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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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33/51

第33話  生と死

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう不知火しらぬい流という恐るべき剣の使い手。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。江戸の徳川政権を何故か激しく憎んでいて、鎌足かまたりたち御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。御所を去る鎌足かまたりたちの影の中に、鬼の気配を察知する。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。


紅影鬼こうえいき━━━━

 紅鬼あかおにの上級鬼『修羅しゅら』の一鬼。紅鬼あかおにの総大将 紅皇鬼こうおうきの命令で江戸からの援軍の実力を探る。地獄の針の山から召喚した狂気の武器と、殺した人間の魂を奪って本人に成りすます葬魂そうこんの術を用いて、鎌足かまたりたちを急襲する。


 ━━━━閉ざされた廃屋からの決死の脱出、そして凶悪な紅影鬼こうえいきの打倒。

 鎌足かまたりの命運を賭けた決戦の時が近づいていた。



(⋯⋯この一撃、この賭けで、私の生死が決まる。⋯⋯御頭おかしら百地翁ももち様、平次へいじ大吾だいご、そして⋯⋯甚左じんざ。⋯⋯皆、私に力を貸して━━━━)



 鎌足かまたりは奇をてらわず、正面から飛び出すことを決めていた。

 下手に小細工をろうさないほうが、逆に紅影鬼こうえいきの裏をかけると思ったからだ。


 鎌足かまたりは床を這うように身を低くしながら、音も無くゆっくりと土間へと降りた。

 そして命運を握る両の手の鬼切丸おにきりまると鎖鎌を、改めてそれぞれ強く握りしめた。


 目の前には、鎌足かまたりの体当たりによって穴が空いて、半壊した戸口。


 ちょうど鎌足かまたりの身体と同じ大きさのその穴は、まるで鎌足かまたりを死の国に飲み込みいざなう魔物の口のように、鎌足かまたりを待ち受けていた。


(⋯⋯生きるか、死ぬか。⋯⋯いくぞ)

 

 そんな生と死の境界線で、鎌足かまたりは来たるべき運命の時に備えて身構えた。



《⋯⋯そんな埃臭い場所に何時いつまで引き篭もる? そろそろ覚悟を決めて出て来い、伊賀の鎌足かまたりよ、ふはははははは⋯⋯》



 紅影鬼こうえいきの挑発。



 その直後の油断を狙った。



 ⋯⋯鎌足かまたりは遂に動いた。

 


 廃屋の中から、攻撃の動作に転じる。



「⋯⋯伊賀流鎖鎌術、十三ノ鎖刃さじん砂霞すなかすみ⋯⋯!!」



 入ってきた戸口に鎖と分銅を投げる。

 そして再度の鎖刃さじん砂霞すなかすみで砂埃を舞い上げる。


 その砂埃が舞い上がる中、鎌足かまたりは一直線に外に飛び出し、駆けた。


 不意の砂埃。


《⋯⋯!? ⋯⋯むぅッ⋯⋯!!》

 

 惑わされた紅影鬼こうえいきの針の雨は、全速で飛び出してきた砂埃の中の鎌足かまたりを完全には捉えきれない。

 針は鎌足かまたり疾走はしり抜けた後の地に、次々と刺さっていく。



(⋯⋯よしっ、まずは第一関門突破だ!)



 無傷で廃屋を脱出することに成功した鎌足かまたりは、ここで意外な動きに出た。

 何を思ったか物陰に身を隠すような事をせず、まるで針で全身を狙い射てくれとも言わんばかりに、道の真ん中に満月を背にしながら、颯爽さっそうと仁王立ちしたのだ。



 その鎌足かまたりの眼前に、針の槍を構えた紅影鬼こうえいきが即座に立ちはだかる。


《⋯⋯ふははははは、やっと出てきたか! おくしおって! 待ちかねたぞ。伊賀の鎌足ぃぃ!》


 

 鎌足かまたりの目の前から、紅影鬼こうえいきの舌舐めずりの狂気と狂喜の声が飛ぶ。


《⋯⋯その魂、その姿、その技、その記憶、⋯⋯そして鬼切丸おにきりまるもだ。⋯⋯御主の全てを、この身共みども 紅影鬼こうえいきが有り難く頂戴致す⋯⋯!! 御主の魂は地獄の底を永遠に彷徨さまようがよいわ!!》


