第37話 毒酒と丸薬
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。担当となった東番前日、御所からの帰りに、葬魂の術で仲間の甚左に成りすました紅鬼⋯⋯紅影鬼に襲われる。
平次━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足の身だしなみには特にうるさい。東番の前日、大吾と共に蒼鬼の群れに襲われる。
大吾━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験にも乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。東番の前日、平次と共に蒼鬼の群れに襲われる。
━━━━鎌足は気付いてはいないものの、何者かの手によって空っぽとなった水瓶。
その露わになった瓶の底は、毒で苦しむ鎌足に”絶望”の二文字を与えていた。
勿論、喉や腹を洗浄できたとしても、効果がどれ程期待できるかは分からない。
重要な問題は、水という”一縷の望み“を絶たれたことにあった。
溺れる者が掴む藁すら、この場には無くなってしまったのだ。
絶望と失意。
加えて絶え間なく襲いかかってくる痛みに、鎌足は頭の中が真っ白になった。
そのままふらふらと数歩後ろへと退くと、短い嗚咽と共に仰け反り、その場に卒倒した。
倒れゆく鎌足⋯⋯その無い藁を掴むように宙を彷徨った掌に当たった、板場の皿や腕が宙を待う。
そして激しい音を立てて、地に落ちる。
(⋯⋯死ぬ? ⋯⋯このままだと⋯⋯私、死ぬ)
粉々に砕け散る皿や腕を横目に、仰向けに倒れている鎌足の身体は、小刻みな痙攣が止まらなくなっていた。
(⋯⋯でも、何で? ⋯⋯誰が⋯⋯毒を? 平次と大吾じゃない⋯⋯なら⋯⋯誰が⋯⋯、京都に来たばかり⋯⋯毒を盛るくらいに⋯⋯私達を憎んでいる者⋯⋯? ⋯⋯殺意を抱く者? 二人の後をつけて⋯⋯この宿を? ⋯⋯紫宸殿での恨み⋯⋯公家の誰か? ⋯⋯違う⋯⋯この宿は⋯⋯知らない⋯⋯、麒麟? ⋯⋯違う⋯⋯彼奴⋯⋯昨日は警備の番⋯⋯そんな暇は⋯⋯無いはずだ、⋯⋯後は⋯⋯後は⋯⋯⋯⋯後は⋯⋯後は⋯⋯私たちを殺したいと願う者⋯⋯私を憎む者? ⋯⋯後は⋯⋯後は⋯⋯)
苦しみ悶え続ける鎌足の頭に、妖刀を片手に妖しく高笑いする一人の男の顔が。
⋯⋯浮かぶ。
「⋯⋯あ⋯⋯、あ、あや⋯⋯、あ、綾麿⋯⋯!?」
鎌足は一際大きな唸り声をあげた。
中将の立場で、この宿を知っているかもしれない。
帰り際に一緒にいた手下の輝里とか言う公家に、自分たちの後を付けさせたのかもしれない。
憎い伊賀忍の毒殺計画ありきだったならば、昨日の睨み合いで刀を抜き渋っていたのも合点がいく。
そして昨日の殺意を含んだ不敵な挑発⋯⋯その一つの形が、この”毒“という卑劣な手段なのか。
鎌足は土間に落ちても、地を這いずっても尚、忍の本能でその手に鬼切丸だけは握っていた。
見当違い⋯⋯たとえ毒を仕込んだのが綾麿では無かったとしても、もしかしたら別にいる真の首謀者や見えない敵が、毒で苦しみ悶える鎌足らにとどめを刺すべく、今にもこの宿に飛び込んで来るかもしれない。
鎌足は無我夢中で、鬼切丸を一層強く胸に抱いた。
畳の上では、相変わらず苦しみもがき続ける平次が、怒りと憎しみを込めた声で大吾を罵倒し始めていた。
「⋯⋯ッ、おのれ大吾⋯⋯、何故だ、裏切ったか⋯⋯、誰の差し金だ! ⋯⋯ぐうっ、毒を⋯⋯、毒を盛る⋯⋯と⋯⋯は! は⋯⋯、恥を知れぃ!」
大吾は畳に額を擦り付け、苦しみ悶えながら先程同様にまた首を激しく振った。
「⋯⋯ぅぐ、わ、私⋯⋯では⋯⋯あ⋯⋯りません、今朝早く⋯⋯、ご、御所から⋯⋯、初番⋯⋯祝に届けら⋯⋯れた⋯⋯あの酒に、甘酒に⋯⋯毒が⋯⋯仕込まれて⋯⋯いた⋯⋯としか、⋯⋯ぐッ」
(⋯⋯祝の甘酒!?)
