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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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47/51

第47話  暮れ六つの鐘

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


 ━━━暮れ六つを告げる鐘、その第一鐘が鳴るまで残されたとき極僅ごくわずか。



 数えにして三百(※5分)を切ろうとしている中、呆然とする鎌足(かまたり)の目の前、仰向けで横たわっている大吾だいごの首元には、高々と村雨(むらさめ)の刃が突き立てられていた。



「⋯⋯あや、⋯⋯ま、⋯⋯だい⋯⋯ご⋯⋯、え⋯⋯?」



 蒼鬼(あおおに)が投じた、十字手裏剣による刺傷によってか。

 それとも麿あやまろが“手向たむけ”と告げた、村雨(むらさめ)の刀傷によってか。


 どちらが最終的に致命傷となったのかは、鎌足(かまたり)には分からない。

 ただ、間違いなく言えること。

 それは、横たわる大切な仲間⋯⋯大吾だいごは、潤んだ虚ろな目を薄く見開いたまま、既に息絶えている、ということだけだった。 



 だがしかし、村雨(むらさめ)の刃を突き立てた当の本人⋯⋯綾麿あやまろだけは、その答えがどちらであるかを確信していた。



「⋯⋯鬼でも葬魂の鬼でもない、”人“を斬るのは久しぶりだ。⋯⋯名前すらよく知らぬ伊賀の忍だが、人間界の修羅の道に生きた者。行き先は間違いなく天上界ではなく地獄だろう。⋯⋯だが、この村雨むさらめに最期を見葬みおくられ、無限むげん地獄を免れた事には、心から感謝するがよい」



 綾麿あやまろ大吾だいごの胸から村雨むらさめを素早く抜くと、すぐに宙を斬り血を振り払い、ゆっくりと刃を鞘へと納めていった。

 そして狩衣かりぎぬを颯爽と翻し、鎌足(かまたり)の隣を平然と通って、上座かみざへと戻っていく。


 綾麿あやまろはすれ違いざま、鎌足(かまたり)一瞥いちべつした。


「⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯う⋯⋯」


 鎌足(かまたり)は涙を浮かべた目を見開き固まったまま、何の反応も見せない。


(⋯⋯ふん)


 そのまま悠然と上座に座した綾麿あやまろだったが、詰所(つめしょ)に入ってきた時とは違う点が見られた。

 先程は正座して礼節を見せていた綾麿あやまろは、今度は村雨むらさめを肩に掛け置いて足を崩し、片膝を立てていた。

 それは昨日の奥座敷の時のような、無作法さだった。



 そんな余裕の綾麿あやまろとは対照的に、呆然と立ち尽くしていた鎌足かまたりは今、膝から崩れ落ちていた。



 血の海に横たわる、仲間二人の無残な亡骸なきがら

 目の前で起きた一連の出来事が、今だに現実のものとは信じられないのか、鎌足(かまたり)は呆然としたまま、視点も虚ろで定まっていない。


 そんな殺伐(さつばつ)かつ混沌(こんとん)とした下座の情景を見下しながら、綾麿あやまろは薄ら笑みを浮かべた。



「⋯⋯さて、邪魔な鬼もねずみ二匹も消え、やっと二人きりになれたな。⋯⋯だがそれにしても東番がまだ始まってもないのに、御庭番衆おにわばんしゅうはもう鎌足そなた一人を残すのみ⋯⋯、哀れな話よな、⋯⋯ふふふ」



 綾麿あやまろのこの呟きに、鎌足(かまたり)がようやく反応を見せた。

 虚ろな表情でうつむいたまま、その身体がふらふらと揺れる。

 鎌足(かまたり)はゆっくりと立ち上がった。



「これからどうする? 鎌足かまたり殿。そなた一人で何ができよう。⋯⋯何なら、其処そこの戸口からこのまま江戸に逃げ帰り、東番を麿まろに差し戻⋯⋯」

「⋯⋯何故なぜ、殺した⋯⋯」


 