 鎌足かまたりが凛とした声で呼応する。


「⋯⋯お生憎様あいにくさま。こんな私の身体や技でも、そこそこ気に入ってはいるんだ。御前みたいな外道の紅鬼おになんかに、みすみす渡してやるもんか!!」


《⋯⋯ほう、ならば影法師かげぼうしを破り、身共みどもに勝てる、⋯⋯と申すのか? 小娘こむすめの分際で》


「⋯⋯勝てるよ」


《⋯⋯なに?》


「⋯⋯ふんッ、影法師かげぼうしの術、⋯⋯見破ったり⋯⋯! ⋯⋯御前の本体は、⋯⋯此処ここだッ!!」


 力強く叫んだ鎌足かまたりは片膝をついた。

 そして第一の攻撃の刃を振りかざした。

 しかし、その攻撃の先は眼前の紅影鬼こうえいきではなかった。



 満月に照らされ、目の前の足元から伸びる⋯⋯自分の影に向けて、だった。



 そして手にした刃。

 悩んだ挙句に、鎌足かまたりが第一撃に選んだ武器⋯⋯、それは。


 鬼切丸おにきりまるでも無く。


 また鎌でも無く。



 ⋯⋯腰に差していた、忍刀だった。



 鎌足かまたりはその切っ先を、自分の影⋯⋯真下に向けて思い切り突き刺した。



《⋯⋯ぎゃあああああああああぁぁ⋯⋯⋯!!》

 


 あれだけ鎌足かまたりを余裕に幻惑していた紅影鬼こうえいきが、この戦いが始まって初めて苦痛の声をあげる。

 それと同時に、鎌足かまたりと対峙していた紅影鬼こうえいきの姿が幾重いくえにも揺らめく。

 そしてすぐに夜の闇や周囲の景色と同化するように、ぼんやりと透き通りながら消えていった。 



 鎌足かまたりの賭けは見事に当たった。



 ⋯⋯この戦いの最中、鎌足かまたりは常に満月の光を浴び、必然的に影を伴っていた。

 紅影鬼こうえいきの実体はその影の中。

 ⋯⋯つまりは鎌足かまたりのすぐ真下に潜んでいたのである。



 鎌足かまたりがどれだけ攻撃を避けても退いても離れても、影だけは変わらず鎌足かまたりについて回る。

 それはすなわち、鎌足かまたりは常に紅影鬼こうえいきをすぐ傍に連れながら、逃げ回っていたことに等しかった。


 満月の光が十分に届かない暗い廃屋の中では、影ができない。

 得意の幻影で惑わすことが出来なくなるため、紅影鬼こうえいきは攻撃を躊躇ちゅうちょし、また鬼切丸おにきりまるへの警戒から”待ち“に徹していたのだ。



 この影法師かげぼうしの術を見破るきっかけとなったのは、たまたま思い出した記憶の中の御頭おかしらの言葉、⋯⋯そして綾麿あやまろの顔が脳裏をよぎったことから気づいた、影と満月との関係性だった。



