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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第42話  第二の暗殺

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう。帝と日本を守る『六歌戦ろっかせん』の一人。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。村雨むらさめ真刃しんば鞘刃さやばを使った不知火しらぬい二刀流にとうりゅうの使い手。江戸の徳川政権を何故なぜか激しく憎んでいて、鎌足かまたりたち伊賀御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をし、初の警備の日を迎えたのだが⋯⋯。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。鎌足かまたりと共に、京都御所の警備へと向かうのだが⋯⋯。


 ━━━━男の叫び声の残響を辿り、鎌足かまたりは御所の中を全力で疾走けていた。


「⋯⋯ひぃぃっ、だ、⋯⋯誰か! 誰かぁ⋯⋯! 早く来てくれぇ⋯⋯!」


 そんな鎌足かまたりの耳にはっきりと、助けを求める男の叫び声が再び飛び込んでくる。


(⋯⋯近い! こっちか!)


 その声は、西側から清涼殿せいりょうでんへと向かう、廊下の手前から聞こえていた。

 鎌足かまたりは更に加速した。

 声の方向から少しでも遠ざかろうと、慌てふためきながら逃げてくる公家や女官たちの流れに逆らい、その脇を風のようにすり抜ける。

 最後の角を曲がり、鎌足かまたりはその声の出処でどごろへと誰よりも早く辿り着いた。

 

