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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第45話  綾麿の提案

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


 ━━━━暮れ六つの鐘を迎えるまで、四半刻も既に残り半分(※15分)を切っていた。


 伊賀の誇り、そして自らの命をも懸けた東番。

 本来なら五十人もの警備兵に細かな指示を行うため、番頭(ばんがしら)用の座敷へと移動していなくてはならない刻限。


 しかし鎌足(かまたり)たち伊賀の三人はまだ、一人の予期せぬ訪問者と共に、控の間である詰所(つめしょ)の中に留まっていた。



 呼吸は荒々しく乱れ、震える手で握りしめた脇差(わきざし)を、朧気な眼差しで見つめ続ける、鎌足かまたり


 自分が鬼ではないことを必死に訴える、二人の忍。

 平次へいじ大吾だいご


 そして上座に悠然と立ち、三人の忍を見下しながら、一つまた一つと数を数え続ける、綾麿あやまろ



 ⋯⋯暮れ六つを前にした詰所つめしょは今、今宵の内裏(だいり)警備のどの場所よりも早く、生と死の緊迫感の中にあった。

 


「⋯⋯七つ」


「⋯⋯はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」


「⋯⋯八つ」


「⋯⋯あ⋯⋯うぅ⋯⋯」


「⋯⋯九つ」


「⋯⋯う、⋯⋯うぅっ」


「⋯⋯(とお)

 


 綾麿(あやまろ)の淡々と数を数える声と、鎌足(かまたり)の短い苦悶の声と吐息だけが、詰所(つめしょ)の中に響いていた。

 誰一人その場を動かないまま、時間だけが刻一刻と過ぎていく。



「⋯⋯斬れない、私には出来ない、分からないよ⋯⋯」

 

 

 大切な仲間二人の内、どちらかが鬼。

 そして、もう死んでいる可能性。

 信じられない、信じたくはない。


 鎌足(かまたり)脇差(わきざし)を両手でぎゅっと握りしめ、現実から目を背けるように、顔を(しか)めながら目を瞑っていた。



(⋯⋯誰か、⋯⋯どうしたら良いか教えて⋯⋯)

 

 

 綾麿(あやまろ)は本当に毒の首謀者でも、蒼鬼(あおおに)でもなかったのか。

 一体どうやって、二人の中に潜む異形の蒼鬼あおおにを見定めればよいのか。

 そもそもこの綾麿(あやまろ)の話自体、本当に正しいのか。

 今までの話は全て、自分たち三人を混乱させるためだけの、作り話ではないのか。



 まさに”八方塞がり“状態だった。

 潜んでいる蒼鬼おにを見つけ出すことも、目の前の綾麿(あやまろ)に斬りかかることも、鎌足(かまたり)はどちらもできなくなっていた。


 

