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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第31話  不知火 〜白〜

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう不知火しらぬい流という恐るべき剣の使い手。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。江戸の徳川政権を何故か激しく憎んでいて、鎌足かまたりたち御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。御所を去る鎌足かまたりたちの影の中に、鬼の気配を察知する。


蒼炎鬼そうえんき━━━━

 蒼鬼あおおにの上級鬼『修羅しゅら』の一鬼。蒼鬼あおおにの総大将 蒼極鬼そうごくきの命令で京都御所の番頭の実力を探る。地獄の蒼の火の山から召喚した蒼炎そうえんの秘術と剣技を使う。番頭の少将しょうしょう麒麟きりんを急襲するが、それは麒麟きりんではなく綾麿あやまろだった。


 ━━━━蒼炎鬼そうえんきが勝ち誇った笑みを浮かべ、次の標的として狙いを定めた御所に向かい歩み始めた、まさにその時。


 ⋯⋯「⋯⋯勝ち誇るのは早いぞ、蒼炎鬼そうえんき。⋯⋯麿はまだ生きている」⋯⋯


 

《⋯⋯!? なにぃ!? この声は⋯⋯、まさか!?》


 焼滅しょうめつしたはずの綾麿あやまろの声が何処どこからともなく響き、そして蒼炎鬼そうえんきが身構えた瞬間だった。

 


 村雨むらさめを懐に抱き、両腕と裾で顔を覆って身を屈めた綾麿あやまろが、猛る炎の海の中から飛び出してきた。


 狩衣かりぎぬにまとわりついた、蒼炎そうえんの流星の火の粉が風になびき、綾麿あやまろの身体を離れて飛散していく。

 身を低くした綾麿あやまろは、草履ぞうりを激しく滑らせながらも、何とか両足で無事に着地していた。


《⋯⋯ッ、あの波状攻撃全てをしのぎ切ったというのか!?》


 生還した綾麿あやまろの姿を見て、蒼炎鬼そうえんきの顔が勝利の確信から一変、驚きにゆがむ。

 しかしすぐにその顔はすぐに元の強気な表情に戻っていく。


《⋯⋯ふふふ、⋯⋯面白い、愉しくて身震いする、⋯⋯いいぜ、いいぜ》


 蒼炎鬼そうえんきの顔には、まだ余裕が残っていた。

 まだ生きている綾麿あやまろのしぶとさやその体捌たいさばきに、感嘆の吐息を漏らしさえもしていた。

 そして悦にふけった薄笑みと共に、綾麿あやまろに向けて再度拍手を送った。


《⋯⋯はははははは、⋯⋯おうおう、人間にしてはなかなかどうして、素晴らしい。⋯⋯これは外れなんかじゃない、大当たりだぜ、こんなに愉しめるとは思わなかった。⋯⋯人間にしておくには勿体無いほどのその動き、強さ。⋯⋯久々に良いたまに巡り会えた。葬魂そうこんを仕掛けて、俺の新しい身体として乗り換えたいくらいだ》


 相手を小馬鹿にしたような、蒼炎鬼そうえんき)からの見下しの拍手、嘲笑。

 そして舌舐めずりと共に、きらめく“略奪者”の目。


 それでも綾麿あやまろは地に腰を屈めたまま、依然として無反応だった。

 その顔は少しうつむき気味で、その表情まではうかがい知れない。


「⋯⋯⋯⋯⋯」


 狩衣かりぎぬそですそについたすすや焦げ跡を、所々に軽い火傷を負った手で、ぽんぽんと払い落としている。



《⋯⋯折角俺が讃えてやってるのに、だんまり、か。愛想が悪いな。人間、ってのは愛想良く泣き喚きながら、鬼に媚びへつらうもんだぜ。⋯⋯なら、これでもだんまりでいられるか?》


