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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第43話  疑心暗鬼

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎んでいて、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


 ━━━━鎌足(かまたり)たち伊賀組の初の東番、その開始を告げる暮れつの鐘が鳴り始めるまで、残り四半刻(※30分)足らず。



 そんな中、詰所(つめしょ)に現れた意外な訪問者。


 何の前触れも無く、唐突に詰所つめしょの戸を開けたその訪問者おとこの出現に、その場の空気は一変していた。


 その来訪者おとことは、鎌足かまたりが毒酒を仕込んだ首謀者と睨み、また今すぐにでも刃を交え、闇に葬りたいとまで思う程に憎しみを抱く相手。

 


 ⋯⋯不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろだった。



 綾麿あやまろ村雨むらさめを手に無言で、座したまま固まっている鎌足かまたりたち三人をただじっと見つめている。



 綾麿あやまろを見上げる鎌足かまたりの瞳に、村雨むらさめさやからだらりと垂れ下がった、長いしゅ色の下緒さげおが映る。

 その下緒さげおの紐は、まるで刀から流れ落ちる血の滝のように見えて、鎌足かまたりは一瞬背筋が凍りつく様な感覚に囚われた。



「⋯⋯ッ、⋯⋯あや⋯⋯っ、⋯⋯ち、中将ちゅうじょう⋯⋯綾麿あやまろ⋯⋯さま」



 驚いた鎌足かまたりは思わず、”綾麿(あやまろ)“⋯⋯と呼び捨てしそうになっていた。

 何とか“さま”付けで体裁を取り繕ったものの、そんな仮初めの敬語とは裏腹に、鎌足(かまたり)の手だけは本心を映すように、自然と背中に潜ませた鬼切丸おにきりまるへと伸びていた。


 平次へいじ大吾だいごも、明らかに動揺が見て取れた。

 綾麿あやまろが毒の首謀者である⋯⋯、鎌足(かまたり)からそう告げられた直後に、その張本人が目の前に現れたのだ。

 二人も鎌足かまたりと同じく、いつでも刀を抜ける姿勢を無意識に取っていた。



 そのまま(しば)らくの間、静寂の刻が流れる。




 鎌足かまたりにそれ以上の言葉は無かった。

 綾麿あやまろも変わらず無言のままだった。




 その間、鎌足かまたりは羽織を(ひるがえ)して鬼切丸おにきりまるを抜くことも、また袴を脱ぎ捨てて鎖鎌を放つ事も出来なかった。

 

(⋯⋯くそっ、⋯⋯抜けない。⋯⋯あの眼⋯⋯、何を考えているんだ!? ⋯⋯読めない。そして此処(ここ)に何をしに来た!? ⋯⋯っ、そうか! 私たち伊賀組の抹殺だな!)



 まるで無の境地に達しているような、鎌足(かまたり)たちを見下ろす綾麿あやまろの冷静な眼。

 鎌足かまたりの眼から放たれている憎悪や殺意の視線は、その眼の前にことごとく受け流されていた。



(⋯⋯なんて冷たい、凍り付くような眼だ。⋯⋯しかも私の殺意はまるで無視か? ⋯⋯くそっ)



 更に十数秒程の沈黙が流れる。



 そして、止まっていた詰所(つめしょ)(とき)は、唐突な綾麿(あやまろ)の言葉によって再び動き出した。



「⋯⋯今宵は私的な訪問ではなく、従三位じゅさんみ中将ちゅうじょうとして、大事な用があって参った。⋯⋯失礼する」


「⋯⋯な!?」



 綾麿あやまろは後ろ手でゆっくりと戸を閉めた。

 そして戸惑う鎌足かまたりたち三人を余所よそに、悠然と上座に進むと、村雨むささめを壁に立て掛け、その横に座した。


 昨日奥座敷で対談した際は、鎌足かまたりが拍子抜けするくらい、綾麿あやまろは気楽な佇まいだった。

 しかし今日の綾麿(あやまろ)は、完全に御所の儀礼形式に乗っ取っていた。

 一分の無駄や隙もない毅然とした動きの(もと)鎌足かまたりの目の前、一段高い場所に真剣な表情で座している。



(⋯⋯ッ、綾麿(こいつ)っ、私たちを殺すために、中将ちゅうじょうの地位をどこまでも利用するつもりか! ⋯⋯そして毒の次は、どんな卑怯な手を企んでいるんだ?)

