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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第48話  綾麿 対 鎌足

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


 ━━━━綾麿あやまろが言う人と鬼の境目、そして鎌足(かまたり)の東番開始を告げる、暮れ六つの鐘が鳴り終えていた。


 そしてその重々しい音色に導かれたように今、東番の詰所つめしょ内には様々な憎しみと怒りが激しく交差していた。

 遂にそれぞれの“鬼を斬る妖刀ようとう”を抜いて睨み合う、上座の綾麿あやまろと下座の鎌足かまたり



「⋯⋯さあ、どこからでもかかってくるがよい。憎い人鬼(ひとおに)と呼ぶこの麿(まろ)の命、その鬼切丸(おにきり)の刃で奪ってみよ」



 上座の綾麿あやまろは特に仰々しく構えるでもなく、左右の腕をだらりと下げ、下段に村雨むらさめの刃とさやを備えていた。

 そして蝋燭ろうそくの炎のように揺らめきながら、上座から下座へ、ゆっくりとゆっくりと鎌足(かまたり)に近付いていく。

 

 余裕の笑みが浮かぶ綾麿あやまろとは対照的に、鬼切丸おにきりまるを構えた鎌足かまたりは、体の中でじわじわ湧き上がってくる畏怖いふの念をぬぐいきれない。

 綾麿あやまろが一歩前に進むごとに、鎌足(かまたり)は半ば無意識に近い警戒の念に囚われ、一歩ずつ後ろへと退いていた。

 


 村雨(むらさめ)の刃とさやから、(ほとばし)るように波打つ蒼白のほむら

 これ程までの尋常ではない凄まじい妖気を放つやいばを、鎌足かまたりは未だかつて目にしたことがなかった。



(⋯⋯凄いのは刃だけじゃない。扱う綾麿あいつも刃の妖気と完全に一つになっている⋯⋯)



 鎌足(かまたり)は今日に至るまで、江戸徳川と将軍の危機を排除する公儀御庭番こうぎおにわばんとして、数多くの任務をこなしてきた。

 相当に腕がたつ武芸者との立合たちあいも、奇怪な剣術を使う他流派の忍との戦いも、数多くの実戦経験があった。

 更にこの十日あまりの間でも、甲賀(こうが)忍の中に潜んでいた蒼鬼あおおにや、甚左じんざに成りすましていた紅影鬼こうえいきなど、人外の鬼や地獄の武器との遭遇も経験している。

 そして鎌足(かまたり)はその全ての死闘を勝利して、今日まで生を繋げてきた。


 しかし今、迫りくる綾麿あやまろ村雨むらさめの両の(ほむら)は、鎌足かまたりの瞳には、過去に出会ったどの強敵をも凌駕(りょうが)する、恐ろしい存在に映っていた。



 鎌足(かまたり)は素早く上下左右に目を送る。


(⋯⋯っ、この狭い詰所(つめしょ)の中では鎖鎌は十分に使えない⋯⋯か、⋯⋯とすれば、頼むぞ、鬼切丸おにきりまる



 自ら積極的に動こうとはせず、明らかに攻めに躊躇(ちゅうちょ)を見せている鎌足かまたりを、綾麿あやまろが冷ややかに挑発する。



「⋯⋯ふふふ、先程までの威勢はどうした? 攻めて来ないのならば、此方こちらから先にいくぞ」



 その言葉が終わるや否や、綾麿あやまろが先に静から動へ、攻めに転じた。


 攻撃の狼煙(のろし)か、やや前屈(まえがか)みとなった綾麿あやまろは、数にして僅か二、三度、床を強く蹴った。

 それは音も無い、たった二、三歩。

 しかし次の瞬間には、鎌足(かまたり)が退きながら維持していた警戒の間合いを越えて、綾麿あやまろは一気に鎌足(かまたり)のすぐ近くへと迫っていた。

 まさに流れる水のような、滑らかな動き。

 それはたった数歩が、一足飛びに思える程に素早かった。


(⋯⋯なッ!?)