 称賛の拍手から一転、不機嫌な表情へ変わった蒼炎鬼そうえんきが、蒼炎そうえんたける両のてのひらを握りしめて拳を作り、その腕と拳を返す。

 そして握られた両の拳に邪念を込めると、まるで五指を弾くように勢いよく掌を広げた。


 左右の五指から放たれた新たな二つの蒼炎そうえんが、六十間(※約100m)程先の綾麿あやまろに向かって真っ直ぐに飛んでいく。


 二つの蒼炎そうえんは間合いの三分の二⋯⋯残り四十間よんじゅっけん程に到達したところで、その一つの向きが突如として変わる。



 左手から発した蒼炎そうえんは、急に弧を描いて上空高くにまで舞い上がり、炎が羽ばたいた。

 右手から発した蒼炎そうえんは、そのまま地上低くを速度を増しながら、炎と共に駆けていた。


 ⋯⋯上空を羽ばたいた蒼炎そうえんは、まるで炎が命を宿したかのように、翼を広げた蒼き火炎の鳥に。

 そして地を駆ける蒼炎そうえんは、野に放たれた蒼き火炎のけものに化していた。

 


《⋯⋯見たか! これぞ俺のとっておきの技、跋扈ばっこ⋯⋯蒼炎そうえんじゅう!》


 

 鋭い火炎の爪を立て、鷹のように上空から綾麿あやまろに襲いかかる巨大な蒼炎そうえんの鳥。


 たける火炎の牙を向け、狼のように地上から綾麿あやまろに襲いかかる巨大な蒼炎そうえんけもの



 地上のけものがまず先に綾麿あやまろに到達し、雄叫びと共に飛びかかった。

 綾麿あやまろはその獰猛どうもう蒼炎そうえんの牙を、身体に届くすんでのところで身をひるがえしてかわす。

 しかし牙をかわした直後、次は上空から蒼炎そうえんの爪が迫ってきていた。

 綾麿あやまろが再び身体を素早くひるがえす。

 

 綾麿あやまろまと狩衣かりぎぬの袖が、激しく風を切る。

 ⋯⋯間違いなく身体に食い込むと思われた空からの爪の襲撃も、綾麿あやまろは巧みに身体を回転させて、爪が身体へとかかる間一髪のところで避けきっていた。



 しかしその時既に蒼炎そうえんけものは、五十間ほど駆けた先で鋭く向きを変え、再び綾麿あやまろに向かって駆け出していた。

 綾麿あやまろを掴み切り裂き損ねた蒼炎そうえんの鳥は、再び空に急上昇すると、綾麿あやまろの背後へとまわるように旋回する。



 牙と爪の初手の攻撃を何とか避けた綾麿あやまろだったが、この二体の蒼炎そうえん野獣やじゅうに、再び前後から挟み撃ちにされようとしていた。

 

 

 夜空の一部が昼間のように煌々と輝き、しかも翼を羽ばたかせて動いている。

 この上空を自在に飛翔する奇怪な蒼い炎の鳥の出現に、道沿いの公家屋敷の中は、住人たち皆が夜空を見上げながら奇声をあげ、どの屋敷も大混乱に陥っていた。


(「ひゃあっ、炎の鳥じゃあ、鳳凰ほうおうじゃあぁ⋯⋯!」)

(「もうおしまいじゃあ、誰か助けてたもぉ⋯⋯!」)



 しかし、この蒼炎鬼そうえんきの恐ろしい炎の秘術、今度は同時に迫りくる炎の鳥獣ちょうじゅうを前にしても、綾麿あやまろは相変わらず何も言葉を発しない。

 やや視線を下げながら、その場に固まったように佇んでいる。

 蒼炎鬼そうえんきとの戦いが始まってから、綾麿あやまろは手にした村雨むらさめをまだ一度も抜くことができていなかった。



 村雨むらさめを抜こうとはしない、いや、手が震えて抜けないのか。

 そんな綾麿あやまろの姿は、悪足掻わるあがきの果てにいよいよ勝負を諦めて、死を覚悟した者のように見えたのだろう。

 蒼炎鬼そうえんきの言葉に一気に殺意が込められる。


《⋯⋯さあ! 蒼炎獣そうえんじゅう)よ。既に死を覚悟したその男を喰らうがいい! ⋯⋯肉だけでなく、その骨のずいまでをも焦がし尽くせ!!》



 天と地から同時に襲いかかる蒼炎そうえんの獣。


 既に辺り一面、火の海。

 今度こそ逃げ場はない。


 蒼い炎の爪と牙が、綾麿あやまろに迫る。

 