 その場所は、従四位じゅしい以上の高官が主に使用する控のに隣接した、かわやの前。


「⋯⋯っ、あっ!」


 駆けつけた鎌足かまたりの目の前に、再び惨劇の光景が広がっていた。


 声の主と思われる、何かから顔を背けるように地面に突っ伏している公家おとこが一人。

 そしてその公家おとこが震える手で指差す庭先には、手洗い用として水を貯めている、上部に丸い溝が彫られた岩。



 ⋯⋯その水が貯められた溝に、頭から突っ込んで息絶えている、公家おとこ亡骸むくろがあったのだ。



「⋯⋯ッ! ひ、酷い⋯⋯、何てことを⋯⋯」



 死因は恐らくは、溺死だろう。


 現場の状況から、背中や後頭部を無理やり押され、そのままこの溝に貯まっている水の中に、顔を押し付けられたように見えた。

 逃れられない苦しさで岩の側面を掻きむしったのだろうか、むくろの爪はそのほとんどが剥がれ落ちていた。


「⋯⋯くそっ、やられた⋯⋯、二人目だ⋯⋯」


 乱れた狩衣かりぎぬに付着した血は、既に乾ききっている。

 もしかしたら先程の中納言ちゅうなごんより、こちらの殺害の方が先だったのかもしれない。


「また救えなかった⋯⋯、でもどうして⋯⋯」


 鎌足かまたりは悔しさで顔をしかめた。

 そんな鎌足かまたりの周囲もいつの間にか、がやがやと慌ただしくなっていた。


「⋯⋯ひゃあっ、⋯⋯し、死んでおじゃるかあぁあ!?」

「⋯⋯! また、かや!? ⋯⋯だ、誰がこんな蛮行ことを!?」


 鎌足かまたりに遅れて駆けつけてきた公家や警備兵たちが、その悲惨な亡骸なきがらを目の当たりにして、声を荒げて大騒ぎし始めた。

 亡骸なきがらの顔は水溜みずために沈んでいるため、公家たちからは亡骸なきがらの背中しか見えない。

 しかしその背中に見覚えがあったのか、この憐れな犠牲者が”誰か“を悟ることのできた一人の公家が、悲痛な声を上げた。



「⋯⋯おおぉ、少納言しょうなごん殿? 今度は少納言しょうなごん殿が⋯⋯!」



 この亡骸なきがらはどうやら少納言しょうなごんらしい。

 この犠牲者も先の中納言ちゅうなごんに引き続き、内裏だいりでは相当の重要人物である。



「⋯⋯これは一大事じゃ、刺客しきゃくがこの中に紛れておじゃる!」

「⋯⋯あわわ、次はきっと麿まろの番じゃ、早う御所を出ねば!」



「⋯⋯ッ! ⋯⋯これは!?」

「⋯⋯ま、またやられたのですか!?」


 平次へいじ大吾だいごも駆けつけてきた。

 そして苦虫を噛みつぶしたような、厳しい表情を浮かべていた。


 忍として場数を踏んできた平次へいじですら、この急な事態に動揺を隠せないでいる。

 公家たちの動揺は尚更だった。


 鬼の脅威から日々守られている側である公家の文官たちは、警備兵と鬼との戦いの最前線や犠牲者の悲惨な亡骸なきがらを見ることなど、ほぼ皆無のはずだった。

 そんな彼らにとっては、内裏だいりでの優雅な生活とは正反対のこの血なまぐさい現場は、きっと恐怖や戦慄せんりつ以外の何ものでもない。

 見えない刺客による二件の凶行を前にして、この場に集う公家たちの動揺と混乱は最高潮に達していた。

 警備兵や武官以外は、皆挙みなこぞって我先にとその場から離れようとしている。

 中には腰が抜けて四つん這いになって、廊下を這いながら逃げ出そうとする公家ものすらもいた。



 その時、そんな公家たちを叱咤しったする声が飛んだ。

 

「待たれよ! 少納言しょうなごん殿を殺めたのも間違いなく人間の仕業。⋯⋯されば御所内の男全員に疑いあるゆえ、この二件の下手人が見つかるまで、男はこの御所から出ることはまかりならん!」



 ⋯⋯近衛大将兼季このえたいしょうかねすえである。



 兼季かねすえは強く厳しい声で、取り乱す公家たちを制止した。


 この兼季かねすえの威厳と迫力は、先程の中納言ちゅうなごんの場における混乱を収めた時を、遥かに上回っている。

 文官上位の中納言ちゅうなごん少納言しょうなごん⋯⋯内裏だいりの中でも十本の指に入るくらいの重要な二人を失った、武官大将ぶかんたいしょうとしてのやり場の無い怒りが、その表情や声に表れていた。


 その気迫の凄まじさに、右往左往したり立ち去ろうとしている公家の誰もが、金縛りにあったように動きを止めていた。


 兼季かねすえは怒りだけではなく、冷静さも失っていなかった。

 その場に集まってきた警備兵たちにも、続けて的確に指示を出していく。


「どちらの殺害も、力弱き女子おなごでは無理だ。関白かんぱく殿と摂政せっしょう殿は今日は幸い不在。だが大納言だいなごん殿はまだ当御所内に居られる。大納言だいなごん殿の警護を最優先とし、女官にょかんたちも急いで退所させよ! 急を要するゆえ、御所住まいの女官にょかんも希望あれば特別に一晩、外出を許可する!」


 その力強く凛とした声は、誰にも有無を言わせない程に、その場の公家や警備兵たち全員の心を完全に掌握していた。


 

 ⋯⋯その時。




 ⋯⋯暮れ五つを知らせる、晩鐘が鳴り響いた。


 

 一つ。


 二つ⋯⋯。



 ⋯⋯再び公家や警備兵たちの動きや声が止まった。

 