 両の拳を握りしめた鎌足(かまたり)の小さな呟きが、綾麿あやまろの声をさえぎる。



「⋯⋯? ⋯⋯今、何か言われたか、鎌⋯⋯」

「何故、大吾だいごを、殺した⋯⋯?」



 小刻みに身体を震わせた鎌足かまたりは、綾麿あやまろが発する言葉の上に、冷たく吐き捨てるように、怒りを言葉に変えて重ねていく。


 上座の綾麿あやまろからは、鎌足(かまたり)の横顔が僅かに見えるものの、その表情まではうかがい知れなかった。



「⋯⋯私や大吾だいごが御前に何をしたっていうんだ⋯⋯? ⋯⋯何故なぜ、殺した?」


「⋯⋯何をした? ⋯⋯ふふふ、その言葉、そっくりそのままお返ししよう、鎌足(かまたり)殿。麿まろは江戸徳川を心底憎んでいる。よって、武士や忍など身分を問わず、その政権に付き従う手下共どもも、また同罪。⋯⋯麿にとっては鬼に次いで憎き存在だ」


「⋯⋯だから、⋯⋯だから大吾だいごを、⋯⋯殺したのか」


「殺したのではない、見葬みおくってやっ⋯⋯」


大吾だいごは助かった、生きていた⋯⋯、生きていたんだ、この人殺しめ⋯⋯」


「何を言う。誰が見ても手遅れだ。それに忠告したはずだ。あのままでは蒼鬼おに葬魂そうこんの道連れ。()して成仏はできん。鎌足殿そなた(おく)れぬならば、この麿まろが代わりに⋯⋯」



 綾麿あやまろの返す言葉に、(うつむ)いていた鎌足かまたりは唐突に顔を上げた。

 その顔は、見るからに凄まじい怒りに満ちている。

 そして目に涙を滲ませながら、綾麿あやまろの方を力強く振り向くと、怒鳴るように叫んだ。



「⋯⋯ッ、その目で実際に地獄の底を見てきたような、ふざけた口ぶりはやめろ!!!!」



 振り向いた鎌足かまたりの眼は、怒りと悲しみで完全に理性を失っていた。


 その瞳の奥に煌めくのは、確かで強烈な殺意。



「⋯⋯⋯⋯」



 鎌足(かまたり)(ののし)られた綾麿あやまろは、一言も言葉を発しない。

 自分に向けられた殺意の象徴⋯⋯鎌足かまたりの鋭い瞳を、ただ黙って見返した。



 ⋯⋯そんな綾麿あやまろの瞳は一瞬、何処どことなく寂しげに見えた。



 しかし、そんな綾麿あやまろが見せた瞳の憂いの色に、怒りに囚われている鎌足(かまたり)は気付くことはなかった。



「⋯⋯仲間の壮絶な死で、気が狂ったか。鎌足かまたり殿」


「⋯⋯綾麿あやまろ、お前は人間じゃない、鬼だ」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯鬼、⋯⋯日本ひのもとを脅かし害をなす鬼、⋯⋯江戸⋯⋯いや、日本ひのもとの敵、⋯⋯鬼は絶対に生かしてはおけない。⋯⋯御前はこの日本ひのもとに居ちゃいけない奴なんだ」


「⋯⋯麿を、日本ひのもとあだなす、鬼と申すか」


「⋯⋯そうだ、⋯⋯鬼だ」



 綾麿あやまろは深い溜め息をついた。

 そして村雨(むらさめ)を手におもむろに立ち上がると、中庭に面している詰所つめしょの窓をゆっくりと開けた。



日本ひのもとに仇をなす鬼、⋯⋯日本ひのもとに居てはならぬ、⋯⋯か)



 人知れず心の中で寂しげに呟いた綾麿あやまろの横顔は、暮れ六つ近づく西日にしびに照らされていた。



 山際に沈みゆく陽。


 雲の隙間に薄っすらと浮かぶ月。


 夕暮れから夜へと変わる。


 ⋯⋯”その時“が近づいていた。


 


 綾麿あやまろが淡々と口を開いた。


「⋯⋯そう、麿まろ此処ここ詰所つめしょに来た目的。その二つ目を話すのがまだだったな。⋯⋯それは紅鬼あかおにに襲われた鎌足殿そなたが、果たして人か鬼か⋯⋯。疑惑それを確かめる事だ」