 目を丸くする鎌足(かまたり)

 その眼前に迫ると同時だった。

 綾麿あやまろは右手に持つ村雨むらさめの刀⋯⋯自身が“真刃しんば”と呼ぶ刃を、鎌足かまたりの顔をめがけて下手から斬り上げていた。


「⋯⋯くっ!」


 唐突に崩された間合い。

 鎌足かまたりの正面真下から、振り子のように迫ってくる村雨むらさめ真刃しんば


 鎌足(かまたり)すんでの所で身を引いて、どうにかその刃をかわしていた。



(⋯⋯ッ、なんて速い動きなんだ!? 十分な間合いと警戒を怠らなかったのに、消えて⋯⋯、そして一瞬で目の前に現れた⋯⋯)



 鎌足(かまたり)の驚きはそれだけではない。

 真刃しんばの第一撃をかわした鎌足かまたりの顔に、その真刃が生み出した高熱の波動が伝わってきた。


「⋯⋯熱いっ!? ⋯⋯これはやっぱり見間違いや幻覚なんかじゃない、刀自体が燃えている!?」



「⋯⋯ほう、まだ様子見の軽い一振りだったとは言え、この間合いの限られた中で、村雨むらさめ真刃しんばの下段斬り上げをかわすか」



 綾麿あやまろは縮まった間合いの中、くるりと身をひるがえした。

 そしてその回転の勢いのまま、今度は左の逆手持ちの(さや)⋯⋯自身が”鞘刃さやば“と呼ぶもう一つの刃で、鎌足かまたりの死角から突きを放った。


「⋯⋯っ、今度はさやで、か⋯⋯!?」


 再び眼前に迫る刃⋯⋯さやこじり(※(さや)の先)に対し、鎌足(かまたり)咄嗟(とっさ)に身体を捻らせ、目一杯に()()る。

 先程まで鎌足の手首を拘束していた、鞘刃さやばに巻かれた下緒さげお

 その因縁の朱色の紐が、周りの空気を切り裂くように、鎌足(かまたり)の目の前に勢いよくなびいていた。

 懸命の動きで鞘刃(さやば)を避けきった鎌足(かまたり)には、その眼前でなびく下緒(さげお)すらも、自分に襲いかかってくる第三の刃のように思わずにはいられなかった。


「⋯⋯うッ!? つ、冷たいっ⋯⋯、氷の刀!?」


 しかも肌に感じるのは、先のような熱さではない。

 今度は凍えるような冷気が、よろける鎌足かまたりの頬をかすめていた。



「⋯⋯ほう。⋯⋯なるほど、紅鬼あかおにでも名うての術者、紅影鬼こうえいきたおしたのは、まぐれではないかもしれんな」


 

 再び間合いを取るためにふらふらと後退した鎌足(かまたり)余所(よそ)に、綾麿あやまろ真刃(しんば)鞘刃(さやば)をだらりと下段に構え直し、まるで剣舞けんぶの余興でも愉しんだ後のように、余裕に薄笑みを浮かべている。



(⋯⋯綾麿こいつ、全然本気を出していない⋯⋯、⋯⋯っ)



 この隙に鎌足かまたりも呼吸を整える。

 そして動揺を捨て去り、再び闘志を湧き立たせるように、鬼切丸おにきりまる正眼せいがんに構え直した。

 しかし、その心の中は落ち着くどころか、むしろ更に乱れに乱れ、激しくざわついていた。



(⋯⋯くそっ、麒麟きりんの化け物ぶりを昨日はあれこれ語っていたくせに、綾麿こいつ自身も同じ⋯⋯、いやそれ以上の化け物だ⋯⋯、さやで人を斬れるなんて⋯⋯。そして刃にも(さや)にも炎や冷気を(まと)わせるなんて⋯⋯、これは妖刀ようとう村雨むらさめだからこそ成せる技なのか!? ⋯⋯っ、一体どうなっているんだ、東西番頭(とうざいばんがしら)、武官の中将(ちゅうじょう)とは言え、ただの貧弱な一介の公家のはずなのに⋯⋯、やはり昨日感じた御頭(おかしら)百地翁(ももち)様をも凌ぐ強大な氣は、勘違いじゃなかったのか!? そして⋯⋯綾麿こいつの動き⋯⋯あまりにも⋯⋯う)



 ⋯⋯鎌足(かまたり)は思考の続きを止めた。

 そして首をぶんぶんと横に振った。


 目の前で初めて見た綾麿あやまろの華麗な体捌き、そして真刃(しんば)鞘刃(さやば)の二刀の流れ。

 それをどこか“美しい”とすら感じてしまっている自分。

 それを鎌足(かまたり)は懸命に否定していた。


 生き死にの戦いに集中して臨んでいる鎌足(かまたり)に、そんな雑念をふと抱かせる程に、この時の綾麿あやまろは、ともすれば魔性と言える人外じんがいの妖美さと強さを(まと)っていた。



