう)の先端に鬼切丸おにきりまるを絡めていたのである。

 

 分銅ふんどうよりも鬼切丸おにきりまるの刃先のほうが、当然に遥かに長く鋭く、攻撃力にも優れている。

 綾麿あやまろ鎌足(かまたり)の鎖鎌の技を目にするのは、今が初めて。

 鎖の間合いや速さは、まだ掴めてはいない。

 更に鎌足(かまたり)を見くびり、ひたすらに余裕を見せている。

 攻撃範囲が広く一撃の威力もある鬼切丸おにきりまるで、上空背後の死角から攻めれば、勝機は十分に掴めるはず。


 これが鎌足かまたりの算段だった。



「これぞ、伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、『天渡(あまわた)り』⋯⋯ならぬ、三十一ノ鎖刃(さじん)、『紛渡まがいわたり』! 引っ掛かったなッ、綾麿あやまろ! ⋯⋯もらったあああぁぁぁ!!」 



 想定した通りの展開を確信した鎌足(かまたり)が、勝ち誇った笑みを浮かべかけた⋯⋯。



 ⋯⋯その時。



 その笑みは中途半端に止まる。

 綾麿あやまろの次の動きは、鎌足かまたりの想定を遥かに超えていた。


 上空背後から迫る、鬼切丸おにきりまるの刃。

 綾麿あやまろは背後を一瞥いちべつすることもなく、まるで後ろに目でもあるかのようにひらりと身をひるがすと、左逆手の村雨むらさめ鞘刃さやばで、いとも簡単に鬼切丸おにきりまると鎖を弾いたのである。



「⋯⋯!? まさか! 死角からの鬼切丸おにきりまるもあんなに的確にさやで⋯⋯!? そんな!」



 勝利の確信から一転、手元に戻ってきた鎖と鬼切丸おにきりまるを掴んだ鎌足(かまたり)は、ただただ愕然(がくぜん)としながら綾麿あやまろを見つめるしかなかった。


 逆に綾麿あやまろの表情には動揺や焦りは微塵(みじん)も無く、左右それぞれの刃をだらんと下段に構えたまま、涼やかで妖しい恍惚こうこつの表情を浮かべている。


「うッ⋯⋯あ、ま、まさか⋯⋯、避けられた⋯⋯」



 今の綾麿あやまろの迎撃の動きで、村雨(むらさめ)鞘刃さやばから完全にほどけた下緒さげおが、綾麿あやまろの足元にだらりと垂れ、蛇のように地を波打っている。

 狼狽(うろた)えて後退りする鎌足(かまたり)

 そんな鎌足(かまたり)に向けて、綾麿あやまろ下緒(さげお)を操る蛇の化身のように、妖しく狡猾こうかつな笑みを浮かべた。


「まさか鬼切丸おにきりを飛ばしくうを操るとは⋯⋯、ふっ、なかなかやるな、⋯⋯だが残念だったな、この鞘刃さやば光沢こうたくは鏡と同じ。背後からの攻撃を如実に教えてくれる。⋯⋯まあ、鞘刃(さやば)が無かったとしても、あれしきの攻撃、避けることは容易いこと。⋯⋯よいか、麿まろごとは通じぬ。⋯⋯このつかつば下緒さげおさや鳳凰ほうおうに至るまで、全てが村雨むらさめ! ⋯⋯麿まろ狂刃やいば


「⋯⋯そ、そんな⋯⋯」



 そして綾麿あやまろほどけた下緒(さげお)を手元に手繰り寄せ、鞘刃(さやば)に再び巻き付けながら、鎌足(かまたり)に決定的な一言を告げた。


「今の技がそなたの目一杯の力、”限界“だろう。残された頼みの綱の伊賀流鎖鎌(いがりゅうくさりがま)⋯⋯、その間合いも読めた。長さ、速さ、強さ、鋭さ、全て見切った」


「⋯⋯っ!?」


「その鎖も投げやすさに重きを置き、そなたの素早さを消さぬよう、恐らくは伊賀秘伝の軽い鉛を使って造られたものだろう。だが、その軽さではこの村雨むらさめ二刀の無敵の刃を弾くことはできん。後は鎖にどんな変化をつけようが、麿(まろ)には決して届かぬ(ゆえ)、意味は無い。⋯⋯よって勝負は諦めよ、⋯⋯終わりだ、伊賀の鎌足(かまたり)


(⋯⋯そ、そんなことまであの一撃で見抜いたのか!?)



