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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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46/51

第46話  慟哭

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


 ━━━━東番の開始の到来を告げる、暮れ六つの鐘。

 その第一鐘が鳴り始めるまで、四半刻の更に四分の一と少し(※10分程)となっていた。



 後ろにいる平次へいじ大吾だいごのどちらかに、両手首に絡み付いている下緒さげおを刀で切断してもらおうと、振り向いた鎌足かまたりの目に飛び込んできたのは⋯⋯。




 ⋯⋯手首の下緒さげおにではなく、鎌足(かまたり)の額に向けて刀を振りかざす、“平次へいじ“の姿だった。




「⋯⋯ッ!? ⋯⋯平次へいじ!? ⋯⋯どうしてッ!?」




 平次へいじの振り下ろした刃の先が、鎌足かまたりの頬をかすめた。

 鎌足かまたり咄嗟とっさに頭をずらし、すんでの所でその刃をかわしていた。


 鎌足かまたりではなく他の伊賀忍であったならば、間違いなくこの不意の一撃で、脳天は叩き割られていただろう。

 それだけ平次へいじの攻撃は、力強く素早く正確で、何よりも明確な殺意に満ちていた。



「⋯⋯な、何で!? ⋯⋯ッ、まさか本当に蒼鬼(おに)が!?」



 身体を反らして体勢を整えようとする鎌足(かまたり)の脳裏に、綾麿(あやまろ)の先程までの言葉が鮮明に浮かぶ。



(⋯⋯『いい加減に目を醒さまされよ。その二人の内、一人の命は既にこの世には無い⋯⋯正体は蒼鬼(あおおに)だ』)

 


(⋯⋯ッ、そんな、⋯⋯やっぱり綾麿(あいつ)がさっき言っていたことは、全て本当だったのか!?)


 

 そんな鎌足(かまたり)の密かな心の声や、緊迫の動きと呼応するかのように、鎌足かまたり平次へいじを見つめる綾麿あやまろは、ひとり正反対に冷静沈着な薄笑いを浮かべていた。


「⋯⋯ふふふ、だから何度も言ったであろう。⋯⋯蒼鬼(あおおに)だ、と」




 鎌足(かまたり)は今、ただひたすらに混乱の中にあった。



「⋯⋯や、やめろ!? 平次へいじ! ⋯⋯冗談はやめてくれ!」



 鎌足かまたりの悲痛な叫びにも関わらず、殺意と狂気で(まなこ)を血走らせた平次へいじが、横殴りの第二撃を放ってくる。

 鎌足(かまたり)はこの第二の刃も、羽織に触れるか触れないかの間一髪の所で、何とか避けることができていた。



「⋯⋯ぐっ!? 大吾だいご! ⋯⋯平次へいじを止めてくれ!! 正気に戻るように言ってくれ!!」



 平次へいじ鎌足(かまたり)に襲いかかる⋯⋯、そんな絶対にありえないはずの光景を目の当たりにして、大吾だいごは完全に固まっていた。

 何が起きているのか、理解が追い付かない。

 口を開けて呆然としながら、二人の姿を見ているだけだった。


 そんな大吾だいごも、この鎌足かまたりの悲痛な叫びにやっとのことで我に返る。

 そして困惑の表情のまま、鎌足かまたり平次へいじの元へ無防備に歩み寄ろうとした。

 


「⋯⋯あ、あの、平次へいじさん、⋯⋯何をして⋯⋯!?」



 平次へいじ大吾だいごの方を振り向く。



 ⋯⋯と同時だった。



 平次へいじ得意の狂気の武器が、詰所(つめしょ)虚空くうを切った。



「⋯⋯ぐッ!? ⋯⋯がはぁっ!?」


 

