第46話 慟哭
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸の徳川政権を何故か激しく憎み、鎌足たち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏では男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。
平次━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足の身だしなみには特にうるさい。鎌足と共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。
大吾━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足と共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。
━━━━東番の開始の到来を告げる、暮れ六つの鐘。
その第一鐘が鳴り始めるまで、四半刻の更に四分の一と少し(※10分程)となっていた。
後ろにいる平次か大吾のどちらかに、両手首に絡み付いている下緒を刀で切断してもらおうと、振り向いた鎌足の目に飛び込んできたのは⋯⋯。
⋯⋯手首の下緒にではなく、鎌足の額に向けて刀を振りかざす、“平次“の姿だった。
「⋯⋯ッ!? ⋯⋯平次!? ⋯⋯どうしてッ!?」
平次の振り下ろした刃の先が、鎌足の頬を掠めた。
鎌足は咄嗟に頭をずらし、既の所でその刃をかわしていた。
鎌足ではなく他の伊賀忍であったならば、間違いなくこの不意の一撃で、脳天は叩き割られていただろう。
それだけ平次の攻撃は、力強く素早く正確で、何よりも明確な殺意に満ちていた。
「⋯⋯な、何で!? ⋯⋯ッ、まさか本当に蒼鬼が!?」
身体を反らして体勢を整えようとする鎌足の脳裏に、綾麿の先程までの言葉が鮮明に浮かぶ。
(⋯⋯『いい加減に目を醒さまされよ。その二人の内、一人の命は既にこの世には無い⋯⋯正体は蒼鬼だ』)
(⋯⋯ッ、そんな、⋯⋯やっぱり綾麿がさっき言っていたことは、全て本当だったのか!?)
そんな鎌足の密かな心の声や、緊迫の動きと呼応するかのように、鎌足と平次を見つめる綾麿は、ひとり正反対に冷静沈着な薄笑いを浮かべていた。
「⋯⋯ふふふ、だから何度も言ったであろう。⋯⋯蒼鬼だ、と」
鎌足は今、ただひたすらに混乱の中にあった。
「⋯⋯や、やめろ!? 平次! ⋯⋯冗談はやめてくれ!」
鎌足の悲痛な叫びにも関わらず、殺意と狂気で眼を血走らせた平次が、横殴りの第二撃を放ってくる。
鎌足はこの第二の刃も、羽織に触れるか触れないかの間一髪の所で、何とか避けることができていた。
「⋯⋯ぐっ!? 大吾! ⋯⋯平次を止めてくれ!! 正気に戻るように言ってくれ!!」
平次が鎌足に襲いかかる⋯⋯、そんな絶対にありえないはずの光景を目の当たりにして、大吾は完全に固まっていた。
何が起きているのか、理解が追い付かない。
口を開けて呆然としながら、二人の姿を見ているだけだった。
そんな大吾も、この鎌足の悲痛な叫びにやっとのことで我に返る。
そして困惑の表情のまま、鎌足と平次の元へ無防備に歩み寄ろうとした。
「⋯⋯あ、あの、平次さん、⋯⋯何をして⋯⋯!?」
平次が大吾の方を振り向く。
⋯⋯と同時だった。
平次得意の狂気の武器が、詰所の虚空を切った。
「⋯⋯ぐッ!? ⋯⋯がはぁっ!?」