 蒼炎鬼そうえんきは、綾麿あやまろの無残な死に様と愉しい余興の終わりを確信して、悦楽に満ちたあおい瞳⋯⋯そして銀色のまなこを見開いた。



 ⋯⋯しかし。



「⋯⋯大道芸は、それで終わりか」



 今度も綾麿あやまろの瞳は死んでいなかった。



 ゆっくりと目線を上げていく綾麿あやまろ、その顔には御所で鎌足かまたりに見せていた、あの“不敵な微笑み”が浮かんでいた。



 綾麿あやまろはこの戦いで初めて、さやつかに右手をかけた。


 そして。

 ⋯⋯村雨むらさめを静かに抜いた。


 刃を抜いた後のさや

 それを、そのまま左逆手で握る。



 数多の鬼の血を吸ってきたと伝えられる村雨むらさめの刃、そしてさやが、満月の光を受けて、力を宿すようにその輝きを増していく。

 綾麿あやまろの左右のの中の村雨むらさめが、あおく白く美しくきらめいた。



鳳凰ほうおうの化身⋯⋯村雨むらさめに、火遊びの鳳凰ほうほうとは笑止しょうし


《⋯⋯なにッ!?》


 

 ⋯⋯次の瞬間、綾麿あやまろの両腕から凄まじい速さで村雨むらさめが振り抜かれた。


 右の村雨むらさめの刃は、地を迫る獣を。

 左逆手で天空に振り上げた村雨むらさめさやは、空を舞う鳥を。


 二匹の炎の鳥獣ちょうじゅうをほぼ同時に捉え、⋯⋯そして粉々に打ち砕いていた。



 あおい火の粉と化して飛び散る、鳥と獣。



 蒼い血のような火の粉が振り注ぐ中、村雨の刃とさやを持ちながら、綾麿あやまろ蒼炎鬼そうえんきに妖しく微笑みかけた。



「⋯⋯たわむれはそろそろしまいとしよう、⋯⋯来い、蒼炎鬼そうえんき



《⋯⋯ま、まさか⋯⋯!? 蒼炎獣そうえんじゅう)が一撃で二体とも同時に粉砕されるとは!? ⋯⋯何という恐るべき奴⋯⋯ぐ⋯⋯ぐッ⋯⋯っふふふふふふ、⋯⋯面白い、ますますその力、身体⋯⋯、そしてその村雨かたなも欲しくなったぞ!!》


 蒼炎鬼そうえんきの中に鬼としての生来の邪欲じゃよくが沸き上がる。

 蒼炎獣そうえんじゅう)を一撃で粉砕された驚きは今、⋯⋯葬魂そうこんの術で魂を奪うに値する、魅惑の獲物を久しぶりに見つけた喜び、⋯⋯そんな鬼にしか分からない狂気の高揚感に満たされていた。



 蒼炎鬼そうえんきは、今度は左右のてのひらを、横ではなく縦に合わせた。

 そしてそのを上下に離していく。

 上のと下のが広がるにつれて、生まれ出でた蒼炎そうえんが細く長く引き伸ばされる。



 蒼炎鬼そうえんきが生成した炎⋯⋯それは妖火をまとあおい炎のつるぎと化していた。



《⋯⋯これぞ地獄のあおの業火で造られた俺の究極の奥義、烈火れっか蒼炎剣そうえんけん⋯⋯、先程の蒼炎獣そうえんじゅう)のような訳にはいかん。人間の貴様に果たして受け止められるかな》


 蒼炎鬼そうえんきがこの禍々しい邪剣⋯⋯蒼炎剣そうえんけんを掲げ、試し斬りでもするように左右に空を斬る。

 たったそれだけで、周りの空気が焼き裂かれる音が響き渡った。


 蒼炎鬼そうえんきは炎の妖術のたぐいだけではなく、剣技にも自信があるのだろう。

 蒼炎剣そうえんけんの炎を熱くたぎらせながら、村雨むらさめを左右に下げて構える綾麿あやまろの懐に飛び込んでいった。


《⋯⋯その魂、この俺が頂いた!》



 綾麿あやまろさやを持ったまま、右の村雨むらさめの刃だけで応戦する。


 刃と刃。

 村雨むらさめ蒼炎剣そうえんけん

 まさに文字通りの火花が散る、激しい剣檄けんげきが何度も交差した。


 蒼炎剣そうえんけんの蒼の炎は、今まで繰り出してきたどの火炎の技よりも凄まじかった。

 綾麿あやまろに向けてふりかざすだけで、その刃からほとばしった蒼い火種や波動は、通りを越えて隣接する公家屋敷や木々にまで火の玉のように飛び火し、通りの何軒もの屋敷が更に炎に包まれていった。



