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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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44/51

第44話  苦悶

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎み、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


 ━━━━平次へいじ大吾だいご、どちらかが蒼鬼おにである。


「⋯⋯ッ!?」


 綾麿(あやまろ)から突きつけられた、思いもよらなかった言葉。

 その言葉はどんな武器よりも強く鋭く、そして深く、鎌足(かまたり)の心を(えぐ)っていた。


 呆然(ぼうぜん)狼狽うろたえる鎌足(かまたり)を、綾麿(あやまろ)はいたって冷静な目で見ていた。

 


(⋯⋯さて、餌は撒いた。仲間の二人のうち、どちらか一人が蒼鬼(おに)。⋯⋯この事実(ことば)をどう受け止め、その蒼鬼(おに)を見極めるため、どう動く? もしくはどう否定する? ⋯⋯もし鎌足(こやつ)の正体が、紅影鬼(こうえいき)ならば⋯⋯)



 綾麿(あやまろ)が”何か“を見定めようとしている中、驚きで目を丸くしている鎌足かまたりの脳裏には、昨晩の戦いで甚左じんざが人から鬼へと変わった狂気の情景が浮かんでいた。

 


(⋯⋯まさか、まさか、まさか、⋯⋯嘘だ、⋯⋯嘘だ)


 

 何故なぜ鎌足(かまたり)は後ろを振り返れない。

 まるで金縛りにあったように動きが止まった鎌足(かまたり)の背後、左右から平次へいじ大吾だいごの声が飛ぶ。


「⋯⋯ッ、違う! 小頭こがしら、今の中将(ちゅうじょう)様の話は、全てがでたらめです! 私はあの時、蒼鬼(おに)の群れと戦い、無事に逃げ切ることができたんです! ⋯⋯約束します! 誓って絶対に嘘は言ってはおりません!」 


「⋯⋯わ、私もです! 命からがら何とか逃げることができたから此処ここに居るんです! 鬼でもありませんし、中納言ちゅうなごん様たちも殺してない! 小頭こがしら、お願いです⋯⋯、私を見てください。信じてください!」



 その声はどちらも、鎌足(かまたり)が今まで聞いたことがない、必死さに満ちている。

 しかしそれはまた、鎌足(かまたり)が聞き馴染んでいる、いつもと同じ”声“でもあった。


(⋯⋯⋯⋯っ!)


 その声に我に返った鎌足かまたりは、身体を少し震わせながら、後ろを“恐る恐る”振り向いた。



 そして左右に、まなこを動かした。




 ⋯⋯そこには。




 見知った、二人の顔があった。




「⋯⋯は、はは⋯⋯。⋯⋯そ、そうだよね。⋯⋯二人とも嘘は言ってない。⋯⋯伊賀の仲間の二人だよ。⋯⋯蒼鬼(おに)なんかじゃない、⋯⋯違う」


「⋯⋯いな。一人は蒼鬼(おに)だ」


 鎌足(かまたり)の希望のつぶやきは、綾麿あやまろの確信に満ちた声によってさえぎられた。



「⋯⋯ふふふ、⋯⋯鎌足(かまたり)殿。一つ言い忘れていたが、⋯⋯麿(まろ)はどちらが蒼鬼(おに)か、既に見破っている」



「⋯⋯えっ!?」


 耳を疑うまさかの言葉に、鎌足(かまたり)が再び綾麿(あやまろ)の方を振り返る。

 確信に満ちていたのは、その声だけではなかった。

 鎌足(かまたり)の瞳に映った綾麿(あやまろ)の表情もまた、確信と自信に満ちていた。



「⋯⋯そ、そんなはずはない、そんなの嘘だ。それこそでたらめだ。⋯⋯い、いい加減なことばかり言うな! 御前は⋯⋯、私たちのことを何も⋯⋯、何一つ、知らないじゃないか⋯⋯!!」


 その確信の声や表情を、決して認めたくはない。

 そんな鎌足(かまたり)の本能が、即座に綾麿(あやまろ)に食ってかかった。


 そんな鎌足(かまたり)をまるで無視するように、綾麿(あやまろ)は変わらず冷静な目で、静かに言葉を続けた。



「⋯⋯ふふふ、鎌足(かまたり)殿はともかく、もう一人の男の方を敢えて殺めなかったのは、内裏だいりで事を起こしても、すぐに怪しまれないようにするためか。男の連れがもう一人居たほうが、何かと都合のよいことも多い。悪知恵の働く蒼鬼(あおおに)だ。⋯⋯だが、目の前の鎌足(かまたり)殿だけに気を取られるがあまり、周りには注意を怠ったな。まさか麿まろに見られているとは(つゆ)とも思わなかっただろう」



