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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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35/51

第35話  東番の朝 〜蒼天〜

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。


平次へいじ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足かまたりの身だしなみには特にうるさい。


大吾だいご━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験に乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。


蒼極鬼そうごくき━━━━

 蒼鬼あおおにの総大将の『修羅しゅら』。蒼鬼軍の本拠”蒼鬼城“の主で、閻魔宮えんまきゅうでは、閻魔王えんまおうの傍で亡者の罪状を記録する“司録しろく”の役目に就く。常に穏やかで冷静沈着だが、その涼し気な瞳の奥には底知れない残虐さも秘めている。


蒼将鬼そうしょうき━━━━

 蒼鬼あおおに軍の『修羅しゅら』で副将格。蒼の鎧や兜に身を包んでいる。顔には面頬めんぼうを装着し、その顔色は窺い知れない。閻魔王えんまおうから授かった『泰山たいざん閻魔刀えんまとう』を帯刀する。


蒼妖鬼そうようき━━━━

 蒼鬼あおおに軍の女『修羅しゅら』で、絶世の美を誇る。罪人を刃の枝葉が実る木の上から誘惑する、衆合しゅごう地獄『刀葉林とうようりん』の番人。豪華絢爛な蒼い着物を幾重にもまとっている。


 ━━━━紅鬼あかおに軍の紅皇鬼こうおうき日本ひのもと侵略の軍を整える中、地獄のあおの巨城、蒼鬼城そうきじょう



 その最上階八層目、天守閣てんしゅかく

 城の後方の奈落の谷から吹き上がる地獄の風を全身に浴び、長い髪をなびかせながら、蒼の鬼の総大将⋯⋯蒼極鬼そうごくきは、胸の奥から沸き上がる怒りに堪えていた。

 苦々しく唇を噛み締め、拳を震わせる。


 普段は冷静な蒼極鬼そうごくき

 だが、居並ぶ下中級の羅刹らせつ獄卒ごくそつ⋯⋯蒼鬼あおおにたちは、激怒した時の普段との差が、どれ程恐ろしいかを知っていた。

 それゆえに、蒼極鬼そうごくきに言葉をかけるのを躊躇ちゅうちょして、全員だんまりといった様子だった。



《⋯⋯蒼将鬼そうしょうきよ、重ねて聞く。まことか。紅鬼あかおにの軍が動き出したこと、⋯⋯そして蒼炎鬼そうえんきたおされたというのは》


《はい、間違いはありませぬ》



 蒼極鬼そうごくきの背後に佇む、戦国時代の武者のような蒼い鎧をまとった蒼鬼あおおにが、毅然きぜんとして応えた。

 その鬼の顔は付けている面頬めんぼうによりうかがい知れないが、兜の隙間から覗かせた蒼い目と銀の瞳から、鬼であることは間違い無かった。

 その只者ではない重厚かつ高尚な雰囲気は、蒼極鬼そうごくきに次ぐ蒼鬼あおおにの軍の副将格ふくしょうかく相応ふさわしい。


 この鎧兜の鬼こそ、閻魔宮えんまきゅう紅鬼あかおにの副将格⋯⋯紅呪鬼こうじゅき紅斬鬼こうざんきいさか)いを起こした、蒼将鬼そうしょうきだった。

 


紅鬼あかおに紅影鬼こうえいきが動いたとの情報、それが意味するものはすなわち、紅鬼あかおに軍の始動。我々と同様にまずは京都の制覇を目指し、動き出していることはこれで明白となり申した。⋯⋯そしてもう一つ、蒼炎鬼そうえんきと共に向かった五鬼の羅刹おにたちですが、蒼炎鬼そうえんき他全員、ただ一鬼いちき羅刹らせつを除き、ことごとく敗北、消滅⋯⋯》


《⋯⋯信じられん。蒼炎鬼そうえんきの地獄のあお火焔かえんが、人間に通じぬとは。蒼炎鬼そうえんきたおしたのは、やはり京都の警護役の公家⋯⋯少将しょうしょうの地位に就いている、麒麟きりんという者なのか?》


《それが⋯⋯、例の日本ひのもとの協力者の男、我々に最低限の情報しか伝えてこず⋯⋯、背格好や年齢などの情報が無く、それによっていささか手違いが生じ、⋯⋯蒼炎鬼そうえんきめ、誤って違う者を襲ってしまい⋯⋯》