「⋯⋯何だとぉ」


麒麟きりん白鞘しろさやすら見抜けぬ、鎌足殿(そなた)つたな剣腕うでで、紅影鬼こうえいきから生き延びた、逃げられたとは到底思えなかったからな。鎌足かまたり殿の正体が化けた紅影鬼おにならば、一刻も早く滅しなければならなかったが⋯⋯」


「⋯⋯つたない、かどうかは戦ってみないと分からない、って昨日も言っただろ。それよりも私は紅影鬼(こうえいき)じゃない」


「⋯⋯鎌足殿(そなた)が人か鬼か、その二つ目の話はもうよい。今までの言動で事の真偽は見えたからな。⋯⋯それに、もうすぐ暮れ六つの晩鐘。人か鬼かは、自ずと分かる」


 綾麿あやまろは淡々と、そして不敵に笑った。


 そんな綾麿あやまろと張り合うように、鎌足(かまたり)も淡々と問いかける。

 その声は、つい先程までの綾麿あやまろの嘲りの声色を彷彿とさせる程、“冷ややか”だった。



「⋯⋯勝手に話を終わらせるな。そんなことよりも、何故なぜ私が昨日あの後、紅鬼あかおにに襲われた事を知っている? ⋯⋯さっきから紅影鬼こうえいきの名前を、何度も普通に口にしているのもそうだ。⋯⋯鬼は御前おまえ自身だからだろ」


「⋯⋯もし麿(もし)蒼鬼(あおおに)ならば、仲間である蒼鬼(あおおに)を、あおったりする必要はないのではないか? ⋯⋯ふふふ」


「⋯⋯誰も蒼鬼(あおおに)だ、なんて言ってない。私を襲ったのと同じ、紅鬼(あかおに)の可能性もあるだろ」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯でも今は、御前が蒼鬼(あおおに)でも、紅鬼(あかおに)でも、そんなことどっちでもいい。⋯⋯御前にけしかけられた平次(あおおに)が、何故なぜ私を紅鬼(あかおに)だと勘違いして襲ってきたのか、そんな理由なんかもどうでもいい。⋯⋯今、私が言いたいのはただ一つ。⋯⋯綾麿あやまろ、御前は鬼だ、ってことだけだ。⋯⋯昨日、惨めにもおにに殺されたんだよな。でも安心しろ、(かたき)は私が取ってやる」


「⋯⋯ふふふ、それは頼もしき限りだ」


「⋯⋯そうか、今、分かったぞ。⋯⋯さっきから私を紅影鬼(こうえいき)だとか何とか言うのも、憎き私たちを紅影鬼(おに)と偽り討てば、帝や大将殿からは一切お(とが)めは無い⋯⋯、ってことか。⋯⋯くそっ、⋯⋯まさに鬼の悪知恵だな」