小頭こがしら⋯⋯、どうか私たちを信じてください!」

「さっき私たちの味方だ、そう言ったじゃないですか!? 何をそんなに怯えているんですか!? ⋯⋯小頭(こがしら)っ」


 鎌足(かまたり)を案じた、大吾だいごが動く。

 鎌足(かまたり)に近づき、小刻みに揺れるその小さな肩に触れようとした。



 ⋯⋯その瞬間。



 鎌足(かまたり)はその大吾だいごの手を、恐ろしい形相ぎょうそうで無意識に払い除けていた。



「⋯⋯ひっ!? ⋯⋯さ、触らないで⋯⋯! 誰も!」


「⋯⋯ッ!? こ、小頭こがしら⋯⋯!?」



 この時、鎌足(かまたり)の頭には、江戸の甲賀忍と昨日の甚左じんざの姿⋯⋯人が鬼に変わる瞬間のおぞましい情景が横切っていた。

 そしてそんな鬼が手に持ち、黒光りさせているのは、鎌足(じぶん)を殺そうと狙う狂気の刃。

 葬魂(そうこん)の術の記憶は、現実と幻想が入り混じりながら今、大吾だいごの姿に鬼の幻影を重ねて見せていた。



「⋯⋯あ、⋯⋯ち、違っ、⋯⋯そんな意味じゃ、⋯⋯ない、⋯⋯ッ、⋯⋯ご、ごめんなさい」



 大吾だいごの悲しい表情を見て、鎌足(かまたり)はすぐに我に返った。

 そして今にも泣き出しそうな顔で、大吾だいごに謝った。

 言葉では謝罪を伝えながらも、鎌足(かまたり)の表情は、明らかに綾麿(あやまろ)の言葉と“見えない何か”に怯え、悲壮感に満ちている。


「⋯⋯小頭こがしら


「⋯⋯⋯⋯」


 (うつむ)いた鎌足(かまたり)からも、それ以上の言葉は無かった。

 平次へいじ大吾だいご鎌足(かまたり)にかける言葉が見当たらず、後は困惑と悲しみが入り混じった表情で、ただじっと鎌足(かまたり)を見つめ続けるだけだった。



 ⋯⋯そんな心乱れる三人の伊賀忍とは真逆に、綾麿(あやまろ)だけはずっと冷静だった。

 上座から三人の動向を毅然(きぜん)として眺め、数えも何一つ乱れてはいない。


 そんな綾麿(あやまろ)の瞳には、今だに(さや)から刃を抜けずに葛藤を続ける鎌足(かまたり)の姿が、(たま)らなく歯痒(はがゆ)く映っていた。

 


(⋯⋯帝から東番の大役をたまわりながら、何故なぜ鬼に立ち向かおうとはせぬ。⋯⋯そして何故なぜ、目の前の現実から目を逸らそうとする、⋯⋯鎌足(かまたり)よ)



 数を数えながら綾麿あやまろは身体を(ひるがえ)し、立て掛けてある村雨(むらさめ)に近づいた。

 そして村雨(むらさめ)(つか)を握りしめ、鎌足(かまたり)たちを再び振り返り、何かを考えるようにゆっくりと目を瞑った。



 既に数えは二十五を超えていた。  



「⋯⋯っ、⋯⋯斬れないよ、⋯⋯私には斬れない⋯⋯」


 鎌足(かまたり)は動かない、動けない。

 平次へいじ大吾だいごも身構えたまま、微動だにしない。



 綾麿(あやまろ)は、ゆっくりと目を開けた。

 そして最後まで何もできずに動けなかった鎌足(かまたり)一瞥(いちべつ)すると、深い溜め息をついた。



「⋯⋯三十」



 静寂の中、綾麿(あやまろ)によって、約束の刻限の終わりが告げられる。



「⋯⋯うぅ⋯⋯あ」


「⋯⋯時間切れだ、鎌足(かまたり)殿」



 綾麿(あやまろ)は伊賀の三人に見せつけるように、村雨(むらさめ)を眼前に掲げた。

 そしてまだ狼狽(うろた)えたままの鎌足(かまたり)を、もう一度じっと見つめた。



(⋯⋯鬼と戦い、この日本ひのもとを守るためには、時には鬼と化した仲間さえも容赦なく斬らねばならぬ。そなたに果たしてその覚悟と、東番頭ひがしばんがしらを務める力量があるのかどうか。最後の機会を与えたにも関わらず、この不始末。ここまでに女々しさを極めているとは。⋯⋯紅影鬼(こうえいき)(たお)すほどに、鬼と戦う力を秘めている(もの)であるならば、あるいは⋯⋯と思ったが、所詮は使えぬ、心弱き(もの)。⋯⋯そしてただの憎き江戸者の凡人の一人であったか)



 綾麿(あやまろ)は軽く上を向き、詰所つめしょの虚空を眺めた。



(たとえ鬼切丸(おにきり)を持っていようが、この者の心では本当に強き鬼、待ち受ける死闘には決して勝てぬ、生き残れぬ。遅かれ早かれ鬼に殺され、鬼切丸おにきりも奪われ、葬魂そうこんの悪鬼『修羅(しゅら)』と化す。⋯⋯そして、その技や鬼切丸おにきりは、後々日本ひのもとに必ずや大きな災いをもたらす)



 鎌足(かまたり)へと視線を下げた綾麿(あやまろ)と、綾麿(あやまろ)を睨みつけるように見上げた鎌足(かまたり)

 再び二人の目が合った。



(まず邪魔な蒼鬼(あおおに)(たお)してから、ゆっくりと人か鬼か、そして秘めた力の真偽を見定めた上、(かた)を付けるつもりであったが⋯⋯、もはやそんな必要は無い。鎌足(かまたり)よ。今すぐの場で、蒼鬼(あおおに)共々、まとめて葬り去ってくれる)