《⋯⋯なに。人違いをしたのか? ⋯⋯にも関わらず、返り討ちにあったというのか》


《はい。残念ながら。⋯⋯誤って狙った相手の名は不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ。⋯⋯その正体は、『村雨むらさめ』とかいう謎の刀を持つ『六歌戦ろっかせん』の一人。⋯⋯最初から我々が警戒し、蒼炎鬼そうえんきの今回の襲撃の対象から外していた者です》


《⋯⋯何? 『村雨むらさめ』⋯⋯? そして六歌戦ろっかせんの一人だと? ⋯⋯もしや、今まで送り込んだ偵察部隊が消息を絶ち続けているのは、この男が大いに絡んでいるのかもしれんな》


《⋯⋯その可能性は濃厚かと》


蒼将鬼そうしょうきよ。その綾麿あやまろを含む『六歌戦ろっかせん』⋯⋯、今の奴等は六人全員の一致が無ければ、もし京都江戸を舞台にした大戦が起こっても、積極的に攻めに動くことはない⋯⋯。そうだったな?》


《はっ、“それ”ゆえに拙者も過去の侵略よりも、”安泰“だと思っておりましたが、⋯⋯改めて気付かされました。『六歌戦ろっかせん』⋯⋯その強さ、脅威のほどを》


日本ひのもとの協力者⋯⋯あのものにも、綾麿あやまろ此度こたびの一件、伝えたのか?》


《はい。直ちに綾麿あやまろの件と手違いの襲撃の件、伝えた所⋯⋯、あの者からの返事を一言一句そのままお伝えすると、「知り得た情報はきちんと流した。間違えた蒼鬼おまえたちが悪い。綾麿あいつの単独行動までは知らねぇ。今は大事の前の小事、くだらない事に構っているいとまは無い。鬼の不始末は鬼で片付けろ」⋯⋯とのこと》


《⋯⋯小事しょうじ、くだらない事だと? 傲慢ごうまんな奴め。⋯⋯だが、その傲慢ごうまんさに見合うだけの強さは持っている。⋯⋯ふん、まあよい、大切な同盟先だ。今は多少の暴言は多めにみてやろう》



《⋯⋯あのぅ、蒼将鬼そうしょうきさぁ?》


 蒼極鬼そうごくき蒼将鬼そうしょうきの話の横から、突然に綺麗な女性にょしょうの声が飛んだ。



 蒼将鬼そうしょうきが振り返った声の先には、豪華できらびやかな着物を幾層にもまとった美しい女性にょしょうが一人。

 飲みかけの西洋風の腕皿を乗せた卓子たくしを前にしながら、長椅子で優雅にまったりとくつろいでいる。

 そして指先で髪をくるくると丸めたり、手鏡で色々な角度から自身を映したりしながら、蒼将鬼そうしょうきに向けて、甘美で妖艶な微笑みを浮かべていた。



《⋯⋯蒼炎鬼そうえんきは間違えて、『六歌戦ろっかせん』の綾麿あやまろって男を襲って負けちゃったわけだけど、もっと悲惨なのは紅鬼あかおに奴等やつらでしょ。さっき聞いた情報によると、紅鬼むこうは江戸からの援軍に紅影鬼こうえいきまで差し向けて、かま⋯⋯? 何とかって女忍に返り討ちにあったらしいわね。⋯⋯うふふ、笑えるわ。なんて恥ずかしいのかしら。相手はただの忍よ、しかも女子おなごに負けたのよ? ⋯⋯うふふふふ、紅鬼あかおにの奴等って、本当に何て、お、馬、鹿、さん》


 その美しい顔の額には、二本の角。

 それは亡者たちを木の上から手招きし、枝刃で斬り刻む、あの『刀葉林とうようりん』の絶世の美女⋯⋯蒼妖鬼そうようきだった。



 着物の袖を口にあてて、愉しそうに笑みを浮かべ続ける蒼妖鬼そうようきを、蒼将鬼そうしょうきが厳しい声でいましめた。


《⋯⋯決してあなどるなかれ、蒼妖鬼そうようきよ。⋯⋯その女忍、七十年前に紅鬼あかおに奴等やつらを封じた妖刀、鬼切丸おにきりまるを所有している、との事だ。紅影鬼こうえいきたおしたのは、まぐれではないかもしれん》