「⋯⋯さあ、出て来い、本物の紅影鬼こうえいき!!」


 鎌足かまたりの予想外の反撃を受けて、鎌足かまたりの足元の影から、人の形のかたまりが浮かび上がる。

 そのかたまりは、徐々に紅影鬼こうえいきの姿へと変わっていき、完全に影を飛び出したかたまり⋯⋯紅影鬼こうえいきは、次の瞬間には夜空高くへと飛翔していた。


「⋯⋯くそっ、上か!!」


 鎌足かまたりの忍刀による第一撃は、紅影鬼こうえいきの心の臓よりもやや肩口寄りに突き刺さり、致命傷とはなっていなかった。



 紅影鬼こうえいきは大きく口を開き、苦痛で顔をゆがませてはいるものの、やはりなかなかに斃すことは難しい魔性の鬼。


《⋯⋯小癪こしゃくな小娘め!》


 紅影鬼こうえいきが口を開く。

 その口内からは巨大な針が姿を現し、紅影鬼こうえいき鎌足かまたりに向かって、まるで巨大なたんを吐き出すように、禍々しい凶暴な一撃を繰り出した。



「⋯⋯うおおおおおおおおおおっっッッ!」



 この凄まじい速さで襲いかかってくる強烈な巨大針を弾くために、鎌足かまたりは気合の咆哮ほうこうと共に身体を旋回させる。


 そして、まだ第一撃の手応えが手に残る、愛用の忍刀を再び振り抜いた。

 針と正面衝突するようにぶつかる、鎌足かまたりの忍刀。

 あの江戸での蒼鬼あおおにとの戦いをはじめ、幾多の戦いを鎌足かまたりと共に乗り越えてきた⋯⋯その愛用の忍刀の刃は、まるで鎌足あるじの身代わりになったように、刃もつばつかまでもが、粉々に砕け散っていた。



 一方、空に逃げた紅影鬼こうえいきは、再び幻影に戻ろうとしているのか、それとも地上に存在する木々や燈籠とうろうの影の中にでもその身を潜ませようとしているのか。

 次第に身体の色が薄まっていく。



「⋯⋯ッ、逃がすか!」


 その前に、鎌足かまたりが再び“計画通り”に動いた。

 飛び散った忍刀の欠片かけらが舞い散る中、先程の旋回の勢いそのまま鎌足かまたりの第二撃が飛んだ。



 ⋯⋯鎖と分銅である。



伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま鎖刃さじん、⋯⋯大蛇縛おろちしばりッ⋯⋯!!」


 鎌足かまたりが鎖を持つ手首を様々な角度にひねる。

 その動きに命を与えられたそれは、今、文字通り大蛇だいじゃとなった。


 初めて焦りと痛みを見せて空を舞う、手負ておいの紅影鬼こうえいき

 その身体に、まるで獲物をぐるぐる巻きにしていく大蛇だいじゃの様に、鎌足かまたりの鎖は絡みついていた。



「⋯⋯手応えありッ! ⋯⋯捉えた!!」


《⋯⋯ぐぅっ、おのれ小娘こむすめめ、⋯⋯ぉぉぉぁおおお、何の是式これしきッ⋯⋯!》


 捕らえられた紅影鬼こうえいきは、鎌足かまたり渾身の堅固けんご大蛇だいじゃの縛りですらも滑り抜けようと、更にその身の色を薄くしていく。



(また幻影か! そうはさせるか⋯⋯!!)


 紅影鬼こうえいきの抵抗の前に、鎌足の用意した必殺の”第三撃“が牙を剥いた。



 ⋯⋯空を飛び、紅影鬼こうえいきに絡みつく分銅。



 ⋯⋯その先端には、鬼切丸おにきりまるの刀身があった。



 この鎖刃さじん大蛇縛おろちしばり」は、敵を拘束して縛り上げるだけが目的ではない。

 縛っている分銅とは反対側の鎌を用い、自由を奪った相手の喉を斬り裂く動きへと移ることもできる、連続攻撃の一つの布石としての側面も持っていた。

 だがどうしても相当の間合いが生じてしまうために、間髪入れずに喉を斬り裂く次の動きに移れなくなってしまう。

 それはこの戦いにおいては、致命的だった。


 そのために鎌足が用意した最後の仕上げ⋯⋯打開策が、分銅の先端に取り付けた、この鬼切丸おにきりまるだった。


 敵の自由を奪うと同時に、手持ちの最強の駒、鬼切丸おにきりまるの第三撃で勝負を賭ける。


 ⋯⋯第一撃の忍刀、⋯⋯急所を外した場合の第二撃、捕縛の鎖、⋯⋯そして第三撃、とどめの鬼切丸。

 これが鎌足かまたりが辿り着いた、必殺の賭けの全てだった。



 この時、空で紅影鬼こうえいきを縛っている鎖の先端に絡みついた鬼切丸おにきりまるの刃は、まさ大蛇だいじゃ鎌首かまくびと化した。



《⋯⋯ぐッ、⋯⋯ま、まさか、身共みどもは地獄の針山の番人ぞ⋯⋯ 誉れ高き上級の紅鬼おに修羅しゅら』ぞ! 人間如きに⋯⋯、しかもこんな小娘こむすめ如きに⋯⋯、まさか⋯⋯、こんなことが⋯⋯》