 


 鎌足(かまたり)の胸が熱く(たかぶ)る。

 心から憎いと思っている綾麿あいてが、すぐ目の前に居る。

 しかし此処ここは伊賀屋敷ではなく、京都御所内。

 ”中将ちゅうじょう”として、“礼”をもって訪問されたからには、鎌足かまたりも表向きは相応の礼が求められていた。


(「小頭こがしら⋯⋯、とりあえず礼を」)


 儀礼に詳しい平次へいじが、鎌足かまたりに目配せする。

 鎌足かまたりもその目配せに、渋々のうなずきで応えた。


 下座にあたる鎌足かまたりたち三人は、小頭こがしら鎌足かまたりを先頭、その右後ろに平次へいじ、左後ろに大吾だいご⋯⋯そんな儀礼にのっとった位置取りで綾麿あやまろと向かい合い、座し直す。

 綾麿(あやまろ)と初めて話す平次へいじ大吾だいごは、中将ちゅうじょうの威光を前に(かしこ)まった表情をしているものの、鎌足(かまたり)だけはあからさまに苦々しい表情を浮かべていた。


(⋯⋯ちょっとばかり偉いからって、⋯⋯ふん)


 両脚を床につけている体勢は、鎌足(かまたり)にとっては決して有利とは言えなかった。

 隠している得意の鎖を解くためには、着ている羽織袴はおりはかまを脱ぎ捨てる必要があり、そのためにはどうしても数秒はときを要してしまう。

 


(鎖鎌は使えないな、もし“何か”が起きたら、頼れるのは鬼切丸おにきりまるしかない)


 鎌足かまたりは手こそ膝の上だが、いつでも腰の鬼切丸おにきりまるを抜けるように、気を引き締めた。


 鎌足かまたりは、”頭の中“で鬼切丸おにきりまるを抜き放つ。

 そして綾麿あやまろに斬りかかるための、最も効果的な一連の動きを想定する。

 攻めるだけではない。

 逆に思わぬ不意打ちを受けて村雨むらさめが眼前に迫ってきた場合、その刃を受け止めるためにどう防御の型を取るべきか、その想定も怠らない。


(⋯⋯もしかして、今更言い訳か? あの毒は自分ではありません、とでも言いに来たのか? それとも中納言ちゅうなごん様たちの殺害と関係した、何らかの工作の一つか? ⋯⋯いや、甚左じんざの時のように、油断させてからいきなり本性を現して、襲いかかってくるかもしれない、⋯⋯そうはいくか、この卑怯者⋯⋯いや、卑怯な鬼め!)


 鎌足(かまたり)の意識は、まさに”臨戦態勢“の真っ只中だった。




「⋯⋯中将ちゅうじょう様。帝の護衛、本日は我ら東番のはず。しかももうすぐに暮れつ。ときの猶予はあまりありません。東番に未練はお有りでしょうが、わざわざお越し頂いた用向きを、まずは早くおうかがいしとう存じます」


 たける心が止められず、鎌足かまたりが真っ先に均衡(きんこう)を破った。

 めらめらと燃え盛る、血気にはやる不穏な胸の内を映すように、ぶっきらぼうな口調で告げたその言葉の節々には、敵対心に満ちた鋭いとげが自然と滲む。


 そんな鎌足(かまたり)と真正面で対峙する綾麿あやまろは、何かを思案するように一度その冷たく(きら)めく眼を閉じた。

 そして何かの語る意思(こころ)が固まったのか、再びゆっくりと目を開くと、鎌足かまたりたち三人に向けて厳かな口調で言葉を発した。



「⋯⋯麿まろが今宵、此処ここに参った理由。それは東番の伊賀御庭番衆いがおにわばんしゅう鎌足かまたり殿ら三人に、“二つ”の用を為すため」


「⋯⋯二つ? ⋯⋯言い訳と、言い訳ですか」


「⋯⋯言い訳? 何を言っておられる、鎌足かまたり殿。⋯⋯いな麿まろにとっては“二つ目”の方が重要なのだが、かずに効率良く、順に話をさせてもらうとしよう。⋯⋯当御所にて中納言ちゅうなごん殿と少納言しょうなごん殿を相次ぎ殺害せし、人の皮を被った『羅刹らせつ』、蒼鬼あおおにを一刻も早くたおすが、まずの参上せし理由の一つ」


「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯は?」


 それは鎌足(かまたり)が全く想定していなかった言葉だった。


 あからさまに不機嫌な表情で口を尖らせていた鎌足かまたりは、きょとんとした表情で返す言葉を失った。


(⋯⋯ん? 蒼鬼あおおに? ⋯⋯たおす? ⋯⋯何を言っているんだ!?)