《はい、はーい》


 蒼妖鬼そうようきがつまらなさそうに、気の抜けた言葉を返した。

 そして目をつむったまま、西洋風の腕で飲み物を優雅にすすると、目を細く見開き、艶のある溜め息を吐いた。


《⋯⋯はぁ》


 腕から離したその妖美な唇⋯⋯そして銀の瞳が、今度は一転して妖しくきらめく。

 そして続けて発する声には、先程の口調とは一転して”冷たさ“が増していた。


《⋯⋯でもさ、蒼将鬼あなたのその情報こそ、鵜呑うのみにしていいの? 襲われた話の中で、紅影鬼こうえいきの名を語っているのなら、襲われたのはまず間違いないとしても⋯⋯。その鎌⋯⋯何とかちゃん、⋯⋯本当に“勝てた”のかしら?⋯⋯本当に”人“なのかしら? 実は⋯⋯葬魂そうこんの“紅影鬼こうえいき”だったりしてぇ⋯⋯?》



《⋯⋯⋯⋯》


 蒼将鬼そうしょうきが言葉に詰まる。

 


 人間は言わずもがな、一度仕掛けられた葬魂そうこんの術は、たとえ鬼同士であっても互いに見破るのは容易ではない。

 それほどまでに、この”葬魂そうこん“は恐ろしい秘術だった。



 蒼妖鬼そうようきの言葉に同調するように、蒼極鬼そうごくきが言葉を失っている蒼将鬼そうしょうきに問いかけた。

 

《⋯⋯蒼妖鬼そうようきの疑惑も一理ある。⋯⋯ただでさえその女忍、鬼切丸おにきりまるを持つとのこと。紅影鬼こうえいきが女忍に化けているのなら、紅鬼あかおにたちに鬼切丸おにきりまるが渡ったことになる。それは由々しき一大事だ⋯⋯、もたらされた情報の真偽は念のため調べねばならんな。⋯⋯情報元という残る一鬼いちき、その羅刹ものは今は何をしている?》


《⋯⋯はっ、元々此度の蒼炎鬼そうえんきに付けた五鬼。出世欲の強い羅刹ものばかりを選んでおりますゆえ。その一鬼は、咄嗟とっさの機転により、援軍の伊賀者一人を殺害後、すぐに葬魂そうこん)の術を仕掛け、現在は決死の潜入中に御座います》


《そうか。⋯⋯念のため、その羅刹ものに、女忍が”人“ではなく“紅影鬼こうえいき”である可能性を伝えよ、功を焦らずに慎重に動け、と。⋯⋯そして上手く事を成せば、その身体を足掛かりにして、きっと上級鬼『修羅しゅら』への道もひらかれよう⋯⋯とも、な》


《⋯⋯はっ、畏まりましてに御座います》


《⋯⋯して、その後はどう動く手筈てはずだ?》


《はっ、そのまま京都御所に警備番として潜入し、我々の害となる剣客や関白、大臣、三納言など要人の暗殺作戦へと移行の予定⋯⋯。勿論もちろん、その女忍も一度ひとたび隙を見せれば、すぐに殺させまする。⋯⋯なにせ、人だとしても紅影鬼こうえいきだとしても、殺してしまえば関係ありませぬゆえ⋯⋯》


《⋯⋯御所内に入ることを許されている立場を利用しての暗殺工作か。それは名案だ。⋯⋯素晴らしい。紅鬼あかおにの邪魔や蒼炎鬼そうえんきの失態ですさんだ、我が心の慰めになる。⋯⋯流石は蒼将鬼そうしょうきだ》


《⋯⋯身に余るお言葉。更に暗殺の標的は、要人や鬼切丸おにきりまるを持つ女忍だけに非ず。⋯⋯謎の刀『村雨むらさめ』を持つ強敵、『六歌戦ろっかせん綾麿あやまろもまた既に標的。⋯⋯ただ、報告によると、この両者⋯⋯、面白いことにお互いに憎み合っているとか。どうやら奴等やつらもまた我々蒼鬼あおおに紅鬼あかおにの争い同様に、一枚岩では無い様子かと》