大吾の弁明を耳にした鎌足の顔が、一気に強張った。
鎌足の脳裏に、初めて対峙した時の綾麿の言葉、そして足を崩した余裕な佇まいと不敵な笑みが過ぎる。
⋯⋯(『⋯⋯無精故に東番就任の祝いの酒どころか、茶の一つも出せぬが、ゆるりと寛ぐがよい』)⋯⋯
(⋯⋯御所⋯⋯、から、酒⋯⋯だと? 御所⋯⋯あ⋯⋯あ⋯⋯綾麿⋯⋯ぉぉおぉぉおぉおおをををを⋯⋯!!」
鎌足の心の声が漏れる。
怒りと苦しみ、そして迷いが入り混じった声にならない叫び声を上げ、何かに堪えるように歯軋りした。
唇まで強く噛み締めたその口からは、赤い雫と涎が滴り落ちた。
⋯⋯疑念は疑念を呼ぶ。
今の鎌足には、どんな些細な事でも全てが綾麿と結びつけて考えてしまう。
そんな思考の負の連鎖に陥りかけていた。
(⋯⋯本当に⋯⋯毒⋯⋯は、綾麿⋯⋯、彼奴の⋯⋯仕組んだ⋯⋯事なのか⋯⋯!?、⋯⋯とすれば、綾麿は⋯⋯人? そしてやっぱり死んでない⋯⋯のか?)
意識が迷走し、頭ががんがんと響く。
知らず知らずのうちに胸ではなく土を掻きむしり、更に地を激しく叩いたのだろう、作った握り拳の甲や爪からは血が滲んでいた。
平次や大吾も鎌足と同じだった。
部屋の畳の上をずっとのたうち回り、口から血を流して唸り声を上げ続けている。
「⋯⋯ががぁッ⋯⋯ぐ⋯⋯が⋯⋯大吾⋯⋯ッ、甚左殿の、薬は⋯⋯妙草薬は⋯⋯持っていないのか⋯⋯!?」
「⋯⋯あ⋯⋯、ぐ⋯⋯しまっ⋯⋯た、甚左さんの⋯⋯着物と一緒に⋯⋯妙草薬も埋めてしま⋯⋯っ」
「⋯⋯!? なんという⋯⋯ば、か⋯⋯もの⋯⋯ぐふッ」
「⋯⋯す⋯⋯すみませ⋯⋯ん⋯⋯、うっかり⋯⋯ぐうッ⋯⋯、でもあれは⋯⋯確か⋯⋯傷には効きますが⋯⋯、ど、毒には効きません⋯⋯」
妙草薬⋯⋯。
耳に入ってきたその言葉に、鎌足は我に返って目を見開いた。
(⋯⋯くすり)
それは本当に偶然だった。
鎌足に一つの大事なことを思い出した。
(⋯⋯解毒薬、⋯⋯あるかもしれない)
鎌足は任務の最中、このように毒を盛られる経験は初めてだった。
初めての事による動揺と、激痛を堪えるのに必死で、大事な事が意識から飛んでいた。
鎌足は普段から、忍装束の下の鎖帷子のその更に下、肌と胸の晒との間に、”ある物“を挟み込んでいた。
それは、もしもの時のためにと、一年程前に幻斎から鎌足だけに特別に手渡された、”御守袋“⋯⋯。
⋯⋯(『よいな、鎌足よ。この御守袋は、常に身に付けておくのじゃ。この中に入っている丸薬はな、冬虫夏草など十七種の貴重な材料を用いて作られた、伊賀に代々伝わる万能薬。擦傷、打傷、切傷、刺傷、刀傷、そして火傷に”猛毒“まで、全ての傷や痛みに効く。今は邪魔な汚い小袋に思えても、いつかはきっと、戦いの中に生きる御主の役に立つ時が来るじゃろうて⋯⋯』)⋯⋯
⋯⋯幻斎の穏やかな笑い声が脳裏を過ぎる⋯⋯。
“ある物”⋯⋯それは伊賀秘伝の万能薬が入った、御守袋だった。
灯台下暗し。
鎌足は、その御守袋の存在を思い出したのだ。
剣技の世界に真っ直ぐに生きる鎌足は、日頃から毒策の怖さを甘く見ていた。
それ故に肝心の中身の万能薬への興味は薄かったものの、慕い敬う幻斎から”直接に“拝領した⋯⋯、ただそれだけで、鎌足にとってこの御守袋は、特別で大切な物の一つとなっていた。
そして鎌足はあの言いつけも律儀に守り続け、戦闘中の忍装束であっても、平時の際の着物であっても、晒に挟んだり、首から紐で掛けたり、無自覚ながら常に身近に忍ばせていたのである。
鎌足は、何時果てるとも知れない朦朧とした意識の中、寝巻の下の晒を手探りで必死に探り続けた。