 平次へいじの投じたのは、懐に忍ばせていた二枚の十字手裏剣。

 それが近寄った大吾だいごの喉元へと、至近距離で突き刺さっていた。


 受けた手裏剣の凄まじい勢いそのまま、後方へと吹き飛ばされた大吾だいごは、詰所(つめしょ)の壁にぶつかり、その場に倒れ込んだ。

 十字手裏剣が突き刺さった喉元の二箇所の傷からは、大量の鮮血が(ほとばし)っている。



「⋯⋯ッ!? 大吾だいごっ! ⋯⋯大吾だいごっっ!!」



「⋯⋯邪魔ジャマスルナ、⋯⋯雑魚(ザコ)小童コワッパ!》



 鎌足(かまたり)は再び、平次へいじの方を振り返った。

 其処(そこ)に見慣れたあの平次へいじの表情は、微塵みじんも無かった。

 優しさの欠片も、親しみの眼差しも、鎌足(かまたり)への敬意も、何一つの面影も無い。

 憤怒に満ちた顔、床に響く重く低い声。

 その身体は頭の天辺てっぺんから足の先まで、間違いなく平次へいじのものではなかった。


 平次へいじの中に今、邪悪な“何者か”が棲んでいる。


 即座にそう感じた鎌足の頭に、江戸での蒼鬼あおおにとの戦い、そして昨日の甚左じんざの振り向いた顔が改めてよぎった。

 鎌足(かまたり)の腕に、ぞわぞわと鳥肌が立っていく。



(⋯⋯あ、あの時と⋯⋯、昨日と一緒、⋯⋯お、鬼だ)




 (おのの)き戸惑う鎌足(かまたり)にも、平次あおおにの十字手裏剣が牙を剥いた。


 まるで一つの音しか聞こえないくらい、素早く連続して投じられる、二枚の十字手裏剣。

 鎌足(かまたり)咄嗟(とっさ)に身を屈ませて、何とかこの十字手裏剣の奇襲を避けきった。



 鎌足(かまたり)を外した十字手裏剣は、鋭く回転して風の尾を引きながら、鎌足(かまたり)の背後に立つ綾麿(あやまろ)の方へと飛んでいく。


「⋯⋯ふん」


 綾麿(あやまろ)は懐に抱きかかえる村雨(むらさめ)さやを、眼前に縦にかざした。


 この時、村雨(むらさめ)は、綾麿(あやまろ)を守る防御の盾となった。

 通常、飛来する手裏剣は(さや)によって薙ぎ払うことはできても、立ち止まって受けることは考えられない。

 ましてや至近距離。

 (さや)の細さからも、常人にはまずもって不可能だった。


 しかし綾麿(あやまろ)は、あっさりとこの不可能を可能にしていた。

 飛翔する二枚の十字手裏剣は、受けた村雨(むらさめ)(さや)に突き刺さるどころか、白い氷の欠片のように粉々になって、(さや)の左右へと飛散していく。


「⋯⋯鎌足(かまたり)を狙う“ふり“をして、あわよくば、麿(まろ)も⋯⋯か。⋯⋯ふふふ、悪知恵が働き、そして欲の強い、油断ならぬ(あお)羅刹(こわっぱ)だ」


 綾麿あやまろはこの奇襲にも、全く動じていない。

 鎌足(かまたり)平次あおおにの事の成り行きを、ただ黙って冷静に見続けていた。


「⋯⋯麿(まろ)を狙うとは。⋯⋯さて、どうしてくれようか」


 その姿は、先に平次(あおおに)に提案した通りに、鎌足(かまたり)殺害を見届け、平次あおおにの逃亡も見逃そうとしているように見える。

 反面、鎌足(かまたり)の力量や体捌たいさばきを何一つ見逃さないように、一挙手一投足をつぶさ(うかが)っているようにも見える。

 ただそのどちらにしても、鎌足(かまたり)平次(あおおに)、どちらか一方に加勢するような動きだけは一切見られなかった。


「⋯⋯⋯⋯」


 何か意図が有るのか、それともまた新たな何かを画策かくさくしているのか。

 自分と鎌足(かまたり)とを繋ぐ下緒(さげお)を握る手の力を、綾麿(あやまろ)はそっと緩めた。



 そんな綾麿(あやまろ)の視線と下緒(さげお)の先⋯⋯。



 ⋯⋯綾麿(あやまろ)の方を見る余裕が一切無い鎌足(かまたり)は、再び迫り来る平次あおおにの第三の狂刃に身構えていた。



(⋯⋯嘘だ、⋯⋯嘘だと言ってくれ)