 綾麿あやまろの戦闘能力、そして相手の力を見抜く分析能力は、鎌足かまたりの予想を遥かに凌駕りょうがしていた。


 綾麿あやまろに鎖の軌道を見切られることを恐れての、一撃必殺の初手。

 鬼切丸おにきりまるまでも使った秘策だった。

 それを難なく弾かれたばかりか、鎖鎌術の秘伝も含め、その全てを見切ったという今の綾麿あやまろの言葉。


(⋯⋯今の”見切った“という言葉、⋯⋯はったり⋯⋯、じゃない。しかも、まだ全然本気でもない。そして余裕を見せながらも、警戒だけは怠っていない。今の動きも鎖や鬼切丸(おにきりまる)の変化に備えて、十分な間合いを取って避けていた⋯⋯、くそっ、きっと『鎌鼬かまいたち』でも通じない、どんな変化をつけても綾麿こいつには届かない⋯⋯、⋯⋯綾麿こいつ⋯⋯一体何者なんだ、江戸にも存在を知られていない、こんな強い剣客(やつ)がこの世に居ただなんて⋯⋯)


 血の滲む努力をして会得した鎖鎌が、目の前でにやにやと笑う、この世で一番憎いと思う男には通じない。

 鎌足かまたりに今、悔しさがこみ上げる。


(⋯⋯くそっ、くそっ、⋯⋯う、ううぅぅ⋯⋯)



「さあ⋯⋯、いくぞ。⋯⋯その柔肌を焦がされるのと、凍らされるのと、どちらの死が好みだ? ⋯⋯選べ」


(⋯⋯ぐっ、⋯⋯こ、綾麿こいつは人じゃない、⋯⋯鬼でもない、⋯⋯“魔物まもの”だ)



 真刃(しんば)鞘刃(さやば)、左右の二刀をきらめかせた綾麿あやまろの殺意の笑みに、鎌足(かまたり)の胸の鼓動が早くなる。


(⋯⋯こんな憎い綾麿やつに負けて殺され、そして大吾だいごの仇も討てないまま、終わるのか⋯⋯!? うっ⋯⋯、い⋯⋯嫌だ、⋯⋯嫌だ、そんなの⋯⋯嫌だ!)



 悔しさだけではない。


 急激に高まる絶望感。


 そして自分自身への嫌悪感。

 


 心の奥底に秘めていた”何か“に少しずつ触れるように、胸の奥が熱くたかぶっていく。



 村雨むらさめから放たれた蒼白(そうはく)の波動で受けた、全身の傷。

 力を込めて鎖と鬼切丸(おにきりまる)を投じたことによって、その傷口も開いていた。

 その開いた傷から、鎌足(かまたり)太腿ふとももへと一筋の血が流れていく。




(もう勝ち目は無い⋯⋯、私は負ける⋯⋯、一番殺されたくない相手に、殺される)




 そんなの確信、死の覚悟が鎌足に芽生えた時。




 何処からか、声が聞こえた⋯⋯。




(⋯⋯オモイダセ、⋯⋯オマエノ、トザサレタキオクヲ)




 ⋯⋯ような気がした。

 



 伝い流れる血が、太腿ふとももからす紋章いれずみを赤く染める。




 ⋯⋯とくん




 胸の奥が、熱く、強く、脈打つ━━━━。





 ━━━━何かが鎌足かまたりの中で弾けた。





 鎌足かまたりはゆっくりとうつむいた。

 その真下を向いた顔には、何故(なぜ)か笑みがこぼれていた。

 先程までの絶望や悲嘆は今、不思議と何処(どこ)かへと消え失せていた。



 ⋯⋯目の前に現れた、生涯最強とも言える強敵。

 ⋯⋯その自信に満ちた得意気な顔が、許せない。

 ⋯⋯それを今、木っ端微塵ぱみじんに叩き潰せる、喜び。



 ⋯⋯そんな不思議な興奮と快感の感情が、極彩色(ごくさいしき)の花が芽生え(つぼみ)が開くように、鎌足(かまたり)の心の奥底から唐突に次から次へと沸き上がっていた。



(⋯⋯あ、あれ? どうして⋯⋯、こんな気持ちに?)