 鎌足かまたりはぽかんと口を開けたまま、声が出ない。

 綾麿あやまろの言葉の意味や、話の趣旨が全く分かっていなかった。

 鎌足(かまたり)の背後左右に控えている、平次へいじ大吾だいごも同様に、呆気にとられたような困惑の表情が浮かんでいた。



「⋯⋯やはり何も気づいてはいない、か。⋯⋯いや、わざと気づいていないふりをしているのか」


 綾麿あやまろが小さく呟いた。

 そして遠慮無く、言葉を続けていく。


「⋯⋯今日殺された御二人は、単にその位階いかいや役職の重き、権力、財力だけに非ず。この内裏だいりや朝廷の象徴でもあり、その生死は皆の士気にも大きく関わる。中級の蒼鬼あおおに羅刹らせつ』如きに、これ以上好き勝手に要人の面々を殺されたのでは、御帝側こちらとしても困るのでな。⋯⋯内裏だいり警備に伊賀の御庭番衆だけでは心許ないこと、既に明らかなため、“使えない”鎌足かまたり殿の代わりにこの麿まろが、暮れつまでにひとまず”けり“をつけに参った」



「⋯⋯っ、あや⋯⋯じゃなかった、中将ちゅうじょう様! 先程からの御言葉、私には全く意味が分かりません! 一体何を言いたいのですか? これ以上話をはぐらかし、私たちをたばかるのはもう止めて頂きたい!」


 綾麿あやまろの真意が読めないことが、鎌足かまたりの思考を尚更に狂わせていた。

 心の制御がままならない。

 完全に感情的になっていた。

 これ以上、言い訳とも嫌がらせとも取れる詭弁きべんで、真実はなし誤魔化ごまかされることは、鎌足かまたりはもう我慢ができなかった。



「⋯⋯ふん、相手は卑怯者の上に、たぶん鬼なんだし、よくよく考えてみたら、昨日みたいに媚びへつらう必要なんて無いね、もういいや。⋯⋯今からは、“中将ちゅうじょう様“ではなくて、“綾麿あやまろ”って呼ぶね? ⋯⋯望むところだよ。私の方こそ”けり“をつけるから」


 鎌足(かまたり)は罵りの言葉と共に、乱暴に足を崩し、終いには胡座あぐらをかいていた。

 不遜ふそんの罪を問われかねない、鎌足(かまたり)の取ったこの無礼な態度に、背後の平次へいじ大吾だいごは慌てふためいている。

 顔までは見れなかったが、二人の息の乱れや狼狽(ろうばい)の声を鎌足(かまたり)は背中で感じ取っていた。

 それでも鎌足(かまたり)の強気は止まらない。



「⋯⋯やいっ、綾麿(あやまろ)。率直に言う。⋯⋯何故なぜ日本ひのもと京都を狙う? そして何故なぜ私たちに毒を盛った? 村雨むらさめという素晴らしい刀を持ちながら、何故なぜあんな姑息こそくで卑怯な手を使った? ⋯⋯言え」



 怒りによる興奮が、鎌足(かまたり)の思考の(かたよ)りに拍車を掛けていた。

 どうせ斬り捨てるならば、相手は人よりも鬼であったほうが、まだ何処(どこ)か救いがある。

 そんな”人の心“の根底に流れる免罪符(めんざいふ)的な感情と、毒を盛られた憎しみとが混ざり合う。


 目の前に居る綾麿(あやまろ)は九分九厘、⋯⋯いや、間違いなく、蒼鬼(おに)

 そう断定して、鎌足(かまたり)口撃(こうげき)を仕掛けていた。



 ⋯⋯人間の皮を被った蒼鬼(おに)め。

 人間を、伊賀を、舐めるな。

 毒を盛った事は既に露見ろけんしている。

 そして正体は鬼であることまで見通している。

 その“二つ”の事実を追及し、ぐうの根も出ないくらいに慌てさせてやる。

 そして最期は、鬼切丸おにきりまるの刃を喉元に突き立ててやる。

 その復讐と正義の裁きの時が、遂にやって来た⋯⋯。


 

 そんな一方的に(たかぶ)る復讐の念と正義感と共に、鎌足(かまたり)は羽織の内側の腰⋯⋯鬼切丸おにきりまるに再び手を伸ばした。



(⋯⋯さあ、どう言い訳するんだ、綾麿あやまろ⋯⋯いや蒼鬼あおおに!)