 何十度目かの村雨むらさめ蒼炎剣そうえんけんの激しいぶつかり合いの後、両者は刀を弾き、それぞれ後方に飛び退き距離を取った。



 一進一退、勝負は互角。

 


 ⋯⋯のように見えた。


 しかし、実際は互角そうではなかった。



 蒼炎鬼そうえんきが明らかな動揺を見せ、狼狽ろうばいし始める。



 その顔からは完全に当初の余裕は消えていた。



《⋯⋯ッ!? な、何故だ! 相手は片手はさやで塞がっているというのに、何故なぜ、俺の蒼炎剣そうえんけんが人間界の刀一本、押しきれない!? ⋯⋯何百万人、いや何億人と亡者もうじゃを焼き尽くしてきた、地獄の炎が⋯⋯、何故なぜこの男には通じない!?》


「⋯⋯どうした? そこまでか? ⋯⋯麿まろの身体を葬魂そうこんの術で手に入れるのではないのか? 確か自分がつけた傷や痛みは、魂を奪って蘇れば消えるんだったな? ⋯⋯しからば、遠慮はしなくてもよいではないか」


《⋯⋯な、何ぃ!? くっ、生意気な! ⋯⋯だが、どうして葬魂そうこんの”痛み“の事を知る!?》


「⋯⋯ふっ、ついでだ、ならば麿まろも一つ二つ聞く。⋯⋯あお羅生門らしょうもん、その本道ほんどうは京都の何処どこにある? ⋯⋯そして何故なぜ帝との評議や東西南北四番の配置を知る? 情報をどうやって手に入れた? ⋯⋯いや、”誰“から手に入れた?」


《⋯⋯ぐうっ、⋯⋯知っていても言うか!》


「⋯⋯そうか。⋯⋯羅生門らしょうもんはともかく、もう一つの質問はうっかり口を滑らすかと思ったが、⋯⋯まあ、よい。ならば麿まろ葬魂そうこんの術を知り得ている理由は明かさぬ。⋯⋯当初の番や評議の日取りを知りえる重要な立場にあり、今朝の変更を知らない御所外部の人間。⋯⋯そのような者はたった“五人”しかいない。その内の誰かだ。それだけ読めれば今は十分。⋯⋯情報提供、西番頭にしばんがしらとして心より感謝する」


《⋯⋯な、何だと!? ⋯⋯き、貴様、人間の分際で⋯⋯、西⋯⋯だと? 北と南だろう!? ⋯⋯たかだか警備の番頭ばんがしら如きの公家が、調子に乗りやがって!!》


「⋯⋯そうだ、ならば情報の礼として、逆に一つ良いことを特別に教えてやろう、⋯⋯麿まろは実は麒麟きりんではない。麒麟きりんはこの麿まろよりも若く、小さく、そして何よりも小生意気な顔をしている。黙っていて悪かったな。⋯⋯そして蒼炎鬼そうえんきよ、この戦い、御前の負けだ」


《⋯⋯な、何ぃ⋯⋯、き、貴様、麒麟きりんではないだと!? ⋯⋯それに、俺の負けだぁ!? 》


「⋯⋯我が不知火流しらぬいりゅうは、言わば日本ひのもと生者せいじゃ生命いのちの炎をつかさどる流派⋯⋯。そして鬼を斬るために生を受けた、この妖刀ようとう村雨むらさめ』は、生まれながらにして斬鬼ざんきの炎をやいばさやに宿した、二本のつるぎ⋯⋯」