 口元を緩ませ、顔を上げた鎌足かまたり



 その顔は、嬉々とした妖しい笑みに包まれていた。



 湧き上がる感情が、鎌足(かまたり)の口から漏れる吐息を、半ば無意識に荒々しい挑発の言葉へと変える。



「⋯⋯っふふ、うふふふふふふふふ、⋯⋯これまで散々に人を斬って斬って、斬りまくってきたけど⋯⋯、⋯⋯こんなに殺しがいのある化け物は初めてよ!!」



 挑発的な言葉を吠えたその瞳から伝わるのは、戦いを見守る警備兵たちが、本当に鎌足(かまたり)が乱心していると信じてしまうほどの、常軌(じょうき)(いっ)した輝き。

 それは殺意を超えた、狂気。

 血走っている(まなこ)は、綾麿あやまろへの憎悪の念と共に、何処(どこ)かどす黒い快楽の情にも満ちていた。

 


「⋯⋯!? ⋯⋯⋯⋯、そなた⋯⋯?」


 鎌足かまたりの尋常ではない異変に、綾麿あやまろもすぐに気が付いた。



「⋯⋯面白い、殺ってみろよ。⋯⋯その前に殺ってやるよ。伊賀を舐めるなよ、おい⋯⋯、綾麿あやまろ



 鎌足かまたりは薄ら笑みを浮かべながら、妖しくぎらついた眼をそっと閉じる。

 敵を前にしながらも、眼を瞑る。

 その意味と意図が、綾麿あやまろにはすぐに分かった。



「⋯⋯ほう、麿(まろ)に動きを読ませぬため、まずは殺気を消そうというのか、これは面白⋯⋯」




 ⋯⋯綾麿あやまろがそう言いかけた時。




 ⋯⋯その綾麿あやまろのすぐ目の前で、鎌足かまたりは目を大きく見開きながら、鬼切丸おにきりまるを高々と振りかざしていた。



「⋯⋯っ、何だ!? この動きは! 今までとは別人!?」


「⋯⋯うふふふふふふ! 死ね! 綾麿あやまろぉ!!」



 綾麿あやまろはこの鬼切丸おにきりまるの不意の一撃をすんでの所でかわすと、すぐさま後ろに飛び退いた。

 その狩衣かりぎぬの左袖は、大きく縦に斬り裂かれていた。



「⋯⋯ちっ、外したか。でも次は外さない」


「⋯⋯殺気が消せる、か。しかも速い。⋯⋯そなた、先程までの鎌足かまたりではないな。⋯⋯もしや」


「⋯⋯もしや、何だよ? ⋯⋯へんっ、あまりの速さに驚いただろ」



 綾麿あやまろに何ら臆せず、愉しそうに薄笑いを浮かべる鎌足かまたりの眼は、笑みとは正反対の狂気と殺意に溢れていた。


(⋯⋯こやつ)


「⋯⋯へへへ、⋯⋯ふふふふふ」


 そのまま綾麿あやまろ鎌足かまたりは、言葉のないまま激しく睨み合う。



(⋯⋯この鎌足もの。⋯⋯明らかに違う。内に秘めていた本当の力が無意識に表に出ているのか? ⋯⋯だとするとこの凄まじいまでの狂気は⋯⋯? ⋯⋯いずれにしても、生かしておくわけにはいかぬ、か)



 ⋯⋯下段に構えた村雨むらさめ真刃(しんば)鞘刃(さやば)を、腕を開きながらゆっくりと上げていく綾麿あやまろ

 ⋯⋯鎖と分銅(ふんどう)を左腕に肩当(かたあて)手甲(てっこう)のように巻き付け、右逆手に鬼切丸おにきりまるを構える鎌足(かまたり)



 両者は無言のまま間合いを崩さず、横に走り出した。



 広い中庭を駆けながら、徐々に間合いを詰めていく。



 鎌足かまたりがまず先に地を跳ね、飛んだ。

 軽業師を彷彿とさせる前方回転で勢いをつけ、更に宙で見えない何かを踏んだようにもう一段階跳ねると、舞うような華麗な動きで綾麿あやまろの遥か頭上から斬りかかる。


 そして目にも止まらない速さで鬼切丸おにきりまるを振るう、瞬速の連続攻撃。


 一撃一撃の切れ、剣閃けんせんの回数、その斬撃の全てが、先程までの連撃とは段違いの鋭い体捌たいさばきだった。



 綾麿あやまろも怯まない。

 村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを、鎌足(かまたり)剣閃(けんせん)(きら)めきに合わせて、妖しく揺らめかせた。

