第47話 暮れ六つの鐘
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸の徳川政権を何故か激しく憎み、鎌足たち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏では男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。
━━━暮れ六つを告げる鐘、その第一鐘が鳴るまで残された刻は極僅か。
数えにして三百(※5分)を切ろうとしている中、呆然とする鎌足の目の前、仰向けで横たわっている大吾の首元には、高々と村雨の刃が突き立てられていた。
「⋯⋯あや、⋯⋯ま、⋯⋯だい⋯⋯ご⋯⋯、え⋯⋯?」
蒼鬼が投じた、十字手裏剣による刺傷によってか。
それとも麿が“手向け”と告げた、村雨の刀傷によってか。
どちらが最終的に致命傷となったのかは、鎌足には分からない。
ただ、間違いなく言えること。
それは、横たわる大切な仲間⋯⋯大吾は、潤んだ虚ろな目を薄く見開いたまま、既に息絶えている、ということだけだった。
だがしかし、村雨の刃を突き立てた当の本人⋯⋯綾麿だけは、その答えがどちらであるかを確信していた。
「⋯⋯鬼でも葬魂の鬼でもない、”人“を斬るのは久しぶりだ。⋯⋯名前すらよく知らぬ伊賀の忍だが、人間界の修羅の道に生きた者。行き先は間違いなく天上界ではなく地獄だろう。⋯⋯だが、この村雨に最期を見葬られ、無限地獄を免れた事には、心から感謝するがよい」
綾麿は大吾の胸から村雨を素早く抜くと、すぐに宙を斬り血を振り払い、ゆっくりと刃を鞘へと納めていった。
そして狩衣を颯爽と翻し、鎌足の隣を平然と通って、上座へと戻っていく。
綾麿はすれ違いざま、鎌足を一瞥した。
「⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯う⋯⋯」
鎌足は涙を浮かべた目を見開き固まったまま、何の反応も見せない。
(⋯⋯ふん)
そのまま悠然と上座に座した綾麿だったが、詰所に入ってきた時とは違う点が見られた。
先程は正座して礼節を見せていた綾麿は、今度は村雨を肩に掛け置いて足を崩し、片膝を立てていた。
それは昨日の奥座敷の時のような、無作法さだった。
そんな余裕の綾麿とは対照的に、呆然と立ち尽くしていた鎌足は今、膝から崩れ落ちていた。
血の海に横たわる、仲間二人の無残な亡骸。
目の前で起きた一連の出来事が、今だに現実のものとは信じられないのか、鎌足は呆然としたまま、視点も虚ろで定まっていない。
そんな殺伐かつ混沌とした下座の情景を見下しながら、綾麿は薄ら笑みを浮かべた。
「⋯⋯さて、邪魔な鬼も鼠二匹も消え、やっと二人きりになれたな。⋯⋯だがそれにしても東番がまだ始まってもないのに、御庭番衆はもう鎌足一人を残すのみ⋯⋯、哀れな話よな、⋯⋯ふふふ」
綾麿のこの呟きに、鎌足がようやく反応を見せた。
虚ろな表情で俯いたまま、その身体がふらふらと揺れる。
鎌足はゆっくりと立ち上がった。
「これからどうする? 鎌足殿。そなた一人で何ができよう。⋯⋯何なら、其処の戸口からこのまま江戸に逃げ帰り、東番を麿に差し戻⋯⋯」
「⋯⋯何故、殺した⋯⋯」
両の拳を握りしめた鎌足の小さな呟きが、綾麿の声を遮る。
「⋯⋯? ⋯⋯今、何か言われたか、鎌⋯⋯」
「何故、大吾を、殺した⋯⋯?」
小刻みに身体を震わせた鎌足は、綾麿が発する言葉の上に、冷たく吐き捨てるように、怒りを言葉に変えて重ねていく。