(⋯⋯落ち着け、落ち着け、惑わされるな)

 


 そんな鎌足(かまたり)の心の声や性格まで全てを見通したのかのように、綾麿あやまろは嘲笑いながら鎌足(かまたり)を挑発した。



「⋯⋯ふふふ、麿(まろ)の動きに驚いて足が(すく)んだか。先程までの威勢は早くも何処どこかへ消え去ったようだな。⋯⋯さて、なら次は麿まろがその太刀(たち)を受けてやるとしよう。⋯⋯さあ、七十年前、紅鬼(あかおに)どもを滅したという伝説の鬼切丸おにきりの力、見せてみよ。⋯⋯死に急ぐ、伊賀の愚か者よ」



(⋯⋯な、なにぃっ!?)

 

 奇しくもこの綾麿あやまろの挑発が、短気な鎌足(かまたり)の闘争心に火をつけ、再び燃え上がらせた。

 油を注がれた怒りの火勢は、鎌足(かまたり)の雑念を一気に忘却の彼方へと吹き飛ばす。

 


「⋯⋯臨むところ⋯⋯だッ!!」



 鎌足かまたりが攻めに転じた。

 正眼せいがんの構えのまま重心を低くし、鬼切丸おにきりまると共に全速で綾麿あやまろの懐に突っ込む。


 鎌足かまたりの小柄な体躯たいくは、刃の競り合い時などは不利になることもあったが、その逆に優位な点も幾つかあった。

 最大の利点は、その動きの”早さ““身軽さ”だ。



(⋯⋯綾麿あいつ村雨(むらさめ)二刃(にじん)、それぞれの重さや圧で攻めるなら、⋯⋯鬼切丸おにきりまるでの私の攻め方は、⋯⋯こうだ!)



 鎌足かまたりは連撃に活路を見い出そうとした。

 自身の素早さと、半刃はんじん鬼切丸おにきりまるの扱いやすさ。

 この二つの長所を最大限に生かした攻撃だった。


「⋯⋯うぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」


 この鎌足かまたりの真っ向から斬り掛かった最初の一撃は、綾麿あやまろがいとも簡単に真刃しんばで弾いた。

 ぶつかり合う刃と刃。

 火炎の花が散る。


 自身の右上に跳ね上げられた鬼切丸おにきりまる

 鎌足(かまたり)は頼みの綱を危うく手放しそうになった。


(⋯⋯くそっ、こんな奴に負けるかッ!)


 だが何とか気迫で鬼切丸(おにきりまる)を持ち直す。

 そしてそのまま第二撃となる袈裟けさ斬りを繰り出した。


 この第二撃も、薄ら笑みと共に颯爽さっそうとかわされる。


 かわされた後の第三撃は、また逆に右上に戻すように刃を斬り上げる左逆袈裟(ひだりぎゃくけさ)斬り。

 しかしその第三撃も、綾麿あやまろ鞘刃さやばによって防がれ弾かれた。



「これが江戸の柳生新陰流やぎゃうしんかげりゅうの流れを汲む、伊賀新陰流いがしんかげりゅうか。⋯⋯ふふふ、なるほど、その若さで小頭こがしらに抜擢される意味が少しは理解できる。麒麟(きりん)に近い天性の素質はある。⋯⋯だが、まだまだ太刀の繋ぎや振りが甘い」


(⋯⋯何っ!? ⋯⋯知ったような口を! どこまでも偉そうにッ!? ⋯⋯私の連撃はこんなものじゃないぞ!! ⋯⋯まだまだッ! )


 かわされても弾かれても、そして(さげす)まれ(ののし)られても、鎌足(かまたり)の攻撃は続く。

 身を屈めてからの飛び上がるような突きの第四撃、かわされてもまた次の第五撃と、立て続けに鬼切丸おにきりまるの刃を綾麿あやまろに向けて繰り出していく。

 右から左への水平斬り。

 今度は左からの袈裟(けさ)斬り。

 その刃を戻しながらの逆袈裟(ぎゃくけさ)斬り⋯⋯。


 しかしどの攻撃にも、綾麿あやまろは涼やかに余裕の笑みを浮かべ続けていた。

 鎌足(かまたり)の必死の連続攻撃は、そのどれもが綾麿あやまろに悠々といなされていく。


 身体を旋回させながら振り下ろす左右の変則的な連撃も、真刃(しんば)鞘刃(さやば)で難なく弾かれてしまう。

 また続けざまに繰り出した上段中段下段の三段突きも、綾麿あやまろ狩衣かりぎぬをふわりと優雅にひるがしながら、まるで風を身にまとったように華麗な動きでかわしていった。



「⋯⋯ふふふ、どうした? それが全力か。麿(まろ)はまだ半分も力を出してはおらぬぞ?」


(⋯⋯くそっ、くそっ! 素早さでは絶対にまさるはずなのに!!)