 鎌足(かまたり)は、床に突き刺さっている脇差(わきざし)に近づく。

 そしてその(つか)を足の指で掴み、床から思い切り引っこ抜いた。


 この時の鎌足(かまたり)は、半ば無意識だった。

 平次(へいじ)の中に潜む蒼鬼(おに)が本能的に鎌足(かまたり)を襲ったのと同様に、危難を前にした鎌足かまたりの中の生存本能が、”生“を求めてその身体を動かしていたのかもしれない。



(⋯⋯もう、⋯⋯やめてくれ)



 引き抜かれた勢いで、脇差(わきざし)鎌足(かまたり)の背丈ほどの高さまで宙を舞っていた。


 鎌足かまたりの本能が再び身体を動かす。

 次の瞬間、鎌足(かまたり)は宙を飛び上がるようにして、舞う脇差(わきざし)つかを口に(くわ)えていた。

 


(⋯⋯頼む、やめろ、やめてくれ、⋯⋯平次へいじ



 そんな鎌足(かまたり)の頭上から、平次あおおにの渾身の第三撃が襲いかかる。


《⋯⋯我ガ修羅(シュラ)トナル為ニ、此処ココデ滅セヨ! ⋯⋯紅影鬼(コウエイキ)!!》


 鎌足(かまたり)の手首や身体の自由は、綾麿(あやまろ)が握る下緒さげおによって、今も制限されている。

 しかしこの時、鎌足(かまたり)自身は全く気付いてはいなかったものの、綾麿(あやまろ)が手の力を緩めたことによって、下緒(さげお)の束縛は先程よりも格段に弱まっていた。

 よって必然的に、”動くことの出来る領域“も拡がっていた。

 

 振り下ろされている刃を物ともせず、鎌足かまたり平次あおおにに飛びかかった。


《⋯⋯何ィ!?》


 完全に追い詰められた中での、この鎌足(かまたり)の一連の素早い反撃の動きに、平次あおおにの第三撃の間合いは完全に崩されていた。

 鎌足(かまたり)平次あおおにの刃の切っ先が交錯する。


 振り下ろされた凶刃は、僅かに鎌足(かまたり)の左肩を切り裂くだけに留まっていた。



(⋯⋯やめ⋯⋯て、⋯⋯や、め、ろ、おおぉぉぉ⋯⋯)



 鎌足かまたりの羽織の左肩から、鮮血が飛び散る。



「⋯⋯⋯⋯ぅぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」



 鎌足かまたりは脇差の刃をくわえたまま、接近していた平次あおおにに向けて、自分の中の“何か”を振り払うように叫んだ。

 そしてまるで獲物の喉元に噛み付こうとする獣のように、くわえた脇差わきざしの刃を走らせて、平次あおおにの喉を一気にっ切った。



《⋯⋯ッグガァぁァアアあァアああアあアア⋯⋯!!!!》



 それは人間と鬼、一人と一鬼が入り混じったような奇怪な叫び声だった。

 鎌足かまたりの“生”の叫びに呼応するように、平次あおおには首から鮮血を噴水のようにほとばしらせた。

 そして壁際までよたよたと退くと、壁にもたれかかるようにしてその場に倒れ込んだ。


 それはまさに平次あおおににとっては、“死“の咆哮(ほうこう)

 鎌足かまたり脇差わきざしの刃は、平次あおおにの喉を大きく斬り裂き、その首はもはや僅かな肉と皮を残して、かろうじて繋がっているだけだった。



 鎌足かまたりは息を大きく荒らげながら、その場に座りこんだ。


 昨日の紅影鬼(こうえいき)から受けた傷に、今朝の毒。

 更に甚左じんざに加えて平次へいじまでもが鬼と化していたことによって、身体だけではなくその心にも深い傷を負っていた。


 蓄積した疲労、受けた数々の手傷、そして心の痛みに茫然自失(ぼうぜんじしつ)状態の鎌足(かまたり)は、すぐに起き上がる力が湧いてこない。

 下緒(さげお)の手首の拘束は弱まっているにも関わらず、綾麿(あやまろ)の軽い引きにすらも、何の抵抗も出来ないでいた。

 ほうけたままの鎌足(かまたり)の身体は、少しずつ綾麿(あやまろ)の方へと引っ張られていく。

 綾麿あやまろの引きに力無く体勢を崩し、鎌足(かまたり)はその場に前のめりで突っ伏してしまっていた。



 引けば引くほど、ずるずると自分のほうに近付いてくる、うつ伏せの鎌足(かまたり)