《⋯⋯なに、憎み合っている、だと?》


 蒼将鬼そうしょうきの言葉を聞いた蒼極鬼そうごくきが指を顎に当て、謎の笑みを浮かべる。


 ⋯⋯この笑みは、何かの名案をひらめいた合図。


 それを知る蒼将鬼そうしょうき蒼妖鬼そうようきは目を見開き、身を乗り出した。



《⋯⋯確かにそれは面白い。⋯⋯ならばこの総大将、蒼極鬼そうごくきにも負けじと一つ名案がある。『六歌戦ろっかせん綾麿あやまろや女忍に油断や隙が見当たらず、もしも二人の暗殺が思い通りに進まぬ時は、⋯⋯葬魂そうこんをそのまま利用した次の計へと移行。⋯⋯その二人を更に強く激しくいがみ合わせ、”戦わせる“、というのはどうだ? ⋯⋯ふふふ》



《⋯⋯なるほど。葬魂そうこん真髄しんずい疑心暗鬼ぎしんあんきの計⋯⋯、を》


 蒼将鬼そうしょうきがゆっくりとうなずく。



《⋯⋯流石は蒼極鬼そうごくき様っ。鎌⋯⋯何とかちゃんが、人であっても紅影鬼こうえいきであっても、ちょっと刺激を与えてやれば、きっと綾麿あやまろとやらと熱く激しく揉めるのは間違いないわ。⋯⋯武力でなく知力で攻める、⋯⋯あぁ、惚れ惚れする名案。まさに一石二鳥。私たちの手を汚さずに、少なくとも厄介者のどちらかは必ず死ぬ⋯⋯という事ね!》


 蒼妖鬼そうようきは揉み手で、きらきらと目を輝かせた。



《⋯⋯とすると、残りの懸念はやはり紅鬼あかおにども。⋯⋯蒼極鬼そうごくき様、後は紅鬼やつらより先に、京都へ猛攻撃を仕掛けるのみ。如何いかが御決断なされますか》


 蒼将鬼そうしょうき面貌めんぼうの下の銀の瞳が、強いきらめきを放つ。

 それは、紅鬼あかおにに後れを取ることは絶対にあり得ない⋯⋯そんな強い意志を感じさせた。



《⋯⋯そうだな、⋯⋯暮れ六つを迎えれば、その女忍の正体、紅影鬼こうえいきか人か、それも自ずと明らかになる。⋯⋯よし、本日だ、暮れ六つのときをもって、日本ひのもとの本拠である御所内に羅生門らしょうもん邪道を開き、京都征服、帝殺害に向けた総攻撃の第一陣とする。 ⋯⋯蒼鋼鬼そうこうき蒼刃鬼そうじんきを呼べ。⋯⋯二十鬼の羅刹らせつの特攻部隊と共に、この二鬼の『修羅しゅら』に映えある第一陣を任せることにしよう》


《はっ⋯⋯!》


 重々しく鎧の音を響かせながら、蒼将鬼そうしょうきが深々と頭を下げる。



《わわわっ、これは楽しそうっ》


 蒼妖鬼そうようきは長椅子から飛び跳ねるように立ち上がると、妖美な微笑みを浮かべながら、蒼極鬼そうごくきのすぐ目の前に歩み寄ってきた。

 そして、何かをおねだりをするように、その身体を蒼極鬼そうごくきに擦り寄せた。



《⋯⋯あのぅ? 蒼極鬼そうごくき様ぁ? わらわ疑心暗鬼ぎしんあんきの計、何かお手伝いさせてくださいな。⋯⋯そして、折角の名誉な第一陣。出来るなら、わらわも参加したいわ。⋯⋯毎日毎日、助平すけべな亡者の殺戮あいてばかりで、ちょうど新しい刺激が欲しいと思ってましたの》


《⋯⋯ふっ、よかろう。⋯⋯遊んでくるがいい》


《きゃは。やったぁ。お任せあれ。⋯⋯そうと決まったら、いつでも羅生門らしょうもんを抜けられるように準備しなきゃ。暮れ六つまでの残り半日と少し、悪戯なにをどう仕掛けようかなぁ。⋯⋯あ、その前に、おめかし、おめかし⋯⋯っと》


