第44話 苦悶
【登場人物紹介】
不知火綾麿━━━━
従三位中将。帝と日本を守る『六歌戦』の一人。謎の妖刀『村雨』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨の真刃と鞘刃を使った不知火二刀流の使い手。江戸の徳川政権を何故か激しく憎み、鎌足たち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏では男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。
平次━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足の身だしなみには特にうるさい。鎌足と共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。
大吾━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足と共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。
━━━━平次か大吾、どちらかが蒼鬼である。
「⋯⋯ッ!?」
綾麿から突きつけられた、思いもよらなかった言葉。
その言葉はどんな武器よりも強く鋭く、そして深く、鎌足の心を抉っていた。
呆然と狼狽える鎌足を、綾麿はいたって冷静な目で見ていた。
(⋯⋯さて、餌は撒いた。仲間の二人のうち、どちらか一人が蒼鬼。⋯⋯この事実をどう受け止め、その蒼鬼を見極めるため、どう動く? もしくはどう否定する? ⋯⋯もし鎌足の正体が、紅影鬼ならば⋯⋯)
綾麿が”何か“を見定めようとしている中、驚きで目を丸くしている鎌足の脳裏には、昨晩の戦いで甚左が人から鬼へと変わった狂気の情景が浮かんでいた。
(⋯⋯まさか、まさか、まさか、⋯⋯嘘だ、⋯⋯嘘だ)
何故か鎌足は後ろを振り返れない。
まるで金縛りにあったように動きが止まった鎌足の背後、左右から平次と大吾の声が飛ぶ。
「⋯⋯ッ、違う! 小頭、今の中将様の話は、全てがでたらめです! 私はあの時、蒼鬼の群れと戦い、無事に逃げ切ることができたんです! ⋯⋯約束します! 誓って絶対に嘘は言ってはおりません!」
「⋯⋯わ、私もです! 命からがら何とか逃げることができたから此処に居るんです! 鬼でもありませんし、中納言様たちも殺してない! 小頭、お願いです⋯⋯、私を見てください。信じてください!」
その声はどちらも、鎌足が今まで聞いたことがない、必死さに満ちている。
しかしそれはまた、鎌足が聞き馴染んでいる、いつもと同じ”声“でもあった。
(⋯⋯⋯⋯っ!)
その声に我に返った鎌足は、身体を少し震わせながら、後ろを“恐る恐る”振り向いた。
そして左右に、眼を動かした。
⋯⋯そこには。
見知った、二人の顔があった。
「⋯⋯は、はは⋯⋯。⋯⋯そ、そうだよね。⋯⋯二人とも嘘は言ってない。⋯⋯伊賀の仲間の二人だよ。⋯⋯蒼鬼なんかじゃない、⋯⋯違う」
「⋯⋯否。一人は蒼鬼だ」
鎌足の希望の呟きは、綾麿の確信に満ちた声によって遮られた。
「⋯⋯ふふふ、⋯⋯鎌足殿。一つ言い忘れていたが、⋯⋯麿はどちらが蒼鬼か、既に見破っている」
「⋯⋯えっ!?」
耳を疑うまさかの言葉に、鎌足が再び綾麿の方を振り返る。
確信に満ちていたのは、その声だけではなかった。
鎌足の瞳に映った綾麿の表情もまた、確信と自信に満ちていた。
「⋯⋯そ、そんなはずはない、そんなの嘘だ。それこそでたらめだ。⋯⋯い、いい加減なことばかり言うな! 御前は⋯⋯、私たちのことを何も⋯⋯、何一つ、知らないじゃないか⋯⋯!!」
その確信の声や表情を、決して認めたくはない。
そんな鎌足の本能が、即座に綾麿に食ってかかった。
そんな鎌足をまるで無視するように、綾麿は変わらず冷静な目で、静かに言葉を続けた。