「⋯⋯憎き相手を鬼と偽って、葬り去る⋯⋯か? 悪知恵ではなく名案だな。⋯⋯ふふふ、だが、それは⋯⋯互い様、だ」




 ⋯⋯その時。




 遠くから空気を伝わって、耳に重々しい振動が響いてきた。




 ⋯⋯それは、暮れ六つを告げる、第一の鐘。




「⋯⋯ときが来たようだな、鎌足かまたり殿よ」


「⋯⋯暮れ六つの、⋯⋯鐘、⋯⋯か」



 鎌足かまたりは、敢えて仰仰ぎょうぎょうしく言葉を続けた。


「”誰かさん“の話がもし正しいのなら、確か⋯⋯、六つの鐘が鳴り終えるとき、鬼が仕掛けた葬魂そうこんの術も解けるんだったよな」




 ⋯⋯第二の鐘が鳴る。




「⋯⋯鎌足かまたり殿。よく見ておくがよい。今宵のあの美しくも儚い、あお夕月ゆうづきを。もしかしたら⋯⋯、そなたがこの世で見る最期の景色になるかもな?」


 鎌足かまたりの飛ばす殺気。

 その全てを受け止めながら、綾麿あやまろは愉しげに笑う。

 しかしその瞳だけは笑ってはいない。

 来たる”何か“に備えて、鋭くきらめいていた。




 ⋯⋯第三の鐘が続く。




「⋯⋯いや、熱く燃えたぎる血のようにあかい、あの茜空あかねぞらこそ、内裏に紛れた綾麿おにとむらう、送り火に相応しい。⋯⋯そう思わないか? 綾麿あやまろ


 綾麿あやまろから投げかけられた挑発に、鎌足(かまたり)も負けじと挑発で返した。

 その瞳は、更に激しい殺意を増していた。

 ⋯⋯絶対に綾麿あやまろを許さない。

 その一念で綾麿あやまろを睨み続け、そして自分を鼓舞するためにも、笑った。




 ⋯⋯第四の鐘も続いた。




 綾麿あやまろ鎌足かまたり、二人それぞれの妖しい笑みが交差する。



 綾麿あやまろは再び扇子を懐から取り出し、一気に扇面の全てを開くと、口元へ当てて笑みを隠した。


「⋯⋯さて、これは見ものだな」



 一方、鎌足かまたりはその口元に自然と浮かぶ殺意と戦意の(たかぶ)りの笑みを、何一つ隠そうとはしない。


「⋯⋯ああ、そうだな。⋯⋯楽しみだ」




 ⋯⋯第五の鐘が、鳴り響く。




 あと一鐘。


 五つ目の残響が、二人の間に見えない火花を散らす。



 どちらも人か。

 どちらが人か。


 どちらが鬼で。

 どちらも鬼か。



 ほんの刹那(せつな)の静寂。



 その刹那(せつな)ですら、とてつもなく長い永遠のときに思えた。

 




 ⋯⋯最後、第六の鐘が鳴り響いた。






 ⋯⋯『六つの鐘が鳴り終わり、暮れ六つを迎えた時、葬魂そうこんの術は解け、鬼が正体を現す』⋯⋯


 ⋯⋯そんな綾麿あやまろの言葉が正しかったとするならば。




 二人は⋯⋯、『人』だった。



 

 鐘の残響が、詰所の床に沈み、壁や天井に染みるようにゆっくりと消えていく。


 そして、ほんの数秒だけ、沈黙が流れた。



 沈黙を破り、即座に反応を見せたのは、綾麿あやまろだった。


「⋯⋯これはこれは、⋯⋯ほほほほ。いくら人に上手く化ける紅影鬼こうえいきとは言え、その自尊心だけは、どう転んでも腐っても鬼は”鬼“。⋯⋯人前で平謝りしたり、泣きわめいたりなど、はじ醜態しゅうたいさらすはずは無い。ふふふ⋯⋯、それに麿(まろ)の圧にももっと激しく抵抗を見せるはず。⋯⋯二人の内どちらかを斬れと言った時、少なくともどちらかは必ず斬っていたであろう。ましてや女々しく二人ともを(かば)い続けるなどとは⋯⋯、麿の読み通りであった」



 綾麿あやまろにも鎌足(かまたり)にも、何も起きることはなかった。

 そんな結果の前にして、嬉々として語り続ける綾麿あやまろとは対照的に、鎌足(かまたり)は何一つ言葉を発しないどころか、身動き一つしない。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯そうか、そうか。鎌足かまたり殿はやはり“人”であったか。九分九厘はそうだと思っていたが、最後の最後まで残り一厘いちりんだけが引っ掛かってな。あの紅影鬼こうえいきが、一度狙いを付けた人間を、殺し損ねたり、(のが)すことは、まず無いからな」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯しかしこうして暮れ六つの鐘が導き示した通り、鎌足(かまたり)殿は紛れもなく人。まだ生きているとは。⋯⋯信じられんな、そのような拙き剣腕うでで、本当に紅影鬼(やつ)たおしたのか。⋯⋯これぞ鬼切丸(おにきり)の力か、それとも紅影鬼(やつ)の油断か。これは意外、驚く他は無い、⋯⋯ふふふ、⋯⋯ふはははははは」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯鎌足かまたり殿、これでお互いに晴れて人間⋯⋯」