 蒼妖鬼そうようきは着物の裾をひらひらとたなびかせ、子供のように嬉しそうにはしゃぐと、蒼極鬼そうごくきに向けて満面の美笑びしょうを浮かべた。



 ⋯⋯蒼極鬼そうごくき天守閣てんしゅかくから地獄の統治下を俯瞰ふかんしながら呟く。

 その燦然さんぜんと輝く銀の目は、地獄界を超えて、標的の人間界をも確実に捉えていた。



《⋯⋯見ていろ、人間ども。あかの鬼ども。⋯⋯鬼切丸おにきりまるだろうが、村雨むらさめだろうが、そして紅皇鬼こうおうきだろうが、⋯⋯行く手を阻む者は何者であろうと、全て蹴散らしてやろう。⋯⋯二十三の『修羅しゅら』と羅刹らせつ、⋯⋯我等があおの鬼の進軍、止めれるものなら止めてみよ⋯⋯!》━━━━。













 ━━━━夜が白白しらじらと明けていた。



 どんなに悲しくても、朝はまたやって来る。



 鎌足かまたりたち伊賀の忍たちが担当する東番⋯⋯その当日の朝を迎えていた。


 忍とは、草に生きて、草に死ぬ。

 墓標など無い。

 これは伊賀忍軍の“しきたり”でもあった。


 鎌足かまたりたち三人は、甚左じんざ亡骸なきがらを、夜半この京都の人知れない地に埋めて弔うしかなかった。


 涙ながらに甚左じんざを埋葬した後、鎌足かまたり紅影鬼こうえいきから受けた傷に応急処置を施し、の刻(※1時)過ぎにはやっととこへと着いていた。

 しかし布団の中で上半身を起こしたまま、一睡もできていなかった。

 その目は涙と睡眠不足で、赤く腫れ上がっている。

 

 目の前で大切な仲間⋯⋯甚左じんざを失った胸の痛み、そのきずの余りもの重さが、鎌足かまたりに大きくのしかかっていた。


 大切な仲間の死の悲しみや辛さ、傷の痛み、戦いの興奮の余韻もあったが、鎌足かまたりが眠れなかったのには、他にも一つの大きな理由があった⋯⋯。



(⋯⋯平次へいじたちも鬼に襲われた。⋯⋯しかも私と違って蒼鬼あおおにたちに)



 朝になっても尚、一晩の間に何度思い出したかわからない、昨日の夜の平次へいじ大吾だいごの言葉がぎる。


(「⋯⋯小頭こがしら。本当に恐ろしい蒼鬼の群れでした、私も大吾だいごも、互いの屋根の上で自らの生命を守るので精一杯、後を付けるどころか反撃すらままならず⋯⋯、面目ない」)


(「⋯⋯無我夢中で刀を振り回して逃げて⋯⋯、気づいたら見知らぬ町中。はは⋯⋯、でも平次へいじさんも私も、何とか無事に逃げることができて、本当に良かった。⋯⋯いやあ、鬼の怖さ、改めて身をもって知ることができました」)

 


 ⋯⋯そのもう一つの理由とは、鬼たちに襲われた驚きや動揺からではない。

 平次へいじ大吾だいごが見届けられなかった、綾麿あやまろの“その後”が気になって仕方がなかったからだった⋯⋯。



(⋯⋯たぶん、⋯⋯蒼鬼あおおにが襲おうとしていたのは平次へいじ大吾だいごじゃない。⋯⋯綾麿あやまろなんじゃないかな? ⋯⋯二人は綾麿あいつを背後から尾行していた。⋯⋯ということは綾麿あいつも襲われた⋯⋯のか?)



 今、鎌足かまたりの頭の中に、様々な推察や疑惑が渦を巻いていた。



 綾麿あやまろがその後どうなったのか。

 綾麿あやまろは人だったのか。

 それとも鬼だったのか。



(「綾麿あやまろは鬼かもしれない」⋯⋯これは甚左じんざに化けた紅影鬼こうえいきの、単なる出任せの言葉、真っ赤な嘘だったのか? ⋯⋯いや、でも、平次へいじ大吾だいごをおびき寄せて、蒼鬼あおおにに襲わせたのが、もし先を歩いている綾麿あいつだったとしたら⋯⋯? やっぱり綾麿あいつ蒼鬼あおおに⋯⋯)

 