 その綾麿(あやまろ)の圧を帯びた声は、鎌足(かまたり)を飛び越えて、平次へいじ大吾だいごに向けられていた。


「⋯⋯っ、⋯⋯見られて?⋯⋯」

「⋯⋯はは、何を、(おっしゃ)って⋯⋯」


 綾麿(あやまろ)が何を言っているのか、さっぱり理解できない。

 顔を強張(こわば)らせた平次へいじ大吾だいごの顔には、明らかにそんな疑問符が浮かんでいる。



「⋯⋯ッ、な、何のことだ!? ⋯⋯っ、二人の何を見たっていうんだ!?」


「人の心を持つか、(いな)か」


「⋯⋯は?」


「⋯⋯笑っていた」


「⋯⋯はぁ!?」


「⋯⋯先程の暗殺の現場。鎌足殿(そなた)が周りから激しく罵られ、責め立てられていた時、⋯⋯そして大将殿との力量の差を思い知り、頭を下げて謝っていた時、⋯⋯その後ろの二人の内の一人は、(あるじ)であるはずの鎌足殿(そなた)の顔を見ながら、口元に密かに薄ら笑みを浮かべていた⋯⋯。それはそれは、愉しそうな⋯⋯(あざけ)りの笑みを、な」


「⋯⋯え?」



 鎌足(かまたり)が言葉を返す前だった。


 綾麿(あやまろ)のあまりもの暴言(ぼうげん)に耐えかねたのか、今度は平次へいじ大吾だいご綾麿(あやまろ)に食ってかかった。


「⋯⋯何をおっしゃるのですか!? 中将ちゅうじょう殿!? それはあまりにも酷い御言葉。この伊賀の平次(へいじ)、既に小頭こがしらに命を捧げている。死地(しち)で孤軍奮闘する小頭こがしらを笑うなどと、そのようなことあるわけがない!!」


「⋯⋯そうですよ! あの時は小頭こがしらを心の底から案じていたのです! そんな中で笑みを浮かべるなどと⋯⋯、そんな伊賀の忍にあるまじき不謹慎なこと、私は絶対にしておりません!!」


 あんなに礼節を重んじていた平次へいじが、そしてあんなに能天気な大吾だいごが、今すぐにでも綾麿(あやまろ)に飛びかかるのではないか。

 鎌足(かまたり)の方が逆に、そんな事態(こと)を心配してしまうくらい、二人の剣幕(けんまく)は凄まじく、その声は激しい熱を帯びていた。

 左から右から、矢継ぎ早に投げかけられる反論。

 それにも綾麿(あやまろ)は涼やかな笑みで返した。



「⋯⋯ふふふ、⋯⋯わざとらしい小芝居よな。今度は一転、鎌足(かまたり)殿の(じょう)に訴える作戦か。⋯⋯だが鎌足(かまたり)殿は上手く騙せても、この麿(まろ)はそうはいかん。⋯⋯さて、ではそろそろ鎌足(かまたり)殿に特別に真実(こたえ)を教えてしんぜよう。⋯⋯その蒼鬼(あおおに)とは⋯⋯、大層な(ことば)を並べた、そちらの⋯⋯」



 綾麿(あやまろ)は、再び扇子をゆっくりと上げていく。

 綾麿(あやまろ)が扇子のさき平次へいじ大吾だいご、どちらかに向けようとした⋯⋯。




 ⋯⋯その時。




 二人を(かば)うように両腕を広げ、立ち上がった鎌足(かまたり)が大声で叫んだ。



「⋯⋯やめろ!!」



「⋯⋯⋯⋯」


 その声に、綾麿(あやまろ)の手が止まった。



「⋯⋯憎い私たちを同士討ちさせよう、って腹だな!? その手は食うか! 誰が御前の話なんて信じるもんか! ⋯⋯そんなくだらないれ事に耳を貸すんじゃなかった。私がどうかしていた。⋯⋯平次へいじ大吾だいごも私の大事な仲間だ! 人間だ!! ⋯⋯決して蒼鬼(おに)なんかじゃない!! ⋯⋯っ⋯⋯これ以上仲間を愚弄(ぐろう)するなら、絶対に、絶対に許さないぞ!!」