 

 それはまさに鏡合わせ。

 左には左、右には右、上には上、そして(しゃ)には(しゃ)

 目にも止まらない速さで縦横無尽に二刀を巧みに操って、十二支の方角から乱れ飛んでくる鎌足(かまたり)の攻撃の全てに、真刃(しんば)鞘刃(さやば)をぶつけていく。


 綾麿あやまろもまた、先程までの回避とは段違いの速さと切れだった。

 鎌足かまたり鬼切丸おにきりまる剣閃けんせん、その全てをまたたく間に弾き返す。


 最後の袈裟斬りを弾いた綾麿あやまろは、狩衣かりぎぬひるがえし、今度は逆に鎌足かまたりに斬りかかっていった。

 攻めに転じた綾麿あやまろの、左右からの村雨むらさめ二刀の連続攻撃。

 鎌足(かまたり)はその剣閃(けんせん)を左右に跳びはねて避けると、最寄りの御所の廊下へと宙返りしながら跳び上がった。

 そして隣接した障子戸を体当たりで破ると、内裏だいりの部屋の一つへと飛び込んでいった。


 綾麿あやまろも即座に追撃する。

 廊下へ、そして広間へと、地や床を跳ねるようにして飛び込んでいく。



 中庭に集い見守る五十人の警備兵たちにとっては、剣の達人同士が繰り広げる、まさに息をもかせぬ死闘。

 しかし二人の戦いは、詰所でもこの広い中庭でも終わらない。

 もはや御所内の全ての場所が今、この二人の生死を賭けた“戦場”の場と化していた。



「⋯⋯ふふふふふ、逃さぬ、伊賀の鎌足(かまたり)

 

「⋯⋯ははははは、私を捉えてみろ、綾麿あやまろ


 

 ふすまに囲まれた畳敷きの、由緒を感じる広間の中。


 綾麿あやまろ真刃しんばによる一閃。

 陽炎かげろうのような残像を残しながら、その刃をかわした鎌足(かまたり)の姿が、綾麿あやまろの前から、ふっ⋯⋯と消えた。

 鎌足かまたりを外した綾麿あやまろ真刃しんばは、背後にあったふすま袈裟懸けさがけに鋭く斬り裂いていた。

 長方形から台形へと形を変えた、(ふすま)の上半分が燃えながら宙を舞う。

 そして次の瞬間には、その舞う(ふすま)の陰に潜むようにして、姿だけでなく鎌足(かまたり)の気配もまた、その場から忽然(こつぜん)と消えていた。


 (ふすま)の残った下半分も、真刃(しんば)(あお)い波動によって炎に包まれていた。

 広間や内裏(だいり)の長い歴史を感じさせる、古めかしい焦げた匂い。

 二人の今の心を表したような、黒い煙。

 視覚と聴覚を刺激しながら、(ふすま)は激しく燃え盛る。


 みるみるうちに木枠と灰だけに化していく、(ふすま)の奥。

 ⋯⋯それは灯りの無い、隣接した広間。

 燃える(ふすま)の明かりすらも届かない。

 そんな隣室の漆黒の闇の中から、綾麿あやまろを狙って、鎖と分銅(ふんどう)が突如として飛んだ。


(⋯⋯伊賀鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつ、四十一ノ鎖刃(さじん)螺旋斬らせんざん⋯⋯)