平次の投じたのは、懐に忍ばせていた二枚の十字手裏剣。
それが近寄った大吾の喉元へと、至近距離で突き刺さっていた。
受けた手裏剣の凄まじい勢いそのまま、後方へと吹き飛ばされた大吾は、詰所の壁にぶつかり、その場に倒れ込んだ。
十字手裏剣が突き刺さった喉元の二箇所の傷からは、大量の鮮血が迸っている。
「⋯⋯ッ!? 大吾っ! ⋯⋯大吾っっ!!」
「⋯⋯邪魔スルナ、⋯⋯雑魚の小童!》
鎌足は再び、平次の方を振り返った。
其処に見慣れたあの平次の表情は、微塵も無かった。
優しさの欠片も、親しみの眼差しも、鎌足への敬意も、何一つの面影も無い。
憤怒に満ちた顔、床に響く重く低い声。
その身体は頭の天辺から足の先まで、間違いなく平次のものではなかった。
平次の中に今、邪悪な“何者か”が棲んでいる。
即座にそう感じた鎌足の頭に、江戸での蒼鬼との戦い、そして昨日の甚左の振り向いた顔が改めて過った。
鎌足の腕に、ぞわぞわと鳥肌が立っていく。
(⋯⋯あ、あの時と⋯⋯、昨日と一緒、⋯⋯お、鬼だ)
慄き戸惑う鎌足にも、平次の十字手裏剣が牙を剥いた。
まるで一つの音しか聞こえないくらい、素早く連続して投じられる、二枚の十字手裏剣。
鎌足は咄嗟に身を屈ませて、何とかこの十字手裏剣の奇襲を避けきった。
鎌足を外した十字手裏剣は、鋭く回転して風の尾を引きながら、鎌足の背後に立つ綾麿の方へと飛んでいく。
「⋯⋯ふん」
綾麿は懐に抱きかかえる村雨の鞘を、眼前に縦にかざした。
この時、村雨は、綾麿を守る防御の盾となった。
通常、飛来する手裏剣は鞘によって薙ぎ払うことはできても、立ち止まって受けることは考えられない。
ましてや至近距離。
鞘の細さからも、常人にはまずもって不可能だった。
しかし綾麿は、あっさりとこの不可能を可能にしていた。
飛翔する二枚の十字手裏剣は、受けた村雨の鞘に突き刺さるどころか、白い氷の欠片のように粉々になって、鞘の左右へと飛散していく。
「⋯⋯鎌足を狙う“ふり“をして、あわよくば、麿も⋯⋯か。⋯⋯ふふふ、悪知恵が働き、そして欲の強い、油断ならぬ蒼の羅刹だ」
綾麿はこの奇襲にも、全く動じていない。
鎌足と平次の事の成り行きを、ただ黙って冷静に見続けていた。
「⋯⋯麿を狙うとは。⋯⋯さて、どうしてくれようか」
その姿は、先に平次に提案した通りに、鎌足殺害を見届け、平次の逃亡も見逃そうとしているように見える。
反面、鎌足の力量や体捌きを何一つ見逃さないように、一挙手一投足を具に窺っているようにも見える。
ただそのどちらにしても、鎌足か平次、どちらか一方に加勢するような動きだけは一切見られなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
何か意図が有るのか、それともまた新たな何かを画策しているのか。
自分と鎌足とを繋ぐ下緒を握る手の力を、綾麿はそっと緩めた。
そんな綾麿の視線と下緒の先⋯⋯。
⋯⋯綾麿の方を見る余裕が一切無い鎌足は、再び迫り来る平次の第三の狂刃に身構えていた。
(⋯⋯嘘だ、⋯⋯嘘だと言ってくれ)
鎌足は、床に突き刺さっている脇差に近づく。
そしてその柄を足の指で掴み、床から思い切り引っこ抜いた。
この時の鎌足は、半ば無意識だった。
平次の中に潜む蒼鬼が本能的に鎌足を襲ったのと同様に、危難を前にした鎌足の中の生存本能が、”生“を求めてその身体を動かしていたのかもしれない。
(⋯⋯もう、⋯⋯やめてくれ)
引き抜かれた勢いで、脇差は鎌足の背丈ほどの高さまで宙を舞っていた。