上座の綾麿からは、鎌足の横顔が僅かに見えるものの、その表情までは窺い知れなかった。
「⋯⋯私や大吾が御前に何をしたっていうんだ⋯⋯? ⋯⋯何故、殺した?」
「⋯⋯何をした? ⋯⋯ふふふ、その言葉、そっくりそのままお返ししよう、鎌足殿。麿は江戸徳川を心底憎んでいる。よって、武士や忍など身分を問わず、その政権に付き従う手下共どもも、また同罪。⋯⋯麿にとっては鬼に次いで憎き存在だ」
「⋯⋯だから、⋯⋯だから大吾を、⋯⋯殺したのか」
「殺したのではない、見葬ってやっ⋯⋯」
「大吾は助かった、生きていた⋯⋯、生きていたんだ、この人殺しめ⋯⋯」
「何を言う。誰が見ても手遅れだ。それに忠告したはずだ。あのままでは蒼鬼の葬魂の道連れ。決して成仏はできん。鎌足殿が葬れぬならば、この麿が代わりに⋯⋯」
綾麿の返す言葉に、俯いていた鎌足は唐突に顔を上げた。
その顔は、見るからに凄まじい怒りに満ちている。
そして目に涙を滲ませながら、綾麿の方を力強く振り向くと、怒鳴るように叫んだ。
「⋯⋯ッ、その目で実際に地獄の底を見てきたような、ふざけた口ぶりはやめろ!!!!」
振り向いた鎌足の眼は、怒りと悲しみで完全に理性を失っていた。
その瞳の奥に煌めくのは、確かで強烈な殺意。
「⋯⋯⋯⋯」
鎌足に罵られた綾麿は、一言も言葉を発しない。
自分に向けられた殺意の象徴⋯⋯鎌足の鋭い瞳を、ただ黙って見返した。
⋯⋯そんな綾麿の瞳は一瞬、何処となく寂しげに見えた。
しかし、そんな綾麿が見せた瞳の憂いの色に、怒りに囚われている鎌足は気付くことはなかった。
「⋯⋯仲間の壮絶な死で、気が狂ったか。鎌足殿」
「⋯⋯綾麿、お前は人間じゃない、鬼だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯鬼、⋯⋯日本を脅かし害をなす鬼、⋯⋯江戸⋯⋯いや、日本の敵、⋯⋯鬼は絶対に生かしてはおけない。⋯⋯御前はこの日本に居ちゃいけない奴なんだ」
「⋯⋯麿を、日本に仇なす、鬼と申すか」
「⋯⋯そうだ、⋯⋯鬼だ」
綾麿は深い溜め息をついた。
そして村雨を手に徐ろに立ち上がると、中庭に面している詰所の窓をゆっくりと開けた。
(日本に仇をなす鬼、⋯⋯日本に居てはならぬ、⋯⋯か)
人知れず心の中で寂しげに呟いた綾麿の横顔は、暮れ六つ近づく西日に照らされていた。
山際に沈みゆく陽。
雲の隙間に薄っすらと浮かぶ月。
夕暮れから夜へと変わる。
⋯⋯”その時“が近づいていた。
綾麿が淡々と口を開いた。
「⋯⋯そう、麿が此処詰所に来た目的。その二つ目を話すのがまだだったな。⋯⋯それは紅鬼に襲われた鎌足殿が、果たして人か鬼か⋯⋯。疑惑を確かめる事だ」
「⋯⋯何だとぉ」
「麒麟の白鞘すら見抜けぬ、鎌足殿の拙き剣腕で、紅影鬼から生き延びた、逃げられたとは到底思えなかったからな。鎌足殿の正体が化けた紅影鬼ならば、一刻も早く滅しなければならなかったが⋯⋯」
「⋯⋯拙い、かどうかは戦ってみないと分からない、って昨日も言っただろ。それよりも私は紅影鬼じゃない」
「⋯⋯鎌足殿が人か鬼か、その二つ目の話はもうよい。今までの言動で事の真偽は見えたからな。⋯⋯それに、もうすぐ暮れ六つの晩鐘。人か鬼かは、自ずと分かる」
綾麿は淡々と、そして不敵に笑った。
そんな綾麿と張り合うように、鎌足も淡々と問いかける。
その声は、つい先程までの綾麿の嘲りの声色を彷彿とさせる程、“冷ややか”だった。
「⋯⋯勝手に話を終わらせるな。そんなことよりも、何故私が昨日あの後、紅鬼に襲われた事を知っている? ⋯⋯さっきから紅影鬼の名前を、何度も普通に口にしているのもそうだ。⋯⋯鬼は御前自身だからだろ」