 殺意に満ちたこの鎖は、螺旋(らせん)状に激しく回転していた。

 幾重にも渦を巻きながら、触れる何もかもを飲み込むような勢いと速さで、綾麿あやまろの喉元へと迫っていく。

 綾麿あやまろは、左逆手の鞘刃(さやば)を巧みに(しな)らせた。

 それは螺旋(らせん)の流れに逆らうのではなく、敢えて“合わせる”動き。

 そして(くさり)をまるで(さや)に巻き付け絡め取るようにいなしながら、弾き飛ばした。


 (ふすま)の奥の隣室に目を流した綾麿あやまろが、闇の中に立つ鎌足かまたりの左腕だけを捉える。

 その左腕が鎖を手繰り寄せる。

 すると綾麿あやまろに弾かれた鎖と分銅(ふんどう)は、宙を舞いながら再び隣室の闇の中へと戻っていく。


 鎖が闇に消えると同時に、綾麿あやまろが今しがた一瞬捉えた鎌足かまたりの姿と気配は、再び完全に消え去っていた。


 ⋯⋯ほんの僅かな静寂の時が流れる。


 綾麿あやまろはゆっくりと目を閉じた。

 障子に襖、天井に畳、床下に中庭。

 空間の四方八方周囲に、綾麿あやまろは意識を集中する。


 そんな綾麿あやまろの背後から、まるで枝垂しだれ桜のように、鎖と分銅(ふんどう)が天井からゆっくりと、音も無く垂れ下がってきていた。

 そして綾麿あやまろの真後ろへと下りた鎖は、徐々に振り子のような揺れを見せ始めた。


 背後の異変に気付いた綾麿あやまろが目を開いた時。

 鎖は一際大きく振れると、一気に攻撃に転じた。


 綾麿あやまろが振り向きざまに、迫る鎖分銅(くさりふんどう)真刃(しんば)で弾く。

 それが新たな死闘の合図だった。

 天井に潜んでいるだろう鎌足(かまたり)の、次なる鎖鎌の技が牙を剥く。


伊賀鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつ、十二ノ鎖刃(さじん)枝垂嵐(しだれあらし)⋯⋯)


 弾かれた後に天井裏へと消えた鎖と分銅(ふんどう)は、今度は別の天井板を激しく突き破り、綾麿あやまろへと再び迫っていった。

 綾麿あやまろはその頭上からの攻撃を、真刃(しんば)鞘刃(さやば)の二刀で弾きながら、華麗にかわしていく。

 綾麿あやまろに弾かれ避けられるたびに、鎖分銅(くさりふんどう)は再び天井裏へと消え、そしてまた別な天井板を突き破っては現れ、弾かれて消え、先に空いた穴からまた再び現れる。


 これが十数回は繰り返されただろうか。

 そして最後は、天井板の数枚を激しく突き破って、”何か“が落下してきた。


 それは、鎖を太腿ふとももや腰へと巻き直した、鎌足かまたり自身だった。

 天井裏で鎖を操っていた鎌足(かまたり)が遂に姿を現し、鬼切丸おにきりまるかざして襲いかかってきたのだ。


 綾麿あやまろを突き殺そうと、その頭上から振り下ろされる鬼切丸おにきりまる

 その急襲の刃を、颯爽(さっそう)とかわした綾麿あやまろは、着地したての鎌足(かまたり)が乗る畳に、真刃(しんば)を突き刺した。

 そして鎌足(かまたり)を乗せたまま、真刃(しんば)を握る右手を天に掲げるように思い切り畳をめくり、鎌足(かまたり)を畳ごと宙を舞わせた。


 (たたみ)を蹴り、宙を舞う鎌足(かまたり)

 二人の間を舞う畳。


 床へと落ちる畳を挟んで、二人の刃が同時に突きを放ち合う。


 畳を突き抜けた、綾麿あやまろ真刃(しんば)鞘刃(さやば)

 同じく畳を突き抜けた、鎌足(かまたり)鬼切丸(おにきりまる)と“槍”。


 畳が地へと落下した時、綾麿あやまろ鎌足(かまたり)は、畳越しに向かい合っていた。

 綾麿あやまろを外した槍の切っ先が、ぱらばらと崩れ、鎖へと戻っていく。


伊賀鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつ三十六さぶろくノ鎖刃、槍衾やりぶすま⋯⋯)

 

 鬼切丸おにきりまる綾麿あやまろ狩衣かりぎぬの右袖あたりを貫いていた。

 一方、真刃(しんば)鎌足かまたりの胴すれすれを通り、鞘刃(さやば)鎌足(かまたり)の髪留めを掠り、粉々に吹き飛ばしていた。

 風圧で鎌足(かまたり)の解けた髪と、綾麿あやまろの前髪がなびく。


 真刃(しんば)鞘刃(さやば)も、そして鬼切丸(おにきりまる)も、相手の身体を捉えてはいない。


 即座に綾麿あやまろが反撃に転じる。

 畳一枚越し、すぐ傍に佇む鎌足(かまたり)を仕留めるため、綾麿あやまろは畳を貫いている二刀を持つ手を、まるで観音開きの扉のように左右に開き、畳を一気に真っ二つに斬り裂いた。