 どの角度から刃を走らせても、真刃しんば鞘刃さやばに的確に弾かれ、鎌足(かまたり)の攻撃は綾麿あやまろ狩衣かりぎぬにすら(かす)りもしない。

 一太刀一太刀繰り出すたびに、逆に鎌足(かまたり)の表情に焦りの色が滲んでいく。



 そんな鎌足(かまたり)とは対照的に、綾麿あやまろの目はどこまでも冷静だった。


(⋯⋯これが鬼切丸おにきりの力か。⋯⋯そろそろ頃合だな)



 刀と刀がぶつかり合う音や閃光せんこうの数は、三十回はゆうに越えていた時だった。


「⋯⋯うおおおおっ!!」


 もう何回目になるのかも分からない、鎌足かまたりの渾身の叫びと再びの袈裟(けさ)斬り。

 それを綾麿あやまろ真刃しんば鞘刃さやばの二刀を十字に交差させ、鬼切丸おにきりまるを挟み込むようにして、それ以上の動きを封じた。


「⋯⋯あっ!?⋯⋯ッ」


 連撃を止められたことを悟った鎌足(かまたり)が、短く狼狽(ろうばい)の声を上げる。


 二人は互いに至近距離で睨み合いながら、刀のつば迫り合いの状態となっていた。

 しかし男と女、二刀と一刀。

 力の差は歴然だった。

 鍔迫(つばぜ)り合いさえまだ手を抜いているのか、涼しい顔をしたままの綾麿あやまろに対して、力では圧倒的に不利な鎌足かまたりの顔には、明らかに苦しさが滲んでいた。


 鎌足(かまたり)の顔のすぐ間近に迫る、村雨むらさめ二刀の妖しい熱気と冷気。

 その異様さを如実に表すように、鎌足(かまたり)の額から流れる汗は、右頬と左頬で全く異なっていた。

 右頬を伝う汗は氷点下の外にいるように凍りつき、そして左頬の汗はその量が尋常ではなく、床へと途切れることなくしたたり落ち続けている。



 その時、追い詰めた鎌足(かまたり)を刃越しに見下しながら、綾麿あやまろが淡々と口を開いた。



「⋯⋯流石は鬼切丸おにきり半刃はんじんとは言え、その斬れ味、鋭さ、麿まろの想像以上だ。来たるべき鬼の本隊との戦いで使えることは間違いない。⋯⋯だが、⋯⋯残念なのはその持主よ」


「⋯⋯ぐッ、ッ⋯⋯、な、⋯⋯何だとぅ!?」


「良いか。斬る側と扱う側⋯⋯刀と持主には常に相性というものがある。扱いやすさの点ではそなたと鬼切丸おにきり相思相愛そうしそうあいかもしれんが、鬼切丸おにきりが秘める真の強さにそなたは見合ってはおらん。また鬼切丸おにきり半刃はんじんゆえに薄く軽く、同類の妖刀ようとう村雨むらさめの二刀を前にしては、その力の差は歴然。まるで大人と子供、決してかなわぬ。⋯⋯鬼切丸おにきり村雨(むらさめ)に及ばぬということは、それすなわち、そなたは麿まろには絶対に勝てぬということ」