「⋯⋯⋯⋯」


 

「ありがとうございます⋯⋯、小頭こがしら。私たちを信じてくれて!」

「流石は小頭こがしらだ! そうですとも! 私は人間だ! 鬼なんかじゃない!!」


 鎌足(かまたり)は両腕を広げたまま二人を振り返り、そして精一杯の笑みを浮かべた。


「⋯⋯にはは⋯⋯。勿論(もちろん)だよ⋯⋯、此処(ここ)まで一緒に頑張ってきた、大切な仲間じゃないか。あんな嘘に騙されるもんか。⋯⋯二人とも鬼なんかじゃない。蒼鬼おにはむしろ綾麿(あいつ)なんだ、そして私たちの仲を引き裂こうとしてるんだ。⋯⋯だから安心して。私は二人の味方だよ」



「⋯⋯⋯⋯」


 そんな三人の姿を、綾麿(あやまろ)はただ黙って見つめていた。

 そして鎌足(かまたり)の背後⋯⋯左右どちらかを指し示そうとしてた扇子を、ゆっくりと下げた。



(⋯⋯この動き、表情。⋯⋯やはり当初の見立て通り、九分九厘⋯⋯この鎌足(もの)の正体は⋯⋯)



 綾麿(あやまろ)は扇子をそっと懐にしまうと、言葉を続けた。


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿、正気か。麿(まろ)の言葉を、折角の助言を信じぬと申すか」


「⋯⋯うるさい。⋯⋯もう、ほっといてくれよ、⋯⋯御前なんかの助けは要らない。⋯⋯それに御前に何がわかるっていうんだ。⋯⋯ふざけるな、⋯⋯伊賀のことに口出しするな⋯⋯、御前が鬼のくせに⋯⋯」


 鎌足(かまたり)は再び綾麿(あやまろ)の方を向いた。

 その顔には、二人に見せた微笑みとは真逆に、拭い去れない不安が滲んでいた。

 言葉も辿々しく、弱々しい。

 それでも二人を(かば)い、綾麿(あやまろ)を懸命に睨みつける。

 その目は、涙目になっていた。

 そしてその声は、言いようのない悲壮感にも彩られていた。



 綾麿(あやまろ)は呆れ果てたように、大きく溜め息をついた。


「⋯⋯鎌足かまたり殿、ならば問おう。中納言ちゅうなごん殿たちが殺された時、その者たちと一緒に居たか?」


「⋯⋯っ」


「⋯⋯昨晩から今に至るまで、そなたの身に何か異変は起きはしなかったか?」


「⋯⋯!」


「先程からの毒の話や下女げじょとやらも、化けている蒼鬼(おに)やその仲間の蒼鬼(おに)の仕業であろう」


「⋯⋯⋯」


「⋯⋯いい加減に目をまされよ。その二人の内、一人の命は既にこの世には無い、⋯⋯正体は蒼鬼あおおにだ」


「⋯⋯ッ!!」



 綾麿(あやまろ)の言葉の一つ一つが、見えない刃のようだった。

 その言葉の刃は、鎌足(かまたり)の心に次々と突き刺さっていく。

 そのどれもが、反論しようのない説得力を帯びていた。

 鎌足かまたりは、心の震えが止まらない。



(⋯⋯違う、二人とも人だ。⋯⋯そう信じている、⋯⋯いや、信じるんだ、⋯⋯決して蒼鬼(おに)じゃない、⋯⋯蒼鬼(おに)⋯⋯じゃ⋯⋯な⋯⋯⋯⋯う⋯⋯でも、⋯⋯でも)



 平次(へいじ)大吾(だいご)を、心の底から信じたい。

 しかし今しがたの綾麿あやまろの言葉も、反論できないほど的を射ている。


 昨日から今日に至る全ての出来事と今の綾麿(あやまろ)の言葉が、頭の中で不気味なほど綺麗に一つに重なっていく。

 しかし”心“が綾麿(あやまろ)の言葉を拒絶する。


 