「⋯⋯ふふふ、鎌足殿はともかく、もう一人の男の方を敢えて殺めなかったのは、内裏で事を起こしても、すぐに怪しまれないようにするためか。男の連れがもう一人居たほうが、何かと都合のよいことも多い。悪知恵の働く蒼鬼だ。⋯⋯だが、目の前の鎌足殿だけに気を取られるがあまり、周りには注意を怠ったな。まさか麿に見られているとは露とも思わなかっただろう」
その綾麿の圧を帯びた声は、鎌足を飛び越えて、平次と大吾に向けられていた。
「⋯⋯っ、⋯⋯見られて?⋯⋯」
「⋯⋯はは、何を、仰って⋯⋯」
綾麿が何を言っているのか、さっぱり理解できない。
顔を強張らせた平次と大吾の顔には、明らかにそんな疑問符が浮かんでいる。
「⋯⋯ッ、な、何のことだ!? ⋯⋯っ、二人の何を見たっていうんだ!?」
「人の心を持つか、否か」
「⋯⋯は?」
「⋯⋯笑っていた」
「⋯⋯はぁ!?」
「⋯⋯先程の暗殺の現場。鎌足殿が周りから激しく罵られ、責め立てられていた時、⋯⋯そして大将殿との力量の差を思い知り、頭を下げて謝っていた時、⋯⋯その後ろの二人の内の一人は、主であるはずの鎌足殿の顔を見ながら、口元に密かに薄ら笑みを浮かべていた⋯⋯。それはそれは、愉しそうな⋯⋯嘲りの笑みを、な」
「⋯⋯え?」
鎌足が言葉を返す前だった。
綾麿のあまりもの暴言に耐えかねたのか、今度は平次と大吾が綾麿に食ってかかった。
「⋯⋯何を仰るのですか!? 中将殿!? それはあまりにも酷い御言葉。この伊賀の平次、既に小頭に命を捧げている。死地で孤軍奮闘する小頭を笑うなどと、そのようなことあるわけがない!!」
「⋯⋯そうですよ! あの時は小頭を心の底から案じていたのです! そんな中で笑みを浮かべるなどと⋯⋯、そんな伊賀の忍にあるまじき不謹慎なこと、私は絶対にしておりません!!」
あんなに礼節を重んじていた平次が、そしてあんなに能天気な大吾が、今すぐにでも綾麿に飛びかかるのではないか。
鎌足の方が逆に、そんな事態を心配してしまうくらい、二人の剣幕は凄まじく、その声は激しい熱を帯びていた。
左から右から、矢継ぎ早に投げかけられる反論。
それにも綾麿は涼やかな笑みで返した。
「⋯⋯ふふふ、⋯⋯わざとらしい小芝居よな。今度は一転、鎌足殿の情に訴える作戦か。⋯⋯だが鎌足殿は上手く騙せても、この麿はそうはいかん。⋯⋯さて、ではそろそろ鎌足殿に特別に真実を教えてしんぜよう。⋯⋯その蒼鬼とは⋯⋯、大層な嘘を並べた、そちらの⋯⋯」
綾麿は、再び扇子をゆっくりと上げていく。
綾麿が扇子の天を平次か大吾、どちらかに向けようとした⋯⋯。
⋯⋯その時。
二人を庇うように両腕を広げ、立ち上がった鎌足が大声で叫んだ。
「⋯⋯やめろ!!」
「⋯⋯⋯⋯」
その声に、綾麿の手が止まった。
「⋯⋯憎い私たちを同士討ちさせよう、って腹だな!? その手は食うか! 誰が御前の話なんて信じるもんか! ⋯⋯そんなくだらない戯れ事に耳を貸すんじゃなかった。私がどうかしていた。⋯⋯平次も大吾も私の大事な仲間だ! 人間だ!! ⋯⋯決して蒼鬼なんかじゃない!! ⋯⋯っ⋯⋯これ以上仲間を愚弄するなら、絶対に、絶対に許さないぞ!!」
「⋯⋯⋯⋯」
「ありがとうございます⋯⋯、小頭。私たちを信じてくれて!」
「流石は小頭だ! そうですとも! 私は人間だ! 鬼なんかじゃない!!」
鎌足は両腕を広げたまま二人を振り返り、そして精一杯の笑みを浮かべた。
「⋯⋯にはは⋯⋯。勿論だよ⋯⋯、此処まで一緒に頑張ってきた、大切な仲間じゃないか。あんな嘘に騙されるもんか。⋯⋯二人とも鬼なんかじゃない。蒼鬼はむしろ綾麿なんだ、そして私たちの仲を引き裂こうとしてるんだ。⋯⋯だから安心して。私は二人の味方だよ」
「⋯⋯⋯⋯」
そんな三人の姿を、綾麿はただ黙って見つめていた。
そして鎌足の背後⋯⋯左右どちらかを指し示そうとしてた扇子を、ゆっくりと下げた。
(⋯⋯この動き、表情。⋯⋯やはり当初の見立て通り、九分九厘⋯⋯この鎌足の正体は⋯⋯)
綾麿は扇子をそっと懐にしまうと、言葉を続けた。
「⋯⋯鎌足殿、正気か。麿の言葉を、折角の助言を信じぬと申すか」
「⋯⋯うるさい。⋯⋯もう、ほっといてくれよ、⋯⋯御前なんかの助けは要らない。⋯⋯それに御前に何がわかるっていうんだ。⋯⋯ふざけるな、⋯⋯伊賀のことに口出しするな⋯⋯、御前が鬼のくせに⋯⋯」