「⋯⋯ッ!?」


 綾麿(あやまろ)は一歩前へと進んだ。

 そして身構える鎌足(かまたり)に向けて、冷たく言い放った。


「⋯⋯時間だ、もうよい。たわむれも終わりだ。麿まろがその二人ともを斬り、鎌足殿そなたの憂いを全て終わらせてやろう」


「⋯⋯ッ! ⋯⋯い、嫌だ、止めろッ! 一体何が御前の狙いなんだ!? この狂人⋯⋯いや狂気の鬼め! ⋯⋯平次へいじ大吾だいごも鬼だって決まったわけじゃない! 証拠なんて何一つ無いじゃないか! ⋯⋯二人は⋯⋯仲間は、絶対に斬らせるもんか!」


 鎌足(かまたり)は、咄嗟(とっさ)脇差(わきざし)綾麿(あやまろ)に向けて構えた。

 その顔からは、これ以上近づいたら戦いも辞さない、そんな気迫が満ちていた。

 


「⋯⋯どこまで愚かなのだ。まだ後ろの“蒼鬼(あおおに)”を(かば)うか。⋯⋯どうしても麿(まろ)の言葉、信じぬようだな。⋯⋯ふん、よかろう。そこまで蒼鬼(あおおに)と心中したいのならば、冥土(めいど)の土産だ。そなたの愚かな望み、叶えてやる。⋯⋯麿(まろ)の今までの言葉が全て真実であること、そして蒼鬼(あおおに)の正体。その確たる証拠を今、しかと見せてやろう。⋯⋯少しは痛みを伴うが、我慢しろ」


「⋯⋯っ! ⋯⋯何っ!? 証拠だって!?」


 綾麿(あやまろ)は無言のまま、眼前の村雨(むらさめ)を左腰、すぐにでも抜刀できる位置にまでゆっくりと下げていく。

 そして鎌足(かまたり)に気取られないように、(さや)に巻いた朱色の下緒(さげお)(※紐)を、親指で軽く緩めた。



「⋯⋯っ! む、⋯⋯村雨(むらさめ)、いよいよ抜く気だな!?」


 鎌足(かまたり)咄嗟(とっさ)に、腰の鬼切丸おにきりまるに右手を伸ばした。

 そして綾麿(あやまろ)の次の動き次第で、自身もすぐに鬼切丸おにきりまるを抜けるように、右の掌に意識を集中した。


 綾麿(あやまろ)の狙いは、恐らく自分だけではない。

 綾麿(あやまろ)のあの性格ならば、間違いなく宣言通り、背後の平次へいじ大吾だいごにも斬り掛かるだろう。


(⋯⋯左か、右か、⋯⋯それとも上段からか⋯⋯!? その速さはどの程度か⋯⋯、まだ見たことのない村雨(むらさめ)の刃と太刀筋(たちすじ)、絶対に見極めて二人を守らないと⋯⋯!)



 警戒を強める鎌足(かまたり)だったが、綾麿(あやまろ)の次の言葉は、鎌足(かまたり)を更に激しく混乱させた。



「⋯⋯ふふふ、何をそんなに大層に構えている? そなた如きに村雨(むらさめ)は抜かぬ」


「⋯⋯な、何っ!?」



「⋯⋯それよりもいい加減に正体を見せたらどうだ? ⋯⋯“紅影鬼(こうえいき)”」



「⋯⋯、⋯⋯え!?」


「魂を奪った鎌足(かまたり)に上手く成りすましたな。更にこの期に及んでも、まだ二人をかばう名演技。流石は紅影鬼こうえいき)だ」


「⋯⋯、⋯⋯は!?」

 


 その綾麿(あやまろ)の言葉は、鎌足(かまたり)にとって全く予想外だった。

 鎌足(かまたり)はぽかんと口を開けたまま、固まってしまった。


(⋯⋯は? 一体何を言っている?)


 全く意味の分からない内容。

 だがしかし内容(それ)よりも、ある一つの言葉に鎌足(かまたり)は驚きを隠せなかった。



 それは、紅影鬼(こうえいき)の名。



 鎌足(かまたり)紅鬼(あかおに)に襲われたことを、綾麿(あやまろ)には何一つ告げていなかった。

 それ(ゆえ)に、襲撃者である紅影鬼(こうえいき)の名を綾麿(あやまろ)が知っていることは、絶対にあり得なかったからだ。



「⋯⋯何故なぜだ!? 何故なぜ綾麿(こいつ)紅影鬼こうえいきを知っている!?」



 唖然としながら狼狽(うろた)える鎌足(かまたり)を前にしても、綾麿(あやまろ)は平然と話を続けた。


「⋯⋯だが、その後ろの蒼鬼(あおおに)同様に、この麿まろの目は決してあざむく事はできぬ。御主は今しがたの幾つかの言葉の中で、正体が鬼⋯⋯紅影鬼(こうえいき)だと分かる、決定的な間違いを犯した」