「⋯⋯もし麿が蒼鬼ならば、仲間である蒼鬼を、煽ったりする必要はないのではないか? ⋯⋯ふふふ」
「⋯⋯誰も蒼鬼だ、なんて言ってない。私を襲ったのと同じ、紅鬼の可能性もあるだろ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯でも今は、御前が蒼鬼でも、紅鬼でも、そんなことどっちでもいい。⋯⋯御前にけしかけられた平次が、何故私を紅鬼だと勘違いして襲ってきたのか、そんな理由なんかもどうでもいい。⋯⋯今、私が言いたいのはただ一つ。⋯⋯綾麿、御前は鬼だ、ってことだけだ。⋯⋯昨日、惨めにも鬼に殺されたんだよな。でも安心しろ、仇は私が取ってやる」
「⋯⋯ふふふ、それは頼もしき限りだ」
「⋯⋯そうか、今、分かったぞ。⋯⋯さっきから私を紅影鬼だとか何とか言うのも、憎き私たちを紅影鬼と偽り討てば、帝や大将殿からは一切お咎めは無い⋯⋯、ってことか。⋯⋯くそっ、⋯⋯まさに鬼の悪知恵だな」
「⋯⋯憎き相手を鬼と偽って、葬り去る⋯⋯か? 悪知恵ではなく名案だな。⋯⋯ふふふ、だが、それは⋯⋯互い様、だ」
⋯⋯その時。
遠くから空気を伝わって、耳に重々しい振動が響いてきた。
⋯⋯それは、暮れ六つを告げる、第一の鐘。
「⋯⋯刻が来たようだな、鎌足殿よ」
「⋯⋯暮れ六つの、⋯⋯鐘、⋯⋯か」
鎌足は、敢えて仰仰しく言葉を続けた。
「”誰かさん“の話がもし正しいのなら、確か⋯⋯、六つの鐘が鳴り終える刻、鬼が仕掛けた葬魂の術も解けるんだったよな」
⋯⋯第二の鐘が鳴る。
「⋯⋯鎌足殿。よく見ておくがよい。今宵のあの美しくも儚い、蒼き夕月を。もしかしたら⋯⋯、そなたがこの世で見る最期の景色になるかもな?」
鎌足の飛ばす殺気。
その全てを受け止めながら、綾麿は愉しげに笑う。
しかしその瞳だけは笑ってはいない。
来たる”何か“に備えて、鋭く煌めいていた。
⋯⋯第三の鐘が続く。
「⋯⋯いや、熱く燃え滾る血のように紅い、あの茜空こそ、内裏に紛れた綾麿を弔う、送り火に相応しい。⋯⋯そう思わないか? 綾麿」
綾麿から投げかけられた挑発に、鎌足も負けじと挑発で返した。
その瞳は、更に激しい殺意を増していた。
⋯⋯絶対に綾麿を許さない。
その一念で綾麿を睨み続け、そして自分を鼓舞するためにも、笑った。
⋯⋯第四の鐘も続いた。
綾麿と鎌足、二人それぞれの妖しい笑みが交差する。
綾麿は再び扇子を懐から取り出し、一気に扇面の全てを開くと、口元へ当てて笑みを隠した。
「⋯⋯さて、これは見ものだな」
一方、鎌足はその口元に自然と浮かぶ殺意と戦意の昂りの笑みを、何一つ隠そうとはしない。
「⋯⋯ああ、そうだな。⋯⋯楽しみだ」
⋯⋯第五の鐘が、鳴り響く。
あと一鐘。
五つ目の残響が、二人の間に見えない火花を散らす。
どちらも人か。
どちらが人か。
どちらが鬼で。
どちらも鬼か。
ほんの刹那の静寂。
その刹那ですら、とてつもなく長い永遠の刻に思えた。
⋯⋯最後、第六の鐘が鳴り響いた。
⋯⋯『六つの鐘が鳴り終わり、暮れ六つを迎えた時、葬魂の術は解け、鬼が正体を現す』⋯⋯
⋯⋯そんな綾麿の言葉が正しかったとするならば。
二人は⋯⋯、『人』だった。
鐘の残響が、詰所の床に沈み、壁や天井に染みるようにゆっくりと消えていく。
そして、ほんの数秒だけ、沈黙が流れた。
沈黙を破り、即座に反応を見せたのは、綾麿だった。