鎌足は再び綾麿の方を向いた。
その顔には、二人に見せた微笑みとは真逆に、拭い去れない不安が滲んでいた。
言葉も辿々しく、弱々しい。
それでも二人を庇い、綾麿を懸命に睨みつける。
その目は、涙目になっていた。
そしてその声は、言いようのない悲壮感にも彩られていた。
綾麿は呆れ果てたように、大きく溜め息をついた。
「⋯⋯鎌足殿、ならば問おう。中納言殿たちが殺された時、その者たちと一緒に居たか?」
「⋯⋯っ」
「⋯⋯昨晩から今に至るまで、そなたの身に何か異変は起きはしなかったか?」
「⋯⋯!」
「先程からの毒の話や下女とやらも、化けている蒼鬼やその仲間の蒼鬼の仕業であろう」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯いい加減に目を醒まされよ。その二人の内、一人の命は既にこの世には無い、⋯⋯正体は蒼鬼だ」
「⋯⋯ッ!!」
綾麿の言葉の一つ一つが、見えない刃のようだった。
その言葉の刃は、鎌足の心に次々と突き刺さっていく。
そのどれもが、反論しようのない説得力を帯びていた。
鎌足は、心の震えが止まらない。
(⋯⋯違う、二人とも人だ。⋯⋯そう信じている、⋯⋯いや、信じるんだ、⋯⋯決して蒼鬼じゃない、⋯⋯蒼鬼⋯⋯じゃ⋯⋯な⋯⋯⋯⋯う⋯⋯でも、⋯⋯でも)
平次と大吾を、心の底から信じたい。
しかし今しがたの綾麿の言葉も、反論できないほど的を射ている。
昨日から今日に至る全ての出来事と今の綾麿の言葉が、頭の中で不気味なほど綺麗に一つに重なっていく。
しかし”心“が綾麿の言葉を拒絶する。
その時、鎌足の脳裏にふと、近衛大将兼季の呟きが過ぎった。
(『⋯⋯外部犯の可能性もある⋯⋯』)
「⋯⋯ッ」
目の前の因縁のある綾麿ではない、信じるに足る兼季の言葉。
鎌足は俯き、気付いた時には膝から崩れ落ちていた。
毒を飲まされた時、地を這いずり、やっとのことで辿り着いた土間の水瓶。
しかし、波々と満たされていたはずの水瓶は、いつの間にか空っぽになっていた。
鎌足の下を向いている瞳に、その時の空の瓶底の残影が再び蘇る。
(『⋯⋯ついさっきまでは、あんなにたっぷりあったはずなのに⋯⋯』)
「⋯⋯あれも、⋯⋯まさか。⋯⋯っ、そんな」
鎌足の中に棲んでいる二人を信じたい気持ちと、綾麿から投じられた二人を疑う言葉。
項垂れる鎌足の中で、この二つが天秤にかけられる。
(⋯⋯鬼から逃げ切ることの難しさ、それは自分も身をもってよく分かっている)
(⋯⋯あの二つの暗殺が起きた時、確かに三人とも別々に、内裏を捜索中だった)
(⋯⋯私たち三人が御所に入った後、そして綾麿が現れる前に暗殺が起きている)
(⋯⋯毒酒を朝餉に忍ばせたり、瓶の水を密かに抜くのも、身内なら簡単な話だ)
頭の中で何度も何度も量り直しても、常に天秤は綾麿の方へと傾く。
⋯⋯身内に毒の首謀者、実行犯がいる。
頭の中で点が線になり、朧げだった全ての首謀者⋯⋯黒幕の姿が、綾麿から平次と大吾⋯⋯二人の姿に変わっていく。
しかし自分の中のもう一人の自分が、そんな繋がった線の全てを掻き消し、否定する。
「⋯⋯で、⋯⋯でも、⋯⋯でも! ⋯⋯毒で一緒に苦しんでいたし、⋯⋯皆で丸薬を飲んで治ったし、⋯⋯うん、やっぱり違⋯⋯」
その鎌足の一縷の望みの呟きさえ、綾麿は即座に否定した。
「ならば薬を飲み込む所を、最後までしっかりと見届けたか? 飲んだふりだけして、苦しむ姿は全て鎌足殿を欺くための演技だったとしたらどうする? ⋯⋯鎌足殿!」
鎌足は両の掌で耳を覆い、頭を抱えた。
もう誰の何の言葉も聞きたくない。
そう思う程までに、頭の中は混乱を極めていた。
(⋯⋯綾麿の言う通り、二人のうち、どちらかが鬼ならば全ての話は繋がる⋯⋯、でもそうすると、綾麿は毒や暗殺とは無関係⋯⋯? でもそうなら、中庭でのあの呟きは一体どうして⋯⋯? 綾麿は、⋯⋯人? ⋯⋯鬼? ⋯⋯やっぱり人? ⋯⋯いや、でも、でも、まだ蒼鬼である可能性は捨てきれないよ。全ては嘘や偽りで、私を騙そうとしているのかもしれないし⋯⋯、⋯⋯ッ! ああっ⋯⋯もう誰を、何を信じて良いか分からないよ!)