 髪をなびかせながら後方へと飛び退いた鎌足(かまたり)の眼前で、斬り裂かれた畳の半分は先の(ふすま)のように激しく燃え上がり、もう半分は氷が地に落ちた時のように粉々に砕け散っていく。


(⋯⋯逃さぬ、と言ったであろう)


 綾麿あやまろ真刃(しんば)鞘刃(さやば)へと仕舞うと、鞘刃(さやば)に巻き付けていた下緒(さげお)を一気に振り解く。

 そして今度は手首ではなく、明らかな絞殺の意図をもって、間合いを取った鎌足かまたりの首に向けて、その下緒(さげお)を投じた。

 しかし、鎌足(かまたり)も同じ手は食わない。

 素早く身を反らして下緒(さげお)を間一髪避けきると、再び障子を突き破り、隣接した廊下へと飛び出していた。


此処ここまでおいで⋯⋯」


 そしてそのまま、真っ直ぐに長く伸びた廊下を、正門近く紫宸殿ししんでんの方角に向けて疾走はしりだした。


 綾麿あやまろも、すぐに追撃へと動く。

 障子を蹴破り、廊下を駆け、鎌足かまたりの後を追う。


 全速で疾走はし鎌足かまたりが、不意にぴたりと足を止めた。

 そして追ってくる綾麿あやまろを即座に振り返り、心から愉しそうに、にやりと笑った。

 その右手には、構え直した鬼切丸おにきりまる


「⋯⋯なーんてね」


 そんな鎌足(かまたり)の視界の真ん中に、鎌足(かまたり)を追尾する綾麿あやまろがどんどん迫ってくる。

 振り向いた鎌足(かまたり)、追いかける綾麿あやまろ

 二人の目が合う。


 鎌足(かまたり)の笑みに呼応するように不敵な笑みを浮かべる綾麿あやまろ

 その左手が構えるのは、下緒(さげお)をたなびかせた村雨むらさめ鞘刃(さやば)


 鎌足かまたり(きびす)を返し、綾麿あやまろに向かって全速で疾走かけた。


 綾麿あやまろも突進してくる鎌足かまたりを迎え撃つため、更に疾走かける。


 鎌足かまたり疾走(はし)りながら、左逆手で腰の鎌を抜く。


 綾麿あやまろ疾走(はし)りながら、鞘刃(さやば)から真刃(しんば)を抜いた。




 長い廊下の中央で今、二人の影と刃が再び激しくぶつかり、交差していた━━━━⋯⋯⋯⋯⋯⋯。










⋯⋯「⋯⋯その命、此処(ここ)で、捨ててもらう、鎌足!」


「私たちに害をなす魔物まものめ、死ね、綾麿あやまろ!⋯⋯」⋯⋯











 ⋯⋯⋯⋯━━━━綾麿あやまろ鎌足(かまたり)、この二人の死闘は、その後も様々な部屋や廊下、中庭で繰り広げられていた。


 暮れ六つからは、四半刻(しはんとき)(※30分)近くが経とうとしている。

 既に陽もかなり沈み、松明たいまつ篝火(かがりび)の炎が各所に揺らぐ中、激しい戦いと斬り合いの末に、二人がたどり着いた場所⋯⋯。



 土壁と共に四方を取り囲み、咲き誇る満開の桜。

 橋が掛けられた池、水面に揺れて映る美しい月。

 随所に灯籠や仏塔が立ち並ぶ、厳かな和の景色。

 