 その時、鎌足(かまたり)の脳裏にふと、近衛大将兼季このえたいしょうかねすえの呟きがぎった。



(『⋯⋯外部犯の可能性もある⋯⋯』)



「⋯⋯ッ」


 目の前の因縁のある綾麿(あやまろ)ではない、信じるに足る兼季かねすえの言葉。

 鎌足(かまたり)(うつむ)き、気付いた時には膝から崩れ落ちていた。



 毒を飲まされた時、地を()いずり、やっとのことで辿り着いた土間の水瓶(みずがめ)

 しかし、波々と満たされていたはずの水瓶みずがめは、いつの間にか空っぽになっていた。

 鎌足(かまたり)の下を向いている瞳に、その時の空の瓶底の残影が再び蘇る。



(『⋯⋯ついさっきまでは、あんなにたっぷりあったはずなのに⋯⋯』)



「⋯⋯あれも、⋯⋯まさか。⋯⋯っ、そんな」




 鎌足かまたりの中に棲んでいる二人を信じたい気持ちと、綾麿あやまろから投じられた二人を疑う言葉。

 項垂(うなだ)れる鎌足(かまたり)の中で、この二つが天秤にかけられる。



(⋯⋯鬼から逃げ切ることの難しさ、それは自分も身をもってよく分かっている)

(⋯⋯あの二つの暗殺が起きた時、確かに三人とも別々に、内裏だいりを捜索中だった)

(⋯⋯私たち三人が御所に入った後、そして綾麿あやまろが現れる前に暗殺が起きている)

(⋯⋯毒酒を朝餉あさげに忍ばせたり、瓶の水を密かに抜くのも、身内なら簡単な話だ)



 頭の中で何度も何度も量り直しても、常に天秤は綾麿(あやまろ)の方へと傾く。



 ⋯⋯身内に毒の首謀者、実行犯がいる。



 頭の中で点が線になり、(おぼろ)げだった全ての首謀者⋯⋯黒幕の姿が、綾麿(あやまろ)から平次へいじ大吾だいご⋯⋯二人の姿に変わっていく。


 しかし自分の中のもう一人の自分が、そんな繋がった線の全てを掻き消し、否定する。



「⋯⋯で、⋯⋯でも、⋯⋯でも! ⋯⋯毒で一緒に苦しんでいたし、⋯⋯皆で丸薬を飲んで治ったし、⋯⋯うん、やっぱりちが⋯⋯」


 その鎌足(かまたり)一縷いちるの望みの呟きさえ、綾麿あやまろは即座に否定した。


「ならば薬を飲み込む所を、最後までしっかりと見届けたか? 飲んだふりだけして、苦しむ姿は全て鎌足殿(そなた)を欺くための演技だったとしたらどうする? ⋯⋯鎌足かまたり殿!」



 鎌足かまたりは両のてのひらで耳を覆い、頭を抱えた。 


 もう誰の何の言葉も聞きたくない。


 そう思う程までに、頭の中は混乱を極めていた。



(⋯⋯綾麿こいつの言う通り、二人のうち、どちらかが鬼ならば全ての話は繋がる⋯⋯、でもそうすると、綾麿こいつは毒や暗殺とは無関係⋯⋯? でもそうなら、中庭でのあの呟きは一体どうして⋯⋯? 綾麿(こいつ)は、⋯⋯人? ⋯⋯鬼? ⋯⋯やっぱり人? ⋯⋯いや、でも、でも、まだ蒼鬼(おに)である可能性は捨てきれないよ。全ては嘘や偽りで、私を騙そうとしているのかもしれないし⋯⋯、⋯⋯ッ! ああっ⋯⋯もう誰を、何を信じて良いか分からないよ!)



 鎌足(かまたり)は必死に耳を押さえた。

 しかし、平次へいじ大吾だいごの大きな声は、鎌足(かまたり)の小さな(てのひら)では完全に塞ぐことができなかった。

 鎌足(かまたり)の背後から、()の壁によって少し曇った二人の声が、遠い異世界⋯⋯地獄からの叫び声のように、耳の奥にはっきりと響いてくる。


小頭こがしら! 騙されてはなりません! 中将ちゅうじょう殿が蒼鬼(おに)なのです!」

「そうです! 私たちを仲間割れさせる気なんですよ! 私は蒼鬼(おに)ではありません!」


 