 そんな力の抜けた鎌足からだを前にして、綾麿あやまろはつまらなさそうに呟いた。


「⋯⋯ふん、他愛無い」 


 綾麿(あやまろ)は、巧みに腕や手首を捻った。

 すると、あれだけ鎌足かまたりを堅く拘束していた下緒さげおは、まるで憑き物が落ちたかのように、その両手首からするりと(ほど)け落ちていた。

 綾麿あやまろ下緒さげおの全てを、するすると手元に手繰り寄せていく。

 そして村雨むらさめさやの上部に、通常の垂れの長さになるまで下緒さげおを改めて巻きつけていった。



「⋯⋯う、⋯⋯、うぅ⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯⋯⋯はッ!」


 十数秒ほど意識が飛んでいた鎌足かまたりだったが、意識が戻るや否や慌てて飛び起きた。

 その瞳が急いで平次へいじの姿を捉える。


 平次へいじは血まみれで、壁にもたれかかるように倒れていた。

 首の裂けた傷からは、まだ断続的にぴゅっぴゅっと血が噴き出し続けている。

 そしてその頭部は薄皮一枚だけを残しながら、胸元にだらりと無造作にぶら下がっていた。



「⋯⋯あ⋯⋯う⋯⋯何、で? ⋯⋯何でこんな事に⋯⋯、うっ⋯⋯平次へいじ平次へいじっ、⋯⋯平次へいじぃぃぃ!!」



 鎌足かまたりはその場で何度も平次へいじの名前を叫ぶと、そのまま泣き崩れた。

 


 昨日の甚左じんざも同じように、鬼から葬魂そうこんの術を受けていた。

 しかし昨日は、姿を偽っていた紅影鬼こうえいきが本来の姿に戻ってからの戦いだった。

 甚左じんざ自身(そのもの)“を斬ったわけではなかった。


 だが、今回は違う。


 たとえ魂や中身は蒼鬼おにだったとは言え、大切な仲間の身体を斬り裂き、自分の手で殺めてしまった。

 そんな救いようのない悲しみの絶望感が今、鎌足かまたりの胸に押し寄せていた。



「⋯⋯⋯そんな、そんな、何で⋯⋯、私が斬ってしまっ⋯⋯、平次へいじを⋯⋯、どうして⋯⋯、平次へいじまで⋯⋯、死んで⋯⋯、う⋯⋯⋯、うぁああああぁああああああ!!」



 平次へいじの変わり果てた亡骸なきがらを、鎌足(かまたり)は再び目にする事ができない。

 亡骸なきがらに背を向け、ひたすらに涙に暮れる鎌足かまたりを眺めながら、綾麿あやまろは苦々しい表情を浮かべた。



「⋯⋯どこまで麿まろを失望させる? 斬った脇差(わきざし)鬼切丸おにきりに非ず。相手は鬼ぞ。心の臓を刺さず、首も切り離さず、勝ったつもりで背を向けるとは⋯⋯、愚かな⋯⋯」