「⋯⋯え!? な、何を⋯⋯、何のことだ⋯⋯?」


「⋯⋯紅影鬼こうえいきよ。殺した鎌足かまたりに化け、仲間の伊賀者二人には、紅影鬼じぶん)鎌足(かまたり)たおされたと偽り続けたな。ふふふ⋯⋯、上手く考えたな。東番頭ひがしばんがしらとして当御所内に潜入し、蒼鬼(あおおに)同様、帝や要人の命を狙う目的なのだろうが、残念だったな、そうやすやすと事は運ばせぬ」



 そんな綾麿(あやまろ)の視線は何時(いつ)しか鎌足(かまたり)ではなく、その肩越しに並んで見える平次へいじ大吾だいご⋯⋯二人へと向けられていた。

 鎌足(かまたり)の背後に視線をずらし、綾麿(あやまろ)は一方的に言葉を続けていく。



「⋯⋯蒼鬼あおおによ、聞け。御主も気になってはいるだろうが、この者は鎌足かまたりでは無い。⋯⋯紅鬼あかおにだ」


「⋯⋯はぁ!? ⋯⋯な、何を言い出すんだ!? ⋯⋯私は紅鬼(あかおに)じゃない! 鎌足(かまたり)だ!!」


「⋯⋯しかも紅鬼あかおにの中でも相当の使い手、針の山の番人『修羅(しゅら)』の紅影鬼こうえいきだ。この麿(まろ)も正体を見抜くのに苦労したのだ。⋯⋯御主も今の今まで、正体が紅影鬼こうえいきである確証は得ることはできなかったはず。そうであろう?」



 平次へいじ大吾だいごは刀の(つか)に手をかけ、額に汗を滲ませながら、綾麿あやまろを睨み続けている。

 ⋯⋯綾麿(あやまろ)が自分たちに何を語りかけているのか、何を言おうとしているのか、全く理解できない。

 二人の表情には汗だけではなく、そんな怪訝(けげん)さも明らかに滲んでいた。



「⋯⋯知っているだろうが、麿まろは御主よりも遥かに強い『修羅(しゅら)』の蒼炎鬼そうえんきたおしている。それに、この場で御主だけは分かっているはずだ。⋯⋯麿まろは”鬼“ではなく、“人”だということを」


「⋯⋯おいっ、綾麿(あやまろ)っ!? さっきから何をわけの分からない事を言っているんだ!? 御前が人だ、っていう確証だって、何処(どこ)にも無いぞ!!」



 どれだけ口を挟んでも、全く相手にされない鎌足(かまたり)は、どんどん声を荒げていった。

 しかしそんな鎌足かまたりには依然として目もくれず、綾麿あやまろ平次へいじ大吾だいごの二人を更に激しく睨みつけ、時折不敵に笑みを浮かべながら話を続けた。



「暮れ六つは刻一刻と迫っている。あれこれ理由を付け、暮れ()つだけは一人になって迎える腹だったはずだが、もはや手遅れ。このまま刻が流れ、暮れ六つになってしまえば、自ずと蒼鬼あおおにであることが露見ろけんしてしまうぞ?」


「⋯⋯ッ! おいっ、いい加減に私の話を聞けっ! ⋯⋯ふざけるな! 綾麿あやまろっ!!」


「⋯⋯鎌足こうえいきよ、そう麿(まろ)を睨むな。⋯⋯ふふふ、見たか、蒼鬼あおおによ。この者の今の鬼気迫る表情を。これが鎌足(こうえいき)の本性だ。御主の葬魂そうこんにまんまと騙されたことに、内心相当に腹を立てているに違いないな。これは間違いなく、暮れ六つの後、御主は鎌足こうえいきに殺さるだろうて」


「⋯⋯だから無視するな、って!! 一体何の話なんだ!? それに私は紅影鬼(こうえいき)じゃない!!」


「⋯⋯そこでだ、この麿まろから一つ、提案⋯⋯助け舟を出そうでないか⋯⋯」


「⋯⋯ッ!? 二人とも! こんな奴の言葉を、まともに聞いたら駄目⋯⋯」



 鎌足かまたりの視線が、平次へいじ大吾だいごの二人に向いた⋯⋯。




 ⋯⋯その瞬間だった。




 綾麿(あやまろ)が激しく袖をたなびかせた。

 手にしていた村雨(むらさめ)