 ⋯⋯それは御所正面。



 あの荘厳にそびえ立つ、巨大な赤鳥居の真下。

 一面の玉砂利に彩られた、内裏(だいり)最大の広さを誇る、中庭だった。



 鎌足(かまたり)は今、玉砂利の音を大きく響かせながら、鬼切丸おにきりまるを手に、この広大な中庭を全速で駆けていた。


 そんな鎌足(かまたり)と睨み合いながら並走するのは、村雨(むらさめ)二刀を手にした綾麿あやまろ



 ⋯⋯攻撃の間合いを図り、最善の位置を取る。



 疾走(はし)鎌足かまたりは、その一点だけに集中していた。

 距離の目算のため、綾麿あやまろからほんの一瞬、地の玉砂利の方へ目線が()れた。



 ⋯⋯そこに、隙が生まれた。



 綾麿あやまろはその隙を逃さない。

 鎌足かまたりの足元⋯⋯次の一歩の着地点をめがけ、素早く懐から取り出した“何か”を投げつけた。



 それは綾麿あやまろの”余裕の象徴“とも言える、あの扇子だった。



 扇子は疾走する鎌足かまたりの、踏み出した足元を的確に払っていた。


 軽く小さな扇子とは言え、不意の飛来と衝突では、意外な程の大きな効果を持つ。

 想定外かつ予期せぬ死角からの飛び道具に、鎌足かまたりは足元がほつれ、その勢いでつまずき、そして前のめりで頭から激しく地に倒れ込んだ。


「⋯⋯なッ!! ⋯⋯ッ、⋯⋯う、うぐッ」


 鎌足かまたりはすぐに半身を起こしたものの、相当に頭を強く打ち付けたのか、それとも打ち所が悪かったのか、頭を抱えてその場に座り込んだ。



 綾麿あやまろ鎌足かまたりのすぐ傍に駆け寄る。

 そして座り込む鎌足かまたりの頭上で、村雨むらさめ真刃しんばを振りかざした。



 ⋯⋯これで勝負は決した。



 ⋯⋯鎌足かまたり綾麿あやまろに斬られ、ここで命果てる。



 二人の戦いを必死に追いかけ、遠目で眺めていた何人かの警備兵たちの誰もがそう思った。



 しかし何故なぜ綾麿あやまろは、その刃を鎌足かまたりの頭や首には振り下ろさない。

 それどころか明らかに様子がおかしい。

 考え込んでいるのか、それとも何かを思い出しているのか。

 鎌足(かまたり)を見下ろす眼はどこか虚ろで、遠い何かを重ねているように見える。



 そんな綾麿あやまろが、二つの短い言葉を呟いた。




「⋯⋯__⋯⋯__」




 それは声にならない声。

 呟いた、というよりは、吐息。

 いや、唇だけが動いた、といったほうが正しいのかもしれない。

 


 鎌足(かまたり)は依然として、頭を抱えて唸り声を上げながら座り込んでいる。

 綾麿あやまろは固まったまま、そんな鎌足かまたりしばらく見つめていた。

 しかし後は何も語ることもなく、ゆっくりと振り上げた刃を下ろすと、その場に落ちている扇子を拾ってふところへと戻した。


「⋯⋯⋯⋯」




「⋯⋯ッ、痛たた⋯⋯、あ、あれ? 私、何を⋯⋯?」


 痛みで涙目の鎌足かまたりが、左右に首を振りながら、頭から手を離す。

 手を離したことで改めて見える、鎌足(かまたり)の眼。

 それは⋯⋯、綾麿あやまろが昨日から見知っている、つい先程までの鎌足かまたりものだった。



(⋯⋯頭を打ち、正気に戻ったか。⋯⋯しかし、それにしても、本能だけの戦いで“俺”に七分ななぶから八分(はちぶ)の力を出させるとは⋯⋯。『六歌戦ろっかせん』の五人はともかく、麒麟きりん青龍せいりゅうたち以外に、そのような人間がいたとはな)



「⋯⋯くっ⋯⋯、⋯⋯あ!? あ、綾麿あやまろッ!」


 傍に立つ綾麿あやまろに気づき、鎌足かまたりは後方に飛び退いた。



 綾麿あやまろはそんな鎌足かまたりを、ただ黙ってじっと眺めている。


(⋯⋯此奴こやつの秘めた力は常人のものでは無い。少々見くびりすぎていたこと、やはり認めざるを得ぬな。⋯⋯あなどれぬ奴。いや、決して侮れぬ、女子(おなご)だ。⋯⋯早い内に芽を摘まねば、弓削(ゆげの)小夜(さよ)と同じく大きな脅威となろう)