鎌足の本能が再び身体を動かす。
次の瞬間、鎌足は宙を飛び上がるようにして、舞う脇差の柄を口に咥えていた。
(⋯⋯頼む、やめろ、やめてくれ、⋯⋯平次)
そんな鎌足の頭上から、平次の渾身の第三撃が襲いかかる。
《⋯⋯我ガ修羅トナル為ニ、此処デ滅セヨ! ⋯⋯紅影鬼!!》
鎌足の手首や身体の自由は、綾麿が握る下緒によって、今も制限されている。
しかしこの時、鎌足自身は全く気付いてはいなかったものの、綾麿が手の力を緩めたことによって、下緒の束縛は先程よりも格段に弱まっていた。
よって必然的に、”動くことの出来る領域“も拡がっていた。
振り下ろされている刃を物ともせず、鎌足は平次に飛びかかった。
《⋯⋯何ィ!?》
完全に追い詰められた中での、この鎌足の一連の素早い反撃の動きに、平次の第三撃の間合いは完全に崩されていた。
鎌足と平次の刃の切っ先が交錯する。
振り下ろされた凶刃は、僅かに鎌足の左肩を切り裂くだけに留まっていた。
(⋯⋯やめ⋯⋯て、⋯⋯や、め、ろ、おおぉぉぉ⋯⋯)
鎌足の羽織の左肩から、鮮血が飛び散る。
「⋯⋯⋯⋯ぅぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」
鎌足は脇差の刃を咥えたまま、接近していた平次に向けて、自分の中の“何か”を振り払うように叫んだ。
そしてまるで獲物の喉元に噛み付こうとする獣のように、咥えた脇差の刃を走らせて、平次の喉を一気に掻っ切った。
《⋯⋯ッグガァぁァアアあァアああアあアア⋯⋯!!!!》
それは人間と鬼、一人と一鬼が入り混じったような奇怪な叫び声だった。
鎌足の“生”の叫びに呼応するように、平次は首から鮮血を噴水のように迸らせた。
そして壁際までよたよたと退くと、壁にもたれかかるようにしてその場に倒れ込んだ。
それはまさに平次にとっては、“死“の咆哮。
鎌足の脇差の刃は、平次の喉を大きく斬り裂き、その首はもはや僅かな肉と皮を残して、辛うじて繋がっているだけだった。
鎌足は息を大きく荒らげながら、その場に座りこんだ。
昨日の紅影鬼から受けた傷に、今朝の毒。
更に甚左に加えて平次までもが鬼と化していたことによって、身体だけではなくその心にも深い傷を負っていた。
蓄積した疲労、受けた数々の手傷、そして心の痛みに茫然自失状態の鎌足は、すぐに起き上がる力が湧いてこない。
下緒の手首の拘束は弱まっているにも関わらず、綾麿の軽い引きにすらも、何の抵抗も出来ないでいた。
呆けたままの鎌足の身体は、少しずつ綾麿の方へと引っ張られていく。
綾麿の引きに力無く体勢を崩し、鎌足はその場に前のめりで突っ伏してしまっていた。
引けば引くほど、ずるずると自分のほうに近付いてくる、うつ伏せの鎌足。
そんな力の抜けた鎌足を前にして、綾麿はつまらなさそうに呟いた。
「⋯⋯ふん、他愛無い」
綾麿は、巧みに腕や手首を捻った。
すると、あれだけ鎌足を堅く拘束していた下緒は、まるで憑き物が落ちたかのように、その両手首からするりと解け落ちていた。
綾麿は下緒の全てを、するすると手元に手繰り寄せていく。
そして村雨の鞘の上部に、通常の垂れの長さになるまで下緒を改めて巻きつけていった。
「⋯⋯う、⋯⋯、うぅ⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯⋯⋯はッ!」
十数秒ほど意識が飛んでいた鎌足だったが、意識が戻るや否や慌てて飛び起きた。
その瞳が急いで平次の姿を捉える。