「⋯⋯伊賀を、⋯⋯人間を、見下しさげすんだ報いだ」



 鎌足かまたりは再び巧みに鎖を操り、弧を描くように角度を付けた後、手元へと素早く引き寄せる。

 その手首の動きに呼応して、鬼切丸おにきりまるの刃は、本物の大蛇だいじゃの牙のように紅影鬼こうえいきの首に突き刺さり、その喉をかっ切っていた。



 《⋯⋯ぐぁああああああああああぁぁ⋯⋯⋯!!》



 紅影鬼こうえいきが断末魔の叫びをあげる。

 夜空を紅に染める、魔性の鮮血が飛び散った。



 既に勝負は決していた。



 しかし鎌足かまたりは、この鎌首をもたげた大蛇だいじゃ⋯⋯鬼切丸おにきりまるの刃へと繋がる鎖での攻撃の手を緩めなかった。


 鎌足かまたりは苦々しく唇を噛み締めた後、更に強くしなやかに、一気に鎖を引ききった。


 それは一切のなさけを打ち捨てた非情の攻撃だった。

 追撃の波動が鎖を伝わる。


 次の瞬間、托鉢笠たくはつがさを被ったままの紅影鬼こうえいきの首は、鬼切丸おにきりまるによって呆気なく胴体から吹き飛ばされていた。



 月明かりの下、空からゆっくりと地上に落ちていく紅影鬼こうえいきの身体、そして托鉢笠とうぶ

 その身体は、かつて紅影鬼こうえいき葬魂そうこんの術によって奪われたであろう、人間の骨へと変わりながら朽ち果てていく。

 そして音を立てて地上に落ちた後は、あれだけ猛威を奮った針の槍も、甚左じんざの血で汚れた法衣も、そして鋭い銀の瞳を覗かせていた托鉢笠たくはつがさも、⋯⋯その全てが最後は瘴気に満ちたあかい霧となって、満月に吸い込まれるように夜空の中に飛散していった。



 鎌足かまたりは鋭い目で、そんな紅い霧を見つめ、そして冷たく吐き捨てるように呟いた。


「⋯⋯最後の第四撃、⋯⋯これは甚左じんざの痛みの分と知れ⋯⋯」




 ⋯⋯戦いは終わった。




 賭けに勝ち、“生”を繋ぐことができた鎌足かまたりは、横たわる甚左じんざ亡骸なきがらにふらふらと歩み寄ると、腰が砕けたようにその場に座りこんだ。


 恐ろしい術を使う人形ひとがた紅鬼あかおに、『修羅しゅら』に勝った。


 しかし今、その安堵や勝利の実感よりも、蒼鬼あおおにに続いて紅鬼あかおにまでもが現れたという謎よりも、大切な仲間を失ったことの苦しみと悲しみが、涙の津波のように鎌足かまたりの心に押し寄せてきていた。



「⋯⋯ごめん、甚左じんざ、ごめんなさい⋯⋯」



 顔を手で覆った鎌足かまたりの、涙と嗚咽おえつは止まらなかった。


 冷たくなった甚左じんざの身体を抱きかかえ、額を擦り付けながら、衣に血が着くのも何ら厭わずに、⋯⋯泣いた。




 ただひたすらに泣いた⋯⋯。


 


 鎌足かまたりの尽きることはない涙と深い悲しみは、いつの間にか“通り雨”を呼んでいた。




 ⋯⋯涙雨。




 鎌足かまたりの頬を、涙と雨が伝う。



 初めての本格的な鬼との戦い。



 京都に入り、僅か二日目にして⋯⋯


 ⋯⋯鎌足かまたりは大切な仲間を、早くも一人失った━━━。






 











 ━━━━それから約半刻(※1時間)程の後、場所は変わり、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろの別邸。