 その鞘に巻き付けられていた下緒(さげお)を瞬時に全て振り解くと、まるで投縄か投網のように鎌足かまたりに向けて投げつけた。



「⋯⋯ッ!? ⋯⋯なっ、何を⋯⋯!?」



 宙を蛇行しながら飛んだ長い下緒さげおの先端は、鎌足かまたりの左右両の手首を的確に捉えていた。

 そして幾重にも複雑に回転しながら、そのまま鎌足かまたりの両手首を縛り上げるように絡みついた。



「⋯⋯ッ!? 腕が⋯⋯!? ⋯⋯し、しまっ⋯⋯、た」



 綾麿あやまろ村雨むらさめもろとも、両手で下緒さげおの手元側先端を力強く握る。

 そしてその掌を巧みにしならせて、下緒さげおの端を自らの腕に巻きつけていく。



 今、鎌足かまたりの両手の自由は、この突然に投じられた下緒さげおの拘束により、完全に奪われていた。

 


「⋯⋯あ、綾麿(あやまろ)っ、御前っ!?、⋯⋯な、何を⋯⋯、する!? ⋯⋯ほ、ほどけ!」



 鎌足かまたりは腰の鬼切丸おにきりまるも鎌も抜くことができず、当然に脚の鎖も外せない。


 鎌足かまたりの間合いに残された武器は、床に転がる脇差(わきだし)だけだった。

 鎌足(かまたり)は慌てて目線を下げた。


(⋯⋯ッ! ⋯⋯さっきの脇差わきざし、足の指を使って抜けなくもないが、綾麿あやまろとの間合いがありすぎる⋯⋯、⋯⋯っ、でも綾麿むこうも両手が塞がれている。こんな拮抗した状況なら、綾麿あいつだって村雨むらさめは抜けないはずだ。⋯⋯っ、一体何がしたいんだ!? 綾麿(あやまろ)⋯⋯!! ⋯⋯ってか⋯⋯)「⋯⋯早く下緒(これ)を解け!! 綾麿(あやまろ)ぉおおおお⋯⋯!!」



小頭こがしら! うッ⋯⋯、くそっ! 一体どうすれば⋯⋯」

「⋯⋯っ! 綾麿こいつ! ⋯⋯小頭こがしらに何て事を!」 


 平次へいじ大吾だいごの緊迫感に満ちた声が、背後から鎌足(かまたり)の耳に聞こえ続けていた。



 束縛の下緒さげおを外そうと、鎌足(かまたり)藻掻もがき続けた。

 しかし綾麿(あやまろ)は、そんな鎌足(かまたり)をやはり相手にもしない。

 鎌足(かまたり)の動きを止める下緒さげおを強く堅く握りしめながら、その鋭い眼は平次へいじ大吾だいごだけを睨み続けていた。


 鎌足(かまたり)の両腕に絡みつく下緒さげおが、激痛と共にめりめりときしみの音を立て続ける。


(⋯⋯痛たたた、⋯⋯駄目だ、⋯⋯どう手首を捻っても外せない⋯⋯、動きの自由が効かない!)


 血の流れを止められたその手首は、既に左右共に青白く変わっていた。

 そして綾麿(あやまろ)鎌足(かまたり)、両者を繋ぐ下緒(さげお)は、二人の間で拮抗きっこうしたまま、まるで双方から引かれた綱のように、力強く⋯⋯ぴんと張り続けていた。



「⋯⋯さあ、鎌足こうえいきの動きは封じた。⋯⋯この紅鬼(あかおに)鎌足こうえいきの命、⋯⋯蒼鬼(あおおに)の御主にくれてやろう。これで厄介な鬼切丸(おにきり)は決して抜けぬ。⋯⋯今ならば簡単に倒せるはずだ」


「⋯⋯はぁ!? ⋯⋯な、何を言い出すんだ!?」


「⋯⋯その代わりに内裏(だいり)の暗殺の続行は諦めてもらう。⋯⋯だが既に中納言(ちゅうなごん)殿と少納言(しょうなごん)殿を殺めている上、紅影鬼こうえいきまでも(たお)せるのだ、日本ひのもと侵攻の前哨戦としては、十分すぎる成果ではないのか? ⋯⋯蒼鬼おにの総大将への良い土産にもなる、⋯⋯それに何より、上級の鬼⋯⋯『修羅(しゅら)』となるべき道もこれでひらけるのではないか?」 