⋯⋯「⋯⋯どうした! ⋯⋯一体この騒ぎは何事だ!?」



 綾麿あやまろ鎌足かまたりの戦いの騒ぎを聞きつけ、近衛大将兼季このえたいしょうかねすえも駆け付けてきた。


 兼季かねすえだけではない。

 いつの間にかこの中庭には、今晩の警備兵五十人全員が集結していた。

 そして二人の事の成り行きを、遠巻きに見守っている。



「⋯⋯確か、鬼切丸おにきりまるの『紛渡まがいわたり』が弾かれて、⋯⋯で、綾麿あいつの声を聞いて⋯⋯、ん、えっと⋯⋯、⋯⋯あ。そこからの記憶がぼやけてる? ⋯⋯けどまだ決着は着いて⋯⋯、⋯⋯無い!?」


 鎌足は記憶を思い出しながら現状を確認すると、再び綾麿あやまろに向き直って鬼切丸おにきりまるを構えた。


「⋯⋯⋯⋯」


 綾麿あやまろもまた、村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを固く握り直す。



「⋯⋯やいっ、綾麿あやまろぉ! 人の皮を被った鬼め⋯⋯! 大吾だいごかたき、そして日本ひのもとの平和と、江戸の安寧あんねいのため、今、此処ここで御前を斬るッ!」


「⋯⋯いな、死ぬるはそなただ。⋯⋯一つ悟った。麿まろたちの決起にとって、そなたの存在はいつか必ず大きな災いとなるだろう。⋯⋯それ(ゆえ)に絶対に生かしてはおけん」




 静かに猛る綾麿あやまろと、熱く猛る鎌足(かまたり)

 二人が再び刃を向け合った⋯⋯。





 ⋯⋯その時だった。





 何処どこからか吹き込んでくる、(あか)霧風きりかぜ

 その妖しい氣流(きりゅう)が、綾麿あやまろ鎌足かまたりの足元に、不快にまとわり付いていく。



「⋯⋯ッ!? おい、あれは何だ⋯⋯!?」

「⋯⋯空が! 空が、ゆがんでいく⋯⋯!」



 何人もの警備兵が空を見上げて指差し、口々に声を上げる。



 御所の上空は、今まで見たこともない程に濃いくれない色によどんでいた。

 それだけではない。

 空には(あか)い”穴“が無数に現れ、まるで触れるもの全てを吸い込む竜巻のように、激しく渦を巻いている。

 そしてその渦から、螺旋らせん状に回転しながらほとばしっているのは、霧のような(あか)瘴氣(しょうき)



 そしてその数もまた、異常だった。

 それは渦の“群れ”とも言える情景だった。


 ⋯⋯五、⋯⋯十、⋯⋯十五、⋯⋯二十。


 ざっと数えただけで、確実に二十以上の禍々しい(あか)い渦が、京都御所の上空にぽっかりと口を空けている。

 その中でも特に目を引くのは、一際大きく脈打つ、“群れ”の中央に位置する、三つの渦。

 その三つだけは大きさと言い、回転の速さや氣の量と言い、他の(あか)い渦とは別格だった。



「⋯⋯あ、あれは!? ⋯⋯ま、まさか!?」

「⋯⋯ひっ、出、出たああああぁ⋯⋯!!」



 警備兵の誰しもが恐怖を覚え、身体を震わせていた。

 武人としての武者震い、ではない。

 恐怖の身震いだった。


 紅渦(それ)は紛れもなく、この現世と地獄とを繋ぐ、魔性の入り口に他ならなかった。



「⋯⋯っ、全軍、警戒しろ! ⋯⋯鬼が来る!!」



 兼季かねすえが刀を抜き、大声で警備兵たちにげきを飛ばす。 




 鎌足かまたりは初めて目の当たりにする異形(いぎょう)の光景に、背筋が凍り付くような戦慄せんりつを感じずにはいられなかった。

 額に汗が滲み、鳥肌が立ち、鬼切丸おにきりまるを握る手が、自然と小刻みに揺れる。



「⋯⋯あ、あのあかい渦は? そしてこの邪気は!? ⋯⋯御所に今、一体何が起きているんだ!?」



 村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばもまた、霧のあかに染まっていた。



 綾麿あやまろは眼光鋭く、空を見上げ、そしてつぶやいた。



「⋯⋯開いたか、⋯⋯あかの『羅生門らしょうもん邪道じゃどう。⋯⋯来たな、鬼ども⋯⋯」━━━━。




第48話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、いよいよ第50話!

「紅の羅生門」は、4月16日投稿予定です。

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