「⋯⋯毒⋯⋯消し、⋯⋯⋯⋯あってくれ」
この貴重な伊賀の万能薬は、幻斎も口にしていたように、非常に万能な解毒の秘伝薬としても知られていた。
鎌足は今でもたまに、当時の優越感を思い出す。
まるで興味の沸いてこない小さな丸い玉とは言え、この万能薬を授かった時、他の伊賀の忍たちから相当に羨ましがられたものだった。
幻斎もかつて、この万能薬に救われたことがあるらしい。
七十年前⋯⋯幻斎が猛毒の剣や霧を操る紅鬼と戦った時、受けた毒刀の傷を癒やすために飲んだ⋯⋯、鎌足はそう仲間内の噂話で聞いていた。
服毒から早い段階に飲めば、強力な鳥甲や蝮の毒でさえも中和させる、即効性の解毒の効力を持っているという話だった。
たった今自身が襲われている、この謎の毒への効果は定かでは無い。
しかしあの聞いた話が本当ならば、この謎の毒にも打ち勝つ事ができるかもしれない。
(⋯⋯な、無い⋯⋯、で、でも、⋯⋯ぜ、絶対⋯⋯、挟んで⋯⋯る、⋯⋯何個か⋯⋯丸薬⋯⋯入っていたはず⋯⋯)
あまりの激痛と意識の混濁に、今自分の両方の指先がどう動いているか、身体の何処を触れているかも既に分からなくなっていた。
思うように動かなくなっている腕、手。
それでも左に右に、また左に。
諦めずに動かし続けた、そんな震える指先に、肌や晒の端ではないものが触れた。
(⋯⋯あ)
ようやくにして伝わる、袋らしき何かの感触。
手を震わせながら、胸の晒からその”何か“を取り出した。
(⋯⋯あった、これだ)
それは間違いなく、万能薬が入っているはずの、あの“御守袋”だった。
この小さな袋が、今は何よりも尊いものに感じ、後光が差しているように輝いて見える。
鎌足は急いでその御守袋の紐を解き、逆さにして振り、中に入っていた丸薬を掌に落とした。
(⋯⋯ひとつ、⋯⋯ふたつ、⋯⋯⋯⋯みっつ)
天運は味方した。
掌に丸薬が、三つ転がった。
(⋯⋯良かった、⋯⋯三人分ある)
鎌足はその三粒のうち一粒だけを素早く飲み込むと、痛みに耐えて力を振り絞って地を這って座敷の方へと進み、何とか懸命に上半身だけを起こして畳の部屋にもたれ掛かった。
そして握る丸薬を、平次と大吾の元へと転がした。
「⋯⋯二人とも⋯⋯毒消し⋯⋯だよ、早く⋯⋯飲んで」
それは二人にとっても天からの救いの声、神様からの贈り物の”玉“だった。
平次と大吾は傍に転がってきた丸薬を急いで手にし、すぐに口へと運ぶ。
そんな二人の姿を見届けた鎌足は、薄っすらと安堵の笑みを浮かべながら、土間へとずり落ちた。
そして鬼切丸を胸に抱えながら、ただひたすらに呼吸を整えて、心を落ち着かせ、痛みが引いてくるのを待った。
まだ周囲への警戒は解くことは許されない。
それでも噂話の通りに丸薬が毒にも効くことだけを、ただひたすらに信じる。
⋯⋯それは祈りにも似た、願いだった。
今の鎌足にできることは、それしか無かった。
⋯⋯幸いにも、伊賀の秘伝の丸薬は、この毒の力に打ち勝った。
徐々に痛みは引いていった。
半刻ほど静かに横になっていると、あの強烈な痛みや辛さは半減していた。
更にもう半刻した頃には、まだ腹部だけは鈍い痛みは残っているものの、三人ともがなんとか四肢を自由に動かせ、まともな会話ができるようになるまで奇跡的な回復を見せていた。
「⋯⋯二人とも、無事かぁ?」
「⋯⋯ええ、何とか⋯⋯、小頭の薬が効いたみたいです、助かった⋯⋯」
「⋯⋯まだ少し痛みはありますが、血も止まりましたし、これならもうあと半刻もすれば⋯⋯、歩けるくらいにはなりましょう⋯⋯」