「⋯⋯お、おいっ、⋯⋯は、早くほどけ! その下緒さげおを離せったら! 早く! おいっ! このっ、綾麿(あやまろ)ぉお!!」


「安心しろ。麿まろもこの通り、二本とも腕は使えぬ。今なら村雨(むらさめ)は抜けぬ。⋯⋯さすれば、鎌足こうえいきを殺した後は、御主を見逃がすしか手はない」


「⋯⋯はぁ!? ⋯⋯今度は、な、何を企んで!?」


「⋯⋯麿まろが江戸徳川や伊賀の忍を憎んでいるのも知っているだろう? 麿まろとしてはこの憎き鎌足かまたりが殺されている事が分かり、満足している。⋯⋯もはや蒼鬼(おぬし)の生存や消滅にはさほど興味も無い」


「⋯⋯ッ、だから私は生きてる、って!! そんなことより、は、早く、早く離せったら! おい!? 綾麿(あやまろ)ッ!! ⋯⋯(ほど)けよおぉ!!」


「⋯⋯麿まろの言葉をれ言と怪しむか? ⋯⋯ならば、手に入れた伊賀の記憶をどこまでも辿(たど)れ! ⋯⋯こんな女々しい青二才の小頭(こがしら)如きの技や力が、あの紅影鬼こうえいきに通用すると思うか? 本当に勝てると思うか?」


「⋯⋯ぐ! 綾麿あやまろぉ! 何度も言わせるな! 私は本当に紅影鬼(こうえいき)に勝ったんだ! ⋯⋯くっ、綾麿(あやまろ)⋯⋯いや、この蒼鬼(おに)め! ⋯⋯離せ! (ほど)け! 早く!!」


 鎌足かまたりは縛られた両手をばたつかせながら、必死に吠え続けた。

 しかし(あらが)えば(あらが)うほどに、下緒(さげお)は手首に食い込んでいく。



「さっきからわけの分からない話ばかり! ⋯⋯そうだ、小頭こがしらの言う通り、中将ちゅうじょう様、貴方あなたの方が鬼だ!」

小頭こがしらっ、この中将(おかた)詭弁(きべん)にはもう我慢ができません! ⋯⋯この蒼鬼(おに)を三人の力を合わせてたおしましょう!!」


 背中越しに聞こえた平次へいじ大吾だいごの力強い反発の声。

 その声に後押しされた鎌足(かまたり)は、外そうと(あらが)うのではなく、今度は下緒さげおを引っぱるために掌に力を込めた。

 

 だがそれでも下緒(さげお)の張りは、びくともしない。

 鎌足(かまたり)が出来る限り力を込めて下緒(さげお)を引いても、反対側を握る綾麿(あやまろ)は涼やかな顔のままだった。


「⋯⋯っ、何て力だ、公家の細腕のくせに」

 


 綾麿(あやまろ)を苦々しく睨みつけた鎌足(かまたり)は、この時ふと、あることに気が付いた。



(⋯⋯待て、この情景、⋯⋯前にもあった、⋯⋯あれは)



 鎌足(かまたり)はこの時、とある記憶を思い返していた。

 それは四年前、あの伊賀屋敷での、御頭おかしら幻斎げんさいを前にした、熊手(くまで)陣内(じんない)との激突。

 鎖と下緒(さげお)の違いはあるが、あの時も不意の鎖によって、鎌足(かまたり)は動きの自由を奪われていた。



(⋯⋯そうか、あの時と同じだ。⋯⋯よぉし、なら⋯⋯)



 記憶に活路を見出した鎌足(かまたり)は、下緒(さげお)に”(あらが)う“でも“引く”でもなく、“押した”。

 (すなわ)ち、あの時に陣内(じんない)を怯ませたように、敵の懐⋯⋯綾麿(あやまろ)の方に向かって敢えて床を蹴り、飛び上がるように駆けていた。

 そしてそんな鎌足(かまたり)の足には、まるで手で掴んだように、いつの間にか抜かれた脇差(わきざし)の刃が挟まれていた。



(⋯⋯これが、私の⋯⋯鎌足(かまたり)の名の由来(ゆらい)だッ!!)