「⋯⋯ッ、⋯⋯そ、そんなこと、ないッ⋯⋯」


「⋯⋯いな。その刃の特性を活かすすべを知らぬうちは、まるで赤子の手を捻るようなものだ」



 最後に吐き捨てるように嘲りの言葉を投じた綾麿あやまろは、真刃しんば鞘刃さやば鎌足(かまたり)を押し込んだ。

 そして二つの刃を握る手に力を込め、一気に鎌足かまたりを強く突き放した。



「⋯⋯うわあああっ!?」



 突き飛ばされた鎌足かまたりは背中から、壁際の雨戸にまで吹っ飛んでいた。

 そのまま鎌足(かまたり)の身体は、背中から雨戸を突き破り、廊下を弾み、詰所(つめしょ)の外の中庭にまで転がっていく。


「⋯⋯が、がはッ! ⋯⋯ぅぅッ、が」


 飛ばされた勢いのまま後方に数回転しながらも、鎌足(かまたり)は何とか片手で地を叩いて飛び跳ねると、後方宙返りしながら中庭に着地した。



 片膝をつき、顔を(しか)めている鎌足(かまたり)の視線の先には、完全に粉砕されて内部が筒抜けの雨戸。

 その開放された大きな穴からは、詰所つめしょの中に悠然と佇む綾麿あやまろが見える。

 先程と同じく村雨(むらさめ)の二刀を下段、左右両手で広げるように構えている綾麿あやまろは、目が合った鎌足(かまたり)を不敵に一笑すると、そのままゆっくりと中庭の方へと歩き出した。

 


 詰所つめしょの外へと戦場(ぶたい)を移しかけている、綾麿あやまろ鎌足(かまたり)の戦い。

 これに動揺を隠せなかったのは、暮れ六つ近くになっても鎌足かまたりたちが集合場所に現れないことを不審に思い、詰所つめしょの周辺に集まっていた五十人の警備兵たちだった。


 誰からともなく刀や槍や弓を手に、とりあえず詰所つめしょ周りに集まってはみたものの、その中から漏れ聞こえてくるのは、入るのを躊躇ちゅうちょしてしまうくらいの激しい物音と怒鳴り声。

 ⋯⋯一体この中で何が起きているのか。

 ほとんどの警備兵たちが固唾かたずを飲んで様子を(うかが)っていた最中に、鎌足かまたりがいきなり雨戸を破って飛び出してきたのである。

 驚き慌てふためくのも無理はなかった。

 更に鎌足(かまたり)の痛々しい姿と、外からちらりと垣間見える平次へいじ大吾だいごの悲惨な亡骸なきがらに、早くも鬼が現れたのかと勘違いし、謎の雄叫びを上げる者も多数いた。

 警備の指示出しをする者が居ない中、警備兵たちは総じて皆、どうしてよいか分からず右往左往している。



 ゆらゆらと揺らめく殺気、熱気、そして冷気。

 綾麿あやまろはこの妖しい三つの氣に包まれながら、詰所つめしょと中庭の境である廊下へと姿を見せていた。

 鎌足(かまたり)の畏怖の念が、御所を舞う風にも伝わったのか。

 中庭の鎌足(かまたり)を睨みつける綾麿あやまろの凛とした立ち姿は、中庭に咲き誇る桜の木々から舞い散る花弁(はなびら)にも包まれて、鎌足(かまたり)が感じた美しさに加え、神々しさえも(まと)っていた。



 まさか中将(ちゅうじょう)綾麿あやまろまでもが詰所(つめしょ)に居るとは思わなかった警備兵たちは、更に激しく戸惑いを見せていた。


中将ちゅうじょう様⋯⋯?、今日は警備の御担当ではないのに、どうして詰所ここに!?)

(江戸の援軍の方と、中将ちゅうじょう様が戦っておられる!?⋯⋯のか? 何故なぜこんな状況に!?)

(もう東番は始まっているというのに、一体何が何だか⋯⋯、我らはどうすれば⋯⋯)


 ざわつく警備兵たちを左から右へ軽く見渡した綾麿あやまろは、中庭へと降りる三段程の小さな踏み段の前で立ち止まると、取り囲む警備兵に向かって高らかに声を上げた。



「⋯⋯皆の者、聞け。⋯⋯東番頭ひがしばんがしら鎌足かまたり殿は、御皇すめらみこと名代みょうだいであるこの麿まろに、恐れ多くも刃を向けた。⋯⋯見ての通り御乱心ごらんしんゆえ麿まろが今からこの場にて斬り捨てる。当東番の警備兵五十名がその見届役だ。⋯⋯そして麿まろの仕置きには⋯⋯、ふふふ⋯⋯、一切の手出しは無用」


(⋯⋯なッ? ⋯⋯ら、乱心だと!? ⋯⋯く、くそっ、言わせておけば!)