 鎌足かまたりも息を呑む。

 胸の奥に重く深く沈み込むような一つ一つの残響が、中納言ちゅうなごん少納言しょうなごんへの弔意とむらいの鐘、鎮魂ちんこんの音色のように聞こえてならなかったからだ。



 三つ。


 四つ⋯⋯。



 ⋯⋯感じるのは哀憐あいれんの情だけではない。


 この鐘の数だけ、まだ何か良からぬことが起こるのではないか。


 ⋯⋯そんな不安もまた、鎌足かまたりを含めその場の全員の心に沸き上がっていた。



 五つ⋯⋯。



「⋯⋯御安心めされい! もう死者は出さぬ!」


 五つ目の鐘が鳴り終えた時、その場の不安を兼季かねすえは毅然とした声で吹き飛ばした。



「⋯⋯ときは暮れ五つ、か。⋯⋯よし、暮れつとなるまでにあと半刻(※1時間)ある。それまでの間に大納言殿と女官にょかんたちを先導し、正門と裏門と二手に分けて退所させよ。そして御二人の亡骸なきがらを丁寧に霊安の間へ運べ。必ず暮れつまでにその全てを終わらせて、各自の今宵の警備の持ち場に就くのだ。⋯⋯よいな! 各各方おのおのがた! ⋯⋯必ず御所の皆を守るのだ!」



 警備兵たちの動きは早かった。

 各自が自分の役割や持ち場を自然と認識し、何の混乱も無く、今しがた兼季かねすえに命じられた通りにてきぱきと動いていく。

 あれだけ騒いでいた公家たちもまた誰一人逆らうことも無く、警備兵たちの後に続いて整然とこの場を離れていった。


 兼季かねすえの指示⋯⋯その手際の良さ、凛とした佇まい、冷静な観察力、そして皆から集める信頼の大きさに、鎌足かまたりはただ見惚みとれるしかなかった。

 これが武官最高位の“大将たいしょう”の位を持つ者の“風格”というものなのだろう。



(⋯⋯この大将様おかたは本当に素晴らしい人だ。もし伊賀に居たら、きっと誰しもが尊敬する上忍になっていただろうな⋯⋯。朝廷の側なのが残念だな。⋯⋯同じ武官の綾麿だれかとは大違いだ)



 鎌足かまたりは少し赤面しながら、申し訳なさそうに兼季かねすえに近寄ると、丁寧に礼を述べた。


「⋯⋯あの、近衛大将このえたいしょう様。先程といい、今程といい、私をかばってくれてありがとうございました。それに⋯⋯、本当は東番頭ひがしばんがしらとして、私が警備の方々に色々な指示を出さないといけない立場なのに⋯⋯。⋯⋯お心遣い、心から感謝致します」


 鎌足かまたり兼季かねすえに深々と頭を下げた。



「いや、鎌足かまたり殿。頭を上げられよ。初めての番。不慣れは当然。それなのにこのような事態が起こるとは⋯⋯。かえって申し訳ない。謝るのはこちらのほうというもの。此度こたびの下手人は鬼ではなく人。いわば御所内の失態。この件は私が責任をもって下手人を探索するゆえ鎌足かまたり殿は心おきなく、暮れつからの東番を相務あいつとめられよ」


「⋯⋯はい、本当にありがとうございます」


 鎌足かまたりは何度も何度も兼季かねすえに頭を下げ、そして最後ににっこりと親しみに溢れた微笑みを浮かべた。



(⋯⋯素敵な賢い御方だ、この方なら私の疑惑も話せるかもしれない)



「あの、大将たいしょう様⋯⋯、あや⋯⋯」


 綾麿あやまろがもはや人ではなく、鬼である可能性。

 そして御所の物陰で、人知れず残虐な本性を露わにし、起こした事件である可能性。

 その事が鎌足かまたりの口から漏れかけた。


「⋯⋯ま⋯⋯(⋯⋯て)」


 鎌足かまたりの唇の動きが一瞬止まった。



 ⋯⋯この兼季かねすえ綾麿あやまろと同じ武官、大将と中将ちゅうじょうの上下の関係、きっと親しい間柄だろう。

 それに自分と綾麿あやまろとの間には、この事件とは別に毒のいさかい、因縁がある。

 私怨を持ち込み、綾麿あやまろが鬼ではないかという不確かな話を伝えるのは、やはり気が引けた。

 それ以上に、自分を助けてくれた兼季かねすえに逆に動揺や不安を与えてしまう、その懸念が何よりも心に引っかかった⋯⋯。



 ⋯⋯鎌足かまたりは続く言葉を誤魔化した。



「⋯⋯る、⋯⋯ことがもう二度と無いよう、今宵の東番、頑張ります」


「⋯⋯ははは、その心意気だ、鎌足かまたり殿。私は御所内の公家や官吏の男たちの夕刻の行動を、時間の許す限り一人ずつ尋問じんもんしていく。外部犯の可能性もあるが、一応は全員が容疑者だからな⋯⋯」