 


 綾麿(あやまろ)との間合いが縮まれば、下緒(さげお)にも何らかの”(たる)み“が生じる。

 (たる)ませた下緒(さげお)ならば、足技で振り解くことができるかもしれない。

 更に綾麿(あやまろ)は、村雨(むらさめ)と共にその両手は塞がれている。

 まず村雨(むらさめ)の刃による反撃を受けることはない。

 それに綾麿(あやまろ)陣内(じんない)同様に、まさか自分の元に鎌足(かまたり)から駆け寄るなど、全く想定はしていないだろう。



 勝機は十分にあるように思えた。



(⋯⋯上手くいけば、肘打ちで綾麿あやつを打ちのめせるッ! ⋯⋯もっと上手くいけば、脇差(わきざし)の刃で、綾麿(あいつ)の喉笛を掻っ切ることができるッ!!)

 

 

 ⋯⋯しかし、そんな鎌足(かまたり)目論見(もくろみ)は、一瞬にして打ち砕かれた。



 鎌足(かまたり)の動きと狙いを瞬時に察知した綾麿(あやまろ)は、後方へと颯爽(さっそう)と飛び退()き、下緒(さげお)紙縒(こより)(たば)程も(たる)ませない。

 そしてまるで後ろにも眼があるように、背後の壁を蹴って宙へと舞うと、下緒(さげお)を握る手首を(しな)らせ、下緒(さげお)に強烈な波動を生じさせていた。

 その下緒(さげお)を伝わる波動の渦に飲み込まれた鎌足(かまたり)の手首は、鎌足(かまたり)の身体をも巻き込んでいく。


「⋯⋯ぐ⋯⋯ああっ、⋯⋯そんなっ」


 そして次の瞬間には、鎌足(かまたり)は弾き飛ばされるように詰所(つめしょ)の床に一回転しながら、背中から激しく叩きつけられていたのだ。


「⋯⋯ぐはあっ」



 宙を飛んだ脇差(わきざし)が、床へと突き刺さった。

 そんな脇差(わきざし)(そば)鎌足(かまたり)が落下した場所は、先程まで立っていた場所とほとんど変わっていない。

 下緒(さげお)も変わらずに、みしみしと嫌な摩擦の音を立てながら、綾麿(あやまろ)の掌と鎌足(かまたり)の両手首を堅く繋いでいた。



(⋯⋯な、何だ、今の動きは⋯⋯、一体何が起きたんだ!? ⋯⋯綾麿(むこう)の方が後に動いたはずなのに、先に動いた私の速さを、動きを⋯⋯、上回る⋯⋯なんて、そんな馬鹿な!?)


 苦しそうにふらふらと立ち上がった鎌足(かまたり)は、今しがた目の前で起こったことが信じられないといった驚きの表情を浮かべた。


 綾麿(あやまろ)神業かみわざとも言える圧倒的な動きを目の前で見せつけられ、平次(へいじ)大吾だいごも言葉にならない声と共に、目を丸くしたまま固まってしまっている。



 一方、綾麿(あやまろ)はまるで何事も無かったように、下緒(さげお)を握る腕を掲げ、涼やかに妖しく微笑んだ。

 そして鎌足(かまたり)狼狽ろうばいを飛び越えて、ひたすら動揺を見せる平次へいじ大吾だいごに向かって言葉を続けた。



「⋯⋯ふふふ、これでよく分かったであろう、麿(まろ)の力を。⋯⋯蒼鬼(あおおに)の『羅刹(らせつ)』如きが挑んでも、到底この麿(まろ)には敵わぬ」


「⋯⋯い、今は油断していただけだ! 本気じゃない⋯⋯、⋯⋯ほ、本気じゃ⋯⋯なかった」


 ぶつぶつと呟く鎌足(かまたり)一瞥(いちべつ)した綾麿(あやまろ)は、鎌足(かまたり)のそんな精一杯の強がりを嘲笑った。



「⋯⋯ふふふ、よかろう。蒼鬼(あおおに)よ。この惨めな姿を晒している鎌足ものが、仮に紅影鬼こうえいきでは無く人間だったとしても、あの鬼切丸おにきりを所有している厄介な人間を討てるのだ。⋯⋯そしてこの場から一旦地獄へと退き、『修羅(しゅら)』となるために、その命を繋ぐことが出来る」


「おいっ、何だよ!? 惨め、って!? 本気じゃなかった、って言っているだろう!? それに紅影鬼(こうえいき)じゃないってことも、さっきから言ってるだろう!? 私は鎌足(かまたり)だ!!」