 こうが焚かれた奥座敷。


 この別邸のあるじ⋯⋯中将ちゅうじょう綾麿あやまろは、村雨むらさめをすぐ脇に置き、目をつむり座していた。

 

 その正した姿は、自らの邸宅に居るにもかかわらず、まだ御所内に居るかのように見えた。

 鎌足かまたりの前では足を崩していたが、それは「江戸の者へは礼儀は不要」という綾麿あやまろなりの信念によるものだった。

 蒼炎鬼そうえんきたおしても尚、綾麿あやまろの心は中将ちゅうじゅうとして、そして西番頭にしばんがしらとして、今だ戦いの最中さなかにあった。


(⋯⋯鎌足かまたりの方へ向かった蒼鬼あおおにの影⋯⋯、何処どこに消えた? 今晩のうちに始末しなくては⋯⋯)

 


 綾麿あやまろの目がゆっくりと開いた。



「⋯⋯輝里てるさとか」



 この夜、鎌足かまたりに起きるであろう出来事。

 その一部始終と鬼の行方を見届けさせるため、追跡させていた配下の輝里てるさとが、その任を終えてこの別邸に戻ってきた。


 障子しょうじの向こう、片膝を付いた影が見える。


「⋯⋯はい、中将ちゅうじょう様、こんな夜分に失礼致します」


 ふすまを開け、輝里てるさとが廊下から半身を覗かせた。



「⋯⋯それより、綾麿あやまろ様、此処ここまでの道すがら、高官たちの屋敷の建ち並ぶ辺りが相当に焼失していましたが⋯⋯!、⋯⋯ッ、もしや綾麿あやまろ様も襲われた⋯⋯のですか!? ⋯⋯お怪我はありませんか!?」


「⋯⋯大事無い。蒼鬼あおおにに襲われはしたが、たおした。⋯⋯それで鎌足やつ顛末てんまつは? 蒼鬼おにを斃しに向かわねばならぬ。⋯⋯時間の猶予は無い。知りたいのは、蒼鬼あおおにの使う技とその行方。そして鎌足かまたりのことだ。⋯⋯まず蒼鬼おにについて、だ。⋯⋯どんな技を使う蒼鬼あおおにだった?」


「⋯⋯よかった。御無事で何よりです。⋯⋯で、そう、⋯⋯それ、それなんですが、大変なことが起こりました。⋯⋯あの後⋯⋯」⋯⋯⋯⋯

 



 ⋯⋯⋯⋯鎌足かまたり紅影鬼そうえいきとの死闘。

 それを輝里てるさとは密かに物陰に隠れながらうかがっていた。

 輝里てるさとは、今しがた目にした戦いを、綾麿あやまろに語り始めた⋯⋯⋯⋯。





 ⋯⋯⋯⋯「⋯⋯なるほど、⋯⋯その得体の知れぬ敵は、恐らくは人形ひとがた蒼鬼あおおに鎌足かまたりと共に居た江戸の連れの忍の一人を密かに殺したのだろう。そして蒼鬼あおおにがすり替わっていたというわけだ⋯⋯。⋯⋯して、その蒼鬼おにの使う技、⋯⋯見えなかった、というのか?」


「⋯⋯はっ、遠方よりの確認。加えて夜半での事故ことゆえ⋯⋯、その⋯⋯、ほとんど互いに何をしていたか動きは分からず⋯⋯、ただ雲水うんすい姿の托鉢笠たくはつがさの男が、何かの無数の光を発しながら、おぞましき影と共にうごめいていた⋯⋯、と言うより他はなく。⋯⋯っ、御下命ごかめい十分に果たせず申し訳ございません⋯⋯」


「⋯⋯その後、鎌足かまたりの方はどうなった?」


「⋯⋯何処からともなく次々に飛び出てくる“何か”から避けるように、鎌足かまたり殿は廃屋の中へ⋯⋯。その後は双方一向に動き無く⋯⋯。恐らく、⋯⋯いや、間違いなく、鎌足かまたり殿は逃げたものと思われます。あのような異形いぎょうの怪物に、鎌足かまたり殿が勝てるはずはありません」