「⋯⋯これはこれは、⋯⋯ほほほほ。いくら人に上手く化ける紅影鬼とは言え、その自尊心だけは、どう転んでも腐っても鬼は”鬼“。⋯⋯人前で平謝りしたり、泣き喚いたりなど、恥や醜態を晒すはずは無い。ふふふ⋯⋯、それに麿の圧にももっと激しく抵抗を見せるはず。⋯⋯二人の内どちらかを斬れと言った時、少なくともどちらかは必ず斬っていたであろう。ましてや女々しく二人ともを庇い続けるなどとは⋯⋯、麿の読み通りであった」
綾麿にも鎌足にも、何も起きることはなかった。
そんな結果の前にして、嬉々として語り続ける綾麿とは対照的に、鎌足は何一つ言葉を発しないどころか、身動き一つしない。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯そうか、そうか。鎌足殿はやはり“人”であったか。九分九厘は人だと思っていたが、最後の最後まで残り一厘だけが引っ掛かってな。あの紅影鬼が、一度狙いを付けた人間を、殺し損ねたり、逃すことは、まず無いからな」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯しかしこうして暮れ六つの鐘が導き示した通り、鎌足殿は紛れもなく人。まだ生きているとは。⋯⋯信じられんな、そのような拙き剣腕で、本当に紅影鬼を斃したのか。⋯⋯これぞ鬼切丸の力か、それとも紅影鬼の油断か。これは意外、驚く他は無い、⋯⋯ふふふ、⋯⋯ふはははははは」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯鎌足殿、これでお互いに晴れて人間⋯⋯」
おどけながら何か言葉を続けようとする綾麿だったが、鎌足の冷徹な一言がそれを遮った。
「⋯⋯いや、御前は鬼だ」
暮れ六つを経ても、鎌足の目は鐘が鳴る前と全く変わっていなかった。
むしろ更にその鋭さと冷たさを増していた。
「⋯⋯それはどういう意味だ、鎌足殿?」
「鐘が鳴る前も言っただろう、御前は鬼だ⋯⋯、って」
「⋯⋯まさか本当に麿を鬼と偽り、斬るつもりか?」
「⋯⋯鬼は、⋯⋯必ず斬る。それもさっき言っただろう。だから村雨を抜け、綾麿。⋯⋯そうでないと、⋯⋯死ぬよ」
鎌足の挑発に、綾麿の薄ら笑みが止まる。
「⋯⋯鎌足殿。既に鐘は鳴った。⋯⋯今宵の東番はもう始まっている。その大義を果たさぬどころか、中将の麿に斬りかかるは大罪。それにそなたは麿の強さをまだ分かってはいない。⋯⋯それでも尚、麿を斬り殺し、正体は鬼であったと報告する、そんな夢物語の一縷の望みと忍の誇りに頼り、無謀な戦いを挑もうとするのか? ⋯⋯ふふふふ」
相変わらず鎌足を見下しているような、蔑みにも近い綾麿の言葉。
しかし今の鎌足の返す声には、そんな綾麿の挑発による戸惑いや、心の迷いは一切無かった。
「⋯⋯ああ、挑むね。たとえ京都での任務は果たせなくても、御所に巣食っている、中将の皮を被った残虐非道な人鬼を斃して死ねるなら、御頭も百地翁様も、そして死んでいった三人もきっと許してくれる」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯それに私が死んでも、志高き『六歌戦』たちが日本を、京都や江戸を、きっと守ってくれる。⋯⋯だから今此処で鬼切丸を抜いても、悔いは無い」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯さあ、その村雨を抜け、綾麿! お互いに憎い相手だろう、⋯⋯そろそろ決着を着けようじゃないか」
芯の通った鎌足の声は熱く、そして凛々しかった。
━━絶対に綾麿を斃す。
そんな覚悟と決意に満ちていた。
鎌足は背中の羽織を軽く捲ると、右手を伸ばした。