 おどけながら何か言葉を続けようとする綾麿あやまろだったが、鎌足かまたりの冷徹な一言がそれをさえぎった。




「⋯⋯いや、御前おまえは鬼だ」




 暮れ六つを経ても、鎌足かまたりの目は鐘が鳴る前と全く変わっていなかった。

 むしろ更にその鋭さと冷たさを増していた。



「⋯⋯それはどういう意味だ、鎌足かまたり殿?」


「鐘が鳴る前も言っただろう、御前おまえは鬼だ⋯⋯、って」


「⋯⋯まさか本当に麿まろを鬼と偽り、斬るつもりか?」


「⋯⋯鬼は、⋯⋯必ず斬る。それもさっき言っただろう。だから村雨むらさめを抜け、綾麿(あやまろ)。⋯⋯そうでないと、⋯⋯死ぬよ」



 鎌足(かまたり)の挑発に、綾麿あやまろの薄ら笑みが止まる。 



「⋯⋯鎌足(かまたり)殿。既に鐘は鳴った。⋯⋯今宵の東番はもう始まっている。その大義を果たさぬどころか、中将ちゅうじょう麿まろに斬りかかるは大罪。それにそなたは麿まろの強さをまだ分かってはいない。⋯⋯それでも尚、麿まろを斬り殺し、正体は鬼であったと報告する、そんな夢物語の一縷いちるの望みと忍の誇りに頼り、無謀な戦いを挑もうとするのか? ⋯⋯ふふふふ」


 相変わらず鎌足(かまたり)を見下しているような、蔑みにも近い綾麿あやまろの言葉。

 しかし今の鎌足かまたりの返す声には、そんな綾麿あやまろの挑発による戸惑いや、心の迷いは一切無かった。



「⋯⋯ああ、挑むね。たとえ京都での任務は果たせなくても、御所に巣食っている、中将(ちゅうじょう)の皮を被った残虐非道な人鬼ひとおにたおして死ねるなら、御頭おかしら百地翁ももち様も、そして死んでいった三人もきっと許してくれる」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯それに私が死んでも、こころざし高き『六歌戦ろっかせん』たちが日本ひのもとを、京都や江戸を、きっと守ってくれる。⋯⋯だから今此処で鬼切丸(おにきりまる)を抜いても、悔いは無い」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯さあ、その村雨むらさめを抜け、綾麿(あやまろ)! お互いに憎い相手だろう、⋯⋯そろそろ決着を着けようじゃないか」



 芯の通った鎌足(かまたり)の声は熱く、そして凛々しかった。



 ━━絶対に綾麿あやまろたおす。



 そんな覚悟と決意に満ちていた。



 鎌足かまたりは背中の羽織を軽く(まく)ると、右手を伸ばした。

 その手が掴んだのは、腰の裏側に忍ばせていた鬼切丸おにきりまる

 鎌足(かまたり)は、その禁忌(きんき)鬼切丸(おにきりまる)を握る掌を、綾麿あやまろに見えるようにゆっくりと上げていく。

 そして湧き上がる全ての感情⋯⋯怒り、悲しみ、悔しさ、そして覚悟と決意を刃に込め、上座の綾麿あやまろの方へ、鬼切丸おにきりまるの切っ先を真っ直ぐに向けて、構えた。



 対する綾麿あやまろは、鎌足(かまたり)の口上の途中から、いつの間にか目を閉じていた。

 鎌足かまたりの言葉⋯⋯その一言一句を、何かを噛み締めるように無言で聞いていた。



 その瞳を閉じた綾麿あやまろの姿は、自分に向けられている鎌足(かまたり)禁忌(きんき)の刃を、敢えて見ないようにしているようにも見えた。

 


(⋯⋯本当に抜いたか。⋯⋯なるほど、勝つ負ける、どちらにしても死ぬ気だな。そしてこの期に及んでまだ、“今”のこころざし低き『六歌戦ろっかせん』の奴等やつらどもに、決して叶わぬ夢幻ゆめまぼろしを望むか。⋯⋯どこまでも愚かな奴だ)