 綾麿あやまろが、左逆手に持つさや鳳凰ほうおうの彫りに、右手の刃を走らせる。


 すると一筋の火の閃光せんこうが走り、刃とさや⋯⋯”二つ“の村雨むらさめは、どちらもあおと白の炎に包まれた。


 このあおと白の猛炎もうえんは、刃とさやにうねるようにしてまとわりつき、綾麿あやまろの左右の腕の動きに合わせて、刀とさやと共に炎の渦を巻きながら猛り狂った。



「所詮は地獄の炎は“死者”のほむら。この儚い現世うつしよで懸命に生きる、”生者せいじゃ“の命の火には勝てはせぬ」



 ⋯⋯それは蒼炎鬼そうえんきあおを超えた、灼熱の”蒼白そうはく“。


 目の前の蒼鬼おにを滅しようと燃え盛る、二本のほむらの剣だった。



《⋯⋯がッ、⋯⋯そ、そんな、⋯⋯まさか!? 俺の炎よりも強く熱く⋯⋯!? そ、そんな事が⋯⋯、こ、ここは地獄ではない、人間界だぞ、⋯⋯そんな事が現実に起こり得るはずがない!!》


 動揺と狼狽ろうばいで、身体が勝手に後退あとずさりする蒼炎鬼そうえんき⋯⋯。

 ⋯⋯その油断したふところに目がけて、綾麿あやまろは蒼白のほむらたぎった村雨むらさめ“二刀”と共に飛び込んだ。

 

 それはまさに目にも止まらない速さ。

 その攻撃の狙いは、蒼炎鬼そうえんき)の首筋。

 綾麿あやまろ真刃しんば鞘刃さやばが月夜にきらめいた。



 蒼炎鬼そうえんき)もただ黙ってはいない。

 咄嗟とっさ蒼炎剣そうえんけんひるがえし、村雨むらさめ蒼白そうはくの両刃を受け止めた。



 三本の炎の刃が、再び激しくぶつかり合う。



 しかし、炎の大きさ、強さ、そして生死を賭けた戦いを生き抜く“力”⋯⋯潜在妖力の差は歴然だった。


 

 三本の刃、その内の一本が無残に砕け散った。



 それは、蒼炎剣そうえんけん



 火の粉と化して飛散する蒼炎剣そうえんけんの雨の中。

 右の村雨むらさめ真刃しんば』で蒼炎鬼そうえんき)の左首に、逆手左の村雨『鞘刃さやば』で蒼炎鬼そうえんき)の右首に、綾麿あやまろ蒼白そうはくの切っ先をそれぞれ当てがった。


《⋯⋯ば、馬鹿な!? 俺の無敵の蒼炎剣そうえんけんがァァァ!? ⋯⋯が、ぐぐ、そしてこれは何だ!? ⋯⋯く、首が⋯⋯左は俺の身体よりも熱く、右はこ、凍えるくらいに⋯⋯》


「⋯⋯この村雨の真刃しんばは冷気を超えた灼熱の蒼火あおびを、⋯⋯そして村雨の鞘刃さやばは灼熱を超えた冷気の白火しろびを、その身にまとっている。⋯⋯残念だったな、これで終わりだ。七十年前の紅鬼あかおにたちと同様に、蒼鬼あおおにたちにも日本ひのもとへの侵略は諦めてもらう」


《⋯⋯この俺が⋯⋯人間なんかに、⋯⋯負ける? 何の冗談だ⋯⋯、その剣の腕、強さ、地獄の炎を上回る技⋯⋯、それに麒麟きりんでは無いだと⋯⋯? ⋯⋯ならば貴様は一体何者だ!? ⋯⋯ッ、ま、まさか⋯⋯!?》



「⋯⋯この京都を⋯⋯日本ひのもとを、悪鬼羅刹あっきらせつ修羅しゅらどもからまもるが宿命さだめ、⋯⋯日本ひのもと六歌戦ろっかせん』が一人、不知火中将綾麿しらぬいちゅうじょうあやまろ⋯⋯」



《⋯⋯ひ、ひっ、⋯⋯ちょ、ま、まて⋯⋯ろ、ろ、『六歌戦ろっかせん』!? ⋯⋯中将綾麿ちゅうじょうあやまろ!? 御前は今頃は御所の当番のはず!? ⋯⋯ぐ、ぐおぉおぉぉぉお⋯⋯、これは夢か幻かぁ!?》