その手が掴んだのは、腰の裏側に忍ばせていた鬼切丸。
鎌足は、その禁忌の鬼切丸を握る掌を、綾麿に見えるようにゆっくりと上げていく。
そして湧き上がる全ての感情⋯⋯怒り、悲しみ、悔しさ、そして覚悟と決意を刃に込め、上座の綾麿の方へ、鬼切丸の切っ先を真っ直ぐに向けて、構えた。
対する綾麿は、鎌足の口上の途中から、いつの間にか目を閉じていた。
鎌足の言葉⋯⋯その一言一句を、何かを噛み締めるように無言で聞いていた。
その瞳を閉じた綾麿の姿は、自分に向けられている鎌足の禁忌の刃を、敢えて見ないようにしているようにも見えた。
(⋯⋯本当に抜いたか。⋯⋯なるほど、勝つ負ける、どちらにしても死ぬ気だな。そしてこの期に及んでまだ、“今”の志低き『六歌戦』の奴等どもに、決して叶わぬ夢幻を望むか。⋯⋯どこまでも愚かな奴だ)
鎌足と鬼切丸から放たれる、揺るぎない決意と戦意。
その”氣“の本気と強さを確認した綾麿は、ゆっくりと目を開け、何かの合図か確固たる決意の表れのように、手にしていた扇子を大きな音を立てて閉じた。
そして扇子を懐に仕舞い、代わりに改めて村雨の鍔に手をかけた。
「⋯⋯よかろう。人であるならば、東番の任の間だけはその命、暫くは留め置いてやろうと思ってはいたが⋯⋯、そこまで強く“死”を所望するならば、やむを得ん。そなたが昨日見たがっていた村雨の刃、今一度、その目の前でゆるりと見せてやろう。⋯⋯そのまだ若き顔も身体も、そして鬼切丸も全て、この村雨の刀の錆となって、この世から跡形も無く消え去るがよい」
そして鬼切丸の氣と呼応するように、綾麿も村雨の刃を、鞘からゆっくりと抜いた。
鞘の中を刃が走る鋭く細い音が、詰所の空気を斬り裂く。
「⋯⋯村雨、⋯⋯これがあの伝説の妖刀、⋯⋯そしてもう一つの、鬼を斬る刀⋯⋯」
思わず呟いた鎌足の眼前には、再び解き放たれた村雨の刃、そして鞘。
大吾を突き刺した時は、その動きに意識を取られるあまり、じっくりと見ることは叶わなかった。
今、改めて目の当たりにする村雨。
右手に握る刃からは、炎の渦のように。
そして左逆手に握る鞘からは、氷の漣のように。
特に構えるでもなく、綾麿の左右にだらりと下げた手、そのどちらからも妖しく煌めく蒼と白の刀氣の波動が、ゆらゆらと迸っていた。
鎌足は思わず目を擦った。
しかし、見間違いではない。
蒼と白の不思議な波は、確かに目の前に存在していた。
「⋯⋯え、⋯⋯な、何だ!? その刀は! 燃えているのか!? ⋯⋯いや、身を焦がされるような熱さだけじゃない、凍えるような冷気も感じる。一体どうなって!?」
今まで味わったことの無い、炎と氷が同時に押し寄せてくるような体感、そして異様な圧力。
鎌足は驚き狼狽えながら、思わず後退りしていた。
「⋯⋯村雨の刃と鞘の、不知火二刀。⋯⋯半刃の鬼切丸如きが敵うと思ったか?」
「⋯⋯何だって!?」
綾麿は再び、窓の外に見える夕暮れ⋯⋯その風情溢れる景色に、目を流した。
「⋯⋯浮かぶ蒼き月、紅に染まる空、か。⋯⋯まさにこの世の見納めに相応しい、これ以上無い死に景色よな」
「⋯⋯ッ!?」
そして綾麿は、戦いの幕開けを告げる一歩目を、ゆっくりと踏み出した。
「さあ、御庭番小頭鎌足よ。この村雨の蒼白の焔をその目に焼きつけながら、仲間の後を追って、逝くがよい」━━━━。
第47話も最後までお読み頂きありがとうございました。
創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
次回第48話「綾麿 対 鎌足」は、4月9日投稿予定です。