「⋯⋯もし退(しりぞ)くなら、麿まろ一切いさい手は出さぬ、改めて約束しよう。⋯⋯よく考えろ、蒼鬼(あおおに)よ。悪い話ではあるまい。此処ここで暮れ六つの鐘と共に死ぬるか。それとも紅影鬼(こうえいき)の首を土産に、妖力を高める足掛かりを得て生き延びるか。⋯⋯ふふふ、⋯⋯さあ、どうする蒼鬼あおおに!」


「⋯⋯っ、このぉ! 平次へいじ大吾だいごも二人は、“人”だ! ⋯⋯ッ! 今改めて確信した! ⋯⋯綾麿あやまろぉ! やっぱり御前が鬼なんだな! その話は全部嘘だ、でたらめだ! 間違いないッ!」


紅影鬼こうえいきよ、この期に及んで悪足掻わるあがきか。まだ鎌足かまたりのふりをするか? ⋯⋯どんなに言い逃れをしようと、御前は既に蒼鬼あおおにの”にえ“だ」


「だから! 何度も言わせるな! 私は鎌足(かまたり)だって! それに(にえ)ってどういう意味だよ!? おい、頼むから外せ! この下緒(さげお)(ほど)けったら!!」


「⋯⋯ふふふ、さあ、蒼鬼あおおによ、どうする? 今見ての通り、この者は十分に動けぬ。上級の蒼鬼(あおおに)修羅(しゅら)』をたお千載一遇せんざいいちぐうの機会だ。暮れ六つの鐘が鳴り終えると共に、蒼炎鬼そうえんきすらもしのぐこの麿まろ⋯⋯村雨(むらさめ)の刃に斬られたいか? それとも。⋯⋯⋯⋯鎌足こうえいきを滅して、逃げるは今!!」


「⋯⋯くそっ、言いたい放題⋯⋯、綾麿(あやまろ)ぉ⋯⋯! この卑怯者! こんな陰湿な手じゃなくて、正々堂々と立ち合いで、真剣で、勝負しろ!!」


「⋯⋯さあ! もう下緒さげおくぞ!? ⋯⋯決断しろ! 蒼鬼あおおに!!」


「⋯⋯伊賀の忍を甘く見るな! 綾麿あやまろ! 御前の口車には騙されない! ⋯⋯っ、⋯⋯そうだ、(ほど)けないなら切ればいいんだ⋯⋯。⋯⋯⋯っ、平次へいじ大吾だいご! 早くこの下緒さげおをその刀で切ってくれ! ⋯⋯綾麿あやまろは間違いなく蒼鬼おにだ! 私が綾麿(あいつ)を斬る!! ⋯⋯さあ!」




 鎌足かまたりが手首を差し出し、後ろを振り向いた。




 ⋯⋯その瞬間だった。 




 鎌足かまたりが心から信頼している一人の忍が、腰の刀を抜き、刃を振りかざしていた。


 そしてその黒光りする刃は、綾麿あやまろが絡めた手首の下緒さげおではなく、鎌足かまたりの額に向けて振り下ろされていた。




「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯え、⋯⋯何で? ⋯⋯え?」




 鎌足の瞳に映る、見慣れた顔。



 その見慣れたはずの顔と眼は今、あるじであるはずの鎌足かまたりへの激しい殺意と、“絶対に生きる”という生存本能で、禍々しくぎらついていた。




 ⋯⋯鎌足(かまたり)の眼前に凶刃が迫る。




「⋯⋯やはりそちらが蒼鬼おにか」



 蒼鬼(あおおに)の正体を改めて見届けた綾麿あやまろ)は、妖しく笑みを浮かべた。



「⋯⋯ふふふ、鎌足かまたりよ。望みは叶えてやった。最後まで仲間と信じ、守り抜こうとした者。その(かわ)を被った葬魂そうこん蒼鬼(おに)に殺されるのだ、心おきなく、死ね。⋯⋯そして永遠の苦しみが待つ、(あお)無間(むげん)地獄へと堕ちるがよい」━━━━。




第45話も最後までお読み頂きありがとうございました。

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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第46話「慟哭」は、4月4日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
ついに誰が鬼かわかるとき。 仲間の死を知ったら鎌足は、またショックで落ち込んじゃうねт ̫ т でもこれに負けずに、強くなってほしい。
鎌足ー。°(°`ω´ °)°。 読むしかできないです…笑
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