三人は横になったまま、心の底から安堵する。
それから更に半刻ほど、身体を休ませた。
この毒に囚われた時間は想定外だった。
いつのまにか刻は、昼を大きく過ぎてしまっていた。
「⋯⋯睡魔も吹き飛ぶほどに目も冴えちゃったし、⋯⋯もうお腹が痛いのか空いてるのか、解らなくなってきてるや。たぶんきっと、私の臓腑はもうぐちゃぐちゃだ⋯⋯、はは⋯⋯、お医者さんに診せたら、絶対安静にしてろって言われて東番どころじゃないな」
鎌足は苦笑いをしながら呟いた。
その言葉に、平次も大吾も薄っすらと苦笑いを浮かべる。
三人とも完全ではないものの、顔色は随分と良くなってきていた。
「⋯⋯小頭、此度仕込まれた猛毒、御所の誰かの仕業でしょうか? それとも別の何者かが?」
上半身を起こしながら、平次が重い口を開く。
「⋯⋯小頭、本当に私ではありません。信じてください。今朝早くに御所からの使者と名乗る女性がこの宿先を訪れ、⋯⋯応対した宿の女将が受け取った祝の甘酒を、私はそのまま朝餉として出しただけなのです⋯⋯、それがまさか毒とは⋯⋯。本来は毒見すべき所、思慮が足りませんでした⋯⋯、すみません」
正座した大吾は、心から申し訳なさそうに、がっくりと項垂れた。
「⋯⋯っ、大吾よ、⋯⋯っ、それは誰からの酒だ? ⋯⋯何か女将から聞いてはないのか? それか何か首謀者の目星となるものや、証拠となるものは無いのか?」
まだ少し喋り辛そうな平次の問いかけに、大吾は更に申し訳なさそうに、ある事実と、⋯⋯そして一つの苗字を鎌足に告げた。
「⋯⋯その謎の女性、残念ながら女将には名を告げずに立ち去った由⋯⋯、しかし甘酒に付いていた熨斗の裏側には⋯⋯、確か”九条“という名と、“下り藤”の家紋が⋯⋯」
「⋯⋯九条?」
鎌足にとって、それは初めて聞く家名だった。
「⋯⋯その熨斗なら、まだ台所にあります。お見せします。それが毒を盛ったのが私ではない証拠です! ⋯⋯でも、でも、本当にすみません、小頭。⋯⋯これが不知火とか、樋ノ口とかいう名が書いてあったり名乗っていたのなら、疑ってかかっていたのですが⋯⋯、初めて目にした九条の名⋯⋯てっきり小頭が内裏で会われた、お偉方のお一人かと⋯⋯」
「⋯⋯っ、小頭、その九条とやらの名や人物に、心当たりは?」
「いや、ないよ。私も今初めて聞いた」
「⋯⋯小頭っ、本当です、私は嘘は言っていません! 毒も盛っていませんッ! 信じてください!!」
「⋯⋯大吾、大丈夫、分かってるよ、毒を盛ったのは大吾じゃない、って事は。当然に平次でもない」
鎌足は二人の顔を見渡しながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「⋯⋯その謎の女性は誰の手下の者か。⋯⋯その“九条”とは何者なのか。⋯⋯その答えはやっぱりあの御所にあると思うんだ。京都に来たばかりの私たちだ、宿を知る者は数えるくらいしか居ない。そして毒の酒をわざわざ持ち込んで、しかも何かの謎かけみたいに“九条”の名を残すなんて⋯⋯、そんな手間をかけた卑怯な手を使ってまで、私たちを殺したい程に憎んでいる奴は、更に限られてくる」
鎌足の神妙な顔と声に、平次も大吾も、黙って頷く。
「ねえ、二人とも。まだ身体やお腹も痛むとは思うし、東番の約定の刻にも少しだけ早い、だけど⋯⋯、⋯⋯今からすぐに出発しないか。⋯⋯実は、この毒を盛った奴に少し心当たりがある。⋯⋯その男が首謀者かどうか、一刻も早く突き止めたいんだ」
その男⋯⋯。
敢えて鎌足は名前を挙げなかった。