「⋯⋯え、外部犯?」


「⋯⋯ん、⋯⋯あ、いや、鎌足かまたり殿たちのことを言っているのではない。あくまで可能性、だ」 


「⋯⋯可能性」 


「正門や裏門の警備は厳重。特に変わりはない。不審な者を見たという報告も受けてはいない。夜御殿よんのおとど御帝親衛隊みかどしんえいたいが二十人は詰めている。そちらも問題はない。何者かが潜んでいないか、念のため配下の者に今から御所内をくま無く捜索はさせるが⋯⋯、まあ、恐らくは内部の者同士の怨恨や権力闘争が招いた悲劇だろう」


「⋯⋯そうですか。⋯⋯いつもまったりしているように見える公家の皆さんも、裏では色々あるのですね」


「はははは、これは痛い所を突かれたな。⋯⋯やるべきことが多い、それでは私はこれにて。⋯⋯東番、しかと頼みましたぞ」


「⋯⋯はい。私たち三人は、まずは東番の詰所つめしょで装備を再確認し、暮れ六つまでには指揮を取る奥座敷の方へ移ります⋯⋯」

 


 ⋯⋯結局、鎌足かまたり綾麿あやまろの疑惑の件を、兼季かねすえに告げることは出来なかった。

 兼季かねすえ鎌足かまたりに軽く会釈すると、御伴の武官たちと共に去っていった。



 兼季かねすえを黙って見送っている鎌足かまたりに、大吾だいごが駆け寄る。


小頭こがしらぁ、良かったですね、どうやらこの二つの暗殺への責任は取らなくても済みそうですね! いやあ⋯⋯、それにしてもあの大将の方、男の私が惚れてしまいそうなくらい、素晴らしく格好良いですねぇ」


 平次へいじもゆっくりと鎌足かまたりの傍に近寄った。


「あの憎たらしい公家に切腹しろと詰め寄られた時、どうなるかと思いましたが⋯⋯、本当に良かった。それにしても、あの御方が武官最高位の大将の方ですか。なるほど⋯⋯、頭も切れ、威厳もある。御立派な方だ⋯⋯」


「⋯⋯うん、⋯⋯そう、だね」


「⋯⋯小頭こがしら? どうされました?」


「⋯⋯あ、もしかして⋯⋯、あの大将様に小頭こがしら見惚みとれちゃったり!?」


「⋯⋯さあ、⋯⋯そう、かもね」


 大吾だいごのからかいにも、鎌足かまたりは空返事しか返さない。

 去っていく兼季かねすえの後ろ姿を見つめながら、まるでうわの空の様子だった。



 しかしこの時、鎌足かまたりの瞳の奥⋯⋯頭の中に居たのは、二人が口にした兼季かねすえではなく⋯⋯、綾麿あやまろだった。



(⋯⋯綾麿あいつ出仕しゅっししてから事件は起きた。⋯⋯とは言え、私とすれ違ってからのあの短い時間で、果たして犯行ことに及べるものだろうか。だがこの大騒ぎの中でも、あれから綾麿あやまろの姿は見ていない。大将の兼季かねすえ様はすぐに駆け付けたのに⋯⋯)


 鎌足かまたりの表情が曇る。


中納言ちゅうなごん少納言しょうなごん。⋯⋯朝廷の要職である二人、それは本来は綾麿あいつが命を賭して守るべき重要な存在だ。それは裏を返せば、鬼にとっては日本ひのもとで真っ先に殺すに値する人間。⋯⋯ならば綾麿あいつはやはり鬼⋯⋯か? 暗殺犯(それと分かる村雨かたなを敢えて使わず、人知れず毒やしゃくを駆使する、狡猾こうかつ残忍ざんにん蒼鬼あおおに⋯⋯なのか?)