 鎌足(かまたり)鬼切丸(おにきりまる)から放たれる、揺るぎない決意と戦意。

 その”氣“の本気と強さを確認した綾麿あやまろは、ゆっくりと目を開け、何かの合図か確固たる決意の表れのように、手にしていた扇子を大きな音を立てて閉じた。

 そして扇子を懐に仕舞い、代わりに改めて村雨むらさめつばに手をかけた。



「⋯⋯よかろう。人であるならば、東番の任の間だけはその命、暫くはとどめ置いてやろうと思ってはいたが⋯⋯、そこまで強く“死”を所望するならば、やむを得ん。そなたが昨日見たがっていた村雨のやいば、今一度、その目の前でゆるりと見せてやろう。⋯⋯そのまだ若き顔も身体も、そして鬼切丸おにきりも全て、この村雨むらさめの刀のさびとなって、この世から跡形も無く消え去るがよい」



 そして鬼切丸おにきりまるの氣と呼応するように、綾麿あやまろ村雨むらさめの刃を、(さや)からゆっくりと抜いた。



 (さや)の中を(やいば)が走る鋭く細い音が、詰所つめしょの空気を斬り裂く。



「⋯⋯村雨(むらさめ)、⋯⋯これがあの伝説の妖刀、⋯⋯そしてもう一つの、鬼を斬る刀⋯⋯」



 思わず呟いた鎌足かまたりの眼前には、再び解き放たれた村雨むらさめの刃、そしてさや


 大吾だいごを突き刺した時は、その動きに意識を取られるあまり、じっくりと見ることは叶わなかった。

 今、改めて目の当たりにする村雨むらさめ

 右手に握る刃からは、炎の渦のように。

 そして左逆手に握る(さや)からは、氷のさざなみのように。

 特に構えるでもなく、綾麿あやまろの左右にだらりと下げた手、そのどちらからも妖しくきらめく蒼と白の刀氣とうきの波動が、ゆらゆらとほとばしっていた。



 鎌足(かまたり)は思わず目を擦った。

 しかし、見間違いではない。

 蒼と白の不思議な波は、確かに目の前に存在していた。



「⋯⋯え、⋯⋯な、何だ!? その刀は! 燃えているのか!? ⋯⋯いや、身を焦がされるような熱さだけじゃない、凍えるような冷気も感じる。一体どうなって!?」



 今まで味わったことの無い、炎と氷が同時に押し寄せてくるような体感、そして異様な圧力。

 鎌足かまたりは驚き狼狽うろたえながら、思わず後退あとずさりしていた。



「⋯⋯村雨むらさめの刃とさやの、不知火二刀しらぬいにとう。⋯⋯半刃はんじん鬼切丸おにきりごときがかなうと思ったか?」


「⋯⋯何だって!?」



 綾麿あやまろは再び、窓の外に見える夕暮れ⋯⋯その風情溢れる景色に、目を流した。


「⋯⋯浮かぶあおき月、あかに染まる空、か。⋯⋯まさにこの世の見納めに相応しい、これ以上無い死に景色(げしき)よな」


「⋯⋯ッ!?」



 そして綾麿あやまろは、戦いの幕開けを告げる一歩目を、ゆっくりと踏み出した。



「さあ、御庭番小頭おにわばんこがしら鎌足かまたりよ。この村雨むらさめ蒼白そうはくほむらをその目に焼きつけながら、仲間の後を追って、()くがよい」━━━━。




第47話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回第48話「綾麿 対 鎌足」は、4月9日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
人の優しさは色々だから、 地獄に堕ちるから、殺したのは、綾麿なりの優しさなのかもしれない。 それでも、鎌足サイドから見たら、人殺しだし、大切な仲間を殺されて、憎む気持ちもわかる。わたしだったら、殺せ…
大吾ぉ( > <。) 確かに地獄に堕ちるよりかはよかったと捉えていいのか……忍になって鬼わばん?になって 何故なったのか…… 大吾の人生はこれで報われたのかなとか思うと悲しい…… 復讐したいから鬼…
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