「思う? ⋯⋯最後まで見届けなかったのか?」


「⋯⋯あの、実は⋯⋯中将ちゅうじょう様のお申し付け通り、相当に離れた草むらに潜んでおりましたが、⋯⋯鎌足かまたり殿の次は、私が狙われる番ではないかと段々と怖くなり⋯⋯身体の震えが止まらなくなり⋯⋯、⋯⋯逃げ出してしまいました、本当に申し訳ございません⋯⋯面目めんぼくない」


 輝里てるさとの言葉に、綾麿あやまろは目を閉じながら、じっと考え込んだ。


(⋯⋯鎌足あやつ、伝説の鬼切丸おにきりを授かる程に百地ももちの信を得ている者。少しはやるかと思っていたが⋯⋯、他愛ない、逃げたか。⋯⋯いな、逃げることすら叶わず、その命、既にこの世に無い、⋯⋯か。もし葬魂そうこんを仕掛けられたならば、魂は今頃は地獄の深淵を彷徨っているかもしれんな。⋯⋯まあよい、葬魂そうこんを受けず、人知れず野晒のざらしのむくろになっているなら、それまでの事。⋯⋯思慮すべきは何故に鎌足あやつが狙われたか、⋯⋯そして明日の東番、鎌足あやつがもし姿を現わすようなら、⋯⋯鎌足それは果たして人か、⋯⋯それとも⋯⋯)


 珍しく考え込む綾麿あやまろの姿を前にして、輝里てるさといぶかしげに声をかける。


「⋯⋯中将ちゅうじょう様、どうなされました? 何をお考えで?」


 綾麿あやまろはゆっくりと目を開ける。


「⋯⋯いな、何でもない。構わぬ。下がってよい」


「⋯⋯はっ、では。これにて失礼致します」


 輝里てるさとは頭を深々と下げ、再度会釈した後、綾麿あやまろの隣に置かれた村雨むらさめの方を一瞥いちべつし、ふすまを閉めようと手をかけた。



「⋯⋯待て」



 綾麿あやまろ輝里てるさとを呼び止める。


「⋯⋯?」


「⋯⋯輝里てるさと麿まろがあまり人と話さぬ理由わけを知っているか?」


「⋯⋯え? どうしたんですか、急に」


「⋯⋯幾つか理由があるが、そのうちの一つ。それはな、葬魂の術に打ち勝つためだ」


「⋯⋯葬魂そうこんの⋯⋯術に?」


「ああ、人を知れば知るほど、人と交われば交わるほどに、葬魂そうこんの術はその力を更に増す。そして人は鬼の術中に堕ちる。⋯⋯大切に想っている者や、目の前で笑顔を浮かべる者を信じ抜きたいと願う気持ちが、心の奥底に生まれ出るからだ。⋯⋯だから麿まろは人を深く知ることはせぬ。⋯⋯よって、常人では気づかぬものが、時には見えることもある」


「⋯⋯は、はぁ」


「⋯⋯心が人のままでは、葬魂そうこんを見破ることはできぬ、⋯⋯人としての心を捨て、鬼の心を持たなければ、葬魂そうこんの術にも鬼にも勝つことはできぬのだ」


「⋯⋯そ、そうだったのですね」


「⋯⋯輝里てるさと


「⋯⋯は、はい」


「⋯⋯何故、村雨むらさめを見る?」


「⋯⋯は?」


村雨むらさめは見知っているはず。何故にをやった?」


「⋯⋯おっしゃっている意味が?」


「⋯⋯記憶を読み、頭の中で村雨むらさめの姿を見たとしても、やはり実物は格別か」


「⋯⋯⋯な、何のことでしょう? 中将ちゅうじょう様」


「⋯⋯多くのなかまが斬られてきた刀、数々の逸話が伝わる刀だ、地獄に住まう者でも自然と興味も湧くというもの」


「⋯⋯⋯は、はは、⋯⋯一体何を?」


 綾麿は村雨むらさめを手に、音もなく立ち上がった。


「⋯⋯輝里てるさと、そなたのかたき麿まろが取ってやる、⋯⋯それがせめてもの供養すくいだ」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」