平次は血まみれで、壁にもたれかかるように倒れていた。
首の裂けた傷からは、まだ断続的にぴゅっぴゅっと血が噴き出し続けている。
そしてその頭部は薄皮一枚だけを残しながら、胸元にだらりと無造作にぶら下がっていた。
「⋯⋯あ⋯⋯う⋯⋯何、で? ⋯⋯何でこんな事に⋯⋯、うっ⋯⋯平次、平次っ、⋯⋯平次ぃぃぃ!!」
鎌足はその場で何度も平次の名前を叫ぶと、そのまま泣き崩れた。
昨日の甚左も同じように、鬼から葬魂の術を受けていた。
しかし昨日は、姿を偽っていた紅影鬼が本来の姿に戻ってからの戦いだった。
甚左”自身“を斬ったわけではなかった。
だが、今回は違う。
たとえ魂や中身は蒼鬼だったとは言え、大切な仲間の身体を斬り裂き、自分の手で殺めてしまった。
そんな救いようのない悲しみの絶望感が今、鎌足の胸に押し寄せていた。
「⋯⋯⋯そんな、そんな、何で⋯⋯、私が斬ってしまっ⋯⋯、平次を⋯⋯、どうして⋯⋯、平次まで⋯⋯、死んで⋯⋯、う⋯⋯⋯、うぁああああぁああああああ!!」
平次の変わり果てた亡骸を、鎌足は再び目にする事ができない。
亡骸に背を向け、ひたすらに涙に暮れる鎌足を眺めながら、綾麿は苦々しい表情を浮かべた。
「⋯⋯どこまで麿を失望させる? 斬った脇差は鬼切丸に非ず。相手は鬼ぞ。心の臓を刺さず、首も切り離さず、勝ったつもりで背を向けるとは⋯⋯、愚かな⋯⋯」
その綾麿の言葉の通り、泣き崩れる鎌足の背後では、世にも悍ましい怪異が起きていた。
それは怪異と言うより、鬼の生存能力の凄まじさを改めて垣間見ることになった、と言ったほうが良いかもしれない。
頭部が落ちかかった平次が、すっ⋯⋯と音も無く立ち上がり、ほぼ首の皮一枚ぶら下げた状態で、鎌足の背後をふらふらと歩きだしたのである。
生の証⋯⋯心の臓の鼓動が皮を伝い、息絶えたと思われた平次の眼は今、再び命を宿したように狂わしく脈打っていた。
平次は鎌足の方へ、ゆっくりとゆっくりと近付いていく。
慟哭の最中の鎌足は、背後に起きている怪異に全く気が付いていない。
ほんの数秒の後、平次は鎌足のすぐ後ろへと立っていた。
平次の左右の手が、十本の指をひくつかせながら、ぬっ⋯⋯と伸びていく。
そして背後から、鎌足の喉を一気に絞め上げようとした。
⋯⋯その瞬間。
突然、二つの閃光が鎌足の横を走る。
その光は僅かに繋がっていた平次の首と頭部の皮に、連続してぶつかっていった。
その二つの衝撃で、蒼鬼の命の”綱“は完全に斬り裂かれた。
そして平次の頭部と共に、弾け飛んだ。
「⋯⋯えッ!?」
ようやく異変を察知した鎌足が、後ろを振り向く。
「⋯⋯な!? ⋯⋯っ!?」
そんな鎌足とすれ違うように、首を失った平次は、鎌足の真横へと力無く倒れ込んだ。
頭部の方は宙を舞い、鎌足から少し離れた床に落下していた。
そして詰所の端まで、ころころと転がっていく。
その顔は一時だけ蒼鬼の苦悶の形相に変わり、目や鼻や口⋯⋯穴という穴からは蒼い霧が漏れ出した。
そして全ての蒼霧を出し終えると、ゆっくりと平次の顔へと戻っていった。
涙目で呆然としている鎌足の隣、倒れ込んだ平次の亡骸もまた同様だった。
頭部と同じように蒼い霧のような瘴気が、亡骸の全身を取り囲んでいた。
そして徐々に宙へと漂い、詰所の虚空へと飛散していく。
「⋯⋯え!? 今の“光”は⋯⋯一体⋯⋯、⋯⋯!?」
⋯⋯鎌足を救った、謎の閃光。
鎌足は壁に刺さったその閃光の正体に、目を見開いた。
⋯⋯それは、二枚の十字手裏剣だった。
「⋯⋯あっ」