鎌足は必死に耳を押さえた。
しかし、平次や大吾の大きな声は、鎌足の小さな掌では完全に塞ぐことができなかった。
鎌足の背後から、掌の壁によって少し曇った二人の声が、遠い異世界⋯⋯地獄からの叫び声のように、耳の奥にはっきりと響いてくる。
「小頭! 騙されてはなりません! 中将殿が蒼鬼なのです!」
「そうです! 私たちを仲間割れさせる気なんですよ! 私は蒼鬼ではありません!」
「⋯⋯ッ、分かんないよ⋯⋯、分かんない⋯⋯、誰を信じればいいの⋯⋯」
鎌足は床を拳で何度も叩いた。
鎌足の心は今、自分自身で真実という名の出口を封鎖した、迷路の中にあった。
床を叩くたびに、その数だけ出口を通り過ぎる。
そして、またさ迷い、また通り過ぎる。
「⋯⋯あああ、どうすればいい⋯⋯、何が真実なんだ⋯⋯、私はどうすれば⋯⋯」
延々と苦しみもがく鎌足の姿を前に、綾麿は眉をしかめ、再び深い溜め息をついた。
そしてまたゆっくりと目を閉じた。
(⋯⋯憐れな。目の前の仲間を信じたいと思う心。葬魂の術の持つ最も恐ろしき罠⋯⋯、その真髄の闇に堕ちたか、鎌足。⋯⋯いや、もし紅影鬼であったならば、その苦悶の顔は、麿を欺く魔性の本能なのか)
そして再びゆっくりと目を開けた。
(⋯⋯何れにしても、⋯⋯愚かな“男”だ)
此処は警備の詰所。
しかも鎌足たちは、つい今しがたまで刀や手裏剣などの武器の手入れを行っていた。
綾麿の視界⋯⋯上座の端に、鎌足たちが手入れ中だったのか、それとも警備兵の誰かの物か、脇差が一本置かれているのが見えた。
(二人とも縄で縛りあげ、暮れ六つを迎える⋯⋯、平安の昔から伝わるそんな古臭い手もあるが、恐らくあの蒼鬼は忍の誇りとやらを都合良く盾にして、頑として拒むだろう。それに暮れ六つまで残された刻も僅か。⋯⋯もし万が一にも鎌足の正体が紅影鬼だったならば、蒼鬼も潜むこの状況下で暮れ六つを迎えるのは、少々面倒だ。⋯⋯もはや後は、強く圧をかけてみるしかないな)
綾麿は無言のまま、不意にゆっくりと立ち上がる。
「⋯⋯うっ」
びくっと身体を震わせる鎌足を余所に、綾麿は脇差に近寄り、脇差を拾い上げた。
そして下手で、鞘ごと鎌足の方へ投げ捨てた。
「⋯⋯!?」
脇差は甲高い音をたてながら、詰所の木目の床を滑り、そして鎌足の膝の前で止まった。
「⋯⋯鎌足殿よ。この麿の前でそのような醜態を延々と晒すなど⋯⋯、もう少し賢いと思っていたが、そなたには改めて心から失望した。⋯⋯最初に言ったように、暮れ六つを迎えるまでに残りもう一つ、どうしても確かめたきことがある故、そのためにもこの蒼鬼の件は、一刻も早く片付けねばならん」
「⋯⋯え」
「鎌足殿は先程、二人とも人だ、放っておけ、これは自分たちの問題だ、⋯⋯麿の助けなど要らぬ。⋯⋯そう言ったな?」
「⋯⋯そ、それがどうした」
「⋯⋯ならば、麿も鬼の正体を見定めたという先程の話、忘れざるを得まい。⋯⋯後は、鎌足殿の小頭としての御決断に委ねるとしよう。⋯⋯内裏の警備四番、その総責任者である中将として命ずる。⋯⋯さあ、その脇差を取れ」