「⋯⋯貴様、⋯⋯蒼鬼おにだな」



 言葉を発するや否や、綾麿あやまろ村雨むらさめ真刃しんばが、さやから抜き放たれた。


 稲光の様に走る一筋の閃光せんこう


 その閃光せんこうは、一瞬にして輝里てるさとの首と胴を真っ二つに斬り裂いた。

 廊下や障子だけでなく、座敷内の天井までも血飛沫ちしぶきに染まっていく。


 座敷によたよたと前のめりに歩き、ごろりと転がり落ちた首は⋯⋯、輝里てるさとではなかった。


 一瞬だけ恐ろしい形相ぎょうそうくれないの鬼の首へと変わり、あかい霧と共にまた輝里てるさとの顔へと戻っていく。

 その首と胴から発するくれないの霧は、座敷のこうの煙と交じり合い、最後は通り雨の明けた夜の空へ消えていった。



 血のくれないに染まった座敷の中。

 腰を沈めて片膝立ちする綾麿あやまろは、村雨むらさめ真刃しんばつかを眼前で垂直に握ったまま、再び深く考え込むように虚空こくうにらんだ。



「⋯⋯何故なぜだ、あおの鬼にあらず⋯⋯。あかの鬼だと?」



 綾麿あやまろがゆっくりと立ち上がる。



 綾麿あやまろの瞳の中か、脳裏の片隅か。

 地獄の針の山の前に腰掛け、全身剣山のようになっていく亡者たちを悠然と眺め、絶えず嘲笑を送っている托鉢笠たくはつがさをかぶった雲水うんすいの姿が浮かんでいた。



(⋯⋯そうか、あの影。蒼鬼あおおにの中で思い付く者は居なかったが、⋯⋯なるほど。紅鬼あかおにで影の術を使う者、托鉢笠たくはつがさ雲水うんすいと言えば⋯⋯、恐らくは紅影鬼こうえいきだな、⋯⋯鎌足かまたりを襲った鬼は。⋯⋯ならば襲われた鎌足あやつの命、十中八九⋯⋯いな、九分九厘もはやこの世には無いだろう。⋯⋯しかし)


 綾麿あやまろは、何故なぜか以前から見知っていたかのように、紅影鬼こうえいきの名を当たり前のように心の中で呟いた。


 そして開いたままのふすまから、あらわになっている庭園を思い詰めた表情で眺めながら、眉間みけんしわを寄せた。



 紅い雫がしたたる。

 視界の端に映るふすまは、紅鬼あかおにの色⋯⋯血のくれないに染まっていた⋯⋯。

 


(⋯⋯蒼鬼あおおにだけではなく紅鬼あかおにまでもが動いた。⋯⋯地獄の鬼どもに一体何が起こっている?)━━━━。









 ━━━━この血の惨劇が起こった奥座敷と廊下に面した、美しい庭園。

 その池の水面みなもに、季節外れのくれないはす花弁はなびらが数枚、春の夜風を受けて人知れずゆらゆらと浮かんでいた。

 その花弁はなびらが突然の妖しい炎に包まれ、そしてゆっくりと池の中へと沈んでいく。



『⋯⋯蒼鬼あおおに蒼炎鬼そうえんきたおし、僕たち紅鬼あかおに葬魂そうこんの術もを見破る人間か⋯⋯、これは侮れませんね』



 ふと何処どこからか、そんな声がした。



 しかしその声もまた折からの夜の春風に乗り、綾麿あやまろの耳に届く前には、虚空こくうへと消え去っていった━━━━。




第33話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています!(ぜひ★マークやブックマークで応援よろしくお願いします♪)

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪(いつも無数の誤字脱字ばかりで、すみません)

次回、第34話「東番の朝」は3月7日もしくは8日に投稿予定です。(正式な投稿日はXでポストします)新たな展開に是非御期待ください!

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砂霞 とか名前のセンスがほんと素晴らしい( ˶ᵔᵕᵔ˶و)و ” なんだか安堵の戦いでした。°(°`ω´ °)°。
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