 その綾麿あやまろの言葉の通り、泣き崩れる鎌足かまたりの背後では、世にも(おぞ)ましい怪異かいいが起きていた。

 それは怪異かいいと言うより、鬼の生存能力の凄まじさを改めて垣間見ることになった、と言ったほうが良いかもしれない。



 頭部が落ちかかった平次あおおにが、すっ⋯⋯と音も無く立ち上がり、ほぼ首の皮一枚ぶら下げた状態で、鎌足かまたりの背後をふらふらと歩きだしたのである。


 生の証⋯⋯心の臓の鼓動が皮を伝い、息絶えたと思われた平次あおおにの眼は今、再び命を宿したように狂わしく脈打っていた。


 平次あおおに鎌足(かまたり)の方へ、ゆっくりとゆっくりと近付いていく。

 慟哭どうこく最中さなか鎌足かまたりは、背後に起きている怪異かいいに全く気が付いていない。


 ほんの数秒の後、平次あおおに鎌足(かまたり)のすぐ後ろへと立っていた。


 平次あおおにの左右の手が、十本の指をひくつかせながら、ぬっ⋯⋯と伸びていく。

 そして背後から、鎌足かまたりの喉を一気に絞め上げようとした。



 ⋯⋯その瞬間。



 突然、二つの閃光が鎌足かまたりの横を走る。


 その光は僅かに繋がっていた平次あおおにの首と頭部の皮に、連続してぶつかっていった。

 その二つの衝撃で、蒼鬼(おに)の命の”綱“は完全に斬り裂かれた。

 そして平次へいじの頭部と共に、弾け飛んだ。



「⋯⋯えッ!?」



 ようやく異変を察知した鎌足かまたりが、後ろを振り向く。



「⋯⋯な!? ⋯⋯っ!?」



 そんな鎌足かまたりとすれ違うように、首を失った平次あおおには、鎌足(かまたり)の真横へと力無く倒れ込んだ。


 頭部の方は宙を舞い、鎌足(かまたり)から少し離れた床に落下していた。

 そして詰所(つめしょ)の端まで、ころころと転がっていく。

 その顔は一時だけ蒼鬼おにの苦悶の形相ぎょうそうに変わり、目や鼻や口⋯⋯穴という穴からはあおい霧が漏れ出した。

 そして全ての蒼霧を出し終えると、ゆっくりと平次へいじの顔へと戻っていった。


 涙目で呆然としている鎌足かまたりの隣、倒れ込んだ平次へいじ亡骸なきがらもまた同様だった。

 頭部と同じようにあおい霧のような瘴気しょうきが、亡骸なきがらの全身を取り囲んでいた。

 そして徐々に宙へと漂い、詰所(つめしょ)の虚空へと飛散していく。




「⋯⋯え!? 今の“光”は⋯⋯一体⋯⋯、⋯⋯!?」



 ⋯⋯鎌足かまたりを救った、謎の閃光。



 鎌足(かまたり)は壁に刺さったその閃光の正体に、目を見開いた。




 ⋯⋯それは、二枚の十字手裏剣だった。




「⋯⋯あっ」


 鎌足(かまたり)は再び、反対側を振り返った。



 その視線の先には⋯⋯。



 ⋯⋯馴染みのある、もう一人の仲間の顔があった。



「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯、⋯⋯っ、へへ⋯⋯、やった、⋯⋯やったぞ、小頭こがしらを⋯⋯、守れたぞ」