既に綾麿は、昨日の鬼の襲撃で死んでいて、葬魂の術を使った鬼が化けている可能性もあったからだ。
毒を盛ったのが綾麿ではなく、化けた鬼の可能性も想定されるため、鎌足は自然と抽象的な表現を使ったのだ。
しかし平次と大吾は、それが誰の事を指しているのかは、もう既に分かっているようだった。
昨日の鎌足の態度や先程の叫び声から、何となく想像が出来たのだろう。
「⋯⋯正体が人だろうが、鬼だろうが、関係ない。⋯⋯毒を盛ったのが間違いないならば、伊賀組に敵対するその首謀者は、絶対に斃さなければならない。それもまた伊賀御庭番としての使命の一つなんだ」
鎌足の意思の固い声に、平次は再びゆっくりと頷く。
そして鎌足に負けじと、固い決意に満ちた顔で微笑んだ。
「⋯⋯その使命にこの命尽きるまで、最後までお供致します。この命、既に小頭に捧げております。⋯⋯ぜひ行きましょう、すぐにでも御所へ。そして東番も、伊賀の使命も、どちらも無事に果たしましょうぞ」
大吾も用意万端、刀を肩に背負いながら、気合の入った笑顔を見せる。
「⋯⋯そうと決まれば、さあ! すぐにでも出発しましょう。卑怯にも毒を盛り、我々を暗殺しようとした憎い首謀者⋯⋯、必ず見つけましょう! 小頭⋯⋯非力ながらも私も全身全霊、御所警備と毒の復讐に力添えします!」
⋯⋯平次と大吾、二人の頼りになる言葉を聞いた鎌足の前に今、改めて御頭の半蔵と幻斎の顔が浮かぶ。
この二人の見えない力と支えによって、鎌足は紅影鬼の影法師の術、そして甘酒に仕込まれた毒の罠、この二つの窮地を脱することができた。
(御頭、百地翁様⋯⋯、お二人のお陰で何とか東番初日を迎えることができました。この鎌足、改めて心から感謝致します。⋯⋯しかし、私の真の戦いはこれから⋯⋯!)
鎌足の瞳からは、御頭や幻斎の微笑みは消え、続けてぼんやりと現れたのは、⋯⋯一人の男。
昨日の会談⋯⋯目の前で味わった屈辱⋯⋯今、最も毒の首謀者と思われる男の顔⋯⋯そして、あの怪しい嘲笑がはっきりと浮かぶ。
⋯⋯(『御主が憎いからだ、鎌足殿。⋯⋯ふふふ』)⋯⋯
そんな瞼の残像を斬り裂くように、鎌足の目が鋭さを増す。
(⋯⋯斃すべき敵は蒼鬼、紅鬼だけに非ず! ⋯⋯不知火中将綾麿、⋯⋯きっと、きっと江戸に仇なす男。その悪企み、この鎌足が必ず暴いてやる。そして⋯⋯、全てが明るみになった時は⋯⋯、必ず御前の命、この伊賀の御庭番小頭⋯⋯鎌足が奪る!)━━━━。
━━━━平次が前日から東番の武具を手入れしていてくれたり、大吾が洗ったばかりの真新しい羽織袴を用意してくれていたこともあって、それから三人の東番準備の追い込みは順調に進み⋯⋯。
⋯⋯鎌足が早めの出立を決断してから、およそ四半刻(※30分)後。
鎌足、平次、大吾の伊賀組三人は、初の東番そして毒の首謀者の本拠の地⋯⋯京都御所に向けて、足早に宿を後にすることができていた。
⋯⋯そして、誰も居なくなった宿。
⋯⋯静まりかえった座敷。
⋯⋯その畳座敷の片隅には、誰にも飲まれることのなかった丸薬が一粒、転がっていた━━━━。
第37話も最後までお読み頂きありがとうございました。
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改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつも無数の誤字脱字ばかりで、すみません)
次回第38話「壺装束の女」は、3月15日昼頃に投稿予定です。