 怒りをあらわにする鎌足(かまたり)を一瞥した綾麿あやまろは、僅か三段の足場を一段一段、愉しそうにゆっくりと降りていく。


 先程の威厳に満ちた命令に加えて、内裏だいりでの位階いかいの高さに、東西番頭としての経験と実力が生む求心力、そして鬼を斬る妖刀ようとう村雨むらさめの神秘的な魅力。

 この場に集まった警備兵たちの心は今、綾麿あやまろが完全に掌握していた。

 新参者の江戸の若き東番頭、鎌足かまたりに心なびく者は皆無だった。


(⋯⋯中将(ちゅうじょう)様、御御足おみあしが、足袋たびが汚れます、どうぞ)


 綾麿あやまろへの心酔や忠義の表れか、最後の一段に立った綾麿あやまろに、丁寧に草履ぞうりまで差し出す者もいた。

 その草履ぞうりを履き、絶大なる余裕と内裏での権威を鎌足(かまたり)に見せつけながら、綾麿あやまろは悠然と中庭に降り立った。



「⋯⋯動きに鈍さが見られるのは、昨日の紅影鬼(こうえいき)の針を受けたのか、どうやら身体の至るところに怪我をしているみたいだな。それと、毒とか先程ほざいていたが、その影響か足元も何処(どこ)かおぼつかぬ。⋯⋯満身創痍(まんしんそうい)。⋯⋯とは言え、それを差し引いても、まだまだだ」



 余裕綽々に呟く綾麿あやまろを苦々しく見つめながらも、鎌足(かまたり)は今、もう一つの武器⋯⋯鎖鎌に活路を見出そうとしていた。



(⋯⋯広い中庭ここならば鎖鎌くさりがまが使える⋯⋯! 伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがまの技は、綾麿あいつは一度も見たことはない。間合いの外からの攻撃こそ間違いなく私に分があるはず。⋯⋯後は私の必殺の間合いに綾麿あいつをどう引き込むかだ)



 いつでも鎖や分銅ふんどうを放てるように⋯⋯。

 そう考えた鎌足(かまたり)が、忍ばせた腰と足の鎖を外すため、羽織と袴を脱ぎ捨てようとした時だった。



「⋯⋯そなたが連撃ならば、麿(まろ)も次は連撃で応えてやろう。⋯⋯いくぞ」


「⋯⋯うっ!?」



「⋯⋯覚悟しや」



 その一言の直後だった。

 綾麿あやまろはたった数歩で間合いを一気に詰め、鎌足かまたりの眼前へと凄まじい速さで迫っていた。



「⋯⋯くッ!⋯⋯(この間合いでは駄目だ!)」


「⋯⋯真刃しんば鞘刃さやばの連撃、⋯⋯果たしてそなたにかわせるか?」


 妖しく瞳を(きら)めかせた綾麿あやまろが、左右の手をしならせる。

 四方八方、縦横無尽に、次から次へと間髪入れずに鎌足かまたりに降り注ぐ、真刃しんば鞘刃さやばの雨、殺意を帯びた熱気と冷気。

 その全てを鎌足かまたりは必死に避け、そして鬼切丸おにきりまるで懸命に受け止めた。 


 閉ざされた詰所内に引き続き、今度は外で繰り広げられる激しい剣撃。

 刃と刃、ぶつかり合う二本の刀とさやの音の一つ一つが、中庭全域に見えない衝撃波のように拡がっていく。

 見守る警備兵たちは、二人の間に高速の光の筋の残像しか見えない。

 そんな驚愕の死闘の情景に、口をぽかんと開けたまま全員が固まっていた。



 鎌足かまたりの鎖鎌の術にも、敵に触れずとも真空で敵を切り裂く『鎌鼬かまいたち』という技があるが、綾麿あやまろ剣閃けんせんもまさに“それ”だった。

 肌に触れるぎりぎりをかわしながらも、鎌足かまたりの頬や腕やももは、炎で焼かれ氷で凍らされたように、無数の細かな傷を重ねていった。



 綾麿あやまろの十字に構えた真刃(しんば)鞘刃(さやば)が、再び鎌足(かまたり)鬼切丸おにきりまるを受け止める。


「⋯⋯諦めろ。⋯⋯何度も言わせるな、そもそもそなたには万に一つも勝ち目も無い。早くこの村雨むらさめさびとなったらどうだ?  ⋯⋯ふふふ」


「⋯⋯ッ、⋯⋯はは、⋯⋯冗談はよせ。誰が諦めるか。私は諦めの悪い性格ほうなんだ」



 相変わらずの綾麿あやまろの挑発に、相変わらずの勝ち気さを貫いた鎌足かまたりは、この短い接近戦の間に全神経と意識を集中させて、綾麿あやまろの次の動きを必死に予想していた。



(⋯⋯ッ! 先程よりは村雨むらさめに込めた力は強い⋯⋯が、⋯⋯まだかなり余裕を見せているな、こちらの力量を測るように、徐々に本気を出していく気だな⋯⋯、くそっ、⋯⋯ならばきっと、また”突き放す“はずだ)