 


 ⋯⋯綾麿あやまろは既に殺され、魂を奪われて、鬼へと化しているのではないか⋯⋯。


 この疑念は、二つの暗殺と姿を現さない綾麿あやまろの行動を経て、鎌足かまたりの中で更に深まりつつあった。



 暮れつまでは、残り半刻足らず。

 時の流れは待ってはくれない。


 江戸を離れ、鎌足かまたりが今、京都ここに居る理由。

 その重要な時が、刻一刻と迫っていた。



(⋯⋯駄目だ、駄目だ、雑念は。毒の私怨よりも今はまず東番に集中しなきゃ、だ。⋯⋯ただ、毒の暗殺を失敗した綾麿あいつにとっては、私たちは自身の立場を危うくする、邪魔な存在であることには変わりはない。きっと近い内、また何かしらの策を仕掛けたり、襲ったりしてくるだろう。⋯⋯用心はしなきゃ。でも⋯⋯、できるだけ早めに綾麿あいつとの決着は付けないと⋯⋯)




 ⋯⋯この時、二つの暗殺と綾麿あやまろへの疑惑に意識を取られていた鎌足かまたりは、最後まで気が付いていなかった。



 鎌足かまたりたち三人に依然として向けられ続けている、刺すような視線の存在を。



「⋯⋯じゃあ、行こうか。平次へいじ大吾だいご。念のためもう一度装備の確認だ」



 鎌足かまたり、そして左右に居並ぶ平次へいじ大吾だいご

 この三人の一連の動き、表情、態度、言葉、思考、そして去り際の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに至るまで、その全てをじっくりと見定めるように、廊下の奥から完全に気配を消して見つめ続ける、刃のような鋭い視線。



 ⋯⋯その瞳の主は、⋯⋯不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろだった。

 


 柱の陰に隠れていた鎌足かまたりが先程、綾麿あやまろの察知能力を一時的に超えていたのと同じように、綾麿あやまろのこの“刃の瞳”は今、鎌足かまたりたち忍の察知能力を遥かに上回っていた。