鎌足は再び、反対側を振り返った。
その視線の先には⋯⋯。
⋯⋯馴染みのある、もう一人の仲間の顔があった。
「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯、⋯⋯っ、へへ⋯⋯、やった、⋯⋯やったぞ、小頭を⋯⋯、守れたぞ」
閃光の正体は、大吾が投じた十字手裏剣だった。
鎌足に迫る平次。
その危難にいち早く気付いた大吾は、自分の首に刺さった二本の十字手裏剣を咄嗟に引き抜いていた。
そして鎌足が首を絞められる直前に、平次の最後の生命線である首の皮を目がけて、抜いた十字手裏剣を投じていたのだ。
しかし鎌足を救った、この代償は大きかった。
手裏剣の刃は想像以上に深く、鋭利だった。
血止めもせずに急所に深く刺さった手裏剣を抜いたこともあり、大吾の首からは既におびただしい量の血が流れていた。
大吾はまだ忍としての実戦経験に乏しく、手裏剣も本来は得意とはしていない。
そんな大吾だったが、今、鎌足の危機を前にして、その集中力は自分の力量を超える程にまでに研ぎ澄まされていたのだろう。
鎌足を救いたい、任務の役に立ちたい。
ただそれだけを願って、最後の力を必死に振り絞って投じ、そして想いを遂げることができた、日々の修練の賜物⋯⋯会心と奇跡の二撃だった。
「⋯⋯!? 大吾ッ!!」
「⋯⋯はあ、⋯⋯はあ、⋯⋯はあ、⋯⋯はあ⋯⋯ッ、⋯⋯こ、⋯⋯小頭、良かった⋯⋯、御無事で⋯⋯」
鎌足は大吾に駆け寄った。
手裏剣の名手である平次の技。
それを葬魂の術で得た蒼鬼。
放たれた十字手裏剣は、大吾の首元の急所を的確に捉えていた。
大吾は息も絶え絶えながら、それでも鎌足に懸命に笑顔を見せる。
「⋯⋯すみません、小頭、蒼鬼を見抜けず⋯⋯、そしてこんな情けない⋯⋯手傷も負っちゃって、⋯⋯はは」
「私を助けてくれて⋯⋯、ありがとう、⋯⋯大吾、大丈夫。私も蒼鬼を見抜けなかった、そんなこと気にしなくていい⋯⋯」
「⋯⋯手裏剣、⋯⋯実は、あまり得意じゃ、⋯⋯ないけど、⋯⋯良かったぁ、小頭に⋯⋯、当たらなくて⋯⋯、ちょっとは⋯⋯、成長してるの⋯⋯かな、⋯⋯はは」
「もう、⋯⋯馬鹿ッ!、もし私に当たってたら、大吾にも同じ事してやるからな⋯⋯、許さないからな⋯⋯」
「⋯⋯ははは、それは⋯⋯、鬼より恐いや⋯⋯、⋯⋯っ⋯⋯はぁはぁ、⋯⋯あぁ⋯⋯小頭⋯⋯、⋯⋯私は⋯⋯ここで⋯⋯死ぬ⋯⋯ので、⋯⋯しょうか⋯⋯」
大吾の出血は止まる気配が無い。
ぐったりとして横たわる大吾を、鎌足は強く優しく、抱きしめた。
鎌足の頬を伝い、涙がとめどなく流れ落ちる。
「⋯⋯はは、小頭⋯⋯、東番⋯⋯、できなくて、⋯⋯一緒に、⋯⋯すみ⋯⋯ません、私や⋯⋯皆のぶ⋯⋯ん⋯⋯まで⋯⋯がんばっ⋯⋯」
「もう喋るな、大吾! ⋯⋯こんな傷、⋯⋯こんなのすぐ治る。ちょっと休めば大丈夫だ。一緒に東番やろう、な、⋯⋯そのためにここまで来たんじゃないか、⋯⋯一緒に頑張ろう。⋯⋯私を⋯⋯一人にするなよぉ、⋯⋯っ⋯⋯お願いだ⋯⋯」
そんな傷ついた二人を、綾麿はひとり悠然と冷静に見下ろしている。
そして落ち着き払った声で語りかけた。
「⋯⋯良い機会だ。鎌足殿に昨日は言わなかった、葬魂の恐ろしきもう一つの秘密。それを今、教えてやろう。⋯⋯よいか、最初に鬼に葬られた魂だけでなく、人に化けている鬼に殺された者の魂もまた同様に、深い闇の中に引きずり込まるのだ」
背後から投げ掛けられた綾麿の言葉に、鎌足の肩がぴくりと動いた。