 閃光の正体は、大吾だいごが投じた十字手裏剣だった。




 鎌足かまたりに迫る平次あおおに

 その危難にいち早く気付いた大吾だいごは、自分の首に刺さった二本の十字手裏剣を咄嗟とっさに引き抜いていた。

 そして鎌足かまたりが首を絞められる直前に、平次あおおにの最後の生命線である首の皮を目がけて、抜いた十字手裏剣を投じていたのだ。


 しかし鎌足かまたりを救った、この代償は大きかった。

 手裏剣の刃は想像以上に深く、鋭利だった。

 血止めもせずに急所に深く刺さった手裏剣を抜いたこともあり、大吾だいごの首からは既におびただしい量の血が流れていた。


 大吾だいごはまだ忍としての実戦経験に乏しく、手裏剣も本来は得意とはしていない。

 そんな大吾だいごだったが、今、鎌足かまたりの危機を前にして、その集中力は自分の力量を超える程にまでに研ぎ澄まされていたのだろう。

 鎌足(かまたり)を救いたい、任務の役に立ちたい。

 ただそれだけを願って、最後の力を必死に振り絞って投じ、そして想いを遂げることができた、日々の修練の賜物たまもの⋯⋯会心と奇跡の二撃にげきだった。



「⋯⋯!? 大吾だいごッ!!」


「⋯⋯はあ、⋯⋯はあ、⋯⋯はあ、⋯⋯はあ⋯⋯ッ、⋯⋯こ、⋯⋯小頭こがしら、良かった⋯⋯、御無事で⋯⋯」


 鎌足かまたり大吾だいごに駆け寄った。

 手裏剣の名手である平次へいじの技。

 それを葬魂そうこんの術で得た蒼鬼あおおに

 放たれた十字手裏剣は、大吾だいごの首元の急所を的確に捉えていた。

 大吾だいごは息も絶え絶えながら、それでも鎌足かまたりに懸命に笑顔を見せる。



「⋯⋯すみません、小頭こがしら蒼鬼おにを見抜けず⋯⋯、そしてこんな情けない⋯⋯手傷も負っちゃって、⋯⋯はは」


「私を助けてくれて⋯⋯、ありがとう、⋯⋯大吾だいご、大丈夫。私も蒼鬼おにを見抜けなかった、そんなこと気にしなくていい⋯⋯」


「⋯⋯手裏剣、⋯⋯実は、あまり得意じゃ、⋯⋯ないけど、⋯⋯良かったぁ、小頭こがしらに⋯⋯、当たらなくて⋯⋯、ちょっとは⋯⋯、成長してるの⋯⋯かな、⋯⋯はは」


「もう、⋯⋯馬鹿ッ!、もし私に当たってたら、大吾だいごにも同じ事してやるからな⋯⋯、許さないからな⋯⋯」


「⋯⋯ははは、それは⋯⋯、鬼より恐いや⋯⋯、⋯⋯っ⋯⋯はぁはぁ、⋯⋯あぁ⋯⋯小頭こがしら⋯⋯、⋯⋯私は⋯⋯ここで⋯⋯死ぬ⋯⋯ので、⋯⋯しょうか⋯⋯」


 大吾だいごの出血は止まる気配が無い。

 ぐったりとして横たわる大吾だいごを、鎌足かまたりは強く優しく、抱きしめた。


 鎌足かまたりの頬を伝い、涙がとめどなく流れ落ちる。


「⋯⋯はは、小頭こがしら⋯⋯、東番⋯⋯、できなくて、⋯⋯一緒に、⋯⋯すみ⋯⋯ません、私や⋯⋯皆のぶ⋯⋯ん⋯⋯まで⋯⋯がんばっ⋯⋯」


「もう喋るな、大吾だいご! ⋯⋯こんな傷、⋯⋯こんなのすぐ治る。ちょっと休めば大丈夫だ。一緒に東番やろう、な、⋯⋯そのためにここまで来たんじゃないか、⋯⋯一緒に頑張ろう。⋯⋯私を⋯⋯一人にするなよぉ、⋯⋯っ⋯⋯お願いだ⋯⋯」



 そんな傷ついた二人を、綾麿あやまろはひとり悠然と冷静に見下ろしている。

 そして落ち着き払った声で語りかけた。



「⋯⋯良い機会だ。鎌足殿(そなた)に昨日は言わなかった、葬魂そうこんの恐ろしきもう一つの秘密。それを今、教えてやろう。⋯⋯よいか、最初に鬼におくられた魂だけでなく、人に化けている鬼に殺された者の魂もまた同様に、深い闇の中に引きずり込まるのだ」


 背後から投げ掛けられた綾麿あやまろの言葉に、鎌足かまたりの肩がぴくりと動いた。



「⋯⋯その者はもう助からん。葬魂そうこんの鬼に殺されたものの魂は、いつ終わるとも知れない無間むげんの苦痛を味わいながら、地獄の底を彷徨さまよい続ける。それは八大地獄の中でも一番に恐ろしき場所だ。⋯⋯そこで鎌足殿(そなた)に問おう。今まさに旅立とうとしているその者、もしこのまま命果てると、”誰“に殺されたことになるのかな?」