 綾麿あやまろは、鎌足かまたりの後ろを歩く一人を、更に鋭さを増した眼で睨みつけた。



「⋯⋯ふふふ、⋯⋯内裏だいりに紛れし葬魂そうこん蒼鬼あおおに。⋯⋯その隠れみの、見破ったり。⋯⋯あちらの男に成りすましていたか」



 綾麿あやまろは妖しく微笑みながら、狩衣をひるがえした。


 そして最後に呟いた。



「⋯⋯後は、鎌足あやつ紅鬼あかおに⋯⋯紅影鬼こうえいきか、いなか⋯⋯。⋯⋯見立てでは恐らく⋯⋯⋯⋯」━━━━。














 ━━━━東番の任が始まる暮れつまで、残り四半刻(※30分)を切った。



 陽も西の稜線りょうせんへと傾きかけている。



 鎌足かまたりは警備の陣頭指揮を取る座敷ではなく、まだ待機の詰所つめしょに居た。

 平次へいじ大吾だいごと共に、東番任務開始前の最後の武器の手入れをしていた。


「⋯⋯小頭こがしら、準備は整いました」

「そろそろ先程の座敷の方に移動しましょうか」


 平次へいじ大吾だいごが、鎌足かまたりの背中に声をかけた。


 だが、鎌足かまたりは何も答えない。

 何かを思い詰めたように、鬼切丸おにきりまるをただじっと見つめていた。


「うん⋯⋯」


 そして少しの沈黙の後、鎌足かまたりは、鬼切丸おにきりまるを羽織の内側に差し直しながら、何かを決意したようにうなずくと、一言一言を噛み締めるように語りだした。



「⋯⋯平次へいじ大吾だいご。毒酒の件だけど、首謀者は私が密かに睨んでいた通りの人物⋯⋯、やっぱり⋯⋯中将ちゅうじょう綾麿あやまろだったよ」



 鎌足かまたりのその言葉に、平次へいじ大吾だいごも驚きと動揺を隠せない。


「⋯⋯え!? それは本当まことの事ですか? 小頭こがしら。やはり中将ちゅうじょう綾麿あやまろが毒の首謀者なのですか? ⋯⋯っ、もしや、何か確たる証拠でも掴んだのですか⋯⋯? その理由、是非におうかがいしたい」


「⋯⋯小頭こがしらの素振りから、中将ちゅうじょうのことを怪しんでいると、私も平次へいじさんも薄々は気づいてはいましたが⋯⋯、でも何故なぜあの公家が毒なんかを? 我々が一体何をしたと言うんです? そこまで憎んでいるなんて⋯⋯」



 平次へいじ大吾だいごの身を乗り出した問いかけに、鎌足かまたりは、今度は言葉ではなく唇を強く噛み締めた。


「⋯⋯綾麿あいつ、⋯⋯あの騒動の時は居なかったけど、実はその前の探索中にちらっと姿を見かけたんだ」


「⋯⋯え、今日、御所ここに来ているのですか? 確か非番と⋯⋯」

「あ、なるほどぉ、その時に何かがあったんですね!? 疑わしい何か、が!」


「⋯⋯うん、その時に決定的な証拠を掴んだんだ。本当はその場で問い詰めたり、鬼切丸おにきりまるを抜いてしまえばよかったんだけど⋯⋯、何だかんだしているうちに、中納言ちゅうなごん様たちの暗殺事件が起こって、恨みを晴らし損ねちゃった⋯⋯」


 鎌足かまたりが大きく溜め息をつく。



 ⋯⋯鎌足かまたりの頭の中に、人の顔から般若はんにゃのような形相ぎょうそうに変わっていく、綾麿あやまろの姿が浮かぶ。



(⋯⋯卑怯者の、⋯⋯鬼め)



 そして冷たく吐き捨てるように、言葉を続けた。



「⋯⋯それともう一つ。私の中で恐ろしい疑念がある。⋯⋯でも大丈夫。綾麿あいつは次会った時に必ず⋯⋯、ころ⋯⋯」




 その時、突然、詰所つめしょの戸が開いた。



 振り向いた鎌足かまたりの瞳に、まさかの男の姿が映る。




「⋯⋯っ!? ⋯⋯あ、⋯⋯あなたは⋯⋯!?」





 ⋯⋯其処そこには。





 妖しく輝く村雨むらさめを手に、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろが立っていた━━━━。



 

第42話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、良かったらぜひ♪

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第43話「疑心暗鬼」は、3月26日もしくは27日の投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
最近、なかなか読ませていただく時間が無かったので、感想を書けず大変申し訳ありませんでした。 一気に読む形となりましたが。 毎回、流れるように展開していくお話がとてもとても素晴らしいなと思います。 …
殺られ方が凄い( ߹ㅁ߹) 爪剥がれるって恐ろしい…… 非現実的な世界観で何だかスリリングでとても続きが気になってしまいます❀(*´▽`*)❀ 蒼妖鬼様に関して前々回女性視点での好印象かという…
出だしの緊迫感が伝わってくる(*'ᴗ'*) 同じ武官の綾麿だれかとは大違いだ←鎌足は相当綾麿のことが嫌いだね(’o’) はたして、綾麿は本当に鬼なのかなぁ。 案外と二人(鎌足)とも人間だったりして!…
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