「⋯⋯その者はもう助からん。葬魂の鬼に殺された人の魂は、いつ終わるとも知れない無間の苦痛を味わいながら、地獄の底を彷徨い続ける。それは八大地獄の中でも一番に恐ろしき場所だ。⋯⋯そこで鎌足殿に問おう。今まさに旅立とうとしているその者、もしこのまま命果てると、”誰“に殺されたことになるのかな?」
「⋯⋯何が、⋯⋯言いたい?」
悲しみが勝っているのか、怒りが勝っているのか。
淡々と告げられた綾麿の言葉に、背中で答えた鎌足の声は震えていた。
「先に結論を申そうか。⋯⋯今ならまだ間に合う。その者の魂、鎌足殿が救ってやるのだ」
「⋯⋯どういう、⋯⋯意味だ?」
「鎌足殿がその者にとどめを刺すのだ。今のうちに、な」
「⋯⋯っ!? 何を⋯⋯、そんなことできるわけ⋯⋯っ」
「ならば、その者が無間地獄に堕ちてもよい、⋯⋯と申すか?」
「⋯⋯っ、⋯⋯違うっ! 百地翁様はそんな事は言ってなかった! 全て嘘だ! 私を騙そうとしてるんだ!!」
「⋯⋯騙す? この期に及んで、まだそんな戯れ事を言っているのか。それは百地殿が知らぬだけだ。麿の今の話は真実だ」
「いや違う! それは本当に嘘だ! では何故、百地翁様も知らない事を、御前は知っている!? いい加減な事を言うな!! ⋯⋯それに、こんな傷。⋯⋯浅い、大丈夫、助かる。血も止まる、助かるよ⋯⋯」
「⋯⋯否、もう助からん。無理だ。諦めよ」
「⋯⋯助かる! 助かるから! 東番一緒にやるんだ! 今から始まるんだよ、東番⋯⋯、私には⋯⋯、大吾しか⋯⋯、いない、⋯⋯もう、⋯⋯だから」
綾麿と鎌足が話をしているその間に、大吾の鎌足を見つめる瞳がどんどん虚ろになっていく。
呼吸も薄く荒く、変わっていく。
「早くしろ。鬼切丸でも、脇差でもよい。その者の身体も魂も、早く楽にしてやれ」
「⋯⋯あ、あれ、傷⋯⋯、血が⋯⋯、まだ止まらない⋯⋯、大吾、待ってて、今止める、止めるからな」
既に大吾からの言葉は無かった。
大吾の呼吸が、途切れ途切れになっていく。
「⋯⋯もう逝く。⋯⋯どうしても斬らぬか」
今の鎌足にとっては、耳障りでしかない綾麿の声。
大吾の血が止まらないことが、鎌足の苛立ちに拍車を掛けていた。
⋯⋯鎌足は、我慢の限界を迎えていた。
「⋯⋯ッ!? さっきからうるさいな!! ⋯⋯助かる、って言ってるだろう!? ⋯⋯私たちが苦しんでいるのを見るのが、そんなに愉しいのか⋯⋯!? ⋯⋯ッ! あや⋯⋯」
鎌足が激しい怒声と共に、綾麿の方を振り向いた時⋯⋯。
⋯⋯その視線の先に、綾麿は無かった。
振り向いた鎌足の視線の横。
仰向けで横たわっている大吾の真横へ。
ゆっくりと歩く綾麿。
その残像が鎌足の瞳の端に映る。
⋯⋯そして鎌足が、大吾の方を再び向き直った時。
“何か”が、炎を纏うように蒼い尾を引きながら、煌めいた。
「⋯⋯え、⋯⋯炎?」
それは村雨の刃の、”走り“だった。
⋯⋯初めて目の当たりにする、村雨の刃。
続けざまに鎌足の瞳に飛び込んできたのは⋯⋯。
⋯⋯美しく蒼く煌めく村雨の刃を、大吾の胸に突き立てている、綾麿の姿だった。
「⋯⋯!? ⋯⋯あや、ま⋯⋯ろ、御前、何をして⋯⋯」
「⋯⋯村雨の蒼き送り火。⋯⋯憎き江戸者とは言え、鬼と勇敢に戦い、散っていった者への、麿からの僅かばかりの“手向け”だ。⋯⋯受け取れ」━━━━。
第46話も最後までお読み頂きありがとうございました。
創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
次回第47話「暮れ六つの鐘」は、4月6日投稿予定です。