「⋯⋯何が、⋯⋯言いたい?」


 悲しみが勝っているのか、怒りが勝っているのか。

 淡々と告げられた綾麿あやまろの言葉に、背中で答えた鎌足(かまたり)の声は震えていた。



「先に結論を申そうか。⋯⋯今ならまだ間に合う。その者の魂、鎌足殿(そなた)が救ってやるのだ」


「⋯⋯どういう、⋯⋯意味だ?」


鎌足殿(そなた)がその者にとどめを刺すのだ。今のうちに、な」


「⋯⋯っ!? 何を⋯⋯、そんなことできるわけ⋯⋯っ」


「ならば、その者が無間(むげん)地獄に堕ちてもよい、⋯⋯と申すか?」


「⋯⋯っ、⋯⋯違うっ! 百地翁ももち様はそんな事は言ってなかった! 全て嘘だ! 私を騙そうとしてるんだ!!」


「⋯⋯騙す? この期に及んで、まだそんなれ事を言っているのか。それは百地ももち殿が知らぬだけだ。麿まろの今の話は真実だ」


「いや違う! それは本当に嘘だ! では何故なぜ百地翁ももち様も知らない事を、御前は知っている!? いい加減な事を言うな!! ⋯⋯それに、こんな傷。⋯⋯浅い、大丈夫、助かる。血も止まる、助かるよ⋯⋯」


「⋯⋯いな、もう助からん。無理だ。諦めよ」


「⋯⋯助かる! 助かるから! 東番一緒にやるんだ! 今から始まるんだよ、東番⋯⋯、私には⋯⋯、大吾だいごしか⋯⋯、いない、⋯⋯もう、⋯⋯だから」



 綾麿あやまろ鎌足(かまたり)が話をしているその間に、大吾だいご鎌足かまたりを見つめる瞳がどんどん虚ろになっていく。

 呼吸も薄く荒く、変わっていく。



「早くしろ。鬼切丸おにきりでも、脇差(わきざし)でもよい。その者の身体も魂も、早く楽にしてやれ」


「⋯⋯あ、あれ、傷⋯⋯、血が⋯⋯、まだ止まらない⋯⋯、大吾だいご、待ってて、今止める、止めるからな」



 既に大吾だいごからの言葉は無かった。

 大吾だいごの呼吸が、途切れ途切れになっていく。 



「⋯⋯もう()く。⋯⋯どうしても斬らぬか」



 今の鎌足(かまたり)にとっては、耳障りでしかない綾麿(あやまろ)の声。

 大吾だいごの血が止まらないことが、鎌足(かまたり)の苛立ちに拍車を掛けていた。



 ⋯⋯鎌足(かまたり)は、我慢の限界を迎えていた。



「⋯⋯ッ!? さっきからうるさいな!! ⋯⋯助かる、って言ってるだろう!? ⋯⋯私たちが苦しんでいるのを見るのが、そんなに愉しいのか⋯⋯!? ⋯⋯ッ! あや⋯⋯」



 鎌足(かまたり)が激しい怒声と共に、綾麿あやまろの方を振り向いた時⋯⋯。




 ⋯⋯その視線の先に、綾麿あやまろは無かった。




 振り向いた鎌足の視線の横。


 (あお)向けで横たわっている大吾だいごの真横へ。

 ゆっくりと歩く綾麿あやまろ


 その残像が鎌足(かまたり)の瞳の端に映る。

 


 ⋯⋯そして鎌足かまたりが、大吾だいごの方を再び向き直った時。



 “何か”が、炎を(まと)うように(あお)い尾を引きながら、(きら)めいた。



「⋯⋯え、⋯⋯炎?」



 それは村雨(むらさめ)の刃の、”走り“だった。



 ⋯⋯初めて目の当たりにする、村雨むらさめの刃。




 続けざまに鎌足(かまたり)の瞳に飛び込んできたのは⋯⋯。






 ⋯⋯美しく(あお)(きら)めく村雨(むらさめ)の刃を、大吾だいごの胸に突き立てている、綾麿あやまろの姿だった。






「⋯⋯!? ⋯⋯あや、ま⋯⋯ろ、御前、何をして⋯⋯」




「⋯⋯村雨(むらさめ)あおき送り火。⋯⋯憎き江戸者とは言え、鬼と勇敢に戦い、散っていった者への、麿まろからの僅かばかりの“手向たむけ”だ。⋯⋯受け取れ」━━━━。




第46話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回第47話「暮れ六つの鐘」は、4月6日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
平次さんが鬼だったなんて…悲しすぎますね しかも鬼に殺されたら地獄へと落ちるとはまた辛い 誰の話が本当なのかわからないですね….˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚. 凄いショック…
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