 当然に今この時点では、綾麿あやまろの生死までは分からない。

 鎌足かまたりの頭は、絶対に答えを導き出せない、自問自答の困惑の迷路の中にあった。



(⋯⋯もし蒼鬼おにじゃなくて人だったとして⋯⋯、背後から不意に集団で凶暴な蒼鬼おにに襲われて、果たして無事なんだろうか。⋯⋯綾麿あいつは昨日会った時は人だったとしても、夜の襲撃によってもう殺されてしまったのかのもしれない。⋯⋯憎たらしい奴だし、江戸徳川にとっては朗報かもしれないけれど⋯⋯、でも、でも⋯⋯、もし、綾麿あいつを殺した蒼鬼おに葬魂そうこんの術を綾麿あいつに使っていたら⋯⋯? そしてもし死んだはずの綾麿あいつが、何食わぬ顔でまた御所にふらりと現れたとしたら⋯⋯?)



 一度考え出したら最後、色々な可能性や状況が頭の中で枝分かれしていく。

 そして疑念それは枝分かれした先で、更に幾重にも廻り出す。



 鎌足かまたりは唇を噛みしめ、拳を握りしめた。



(⋯⋯今日は綾麿あいつは非番のはずだから、生きているか、死んでいるか、今日突き止めるのは無理かもしれないけど、遅かれ早かれ近い内にははっきりさせなきゃ。⋯⋯人なのか、⋯⋯鬼なのか、それも含めて、全てを⋯⋯)



 鎌足かまたりは開いている窓から、外の晴れ渡った蒼天そうてんの空を眺めた。



(⋯⋯でも、蒼鬼あおおにだけじゃなく、紅鬼あかおにまで現れたんだよな⋯⋯)



 蒼鬼あおおに紅鬼あかおに

 二つの種の鬼が京都に現れた。

 これもまた大きな謎を秘めた出来事ではあったが、今の鎌足かまたりには、その意味を深く考えるだけの余裕は無かった。



 夜はもう明けてしまった。



 どんなに悲しくても苦しくても悩み抜いても、今日は東番当日。

 蒼鬼あおおにだろうが紅鬼あかおにだろうが、鬼がまた御所に現れるならば、命を賭して再び戦いの中に身を捧げなくてはならない。



(⋯⋯やるしかない、⋯⋯三人で力を合わせて)


 



 陽はどんどん高くなっていった。




「⋯⋯小頭こがしら、見てくださいよ、今日は雲一つ無い晴れ渡った青い空ですよ! しかも蒼が綺麗に輝いてます! こういうのを、”蒼天そうてん“って言うらしいですよ? ⋯⋯いやあ、東番初日にぴったりな良い天気だ!」


 遠くの部屋から、大吾だいごの元気な声が聞こえる。



「⋯⋯確かに、今日は心地良い程の快晴。まさに”蒼天そうてん”。⋯⋯映えある東番初日、その門出に相応ふさわしい青空だ。きっと小頭こがしらの日頃の行いが良いからだな」


 近くの部屋から、平次へいじの明るい声も聞こえた。



 二人とも、辛い気持ちを乗り越え、鎌足かまたりに元気を送ろうとしてくれているのだろう。

 その声は、いつもよりも明るく、力強かった。



 ⋯⋯しかしその明るい声に反して、鎌足かまたりは相変わらず布団の中で上半身を起こし、視線を前に向けてぼんやりとしたままだった。


 鎌足かまたりはその彷徨さまよう視線を、何気に右横の畳に移した。

 美しく光輝いているのは空だけではなかった。

 鎌足の隣畳となりには、昨日共に戦い生き残った戦友とも言える、鬼切丸おにきりまる鎖鎌くさりがまが、朝陽に照らされてきらきらと美しい光を放っていた。



(⋯⋯うん、そろそろ起きなきゃ。⋯⋯そうだよな、⋯⋯前向きに。今日の日のために今まで皆で頑張ってきたんじゃないか。⋯⋯甚左じんざの分まで使命を果たさなきゃ、⋯⋯だよね。⋯⋯⋯⋯ね、甚左じんざ⋯⋯)