 突き放す⋯⋯。

 そんな綾麿あやまろの残像を想像する鎌足かまたりの中に、まだ手の内を一切見せていない鎖鎌くさりがまを使った、様々な作戦がひらめく。


(⋯⋯突き放されたと同時に、得意の間合いまで退き、油断しているところを狙って即座に鎖鎌を放つ⋯⋯! これならばいける! ⋯⋯でも綾麿こいつの事だ、いくら見た事の無い鎖鎌だとしても、一、二度軌道を見れば、きっと間合いを見切られてしまう)


 鎌足(かまたり)の頭を最後に()ぎるのは、昨日の紅影鬼(こうえいき)との戦い。


(⋯⋯紅影鬼こうえいき同様に二撃までで決着をつけるしかない。大蛇縛おろちしばりは⋯⋯、⋯⋯駄目だ。あの二刀で鎖の隙間を作られる⋯⋯。鎌鼬かまいたちは⋯⋯、⋯⋯駄目だ。綾麿こいつは余裕とは裏腹に、避ける間合いには細心の注意を払ってる⋯⋯、隙なんて無い⋯⋯、どうする⋯⋯どうしたらいい⋯⋯)


 慎重になればなるほど、浮かんでは消え、また浮かんでは消える次の一手。



 思案にくれる鎌足(かまたり)を、綾麿あやまろが再び嘲笑う。


「⋯⋯懲りぬ奴だ、ここまで意固地いこじな男は初めてだ」




「⋯⋯ッ!? 男じゃない! ⋯⋯私は、“女”だ!!」



「⋯⋯な、に?」




 鎌足かまたりの何気ない返事に、一瞬だけ綾麿あやまろの動きが“止まった”。



(⋯⋯!? 力が弱まった! これなら自分から刀を弾き、必殺の間合いまで一旦、退ける!)



「⋯⋯女、⋯⋯女子おなごだと?」



「⋯⋯ッ! その余裕が、命取り⋯⋯⋯⋯よッ!」



 鎌足かまたりは今度は自ら村雨むらさめの二刀を弾くと、相当の後方へと飛び退しりぞいた。


(⋯⋯色々考えたけど、やはりこの手しかない!)



 そして鎌足(かまたり)は遂に⋯⋯、身にまとっていた羽織袴はおりはかまを脱ぎ捨てた。

  

 御所内で初めて露わにする、御庭番の忍装束。


 風に舞い、桜の花弁と共に宙をたなびく羽織。

 羽織を脱ぐ時に触れた鎌足(かまたり)の一つ結びの髪が少し解け、ほつれた黒絹の糸のように風にふんわりとなびいている。

 若い女性らしく瑞々しい色白の太腿(ふともも)には、その白と似つかわしくない鉛色の鎖が妖艶に巻き付き、背中には文庫結び(※蝶結び)の帯が鮮やかにひらめく。

 そしてその帯の隣にはいびつ鬼切丸おにきりまるの刃が、沈みゆく陽の光を浴びてきらめいていた。


 

 そんな鎌足(かまたり)の姿もまた先程の綾麿あやまろと同様、今、舞い散る桜の花吹雪に包まれて、警備兵の何人もが溜め息をつくほどに凛々しく、そして何よりも、美しかった。



 ⋯⋯偽りの若衆姿ではない、明らかに女忍としての鎌足(かまたり)の本当の姿が、其処そこにあった。



 夕闇と桜に映える鎌足(かまたり)のその姿を、ぼんやりと見つめていた綾麿あやまろが、珍しく動揺を見せながら呟いた。


「⋯⋯女子(おなご)、⋯⋯鬼切丸おにきりを操り、紅影鬼(こうえいき)(たお)したのが、女子おなごだと? ⋯⋯まさか⋯⋯」



「⋯⋯ふんっ! 女だからって甘く見るなぁ!!」



 声も完全に本来の女声に戻した鎌足(かまたり)は、綾麿あやまろにわざと見せつけるように、敢えて大きな動作で鬼切丸おにきりまるを腰の後ろに差した。

 そして脚や腰に巻き付いている鎖を、じゃらりとした音を響かせて一気に外し、腰の鎌袋から鎌を抜いて眼前に差し出すようにして構えた。


 ⋯⋯鬼切丸おにきりまるではなく、鎖鎌で攻撃に転じる。

 綾麿あやまろにそう”意識させる“ための動きだった。



 そんな鎌足(かまたり)の企みに、綾麿あやまろは何一つ勘付いてはいない。


(⋯⋯なるほど。まさか女子おなごだったとは。⋯⋯小夜さよ朱雀すざくだけではない、此処(ここ)にも男顔負けの剣腕(うで)を持つ、強気の女子(おなご)が居ったか⋯⋯。今の世の女子(おなご)の力、決して見くびることはできぬものよ。⋯⋯だがしかし)