「⋯⋯そう、春ののひとときの夢かもな」


 綾麿あやまろは両の手の刃に力を込めた。


「⋯⋯散れ」


 真刃しんば鞘刃さやば⋯⋯二つの炎の刃に挟まれた、蒼炎鬼そうえんき)の首が空を舞う。


 そして首を失った蒼炎鬼そうえんき)の身体は、葬魂そうこんの術で奪われた人間の骨へと徐々に変わり、骨もまた時の流れが一気に動き出すように灰へと代わり、最後は転がる首も横たわる身体も蒼い霧となって、再び吹いた一陣の春の風と共に夜の闇の中に消えていった。



 蒼白そうはくほむらが消えた二つの村雨むらさめを、綾麿あやまろはゆっくりと下ろした。

 そして蒼炎鬼そうえんきの消え行く最後の灰と霧を見下しながら、悠然と呟いた。



「⋯⋯安心しろ、相手が麒麟きりんだったとしても御前は負けていた。⋯⋯羅生門らしょうもんを迷い出た時から、滅する運命さだめは決まっていたのだ」⋯⋯⋯⋯





 ⋯⋯⋯⋯周囲の木々や屋敷を包んでいた蒼い炎も、蒼炎鬼そうえんき)の消滅により、その火勢かせい全てが消え去っていた。


(⋯⋯背後にいたあお羅刹らせつ、残り一鬼の気配は既に消えている⋯⋯、是非ぜひもなし。⋯⋯さて、とりあえずは別邸に戻り、輝里てるさとを待つとしよう。⋯⋯鎌足かまたりのほうの蒼鬼おにたおしに向かう準備を整えねば)



 綾麿あやまろがふと横に目をやる。

 其処そこには、公家屋敷の裏口の戸から綾麿あやまろを眺めている一人の少女が居た。


 それは⋯⋯炎に慌てふためく親や屋敷の住人に隠れ、綾麿あやまろ蒼鬼おにとの戦いをそっと覗いていた、あの少女。


 少女は綾麿あやまろをじっと見つめながら、恥ずかしそうにもじもじとしている。


 そんな少女に、綾麿あやまろは優しく微笑みかけた。


「⋯⋯もう大丈夫。⋯⋯安心して早く休みなさい」


 それは、蒼炎鬼そうえんきに見せていた⋯⋯戦いに生きる者の厳しい顔でもなく、鎌足かまたりに見せていた⋯⋯あの狂わしさと怒りとあざけりに満ちた顔でもなかった。


 ⋯⋯もう一つの綾麿あやまろの顔が其処そこに在った。

 


 少女の顔がほころんだ。


「⋯⋯ありがとう、綾さま、村雨むらさめさま」




 焼けた焦げた通りの地面が、艷やかに光る。



 ⋯⋯炎の代わりに、いつのまにか霧雨がその場を包んでいた。



「⋯⋯村雨とおりあめ、か。⋯⋯今宵こよいも今、また何処どこかで、女子だれかが哀しみの涙を流しているのかもしれんな⋯⋯」



 村雨をそっと納刀した綾麿あやまろは、狩衣かりぎぬはかまに付いたすすこげをぽんぽんと軽く払い落とし、どこか寂しげに深く一息ついた。

 そしてまるで何事も無かったかのように、また別邸に向かってゆっくりと歩き出していった。




 公家屋敷の裏口から、再び少女の声が聞こえた。

 恐怖は全て遠くに消え去った、安心しきった穏やかな声だった。


 ⋯⋯その声は、去りゆく綾麿あやまろの背中に向けて、市井しせいの流行り和歌うたで改めて感謝の言葉を伝えていた。




 宵待よいまちの きりにおえる 知らずの火

        むねがれし あまの村雨_______


(日が暮れた後私は大切な貴方の帰りを待っています。霞んだ霧の向こうで鬼を斬る炎がぼんやりと見えます。あの炎はきっと今も村雨むらさめの刃で私を守っているあかしなのでしょう。離れた私の胸も熱く焦がされる程に、空を見上げては貴方を想いあこがれた、そんな通り雨の一夜ひとよでした)




 その昔とある”誰か”が詠んだ、綾麿あやまろを讃えた歌だった━━━━。




第31話、「不知火」の後半部分も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています!

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪

次回、第32話「生と死」は、3月4日公開予定です。

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― 新着の感想 ―
強き者程頭を隠す的な感じがありますものね…… 静かに怒ったり言う方ほど強かったりね…… 恐ろしや 恐ろしや 読みつつ勉強になりますね(›´-`‹ )
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