「⋯⋯ッ、分かんないよ⋯⋯、分かんない⋯⋯、誰を信じればいいの⋯⋯」



 鎌足(かまたり)は床を拳で何度も叩いた。


 鎌足(かまたり)の心は今、自分自身で真実という名の出口を封鎖した、迷路の中にあった。

 床を叩くたびに、その数だけ出口を通り過ぎる。

 そして、またさ迷い、また通り過ぎる。



「⋯⋯あああ、どうすればいい⋯⋯、何が真実なんだ⋯⋯、私はどうすれば⋯⋯」



 延々と苦しみもがく鎌足かまたりの姿を前に、綾麿(あやまろ)は眉をしかめ、再び深い溜め息をついた。

 そしてまたゆっくりと目を閉じた。



(⋯⋯憐れな。目の前の仲間ひとを信じたいと思う心。葬魂そうこんの術の持つ最も恐ろしき罠⋯⋯、その真髄の闇に堕ちたか、鎌足(かまたり)。⋯⋯いや、もし紅影鬼こうえいきであったならば、その苦悶の顔は、麿(ひと)を欺く魔性の本能なのか)



 そして再びゆっくりと目を開けた。




(⋯⋯(いず)れにしても、⋯⋯愚かな“男”だ)




 此処(ここ)は警備の詰所(つめしょ)

 しかも鎌足(かまたり)たちは、つい今しがたまで刀や手裏剣などの武器の手入れを行っていた。

 綾麿(あやまろ)の視界⋯⋯上座の端に、鎌足(かまたり)たちが手入れ中だったのか、それとも警備兵の誰かの物か、脇差(わきざし)が一本置かれているのが見えた。



(二人とも縄で縛りあげ、暮れ()つを迎える⋯⋯、平安の昔から伝わるそんな古臭い手もあるが、恐らくあの蒼鬼おとこは忍の誇りとやらを都合良く盾にして、頑として拒むだろう。それに暮れ()つまで残されたときも僅か。⋯⋯もし万が一にも鎌足(かまたり)の正体が紅影鬼(こうえいき)だったならば、蒼鬼(あおおに)も潜むこの状況下で暮れつを迎えるのは、少々面倒だ。⋯⋯もはや後は、強く圧をかけてみるしかないな)



 綾麿(あやまろ)は無言のまま、不意にゆっくりと立ち上がる。


「⋯⋯うっ」


 びくっと身体を震わせる鎌足(かまたり)余所(よそ)に、綾麿(あやまろ)脇差(わきざし)に近寄り、脇差(それ)を拾い上げた。

 そして下手で、(さや)ごと鎌足(かまたり)の方へ投げ捨てた。


「⋯⋯!?」


 脇差(わきざし)は甲高い音をたてながら、詰所(つめしょ)の木目の床を滑り、そして鎌足(かまたり)の膝の前で止まった。



「⋯⋯鎌足かまたり殿よ。この麿(まろ)の前でそのような醜態(しゅうたい)を延々と晒すなど⋯⋯、もう少し賢いと思っていたが、そなたには改めて心から失望した。⋯⋯最初に言ったように、暮れ()つを迎えるまでに残りもう一つ、どうしても確かめたきことがあるゆえ、そのためにもこの蒼鬼(あおおに)の件は、一刻も早く片付けねばならん」


「⋯⋯え」


鎌足殿(そなた)は先程、二人とも人だ、放っておけ、これは自分たちの問題だ、⋯⋯麿(まろ)の助けなど要らぬ。⋯⋯そう言ったな?」


「⋯⋯そ、それがどうした」


「⋯⋯ならば、麿(まろ)も鬼の正体を見定めたという先程の話、忘れざるを得まい。⋯⋯後は、鎌足(かまたり)殿の小頭こがしらとしての御決断に委ねるとしよう。⋯⋯内裏(だいり)の警備四番、その総責任者である中将(ちゅうじょう)として命ずる。⋯⋯さあ、その脇差(かたな)を取れ」


「⋯⋯は? ⋯⋯え、⋯⋯この脇差(わきざし)で、わ⋯⋯私に何をしろ、と⋯⋯」



「⋯⋯“今から三十数える”。⋯⋯鎌足(かまたり)殿、よいか。⋯⋯その間に鎌足殿(そなた)自身で、蒼鬼あおおにの正体を見破り、⋯⋯その脇差(かたな)で、蒼鬼(あおおに)の方の首を⋯⋯“斬れ”」