 綾麿あやまろは軽く目を閉じ、何かを自身に言い聞かせると、冷静に悠然と立ち尽くしたまま、いつもの斜め上からの嘲りの笑みを浮かべた。



「⋯⋯ふふふ、それにしても切っ先届かぬ間合いを取るなど。御庭番おにわばん女子(おなご)忍は、余程“逃げ”が得意と見える」



 何度も鎌足(かまたり)を苛立たせてきた、綾麿あやまろの挑発。

 しかし今、鎌足(かまたり)は憤るどころか、この綾麿あやまろの笑みと不動の佇まいに、逆に内心にやりとほくそ笑んでいた。



(⋯⋯綾麿あやまろ、この間合い、⋯⋯私のものだ)



 今の両者の間合い。

 それはまさに、鎌足かまたりの狙っている間合いそのものだった。



「⋯⋯どうした? 鬼切丸おにきりが駄目なら次は鎖鎌か?」



 鎌足かまたりが心の中で再びほくそ笑む。



「⋯⋯鎌足かまたりの名の由来ゆらいの一つ、その身体でとくと思い知るがいい! ⋯⋯伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、壱ノ鎖刃さじん天渡あまわたりッ!!」



 鎌足かまたりは素早く、身をひるがした。

 全身をばねにしての回転、捻り。

 鎌足(かまたり)が味方につけたのは、遠心力。

 鎌自体は手の中に残し、その鎌から繋がっている鎖と分銅(ふんどう)の方を、回転の勢いそのまま、綾麿あやまろに向けて思い切り投げつけた。



「⋯⋯ほう、天渡(あまわた)り⋯⋯とな」



 綾麿あやまろに凄まじい勢いで襲いかかる鎖。



「⋯⋯これが伊賀の秘伝の鎖鎌術、か。⋯⋯ふっ、大したことはない」


 

 しかし綾麿あやまろは余裕そのものだった。

 何故なぜならば、鎌足(かまたり)の投じた渾身かつ秘策の第一撃の鎖は、目的の綾麿あやまろの真正面には飛んではいなかったからだ。

 やや左へとずれて飛翔した鎖は、綾麿あやまろがほんの半身軽く横へ動くだけで、呆気なくかわされてしまっていた。



「⋯⋯ふふふ、何処どこを狙っている?」



 鎌足かまたりの明らかな失投に、綾麿あやまろは嘲りの笑みを浮かべていた。


 まとであったはずの綾麿あやまろを外した鎖の先端も今、嘲り笑う綾麿あやまろの背後の空高くを虚しくはしっていた。




 ⋯⋯それを見た鎌足かまたりは、焦るどころか何故(なぜ)か勝利を確信する。


(⋯⋯狙い通りだッ!!)


 嬉々としてその目を見開いた。



「⋯⋯掛かった! かく、⋯⋯隙ありッ!!」



 鎌足(かまたり)は手にしていた鎖と鎌を、強く巧みに引く。

 すると引かれた鎖は、空中で突如として向きを変えて弧を描き、不自然に左右に揺らめいた。

 鎌足(かまたり)は更に鎖を引く。

 その複雑で素早い腕の動きによって、鎖は更に空中で直角に向きを変え、綾麿あやまろ背後の斜め上空、右の死角から再び綾麿ひょうてきに向かって急角度で襲いかかった。



 その鎖の先端には、分銅ふんどう⋯⋯



 ⋯⋯ではなく。




 紅影鬼こうえいきたおした時と同様に、先程腰に差し戻したと”思わせた“鬼切丸おにきりまるが、いつの間にか結びつけられていた━━━━。




第47話も最後までお読み頂きありがとうございました。

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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第49話「覚醒」は、4月12日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
⋯⋯ッ! その余裕が、命取り⋯⋯⋯⋯よッ! このセリフ! 声劇の゜ 。:.゜おぉ(*゜O゜ *)ぉぉ゜.:。 ゜ 1場面ですね 凄い戦うシーンがリアリティ溢れています!!!
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