「⋯⋯は? ⋯⋯え、⋯⋯この脇差で、わ⋯⋯私に何をしろ、と⋯⋯」
「⋯⋯“今から三十数える”。⋯⋯鎌足殿、よいか。⋯⋯その間に鎌足殿自身で、蒼鬼の正体を見破り、⋯⋯その脇差で、蒼鬼の方の首を⋯⋯“斬れ”」
「⋯⋯はぁ⋯⋯っ!?」
「⋯⋯よおく、よおく、見極めよ、鎌足殿。⋯⋯もし斬る相手を間違えたならば⋯⋯大事だ。⋯⋯ふふふ」
「⋯⋯ッ、⋯⋯そ、そん⋯⋯、な⋯⋯」
「⋯⋯内裏を乱す悪しき蒼鬼を斃すため、多少の犠牲はやむを得まい。⋯⋯どちらが鬼かはもう忘れ果てた故、そなたが斬らぬ時は⋯⋯、この麿が直々に、その疑わしき二人ともを斬る」
「⋯⋯えっ、⋯⋯ま、まって」
「⋯⋯そして万が一にも、麿をまた蒼鬼と疑い、その脇差か忍ばせた鬼切丸や鎖鎌で、この麿に斬りかかる事があらば⋯⋯、容赦なく、その時は⋯⋯」
「⋯⋯う⋯⋯っ、⋯⋯その時は⋯⋯?」
「⋯⋯三人とも、まとめて斬る」
「⋯⋯ッ!?」
⋯⋯鎌足自らの手で、平次か大吾、どちらが鬼かを見定めて、斬れ。
その非情な命令は、落ち着き払った、どこまでも冷たい声だった。
そしてそれは、今の鎌足にとって、これ以上無く無慈悲で、そして残酷な言葉だった。
「⋯⋯そんな、⋯⋯できるわけがないじゃないですか⋯⋯、できるわけが⋯⋯」
「⋯⋯ふふふ、⋯⋯さあ、脇差を。早く。⋯⋯鎌足殿の斬首のお手並、とくと拝見するとしよう。⋯⋯ふふふ」
綾麿は鎌足を見下しながら、笑みを浮かべ続けている。
(⋯⋯さあ、どう出る? 紅影鬼、⋯⋯いや、鎌足)
見開いた綾麿の眼が、冷たく妖しく煌めく。
「⋯⋯さあ、何をしている、⋯⋯斬れ、⋯⋯早く、⋯⋯早く、斬れ、⋯⋯さあ、早う、⋯⋯ふふふ、では⋯⋯、数えを始めるとしよう⋯⋯」
「⋯⋯う、⋯⋯うぅ」
見上げた鎌足の瞳に映る、綾麿の冷酷な眼と妖しい微笑み。
鎌足は、その綾麿の瞳と笑みの裏に隠された思考を、知る由もない。
「⋯⋯⋯⋯一つ⋯⋯⋯⋯二つ⋯⋯⋯⋯」
(⋯⋯こ、こいつ、人か、鬼か⋯⋯、白か、黒か⋯⋯、本当に誉高き中将か、それとも残虐非道な人非人か⋯⋯、どちらにしろ、ただ一つだけ言えるのは、⋯⋯この男、きっと⋯⋯狂っている)
⋯⋯憎い江戸の伊賀忍同士の殺し合いとも言えるこの状況を、綾麿は心から愉しんでいる。
追い詰められた鎌足にとって、今、自分を見下ろしている綾麿の姿は、そんな狂人狂鬼の悪として映っていた━━━━。
第44話も最後までお読み頂きありがとうございました。
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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)
次回第45話「綾麿の提案」は4月1日投稿予定です。4月も『羅生門怪鬼譚』をどうぞよろしくお願いします。