 鎌足(かまたり)のぶしつけな言葉と態度に、綾麿あやまろは少しだけ怪訝けげんそうな素振りを見せたものの、相も変わらず落ち着き払って座したままだった。



「⋯⋯鬼? ⋯⋯毒? ⋯⋯何の事を言っている?」



 この綾麿あやまろの返事が、鎌足(かまたり)の心を更に刺激した。

 逆鱗(げきりん)に触れられたように、鎌足かまたりの声がますます荒々しく感情的になる。


「⋯⋯ッ! ⋯⋯しらばっくれるのか! 九条(くじょう)家の下女げじょに命じて宿に届けさせた、酒の中に潜ませた猛毒のことだ! お陰で死にかけたじゃないか! ⋯⋯忘れたとは言わせない。自分の手を汚さず、村雨も抜かず、毒という卑怯な手で、私たちを暗殺しようとしたくせに⋯⋯、⋯⋯っ、ふざけるなぁ!!」


 綾麿(あやまろ)に罵声を浴びせた鎌足かまたりの目には、中庭の柱に隠れていた時のように、また薄っすらと涙が浮かんでいた。

 膝の上で、思い切り力を込めた握り拳を作った。

 今すぐにでも綾麿あやまろに斬りかかりたい⋯⋯、いや綾麿(あやまろ)村雨(むらさめ)を使わずに毒を用いたのだから、こちらも鬼切丸おにきりまるは使わずに、この素手で、拳で、殴りかかりたい。

 そんな壮絶な怒りを、小さな身体を震わせながら必死に堪えていた。



「⋯⋯重ねて言う。麿まろは毒など知らぬ」



 綾麿(あやまろ)は再び、毒の件を否定した。

 鎌足(かまたり)の表情に、怒りや憤りに加えて(あき)れが滲む。



(⋯⋯っ!? まだしらばっくれるのか!? ⋯⋯何て往生際の悪い蒼鬼(おに)だ。⋯⋯良いだろう、それならば”本丸“に斬り込んでやる⋯⋯)



「⋯⋯かなり手強い蒼鬼あおおにに襲われたそうで」


「⋯⋯ほう? 知っておったのか」


「さっき蒼鬼あおおにがどうこう言ってたけど、残念でした。もうばれてるよ。⋯⋯さっきのいい加減な蒼鬼(あおおに)の発言で、疑惑が確信に変わった。⋯⋯綾麿あんたの正体こそ、蒼鬼あおおに! そして中納言ちゅうなごん様たちを殺した張本人。⋯⋯私たちを暗殺の下手人と偽って殺して、大将殿に首を差し出すつもりだな!? それとも蒼鬼(あおおに)だと言いがかりをつけて、此処(ここ)で斬り殺すつもりか!? ⋯⋯うぅっ、畜生ちくしょうッ⋯⋯! 毒を使う卑怯者らしい、下衆げすな考えだ!!」


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿、そなた、何か勘違いはしていないか? 思い込みが激しい性格だと周りからよく言われるだろう? ⋯⋯ほほほ」


「うるさいッ。そんなことは聞いてない。今、私が確かめようとしているのは、綾麿(あやまろ)、御前が毒を使う陰湿で卑怯な鬼だ、ってことだ」


「⋯⋯麿(まろ)を、⋯⋯鬼、と申すのか?」


「⋯⋯ふん、お飾りの派手な(さや)を見せびらかすだけ、刀もろくに扱えない、綾麿あんたみたいな弱気の“毒虫どくむし”が、いきなり襲いかかってきた強い蒼鬼あおおにに勝てるはずがない! 生き延びれるはずがな⋯⋯」  




「⋯⋯⋯⋯黙れ」




 罵詈雑言をまくし立てる鎌足かまたりを、初めて綾麿あやまろさえぎった。

 


 それは、たった一言、短い言葉。



 だがその一言から伝わる重々しい圧力と迫力、そして鎌足(かまたり)を睨みつける眼光の凄まじさに、この場のときはまた一瞬にして止まっていた。

 そして再び、張り詰めた静寂が訪れていた。




「⋯⋯麿まろ従三位じゅさんみ中将ちゅうじゅう綾麿あやまろなるぞ。⋯⋯それを”毒虫どくむし“扱いか。⋯⋯図に乗るな、下郎げろう




「⋯⋯っ、⋯⋯あ⋯⋯う⋯⋯」


 圧倒された鎌足(かまたり)は言葉が出ない。


 鎌足(かまたり)だけではない。

 もしもの事態に備えて密かに腰の刀に手を伸ばしていた平次へいじ大吾だいごも、微動だに出来なかった。 



 それは例えるならば、蛇に睨まれたかわずが三匹。



 このたった一言で、状況は一変していた。



「⋯⋯麿(まろ)蒼鬼あおおにに襲われたこと、知っているならば話は早い。それにしても先程からの鎌足殿そなたの発言や態度といい、そして昨日の行動といい、江戸の伊賀御庭番いがおにわばんは、よほど礼儀を知らない無粋ぶすいな者どもの集まりと見える」