 心の中で甚左じんざに誓いをたてる鎌足かまたり⋯⋯その部屋の隣の土間では、先程から大吾だいごが珍しく朝餉あさげの用意をしている。

 障子しょうじの向こうで大吾だいごの影がせわしく動き、包丁の音が聞こえ続けていた。

 料理好きな大吾だいごの作る味噌汁、大根の漬物、塩魚は、江戸での鎌足かまたりの大好物の組み合わせだった。

 鎌足かまたりの落ち込みを見て、元気が出るようにと、相当に早くから起きて、わざわざ作ってくれているらしい。



 障子しょうじの向こうから、大吾だいごの声が聞こえた。


小頭こがしら、あれほど早く休んで、と言っていたのに⋯⋯、何度か障子しょうじ越しに様子を見に来ましたから、知ってますよ。結局一睡もしてないんでしょう? 困った小頭こがしらだなぁ。さあ、この朝餉あさげが出来たら起こしてあげますから、今からでも少し寝られては? いや、大事な日だからこそお願いです。寝てください。必ず起こしますから」


「ありがとう、大吾だいご



 トントントン、トントントン⋯⋯

 包丁の小気味良い音。


 トントントン、ドン、ドンッ⋯⋯

 時折、まな板を強く叩く音が聞こえる。



 左の部屋では、平次へいじも昨日から一晩かけて、本日の東番警護に持参する刀や手裏剣の手入れをしてくれていた。

 鎌足かまたりの傷や疲れを心配し、また大吾だいごにも負担をかけさせまいと、平次へいじはこの大事な準備のほぼ全て⋯⋯三人分を一人で引き受けてくれていたのである。

 右腕とも言える甚左じんざを失ってしまった今、鎌足かまたりにとって、平次へいじ本当に心から頼りになる存在となっていた。



 ふすまの向こうから、平次へいじの声が聞こえた。


小頭こがしら、傷は少しは癒えましたか。昨晩からずっと起きていたようでしたが⋯⋯、心配だな、少しは寝ないと身体が持ちませんよ。東番の用意は私と大吾だいごでしますから。どうか半刻はんときほどでもいい、寝てください。私たちは大丈夫ですから。小頭こがしらと違って逃げただけ⋯⋯、あ、はは、いや、これはまた恥ずかしい話をしてしまったな」


平次へいじもありがとう。助かるよ」



 シュッッ、シュッ、シュッッ⋯⋯

 刃を摩擦音まさつおん


 シュッ、⋯⋯シューーーッ⋯⋯⋯

 時折、鋭さを増した音が響いてくる。



「二人とも、本当にありがとう」



(初の東番、何事も無く、三人で無事乗り越えられますように⋯⋯)



 忍の修練を受けた鎌足かまたりは、三日三晩不眠不休で任務をこなすことも多々あり、不眠に慣れていないわけではなかった。

 だが、京都への早旅、御所の探索、綾麿あやまろ麒麟きりんとの確執、昨夜の紅影鬼こうえいきとの死闘と手傷、そして甚左じんざの死を受けての慟哭どうこく⋯⋯。

 

 鎌足かまたりは今、心身ともに疲労の絶頂にあった。




 トントン、トントントン⋯⋯

 シュッ、シュッ、シュッ⋯⋯



 トントントン、トントントン⋯⋯

 シュッ、シュッ、シューーッ⋯⋯



 トントントン、トントン⋯⋯

 シュッ、シュッ、シュッ⋯⋯




 鎌足かまたりは、つい微睡まどろんだ。




 トントン、トントントン⋯⋯

 シュッ、シュッ、シュッ⋯⋯



 トントントン、トントントン⋯⋯

 シュッ、シュッ、シューーッ⋯⋯




 目蓋まぶたが下がっていく。


 視界が狭く、薄くなっていく。

 






















































「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はっ」


 眠りに落ちかけた。


 その寸前で、鎌足かまたりは何とか意識を保った。




 目の前の障子しょうじが、人の顔一つ開いている。

 包丁を手にした大吾だいごが無言で立っていた。



 左隣のふすまもまた、人の顔一つ開いている。

 忍刀を手にした平次へいじが無言で覗いていた。




「⋯⋯小頭こがしら朝餉あさげの用意ができました⋯⋯」


「⋯⋯小頭こがしらやいばぎが終わりました⋯⋯」




第35話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています!(ぜひ★マークやブックマークで応援よろしくお願いします♪)

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつも無数の誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第36話「毒の罠」は、3月11日投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
蒼妖鬼……様雰囲気雅でいいですねぇ(pq´v`*)
鎌足が困惑している様子が伝わってきてよかった!  【視界が狭く、薄くなっていく。】 のあとの空白、間の取り方もいいね( ・∀・)b
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