「⋯⋯はぁ⋯⋯っ!?」


「⋯⋯よおく、よおく、見極めよ、鎌足かまたり殿。⋯⋯もし斬る相手を間違えたならば⋯⋯大事おおごとだ。⋯⋯ふふふ」


「⋯⋯ッ、⋯⋯そ、そん⋯⋯、な⋯⋯」


「⋯⋯内裏だいりを乱す悪しき蒼鬼(おに)(たお)すため、多少の犠牲はやむを得まい。⋯⋯どちらが鬼かはもう忘れ果てた(ゆえ)、そなたが斬らぬ時は⋯⋯、この麿まろが直々に、その疑わしき二人ともを斬る」


「⋯⋯えっ、⋯⋯ま、まって」


「⋯⋯そして万が一にも、麿まろをまた蒼鬼(おに)と疑い、その脇差(かたな)か忍ばせた鬼切丸(おにきり)や鎖鎌で、この麿まろに斬りかかる事があらば⋯⋯、容赦なく、その時は⋯⋯」


「⋯⋯う⋯⋯っ、⋯⋯その時は⋯⋯?」



「⋯⋯三人とも、まとめて斬る」



「⋯⋯ッ!?」




 ⋯⋯鎌足(かまたり)自らの手で、平次へいじ大吾だいご、どちらが鬼かを見定めて、斬れ。




 その非情な命令は、落ち着き払った、どこまでも冷たい声だった。

 そしてそれは、今の鎌足(かまたり)にとって、これ以上無く無慈悲で、そして残酷な言葉だった。



「⋯⋯そんな、⋯⋯できるわけがないじゃないですか⋯⋯、できるわけが⋯⋯」


「⋯⋯ふふふ、⋯⋯さあ、脇差(かたな)を。早く。⋯⋯鎌足(かまたり)殿の斬首のお手並、とくと拝見するとしよう。⋯⋯ふふふ」


 綾麿あやまろ鎌足(かまたり)を見下しながら、笑みを浮かべ続けている。



(⋯⋯さあ、どう出る? 紅影鬼こうえいき、⋯⋯いや、鎌足(かまたり))



 見開いた綾麿あやまろの眼が、冷たく妖しくきらめく。



「⋯⋯さあ、何をしている、⋯⋯斬れ、⋯⋯早く、⋯⋯早く、斬れ、⋯⋯さあ、早う、⋯⋯ふふふ、では⋯⋯、数えを始めるとしよう⋯⋯」



「⋯⋯う、⋯⋯うぅ」



 見上げた鎌足(かまたり)の瞳に映る、綾麿(あやまろ)の冷酷な眼と妖しい微笑み。

 鎌足(かまたり)は、その綾麿(あやまろ)の瞳と笑みの裏に隠された思考を、知る(よし)もない。



「⋯⋯⋯⋯一つ⋯⋯⋯⋯二つ⋯⋯⋯⋯」



(⋯⋯こ、こいつ、人か、鬼か⋯⋯、白か、黒か⋯⋯、本当に(ほまれ)高き中将(ちゅうじょう)か、それとも残虐非道な人非人(にんぴにん)か⋯⋯、どちらにしろ、ただ一つだけ言えるのは、⋯⋯この男、きっと⋯⋯狂っている)



 ⋯⋯憎い江戸の伊賀忍同士の殺し合いとも言えるこの状況を、綾麿(あやまろ)は心から愉しんでいる。



 追い詰められた鎌足(かまたり)にとって、今、自分を見下ろしている綾麿(あやまろ)の姿は、そんな狂人狂鬼の悪として映っていた━━━━。




第44話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回第45話「綾麿の提案」は4月1日投稿予定です。4月も『羅生門怪鬼譚』をどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
鎌足からしたら、悪夢だよね( ᴖ⩊ᴖ;) 大切な仲間がどっちかが鬼なんて、認めたくないよね。
アナウンスありがとうございました!楽しみにしてました໒꒱୨୧.*忘れっぽいタイプなので( ´ᵕ` ;) なんという難しい展開なんでしょうね…( ߹ㅁ߹) 今まで戦ってきた仲間をなんてキツすぎる 逃…
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