「⋯⋯っ、き、昨日の行動? ⋯⋯何のことだ!?」


「⋯⋯知らぬとは言わせぬぞ。昨日、夜の闇に紛れ、ねずみの真似事が得意な二匹の忍が、屋敷へと向かう麿まろの背後を付けていたはずだ。⋯⋯違うか? 鎌足かまたり殿」


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯そ、それは」


「⋯⋯ふふふ、図星か。⋯⋯後ろの二人が、その二匹であろう?」



 綾麿あやまろは懐から扇子を取り出した。

 そして鎌足かまたりの背後に控えている平次へいじ大吾だいごを、順番に扇子のさきで指した。


「⋯⋯ッ、まさか、知っていたのか⋯⋯!」

「⋯⋯そんな、あれほど離れていたのに⋯⋯!」


 指された二人は、明らかに動揺を見せる。

 無理もない。


 ⋯⋯追跡相手に決して気取られるはずが無い。


 そんな忍しての絶対の自信や誇りは、言葉一つと扇子一つによって、いとも簡単に打ち砕かれたからだ。



 綾麿あやまろは扇子をてのひらでぽんぽんと叩きながら、薄ら笑みを浮かべ続けている。

 そして(おもむ)ろに、扇子の面をゆっくりと、ぱたぱたと音を立てながら、”五つ“だけ広げた。


「さて⋯⋯、話を続けよう。此処ここからが核心。心して聞くがよい。⋯⋯麿まろは昨晩、背後から襲ってきた蒼鬼あおおにたちを振り向きざまに斬った。しかし蒼鬼あおおには確かに“五鬼”居たはずが、襲ってきたのは”四鬼“のみ」


 綾麿(あやまろ)は、今しがた開いた五つの扇面を、今度は一面ずつゆっくりと(たた)んでいく。

 そして最後の一面だけを残して、その手を止めた。


「残りの“一鬼”の姿は、いつの間にか消えていた⋯⋯。そして、そこの二匹の鼠も、その日その時、麿まろと同様に背後から蒼鬼(あおおに)に襲われたはず。⋯⋯そうだな?」


 綾麿あやまろは扇子の残りの一面を、わざと大きな音を立てて閉じた。

 しんと静まり返っている詰所(つめしょ)内に、竹を割るような大きな音が響き渡る。

 綾麿(あやまろ)は続けざま、鎌足かまたりの背後に居並ぶ平次へいじ大吾だいごに、その閉じた扇子せんすさきを向けた。



 ⋯⋯まずは左の平次へいじへ。


 ⋯⋯そして次は右の大吾だいごへ。



 薄笑みと共に、扇子せんすを左右に動かしていった。



「⋯⋯え、⋯⋯え? ⋯⋯な、何を⋯⋯、⋯⋯何を言いたい⋯⋯?」



 その綾麿(あやまろ)の言葉と手の動きに、言い知れない恐怖と動揺が鎌足かまたりを包み込む。

 綾麿(あやまろ)の次の言葉に、鎌足(かまたり)は片膝を付き身構えた。

 その腕に鳥肌が立っていく。



「⋯⋯伊賀者の足りない頭でも理解できるように、もっと分かりやすく申そうか。⋯⋯昨日の晩、鳳凰(ほうおう)飛翔(はばたき)に魅せられた身の程知らずの二匹の鼠が、たまたま出くわした五匹の猫に襲われた。鼠の一匹はどうにか難を逃れることができたが、憐れにも残り一匹の鼠は猫に喰われてしまった。⋯⋯そして夜が明け、今、不思議なことに、その襲われた鼠の”二匹とも“が此処ここに居る。⋯⋯鎌足(かまたり)殿、流石(さすが)にもう言いたい事は分かろう」



「⋯⋯え、⋯⋯え? ⋯⋯そ、そんな、⋯⋯その話がもし本当なら⋯⋯」



 鎌足かまたり何故なぜか、後ろを振り返る事が出来ない。

 その身体は小刻みに震えだし、乾いた口内に僅かに生じたつばを飲み込んだ。



 綾麿(あやまろ)はそんな動揺する鎌足(かまたり)に、決定的に残酷な一言を、冷たい声で告げた。



「⋯⋯(すなわ)ち、鎌足殿(そなた)の後ろに居るどちらかの鼠が、猫。⋯⋯つまりは、蒼鬼あおおにだ」━━━━。




第43話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回第44話「苦悶」は、3月30日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
怖すぎます…(× × )Ω\(ˇーˇ )チーンって心の中で鐘がなりました。鎌足さん…( ߹ㅁ߹) 生きて
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